DQⅣ世界に、迷い込みて候   作:虚夢想

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Lv41 無限地獄Ⅳ

 

 

   [壱]

 

 

 兵士に案内され、儀式の間へと入場した俺は、階段が設置された中央の祭壇へと向かった。

 祭壇は石と木で出来ており、マヤのピラミッドを思わせる形状であった。

 そして、俺はそんな祭壇の最上部にある台に供物を置き、その場から降りたのである。

 俺はそこで周囲を見回した。

 室内はすべて石の床で、まぁまぁ広い。恐らく、200平米くらいはあるだろう。

 ゲーム同様、床一面に描かれた円形の大きな魔法陣の中心に、祭壇が設けられるという様相をしており、その脇に守衛を司る兵士達の姿があった。

 俺はそこから少し離れた所にいる。リバストとエドガンさんと共に。

 兵士長やゴーリキは王様を呼びに行っているところだ。

 王様が到着次第、速やかに行われるとの事であった。

 どうなる事やらである。

 ちなみにだが、悪魔召喚の魔法陣は床の大部分に大きな円を描くタイプのモノで、わけのわからない文字や模様が沢山描かれていた。

 ファンタジー系のアニメや映画に出てきそうな代物である。

 ただ、全てが血のように真っ赤な塗料で描かれているので、不気味さは半端なかった。

 室内は、やや生臭いニオイもするので、もしかすると、動物の血とかで描かれているのかもしれない。

 悪魔召喚の魔法陣なので、そういうのは有り得そうだ。

 

(これがダークドレアム召喚の魔法陣か……。初めて見るタイプだが……魔法陣の霊的起点さえわかれば、とりあえず、なんとかなるかもしれん。そこをどうやって見抜くかだが……こればかりは実際に行使してもらわんとわからないな。龍泉香を使えば、霊力の流れは読める筈。後は、俺次第。アレを行使するには、恐らく、僅かな時間で対処しなければならないだろう。ここから先は気を抜けないぞ……ったく)

 

 異世界に来てまで悪魔の降魔案件が待ってるとは思わなかったので、面倒臭い事、この上ない。

 ただ、今回は大悪魔とはいえ、出現場所とタイミングが特定できるのが救いであった。

 お陰で対策も立てやすい。

 とりあえず、後はそれを実行するのみである。

 

(城内散策中に仕込んだ細工を使う事になるとはな……まぁ最悪の事態を想定していたからだけど。だが、この無限地獄はかなり霊気が豊富だ。邪悪な霊気ではあるが……霊的な力は存分に使えるだろう。多少、効果は落ちるかもしれんが……)

 

 気掛かりは、術を行使した事による弊害だが、これはもうある意味、賭けであった。

 だが、それに関しては大丈夫かもしれない。

 理由の1つに、予言者の存在があるからだ。

 今回、この無限地獄の住人に予言した奴は恐らく、人間ではない。

 あの洞窟の壁を壊さずに、無限地獄に来れる奴だ。かなり高位の存在だろう。

 まぁとはいえ、最近、俺達の存在を知った何者かによって予言がなされた可能性が高い。

 ガチで未来を見通せるような奴なら話は別だが、俺がこの世界に来たのは数ヶ月前だし、おまけにエドガンさんがスライム化したのもそんな昔ではない。

 そして、そいつは恐らく、俺なら出来ると判断したんだろう。

 

(ったく、迷惑な話だ。誰だ一体……これを乗り切ったら、ぶん殴ってやる!)

 

