[壱]
周囲を見回しながら、アークデーモンは犬のように鼻をクンクンとした。
すると程なくして、舌なめずりをしながら丸太小屋の方へと視線を向けたのである。
【やっぱココだなぁ……人間のニオイがしやがる。さっき来た時よりも濃いニオイだ……グハハハ。隠れても無駄だぜ……この世界に来てようやく初の食事だ】
どうやらアークデーモンは人のニオイを辿ってここに来たようだ。
もしかすると、俺達が来たことでニオイが強くなったのが原因かもしれない。
俺はそこで他の3人に視線を向けた。
するとシンシアがガタガタと身体を小刻みに震わせていたのである。
あまりに怯えた様子だったので、俺は思わずシンシアに耳打ちした。
「おい……シンシア、落ち着け。どうしたんだ一体? あの魔物の事を知ってるのか?」
「あ、あの魔物……多分、とんでもない化け物です。今まで見た事がないほどに……あ、あんなのに襲われたらひとたまりもありません。は、早く……逃げましょう。周りの木々がざわついてます。あの魔物は……危険です」
まぁ確かにゲームだと強力な魔物である。
なかなかの危険察知能力だ。
フォルスとローグさんはそんな素振りは無いので、特に何も感じないのだろう。
以前シンシアが言ってたが、エルフは森の木々の感情がわかるらしい。
人間よりもこういった危険察知能力は高いようだ。
(さて……どうするかな。あの感じだと、奴はここから去るつもりはないようだし。ン?)
するとその時であった。
【グハハ……そこだな。喰らえ、イオナズン!】
なんと、アークデーモンはいきなりイオナズンをぶっぱなしてきたのである。
(ちょっ……いきなりイオナズンかよ!)
俺は思わず叫んだ。
「伏せて!」
俺達は慌ててしゃがみこむ。
その直後であった。
丸太小屋と木々のあいだにピカッと閃光が走り、轟音と共に大爆発が起きたのである。
それは物凄い爆発であった。
周囲の木々は爆風で大きく揺れ、崩れた丸太小屋は更に吹き飛ぶ。
俺達のいる被害のなかった部分も、今のイオナズンの爆風の煽りを受け、半分くらい吹き飛んでいた。
伏せていたお陰もあって、俺達は爆風の直撃は受けなかったが、身体の上に木の破片が幾つも落ちてきた。
結構大きな破片もあったので痛かったのは言うまでもない。
他の3人は信じられないモノを見るかのように大きく目を見開き、怯えたように小刻みに震えながらアークデーモンを見ていた。
フォルスに至っては地面に尻餅をつき、全身をガクガクと硬直させながら震えていた。
奴の極悪な雰囲気に飲み込まれている状態だ。シンシアも同様である。
ローグさんはやや腰が引けてはいたが、剣を抜いて身構えていた。
この辺は流石にベテランの剣士といったところだが、見るからに奴の威圧感に飲み込まれているので、戦力としては期待できそうもない感じだ。
まぁそれはさておき、イオナズンは流石の威力であった。
リアルイオナズンは喰らいたくないもんである。
(これがイオナズンか……半端ないな。だが……思っていた爆発と少し違う。物理的な爆発も凄いが、霊的にもなかなかダメージが来る。恐らく、肉体と霊体の両方にダメージを与える魔法なのだろう……これはキツいな。あのオッサン大丈夫か?)
爆風が収まったところで、俺はそっと向こうを窺った。
するとオッサンは、なんと瓦礫の上に横たわっていたのである。
しかも、呻き声をあげていた。
かなりダメージを負っているが、どうやら死んではいないようだ。
(今の爆発で、オッサンの上に倒れていた丸太が吹き飛んでしまったみたいだな。それが緩衝材になって死にはしなかったのだろう。悪運の強いオッサンだが……次はない。不味いぞ……)
木こりのオッサンは生きてるが、ヤバい状況には変わりない。
なぜなら、アークデーモンがオッサンを発見したからである。
奴は瓦礫に横たわるオッサンに向かい、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべていた。
そして俺達を一瞥する。
【グハハ……やはり、そこだったか。ちょこまかと逃げやがって、小賢しい。他にも数匹いるようだが、まずはコイツからいただくとしようか。ようやく御馳走だ】
アークデーモンは舌なめずりをしながら、木こりのオッサンへと向かい、悠々と歩を進めた。
奴の巨体が進むたびにズシンズシンという地響きが聞こえてくる。
気が滅入る足音であった。
(チッ……あのオッサンに今死なれると不味い。仕方ない、奴と戦うしかないか……とはいえ、他の3人はとても戦える状況じゃないから、俺がなんとかするしかないな。霊気の感じからして強力な魔物だが、コイツだけならたぶんいけるだろう。アークデーモンという名前から強そうなイメージもあるが、コイツよりも強力な邪気を放つ鬼神の降魔経験もある。それに、この世界の魔物は俺の呪術と相性が良さそうだし……いつもの降魔業として処理してやろう……)
