翌朝。
いつも通り目を覚ますと、部屋にノックの音が響く。
誰だろ? 「お世話役」はすべて断るようにしているのに。
「ちょっと待って!」
慌てて服を着て髪の毛を適当に撫で付け、忘れずに手袋をしっかり装着。
姿見でざっと確認し、一応及第点。
やっとこさ扉を開けるとそこにいたのは男女の侍従たち。
複数形。
子どもの頃、自分で身の回りの整容が出来るようになってからは断ってるんだけどな。
なんで今、来たんだろう?
「おはよう。何か用かな」
「おはようございますエイト殿下! 本日、わたくし共が身支度をお手伝いするよう陛下よりご命令賜りました」
「おじ上から……」
「お食事が済み次第、明日のお召し替えの準備を手伝わせていただきたく存じます。本日はお部屋のお掃除をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「掃除は自分でやってるよ?」
「えぇ、ですが殿下がご不在のうちに無許可で部屋に立ち入るのもどうかと思いまして。大掃除は殿下がいらっしゃるうちにさせていただこうかと」
「……おじ上ってば」
「おや、もう行かれるのですか?」
「うん、もう見られて困るものはないから部屋は好きにして!」
「おやおや、走っていかれて」
剣と帽子をひっつかみ、そのまま両手に持って走っていく。
大人になった「エイト殿下」ならやらない、お行儀の悪い行動。
お行儀が悪くても構わない。
お叱りを受けても構うもんか。
だって、だって……!
僕はお行儀の悪いエイト殿下に驚くみんなを尻目に走って、走って、食堂に滑り込んだ。
「おじ上!」
「おはようエイト。まずは乱れた服装を直しなさい」
「……はい」
「それから今日はことさらしっかり食べなさい。食べ終わったらコックに保存食を見繕わせたから好きなものを選ぶといい。あとで馬車に運ばせよう」
「それって」
つまり、つまり、おじ上は僕が旅の彼らと行くことを認めてくれたってことで。
僕は両手をぎゅっと握りこんだまま、おじ上の瞳を見つめ返した。
「それからその格好も後で変えさせるよう手配した。多少頑丈な衣装だが鎧などに比べるべくもない。いくつかバザーから手配させたので選んで持っていきなさい。剣もそうだ。今帯刀しているのは兄上が使っていた剣のひとつだが、元は単に王子が訓練用に帯刀していただけの剣。特殊効果も何もないではないか。手入れと研ぎは良いがそれだけだ。剣ももっと良いものに変えなさい。盾と兜も持っていくように」
「……有難く、選ばせていただきます」
「うむ。エイトならば己で適切な装備を整えられるだろうが、備えあれば患いなし。強者だとしても、相手が弱者に見えようとも決して油断してはならない。金で解決できることはしなくてはな。
さて、そろそろ座りなさい。チャゴスもじきに来るだろう」
食卓につき、剣を置く。
手袋は……しておいた方がいいかな?
と思ったけれど、侍従が剣と帽子と共に手袋を回収していってしまった。
黒い鱗まみれの手をマジマジ見られるのはなんだか気恥ずかしいし、気を遣わせるような雰囲気になるのが嫌だった。そっと膝の上に乗せて隠す。
あ、トーポがポッケから出てきて僕の頭の上に登ろうとしてる……止めなきゃ。
そっと捕まえて「いい子だからポケットに入っていて」と言い聞かせていると、その場の兵士も侍従も、おじ上もやっぱり、「鱗」まみれの僕の手を見ているように思えて萎縮してしまう。
……被害妄想も込みかもしれないけど……。
「言いにくければ黙秘しても良い。『それ』による痛みはないのだな?」
「ありません。指の動きにも問題ありません。温感も。ただ、少し『鱗』の分厚さの分触覚は鈍くなったように思います。見た目の通り皮膚より頑強です」
「それならばよい。隠さずとも良い。すでに城の中の人間には周知しているし、本日中に王国全体に触れを出す。
『エイト殿下は国宝である太陽の鏡を守って戦ったが奪われ、道化師ドルマゲスに呪われた』
『その呪いとは、竜の呪いである』
『エイト殿下はサザンビークの王族として太陽の鏡を奪い返すため、また呪いを解くために旅に出る』
『道化師ドルマゲスはマイエラ修道院院長オディロ、我が国の大臣に連なるはずだった人間をも殺害した』
『ドルマゲスは他の人間にも呪いをばらまいた悪質な人間であるため、早い解決のためにも少数精鋭で挑むこととなった』
