[壱]
翌日の早朝、俺は妖怪2名と共に、そそくさとロザリーヒルを後にした。
で、今は魔法の絨毯にて北へと向かって移動中である。
ロザリーヒルの宿を出てからというもの、俺はずっと言葉少なであった。
妖怪2名は俺に向かって、訝しんだ目を向けている。
理由は言わずもがなだが、彼らには昨夜の事を話してないので、無理もない。
頃合いを見て話すとしよう。
いくら魔法の絨毯とはいえ、飛行能力のある奴の偵察隊に見つかる可能性もあるからだ。
さて、それはさておき、昨夜は予期せぬエキサイティングな体験をした。
かなり殺伐とした感じではあったが、デスピサロから少し情報を得る事もできたので、まぁまぁの戦果といったところか。
このタイミングでロザリーヒルに立ち寄れたのは、ラッキーだったのかもしれない。
おまけにロザリーちゃんも可愛かったし。
イメージ通りの可憐な美少女エルフだったから、それも満足したところである。
とはいえ、ヘルバトラーはちょっと意外だったが……。つーか、変わりすぎやろ。
人格まで変わるとは思わなかった。
まぁとはいえ、さしたる問題ではないので、このままにしておくとしよう。本人もそれを望んでいる筈だ。多分……。
ふとそんな事を考えていると、エドガンさんが痺れを切らしたのか、咳払いしながら話しかけてきた。
「ウォッホン……ところでジュライ殿……昨夜は一体何があったのだね? 夜遅くに物音も立てず、ひそひそと隠れるように帰ってきたが? しかも、何も言うなとばかりに口を噤んだままだ。あれからひと言も話さぬから、私も気になってしょうがないんだがね。おまけに……あの村の中は、来た時以上に物々しい雰囲気だった。もしや、塔の魔物に見つかったのか? 隠れるようにして村を出てきたが……」
「うむ、私も気になっている。何があったのだ? いい加減話してくれぬか? 何もなかったわけではあるまい」
リバストもそれに同調する。
俺はそこで周囲を警戒した。
ここはオラクル川の真上で、周囲に魔物の気配はない。
とりあえず、聞き耳を立てられる心配はなさそうだ。
ラモンさんに迷惑がかかるといけないので、あまり大っぴらに話せないからである。
まぁでも、ここなら大丈夫だろう。
「ああ、ソレね……実は――」
俺は事の顛末を簡単にではあるが、2人に説明した。
まぁかなり驚いていたのは言うまでもない。
「――、という事がありましてね。だから静かにしてたんです。お2人に迷惑かける事になるのでね。すいません、面倒事を起こしていて」
「なんとまぁ……ジュライ殿は敵地にいるというのに、お構いなしだな。大物というか、なんというか。娘達も凄い男を見つけたものだ」
「しかし、ジュライ殿……話を聞く限り、デスピサロとやらは魔族の王なのだろう? そんな奴を怒らせて大丈夫なのか?」
「大丈夫っすよ。元々、いつも怒ってるような野郎ですから。それに、ちょっと挨拶してきただけです。ついでに忠告もね」
「忠告? なんだねそれは?」
「デスピサロは恐らく、誰かに転がされているだけですよ。黒幕は他にいると思ったので」
するとエドガンさんは、ギョッと目が大きくなり、プルンと震えた。
「はぁッ!? まだ何かいるのかッ!? 何者だね、その黒幕とやらは」
「さぁね……ただ言えるのは、魔物達も一枚岩ではないという事です。そして……もしかすると、この世界もね」
「この世界……だと。どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ、リバストさん。まぁとはいえ、これに関しては、現時点での俺の感想ですから、あんまり気にしなくていいですよ」
リバストとエドガンさんは、ぎこちなく顔を見合わせた。
納得いかんのだろう。
ま、放っておくとしよう。
「気にするなと言われてもね。しかし、ジュライ殿は面白い男だな。こんな状況なのに、楽しんでるようにさえ見えるぞ」
「ようにさえじゃなくて、楽しんでるんですよ、エドガンさん。リアルロールプレイ中なんでね」
「はぁ? ろーるぷれ? 何の話だ……」
「ああ、こっちの話です。さぁて、旅を続けますか」
ここに来て、ようやく点と点が繋がり始めてきた気がする。
サントハイムでデスタムーアが出てきたが、恐らく奴もそれに関係してる筈だ。
まぁとはいえ、今はそれ以上はわからない。
とりあえず、旅をしながらじっくりと考えることにしよう。
今は先方もそう動かんだろうし。
「話を変えおったな、ジュライ殿。まぁいい。それはともかく、どこに向かうのだね?」
