玉座の間に馳せ参じると、既に結構な人数が集まっていた。
でももう始まってしまっている、という訳ではないらしい。
「……む、エイトか。チャゴスはどこをほっつき歩いているというのか……ほどほどにバザーを楽しむのはいいが、羽目を外しすぎるのも『王者の試練』の報告を後回しにするのもけしからん」
「しかしおじ上、主役は遅れて登場しなくては観客が揃いきらないかもしれませんし」
「うむ……遅れている件はこの際別に構わん。チャゴスが問題なのは……ううむ……」
「?」
「そういえばエイトは見ていなかったのだな」
「なんのことでしょう?」
「それならそれで構わん。むしろあの場に居合わせた方が無駄な心労を覚えていただろう」
「はぁ……左様ですか」
「時にエイト。例の件で怪我はなかったか?」
「この通り無事です。ええと、『あちら』にも全てが終わってから『
「それならば良い。今度こそ詳しい話を夕食の場で聞かせてもらおう。ふたりともの『王者の試練』がひと段落ついたのだからもう『鍛錬』で食事を逃すこともなかろう。兄上のように真面目なのはいいが、団欒の時間を蔑ろにし続けるのも良いことではない。分かったな、エイト」
「えぇ、その通りですね……今晩は定刻通りに参りますので」
「うむ。熱心に鍛錬に励むのは良い事だがそろそろ息を入れることも大切だろう。
……それにしてもチャゴスはまだか」
そういえば、一行の三人もなんだか曇った表情というか。
依頼を達成してこれから目的の「魔法の鏡」が貰えるっていう場面での表情じゃないというか。
僕が見てないうちに何かあったんだ。
それもチャゴスがやらかした?
周りの兵士たちの表情を伺うも、彼らも同じく不思議そうにキョトンとしているばかりで知らないみたい。
大臣も事情を知っている様子はない。
うーん?
もしかしてチャゴス、城の外でやらかしたのかな?
じゃあなんでおじ上が知ってそうなんだって話だよね。
三人が外のことを報告したなら大臣くらいは知ってそう。
腑に落ちない。
「チャゴス王子のおなりでございます」
ちょうどその時、チャゴスが台車を押す付き人と共に入ってきた。
台車の上にはもちろん、布をかぶせてあるアルゴンハートがある。
布を取らなくてもわかる。
あの丸い形は紛れもなく
堂々とした足取りのチャゴスは報告すべきおじ上の方ではなく、おじ上の隣に立つ僕の方をまっすぐに見ていた。
何故?
分からないけれど僕も見返す。
チャゴスはえらく緊張している様子だった。
一生に一度の大舞台の結果を発表するんだから、緊張するのは、分かるけど。
なんだか引っかかる。
なんで僕?
僕じゃなくて、サザンビーク国王であるおじ上が判断することなんだからさ。
チャゴスが見据えるべきはおじ上じゃないか。
そんなことは重々分かっているはず。
そんなチャゴスは見たこともないほど真面目な顔をしていた。
うーん。
こんなにチャゴスが真っ当に儀式に向き合っている様子なのにどうして不穏な感じがするんだろうか?
もしかして、僕たちが「護衛」についていたのがバレてそれが問題になったとか?