などとな。また、『音信不通と思われていたトロデーン王国との協力、共同声明の発表』および『猟奇殺人犯ドルマゲスのこれまでの道のり』も噂として流す手筈だ。
詳しい話を聞いたが、北大陸、南大陸、そして我がサザンビークのあるこの大陸でも殺人を犯しているとか……国際的な指名手配も行う予定だ。なんでも、彼らはアスカンタの王とツテがあるらしい。その旨書き添えてあちらの王国に今朝使者を出したところだ」
「物語」にするために多少、作り話になるのはそういうものだと飲み込める。
だから話を神妙に頷いて聞いていたけれど、最後になって分からなくなった。
「ところで、そこでトロデーン王国の話が出てくるのでしょう? 僕はトロデーンの被害者の話は伺っておりませんでしたが……」
「……うむ、エイトは『トロチャン殿』のことをどう思う」
「元はたいへん身分のある立場の方だと。また言葉の訛りからしてトロデーンのある北大陸の方なのはわかっております。それから、白い牝馬をかわいがっておられて……あの、かの姫君と同じ流星の名を付けているとお聞きしました」
「つまり、『トロチャン殿』は『ミーティア』を可愛がっていると言いたいのだな」
「えぇ……まぁ、トロデーンの方はとても温厚ですから、あちらで問題になっていないのであればこちらから口出しすることではないと」
「……まぁ、良い。素直なのは美点である。旅には新鮮な驚きがあってこそだろう。わしからは詳しくは話さんよ。
さて、チャゴスはまだか」
「確かに呼んできましょうか」
「結構。侍従、チャゴスを呼んで参れ」
あ、もう。
またトーポがポッケから出てきちゃって……なんだろう、普段はいい子にしてくれているのに。
普段はトーポにご飯をあげてから自分のご飯を食べるから、早く早くって催促してるのかも。
急いで出てきちゃったからチーズを持ってこなかったな。
今席を立つのは無理だからちょっと待っててね、ごめんね。
チャゴスが来るまでの間だけでもポッケから出して、膝の上に置いた手のひらの中に乗せておくとすぐにトーポは落ち着いた。
相変わらず鱗に擦り寄ってきて、かわいい。
僕の癒し、僕のもう一匹の家族。
で、でも、流石に食事時に動物を出すのはマナー違反だから!
僕がひとりで厨房から貰ってきた軽食を食べる時ならともかく、国王の面前ではちょっと。
膝の上だと登ったりせず大人しくしてくれてるけど、ポッケには絶対に戻りたくないらしい。
トーポと格闘しているうちにチャゴスが到着した。
なんか、すごく眠そう。
昨日眠れなかったのかな。
無理もない、のかもしれない。
僕の部屋で発見した袋いっぱいの鱗を見つけて絶叫し、そんな袋を複数見つけては僕を馬鹿だ馬鹿だと罵って、両手両足の鱗なんて見たくもないだろうに服をまくって今は傷がないのかを確認してたっけ。
鱗取りを見つけて即座に近衛に持たせておじ上に報告されたのも……。
むしろあんなに精神が昂るような出来事があっても普通にぐーすかしっかり寝てた僕の方が図太いのかも。
というか昨日はそもそも、それがなくてもチャゴスの「王者の試練」から戻った日なんだから当たり前のことだよね。
「遅れて申し訳ありません、父上、エイト。おはようございます」
「うむ。『王者の試練』は昨日の今日である。多少の寝坊は許そう。さぁ、食卓につきなさい」
僕は諦めてトーポを膝に乗せたまま食事を始めることにした。
お腹がすいているわけじゃなさそうで、食卓によじ登る様子はない。
だけど、顔を上にあげてふんふんと聞いているような感じ。
十八年間、ふにゃふにゃの喃語の時から僕の話し相手をしてくれたトーポは人の話を聞くのが好きだ。
今日はお話を聞きたい気分なのかな。
ほどなくして食事が始まり、しばらくはみんな無言で、だけど和やかな雰囲気だった。
チーズはなかったのでこっそりパン屑をトーポにやったけど、全然普通にバレてると思う。
何も言われなかったけど……こういうところが、おじ上が「甘い」ところなんだけど。
だけど食事が終わりかけた頃、おじ上はようやく言葉を見つけたように口を開いた。
「詳しい話はあとでするが、エイトに問おう」
「はい」
「サザンビークとしては大々的にエイトを送り出す予定である。が、他国での振る舞いまではこちらで指定しない。各国の関所を通れるようサザンビーク国王として書簡をしたためたがそれはそれ。『サザンビーク王国のエイト殿下』として振る舞うのか、それとも『ただの旅人エイト』として振る舞うのか、予定はあるのかね」
