サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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逆鱗と吊り橋

「何をしている!」

 

怒気がその場を支配した。

 

声の主はエイト殿下。

目を覚ますなり従兄弟王子のバカ行動を見せられてまったくお労しいもんだ。

少なくとも一緒になって騒ぐタイプじゃないとは思っていたが、視認するなり真正面から叱りつけるとはね。

昨日サボっているチャゴス王子を諌める様子がなかったようだから、てっきりこれも放置かと思っていた。

 

怒りで髪を逆立てる勢いで、つかつかと歩み寄ったエイト殿下は声に驚いて動きを止めていたチャゴス王子を掴んで引っ張り落馬させ、地面に落ちる前に首根っこを掴んで受け止めた。

見るからに自分より体重のある男をゆうゆうと片手で掴んで持ち上げていられるのかよ。

強いお方だとは思っていたが、権力抜きにしても怒らせちゃいけない人間だったか。

 

やれやれ、この場にヤンガスがいないのは良かったぜ。

あんな光景を見たら感激してあっちに弟子入りしかねない。

ただでさえ「気が逸れている」ってのに。

 

確かにこれまでの旅や戦いは「一宿一飯の恩義」よりは負担の方が大きかったろうが……。

あの顔であのおっさんも人情家だよな。

それに散々助けられておいて酷い言い草かもしれないが。

 

「何をしていたの? 僕に分かるように言ってくれよ、なぁチャゴス」

 

「な、何って、ちょっと馬を借りていただけじゃないか……ぼくが乗るに相応しい白馬だろ? でも別に取り上げようってわけじゃない。そ、そんなに怒らなくても……」

 

「ちょっと? 借りていた? 『ぼくが乗るに相応しい?』

まだ寝ているのチャゴス? 君に王族の誇りはないの?

あのさ、寝言は寝て言ってもらっていいかな?

どう見ても持ち主の許可もなく、馬も嫌がっているのに? 君は今この瞬間だってサザンビークを背負う人間でこの一挙手一投足が王国の意見になるんだってことを理解していないのか? あの国は、あの国の王族が勝手に略奪まがいのことをしてくるなんて思われちゃ品位が下がるのを理解していないのか? なぁ、チャゴス? 分かっているんだよね、本当は? 分かっているんだよね?」

 

「分かっている! 分かった! 今分かったから! いいから離せよエイト!」

 

「離したらすぐに謝ってね? 僕にじゃないよ? 分かってる?」

 

「分かったから! おい痛いぞ!」

 

「わざと痛くしてるの。分かるよね?」

 

おお怖。

口調自体は荒くなっていないのが逆に怖いぜ。

早口で吐き捨てるように喋っていてキレっぷりは伝わってくるけどよ。

こちらの立場としては助かったが。

 

チャゴス王子はそのまま慌てふためいていたトロデ王の前に降ろされ、そのまま腰が抜けているのかへたりこんだ。

あからさまに恐怖しか感じていないようなダサい状況だったが奇しくも座り込んだことでトロデ王と目線があっている状態だからかエイト殿下は何も言わない。

 

なおもチャゴス王子はちらりと隣に立つエイト殿下を見上げたが、すぐに目を逸らした。

こっちから顔は見えないがどんな表情しているんだろうな、おお怖。

 

「フン、勝手に馬に乗って悪かったな!」

 

「……あぁ、その、馬が嫌がりますじゃ。ええと、この馬は人を乗せるよう訓練したことがなく、この度王子が怪我されず、」

 

「ウギャーッ」

 

「む、なんちゅう声あげとるんじゃヤンガスは」

 

驚くべきことに一応はチャゴス王子が素直に謝った。

そして立場を隠さなければならないトロデ王もモゴモゴ言いつつもそのまま謝罪を受け取ろうとした。

までは良かったが。

 

おいおい、今度はなんだ?

ヤンガスの悲鳴?