……なら、この三人はこの場に招かないし、せめて別室待機だよね。
僕も堂々とここにいさせてもらえないと思うし。
その辺りはおじ上なり大臣なりが何とかしたと思うんだよね。
もしくはまことしやかな「公然の秘密」にするはずだし。
なんだろう。
ちっともわからないな。
もどかしい。
「ふむ……チャゴスよ、アルゴンハートを見せるが良い」
「はい。こちらが、
布が取り払われると、周囲からどよめきと囁きが聞こえる。
やれ、僕の時ほどのサイズじゃないだとか。
でも色はこっちの方が深みがあって美しいとか。
「チャゴスと僕を比べる」ものばかりが聞こえてくる。
なんだかそれは嫌だった。
今はチャゴスのお披露目会なんだから、ただチャゴスの成果を褒めたらいいのに。
……僕は「ズル」を知っている、けれど。
それでもさ。
チャゴスが、あの臆病なチャゴスが最後まで武器を手に立ち向かったんだし。
「ぼくだけが」戦って得たって言ったなら嘘だけど。
「ぼくが」戦って得た、なら本当だ。
詭弁かもしれないけどね。
「チャゴスよ。良くやった。……ところで、何か申し開きはあるか?」
「……はい。ひとつ、ございます。父上」
話しながらも、最後にはチャゴスはやっぱり僕を見ていた。
おじ上じゃなくて僕に聞いて欲しいみたいだった。
「先程、ぼくはバザーで偽のアルゴンハートを購入しました。エイトのアルゴンハートの、まるでレプリカのような、大きな大きなアルゴンハート。ぼくが戦って得た『これ』よりもずっとずっと大きくて、きっとエルトリオ様と比べても引けを取らないアルゴンハートを……」
「ふむ。一体何のために?
チャゴスよ、お前は自ら戦って得たアルゴンハートを提出したではないか。立派な成果があるというのにわざわざ購入する必要などあるまい」
「きっと、見返してやりたかったんです。城のみんなを、父上を、……そしてエイトを。ぼくだってもう一人前なんだと見返して、その時だけでもすごいやつだと思われたかった。だから大きな大きなアルゴンハートを買いました。でも、自分の部屋に戻ってアルゴンハートをすり替えようとした時……」
事実としてチャゴスは決して良い奴じゃない。
潔白、正直、愚直な努力よりも抜け道、怠惰、自分の安全が第一で。
それは……良い場合も、そしてもちろん悪い場合もある。
少なくとも手放しに褒められるばかりじゃなくて。
でも、僕は最悪な奴じゃないって、知っている。
チャゴスは王族として正しい臆病者、チャゴスは正しく真っ当な家族愛を持っていて、少しばかり人より心配性……。
「エルトリオ」の昔の服を仕立て直した物ばかりを着ている僕に帽子につけるお揃いの羽飾りをくれたのは君で。
城下町にさえ出ることを許されないのに僕をベルガラックに連れ出して、一緒に怒られたのも君で。
ずっと、僕と対等で、「ただのエイト」を見ていたのは君だけで。
一緒になったバルコニーから城下町を見下ろして、自由に散歩したいって言い合ったのも君だったね。
僕はいつしか、おじ上や周囲の人間たちが喜ぶような振る舞いを選んで。
君はワガママな子どものように、自分が望む振る舞いを続けて。
でも、僕たちの仲は行動ほどには道は分かたれずに、中途半端に宙ぶらりんで。
小さい頃のようにぴったりとくっついている兄弟のようではなくなって。
だけど、今は日々すれ違うごとに笑みと挨拶だけ投げ合うような距離があった。
なんだか、それなのに、そんな距離のくせに幼いころから隣にいた「チャゴス」を今でも全部分かっているつもりでいて。
僕は、彼を分かっているつもりになっていたんだ。
チャゴスの告白を聞いて、怒りを覚えるなんてとんでもない。
僕はただただ感心していた。
「意味がないって気づきました。アレが本物だろうと、良く出来たガラス玉でも、どうでもよくて。
皆を……いえ、エイトを見返したいならきっと同じ道を選ばなきゃならない。そうでもなきゃ、あの頑固者は、口で何と言おうと、顔だけ笑って見せても、心から認めてなんかくれないとぼくは、知っていますから。