「とりあえず、北ですね。ラモンさんの話も気になりますし」
昨日のラモンさんの話だと、ロザリーヒルの付近を流れるオラクル川とやらを北上すると、アーク海に出ると言っていた。
そして、さらにそのアーク海を北に進むと、大きな島があり、そこにエルの民の根城があるとの事であった。
また、その更に北には岬があり、そこに海鳴りの祠があるそうである。
これは是非とも行ってみたいところだ。
因みに、その時のラモンさんとのやり取りはこんな感じである――
「エルの民の里はどこかじゃと? お主等はそこに行くつもりか? ここからじゃ、かなり遠いぞ。このロザリーヒルの向こうにある、オラクル川の流れに逆らって進まねばならんからな。言っとくが、ここから船で北に行くのは大変じゃぞ。行きたいなら、南の外海に出て行くしかないわい。まぁお主等が船を持っているのなら、じゃがな」
確かに川の流れに逆らって遡上するのは大変だろう。が、しかし、今の俺には魔法の絨毯がある。
これは行ってみたいところである。
というか、行く。
「へぇ船なら遠回りで行くしかないんですね」
「ああ、そういうことだ。ま、もし行くのなら、儂の息子がいるだろうから、よろしく伝えておいてくれ。名はオズボーンという。ちょっと変わり者でな。夢の啓示を受けたとか、妙なことを言うかもしれんが、放っておけばええから」
「は? 夢の啓示? なんですかそれ?」
また、ラモンさんは妙な事を言い出した。
しかし、この天空シリーズに至っては見過ごせない単語である。
「儂もようわからんのじゃが……なんでも、古のメダルの王なる者が夢に現れて、息子に告げたんじゃと。心に光の印を抱く者にエルの秘宝を与えよとな。正直、とうとう頭がおかしくなったんかと思ったが、そうではないようじゃし、儂もちょっと呆れてしもうてな」
「心に光の印を抱く者? 小さなメダルじゃなくて?」
俄かに信じがたい話であった。
メダル王が夢に出てくるなんて初耳だが、今は話を聞くとしよう。
「ああ。儂には何のことかさっぱりじゃがな。ま、もう儂は隠居の身じゃから、好きにせえと言うておいたよ」
「心に光の印ねぇ……一体、なんのことやら」
「まぁ親である儂が言うのもなんじゃが……かなり変わり者の息子じゃから、あまり真面目に受け取らんほうがよいぞ。じゃが、会ったら、お主等も驚くかものう。本当に変わっておるからな。イライラするくらいに」
「へぇ、ぜひ会ってみたいですね。その変人の息子さんとやらに」
「もし会うのなら、ラモン・エル・ゲント・ロンメダールの名を出すがよい。あ奴も少しはマシな受け答えをするだろうからな」
「ラモン・エル・ゲント・ロンメダール?」
「儂の本当の名じゃよ。儂らエルの民には代々受け継いでおる名があるのでな。まぁそういうことじゃ 」――
と、まぁこんなやり取りがあったわけだ。
つーわけで、以上の事から、俺は物見遊山がてらにそこに向かっているのであった。
ちなみに、ゲームだとそこにはメダル王の城があると思うが、さてさて……何が出るやら。
[弐]
ロザリーヒルの付近を流れるオラクル川を北上してゆくこと半日以上。
俺達はようやく、それらしい島へと到着した。
大きさは……ちょっとわかりかねるが、島なのは間違いない。
多分、琵琶湖くらいはある気がする。が、あくまでも気がするだけである。
また、大きな山はなく、全体的に岩肌の丘陵地帯が広がる地形であった。
ただ、北方に位置していることもあり、少し肌寒い。
見たところ雪などはないが、針葉樹林が群生しているので、そこそこ寒い地域なんだろう。
ゲームでは雪は降ってなかったが、もしかすると、この世界だと季節によっては降るのかもしれない。
まぁそれはさておき、太陽も大海原の彼方へと沈みかけており、やや薄暗い様相となっていた。
とはいえ、まだ完全には沈んでないので、周囲の景色は目視可能なところである。
それにしても、魔法の絨毯の機動力が凄い。
地上20mが限界の低空飛行だが、障害物はある程度スルーなのでスイスイ進むからだ。
これは非常に重宝なアイテムである。
「ジュライ殿、ここが例の島なのか?」
「じゃないですかね。位置的にもそんな気がしますし。それに、さっきこの島の周囲を飛んだ時、あの海の向こうに岬が小さく見えました。ラモンさんの供述とも一致しますから、多分、ここだと思いますよ。まぁそれだけが根拠ではないですが……」
「何かあるのかね? もしや、海鳴りの祠とやらの事か?」
「ええ、まぁ……」
この海の向こうにある岬から、かなり嫌な霊的波動を感じた。
