[壱]
ロザリーちゃんと密談を終えた俺は、デスピサロに満面の笑顔を向けた。
すると、デスピサロは俺達のやり取りを見てイラついたのか、憤怒の表情で声を荒げたのであった。
【貴様ァ! 何をこそこそ話している! ロザリー、こんな奴の話なんて聞くな!】
わかりやすい反応をする奴である。
ある意味、素直なんだろう。
詐欺に引っかかりやすいタイプである。
まぁそんな事はさておき、ロザリーはそんなデスピサロに向かい、優しく語り掛けた。
「ピサロ様……この方と話をされてみてはどうでしょうか?」
「話だと……何を吹き込まれた、ロザリー……」
「私はピサロ様の考えに反対です。幾ら人が憎いからと言って、世界を滅ぼすような事を……ピサロ様にしてほしくないのです」
だが、デスピサロは首を勢いよく横に振った。
「それは……無理な話だ。デスパレスにて、もう既に決まった事だからな。我等、魔族の未来が掛かっているのだ。我等は人間を滅ぼし……そして、天空の神に戦いを挑む。卑しい人間共からこの世界を奪い、我等、魔族のモノとするのだよ。予言にある地獄の帝王エスタークの復活は近いからな」
「なぜそうまでして……人を憎むのですか? ピサロ様は嘗て、私が住みやすい世界になればいいのにと言ってました。もしかして……私が、人間に虐められていたからですか?」
悲しげな目をしたロザリーの頬に、一筋の涙が伝う。
涙は雫となり、次第にルビーのようなピンク色の結晶となっていった。
そして、結晶は床に落ち、儚く砕けて散ったのである。
これが噂に聞く、ルビーの涙なのだろう。
というか、涙が宝石のように固形化するって……ある意味、超常現象である。
迂闊に泣くことも憚られる種族特性であった。
「ロザリー……違う、違うんだ。これは……」
デスピサロはロザリーの涙を見て、毒気を抜かれたように剣を下ろした。
2人の間に重い沈黙が漂いだす。
と、そこで、奥の通路からこちらに近づく気配があった。
恐らく、魔物だろう。
(守衛の魔物が来たか……。あれだけ騒がしかったら、流石に気付くわな。まぁでも、こっちに来る気配はないな。恐らく、俺達のやり取りに耳を傾けているのだろう。とりあえず、今は放っておくとしよう……)
2人の沈黙があまりにも長かったので、俺も話に入ることにした。
「あのさ、お取込み中のところ悪いが、俺も姿を晒したんだから、少し訊いていいか?」
俺はそう言うと、意味有りげにロザリーの首へ手をやった。
ピサロは忌々しそうに眉根を寄せる。
「貴様、しつこ……チッ……クソがッ。何を訊きたいんだ?」
要求に応じてくれるみたいだ。
俺は何も持ってないのだが、デスピサロはうまく勘違いしてくれたようである。
さて、話を進めるとしよう。
「じゃあ、まずはこれからいこうか。お前は以前、山奥の村を襲った時、確かこんな事を言ってたよな……『そのガキは勇者誕生の予言にある天空人の血を引く人間だ』って。その予言をしたのは一体誰だ? それとも適当に嘘を言っただけか?」
するとデスピサロは真顔になった。
これは何かありそうだ。
「フン、そんな事を言ったかどうかは覚えておらぬが、その予言は確かにあったものだ。誰が言ったかなど、どうでも良いだろう?」
「へぇ……確かにあったモノね。ま、いいや。じゃあ、次の質問だ。魔界からの使者という胡散臭い魔物がキングレオ城にやって来たそうだが……それはアンタの指示か?」
「魔界の使者……ああ、奴の事か。あれは私の指示ではない。奴が勝手にしている事だ。我等とは関係がない」
どうやらデスピサロは知っているようだが、この口振りだと、そこまで親密な仲でもないのだろう。
面倒臭い事この上ない展開である。
まだ仲間と言ってくれた方が助かるところだ。
「へぇ……知ってるのか。なら、話は早い。ソイツは一体何者だ?」
「貴様が今言ったとおり……魔界からやって来た者だ。名前まで貴様に教えるつもりはないがな」
「という事は、魔界からコチラの世界にくる方法があるという事か?」
「フン……恐らく奴も、転移陣でコチラに来たのだろう。魔界と行き来する手段は、今はそれ以外にないからな」