 などと思いつつ、グレイス王が来る前にやっておきたい事があるので、まずそれに取り掛かった。

 俺は香炉を道具入れから出し、龍穴を見つける時に使う龍泉香を多めに焚いた。

 香炉から白い煙が発生し、辺りに漂ってゆく。

 兵士達は首を傾げ、訝しんでいたが、止めるような事はしてこない。

 彼等は無限地獄の住人なので、ルーティンから大きく外れる行動ができないからだろう。

 心ではわかっていても、行動に移す事がなかなかできないのだ。

 どれだけこの滅亡を繰り返し、それを見てきたのかわからないが、まさに阿鼻叫喚の無限地獄をこれまで経験し続けて来た事だろう。

 哀れな者達である。

 ここは魂の牢獄なのかもしれない。

 この無限地獄は恐らく、現実世界から時間と空間を切り取られ、延々と無限ループを繰り返している世界なのだろう。

 悪魔召喚をしたという因果律によって存在し得る世界と見ていい筈。

 原因と結果を現実世界に残し、その過程を異空間に取り込まれたに違いないのだ。

 ゲームでは『神の怒りに触れて無限地獄を彷徨っている』と言っている老人がいたが、これを行ったのは、恐らく神ではない。

 この大悪魔の力、そのものな筈だ。

 破壊と殺戮によって魂を刈り取るだけじゃなく、その過程をも取り込んだのだろう。恐ろしく、厄介な相手である。

 おまけに、この世界に俺達以外の生者はいない。

 ここにいる者達は皆、死人なのである。肉体は生命活動をしておらず、ただの人形同然なのだ。

 そう……この世界は物質だけが存在し、生命はいないのである。しかし、魂だけは別だ。魂だけはそれを認識しながら、無限地獄を繰り返すのである。

 滅亡の瞬間を悪夢のように見せられ続けるのだ。

 そんな世界ではあるが、例外がある。

 外部からこの世界に来た俺みたいな例だ。

 なぜこの世界に来れたのか? これは恐らくだが、彼等の救済をいつの日かできるようにという、高位の存在による慈悲からなのかもしれない。

 あの壁に刻まれた言葉は、そういう事なのだろう。

 それにしても、ゲームの話とはいえ、この国は愚かな決断をしたモノだ。

 悪魔に狩られた魂は成仏もできず、転生の輪にも入れず、ただ彷徨い続け、悪魔に食い物にされる。

 救いのない憐れな末路しか待っていない。これは現実の世界でも同様だ。

 古来より悪魔召喚は、上手くいけば召喚者との取引が行われる。

 召喚側の願いは様々だが、悪魔が取引で欲しいモノはただ1つ……召喚者とその関係者の魂だ。

 しかし、悪魔召喚というモノは、真名を知らなかったり、手順を間違えたりすると大惨事が待ち受ける諸刃の剣なのである。

 このグレイス城の惨劇はその極致と言えるだろう。

 

(悪魔というモノを軽く考えすぎだよ……殆どの場合、自分の魂を差し出す行為にしかならないのにな。ま、人の一生は短いし、今を大事に考えたいという気持ちもわからんではないが……誤った選択をすると、取り返しのつかない事が起きる。幾ら危機が迫っていたとはいえ、他の選択肢もあったろうに……。ま、今更どうにもならんか。彼等が救われるには……もうコレしかないのだろう)

 

 ふとそんな事を考えていると、同行者達が小声で囁いた。

 

「ジュライ殿、何をするつもりだ? 私に出来ることであれば、手伝うが……」と、リバスト。

「気持ちはありがたいですが、今回は俺1人でやります。悪魔祓いや悪魔退治は、俺の本業ですのでね。2人はここで見ててください」

 

 エドガンさんがプルンと震えた。

 

「では見させてもらおう。ジュライ殿の悪魔祓いとやらを。ところで、今、何かを燃やしたが……これは何をしているのだろうか?」

「これは悪魔召喚に対する仕込みですよ。今から行われる悪魔召喚ですが……召喚自体は恐らく成功すると思います。ですが、この魔法陣の効力が学者の言う通りなら、これは俺達にとって武器になる筈なんです」

「しかし、ジュライ殿……これがもし大魔王とやらが仕組んだモノなら、あまり鵜呑みに出来ぬのではないか?」

 

 エドガンさんの懸念はご尤もである。

 だが、別の見方も出来るのであった。

 

「確かにそうなのですが……逆に考えると、この悪魔召喚……大魔王はある程度の縛りを悪魔に対して与えていたと思うんです」 

「縛り?」

「はい、縛りです。召喚した悪魔に世界を破壊される可能性があるので、そうなってはこの世界が欲しい大魔王からすると元も子もない。だから大魔王は、その安全策は取っていた筈なんです。じゃないと、こんな罠は仕掛けられませんからね」

 

 同行者は感心したのか、唸り声を上げていた。

 

「むぅ……確かに」

「ほうほう、なるほど……それは大いにあり得る。ジュライ殿はかなりの切れ者だな」

「そして、その安全策こそが、この魔法陣だと俺は見ているんですよ。いや、これしかないんです。これは悪魔の住む世界との門の役目を果たしているので」

 

