[壱]
パルメロさんと共に宿屋を出ると、外は阿鼻叫喚の様相となっていた。
入口はもう魔物達が押し寄せており、逃げ道などない状況であった。
数人の剣士や戦士が何とか対応してるが、侵入はもはや時間の問題だろう。
「村の入口はもう駄目だ! こっちです、旅の人!」
俺はパルメロさんの後に続いた。
(さて……どうすっかな。成り行きで巻き込まれちまったけど、これ本当にドラクエ世界なのか? だが、さっき見た魔法や魔物は恐らく本物だ。流石にその辺の真贋は、俺も長い事この業界にいるから、霊気の波動でなんとなくわかる。とはいえ、俄かに信じられないのも事実だが。というか……なんで俺はこの異常事態にこんな落ち着いてられるんだ。まぁしょうがないか……小さい頃から妙な業界にいるから、大概の事は受け入れてしまえるし……)
そんな事を考えながら奥に進んで行くと、お花畑みたいな所に数人の者達が屯していた。
ちなみにだが、その先は池になっている。
全員武装しており、物々しい雰囲気だったのは言うまでもない。
若い男も1人いたが、殆どは中高年の村人ばかりであった。恐らくここにいる者達が、残った村民なのだろう。
また、花畑には幾つかの武具が置かれていた。金属製の鎧や剣もあったが、大部分が革製の武具であった。
それに加えて、何らかの植物みたいなモノが幾つか置かれている。もしかすると、薬草とか毒消し草なのかもしれない。
とはいえ、正直、かなり貧相な武具であった。人も物資も圧倒的に足らない状況である。この戦力差は絶望的だと言わざるを得ないだろう。
若い男の剣士がパルメロさんに気付いた。
「パルメロさん! 無事でしたか!」
「ああ。他の者は? それよりもフォルスは無事か?」
「フォルスは少し前に、奥の物置へ隠れさせたよ。我々以外にはシンシアがいるが、今、フォルスにお別れを言いに行ったところだ。そのうち戻って来るだろう。後は我々がここを食い止める番だ。こうなった以上、我等でフォルスを守り抜くしかない。あの最後の手段で……」
パルメロさんは意気消沈したかのように肩を落とし、大きな溜息を吐くと、俺に視線を向けた。
「もはやこれまでか……。すまないな、旅のお方……逃げられるように手引きしようと思ったのに、こんな事になってしまい。本当にすまない……」
全員が悲痛な面持ちであった。
お通夜状態である。
まぁ無理もないだろう。
この戦力差では戦いにすらならない。
一方的な虐殺が、この先待ち受けているだけだ。
このままだと、ゲーム通りの結果になるに違いない。
だが……俺はこんな所で死ぬつもりはサラサラない。
「本当ですよ! ったく、何でこんな事に巻き込まれるんだか。まぁとはいえ、迷い込んだ俺にも責任があるのでね、そこは責めないでおきましょう。で、どうするんです?」
「我々はこれより最終手段に打って出る。君は好きにすればいい。ただし、奥の物置には近づかないでくれ」
若い剣士はそう言うと、池の畔にある東屋みたいな建物を指さした。
話の流れ的に、勇者が匿われている所だろう。
「了解です。ン?」
するとそこで、今言った池の畔の建物から若い男が出てきたのである。
現れたのは、さっき宿屋で会った緑色の髪をしたイケメン君であった。
ここが本当にあのゲームの世界ならば、恐らく、このイケメン君がモシャスで化けたシンシアなのだろう。
程なくしてイケメン君はこちらにやって来た。
「準備は出来ました。もうこれで……思い残すことはありません。皆さん、行きましょう」
唇を震わせ、涙を浮かべながら、イケメン君は振り絞るように言葉を発した。
相当な覚悟を決めているのは表情からも伺い知れる。
つまり、彼等はゲームの通り、身代わり作戦に打って出るのだろう。
(事の顛末を知っているだけに何とかしてやりたいが……やはり、手はないかな。多勢に無勢すぎる。彼等には悪いが、呪術を駆使して俺だけでもトンズラするか……。まぁしかし、こんな事思うとアレだが……巻き込まれるにしても、もう少し緩いシーンにしてほしかったわ……)
などと考えていると、パルメロさんが俺に話しかけてきた。
「旅のお方……見たところ、戦いはあんまり得意じゃなさそうだ。どこかに隠れてた方が良い。もしかすると魔物達が見逃してくれるかもしれないしな」
作務衣に肩掛け鞄という出で立ちだから、こう思うのも無理はないだろう。
「まぁ得意ってわけじゃあないですが、多少の心得はありますよ。なので、俺なりになんとかやってみるつもりです」
「この状況下でアンタ余裕だな……大したもんだよ。それに、さっきの御伽噺も面白かったよ。そういや名前を聞いてなかったな。アンタ、名前は?」
「俺は
「ジュライさんか。覚えたよ。最後かもしれないが、お互い頑張ろう」
