[壱]
ブランカから帰ってきた翌日の話である。
俺は早朝から、里のはずれにある砂漠地帯で、昨日購入した旅人の服と鋼の剣を前にして、ある作業に取り掛かっていた。
何をしているのかというと、これらに呪術的な細工を施しているのである。
つまり、俺専用の武器と防具を作っているのであった。
山奥の村における戦いの時は緊急手段で俺の血を用いたが、あれは僅かな時間しかもたないので、今回はある程度長期間使えるよう呪術を付加する予定だ。
まぁそんなわけで、俺は今、鋼の剣に山奥の村で用いた呪術の式を描き、刀身を熱して焼きを入れ直しているところであった。
一応、術名は
摩利支天という名前がついてるが、密教の尊格である摩利支天尊とはあまり関係がない。
父から聞いた話によると、摩利支天は隠形の功徳が有名だが、他に太陽の御威光の化身とも云われてるので、比喩としてその名前をご先祖が付けたようだ。
まぁ要するに、刀身に青白く輝く浄化の霊気オーラを纏わせる呪術なので、見た目の印象からこの名前が付けられたのだろう。なんとも紛らわしい話である。
それはさておき、焼きに入れる熱源は木だが、ただの木ではない。
里に落ちていた世界樹の枝葉を集め、それを燃やしているのである。
落ちている物とはいえ、世界樹の枝葉を燃やすので、念の為、フェルミナさんに事前相談はしておいた。
すると少し怪訝な表情をしたが、まぁ落ちた枝葉ならという事でフェルミナさんから了解は得られたのである。
この付加術は、樹齢の長い霊木を燃やして焼きを入れるのが正式な方法なので、かなり良い結果が得られそうだ。
なんといっても、落ちた枝とはいえ世界樹なので、その霊気は流石だからである。
ちなみにだが、衣服類は下地処理が必要なので、里の宿屋から借りた水桶に、調合した霊薬の染料を入れ、昨晩からそこに漬けこんでいるところであった。
付加術を施すのは今夜になりそうである。気長にいくとしよう。
とりあえず、今は剣に集中である。
剣が差し込まれた燃え盛る枝葉の山に、木の板で仰ぎながら風を送り、俺は温度調節を続ける。
メラメラと赤く燃え上がり、非常に良い感じだ。
(さてもう少しかな……世界樹の枝を燃やして摩利支天浄魔光剣を付加するから、即席とはいえ、良いモノが出来るかもな。家にこの付加術が永久に施された日本刀が一振りあるけど、それに近づけるくらいのモノが出来たらいいなぁ。まぁ日本にいた時は銃刀法の兼ね合いで、あまり持ち出す事は無かったけど……)
そんな事を考えながら作業していると、後方から気配を感じた。
気配の感じからして、フォルスだろう。
フォルスは程なくしてこちらへとやって来た。
「ジュライさん……今、お話いいでしょうか?」
言葉に元気がない。
昨日の夜、俺がブランカで言った事を気にしているのだろう。
俺はフォルスに振り返らず、作業をしながら返事をした。
「今取り込み中だが……まぁいいよ。で、なんだ?」
「昨日の話についてです……アレは本当なのですか? 僕が天空人の末裔というのは……」
よく考えたら、デスピサロとの駆け引きの時、フォルスがいなかったのを俺はそこで思い出した。
(しまった……そういや、あの時いたのはフォルスに化けたシンシアだったな。ちょっと話しすぎたか……だが、コイツが天空城に行ってくれない事には、俺もこの先どうなるかわからない。それに言ってしまった以上、もう後には引けないんだよね。フォルスには頑張って勇者になってもらうとしよう……俺の為に……)
というわけで、俺は勇者への旅へと誘導する事にした。
「お前を襲いに来た魔物達はそう言ってたよ。ところで、フォルス……今の両親から、出生について何か話はあったのか?」
「それが……村で魔物の襲撃があった時、実の親ではないと言われました」
「ふぅん。で、本当の両親の事はなんと言ってた?」
「さっき聞いたのですが、はぐらかされてしまって……」
フォルスは頭を振ると溜息を吐いた。
もしかすると、母親が天空人と口にするのは禁句なのかもしれない。
昨日この話をした時も、シンシアやローグさんは気まずそうにして言葉少なであった。
村人達が頑なに口を割らないところを見ると、天罰を恐れての事だろう。
実際、雷に打たれて死んだ実例があるようだし、そうなるのも無理はないのかもしれない。
