[壱]
翌朝、目が覚めた俺は窓辺に行き、絶景とやらを拝ませてもらう事にした。
俺は木製の両開き窓を全開にする。
と、次の瞬間、爽やかな潮の香りと優しい風、そして、朝日に照らされキラキラと宝石のように輝く大海原が、眼前に広がったのであった。
それはまるで、空を飛んでるかのように錯覚する光景であった。
遠くには、甲高い声で鳴きながら空高くに舞う、カモメみたいな鳥の姿も確認できる。
下に目を向けると、色彩鮮やかなフレノールの町並みも目に飛び込んできた。
フレノールは青や緑や黄色といったカラフルな屋根の建物が多いのもあり、町は賑やかな装いとなっていた。早朝にも拘らず、忙しそうに動く人々の姿もあった。
サランよりも小さな港町だが、意外と活気があるところのようだ。
しかし、なかなかの絶景である。鳥になった気分になれる眺めであった。
俺はその光景を眺めながら、大きく背伸びをした。
(メイが言う通り、確かに景色は良いな。なんか爽快な気分になれるわ。フレノールは現実世界でいうなら、地中海の小さな港町って感じだが……意外と風光明媚なところだ。さて……)
俺はそこで部屋の片隅に視線を向けた。
すると、椅子に腰かけ、ジッとしているリバストの姿があった。
昨夜からずっとリバストはこんな感じであった。
なぜか知らないが、リバストはギガンテスとの戦いの後から、妙に言葉が少ないのである。
もしかすると、俺に付いてゆくと、面倒になるとでも思っているのかもしれない。
ちなみにメイは、2つあるベッドの1つで、スースーと寝息を立てているところだ。
昨晩はオーリンの件があったから、ムラムラ来て仕方がなかったが、リバストもいたので何とか自制しておいた。
リバストがいなかったら、ルパンダイブしてた可能性大である。
サントハイム城で破魔の秘紋を施していた時に、メイの裸体を拝ませてもらったが、意外とエロい体型してるので、それを思い出し、俺も自制するのが大変だったのだ。困ったモノである。コンチクショー!
まぁそれはさておき、リバストに挨拶しとこう。
「おはよう、リバストさん。よく眠れたか? って、聞くのは野暮だったか」
「今の私は睡眠など必要ない身体だ。だから、そんな事聞かなくてもよいぞ」
「それもそうか」
メイが寝ているので、少し探りを入れてみるとしよう。
「ところで、リバストさん。旅の途中からやけに静かになったけど、何か考え事でもしてるのか?」
「ン? ああ、少し気になる事があってな……」
「気になる事? 何だ一体?」
「あの一つ目の魔物が言っていた言葉だ……それがずっと気になっていてな」
恐らく、ギガンテスの事だろう。
奴の言葉に、何か気掛かりな事でもあったに違いない。
「何が気になっているんだ?」
「あの魔物……実行したゲマ様も流石だ、とか言っていたが、それがちょっとな……」
「もしかして知っているのか?」
リバストは何かを考えているのか、少し間を開け、頭を振った。
「いや……私の知っているゲマかどうかはわからぬ。ただ……私は生前、ゲマという魔物と相対した事があるのでな。だから気になっただけだ」
なんか知らんが、凄い話が舞い込んできた。
俺が知っているゲマかどうか確認する為にも、これは聞かねばならんだろう。
「本当かよ。どんな魔物なんだ?」
「其方にも以前話したと思うが、私が生前、刺し違えて倒した魔物の首領が、ゲマという名前だったのだ。奴は狡猾で残忍な魔物だった。同胞ですら捨て駒にし、我等を追い詰めてきたからな。今思い出しても、恐ろしい魔物だったよ。あの時、エルの民の手引きで、ようやく倒すことができたが……一歩間違えれば、奴を倒すことは叶わなかったに違いない。まぁそのゲマは死んだはずだから、違う魔物だとは思うがな」
リバストは当時を思い出しているのか、疲れたように話してくれた。
相当な激戦だったのだろう。
しかし、話した内容が衝撃的なので、俺はそれに驚いたところである。
(まさか、リバストの刺し違えた相手がゲマという名前の魔物だったとはな……凄い話だ。おまけになんだ、エルの民って……そんなのドラクエⅣにあったっけ? まぁでも、どんな魔物なのかが気になるな……)
というわけで訊いてみた。
「そのゲマという魔物はどういう感じの奴なんだ?」
「ちょうど今の私のように、ローブ姿で深くフードを被る姿だったな。まぁとはいえ、こんな色ではなく、漆黒のローブ姿だった気がするが……」
「漆黒のローブ姿か」
とりあえず、ゲームのゲマに似たような姿だが、同一かどうかは何とも言えないところだ。
(この情報だけじゃわかるわけもないか……でも、ドラクエⅤやⅥのボスキャラが出てくんのは勘弁して欲しいわ……何がなんやらわけがわからなくなる。ン?)