「基本的には隠していようと思います。僕はドルマゲスを『闇の遺跡』にて倒すつもりですが、『魔法の鏡』の魔力を奪ったように奴は非常に魔術に長けているのは分かっています。万が一奴が怪しげな術で逃げてしまった場合、各地で人々の話を聞いて回る必要もあるでしょう。最初から権力を振りかざした方が近道になる場合もあるでしょうが、反対の場合もあるかもしれません。
であれば、最初はただの『エイト』……いえ、この場合偽名を名乗った方がいいかもしれませんが……例えば、ただの旅人『リオ』であればあとから正体を明かすこともできますので」
「……『リオ』か……」
「えぇ、この顔であればおじ上も違和感ないでしょう?」
「わしへの意趣返しを許す。ただしサザンビーク国領内、いやこの大陸内では本名を名乗るように。関所を超えたなら自分で判断するように。いたずらに混乱を招くだけだろう」
「はい、おじ上。とはいえ、そう簡単に大陸間を移動できるとは思えませんが……」
「その点については『トロチャン殿』一行は船を持っている。また、聖堂騎士ククールは『ルーラ』を習得しているので問題なかろう。『ルーラ』は兄上が得意だった。だからエイトも少し話を聞けば使えるようになるかもしれんな」
「『ルーラ』、ですか? 不勉強で申し訳ありません。知らない呪文です。チャゴスは知ってる?」
「エイトが知らないのにぼくが知るわけないだろ。いやしかし……船の話と一緒に出てくるということは覚えがあるぞ。
ベルガラックで聞いたことがある。なんでも、一度行ったことがある場所に飛んでいける道具や呪文があるとかなんとか。ま、そんな便利ものあるわけない、本当にあるならば行商人の商売あがったりだと思っていた、のですが……」
おじ上はゆっくりと頷いた。
合ってるみたいだ。
チャゴスってホント、興味の無いそぶりがうまい。
本当はちゃんと見てるし聞いている。
「実はな。サザンビークでは『キメラのつばさ』の流通を禁止してきたのだ。また、同じ効果を持つ『ルーラ』の使用も禁止し、使用するならば城門からでなければならないと規定していた。サザンビークの人間の前で使わぬように、とも。
そしてチャゴスとエイトに関しては特別に決して存在を知られてはならぬ、と厳命してきたのだ」
「そんな便利な道具があるならバルコニーに出てその『キマイラのつばさ?』を使えば簡単にベルガラックに行けたのか……」
「『キメラのつばさ』、だよ。
……だから禁止したんですか? 僕らはベルガラックや海辺の教会に行くことができますし、もう少しすればサヴェッラと行き来できるようになります」
「いや。……単に、国王として国益を優先すべき立場の人間が、流通による利益を捨ててでも家族を国に閉じ込めておきたかっただけのこと」
痛みの伴った声に、一体なんて言えばいいのか。
考えるより先にチャゴスは急いでデザートを平らげている。
僕も、手を止めてないで早く食べ終わった方がいいのかも。
「ぼ、ぼくはちょっと父上の気持ちが分かります。でも同時にたくさん出かけて遊び……いえ、見聞を深めたかったという気持ちもあります」
「僕は……」
外に出られないことは不満だったかな。
情報を隠されてまで。
まぁ、不満ではあった。
単純に暇だったし、みんなやることなすこと先回りしてくるし、ご機嫌取りのおべっかが降り注いでそれに満足してくれることを期待される。
その癖、別に公務があるわけでもない。
強いて言えば各地の冠婚葬祭で花を贈るくらい。
僕のお小遣いのまともな使い道。
あとは城の中で貴賓をもてなす場におじ上たちと一緒にいることはあったけど、まぁそれくらいなもので。
まだまだ未熟だと突きつけられているようだった。
事実、これまでは「王者の試練」を終わらせていないのだからその通りなのだろうけど、十八だ。
世間の人間なら十八ならとっくのとうに働きに出ているし、世帯を持っている人も少なくないだろうし、自立している年齢で然るべき。
「殿下」なのだから王族の人間としてしっかり使って貰えていたら、むしろ不満はなかったのかもしれない。
「ただただ暇が苦痛でした。それならむしろこき使って欲しかった。外に出られないことよりも十八にもなって毎日やるべき公務がない王族なんている必要があるのか……と思っていました。
王家の習わしに従うため、毎日鍛錬に打ち込んでいたと言えば聞こえがいいですが、暇だっただけです。目が回るほど忙しくとも王家の人間としての責務があるなら逃げ出すこともなかった、はずです」