まぁいい、話を進めよう。
「そうか……まぁ色々と事情があって言えないんだろう。だが、魔物達はお前が天空人の末裔だと知って、あの村を襲撃したのは紛れもない事実だ。奴等の親玉がそう言ってたからな。まぁどうやって知ったのかまでは、俺もわからないが……」
「僕はどうすればいいんでしょうか……ここ最近、そればかり考えるんです。僕のせいで村の皆にも迷惑をかけましたが、まだ魔物達は僕を殺すのを諦めてないと思います。しかも、今の両親が実の親ではないと聞いて混乱もしているんです。挙句の果てに、僕には秘めた力があると言われても……何が何だか……。皆は僕に、世の中を救う勇者になってほしいといいますが、そんな事を急に言われても……僕にはどうすればいいか……わからないんです」
俺が介入した弊害が思いっきり出ているが、このフォルスの心境は仕方ないモノだろう。
魔物の襲撃によって大切な者を失った憎しみがないので、打倒デスピサロというゲーム当初の目的が見いだせないからだ。
だが行動してもらわないと困るので、俺は彼に言ったのである。
「なぁフォルス……お前、本当の親に会いたくないのか?」
「本当の親にですか?」
「ああ。恐らくだが、お前の親父さんは雷に打たれて死んだんだと思う。だが、母親の方は生きてるかもしれない」
「ですが……どこにいるか、僕には見当もつきません。ジュライさんは何か知ってるのですか?」
「いや、俺も知らないよ。というか、知るわけがない。ただ……お前の母親が天空人だったならば、いる可能性がある所は1つなんじゃないのか」
俺はそう言って空を指さした。
「空……まさか……」
「そう、天空城だよ」
「て、天空城……ですが、本当にあるのですか? 僕は御伽噺でしか聞いた事がないんです」
ないと俺が困るところだ。
今までの話の辻褄が合わなくなる。
「確証はないが、あるとは思うよ。そして……そこに行くのがお前の運命な気がする。なぁフォルス……明日だが、少し時間あるか?」
「明日は一応、朝からローグさんと剣の稽古ですけど時間は作れると思います。どこかに行かれるんですか?」
「ああ。お前の村があったあの森にな」――
[弐]
翌日の朝食後、俺は前回のメンバーと共にブランカへとやってきた。
出掛けるにあたりローグさんにお願いしたら、護衛でついてゆこうとなったので、このメンバーになったわけである。
ブランカに降り立った俺達は街を出て、あの森を目掛けて北上を開始した。
本日もこの辺りは快晴である。気温はやや暑く、日本で言うところの初夏といった感じだ。涼しい風が時折吹くので、外を移動するにはちょうどいいだろう。
ちなみにだが、俺とフォルスは今、変装はしてない。装備品自体にある程度の変装機能があるからだ。
フォルスの装備は、旅人の服と皮の盾、それから鋼の剣と鉄兜というチグハグな格好をしている。
金の掛けるところがおかしいだろと、突っ込みを入れたくなる装備だが、ある意味変装にはなるのでこれはこれで良いのかもしれない。
そして俺はというと、旅人の服と鋼の剣、それから頭には、ドラクエⅧの主人公みたいにただの布切れをバンダナ風に巻くという出で立ちであった。
だが、俺が装備している布切れと旅人の服と鋼の剣は勿論、普通の品ではない。
旅人の服とただの布切れには霊壁の術式が付加してあり、鋼の剣には摩利支天浄魔光剣の術式が付加されているのだ。
出来上がった後、試しに発動してみたら思ったよりも強力だったので、これは嬉しい誤算であった。
ただ、旅人の服と布切れは霊薬の影響で黒っぽくなったので、元の面影はゼロである。絵的にやや気になるが、まぁ許容範囲だ。
とはいえ、1つ不満があった。それは、鋼の剣が意外と重いという事だ。
西洋風の片手剣とはいえ、日本刀に比べると肉厚なのである。
一応、大きさ的な事を言うと、刃渡り60cmに柄部分が30cmくらいなので、標準的な日本刀のサイズだが、両刃で肉厚な上、刀身の幅が倍くらいあるので重いのである。
(日本刀は1kgくらいだから、倍の2kgくらいの重さがあるんだよな。まぁとはいえ、日頃から鍛えている上に、いざとなったら身体強化の秘法もあるので、このくらいなら問題なく扱えるが……ン?)