あの岬のどこかに、厄介な何かがあると見て良さそうである。
今は行かないでおこう。
「ふむ、そういうことか。さてそれはともかく、これからどうするかね? 向こうに見えるあの石積みの砦にでも行くのかな?」
エドガンさんはそう言って、浜辺の向こうに見える小高い丘に目を向けた。
荒波が打ちつけるゴツゴツとした黒っぽい岩壁の上に、見張り塔のような建造物が鎮座していた。
見たところ、中世欧州然とした石造りの無骨な砦である。
「ええ、そのつもりです。もしかすると、アレがそうかも知れないのでね」
「ならば行こうか。もうすぐ日も暮れるぞ」
「ええ」――
砦の付近に降り立った俺達は、魔法の絨毯を仕舞い、そこへと向かった。
塩っぱい海風が吹き荒れる中、砦の入口へとやってきた俺達は、そこで立ち止まり、暫し建物を眺めた。
眼前には古びた石造り壁が聳える様に建っており、そこには木製の両開きの扉が取り付けられていた。
それは、厳かなレリーフに彩られた高貴な佇まいの扉であった。
だが、長い間、風雨にさらされているのか、扉の表面は色あせ、シミのような汚れが至る所にできていた。
しかし、注目すべきはそこではない。
扉の中央に描かれた金色の紋章が、一際目を引くからだ。
真円の中央に五芒星を思わせる星のマーク。そんな感じの金色の紋章が描かれているのである。
「ふむ、古い建物だな。しかも妙に静かだ。廃墟では無さそうだが……どうする、開けてみるか?」
リバストがそう言って俺を見た。
ゲームならお構いなしに扉を空け、他人のプライベート空間に入り、タンスを開けたり、壺や木箱を粉砕するという、超絶無礼者プレイが可能だが、ここはリアルドラクエ世界。
いきなり不法侵入はどうかと思うので、古式ゆかしい訪問作法に則るとしよう。
「リバストさん、それは流石に相手に失礼ですよ。まずは留守かどうかの確認です。俺がやりましょう」
俺はそこで扉の前に行き、強めにノックをした。
それから大きな声で、時代劇風に呼びかけたのである。
「頼もぅ!
と、その時であった。
ギィィという擦れる音と共に、扉がゆっくりと開いたのである。
そこには青い羽根帽子を被り、白いローブを纏った少年が、ニコニコと佇んでいた。
年は10歳くらいだろうか。肌が浅黒いラテン系の顔つきで、まだまだあどけなさがある少年だ。
少年は二コリと微笑み、恭しい所作で頭を下げる。
「おお! ようこそお越し下さいました、旅の勇者様。どうぞ、お入りください。遠路はるばるご苦労様でございました。さぁ、中で旅の疲れを癒やしてくださいませ」
ちょいと面食らうお出迎えであった。
「お、おう……これはどうもご丁寧に。ところで……ゆうしゃって?」
俺が話してる途中だが、少年は構わず続けた。
「では、勇者様。まずは我が主の元へとご案内します」
「我が主? 何のことかよく分からんが、それじゃあ失礼をば……」
わけの分からない事を言う少年に促されるまま、俺達は中へと足を踏み入れた。
扉の向こうは、緑の芝に覆われた美しい庭園となっていた。
石畳の通路が真っすぐ伸びており、その先には、灯台のような造形をした塔が建っている。
そして少年は、俺達をその塔へと向かい案内を始めたのだ。
その途中、少しだけ石造りの家屋らしきモノがあり、数人の住民らしき者達ともすれ違った。
全員、なぜか物珍しそうに俺達を見ていた。
というか、エドガンさんを見て少し驚いてる感じだ。
恐らく、魔物だからだろう。
かくいう俺達も興味津々で彼らを見ているわけではあるが。
因みに、住民達は少年と同様、ラテン系の顔付きであり、恰好はドラクエでよく見かける町人風ファッションの者達ばかりであった。
戦士のようなゴツい姿をした猛者は少ない。
それもあり、全体的にほのぼのとした雰囲気が漂っていた。
まぁとりあえず、感じの良いところだ。今のところは……。
それはさておき、俺達は程なくして、塔の入り口へと到着した。
少年はそこで塔の扉を開き、中へ入るよう促してきた。
「主はこの奥におられます。さぁどうぞ、旅の勇者様」
「では、お言葉に甘えて]
俺達は言われるがまま、中へと入った。
すると塔内は、そこそこ広い1フロアの単純な構造であった。
四方は石の壁であり、床には高級感あふれる赤い絨毯が敷かれ、本棚や彫像のような装飾品等も置かれていた。
左右の壁には、上へと続く階段と下へと続く階段があり、天井には、蠟燭が灯る簡素なシャンデリアが吊り下がり、室内をぼんやりと明るくしていた。
