サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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第1部 漫遊王子の孫息子たち
記憶の封印から逃れて


皆が寝静まった真夜中、密室にて。

 

ベリ、ベリ、ベリと「何か」を剥がす奇妙な音が規則正しく響いている。

部屋の主は繰り返す痛みに歯を食いしばり、爪を立ててひたすらそれを繰り返す。

その行動を見ているのは小さなねずみの黒い瞳だけ。

ねずみは与えられたチーズに見向きもせずに家族の奇怪な行動をじっと見つめていた。

 

「あいたたた……とりあえずこれで、全部かなあ」

 

パラパラと剥がした何かを袋に入れる音。

その袋を慎重に机の奥に隠した彼は、血の滲む自身の腕に向かって呪文を唱えた。

 

「『全部治せ(ベホマ)』!」

 

途端、彼の身体に清浄な光が走り、正しく魔力が巡る。

血の滲んでいた皮膚は瞬く間に塞がり、元通り艶々とした黒い()が生え揃う。

たっぷり時間をかけて左腕の「鱗」をすべて剥がしたはずの青年は、それを見てガックリと項垂れた。

 

「なんでだよ……」

 

だけども彼は諦めず、再び「鱗」を剥がし、何度も回復呪文を試みる。

「鱗」を剥がした状態で傷口を塞げば、なにかの拍子に「鱗」ではなく真新しく滑らかな皮膚に変わるのではないかと期待しながら。

しかしその期待は毎度裏切られて……。

 

毎晩のように彼は思いつく限りのことを繰り返す。

「鱗」を爪で一枚ずつ剥ぐ、魚用の鱗落としでまとめて剥がす、あるいは付近の皮膚ごと削ぐ。

そして完全回復呪文を唱えては、元通り生え揃った「鱗」に落胆する。

あるいは、「これ」は何かの呪いだと断じて「鱗」を隠して神父の解呪を受ける。

その行動すべてに意味はなく。

 

そして、その間にも彼の腕や足には「竜の鱗」が生え揃い、広がっていく……。

 

今は腕や足など身体の末端だけに生えた「鱗」。

とはいえ、日々その範囲は徐々に増えていく。

自身の変化に恐怖しながら、「鱗」を隠す袋はどんどんと重くなっていく。

引き出しに入らなくなった袋をベッドの下に隠し、「鱗」の次は「牙」が生えるのか、はたまた「角」が生えるのかと戦々恐々しながら鏡をのぞき込む。

 

とはいえ。

顔まで「鱗」に覆われ隠し切れなくなっても。

それで居場所を追われるのだとしても。

人ならざる姿に変貌したその先の糾弾は怖いけど、愛してくれた人たちに見捨てられるのも辛いけど。

その先にあるものは「自由」であって。

 

毎夜「鱗」と格闘しながらエイトは少しだけ、胸の奥に燻る「期待」に気づいていた。

 

 

 

 

 

 

そこはサザンビーク城、人払いが済まされた部屋の中。

 

そこには「サザンビーク国王代理」である痩身の男とその腹心である大臣、そして奇妙な雰囲気をまとった老爺とその腕に抱かれた赤ん坊だけがいた。

兵士は下がらされ、身体の弱い未来の王配はその部屋にいない。

 

円卓を囲んだ彼らの前には、ボロボロになった緑の衣装と大きな赤い石のついた指輪、そして手紙だけがあった。

 

王族として感情のコントロールをするように育ってきたはずの「国王代理」……第二王子だったが、今は。

見るも無惨に破け、茶色に変色した血が飛び散った衣装にすがりつく勢いで静かに涙を流していた。

 

「確かに、これは兄上のアルゴンリングに、兄上の持ち物……そして子も兄上によく似ている。このご老人の話を信じるほかないのか……あぁ兄上……」

 

「恐れながらクラビウス様。こちらの品々は本物でしょうが、このような話を本気で信じておられるので?」

 