そんな事を考えていると、シンシアが俺に話しかけてきた。
「ジュライさん……森に行くって言ったけど、何しに行くんですか? あんな事があったばかりなのに……」
「森にね、人が住んでるんだよ。ちょっとその人に会いたくてね」
「人? ……もしかして、昨日のお爺さんが言ってた木こりのおじさんの事ですか?」
「よくわかったね。今朝、ローグさんに訊いたら、そのおじさんの家を知ってると言ってたからね。そこに行こうとなったのさ」
「その人に会ってどうするんですか?」
シンシアはムスッとしながら訊いてくる。
少し怒ってる風であった。
恐らく、フォルスにあの話をしたことが原因だろう。
「会ってどうするのか、か……まぁそれを決めるのはフォルスなんだけどね」
「え? 僕ですか?」
フォルスは意外そうに俺を見た。
「そう、お前だよ。まぁとりあえず、行ってみようじゃないか。そのおじさんが、もしかすると、何かを知ってるかもしれないしね」――
こんなやり取りをしつつ、俺達はあの森へと向かい歩を進めていた。
途中、魔物と遭遇することもあったが、現れるのはスライムや大ミミズに、はさみクワガタ程度しか出てこないので、それほどの脅威はない。
とはいえ、大ミミズとかは絵的にキモいので少し引いたのは内緒だ。
はさみクワガタも1m近くある馬鹿デカい昆虫モンスターなので、キモかったのは言うまでもない。
ちなみにだが、俺は彼等に言われて魔物の名前を知った。
ゲームのようなアニメチックなモンスターならすぐにわかったんだろうが、質感とかがリアルすぎて逆にわからないのである。
それと俺は職業柄、無駄な殺生は避けてるので、その魔物達には手を下してない。
魔物は彼等が倒してくれた。というか、ローグさんが補助しながらフォルスをメインに戦わせていた。
ローグさん曰く、フォルスの訓練になるそうである。地道なレベル上げってところだ。
話は変わるが、彼等に「パラパパ、パッパッパー」というレベルアップ時の音が聞こえたりするか訊いてみたが、3人共に「はぁ?」と言われた。
完全に、何それ? という感じであった。
断言はできないが、この世界はゲームのようでいて、やはり、本当のゲーム世界では無いのだろう。
この分だと、呪われた時の音とかも聞こえないに違いない。というか、そうであってほしいところだ。
話を戻そう。
それから2時間程度北に進み続けると、あの森が見えてくるようになった。
森はひっそりと静まり返り、不気味であった。
まぁでも、森というモノはどこもこんなもんだろう。
するとそこで、ローグさんが森のとある場所を指さした。
「ジュライさん、木こりの親父さんの家は、あそこに見える森の道を進んで行くとある筈だ」
「では行きましょうか」
俺達は森の中へと足を踏み入れた。
森の道は細く、あまり平たんではない。おまけの幅も狭い。木々が密集しているので、そんなに道幅は取れないのだろう。
また、前回この森に来た時は薄暗かったので気付かなかったが、殆どの木々は広葉樹であった。
針葉樹ばかりの日本の森と比べると、違いは一目瞭然である。気付かなかったのは、やはり気が動転していたからだろう。俺も修行が足らんという話である。
まぁそれはさておき、暫く進んで行くと、いつぞや見たあの丸太小屋が見えてきた。
それから程なくして、俺達はその丸太小屋に辿り着いた。
だがそこで、異様な光景が俺達の目に飛び込んできたのであった。
なぜなら、丸太小屋の一部と、その周囲にある数本の木々がなぎ倒されるかのように破壊されていたからだ。
(あれ……前回来た時はこんなんじゃなかった気がする……何があったんだ一体……なんか禍々しい気配が少し遠くから感じるし……)
それはまるで爆発でも起きたかのような感じであった。
「丸太小屋が破壊されてる……どういう事だ。木も倒れているし……何かが弾けたような感じだ」
