王宮の中は噂話が満載だ。
皆表立っては言わないが、ここに居るのが自分たちだけだと勘違いしている口の軽い連中の言葉を盗み聞くのは簡単なこと。
これまでの旅でそれを何度もやってきた。
こっちを見てなんでも素直に話してくれるおしゃべりな連中ばっかりじゃないからな。
ま、それも当然か。
山賊崩れの人相の悪いおっさんにナイスバディな若いお嬢さん、そして騎士の格好をした色男の俺。
街の外に出れば肌が緑の化け物に美しい白馬が引く馬車がひとつ。
こうして列挙してみても全くなんの集団かもわかりやしねぇ。
ドルマゲスよろしく、怪しい大道芸人と名乗るにしてもなお不審だ。
簡単に意味不明な連中を信頼してもらえる程世の中は甘くないってことだな。
しかも一番警戒されるヤンガスなんてトロデ王に一宿一飯の恩があるとかでこれまでしぶしぶ従ってきたが、そろそろ本格的に気が逸れてきたっていうか。
とはいえ、山賊に戻る気もないので惰性でここまで来たようなもの。
少しでも警戒されないよう愛想良くしようとするメッキが剥がれてきたっていうか。
ま、ヤンガスの愛想が良くてもそれはそれで恐喝と勘違いされるけどな。
あれは面倒だった。
この俺が天使のように微笑みかけて、愛想笑いのゼシカと一緒になだめすかしてやっと開放されたんだからな。
ゼシカや俺がパーティに加入したのはトロデ王にとっては運がよかったのかもな。
自分から山賊を辞めようとしたくらいにはなんだかんだ人情を捨てきれないヤンガスは、そこそこ一緒に過ごしてきた自分より若い俺たちがたったふたりでドルマゲスに挑めば簡単に殺されちまうことくらいわかっていて、だからこそまだここにいるんだろうよ。
まったく、有難いことで。
「ここだけの話だが。
エイト殿下こそ次期王になるべきだ。チャゴス王子と違って無事に王者の試練を突破なさるはず。人柄もお優しく国民を想ったよい治世をなさるに違いない。勉学も鍛錬も真面目に取り組まれているし、国民にも慕われている。それに亡きエルトリオ様のお子。おふたりとも十八歳になられたというのに、クラビウス陛下が正式に王位継承権の順位の話をなさらないのもお慕いなさっていた兄の子こそ王にふさわしいと考えられているのでは?
そもそも、クラビウス陛下はエルトリオ様が出奔されるまで兄君の補佐をなさるおつもりでいらっしゃった。兄君の子こそ次代の王になるべきと考えられていてもおかしくない」
「あまり憶測で過激なことを言いなさるな。チャゴス王子こそクラビウス陛下の唯一の子であり、であれば王位継承権に正統性があるではないか。エルトリオ様が王兄としてご存命ならまだしも、とうに亡くなられている。
それにエイト殿下はお優しすぎ、そして騙されやすいお方だ。単なる旅人の話に唆されて簡単に単身外に出てしまう。王族として御身を守らなければならない意識が低いのではないか。
その点チャゴス様は御身の大切さについてはよほどしっかり分かっておられる。出かけられる際もおひとりではなく護衛になる存在は用意されている。周囲に要らぬ気苦労を掛けないのも王として大切なことではないか」
「しかし、あのような道楽王子に国を任せるのは不安極まりない。この間も金を握らせた商人の馬車に乗ってベルガラックへギャンブルしに行かれ、陛下に叱られていたではないか。陛下はおふたりともを甘やかされていたがチャゴス王子は特に甘やかされるままに育ってしまった。
向上心もなく日々の鍛錬をサボっておられるチャゴス王子にいくら正統性があろうとも王者の試練を突破できなければ王位はもちろん、妻を迎えることさえ許されないだろう?
あの方は金と権力で全て何とかできると考えているが、民意までは金で買えないことまでは分かっておられない」
「む……確かにエイト殿下にはその点の不安はないな。とはいえ、食事を忘れるほど鍛錬にのめり込まれる姿は単に『ワガママ』の方向性が違うだけなのではないか?