「もはや信じるほかないことだ。そのウィニアという娘の書いた手紙の中身も整合性がある。確かに兄上はよく城を飛び出し、何日も戻らず、そして戻った日には……私にはこっそりと好いた女の話をしてくれたとも。

兄上がその娘をここに連れてきていれば、我が甥は……たとえふたりの身分が合わなくとも両親を失うことはなかったろうに……」

 

「……その場合も、きっと我らの里の者が娘を連れ戻したはず。……おおよしよし、エイトや。まだ眠っておるのじゃ、もうしばらくな……」

 

老爺グルーノは最愛の娘を失ったばかりで、その暗い瞳や沈んだ表情は未だ悲しみの鮮血が流れ落ちていることを思わせていたが。

しかし、孫を見る目はどこまでも優しい。

たとえ孫が娘の愛した男にそっくりだったとしても……衰弱していく身体と承知していながら産み落とした、最愛の娘の愛の結末には健やかであって欲しいと願っていた。

 

そして「国王代理」である痩身の男……クラビウスもまた、敬愛する兄を永遠に失ったと知ったばかりだった。

兄が行方不明になってからしばらく、「もしや」と思わなかった訳ではなかったが、いざ兄の身につけていた服がボロボロになって手渡され、愛する人に贈ったという指輪を前にすればその実感がじわじわと湧いてきていた。

そして何より、無垢な赤ん坊は兄に似ていて。

クラビウスは家族への情が強い男だった。

彼は敬愛する兄の補佐をして一生を過ごすと覚悟していた。

兄と王位を争うのではなく、その栄光を一番そばで見ていたいと考えていた。

とはいえ、それは二度と叶うことはなく。

 

近い将来、クラビウスは身体の弱い妻を失い、嘆いた末に唯一の息子を溺愛し、「ワガママ王子」にしてしまう。

そんな彼は兄そっくりの甥に対しても「守らなくてはならない存在」として既に認識していた。

 

出会って間もないふたりだったが何も知らずに眠る赤ん坊の正体を知った今、無言のうちに小さな絆が生まれていた。

 

クラビウスは、いまだ涙の流れる目で赤ん坊をじっと眺めた。

失踪した兄は駆け落ちしていて、子どもを設けていたこと。

その相手はこの老人の娘で、駆け落ちをよしとしなかった彼女の出身の者によって娘は連れ戻されていたこと。

残された兄は愛する人を追いかけたが、彼女に会う前に魔物に殺されてしまったようだ、と状況証拠から読み取れたこと。

そして愛する人の訃報を知った娘は嘆き悲しみ、衰弱し、周囲の反対を押し切って子を産み落としてすでに亡くなっていること。

 

全てを理解すると、哀れな甥を抱きしめてやりたかった。

生まれながらに父を知らず、愛してくれるはずの母ももういない。

我が血族は……自分の父の代から変わらず愛の結末は悲劇なのか、と嘆く。

自分の父が愛する人……当時犬猿の仲だったトロデーンの姫……と添い遂げられなかったことを知っていたから、兄エルトリオは駆け落ちしたのではないか。

しかし、父と違って祖国も立場も捨て去ったというのに愛する人もその子どもも置いていってしまった兄。

つくづく、この家系はついていない。

 

渦中の赤ん坊は無垢な顔をしてすやすやと眠っている。

兄によく似た、哀れな子。

 

せめて少しでも出会いが違えば、とクラビウスは思った。

せめて、父が存命の頃なら少しは違ったのではないか。

父なら愛する人と引き離される痛み、悲しみを知っている。

であれば、たとえ「ウィニア」が名のある貴族の娘でなくても、辺境の民族の出身でも、結婚を許したのではないか。

老爺はそれでも娘を連れ戻しただろうと言っているが、正式な婚約が出来ていれば我が国の兵士を使って娘と甥を守ることも出来ただろう。

そうすれば兄上と娘は可愛い我が子を可愛がることができて、自分もそんな幸せな兄を補佐する……自分が生まれた時から決まっていた、ずっと願っていた穏やかな未来そのままだったのではないか。