「奴も? ってことは、アンタもそのクチだな」
「チッ……そうだ。悪いか?」
デスピサロは癇に障ったのか、ムスッとしながら腕を組んだ。
どうやら、ラモンさんの供述内容は当たっているようだ。
「いや、悪いって事はないよ。ただ、アンタも今まで色々と大変だったんだろうなとは思ったがな」
「フン……貴様に同情される筋合いなどないわ。で、質問はそれだけか?」
「まぁそうだな……まだあるにはあるが、今はやめておくよ。そのかわり、1つ忠告をしておこう」
デスピサロは眉を寄せた。
「忠告だと?」
「ああ、忠告だ。よく聞いとけよ。アンタの計画は全て失敗する。アンタは踊らされているだけだからな。引き返すなら……今だぜ」
「踊らされている……だと……馬鹿馬鹿しい。俺は自分の意思で動いているのだ。他の奴の思惑など知ったことかッ!」
デスピサロは自信満々にそう言い切った。
直情型の短気野郎だから、転がされてるのに気付いてないのだろう。
「自分が担がれてる事に気付かないとはな。そんな、お山の大将気取りの奴に、部下やロザリーちゃんは守れないと思うがね。世の中には、お前なんかが及びもしないほど、狡猾な奴がいるんだよ」
「フン、ならば訊こう……誰が私を操っているというのだ? 私の父か?」
「さぁな……それがわかれば苦労はしない。だが、あえて1つ上げるとするなら……それは、魔界の神かもな」
「魔界の……神だと!?」
「マカイのカミ?」
デスピサロはそこで組んでいた腕を下ろした。
多分、予想外の単語だったのだろう。
ロザリーはチンプンカンプンのようだ。
「そう、魔界の神さ。ちなみに、デスタムーア……この名に聞き覚えはあるかい?」
だが意外にも、デスピサロは首を傾げたのである。
「デスタムーア? なんだそれは? 知らぬな、それが魔界の神とやらの名か?」
表情を見る限り、本当に知らないようだ。
「なんだ知らないのか。魔界の王の息子らしいから、知っていると思ったのにな」
「俺が知っているのは、魔界で父と覇権を争っている他の魔王だけだ。魔界の神とやらは噂で聞いた事があるが、そんなモノが、本当にいるのかどうかなど、俺は知らぬ! 無論、デスタムーアなどという言葉もな」
魔界は魔界で、色々とゴタゴタしているようだ。
気になるので少し訊いてみよう。
「へぇ……因みに、その覇権を争っている魔王はなんて奴なんだ? それとアンタの父とやらは、なんて名だい?」
「なんで俺の父の名を貴様に明かさねばならんのだ。絶対に言うモノか!」
「ええ、なんだよ、けちんぼ。まぁいい、じゃあ、もう一人の魔王くらいは教えてよ」
デスピサロは舌を打ちながら口を開いた。
「チッ……しつこい奴だ。そんなに知りたいなら教えてやる。ブオーンという厄介な化け物だよ」
ここでこの名前が出てくるとは思わなかった。
ドラクエⅤで倒すのに苦労した中ボスの名前と同じだからだ。
念のために確認しとこう。
「ブオーン? もしかして、馬鹿でかい牛みたいな化け物の事か?」
「何……貴様、知っているのか? もしや……奴の手の者か!」
デスピサロは軽くメンチを切ってきた。
この反応を見る限り、当たらずとも遠からずのようだ。
まぁいい、誤解は解いておこう。
「知らんよ。そういう噂を聞いた事があるだけだ。まぁいい、話を戻すが……今言ったデスタムーアという奴にはお前も注意しとけよ。そして、利用されて不幸になる前に、地上征服などという、下らん中二病的な野望も捨てる事だな」
「黙れ、人間風情が! 利いた風な口を利きやがって! 貴様の指図など受けぬわ!」
「そうかい。なら仕方ない……お前が野望を捨てないのなら、ロザリーちゃんは俺が貰っちゃおうかな! ヒヒヒヒ」
「キャッ!」
俺はそこで奴を挑発する為、小馬鹿にしたように笑いながら、ロザリーちゃんを強く抱き寄せた。
見ようによっては、人攫いの変態悪役である。
「キッサマァァァ! その薄汚い手をロザリーから離せ!」
デスピサロは床に転がる剣を手に取ると、血走った眼で刃の切っ先を向けた。
どうやら、俺の変態スキンシップにキレたようだ。
というわけで、俺はそこでロザリーちゃんに耳打ちをした。
