「さて、おじ上。続けますか?」
「やめておこう……」
「それでは僕の勝ちですね」
その言葉を聞いた瞬間、僕は不要になった雷光の槍を自分に向かって突撃させ、身体に突き刺すようにして還元し、魔力を回収した。
激しく帯電してバリバリとたてた音が派手だからか、あからさまにギョッとした顔をされたけれど、まぁ、ちょっと見たら怪我がないことくらいわかるはず。
「さて。ドルマゲスというのは随分派手に各地を荒らしている極悪人のようですが、ヒトの形をした魔術師には変わりないのでしょう? 魔物より人間を倒すのに慣れた僕が行くのは合理的ではないでしょうか。
僕が、サザンビークでいちばん強いのですし。魔物とは戦い慣れていませんが、人間の相手ならこの通りです」
「……」
そう言いながら倒れたまま起き上がる様子のない将軍に一応回復呪文を唱えておく。
近衛兵たちが彼を運び出していくのを見送っても、たっぷりの沈黙をかけて考えていたおじ上は、ようやく口を開いた。
「エイトよ。理屈はわかった、そしてお前の強さもわかった。しかし、わしの親心というものを理解してはくれないか。わしはもう、家族を失いたくはない……」
「おじ上。僕はこれでも誠実に向き合っているつもりですよ。おじい様のように漫遊の旅に出る訳でもなければ、父上のように黙って出奔しようとしているわけでもない。せっかく僕には戦う能力があるのに、こんな呪われた身体のまま国に留まっていれば国民も不安でしょう」
「だけどエイト、外に出て、魔物と戦うなんてしたら……エイトがいくら強くたって死ぬかもしれないんだぞ! そもそも、そのドルマゲスってやつは殺人犯なんだろ?!」
駆け寄ってきて僕に叫ぶ、その声は悲痛だった。
どうせ僕の気持ちなんてわかってくれないと不貞腐れている相手であるおじ上と違って、同じように城の中に留め置かれていたチャゴスの言葉は胸に突き刺さる。
「……チャゴス」
「鱗が生えていても、たとえそのまま竜になっても。エイトはエイトだろ。エイトは、腕がそうなっていても中身はエイトのままじゃないか! そうだ、もし本当に竜になってしまったらサザンビークの守護竜としてぼくが認めさせてやる! そっちの方が、外に行くよりずっと安全に違いない!
開き直って城のてっぺんに登って火を吹いてやれよ、きっとみんな有難がるに違いない!」
「ははっ、ははは……チャゴスになら説得されてしまいそうだ」
「だろう?」
「でも、でもね、僕は心から彼らと行きたいんだ」
エイトはエイト、か。
臆面もなく言ってくれるね。
本当は僕、チャゴスが……僕を「対等のお前」と呼ぶキミがいればここにいれば心が揺れてしまうってわかっていたんだ。
それでも、「エイト殿下」なら正々堂々と話すべきだし、チャゴスが正直者なら僕も倣うべきだった。
僕らの会話が聞こえているのか聞こえていないのか、唸るようにおじ上は言う。
「それでも認めん、決して認めんぞ。リオ兄様は死んでしまった、あれだけ強く、わしの中の……あぁ、わしの中で今でも最も強かった、あの兄上でさえ。兄上や妻のようにエイトに死なれるなどもう耐えられないのだ。兄上が死んでしまったように、兄上が、わしの知らぬところで死んでしまったように」
「……僕は、」
「そうだ、兵を出そう。その者たちに助力させ、その道化師ドルマゲスを打ち倒すためにサザンビークをあげて尽力しようではないか。街に使いを出し、情報を集めさせよう。各国に手紙を出して助力を請おう。だから、エイトはここで果報を待てばいいのだ」
「僕は!