 俺はそこで、床一面に描かれた魔法陣に視線を向けた。

 恐らくこの魔法陣は、大悪魔の力を制限する役目を負っているに違いない。

 じゃなければ、グレイス城の他にも、この惨劇が起きてない方がおかしいからである。

 大悪魔が自由に力を振るえるのなら、被害はもっと甚大になるからだ。

 そして、今問題なのは、この魔法陣の霊的な流れがわからないという事であった。

 それを調べる為の龍泉香なのである。

 

(さて……まさか、グレイス城の悪魔召喚に立ち会うことになるとは思わなかったが、この事態を打開しないと帰ることはできなさそうだ。やるしかないか……ン?)

 

 ふとそんな事を考えていると、この部屋の厳かな両開きの扉が開いた。

 そして扉の向こうから、額に金のサークレットを抱いた中年男が、兵士長とゴーリキに連れられて姿を現したのである。

 髪は短いブロンドで、イエス・キリスト像のような口髭と顎髭を生やしていた。

 赤と白のトーガのような衣装を纏い、手には杖を持っている。

 また、やや小太りではあったが、上背もあり、なかなか貫禄のある人物であった。

 グレイス王は緊張した面持ちで祭壇へと向かい、ゆっくりと歩いてゆく。

 その際、グレイス王は俺の方をチラッと見たが、すぐに視線を戻し、祭壇へと向かって歩を進めた。

 だが、嘆き悲しむ魂の波動だけが、俺に訴えかけてくるのだ。『我等を助けてくれ』と。

 無限地獄のルーティンから外れる行動ができないのだろう。 

 それから程なくして、グレイス王は緊張した面持ちのまま、祭壇の最上段へと辿り着いたのであった。

 

 

   [弐]

 

 

 グレイス王は祭壇の前で大きく深呼吸をした。

 

(いよいよだな……さて、何が出てくるやら。しかし、不思議なもんだ。ドラクエ史上最強クラスの裏ボスと相見えるというのに、不思議と恐怖心はない。癪だが、これもクソ親父の修行の賜物なのだろう)

 

 俺がそんな事を考える中、グレイス王は仰ぐように両腕を広げ、言葉をゆっくりと紡いでいった。

 

【地の底深くに潜む……悪魔の魂よ。今、ここに供物を捧ぐ。伝説の魔法陣の力によりて……我々の前に現われ……その力を示すべし。マハトラーナ……ソテミシア……レキダントラン……ヒガンテ……パラシコロヒーア!】

 

 と、次の瞬間、魔法陣が赤く妖しい輝きを放った。

 外からは、耳をつんざくようなけたたましい雷鳴が響き渡る。

 すると次第に、不穏な気配が徐々に強まってゆき、背筋が凍るような邪悪な大霊気が漂い出したのであった。

 程なくして、魔法陣から立ち昇るように、筋肉の鎧に覆われた古の戦士を思わせる巨人が姿を現した。

 その存在は、左右に大きな角が伸びるバイキングヘルムのような兜を被り、背には深紅のマントを纏っている。また、柄の前後に大きな2つの刃が付いた武器を所持していた。

 体も大きい。4メートルくらいあるんじゃないだろうか。

 おまけにその巨体は、血のように赤く禍々しいオーラで覆われていたのである。

 まさにゲーム通りの出で立ちをした悪魔であった。

 コイツの放つ大霊気が身の毛もよだつほど大き過ぎるので、流石の俺も、少し心配になってきたところだ。

 

(おいおいおい……マジか……なんだよ、この霊気は……。なんちゅう、ヤバい霊気を放つ奴だ。とんでもない大霊気を放ってるわ。魔法陣の縛りがあってコレかよ……そりゃ滅ぶわ、この国。例え、真名を知っていたとしても、こんな悪魔と取引交渉なんて無理やんか。現実の世界にいる自称神や最上級の鬼神を名乗れるレベルやぞ……。なんか、上手くいくかどうか心配になってきた。でも、アレは、こういう化け物用の結界でもあるから、先祖を信じてやるしかないか。後は……魔法陣の流れさえわかれば……チッ、まだ変化がない。どこだ、霊的起点は……)

 