ローグさんはそう言って、不用意に丸太小屋へと近づいた。
俺は周囲に意識を向けながら、やや小声で皆に言った。
「皆、周囲に警戒してください。それと妙です。数日前、俺が来た時はこんな事になってなかったですから……魔物の仕業かもしれません」
「なんだって!? チッ……フォルスとシンシア、いつでも逃げられるように準備しておけ」
「は、はい」
俺達がそんな感じで警戒していると、丸太小屋から弱々しい男の声が聞こえてきた。
【そ、そこに誰かいるのか……た……助けてくれぇ】
声は破壊された丸太小屋から発せられている。
フォルスは小屋に慌てて駆け寄り、呼び掛けた。
「そ、そこに誰かおられるのですか?」
「すまないが……木に挟まれちまって動けないんだ……た、助けてくれ」
俺もそこへと移動した。
シンシアとローグさんもそれに続く。
「一体何があったのですか?」と、フォルス。
「今朝、いきなり馬鹿デカい魔物が現れて……家を破壊したんだ。それでこんな有様になっちまった……」
どうやら魔物にやられたようだ。
この破壊力からして、相当な魔物だろう。
「奴は今、近くにいない筈だ。今の内に……助けてくれぇ。今朝からずっとこのままなんだ」
俺はそこで、崩れた丸太小屋の隙間から中を覗きこんだ。
すると木に挟まれるあの髭面親父の姿があった。
だが、挟まれ方が問題であった。
かなり大きな丸太の梁に挟まれてるので、人力では厳しいのである。
しかも、梁自体がギリギリのところで止まっているので、下手に動かすとオッサンが押し潰される可能性もあるのだ。
テコの原理で浮かす方法もあるが、そのスペースもない。万事休すである。
(不味いな……これは下手なことできない。あのオッサンを助けるには、何か大きな力が必要だ。日本ならレスキュー呼べばなんとかなるが、ここにそういうの無いからなぁ……ハッ!?)
だがその時であった。
1つの禍々しい霊気が、こちらに近づいているのを俺は感じとったのである。
霊気の質からして、かなりヤバい魔物のようだ。
もしかすると、デスピサロが率いていた魔物よりも強いかもしれない。
俺は小声で彼等に忠告した。
「皆、魔物が向こうから近づいてます。一旦、建物の影にでも隠れて下さい」
「えッ!?」
3人は慌てて振り向く。
「早く! それと、オッサンも物音立てるなよ。見つかるから」
「わ、わかった」
俺達は破壊されてない小屋の部分に隠れ、そこで息を潜めた。
(一体……どんな魔物だ。とりあえず、丸太小屋を破壊するような奴だから相当な魔物だろうけど……)
魔物が近づくにつれズシン、ズシンという地響きみたいな音が聞こえてくる。
それはまるで、いつか見た恐竜映画を思わせる緊迫感漂う恐ろしい雰囲気であった。
そして、その魔物は程なく、この場に姿を現したのである。
(いッ……ア、アイツは!)
俺は魔物を見た瞬間、あまりのデカさと、悪魔のような醜悪な見た目に思わず息を飲んだ。
だが、俺が知っているドラクエモンスターであった。
ヒキガエルを思わせるイボイボがついたピンク色の皮膚に、頭部は牛のような造形。背中には蝙蝠のような羽。そして、4mくらいはあろうかという太った巨体。手には巨大なフォークを思わせる三つ又の黒い槍。もうここから連想できるドラクエモンスターと言えば、コイツしかいないだろう。
そう……アークデーモンである。
ゲームだと終盤に出てくる凶悪な魔物だ。が、しかし……俺はコイツを見て違和感が過ぎったのである。
なぜなら、以前プレイしたドラクエⅣでは出てこない魔物だったからだ。
(なんでコイツがこんな所にいるんだ……というか、アークデーモンて確か、ドラクエⅣに出てないだろ。なんなんだよ一体……)
俺がそんな事を考える中、アークデーモンは唸り声を上げ、周辺を見回し始めたのであった――