『ロザリーちゃん……今は少し辛抱してくれ』
『え?』
ロザリーは困惑した表情で俺を見る。
俺はそんなロザリーと共に、バルコニーへと少しづつ後退した。
デスピサロもそれに合わせて剣の切先をこっちに向け、忌々しそうに歪んだ形相で、間合いをジリジリと詰めてくる。
油断すると串刺しにされそうなシチュエーションといったところだ。
「さて、もう後がないぞ……ロザリーから手を放せ、薄汚い人間め! そして俺が今ここで、貴様を始末してやるわ!」
山奥の村でも思っていたが、コイツは自分に正直過ぎるアホだ。
交渉が下手な単細胞型魔王である。
餌をぶら下げるディール的な交渉というのが、コイツには出来ないのだろう。
「君さ……もっと取引のセオリーをもっと学ぶべきだねぇ。目的を達成するには相応の対価が必要なんだからさ。お土産くれんと俺も引き下がれんよ」
「うるさい、人間風情が!」
するとその時であった。
【お待ち下さい! ピサロ様!】
部屋の奥に伸びる通路から大きな声が発せられたのだ。
程なくして、声の主が姿を現した。
するとなんと、それはヘルバトラーだったのである。
ヘルバトラーはピサロの前に行き、恭しく頭を垂れた。
デスピサロは俺を見据えながら、ヘルバトラーをチラッと見る。
「なんだ、一体……お前がコイツの相手をするつもりか? 一度やられた相手だぞ」
「いえ……違います。この者と少し、話をさせて頂きたいのです」
「話だと……まぁいい。好きにしろ」
「ありがとうございます、ピサロ様」
ヘルバトラーはそこで俺に向き直り、こちらにゆっくりと近づいてきた。
しかし、以前のようにギラギラと殺気立った魔獣の雰囲気はない。
憑き物が落ちたかのように非常に穏やかであり、物静かな感じだったのだ。
邪気がないので、俺も少し戸惑ってしまった。
アンビリーバブルである。
「久しぶりですな……貴殿は確か、ジュライというお方だったか」
「あ、ああ……久しぶりだな。しかし、随分と雰囲気が変わったね。何か心境の変化でもあったのか?」
ヘルバトラーは苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。
「フッ……以前の私は怒りに身を任せておりましたからな。貴殿と戦った後……私は随分と酷い有り様になりました。今は、ようやく立ち直る事ができたところです」
「へぇ……という事は心を整える境地に達する事ができたという事か。魔物なのにやるじゃないか」
「貴殿のお陰で、怒りから目が覚めたといったところでしょうかな。最初は苦しんだモノだが……一度、心を落ち着け、物事を冷静に見れるようになってからはこの通りです。それ以来、私には世界が違って見えるようになりました」
なんというか、かなり改心してしまったようだ。
魔獣から聖獣になったかのような雰囲気である。
ヘルバトラー改め、ヘブンバトラーといった感じだろうか。
「そうか。まぁ俺も悪い事をしたかなとは思ったが、流石にあのまま野放しにはできなかったんでね。すまなかったな」
「いや、気になさらなくていい。私は寧ろ、貴殿と戦えて良かったと思っているくらいなのだよ。生き方や考え方を変える事ができたのでな。その節は貴殿に対し、大変失礼な事をした。謝らせてもらおう。すまぬ事をした」
ヘルバトラーはそう言うや、意外にも、申し訳なさそうに頭を下げたのであった。
まさかヘルバトラーが頭を下げるとは思わなかった。
恐るべし、呪術の効果である。
俺も面食らってしまったところだ。
「お、おう。良いってことよ」
デスピサロとロザリーは俺達の会話をポカンとしながら眺めていた。
先程までの殺伐としたやり取りから比べると、場違いな穏やかトークが繰り広げられているから無理もないところだ。
まぁいい、とりあえず話を進めよう。
「それはともかく、俺に話があると言ってたが?」
「うむ、それでしたな。いきなり現れて貴殿にこんな事を申すのも悪いが……どうか、ロザリー様を解放してもらえぬだろうか? 私は貴殿に感謝してはいるが、我が主はピサロ様だ。主の困っている姿を見るのは流石に見過ごせませぬ。どうか、今は引き下がってもらえぬだろうか? この通りだ」