とりあえず、そんな感じの空間だが、問題はそこではない。
この空間の奥には玉座のようなモノがあり、そこには金色のサークレットを頭に被るオッサンが、偉そうに足を組みながらふんぞり返っていたからだ。
顔つきは少年同様にラテン系で、イタリア人男性のような口髭と顎鬚を蓄えていた。
見たところ体格は中肉中背で、年は40歳前後。
王様を彷彿とさせる赤と白のローブを纏っており、手にはアンク十字のような形の金色の杖を携えていた。
そんな出で立ちのオッサンが、俺達を見据えながら、玉座に腰かけているのだ。が、しかし……コイツだけではない。
俺の霊的視界は、もう一人、別の存在を捉えているのであった。
ソレはこの男の背後にいる王冠を被った王様風の亡霊であった。
恐らく、この男に憑いているのだろう。スタンドではないはずだ。多分……。
とはいえ、悪霊ではなさそうだから、今はあまり触れないでおこう。
まぁそれはさておき、少年はそのオッサンの前で立ち止まり、恭しく頭を下げた。
「王様、旅の勇者をお連れ致しました」
「うむ、ご苦労だった、チャオル」
「はい、王様」
少年はそう言うと、執事のように玉座の脇へと下がった。
今のやり取りを見る限り、このオッサンは一応、王様のようだ。少し胡散臭いが……。
玉座に腰掛ける男はそこで立ち上がり、俺達に向かって大仰に手を広げた。
「ようこそ、勇者よ! よくぞ我が居城へ参られた。私はこの城の主、オズボーン・エル・ゲント・ロンメダール。またの名を……メダル王という者なり! 心に抱きし光の印を集める者だ!」
男は自信満々にそう言った。
シーンとした無言の静寂が訪れる。
何とも言えない、微妙なひと時であった。
(なんだこの空気感は……それはともかく、こいつがメダル王なのか……なんかイメージと違う。胡散臭さが半端ないんだけど……)
リバストさんが声を上げた。
「何? めだるおう……なんだそれは?」
メダル王は仕切り直しとばかりに、咳払いする。
「うおっほん……よくぞ聞いてくれた。私は心に光の印を抱きし勇者に、褒美を授ける事になっておる者だぁ。そういう事だから、さぁ私に見せてみよ、そなた達の心を!」
メダル王はテンション高く、俺達に杖を向けた。
次の瞬間、金色のアンク十字の杖は淡く白い輝きを放った。
なんかよくわからん展開であった。
だがメダル王は、次第にガッカリした表情になり、溜息を吐きながら、杖を下げたのである。
メダル王はそこでチッと舌を打った。
「あ〜あ、なんだよ……コイツ等、勇者じゃねぇのかよ。ったく、紛らわしいなぁ……おい、チャオル。お帰りだ。こいつ等には帰ってもらえ」
「えぇ!? ですが、この島に旅人が来たのは久しぶりですよ。かれこれ3年ぶりです。いいんですか、そんなに簡単に判断して」
少年はやや困惑気味であった。
というか、メダル王の豹変ぶりに、俺も困惑してるところだ。
「いいんだよ。この杖がそう言ってんだから。コイツ等は天空の勇者じゃねぇよ。ただの旅人だ。ったく、紛らわしいなもう……。折角、王様っぽく天空の勇者とやらを褒美で手懐けられると思ったのによ。まぁいい、はいはい、次だ、次ぃ」
メダル王は玉座に腰かけると、偉そうに頬肘をつき、足を組んだ。
そして、俺達に向かい、あっち行けと言わんばかりに、シッシッと手を振ったのだった。
カッチーンと来たのは言うまでもない。
「おい、オッサン! なんだその態度は! 初対面で失礼だろが! 黙って聞いてりゃ偉そうに!」
「そうだ、ジュライ殿の言う通りだ! なんだこのもてなしは!」
エドガンさんもカチンときたのか、小刻みに震えていた。
リバストは呆然と立ち尽くしている。
多分、呆気に取られてるんだろう。
俺も同じ気分である。
アメリカのヘヴィメタル系ミュージシャンと同じ名前だから、どんな奴かと思ったが、まさかメダル王がこんなクソ野郎だったとは……。
「ああん、なんでスライムがこんな所にいるんだ? まぁいい。アンタ等には関係ない話だよ。さぁ、帰った帰った」
メダル王は尚もシッシッとする。
ぶん殴りたくなったが、ここは冷静にいこう。
「なるほどねぇ……噂通りの変人だな、アンタ」
「ああん、なんだって?」
「アンタ、今、ロンメダールって言ったな。ってことは、ラモン・エル・ゲント・ロンメダールさんの息子か?」
と、その直後、メダル王はギョッと目を大きくしたのだった。
どうやらビンゴのようだ。
「何ィ……お前……なんで親父を知ってる」
「さぁて……なんでだろうねぇ、変人のオズボーンさんよぉ」――