気づけば、僕は思いっきり怒鳴っていた。
玉座の間は水を打ったようにシンと静まり返った。
怒り、悲しみ、やるせなさ。
そして恐怖とともにそれらが喉から込み上げる。
このまま思いっきり息を吐けば、竜の吐息のように辺り一面火炎で焼き払えでもしそうだった。
「僕は『リオ兄様』じゃないんですよ、おじ上! 僕は貴方の臣下で、貴方の甥で、家族だけれど、僕はエルトリオじゃないんだ、どうして、どうして、僕はずっとずっと城に閉じ込められてなきゃいけないんです! ものも知らない子どもじゃないんですよ、僕は十八歳だ!
確かに父は死んだかもしれない、おば上は早くに亡くなられたかもしれない、でもそれって、それって僕がずっとずっとこの城の中に閉じ込められなきゃならない理由なんですか! 『王者の試練』をこなして、チャゴスの結婚式を見届けて、そしたら僕の一生はもうずっとこの城から出ることなんて、許されるはずがないんだと知っていますよ、えぇ、わずかばかりの、お情けで与えられたような公務を除けばね!
母方の祖父から引き取っておきながら、国民にも僕たちにも曖昧な態度をとっておきながら、僕をサザンビークの王、もっと言えばサザンビークの立場のある人間にするつもりなんて最初からないんでしょう!
胸の内でなんと思われていたかなんてわかりませんが、心の奥底ではエルトリオと同じように王にすると定めれば死ぬとでも思っていたのではありませんか? そうでなければチャゴスも僕も十八歳、どちらを王にするかなんてとっくに決まってなきゃおかしいんですよ! どちらにも問題があったとしても!
僕はこの城に閉じ込められるために生まれてきたんじゃない、僕は、あの広い世界を歩きたかったし、外の風を浴びたかったし、それが叶えられなくてもサザンビークの王族として生まれたからには与えられたお役目を全うしようと思っていましたよ、けれど! 僕には何も求められなかった! 僕はただ生きていることだけ望まれた! そこにあるだけ、そこにいるだけ、それになんの意味があるって言うんですか、僕の人生に!
僕は『エルトリオ』じゃないんだ、どうして『エイト』なんだって分かってくれない、僕は『エイト』だって、分かってくれるのはいつだってチャゴスだけじゃないか! 城のみんなもおじ上と同じで『エルトリオ』がまた出ていかないように腫れ物扱い、すべてすべてが過保護な先回り! 死なないように、出ていかないように、表向きの願いを叶えてなだめすかして甘やかすばかり!
おじ上には僕のことは死んだ兄が帰ってきたようにしか見えてなくて、だから、だから今度こそ死んでしまわないように閉じ込めたし、僕の実際の強さなんて分かっていなかったし、そのくせ一挙手一投足を監視させていたんでしょう、僕だって知ってます、僕が何をしたか、僕が何を買ったか、全部報告されているんだって、ずっとずっと!
もううんざりだ、僕は無理やりにでも出ていきます! 出ていく前に報告しただけ『黙って何もかも捨てて出ていったエルトリオ』よりずっと誠実でしょう? ねぇ別人でしょう? 僕には知ったこっちゃない、どれだけ父が期待されていたとしても、生まれる前に亡くなった人に重ねられて、どうしたらいいのか分かるわけないじゃないか! 僕はエイトなんだ、チャゴスの従兄弟で、ただの、ひとりの、
おじ上を睨みつける目からは、いつしかぼたぼたと大粒の涙が流れていた。
僕の中には、ずっとずっと押さえつけていた不満と悲しみが圧縮されていて、それをとうとう押しとどめることが出来なくなってしまったんだ。
魔力がこぼれ落ちて、僕の髪がバチバチと音を立てているのが分かって、僕は何とか深呼吸をして、それを押しとどめた。
「僕は何としてでも出ていきますよ、止めさせません。いいえ、そもそも誰にも止められない。室内で自在に雷撃を撃てるような人間を誰が止められるんですか。