 ちなみに、隣にいるエドガンさんとリバストは、完全に萎縮している状態であった。

 2人共、人間の時より霊的な感受性が優れているので、ヤバさがすぐにわかったのだろう。

 

「無理だ……こ、こんな……こんな化け物にお願いするつもりだったのか。なんと愚かな……」

「これはイカンな………ダメだ。我等では太刀打ちできぬぞ。どうするのだ、ジュライ殿?」

「そうだ、どうするつもりなのだ?」

 

 彼等の懸念は尤もなところである。

 だがこう答えるしかなかった。

 

「とりあえず……俺のやり方でなんとかするつもりです。それと先程も言いましたが、2人はここから動かないでくださいね」と。

 

 詳細を話したところで、彼等には理解できないからだ。

 するとそこで、悪魔の声が響き渡ったのである。

 

《……私を呼ぶモノは……誰だ……》

 

 悪魔の姿を見るや、グレイス王は目を見開き、恐る恐る笑みを浮かべた。

 

【おお! 現れたぞ! 私の声が聞こえるか? もし聞こえるなら……我が願いを……】

 

 その刹那、雷鳴が更に激しさを増した。

 俺はその瞬間、霊気の急激な異変を察知したのである。

 

(見えた! そこだ!)

 

 龍泉香の煙が漂う中で、一際怪しく光る魔法陣の箇所が現れたからだ。

 俺は即座に行動を開始した。

 

《……私は誰の命令も受けぬ!》

 

 膨大な霊力の流れが魔法陣の一部から放たれる。

 俺はその瞬間を見逃さず、背負う摩利支天浄魔光剣を抜き、そこへと一気に駆けた。

 

(この不浄の化け物には、悪霊の大集団や鬼神降魔に用いる八門の結界を以って抗うしかない!)

 

 そして、俺は剣をそこに突き立て、八門の結界を発動させるマントラを唱えたのである。

 次の瞬間、八門の結界が発動し、赤い魔法陣から怪しい輝きが失われ、白い浄化の輝きへと変化していった。

 それに伴い、周囲から邪悪な霊気は鳴りを潜めていく。

 そして、悪魔は顔を歪ませ、苦悶に満ちた声を上げたのだった。

 

《ぐぬぬぬ……何事だぁぁ! 我が力が抑え込まれてゆく……グググ、お、おのれぇぇ》

 

 悪魔は苦しそうに、胸を掻き毟る仕草をする。

 どうやら魔法陣の乗っ取りは上手く行ったようだ。

 奴が自由に力を振るえぬよう、召喚魔法陣ごと八門の鎖に繫ぐことが出来たようである。

 ちなみに、王様は金縛りにあって動きを止めていた。兵士長やゴーリキ、それと警護の兵士達も同様である。

 この結界は八門の1つである生門の影響を受ける場所以外、全てを巻き込むので、想定の範囲内であった。

 リバストとエドガンさんは生門側にいるので、この状況を傍観しているところである。

 因みに八門の結界とは、開門・休門・生門・傷門・杜門・景門・驚門・死門から構成されており、それぞれに様々な役目がある。これらを操って術を組み立てる真紋の一族の秘奥義である。

 正式名称は秘咒天地浄界八葉門というが、面倒なので俺は八門の結界と普通に呼んでいる術であった。

 まぁそれはさておき、悪魔は目を赤く輝かせ、俺を睨みつけてきた。

 

《クッ……貴様か! 破壊と殺戮の神である、このダークドレアムに、このような罠を仕掛けようとは……おのれぇぇ!》

 

 どうやら、かなり効果があったようだ。

 この結界は不浄を絡め取る蜘蛛の巣みたいなモノなので、邪悪な鬼神や悪魔のような存在には効果覿面なのである。

 まぁ普通の人にも多少の邪気はあるので、それなりに効果が出てしまう危険な術ではあるが……。

 とはいえ、ここまで動けるとは思わなかった。

 やはり、このクラスの化け物は、そう簡単にはいかないのだろう。

 

(とりあえず、俺の支配できる空間に閉じ込める事はできた。ここからが問題だ。結界を張っていられるのは30分程度。すんなりと手を引いてくれればいいが……まずは八門の1つ、開門からいくとしよう)

 