と、そこで、ベッドで寝ているメイが、目を擦りながら起きてきた。
「あ、もう朝なのね……ふわぁぁ。ジュライさんにリバストさん、おはよー」
「ああ、おはよう、メイ」
リバストもメイに挨拶をした。
「おはよう。よく眠れたか?」
「うん、よく眠れたわ。って……ごめんね、リバストさん。ベッド2つしかなかったから、悪いことしちゃったかな」
メイはそう言って、申し訳なさそうに肩を窄めた。
「心配しなくていいよ。リバストさんは椅子に座ってた方が、よく眠れるらしいから」
「そう、ジュライ殿の言う通りだ。私はこの方がよく眠れるのだ」
「本当に? でも、それなら良かったわ。昨夜、椅子で寝ると言ってたので、遠慮したのかと思ってたのよ。悪いことしたかなって……」
「それは気にしなくてよいぞ」
メイはリバストを普通の人間だと思っているので、こう思ってしまうのも無理はない。
「でも、ずっとフードを被っているのね。取らないんですか? というか、私……リバストさんの顔、一度も見たことないんだけど」
「そ、それは……」
リバストは口ごもってしまった。
とりあえず、ここは助け舟を出すとしよう。
「これには理由があるんだよ。実はリバストさんは、ちょっと訳ありなんだな。性質の悪い魔法使いの女に、執拗に結婚を迫られててね。顔を見られると不味いから隠しているんだよ」
「ええッ! 本当にッ!?」
メイは口に両手を当て、驚く仕草をする。
「おい、其方、突然何を……」
俺はリバストに耳打ちした。
《嘘も方便さ。今はこれでいっとけ。どうせ、ここで彼女とは別れるし……》
《まぁそれはそうだが……》
リバストは不服そうだが、とりあえず、これで押し切るとしよう。
俺は話を続けた。
「だから、顔を隠してるんだよ。だから、メイもそれについてはあまり触れないようにね」
メイは同情したのか、少し悲しい表情をリバストに向けた。
「そうだったんですか……大変なのね、リバストさんも……」
「ま、まぁそういうわけだ。だから、これについてはもう気にしないでくれ」――
とまぁそんなやり取りをした後、俺達は身支度をして、朝食へと向かったのである。
[弐]
宿屋の1階の受付カウンターの隣に、朝食を取れる場所があったので、俺とメイはそこへと向かった。
朝食の料金は1人1ゴールドであった。
物の相場がよくわからんところである。
ちなみに、リバストは部屋に残り、さっきの事について色々と考え中のようである。
生前、自分が刺し違えた魔物と同じ名前だから、気になるのも無理はないだろう。
(しかし……リバストが討った魔物の首領がゲマという名前だったとはな。おまけにエルの民ってなんだよ。エルヘブンの事か? まぁいい。後で訊いてみよう……)
次から次へとわけわからん展開が続くので、情報整理が追いつかないところである。
まぁそれはさておき、俺達は幾つかある空いているテーブル席の1つに着いた。
周囲のテーブル席に目を向けると、冒険してますって感じのピーポーがそれなりにいた。まさにドラクエの宿屋である。
昨晩チェックインした時も、空き部屋が1つしかなかったので、かなり繁盛してる宿のようだ。
メイが言っていたが、絶景の宿というのがウリなのだろう。
そんな風に周囲を見回していると、メイが話しかけてきた。
「ジュライさん、一緒に旅してくれてありがとう……道中、貴方とリバストさんがいたから、凄く心強かった」
「まぁ旅は道連れともいうし、別に気にしなくてもいいよ。ところで、メイはこれからどうするんだ?」
メイは目尻を下げ、表情を落とした。
「それなのよね……ジュライさんと旅しててわかったんだけど、やっぱり、か弱い女の1人旅は無理ね。強い魔物が出てきたら終わりだもの。どうしよ……」
メイは物欲しそうに、俺をチラッと見た。
なんとなくだが、砂漠のバザーまでついてきてほしいのだろう。
とはいえ、俺も予定が狂うので悩むところである。
「かもな。でも、俺も色々と事情があるからなぁ。ところで、砂漠のバザーってフレノールからだと、どのくらいかかる?」
「ここからだと、3日くらいかな……やっぱ無理よね?」
「3日か……結構掛かるなぁ。キメラの翼では無理そうか?」
メイは頭を振る。
「アレはちゃんと目的地を想像できる人じゃないと無理よ。私、自分で言うのもなんだけど、キメラの翼って上手くいかないのよね」
俺はそこで、シンシアが以前言っていたルーラの話を思い出した。
エルフの里にいた時、彼女から教えてもらったのだが、ルーラやキメラの翼は想像力と集中力がある人じゃないと、上手く扱えないらしいのだ。