せいぜい黒い竜に成り果てて、炎を吐いて暴れる前に出ていきます。万が一ドルマゲスを倒しても戻れなかったなら、僕が僕じゃなくなる前に山奥に籠って人里に被害を出さないようにしておきますから、どうぞご心配なく! その際には別れの手紙のひとつくらいは寄越しますから、『エルトリオ』と違ってちゃんと自分で伝えますから!」
僕が怒鳴った勢いのまま踵を返そうとすると、強く腕を引かれた。
やっぱりチャゴスだった。
「だから! エイトがどれだけ強くても死んでしまうかもしれないって言っただろ! なんでエイトは命知らずで、危険に飛び込むのが平気なんだ! 恐ろしいところに行こうとするな、そんな得体の知れない道化師なんてこいつらと兵士どもに任せておけよ! 父上が外出に厳しいことを言うのが煩わしいのは同意だけど、父上が言っていることは正しい! エイトはここで待っていればいいんだ! 死んだら全部おしまいなんだぞ!」
「チャゴス、……決心が揺らぐから黙っていてくれないか」
「なら絶対黙らないからな!」
「……キミってヤツはさぁ」
僕は袖で涙を乱暴に拭うと、きっと全身全霊僕を掴んでいるはずのチャゴスの手をなんとか引き剥がして剣を地面に置いてゆっくりとおじ上に近づいた。
「鱗」が生え始めた日から、気づかれないように、そして万が一がないようにおじ上からはさり気なく距離をとっていたから、こんなに近くに行くのは久しぶりに感じた。
……同じく距離を取ろうとしたチャゴスは幼少期から変わらず向こうから寄ってくるので、こうはならなかったのだけど。
「ほらおじ上。僕の目を見てください。元々そのうち隠し通せなくなるってわかっていたんです。でも、今日、目まで変わってしまった。ほら、もう『エルトリオ』そっくりの甥じゃないでしょう?
父譲りの黒い瞳じゃない。金色に光って、瞳孔は縦に伸びて……そのうち、顔まですっかり鱗に覆われるんだ。尻尾が生えるかもしれない、角が生えるかもしれない、牙が伸びて、生肉を好んで、僕が僕じゃなくなるかもしれない、そうなってしまう前に、どうかご決断を。僕は家族を傷つけたくないんだ!」
あれ、おかしいな。
さっき拭ったはずなのに視界がまた歪んでいく。
いつの間にか立ち上がっていたおじ上は、そんな僕に何を思ったのか、少し離れたところで立ち止まった僕に……近づいて、驚いたことに抱きしめた。
まるで小さな子どもの頃のように。
もっと驚いたことに、いくら僕が「エイト殿下」だとはいえ得体の知れない姿になっているというのに大臣も近衛も、それを止める素振りすらない様子だった。
護るべき、いちばん大切な王様が、危険に晒されるかもしれないっていうのに。
おじ上の大きな手が僕の帽子を取り払い、髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。
僕は小さい子どものように、俯いてそれを受け入れるばかりだった。
「……随分、知らぬ間に追い詰めてしまっていたのだな、エイト。わしは、お前の言う通り兄上を亡くした悲しみをずっとお前と兄上を重ねることで癒そうとしていたのかもしれない。まだお前は成長の余地あるわしの『甥』で、随分立派に大きくなったが……それでも、いくら出来が良くとも、いくら生き写しに見えても、いくら『兄上のように』見えても、お前はお前で、別の意見を持つ、尊重すべき『家族』であるのに。
こんなにも悩んでいる大事な甥が、打ち明けられないほどに追い詰めてしまった。家族として心中を打ち明けられる関係であるべきだが、わしは自分から拒絶してしまったに等しい」
僕はぐっと目を閉じ、だけどすぐにまた袖で目元を拭った。
素直に甘えて良い子ども時代は過ぎていたし、僕はもう「王者の試練」を突破した一人前の王族としてただ庇護される存在ではなくなっていた。
僕がおじ上から身体を離すと、いつの間にか僕らのそばにトロチャン殿が来ていた。
王族なのに、激しい感情を露わにした未熟な僕を見上げる目は、どこまでも優しいような気がした。