 俺はそこでマントラを唱え、開門の力を開く印契を結んでいった。

 その際、武術の演舞をするように、身体全部を使って印を結ぶので、ちょいと面倒くさい術操作が必要になるのだ。

 印を結ぶに従い、奴のいる魔法陣から清らかなる霊気が一気に放たれた。

 

《グァァァ……か、身体が重い……貴様……何をした!》

 

 奴の言葉を無視し、続いて俺は摩利支天浄魔光剣の力を開放した。

 その直後、刃が眩く輝き、浄化の白いオーラに包まれる。

 一切の魔を切り裂く、降魔の剣と化した瞬間である。

 これぞ、本来の摩利支天浄魔光剣の力であった。

 俺は刃の切っ先をダークドレアムに向け、まずは交渉する事にした。

 

「破壊と殺戮の神……ダークドレアムといったか。流石に神を自称するだけあるね。この八門の結界の中で、それだけ動けるとは大したもんだ。さて……要件を伝えるよ。この世界から手を引き、この者達の魂を解放しろ。さもなくば、相応の報いを受けることになる。ん?」

 

 するとそこで、ダークドレアムは両手を俺に向かって突き出したのである。

 

《相応の……報いだと……それを受けるのは貴様だ! こんなモノ、すぐに効果をなくしてやる!》

 

 次の瞬間、寒気がする邪悪な霊気の波が、俺に向かって押し寄せて来た。

 だが、それだけであった。

 

(えっと……今の何? めっちゃ寒い気配が来たけど……ン?)

 

 ふとそんな事を考えていると、ダークドレアムは苦虫を潰したような表情になっていた。

 もしかすると、何らかの攻撃だったのかもしれない。

 

《……凍てつく波動でも効果が消せないだと……おのれぇぇ、ならば……》

 

 どうやら、今のは凍てつく波動だったようだ。

 初体験である。

 ただ、この八門の結界は行使者である俺以外の術は、効果がないか、もしくはかなり威力が落ちるので、本来のモノかどうかは定かではない。

 

《ギガデイン!》

 

 奴の前に巨大な雷球が現れる。が、しかし、すぐに萎んでゆき、消えていった。

 雷球が現れたので一瞬焦ったが、結界の力によって無効化されたようだ。一安心である。

 

(そういや、コイツってギガデイン使えるんだった……やべぇ、あんな馬鹿でかい雷を浴びたら死んでしまうかもしれん。怖ッ)

 

 まぁそれはさておき、ダークドレアムはそれを見るや、目を細めた。

 

《ほう……そういう事か。わかったぞ。私は……貴様が支配する領域に閉じ込められているという事か。この私に、このような真似が出来る人間がいようとは……面白い。ならば直接、貴様を破壊するのみ!》

 

 その直後、ダークドレアムは前後に2つの刃がついた剣を真上に掲げ、俺に向かって襲い掛かってきた。

 

(開門を全開にしても、こんなに動けるのかよ……チッ。やっぱ、この世界の邪悪な霊力が問題かな。山奥の村で使った時のように、清らかな霊力のようにはいかないか……)

 

 その動きは八門の結界にいるとは思えないほど、素早い動きであった。が、本来の力を抑えているのもあり、動きにキレはなかった。

 俺は太刀筋を読み、僅かに後ろへと下がる。

 そして、奴の剣が空を斬った次の瞬間、俺は間合いを一気に詰め、摩利支天浄魔光剣を袈裟に振るったのである。

 その刹那、奴の筋肉質な胸に一筋の傷が入り、血のように赤いオーラのようなモノが、そこから吹き出したのだった。

 これは手応えアリだ。

 俺はすぐに間合いを取り、剣を霞に構えたまま、金縛り中のグレイス王へと近づいた。

 ダークドレアムは予想外のダメージだったのか、浄化の白い煙が立ち昇る傷を押さえながら、俺を睨みつけてきた。

 

《ぐ、ぐぐ……貴様……何者だ。神の尖兵か……この私に、手傷を負わすとは……》

 

 ダークドレアムは少し戸惑っているようであった。

 俺みたいな奴と戦った事が無いのだろう。

 とはいえ、鬼神の動きをも縛るこの結界内において、ここまで動ける奴を初めて見たので、俺も驚いているところである。

 まぁそれはさておき、奴も俺を警戒しだしたので、そろそろ交渉再開といこう。

 