 

見慣れない不思議な民族衣装を身につけた小さな老爺は、思い詰めた顔のままこちらをしっかと見つめていた。

彼の顔立ち、服装から遠い辺境の地から来たのだろうと察せられた。

 

孫を残した娘を亡くし、口伝えに聞いたであろう遠い国まで首も座らぬ赤ん坊を連れてやってきたこの老人の覚悟は、一笑に付すべきものではない。

なにより行方をくらまして以来すべてが不明だった兄のことを伝えてくれたのだ。

あの強かった兄が殺されてしまうような強力な魔物の住まう土地から、命懸けでやってきたのだ。

彼の願いを叶えてやりたかった。

 

クラビウスは静かに感謝した。

兄の遺品を見て、やっと諦めることが出来た。

ようやく王代理ではなく、即位の決意ができたのだ。

兄のために空けておく必要のなくなった席に座り、聡明な兄が行うはずだった治世を実現しなくてはならなかった。

 

そして……。

 

「ご老人はなにゆえ孫をこちらに託してくださるのか。そなたにとっても大事な娘の忘れ形見なのではないか?」

 

「……わしの里は、決して余所者を受けいれぬ。どこぞへ駆け落ちしたウィニアを連れ戻したのもその一環だった……そしてそれは、間違っておったとようやく悟ったのじゃ。エルトリオ殿の死を知ったウィニアが弱っていく様を見て、そして……我が子を抱くこともできず儚くなってしもうた。わしは悔いたよ。間違っていた、里の者に糾弾されようとも、間違っていたのはわしらだった。

悲劇が起きて初めて、わしは理解したのじゃ。里に戻ればきっとわしは裁かれるじゃろうが、それでもあんな閉鎖的な里で孫が外の血を持つ出自を蔑まれて育つか、幼い身で追放されるか怯え暮らすよりも父親の血族に育てられた方がよほど幸せじゃ。大人しく沙汰を待っておれば孫がどこへやられるかわかったものではない。

孫だけでも古い因習から逃がしてやりたいと、そう思っただけの事よ……」

 

老爺は震える手で赤ん坊をクラビウスに差し出した。

クラビウスもまた、震える手で兄の忘れ形見を抱きしめて、またおいおいと泣く。

 

かくして赤ん坊は正式に第一王子エルトリオの遺児として引き取られた。

母親の遺言によって「エイト」と名付けられた赤ん坊はクラビウスの息子チャゴスと分け隔てなく育てられることとなる。

身の危険を案じ、エイトの祖父はクラビウスに亡命を勧められたが里の掟に反すると固辞してそれ以降姿を見せることはなかった。

 

なお、エイトの祖父の耳はなんの変哲もなく()()()()

人間たちに正体を悟られることなく自分から孫を手放すことにしたグルーノは、「里」に戻ってどのような処罰を受けたのか。

 

何も知らないクラビウスは甥の祖父が穏やかであることをひとり願う。

 

……平穏に育つ幼いエイトにはいつしかねずみの小さな友達が寄り添っていた。

 

エイトはやはり父エルトリオそっくりに育ち、クラビウスは自分の息子と同じように甥を愛した。




何も知らない人外ハーフが突然人じゃない方の血筋に翻弄されてほしい
ドラクエ4勇者の背中から、ある時白い翼が背中を突き破って生えて欲しいように、
ドラクエ8主人公もある時からわけも分からず竜化していってほしい

この話に含まれる成分
・長老会議の結論(原作では8年かかっているはず)を待たずに赤ん坊のエイトを連れて里から脱走したグルーノ
・そのため記憶封印を受けていないエイト(とはいえ赤ん坊の記憶なので普通に覚えていない)
・サザンビークでエルトリオの遺児として引き取られる
・対等な同世代と育つという素晴らしい情操教育を受けて根性が漂白気味のチャゴス
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