そこで若い剣士の男が話に入ってきた。
「じゃあ、ジュライさんとやら、ここにある武器を自由に使ってくれ。といっても大したモノはないがな」
武具は全部で9個。
金属製の剣と鎧と盾が1個ずつと、革製の鎧や盾が2個ずつ、そして鉄の槍が2本であった。
まぁ確かに大した武器ではない。が、俺はこれらを見て、ある呪術が脳裏に過ぎったのであった。
(武具は9個か……少々危険だが、これを利用してあの結界術をやってみるか。それなりに広範囲に出来るしな。それに、この森は大地の霊気もかなり強い。これだけの霊気があれば、かなり強い結界が出来る筈だ。おまけに、あの魔物達は悪霊のような怒りに満ちた禍々しい霊気を発しているし、多分、効果も期待できるだろう……)
というわけで、俺は剣士に訊いてみた。
「これらは全部使わせてもらってもいいんですかね?」
「それは構わないが……どうする気だ。全部装備なんて無理だぞ」
「ああ、違いますよ。装備はしません。ちょっと術の触媒に使わせてもらうだけです」
「何をするのか知らないが、良いだろう。全部、君が使えばいい」
「ではお借りしますね。それとパルメロさんもお借りしていいですかね?」
「え? パルメロさんを?」
この場にいる者達は俺の言葉を聞き、首を傾げていた。
パルメロさんが訊いてくる。
「ジュライさん……一体何をする気なんだ」
「今からこの武具に細工をするんで、俺の指示する所にこれらを配置してほしいんです。時間がありません。始めますよ」
「ああ、それは良いが……」
と、そこで若い剣士が剣を抜いた。
「ここは貴方がたに任せよう。では我々は前線に行くぞ! 未来をあの子に託し、最後に華々しく散ろうではないか」
「ええ、行きましょう」
「ワシも華々しく散るぞい」
他の者達は力強く声を上げた。
それはまさに死を覚悟した決死隊という感じであった。
水を差すので悪いと思ったが、俺はそこで待ったをかけた。
「ああ、ちょっと待った! そういえば、言い忘れた事がありました。俺が【下がれ】と合図したら、全員ここまで撤退してください。無理は禁物ですよ。上手くいけば何とかなるかもしれませんから」
「上手くいけば? どういう意味だ……」
「まぁ騙されたと思ってそうしてください。特に、そこのイケメン君……無理して先走らないようにね。どんな時でも、生きる事を考えて行動してください。死を意識すると全てを諦めてしまうからね」
俺はそう言ってイケメン君を指さした。
「え、私?……ですか?」
「そう、君だよ。君はもうすでに、死を望んでるように見えるからね。安易に死を選ぶなと俺は言ってるんです。身代わりになって死んでも、その生き残った相手は喜んだりしないよ。恐らく、この先ずっと……罪の意識に苛まれることになる。まずは生きる為に戦いなさい。というか、俺の計画が狂うから、そうしてくれ」
「わ、わかりました」
イケメン君は意外そうに俺を見ると、そう返事をした。
「では行くぞ!」
そして剣士の号令と共に、彼等は前線へと向かったのであった――
[弐]
彼等が前線に向かった後、俺は鞄から筆と小皿、それとナイフを取り出した。
そして小皿を掌の下に置き、俺は自分の掌の付け根をナイフで斬りつけたのである。
掌の付け根から血が滴り、小皿へと溜まってゆく。
するとパルメロさんの慌てる声が聞こえてきた。
「ジュライさん! なんで自分の手を斬りつけるんだッ。血が出てるじゃないか!」
「緊急手段です。霊薬を調合してる時間がないので、自分の新鮮な血で直接術式を書くしかありません。パルメロさん、そこの武具を俺の前に並べて行ってください」
「あ、ああ、わかった」
パルメロさんは武具を抱え、それらを並べてゆく。
俺はそれらの武具に、筆を使って術に使う紋様を描いていった。
やや複雑な術式だが、何回かやった事がある術なので、俺は10分ほどでそれらを終わらせれた。
続いて俺はパルメロさんに指示をして、それらの武具を所定の場所に配置してもらった。
パルメロさんに置いてもらったのは金属製の剣を除いた8つの武具である。配置は、点で結ぶと正方形を描くような形だ。
ちなみにだが、俺は残った剣を地面に突き刺して結界の中心にいる。なぜここにいるのかというと、ここがこの術の起点だからだ。
まぁそれはさておき、急ぎで広範囲に置いてもらったので、パルメロさんは肩で息をしていた。生き延びれたら礼を言うとしよう。
配置が終わったところで、俺はパルメロさんに次の指示を出した。
「パルメロさん、これで終わりです。今置いた鉄の盾の所に、パルメロさんはそのままいて下さい。それと、そこから動かないように」
「え? これで終わりか。動くなと言ったが、今から何をするんだ一体……」