「やるね……流石に、自分で神というだけある。だがそれでも、ここでは俺の方がまだ強いかな。さて……このままお前を倒すというのも1つの手だが……俺も別に、アンタに恨みがあるわけじゃないんでね。要件を手短に伝えよう。この者達が無謀にも、アンタを手懐けようとしたのは愚かなところだが、もうそろそろ開放してやってくれないか? 俺もそれで手を引くよ」

 

 ダークドレアムは周囲を見回した。

 

《フン……なるほどな。ここは既に、私が滅ぼした所か。だが……残念だったな。私は魂を開放する(すべ)を知らぬ。どうにもならぬな。私に関わり、命を刈り取られた者の魂は、ずっと悪夢を見続けるが運命(さだめ)。私はそれを糧に存在しているのだ。解放の仕方など、知る由もない》

 

 この様子を見る限り、どうやらダークドレアムはマジで知らないようだ。

 ならば、ここで因果を断ち切るのみである。

 

「そうか……ならば、アンタにはここで帰ってもらうか……もしくは、滅ぼすかの2択になるな」

 

 するとダークドレアムは目を細め、憤慨した。

 

《私を滅ぼすだと……自惚れるな。この肉体は所詮、仮の姿……貴様に、悪夢の権化たる私を滅ぼす事など不可能だ。例え、貴様が支配する世界に、私を閉じ込めたとしてもな。来るがいい……終わりのない戦いに、貴様を引きずり込んでやる》

 

 ダークドレアムはそう言って不敵に笑い、両手を広げたのであった。

 余裕綽々といった感じである。

 

(仮の姿ね……どうやら、ダークドレアムは自信があるようだ。まぁいい、ならば……)

 

 俺はマントラを唱えて印を組み、八門の1つ、休門を開いた。

 

《グァァ……か、身体が……動かぬ……ぐぬぬぬ……これくらいではまだ、私を倒すなど出来ぬわ! グォォォ!》

 

 ダークドレアムは唸り声を上げていたが、かなり効いているのは容易に見て取れた。

 とはいえ、それでも完全に動きは封じれてないので、とんでもない化物である。

 それはさておき、俺はそこで、人差し指の腹を剣で軽く切った。

 指先から赤い血が少し垂れてくる。

 続いて俺は、人差し指の血を使い、グレイス王の額に真紋を描いたのである。

 ちなみに描いた真紋は、生門の術式だ。

 その直後、グレイス王は縛りが解け、四つん這いになった。

 

「おい、王様。どうだ、今は自由に身体が動かせるか?」

 

 グレイス王は信じられないモノを見るかのように、両手をマジマジと見ながら、俺に振り返る。

 

「わ、私は……悪夢のような世界から逃れられたのか?」

 

 この状況を見て、どうしてそうなるのか、理解しかねるところだ。

 俺はダークドレアムを指さした。

 

「いや、どう見てもまだだろ。あそこに、まだ悪魔いるやん。アンタが今得た自由は、俺の存在によって、因果の天秤がどちらに傾くかわからなくなったからだよ。仮の自由だ」

「なら、どうすれば……」

「今すぐ、召喚の呪文をもう一度唱えろ」

「召喚の呪文……なぜ?」

 

 グレイス王はポカンとしながら首を傾げた。

 時間が無い上に、この仕草にイラッと来たので、俺は思わず声を荒げた。

 

【はよ、やれや、オッサン! あれは門を開ける呪文なんだよ! いいから早く唱えろ! お前が仕出かした事なんだから、お前も協力しろや、このビチグソがァァァ!】

 

 俺の剣幕に押され、グレイス王は慌てて作業に取り掛かった。

 

【わ、わ、わかった。マハトラーナ……ソテミシア……レキダントラン……ヒガンテ……パラシコロヒーア!】

 

 すると次の瞬間、魔法陣がまた赤く怪しい輝きを灯したのである。

 それを見るや、ダークドレアムはニヤリと笑った。

 

《馬鹿な奴め……折角、貴様が閉じた地獄の門をここでまた開くとはな。これで私は力を振るえるようになる。この魔法陣は私に移動の自由は与えぬが、力は全開近く振るえるモノだからな。貴様も我が悪夢の世界に引きずり込んでやろう》

 

 確かにコイツの言うとおりだが、状況はそこまで悪くない。

 地獄の門とやらは結界の影響下で開かれているので、後は俺の力量次第だ。

 

(さて……じゃあ、行くか。八門全部を開放して、コイツを地獄に叩き返してやる!)