朝っぱらから野糞に行くとか言ってたような……せめてお花摘みに行くと言葉を濁して言って欲しかったもんだ。

 

だがヤンガスは見た目の通り腕っぷしに自信がある。

人間はもちろん魔物にだってそうそう引けを取らない、例えひとりだとしても。

なにか強力な魔物に襲われたに違いない。

 

「!」

 

野太い悲鳴を聞いた途端、エイト殿下は寝床に置き去りになっていた剣をとり、肩にしがみついていたネズミをポケットに入れ、俺たちに向き直った。

 

「ヤンガスはどっちに?」

 

「さぁ、朝から()()()に用があったみたいだからな。少し離れているんじゃないか」

 

「……とりあえず下に降りよう!」

 

言うが早いか風のように駆けていく背中を必死で追いかけようとしたが、先に置いていかれちまうと思ったのでゼシカと共に既に背中が小さくなっているエイト殿下に向かって補助呪文を掛けていく。

 

スカラ、バイキルト、ピオリムの三点盛りだ、これで追いつくのが遅れてもなんとかなるだろ!

 

 

 

 

 

 

声の方向を頼りに走って、走って、僕は水場の近くにやってきた。

 

悲鳴の聞こえた場所に差し掛かると、赤い巨体が見えた。

あれは……僕が「試練」で倒したアルゴリザード、いや「アルゴングレート」。

身体に刻まれたドラゴン斬りの傷跡があるから間違いない。

普通ならただでさえ臆病なアルゴリザードはアルゴンハートを奪われたなら人の前にしばらく姿を見せないはずなのに。

 

ヤンガスは得物を手に戦っていたみたいだけど、後ろが水場だったせいか足場が悪くてろくに反撃できていないみたいだった。

彼の戦いぶりは昨日見せて貰ったけど、本来ならデカブツの隙をついて逃げ出すだとか、傷を負わせて追い払うだとかはじゅうぶん出来るはず。

本当に不意をつかれたんだろうな。

 

でもよかった。

ちゃんと間に合ったし、あの個体は倒してもアルゴンハートを出さない。

なら、僕がもう一度倒してしまってもチャゴスの「王家の試練」に影響はない。

 

人助けの大義名分があれば王家の山を少しばかり荒らしてしまっても申し訳が立つ。

 

「ヤンガス、助けに来たぞ!」

 

戦場の基本は分かりやすさ。

端的に、味方に勘違いさせないように、大きな声で。

うちの兵士に混じって教官に教えられたとおりに大声を出してヤンガスに伝える。

 

ついでに牽制のギラをぶち当ててアルゴングレートの注意を僕に向ける。

大声と炎に驚いて逃げ出してくれたら良かったけど、流石にそう上手くはいかないか。

 

「僕が相手だ!」

 

アルゴングレートが僕の方へ鷹揚に振り返る。

その隙にヤンガスが安全な場所へ退避してくれる、はず。

 

剣を構えると、アルゴングレートは服が違ってもほんの数日前に戦った相手だと分かったみたいだった。

目を見開いて慌てたようにしっぽを振り、鳴き声をあげながら気が動転したようにこっちに突っ込んでくる……!

 

「あ、危ねぇ!」

 

しかも、しっぽの付近にいたヤンガスが逃げようとして巻き込まれているし!

あぁもう!

 

この山で保護している魔物だから「王家の試練」の時は手加減してアルゴンハートを奪っただけだけど、今度は本気で痛い目見てもらおうか!

二度と人間に近づこうという発想になんてならないくらいに!

いいさ、どうせ次の「試練」はどんなに短くても二十年は先、こいつは生きててもヨボヨボになって「試練」の相手には適さないだろうし!

うっかり倒してしまっても、構わないね?!

 

どうせならこんななまくらじゃなくてもう少しいい剣を買えばよかった!

無い袖は振れないけどさ!