するとヘルバトラーは、深く腰を落として両手を下ろし、深々と頭を垂れたのである。
それはまるで、空手部員のやる押忍のポーズであった。
意味のわからんポーズだが、デスピサロ一派の謝罪の作法なんだろう。
「ロザリーちゃんを解放か……いいだろう。俺も用は済んだしな。だが……アンタの主であるデスピサロは、何か言いたそうにしているぞ?」
俺はそこで奴を見た。
デスピサロは不服そうに俺を睨んでいる。
「ピサロ様……このお方は信じられる人間です。ここはロザリー様の為にも、一度、剣を置いたほうがよろしいかと思います」
ヘルバトラーは畏まり、そう告げた。
なかなかの優秀な執事ぶりである。
だが、デスピサロは尚も俺を睨んでいた。
明らかに納得してない顔である。
「信じられる人間だと……お前はコイツの魔法に惑わされているだけだ」
「しかしですな……」
ヘルバトラーの言い分は通じなかったようだ。
仕方ない、交渉再開といこう。
「デスピサロ、何か言いたい事があるんだろ? 言えよ。腹割って話そうや」
「貴様……一体何が目的だ。なぜ、我等の邪魔をする? というか、何者だ? わけのわからん魔法を使う得体の知れん奴め! 俺には貴様を信用する事などできぬわ!」
目的を知りたいようだ。
ならば正直に答えてやろう。
「目的? そんなの1つだよ。山奥の村でも言ったが、俺はあの森に迷い込んでしまったから、早く家に帰りたいだけさ。それ以上でも、それ以下でもない。帰る手段が分かれば、こんな辛気臭い世界からとっととおさらばしてやるよ」
「家に帰りたい……だと? 俺を馬鹿にしてるのか! そんな事が信じられるわけないだろう!」
予想通りの返答である。
「だから本当だって! それさえわかれば、もうお前らの邪魔なんかしねぇよ! 世界征服だろうが、ロザリーランドだろうが、ソープランドだろうが、なんでもすりゃいいよ」
「貴様、いい加減にしろ! コケにしやがって」
デスピサロは剣を構えた。
はい、会話不能です。
「そう言われてもなぁ……だって本当の事だし。つうか、お前の邪魔をしてるのは成り行き上そうなってるだけさ」
「クッ……どこまでも馬鹿にしたような言い方しやがって!」
「そりゃお前の思い込みだって。俺は本当に、家に帰りたいだけだから」
するとそこでロザリーが俺に振り向いた。
「もしかして……貴方は迷子になられたんですか?」
「ま、迷子?」
ロザリーはかなり天然系のようだ。
意外と空気が読めない子なのかもしれない。
「迷子と言われると俺も抵抗あるが……まぁそんなとこだ。もうホトホト困り果ててるんだよね」
「そうなのですか……私と同じですね。私も小さい頃に迷ってしまって……」
なぜか知らないが、ロザリーは俺に同情の眼差しを向けてきた。
仲間のように思えたのかもしれない。
「ロザリー、こんな奴の言うことなど真に受けるな!」
「ですが、ピサロ様……私には嘘を付くような方に見えません。この方は本当に帰りたいだけな気がします」
「まさかロザリー……お前も奴の魔法に惑わされているのか!」
「それは誤解だって。俺は何もしとらんぞ」
ヘルバトラーという前例があるので、全てが疑心暗鬼になってしまうに違いない。
というわけで、この隙に撤収するとしよう。
俺はロザリーを解放し、鬼紋修咒を行使すると、バルコニーから飛び降りた。
「つーわけで、あばよ! ピスタチオ!」
「あッ!? 待てェッ! 貴様ァッ!」
スキージャンパーの如く、俺は着地に成功する。
そこで俺は奴に向かい、笑顔で別れを告げたのであった。
「では失礼するよ、ピスタチオ君。今日のところはこれで引き下がるとしよう。君の大切なロザリーちゃんは、今度頂くとするよ。精々、しっかり守ることだな。フハハハ。じゃあ、また会おう」
これだけ言っておけば、エビルプリーストもそう簡単には悪さできんだろう。
「エッチはほどほどにな。じゃあ俺はクールに去るぜ!」
「貴様ァァァァッ!」
そんなやりとりをしつつ、俺はデスピサロの絶叫が響く中、森の中へと颯爽と駆けたのであった。