なので、魔法が得意な者や、それなりに集中力を持続できる者達じゃないと難しいそうである。
つまり、誰でも扱えるアイテムではないのである。
この世界では、ゲームのようにいかない人も結構いるのだろう。
「そうか……となると、ここで旅の仲間見つけれないと、先に進むのは難しいかもな」
「そうなのよね。ジュライさん、やっぱ一緒に行くのは難しそう?」
「俺も心配だから、一緒に行ってやりたいのは山々なんだが、どうすっかな……ん?」
と、そこで、皮のドレスみたいなのを着た赤毛のグラマー女と、旅人の服みたいなのを着た筋骨隆々の中年男が、俺達の付近にあるテーブル席に着いたのである。
女の方はなかなかの美人で、尚且つ、色っぽい感じだ。肩より長い髪を靡かせ、艶っぽく耳の後ろにかきあげている。
男の方は少し無骨な感じであり、おまけに両腕は包帯のようなモノがグルグルと巻かれていた。見るからに怪我人といった感じの短い黒髪の男であった。
その2人組が席に着いたところで、会話が聞こえてきた。
「ねぇ、オーリンさん、身体の調子はどう? 昨晩の感じだと、だいぶ良くなってきてる気がしたけど」
「確かに、だいぶ良くはなって来てるが……回復魔法と治療薬を使うのが遅かったから、腕と足の傷はまだ暫く掛かりそうだな」
「ごめんね、オーリンさん。私がホイミを使えていたら、こんな事にはならなかったのに……」
「またそんなこと言う……それは気にしなくていいんだよ。回復魔法や魔法薬は傷を負ってすぐに使えば、治りも早いが、治療が遅れるとどうしても時間がかかるからな。こればかりは仕方がない。それに俺は、命があっただけでも良かったと思っているんだ。お陰で、君のような素敵な女性とも出逢えたからね」
「オーリンさん……ありがとう。私もよ。昨晩は本当に凄かった……」
聞いていて、イライラする会話内容であった。
シバくぞ、バカップルがぁ! と言ってやりたい気分である。
だが、ここは心を整えておこう。
目的の人物の可能性があるからである。つか、コイツ等で間違いないだろう。
と、そこで、メイがやや恥ずかしそうに小声で囁いた。
「ジュライさん……あの人達ってもしかして……お隣さん?」
「多分そうだろ。昨晩はあんな事や、こんな事をして、沢山楽しんでいた方々だ」
「わ、私……そこまでは言ってないわよ。というか、ジュライさんも意外とそういう事を考えるのね」
メイはそう言ってジトーとした流し目を送ってきた。
少し軽蔑されたかもしれない。が、イライラするのでお構いなしだ。
「そりゃそうだろ、俺も男だしな。だから、あんま信用しすぎると、メイも大変だぞ。俺がメイに襲い掛かる可能性もあるからなぁ。うっひっひ」
俺はそう言いながら、冗談半分で、熊のように襲い掛かるジェスチャーをした。
するとメイは頬を染めつつ、何とも言えない表情になったのである。
「まぁ……その時は……その時です。でも、ちゃんと責任取ってもらいますからね。それと……初めてなんで優しく……いや、なんでもないです」
メイは恥ずかしそうに目を背けた。
「は? 優しく?」
まんざらでもない様子だった。
こういう反応されると、返す言葉に困るところである。
(あらら……意外な答えが返ってきた。返答に困るなこういうの……冗談で言っただけなのに。もしかすると、昨晩のオーリン達のやり取りを聞き、悶々としてたのだろうか……って、考えすぎか。まぁいい。さて……飯もまだ来てないから、ここらで話を進めるとするか)
俺はそこで席を立った。
「つーわけで、ちょっと行ってくるわ」
「え? どこに?」
「あの人達んとこ」
「ええ!? なんで急に!」
メイは、わけがわからないといった風であった。
俺の旅の目的を話してないので、こうなるのも無理はないだろう。
まぁそれはさておき、俺は2人のテーブルへと向かったのである。
2人は俺の接近にも気付かず、お互いに見つめ合い、自分達の世界に浸っていた。が、構わず、俺はこのバカップルに話しかけてやった。
「あの、もしや……貴方は、絶倫……じゃなかった、オーリンさんですかね?」
2人はそこで俺の存在に気付き、こちらに振り返った。
「はい、そうですが……貴方は?」
「これは失礼しました。私はジュライと申します。実はご確認させていただきたいのですが、貴方は錬金術師エドガンさんの弟子であるオーリンさんで間違いございませんかね?」
俺の言葉を聞き、2人は怪訝な表情になった。