 

突っ込んできたアルゴリザードに逆にこちらから突進してすれ違いざまに斬りつける。

逆の手でライデインを撃ったらきっとヤンガスを巻き込むだろうから、短い詠唱で手に収束させた小さな雷を宿し……あえて呼ぶなら「デイン」くらいのもの……それをアルゴングレートの顔面目掛けてぶん投げた。

 

「『感電しろ(デイン)』!」

 

バチバチと音を立てて、命中!

 

大きな悲鳴があがる。

目潰しで前が見えなくなったアルゴングレートが無茶苦茶な動きで暴れだす。

今度は巻き込まれないように、上から叩きつけるように斬りこんで太いしっぽを半分落とし、斬りかかった勢いそのままバウンドするようにジャンプしてヤンガスが立ち往生しているところに飛び込み、背中の方から片手で彼のズボンの履き口を掴んで無理やり立ち上がらせた。

 

「た、助かったぜ……」

 

「話はあと。

じゃ、ちょっと安全な『上』にぶん投げるから」

 

「え?」

 

そぅら!

 

ズボンの後ろを掴んだまま、ヤンガスを昨日野営した高台目掛けて思いっきりぶん投げて、万が一怪我しちゃったら悪いから追撃でベホマを唱えてそれも投げつける。

多分ちゃんと当たった、はず。

ここからじゃ見えないから、多分。

 

遅れてドシーンと着地した音と、なんだかわぁわぁ言う声が聞こえるからトロチャン殿が回収してくれる。

チャゴスだってこの状況じゃ邪険にしないさ。

きっと。

 

あぁ、思いっきり身体を動かしたからかな。

それとも気分が高揚しているから?

あの黒い鱗が侵食していくパキリパキリと不愉快な音が腕から聞こえてくる。

でも、痛みとかは全くなくて、むしろ、それによって身体の底からチカラが溢れ出てくるみたいだ!

むしろちょっと、気分がいいかもしれない!

さっきまであれだけ怒っていたのに、身体を思いっきり動かすだけでなんだか晴れ晴れしちゃうの、我ながら単純だなぁ!

 

さぁ、これ以上暴れないように手負いのアルゴングレートをやっつけなきゃ。

 

なまくらの剣の刃はとっくに駄目になっているけれど、構うものか。

ククールとゼシカが掛けてくれた呪文のおかげでいつもよりずーっと調子がいいからきっといける!

 

アルゴングレートが視界を取り戻す前に、僕は集中し、目を見開き、頭の辺りを注視して「竜気」を探し当てる。

 

見えた。

頭から心臓にかけて、ひとつの川のようなチカラの流れが。

これがこいつの竜気の源!

脳みそに渦巻く竜気と、心臓で渦巻く竜気を繋ぐ、竜脈と言うべきドラゴン系の急所!

 

そこを縦真っ二つに切り分けるように、高く飛びかかって斬りかかる。

当然、そうでなくても血管の集中した身体の中心部を切り裂かれ、竜気の流れを断ち切られては並のアルゴリザードより長生きした個体であるアルゴングレートといえども無事では済まない、はず!

 

ダメになってしまった刃ではなく、身体の底から溢れ出すチカラで無理やり圧し切る!

ズバッと一刀両断した途端、傷口からどす黒い血がどっと流れだす。

竜気を無理やり断ち切られて、みるみるうちにドラゴンとしての命脈が弱まっていくのを感じる。

ぎゃああと大きな悲鳴があがり、アルゴングレートが意識を失い、それでも止まらない血が噴き出し続ける。

 

当然、そんなことをすれば生ぐさい返り血が僕の顔に、身体に降り注ぐわけで。

なんとか避けようとしたけど、もう無駄か。

あーあ、せっかくの旅人スタイルが台無しだ。

魔物の血って洗って綺麗に落ちるのかな。

落ちるよね、旅人だって全員新品の服を着ているわけじゃないんだし。

綺麗に落とすにはそこの水場に今すぐ飛び込めば間に合うかな?