「少々、危険な結界術をつかうのでね。そこだけは安全ですから」
俺はそこで前方へと視線を向けた。
前方はかなり疲弊しており、倒れている者もいた。もう限界状態である。
俺はそこで彼等に向かい叫んだ。
【下がれ!】
彼等は俺の言葉を聞き、こちらへと撤退を開始した。
【一旦下がるぞ!】
【勇者が逃げたぞ! 逃がすな!】
当然、魔物達もそれに続く。
俺はそこでやや後方にいるパルメロさんを指さし、彼等に告げた。
【皆、パルメロさんの所にまで下がってください! 急いで!】
彼等は無言で頷き、パルメロさんの方へと下がってゆく。
それを追うように魔物の軍勢もこちらへと押し寄せてきた。
俺はジッとタイミングを伺った。
魔物達は俺の目の前にまで来ている。
そして、ある程度結界内に魔物が侵入したところで、俺は剣に霊力を籠め、結界発動の印を両手で結んだのである。
その刹那、俺を中心に8つの青白い光が地面を走り、先程配置した武具へと到達する。続いて、武具から武具へと光の筋は地面を這うように伸びていった。
そして次の瞬間、配置された武具は発光し、この場に清らかに青く光る四角形の結界が完成したのであった。
【グァァァ! 何だこの光は! か、身体が動かないィィ!】
【ぐえぇぇ、ぐ、ぐるぢい……】
結界内に入った魔物達は金縛りにあったかのように硬直し、苦しそうに呻き声を上げていた。これは勿論、結界の効能だ。
そう……この結界は、侵入者の動きを封じる強力な不動結界であった。術の名は八門金鎖の不動結界という。
普段は悪霊の集団を封じる為に使っている結界術の一種だが、思った通り魔物にも効果絶大だったようだ。
とはいえ、人間も影響を受けてしまう諸刃の結界でもあるので、使いどころの難しい術であった。
また、魔物はこれで全部ではないが、この異変を目の当たりにした後続の魔物達は、自ら動きを止めていた。
このまま進めば、コイツ等と同じ目に遭うから当然だろう。
「な、何だこれは……魔物達が動きを止めた……」
「ジュライさん、これは一体……」
パルメロさん達も目を見開き、驚きの表情であった。
ドラクエにこんな呪術出てこないので、まぁある意味当然の反応である。
それはさておき、不動結界に数十体の魔物を閉じ込めた俺は、そこで地面に刺した剣を抜いた。
これは鋼の剣だが、俺の血で降魔の術式が描かれており、一時的に霊剣化してある。この剣は結界発動の鍵だが、もう1つの役目があるのだ。それは勿論、降魔を行う為の剣という事である。
ちなみにだが、この結界内に入った者はパルメロさん達がいる場所以外、動くことはできない。だが例外がある。
それは、術者である俺だけが、この結界内を自由に動けるということだ。
そう……つまり、この結界術は蜘蛛の巣なのである。
そして、捕らわれた獲物を狩る巣の主は、この俺なのだ。が、しかし……それは悪霊ならば、と付け加えなきゃいけないだろう。
なぜなら、こんな魔物を閉じ込めた事なんぞ、俺は今まで一度もないからだ。
しかもこれだけの魔物である。手数を掛ければ倒すことはできるのかもしれないが、今はそこまでの時間はない。
この結界は精々30分程度しか張っていられないからである。
となると、ここからは別の戦略が必要となるのだ。
(さて……結界は上手くいったが、問題はここからだ。この事態を好転させるために、色々と今まであった出来事を利用して交渉するしかない。奴……いや、デスピサロはこの付近で戦況を見つめているに違いないからな)
俺は大声で奴を呼んだ。
【おい、詩人! いるんだろ、出て来いよ! 黒幕であるお前に話がある!】
すると程なくして、二の足を踏む後続の魔物達の中から、黒い衣服に身を包む長い銀色の髪をした男が姿を現したのであった。
銀髪の男は眉間に皺をよせ、鋭い視線を俺に投げかけている。
それはもう某任侠映画の俳優ばりのメンチであった。
加えて殺気も物凄い。相当お怒りのようだ。
そこでパルメロさんの声が聞こえてきた。
【なッ!? ア、アンタは……なぜ、アンタがそこにいる】
俺は奴の正体を教えてあげた。
「それはね、コイツが今回の襲撃を企てた本人だからですよ。そうだろ? 魔族の王・デスピサロ……だったか」
【な、なんだってぇ!?】
【コイツがデスピサロじゃと!?】
皆の驚く声が響き渡る。
デスピサロは忌々しそうに俺を睨み、静かに口を開いた。
【やはり気付いていたか……貴様、私の正体を知った上で、あんな御伽噺をしたな……私を疑心暗鬼にさせる為に……】
本当は違うが、俺はあえて奴にこう返したのであった。
【さあね……どうだか。で、だったら、どうだというんだい? 魔族の王様さんよ】と――