でも、でもぼくには無理です。エイトみたいに戦うことなんて無理です。あの命知らずみたいに魔物の懐で剣を振り回すなんて恐ろしくてできない。この、真面目を通り越したこいつみたいに毎日毎日手を焦がして、手当てを受けながら呪文の練習をやめないなんて無理です。だからエイトほど大きいアルゴンハートを得られなくて、ズルをしようと思った。
ズルをしようとして、その前に踏みとどまりました。
実行すれば絶対に軽蔑される。エイトは必要なら自分が損しても、苦しくても、それが気にならない奴だから。ぼくが『ズル』して、本当は戦っていないアルゴリザードとの戦いを捏造しても、いいことなんてなにもないと。こんなことをしても、エイトは絶対に胸倉掴んで怒るだけで、ぼくに失望するだけだって。
ズルをしても得られることが何も無いって分かってました。
なら、馬鹿正直になってやった方がこいつ好みだってぼくは知ってます。真面目に正直に、だなんてぼくの主義ではないけれど、ぼくはエイトを見返したかったんだからこいつの流儀に従わないとって、そう思ったんです」
「……うむ。『王者の試練』はチャゴスを大いに成長させたようだ。出発前のお前とはまったくの別人のようだ」
「父上……」
チャゴスの告白は、本当にまぶしいほどの正直だった。
しかも目を逸らさなかった。
僕は、自分の異変を隠し、誤魔化し、いつ白状したらいいんだってウジウジ考え込んでいたっていうのに。
「チャゴス。君って正直者だ。びっくりした。本当に、心から。感心した……」
「は、こんなことで感心した、だって? ただ最低の不正を踏みとどまっただけじゃないか」
「チャゴスと同じ状況でそれができる人間がどれだけいるだろう?
『魔が差す』ことは誰しもありえることで、手を出してしまってから踏みとどまれる人がどれだけいるんだって、ことさ。悪い流れに身を任せて、あるいは諦めてしまって、不貞腐れてしまうんだ。
でも、チャゴスはちゃんと踏みとどまって、それだけじゃなくて正直に言ったんだ。それは正しく賞賛に値することだよ」
「そう、か……」
「僕が言ってしまったら嫌味に聞こえるかもしれないけど。戦って強いことは本当にえらいこと?
『王者の試練』ではかるべきは武力であるべきなのかな?
『王者』なんだから、本来見るべきは『王の器』なんじゃないの? そしてそれは肉体的な強さかな? 僕は、本質的には精神的なものだと思うんだ。
だって本来王様は先陣きって戦わない。いくら強くなったって王様だけが生き残ったって仕方がないじゃないか。
今の君は誠実だった。少しの嘘をついても、バザーであったことを誤魔化しても。偽物を提出しなかった時点である程度は許されただろうに、全部言った。
あるいは時に優しくも冷たい嘘をつくことも王様の仕事かもしれないけれど、言いにくいことをちゃんと言うのも王様の仕事だと、僕は思う」
「……でも、」
「でも?」
「でも、エイトはいつだって誠実だろう。言ってくれたろ、『誇りはないのか』って。
腹の中で思っていることより、『エイト殿下ならどうするべきか』で動いてる。エイトはもう王族として生きている……ぼくは、それを真似しただけだ」
「……そうなのかな」
「そうだろ。ぼくは知っているからな!」
そうであるなら、いの一番に家族であるチャゴスに、おじ上に、「鱗」のことを報告するはずでしょう。
僕は微妙な顔をして黙り込んだけど、チャゴスは真面目に頷いた。
おじ上はそんな僕らの会話を見ていたく感動された様子だった。
「うむ、うむ、想像以上に成長したな。『男子、三日会わざれば刮目して見よ』とはよく言ったものだ。さあ、ふたりとも下がりなさい。疲れただろう。今日はゆっくり休むのだ」
そしておじ上はちらりと旅の三人を見た。
「おお、旅の者か。待たせたな。なにか話があるのだろう?」
きっとこの流れでさりげなく「魔法の鏡」を渡す手はずを整えたんだろうな。
なら宝物庫に先回りさせてもらおうか。
胸に、確かなしこりを抱えたまま。
僕は重い足を引きずって歩き出す。
堂々とした足取りのチャゴスとは対照的に。
歴代ダメ王子ならこれくらいの改心はしたかもしれなかった、くらいで別にすごく綺麗なチャゴスではない