 

 俺はすぐに行動を開始した。

 全ての門を開く為、俺はマントラを唱えながら、演舞するかの如く、幾つもの印契を軽やかに舞っていった。

 程なくして結界内には、八門から放出された清らかな大霊力が一気に流れ込む。

 そして、邪悪な霊気を押し流すように、魔法陣に向かって渦を巻きながら、清らかな大霊力が物凄い勢いで流れて行ったのである。

 その中にいる邪悪な存在のダークドレアムは、成すすべ無く、その霊力の渦に飲み込まれていった。

 

《グァァ……何ィッ……私が魔力の奔流に流されるだと! 貴様ァァァ、一体何をしたァァ》

 

 俺は強制送還されるダークドレアムに向かい、中指を突き立てて、悪態を吐いてやった。

 ちなみにだが、中指立てたのは欧米流の侮蔑サインであり、決して術の印契ではない。

 

【バーカ、アーホ! 何が、破壊と殺戮の神や! もう二度と俺の前に現れるな! 面倒な術を沢山使わせやがって! このバカチンがぁ! ずっとそこで悪夢を見ながら、アクメ顔でもしてろや! バーカドレアム!】

 

 ダークドレアムの断末魔に似た叫びが木霊した。

 

《おのれぇぇ……何たる屈辱! 貴様ァァァ、覚えておけェェ! グアァァァ!》

 

 清らかな大霊力の激流に飲み込まれ、ダークドレアムは水洗便所に流される汚物の如く、地獄へと帰って行った。

 これで一安心である。

 と、そこでギャラリーの声が聞こえてきた。

 

「凄いのか凄くないのか……よくわからない戦いだ」

「いや、リバスト殿、コレは凄い戦いだぞ。ジュライ殿の言い方に緊張感が無いから、そう思うだけだ。まさか、このような戦い方があるとは……」

 

 ほっとけと思ったのは言うまでもない。

 まぁそれはさておき、俺はそこで八門を閉じると、魔法陣の効果を完全に打ち消す為、霊的起点を摩利支天浄魔光剣によって破壊した。

 その直後、周囲の光景は突如暗転する。

 そして次の瞬間、俺達は井戸がある、あの場所へと戻っていたのであった。

 この突然の出来事に、リバストとエドガンさんはキョロキョロと周囲を見回した。

 

「なッ!? こ……ここは……帰ってきたのか?」

「突然、周りが現実の世界になったぞ……どういう事だ、一体……」

 

 俺はそこで剣を鞘に収め、彼等に言った。

 

「ここは元の世界ですよ。悪夢から目醒めた……といったところですかね。というか、悪魔が紐づけた因果の鎖を断ち切れたので、我々は戻って来れたんですよ」

「インガの鎖?」と、エドガンさん。

 

 この世界では耳慣れぬ言葉のようだ。

 元は仏教用語なので無理もないところである。

 

「俺の住んでいた所には因果応報という言葉があるんですが、簡単に言うと、物事には原因があって結果があるという事です。良い事も……悪い事もね」

「原因と結果……なるほど、そういう事か。あの城の者達は、悪魔を召喚したという原因によって、その結果、滅ぼされ、ずっと囚われていたのか。その流れの中を繰り返しながら……」

「ええ、そうです。そして、それがあの悪魔の力なんですよ。あの者達は関わってはいけない存在に関わってしまったんです。今更ですが、愚かな事ですよ」

「しかし……ジュライ殿、其方は一体何者なのだ? あのような悪魔とも渡り合えるほど強いなんて……」

 

 リバストは少しドン引きしている風であった。

 勘違いしてるようなので言っておくとしよう。

 

「ああ、言っときますけど、さっきのは俺が強いんじゃなくて、相手が弱くなったんですよ。俺の家は如何に相手を弱くできるか、それを古来からずっと練ってきた一族なんでね」

「相手を弱く……そういう事か。確かに……あの時、あの悪魔は力を全然振るえていなかった……なるほど」

 

 リバストもようやく気付いたようだ。

 

「私も驚いてるところだよ。あのような戦い方があるとは知らなかったのでな。いやはや……色んな魔法があるモノだ」

 