俺はそこで手印とマントラを素早く唱え、迦楼羅焔の火炎呪をお見舞いしてやった。
青白い炎の大きな塊が奴に直撃する。
【グアアア! 何ィィ!】
アークデーモンは後方へと吹き飛んだ。
炎の塊は弾け、奴を火達磨にする。
奴にとって予想外の攻撃だったのだろう。炎はまともに命中していた。ラッキーである。不意打ち成功だ。
俺はそこで立ち上がり、次の行動へと移った。
なぜなら、アークデーモンはあれでは死なないからだ。
奴の禍々しい霊気はまだまだ健在であった。奴を倒すにはもっと強力な攻撃が必要なのである。
アークデーモンを注視しながら、俺は5枚の呪符を道具入れから取り出した。
すると、ちょうどそこでアークデーモンは起き上がってきたのだ。
アークデーモンは俺を睨みつける。
【グッ……強力な呪文を使える魔法使いがいたか。オノレェェ! まずは貴様等から喰らってやる!】
そう叫ぶやいなや、アークデーモンは蝙蝠のような羽を大きく羽ばたかせ、宙に飛び上がったのである。
(あらら……えらくピンピンしてんな。火炎呪はそこまでダメージを与えれなかったみたいだ。まぁいい、次の手はもう用意してある。さぁ続けようか)
俺は5枚の呪符に霊力を送り、その力を発動させた。
次の瞬間、符は白い鳥となって羽ばたき、空飛ぶ奴の周囲に群がった。
この呪符は式神だが、それが目的ではない。別の思惑があるのだ。
【なんだ、この白い鳥どもは! こんなモノなど、焼き払ってくれるわ!】
アークデーモンはそこで大きく息を吸い込む。
しかし、5匹の白い鳥はそこで、呪符へとまた姿を変えたのであった。計画通りである。
【な、なんだ、突然、紙になったぞ……】
アークデーモンが少し面食らう中、俺はそこで素早く手印を結び、マントラを唱えた。
印を組む指先から白い霊力の迸りが呪符の1つに向かって放たれる。
霊力の迸りが符に到達すると、呪符同士が共鳴するかのように淡く発光し、五芒星の清らかなる結界が奴の周囲に張り巡らされたのである。
アークデーモンはその直後、小刻みに震えながら動きを止めた。
そして、ゆっくりと地面に落下してきたのである。
ドスンと大きな衝撃が地面を伝う。
地に落ちたアークデーモンは立ったまま金縛りに遭っていた。
即席の一時的な不動結界の完成だ。
【ガ……か……身体が……動か……アアァァァ】
こういう邪気を振りまく存在には効果覿面の不動結界である。
とはいえ、呪符型の不動結界はあまり長くはもたないので、俺は即座に次の行動に出た。
ここからは、昨日、術を付加した剣の出番である。
俺は奴に近づきながら、鋼の剣を鞘から抜き、摩利支天浄魔光剣を発動させた。
刀身はメラメラと燃え盛るような青白い光を帯び始める。
そして、俺は身動きできない奴の胸に向かい、刃の切っ先を素早く突き立てたのだ。
硬い鱗のような皮膚だったが、邪気を払う摩利支天浄魔光剣のお陰もあり、ズブズブと奴の身体に侵入していった。
刀身が深く刺さったところで、俺は浄化のマントラを唱え、更にその霊力を剣に送りこむ。
すると次の瞬間、アークデーモンの全身から清らかな光が閃光の如く発せられたのであった。
【アギャァァ……なんだこの力は! 身体が……燃えるように熱い! ギャァァァ】
そして、アークデーモンは断末魔の叫び声を上げながら、灰となって消えていったのである。
これにて降魔完了だ。
(フゥ……これで一難は去ったか。高度な呪術を多用したから疲れたが、まぁとりあえず、良しとしよう……)
俺は剣を鞘に仕舞い、他の3人に視線を向けた。
「皆、大丈夫か? とりあえず、魔物は仕留めたから、ひとまず安心だよ」
3人は呆然としながら俺を見ている。
「ジュライさん……貴方は一体……」
フォルスは尻もちをついたまま、ぼそりと呟くように言った。
他の2人も口をパクパクさせながら、それに続く。
「アンタ……あんな化け物をも1人で倒せるのか。何者なんだ、一体……」
「ジュライさん、凄い……」
まぁ色々と突っ込みたいところはあるだろうが、今は他にしなければならない事がある。
つーわけで、俺は彼等に言った。
「その話は後にしましょう。まずは怪我人の治療が先です。シンシアとフォルスは、あのおじさんに回復魔法を頼むよ。急いでな」
「は、はい」――
[弐]
木こりのオッサンの治療は程なく終わった。
ホイミしかかけてないが、その癒しの効果は凄かった。
みるみる打撲痕や擦り傷が治っていったからだ。
俺にはできない芸当である。