でも今は、ヤンガスが心配だし、後回し。

 

僕は踵を返して野営地に戻ろうとして、そこでククールとゼシカに追いつかれたものだから、やっぱりもう少しは自重して服が汚れないようにした方が良かったかな、と後悔した。

 

ボトボト垂れるくらい血まみれの人間ってどう扱っていいのかわからないよね?

とんでもない怪我人に見えてギョッとするし、全部返り血ならそれはそれでリアクションに困りそう。

 

お願いだから、親切心なんて出さないで。

服を変えるわけにはいかないんだ。

さっきの戦いの間に……とうとう、僕を侵蝕している黒い鱗は腕や足をすっかり覆い尽くしてしまったみたいで。

 

肌感覚ならぬ鱗感覚ってなんだか不思議な感触だ。

ツルツルしているようで、すべすべしているようで、不思議と布が滑る。

まるで服の下で蛇がうごめいているみたいだ。

 

でもちょっとまずいかも。

明らかに進行が早まってる。

この勢いだとある日朝目が覚めたら僕の形じゃなくなってそう。

もう少し後になってから話すつもりだったけど……チャゴスの「試練」が無事に終わったら、僕はおじ上に沙汰を下してもらう必要があるね。

 

まだ僕が僕であるうちに話すのが育ててもらった恩への誠意だと思う。

楽しい気分のまま戦っていたらそのうち小さいドラゴンが暴れている、とかやらかしそうでちょっと、ね。

 

エイト殿下は呪いで竜に成り果て、正義のサザンビーク兵団に討伐されましたとさ。

となってしまえば家族にとってものすごいトラウマになるのは間違いない。

それは避けたい。

 

「……あー、エイト。ヤンガスを助けて貰って助かった。あんたも怪我はないか?」

 

「これは全部返り血だよ。心配ないさ。それより僕、ヤンガスをぶん投げちゃったから心配で。ベホマもしたけど打ちどころが悪かったら大変だ。早く戻ろうか」

 

「それ、バッチリ見てたわよ。空飛ぶヤンガスを遠目に見てたけど……本当にあなたが? アルゴングレートが尻尾で打ち上げたんじゃなくて?」

 

「ううん僕がやったんだ。ズボンの後ろを掴んで、こう」

 

「ははっ逆に笑えてくるぜ。むしろそれくらい突きぬけてる方がおとぎ話の王子様のむちゃくちゃな功績っぽくて『らしい』かもしれないな。……ともあれ助かったよ。

ヤンガスは命の恩人にそりゃあもういたく感謝することだろうから覚悟して戻った方がいい。見事な男泣きを拝めるかもな」

 

「ちょっと鬱陶しいでしょうけど、まぁ、彼なりの感謝だから受け取ってあげてね」

 

「うん……?」

 

あれ、思ったより、ふたりとも普通の反応じゃない?

血塗れで魔物をぶちのめした人間を相手にするには優しいというか、普通に話してくれているというか。

 

そうか、旅人だし腕が立つ彼らは魔物の返り血なんて日常茶飯事なんだろうな。

 

……もし、城を追い出されたら彼らの用心棒として雇って貰えないかな。

いいや、お金なんていい。

立場もなく彼らと旅ができたら、僕はどれだけ幸せだろう。

もしおじ上に鱗見せて追い出されたらちょっくら頼んでみようかな。

 

なんてね。

 

三人で野営地に戻ると、そこには目をキラキラと輝かせた笑顔のヤンガスがいて、僕を見るなりすごい勢いで駆け寄ってきた。

 

元気そうでなにより。




チャゴスは逆の立場では、エイトが舐めた態度の旅人をスルーするなどするとキレて謝罪させて兵士に連行させた上にエイトにも怒るし舐められないようにしろ! と王侯貴族として正しい反応をする
エイトは「別に……減るもんじゃないし……」な反応なので重ねて怒るしおじ上にも報告される
「別に……(いざとなれば武力で制圧できるし)減るもんじゃないし……」なのである意味チャゴスと同じ高慢なのかもしれない
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