そして、強張った表情でテーブルから足を出し、半身になって身構えるような仕草を見せたのである。
かなり警戒しているようだ。
とりあえず、誤解を解くとしよう。
「ああ、すいません。驚かせてしまいましたね。敵意はありませんので、安心してください。実は私、錬金術師エドガンさんから書簡を預かっておりましてね。それを貴方にお渡ししたくて、確認したのです。で、そのオーリンさんで間違いございませんかね?」
少し警戒が解けたのか、2人は肩の力を抜いた。
どうやら、キングレオからの追手とでも思ったのかもしれない。
場合によっては、ダッシュで逃げるつもりだったのだろう。
「ああ、確かに私は、錬金術師エドガンの弟子であるオーリンです。ところで、今の話は本当ですか? 書簡があると言っておられたが……」
俺は頷くと、道具袋から丸めた小さな書簡を取り出し、オーリンに差し出した。
「こちらになります」
「では拝見させて頂こう」
オーリンは書簡を手に取り、それを広げ、目を通していった。
すると、それに従い、オーリンの表情が少し緩んでいったのである。
読み終えたところで、オーリンは俺に視線を向けた。
「そうですか……師は今の自分を姉妹達に打ち明ける事が出来たのですね。そして……貴方が、バルザックとキングレオ王を倒してくれたのですか……」
すると女性が驚きの表情を浮かべた。
「え!? この人がバルザックとキングレオ王を倒したの!? それに錬金術師のエドガンて死んだんじゃなかったの!?」
俺は少し補足しておいた。
「エドガンさんはまぁ……色々とありましたが、生きてはいますよ。でも、俺が倒したのはバルザックだけですけどね。キングレオ王は生きてます。今は少しまともになったんじゃないかな」
「嘘……全然強そうに見えないのに。オーリンさんよりも華奢だし……顔も締まりがないし……」
女性はそう言って眉根を寄せた。
喧嘩売ってんのか、と思ったのは言うまでもない。
まぁそれはさておき、俺は書簡の内容を知ってるので、彼に返事を訊いてみる事にした。
「で、どうですかね? 書簡の最後に書かれてる部分なんですけど。できれば、今、返事を頂けると嬉しいんですが……」
オーリンは目を閉じて考える素振りをする。
だが、程なくしてオーリンは頭を振ったのである。
「残念だが……私はまだ傷が癒えてない。それに守るべき者もできた。だから、帰るわけにはいかないと師には伝えてください……。私はもう……運命に翻弄される日々に嫌気がさしてしまったのです……」
これは残念な返事であった。
もしかするとオーリンは、人生の安住の地を見つけたのかもしれない。
恐らく、嘗ての自分にはもう戻れないのだろう。
ゲームでは散々な目に遭ってたので、致し方ないところである。
「そうですか……それは残念です。でも、気が変わったら、エドガンさんに顔でも見せてやってください。エドガンさんは、身を挺して娘達を守ってくれた貴方に感謝してましたから」
「こんな返事ですまない。せっかく、フレノールにまで書簡を届けて下さったのに。ところで、ジュライ殿でしたか、貴方はどこからサントハイムに来られたのですか? もしや、船で?」
「ええ、そうですよ。といっても、再開したハバリアとの連絡船ではないですけどね」
「え? サントハイムとハバリアの連絡船は再開したのですか?」
オーリンはそう言って目を大きくしていた。
どうやら知らなかったようである。
「ええ、つい最近ですけどね。バルザックを倒した後、王様の性根を叩き直してやった甲斐がありましたよ」
オーリンと女性は少し引いていた。
「お、王様の性根を叩き直した? ……あ、貴方、一体何をしたんだ」
「そうよ、一体何をしたのよ……」
「それは秘密です。ところで、オーリンさん達は船でここまで来られたんですか?」
「ええ、そうですよ。ヒルタン様が所有するミントスの貨物船に紛れ込ませてもらい、なんとかハバリアを出る事が出来たのです。しかし、その後も大変でした。貨物船の行き先はサランではなく、南部の砂漠方面だったのでね」
「ン? という事は、砂漠のバザーを経由してここまで来られたという事ですか?」
「はい、その通りです」
と、そこで、脳裏にある事が過ぎったのである。
「あの……ちょっとつかぬ事を訊きますが……オーリンさんてキメラの翼で砂漠のバザーへと行けたりします?」
「ええ、まぁ行けるとは思いますが……」
これは良い話を聞けた。
善は急げだ。
メイの為にも確認するとしよう。
「オーリンさん、実はですね……」――