悪役令嬢転生モノの漫画を読みながら寝落ちした翌朝のことだ。
目を覚ますと、暗く静かな部屋のベッドで横たわっていた。
「……ここは?」
昨夜は普通に自室、独身用ワンルームで寝たはずだが。様子がおかしい。家具は中世ヨーロッパの古風なものばかり、照明はロウソクの燭台だ。ディズニーランドか、不思議の国のアリスか、そういうテーマパークに来たみたいだ。
おお。
これはアレか。
僕にもついに転生の機会が来たのか!
思いながらベッドから立ち上がってみる。
いや待て。
なんだか目線に違和感がある。
やけに低いぞ。
「……こ、これは」
トコトコと鏡に近づいてみる。
「……!!」
映ったのは紫色のウェーブした髪の小学生がせいぜい中学生みたいな少女だった。
ちんまりとした少女の姿には見覚えがあった。
あの古典的名作、ファイアーエムブレム聖戦の系譜シリーズ。
そのスピンオフ作トラキア776の人気キャラ、マンフロイの孫娘サラちゃんである。
「うわあ」
僕の想定してた悪役令嬢とだいぶ違ったけど。
間近で見るFEの人気ヒロインの顔は――。
ほっぺたに手を当てて、つぶやく。
「かわいい!」
感動的だった。
本当にお人形さんみたいに可愛い。
ほっぺ、めちゃくちゃすべすべしてて、気持ちいい。
『ありがとう。でもあんまり撫でたら、照れるわ』
「うお!?」
突然、脳内に声が響いた。
「だ、誰!?」
『くす』
なんだか楽しそうに笑うと。
『誰、ねえ。それはあたしが言うべき台詞だと思うわ』
「えっ」
『あなたはだあれ? あたしの体にいきなり入ってきたあなたは』
その言葉と『あたしの体』で僕は察する。
「あー。えーと、ひょっとしてサラちゃん?」
『人に名前を聞く前に、自分が名乗りましょうと、先生は言っていたわ』
「おっと。ごめん、失礼だった」
『うん。素直にあやまったから、ゆるしてあげる』
サラはまたくすくすと笑った。
オッサンなのに小学生に許されてしまった……。
それからしばらく、僕はサラと脳内で会話する。
僕の名前は飯野大輔(いいのだいすけ)。どうやら違う世界から迷い込んできたこと。どうしてサラの体なのか、自分でもわからないこと。それを伝えると、サラは『なるほどね』と一瞬で納得してくれたのだった。
さすが不思議系お姫様、ふしぎなできごとにも慣れっこみたいだ。
まあ龍とか魔法とか異世界が普通にあるファンタジー世界だしね。
『それで、あたしの体はもう、あなたのものなの? あたしは体を失ったの?』
「うっ。ごめん、わからない、けど何とか返せるように頑張ってみる」
『いらない。あたしの体がほしいならあげる』
その発言はだいぶ危ない感じだ。
いや流石に小学生っぽい子に何かいうつもりはないが。
「体がいらないって、なんで?」
『この僧院にいる限り、体を自由に動かせても、縛られているのと同じことだもの』
「む」
そういば原作のトラナナでも森の僧院に閉じ込められてたんだっけ。
だが、それは主人公リーフと出会うまでだ。
「いや、そうはいかない。サラちゃんには重要な役割があるんだ」
『あたしに、やくわり?』
そこまで言って僕は少し考える。
これは伝えて良いものなのだろうか?
原作ではリーフが僧院にやってきたとき、不思議パワーで「助けが必要でしょう」と駆けつけていたはずだ。僕がサラに何か伝えることで、歴史が狂うかもしれない。いわゆるタイムパラドックスというやつだ。
うーん。
と、僕が悩んでいると。
『イーノはなにか知っているのね。おしえて』
「いや……その……知る必要がないことかも……」
『いやよ。おしえて。あたし、自分の『役割』というの、知りたいわ』
サラはまたくすくすと笑う。
『あたし、退屈なの。ずっとずっと僧院の中で、退屈なお勉強をするだけ。誰もあたしとおしゃべりしてくれなかった。パパもママもいないし、同い年の子も、あたしから逃げるの。ねえイーノ、あたしはあなたと、たくさんおしゃべりしたいわ』
「うっ」
『だからあたしに隠し事をしないでほしいの。なんでも教えてほしいの』
サラの言葉は有無を言わせぬ説得力があった。
いままで大人からのけものにされてきたせいだろう。
自分が蚊帳の外にされるのが、ひとりにされるのが、嫌なのだ。
「……わかったよ。荒唐無稽な話だけど、聞いてね」
『うん。あたし、とっても聞き上手なのよ』
そして一通りの話を済ませた。
聖戦の系譜とトラキア776のざっくりとした物語展開。
サラはほんとうに聞き上手で、時折相槌を打ちながら僕の話を聞いた。
『ふうん。あたしは物語の中の人なんだ。それでリーフっていうレンスターの王子を助けるんだね。ふふふ』
めちゃくちゃスムーズに納得するサラである。
「ほんとに驚かないねサラちゃん……」
『うん。聞く前から、だいたいわかってたもの』
「は!?」
『あたし、他の人が考えていることが見えるの。イーノのことも聞く前からわかったわ』
そういえば原作でもリーフの親のことを知っていたな。
「だったら僕が話す必要はなかったんじゃ?」
『そんなことないわ。おしゃべりは楽しいもの』
「あ、そう……」
『くすくす』
まあ話を聞いてくれて悪い気はしないけど。
ちょっと生意気だけど可愛い姪っ子ができたみたいだ。
『そういうことは、口に出して言ったほうがいいわ』
「うわ。ほんとに心が読めるんだ」
『あたしは体を貸しているから、おあいこね?』
それは理屈が違う気がするけど。
『ねえ、それでリーフ王子はいつやってくるのかしら?』
「どうだろう。正確には覚えてないけど、今何年?」
『グラン歴の776年の2月よ』
「それだと原作の3章ぐらいだから……ここに来るまであと半年かな」
『楽しみ。あたしは待っていればいいのね?』
「多分ね」
サラがこの僧院に引っ込んでいる限り、歴史に影響は大して与えないだろう。
たぶん正史通り進む……はずだ。別に確証はないけど。
『リーフ王子、リーフ王子。あたし、彼に何をしてあげられるのかしら』
「石化を治すキアの杖と、あとまあ他にも戦闘でも色々と」
『なるほど。杖の修行をすればいいのね』
確かにトラキアは杖ゲーである。
杖を制するものはトラキアを制する。
そんな格言まであるほどだ(ない)。
『それじゃあ僧院の杖をたくさん集めましょう。ワープとかリワープとかバサークとか』
「集める?」
『だってイーノの物語だと、リーフ王子は難しい戦争をするんでしょう? あたしがたくさん杖を使ってあげれば、リーフ王子はとっても楽に戦争に勝てる。あたし、退屈から開放してくれる人のためなら、どんなことでもしてあげるの』
「……サラちゃんはすごいこと考えるね」
確かにサラが山ほど杖を持ってきてたら、難易度は爆下げだろう。
攻略サイトでは救世主と称えられるに違いない。
『えらいでしょう。褒めていいわ』
「えらいえらい」
『えへへ』
かわいいなあ、もう。
サラと仲良くやっていけそうでよかった、と思う僕なのだった。