「……そろそろ発言してもいいかの、サザンビークのクラビウス王よ。わしは訳あって、今はトロチャンと名乗っておる者。エイト殿下のお考えのとおり、ドルマゲスの呪いで
「トロチャン……? 貴殿とは初めて会った気がしない。どこぞの身分ある人間だったのではないか?」
「さて、そのことについてはわしがこんな魔物のような姿に変えられてしまった時点で『もしも』の話でしかないですじゃ。今のわしはただの旅の人間……ということにしてくれんかのう?」
「……うむ」
「エイト殿下がドルマゲスの被害者であり、姿を取り戻すべくわしらの旅に同行するというのなら大歓迎させてもらうぞい。
しかし、こちらとしてもこれまで『元の立場』を利用して協力を仰ぐことはしてこなかったのじゃ。まず信用させる手段が無いに等しい。もちろん元の姿に戻った暁には今同行している人間には褒賞を取らせる予定じゃが、今の時点では単なる口約束、話半分といったところじゃろう。
ともかく。こちらとしてみれば大ごとにされては困るのじゃ。そしてそれはエイト殿下の呪いの症状を見れば……そちらも同じではないかの?」
「確かに、王位継承権を持つ僕が異形の姿になっているという事実は国民に受け入れられるとは思えませんし、仮にそちらをどうにかしても、他国にとっては絶好の攻め口でしょうね。僕が、サザンビークの弱みになってしまう」
「大々的に兵を出すのは辞めてくれということか……しかし、その結論をこの場で出すのは難しい。
トロチャン殿と言ったな、本日は城に泊まってもらい、今後の話し合いを行うこととしようか」
「うむ」
「じゃあ僕は彼らの案内を……」
「なんでだよ、そんなの侍女たちの仕事だろうが。彼女たちの仕事を奪ってないで、エイトは、ぼくを部屋に入れてくれ」
「部屋? 僕の部屋のこと?」
何だってチャゴスはそんなところに来たがるんだろう。
「さっきあれだけ躊躇なく自分の腕を引っ掻いたヤツがもっと鱗をベリベリ剥がしてないわけないだろ! 何回やったかどれだけあったか証拠が残ってるに決まってる! 全部吐かせてやるからな!」
チャゴスはそう言って、僕の手を掴むとずんずん進んでいこうとした。
僕は慌てて自分の剣だけ拾って、すでにトロチャン殿となにやら話しているおじ上の方を見た。
おじ上は一瞬顔をあげて、チャゴスに手を引かれていく僕に向かって「微笑んだ」。
僕はその瞬間心底安心して、やっとやっとこの数週間胸の中につかえていた吐き出せない氷が溶けていくのを悟った。
ぐいぐい手を引かれながら、僕はひとりで勝手に不貞腐れていただけで別に孤独じゃなかったってことを言いたくて、だけど今度は胸にあたたかい涙が詰まって、もうなんにも言えなかった。
でも、言えなくたってきっと、チャゴスは分かってくれていた。
兄弟仲良しで
リオと呼ぶクラビウスと
クラと呼ぶエルトリオだったら可愛い
敬愛する兄は自分と国を選ばず愛する人を追って二度と戻らない
第2王子の立場で突然国王に据えられて押し寄せる重圧と早すぎる妻の死、手元に残ったのはひとり息子と兄そっくりの甥
手が回らずそれぞれ問題児に育つけれど、ふたりの仲は良くかつての自分たちのように見えてとりあえず外出禁止令(キメラの翼を封じられとばっちりを受ける商人たち)
クラビウス王の口調はトロデ王やパヴァン王よりかなり尊大なので、もともとはチャゴスっぽい偉そうな性格だったのを無理やり矯正して名君やってそう 自覚して矯正して実際名君やれてる時点で元々の性根とかどうでもいいくらいの偉業である
※トロデ王は近衛兵エイトを臣下であり小さい頃から見ているためある意味息子のように思っていると思うし、パヴァン王からすると恩人なのでバイアスがかかっているはずではある。クラビウス王が本来王族としてスタンダードな態度かもしれない
それはそれとして温厚で善人で物腰柔らかなエイト殿下から当然のように命令口調が飛び出すのが良いので呪文の詠唱は全て命令口調になっています