 エドガンさんもそう言って感心していた。

 

「ま、そういう事です。大体、あんな化け物と同じ土俵で戦っても、人間は勝てませんからね。ン?」

 

 と、その時であった。

 俺達の前に無数の亡霊が姿を現したのである。

 亡霊は青白く薄い煙のようであった。

 

「おいおいおい……この者達はまさか……」

 

 リバストはそう言って、少し後ずさった。

 

「馬鹿な……なぜここに……」

 

 スライムエドガンも同様だ。

 2人が驚くのも無理はない。

 なぜなら、突如現れた亡霊はグレイス城の方々だったからである。

 すると、亡霊集団の中から高貴な佇まいをした男が前に出てきた。

 紛れもなく、先程まで儀式の間にいたグレイス王その人であった。

 

【時が来た……すべては予言通りであった。異界から現れし勇者よ……よくぞ、我等の魂を救ってくれた。気が遠くなるほど、永きに渡り……我等はあの悪魔に囚われていたのだ。しかし……ようやく、悪夢から開放される時が来た……ありがとう、異界の勇者よ】

 

 わざわざ礼を言いに現れたようだ。

 律儀な方々である。

 それはさておき、俺は遠慮せずに言ってやった。

 

「全くですね。いい迷惑でしたよ。あんな大悪魔と対峙するのは迷惑極まりない。だがまぁ……起きてしまった事は変えられません。次に生まれてくる時はもう少し、マシな選択して下さいよ……って、次はどんな生き物になるか知りませんけどね」

 

 グレイス王は面目なさそうに俯いた。

 後ろの亡霊達もそんな感じだ。

 一応、アホな選択したという自覚はあるのだろう。

 俺は話を続けた。

 

「ま、そう気を落とさないでください。貴方がたが恐れていた大魔王デスタムーアは、ちゃんと伝説の勇者が倒してくれた筈ですから。グレイス城で管理されていたオルゴーの鎧も、勇者の手に渡り、活躍したと思いますよ。そういう伝承が、俺の世界では残ってますからね。そこは安心して良いです」

 

 俺はとりあえず、手向けにゲームの正史を語っておいた。

 この世界は、あれをベースに構築されていると思ったからである。

 

「なんと……そうであったか。もしそうならば、我等も浮かばれるというもの……ん? おお、光が見えてきたぞ……」

 

 亡霊達は天を仰いだ。

 どうやら、お迎えが来たようだ。

 そんな中、ゴーリキが前に出てきた。

 

「異界の勇者殿……ありがとうございました。私は生前、この近くの湖に、ここで起きた事実をしたため、それを頑丈な箱に入れて沈めました。誰も我等の過ちを伝えてなかったので、せめてもの気持ちでそうしたのです。その中に、今、貴方が持っている魔法の絨毯を一緒に納めたのを憶えております。さっきはあの地獄の中で言えなかったのですが、貴方が見つけてくださったのですね」

 

 折り畳んで丸めた絨毯を持っていたので、モロバレだったようだ。

 ただ誤解してるので、言っておくとしよう。

 俺はエドガンさんを指さした。

 

「まぁ見つけたのは俺じゃなくて、この方だけどな。でも、この絨毯……もう魔力がないんだよね」

「それを私にくれた方は、カルベローナの紋章に魔力を籠めれば使えると言っていましたよ。私にはそんな力が無いので、普通の絨毯でしたがね。でもよかった。貴方がたに見つけてもらえて……これでもう思い残す事はありません。去らばです。ありがとう……異界の勇者よ」

 

 ゴーリキはそう言って消えていった。

 他の亡霊達も徐々に消え始めてゆく。

 もう時間が無いようだ。

 グレイス王はまだいるので、今の内に訊くとしよう。

 

「あ、そうだ、王様。天に昇る前に、1つ訊きたい事があります。貴方がたに予言したのは一体、何者なのですか?」

 

 グレイス王は俺に視線を戻した。

 そして消えゆく瞬間に、グレイス王はこう告げたのであった。

 

【何者かはわからぬが……こう言っていた。ルビス……と。では、我等は逝くよ……ありがとう、異界の勇者よ……】と。 

 

 程なくして、亡霊達は全て昇天した。

 永きに渡る因果の鎖が完全に断ち切られた瞬間であった。

 新たな謎を残して……。

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