「エイトはそういうやつだよな……」
おじ上は僕らの正直な言葉を黙って聞いている。
「でもチャゴスはちょっと、遊びすぎ。でもチャゴスも同じようにやることないからとりあえず遊ぶのも仕方ない、とも思う」
「ぼくのことはいい! やることないからって兵士を順番にボコボコにしていたエイトには言われたくない。ぼくは知っているんだぞ、『サザンビークの常備戦力を脅かしているのはエイト殿下』、『戦時中でもないのに常にたくさんの負傷兵がいる』、『サザンビークに攻め込むならば、エイト殿下に先に倒してもらおう』って」
「酷いブラックジョーク……言われてみればベッドの住民にしていれば、そうなるか」
「気づいてなかったのかよ!」
「それなら回復呪文かけてあげたのに……」
「負傷という理由で休ませてもくれないのかよ」
「あ、そうなるのか。困ったものだね。でも向こうから挑んでくることもあったんだよ」
「そりゃエイトに勝てれば『英雄』だからな!」
「将軍も言ってたねそれ」
「都合のいい壁扱いされているんだぞ!」
「そうかい? 名誉じゃないか、まるで物語に出てくる強いドラゴンみたいだ。勝てれば英雄、名誉を得るなんて」
「今のエイトが言うと洒落にならないんだよ……」
「火を吹けるように練習してみようかな、あはは」
すっかり眠気が覚めた様子のチャゴスと僕の会話を聞いているおじ上の、なんと幸せそうなことか。
その理由が在りし日の「エルトリオとクラビウス」に重ねているのだとしても、そうでないとしても、たしかに僕らの存在はおじ上にとって慰めになっていたんだと思う。
それは良かった、でも「それで」良かったわけではないから。
僕は旅立つし、チャゴスも今のように遊び回ってはいられない。
「王者の試練」を終わらせたふたりの人間はようやく大人として認められ、長い長い子ども時代を終わらせたのかもしれなかった。
「さて、そろそろここで油を売っているわけにはいくまい。エイトよ、支度せよ。準備が終わったらわしのところに来るように。明日の朝には国をあげて盛大な見送りをしなくてはな。
そうだ、あの旅人たちは城に部屋を用意させておるので必要があれば会いに行けば良い。『かの親子』も特別に用意した部屋に二人で泊まられるよう手配したのでな」
泊まれる、じゃなくて泊ま「られる」?
トロチャン殿と白馬のミーティアのことだよね。
サザンビーク国王が敬意を払う必要がある身分なのか、道理で。
呪われた姿に関係なく、改まらなければならないと思わせる風格があったわけだ。
「わかりました、おじ上」
「あ、エイト。これまで山ほど溜め込んだお小遣いをちゃんと持っていくんだぞ! お前は全然使ってないんだから命を守るためにちゃんと使えよな」
「チャゴスの言う通りだ。命を守るためならばそれは金銭の正しい使い道だろう」
「はい、出し惜しまずに使わせていただきます」
確かに、僕が「戻らなかったら」サザンビーク国民にとって十八年間の血税が無意味になってしまう。
命を守るために使う……どんな使い道があるのかパッと思いつかないけど、まだ見ぬ旅の途中でなら理解出来るかもしれない。
僕は頷いた。
その日はたくさんの装備品を試着させてもらってはあーでもないこーでもないと周りが言い合うのを聞いたり、新品の剣の試し斬りをさせてもらったり、鎧の上から羽織る外套を急ピッチで縫ってもらったり、トロチャン殿やミーティア、そして三人の「仲間たち」と話し合いをしたり。
僕の人生の中でいちばん充実した日になった。
そして「いちばん充実した日」というのはこれからの日々で、更新されることになるんだろうという素晴らしい予感もあった。
背中にピカピカのゾンビキラーと魔法の盾を装備し、鎧の上から山吹色の外套を着て、兜に赤いバンダナを結んでいて、さらに腰(背中側)に普段の剣(エルトリオの剣 )を差している 重装備な戦士という感じ 剣が二本だけど二刀流ではない 腰のベルトにトーポ用のちっちゃいポーチ(表面にミニ鉄板を縫い付けてある)が付いている
エルトリオの遺品はボロボロになった王子の服やへし折れてしまった兵士の剣だったので、旅立ちを許しても装備はガッツリ整えさせるおじ上 鎧装備でガチャガチャ歩いている甥を見てウムウムしている
50Gと銅の剣だけ持たせて旅立たせる事例とか聞いたら卒倒しそう