(良いなぁ、回復魔法……俺も使えるようになりたいけど、発動プロセスがようわからん。数日前、シンシアに魔法の習得について訊いたら、魔力や精神力が成長すると、ある日突然使えるようになるとか、わけのわからんこと言ってたしな。それを聞いた瞬間、『つまり、お前も分からんのかい』と思わず突っ込んでしまったが……。まぁそれはともかく、この回復魔法ってやつは、ある意味反則やろ。俺の使える術は降魔専用のモノだから、ちょっと羨ましいわ。現実世界にあったら、廃業する医者がでてくるぞ……)
ふとそんな事を考えながら見ていると、元気を取り戻したのか、木こりのオッサンは立ち上がり大きく背伸びをした。
出血が無かったので、傷さえ治れば問題ないのだろう。
「ありがとうよ、旅の方。礼を言うよ。しかし、さすがに今回ばかりは死ぬと思ったぜ。息子の所に行っちまうところだったよ」
先程まで死に掛けてたとは思えない豪快な言い回しである。
まぁゲームでもそんなキャラだったから驚きはないが。
「いえ……礼なら、あちらにいるジュライさんに言ってください。あの魔物を倒したのは、ジュライさんなので」
フォルスはそう言って、俺を指さした。
木こりのオッサンはそこで俺に視線を向ける。
「アンタがあの魔物を倒してくれたのか。ありがとうよ。お陰で助かった。ン? ……アンタどこかで」
するとオッサンは目を細め、何やら思案顔になったのである。
程なくしてオッサンは目を見開いた。
「ああッ!? 思い出したぞ! アンタ、このあいだ、ウチに来た奴じゃねぇか!」
どうやら俺の顔を覚えていたようだ。
「ええ、そうですよ。その節はどうもお騒がせしましたね。あの時はご丁重なお出迎えしていただいたお陰で、俺も死ぬかと思いましたよ」
「ジュライさん、この方と何かあったのですか?」と、フォルス。
俺は詳細を話す事にした。
「ああ、大ありだよ。道に迷ったもんだから、どの辺りか訊こうとこの家に立ち寄ったら、突然、斧を振り被って俺を殺そうとしてきたんだからな」
するとオッサンは少しバツの悪そうな表情になった。
「ウッ……いや……あれは確かに俺も悪かった。でもアンタだって悪いんだぜ。このご時世、魔物が徘徊する夜に、こんな山奥の家に来るほうがどうかしてるってもんだ。まぁあの時の事は今謝るよ。すまねぇな」
オッサンは少しシュンとした感じになった。
「ま、あれから色々と経験して、事情はなんとなく分かったので別にいいですよ。あの件に関してはこれで手打ちにしましょうか」
「そう言ってくれると、ありがてぇ」
と、そこで、ローグさんが話に入ってきた。
「それはそうと、あんな魔物がこの森にいたなんてな。親っさんは知ってたのか?」
木こりは頭を振る。
「いや、あんな魔物初めて見たよ。今朝になっていきなり現れたんだからよ。お陰で、小便ちびりそうになっちまった」
「今朝になって突然か。どう思う、ジュライさん?」
ローグさんは俺に話を振ってきた。
正直、よくわからんので何とも言えないところだ。
「さすがにそれは俺もよくわかりませんよ。ただ……」
「ただ?」
「あの魔物……さっき『この世界に来てようやく初の食事だ』とか言ってませんでしたっけ。それがなんか引っ掛かるんですよね……」
「そう言えば、そんな事を言ってた気がしますね」
シンシアが思案顔になった。
俺はそこでアークデーモンがいた場所に視線を向けた。
灰と化したアークデーモンの亡骸が盛り土のようにそこにあった。
だがそれ以外に、何やら光るモノが見え隠れしていたのである。
(なんだありゃ……邪気は感じないから、悪いモノではないと思うが……とりあえず、確認してみるか)
俺は灰の山に近づき、金色の物体を手に取った。
するとそれは金貨のようであった。
他の皆もこちらに来る。
俺は彼等に訊いてみる事にした。
「これって……なんだと思います? ゴールドですかね?」
「ああ、そうだ。これは、この周辺の国々で使われているゴールド硬貨だな。なんでこの灰の中にあるんだ……」
「しかも結構沢山ありますね。この感じだと1000ゴールドくらいあるんじゃないですか」
シンシアはそう言いながら、金貨をまじまじと見た。
(さて……どういう事なんだか。ここの魔物は死んでもゴールドにならない筈だから、これは異端ということになる。おまけに、アークデーモンはドラクエⅣには出てこなかった魔物だ。何かがおかしい……)
ふとそんな事を考えていると、フォルスが俺に話しかけてきた。
「あの、ジュライさん……それはそうと、木こりのおじさんは無事なようなので、そろそろここに来た目的を教えてもらっても良いですか?」
「ああ、そうだったな。それを忘れていたよ」
俺はそこで木こりのオッサンに視線を向けた。
「今日は、ちょっと貴方に用があって俺達はここに来たんだが、今良いかな?」
「あん、俺に用? 何だ一体?」
「聞きたいのはそう……貴方の死んだ息子さんについてなんだが」
木こりのオッサンは俺の言葉を聞くなり真顔になった。
「息子の事だと……」――