聞いたことがあるだろう? 兵の管理担当役人がエイト殿下に毎日のように備品を壊されて頭を抱えているという話を。エイト殿下はお優しく真面目だが真面目ゆえに陛下にお叱りを受けたことがない。想像力が足りないのだ。
なんにせよ陛下さえ明言なさらないことを吹聴するのは危険なことだ。特におふたりの仲は良いのだから発言には気をつけよ」
「たしかに。真面目と不真面目、性格は真反対だが、従兄弟同士共に育ち、実の兄弟のように気が合うのだろうな」
「おふたりとも他に対等な存在がおらず、母親のように叱ってくれる存在もおられなかった。故にこそだろう」
「それにしてもチャゴス王子は王者の試練を突破できるのか……この前もトカゲ一匹に大騒ぎされて……なんと情けない。このままでは議論の余地なくエイト殿下を選ぶしかない。亡くなられたお妃様のご実家がこれでは何と言うか……」
「父君の正統性は疑いようがなくとも、エイト殿下の母君の出自が分からないというのもやはり困ったものですな……」
物陰で国お抱えの学者どもの話を聞いていると、この国の複雑な事情ってもんがわかった気がするな。
闇の遺跡の結界を払うべく魔法の鏡を求めてはるばるやってきたサザンビーク。
そこには馬姫様の許嫁の王子がいるという話まではトロデ王に聞いていたもんで、馬になっていることがバレでもすれば婚約に差し障りかねないのでトロデーンの現状を話すなと口止めされていたってわけだが。
まあバカ正直に言ったところで荒唐無稽すぎ、信じてもらえるとは思えねぇしあんまり真剣に聞いちゃいないけどよ。
ともあれ、突然やってきた素性の知れない旅人が国宝を寄越せなんて言って聞き入れられるはずもないことは子どもにでもわかる話だ。
もちろん金で買い取るってのも土台無理な話。
それが分かっているからいきなり乗り込んで素直に話した挙句、不敬罪でつまみ出されるリスクを犯すよりも先に情報収集から入っている訳だが……。
「チャゴス王子と、王兄の息子であるエイト殿下が王位継承権の権力争いをしている……のか? どっちか味方に引き入れられて恩を売りつけられたらなんとかならないか」
「でも従兄弟同士仲がいいって話でしょ? 相手を蹴落としたいものかしら」
「そこは公私を分けて考えている……とか。どんなに仲が良くたって王様はふたりにはならないだろ。サザンビークつったら大国だ。その王位争いがそんなにのんびりしているもんかねぇ」
「お偉いさんの考えることはちぃとも分からねぇや。そのなんちゃらの試練を先に終わらせた方が次の王様でいいんじゃねぇかと俺は思うがね。
ま、ククールの言う通りそのふたりに恩を売りつけるってのは悪くない考えなんじゃ? お偉いさんってのは案外窮屈でなにか欲しいものがあるかもしんねえ。
そういう時、『行きずりの旅人』の方が案外もしかすると、もしかするかもしんねぇ」
「じゃ、決まりか。とりあえず王子でも殿下でもいいから接触しなきゃ話にならねぇな」
「魔法の鏡がなきゃドルマゲスを追い詰められないもの。せっかく居場所が分かっているのに……ここまで来たんだからなんとかしましょ」
ゼシカがそう言って、俺たちが頷いた時だった。
「あ、作戦会議は終わり? 旅の方、僕をお探しかな?」
「ゲッ、あんちゃんいつの間に!」
物陰に隠れて学者どもの話を聞くのに夢中で後ろにまで気を使っていなかった。
声の方向に振り返るとそこには緑を基調にした上等な衣装を着た細身の青年……つまりチャゴス王子かエイト殿下のどちらか……が立っていた。
表面上はにこやか。
人好きのする笑顔に穏やかな物腰。
片手剣を背中に装備している。
だが護衛を連れるでもなくひとりだった。
貴族らしい綺麗な衣装に手袋までして、羽のついた帽子をかぶっている姿はそこらの人間がすればキマりすぎて妙ちきりんだろうが違和感なく着こなしているさまからして流石に本物か。
ひとつだけ異質なのは……胸元のポケットからトサカのような毛が生えた小さなネズミが顔を出してこちらを見ていることだ。
なぜ、お偉いさんがネズミを連れている?
疑問に思ったが、正直なところ優男と小動物という組み合わせを見ても「なんでネズミを?」と思うくらいなもので異様だとは思わせない。
不思議なものだ。
気まずく黙り込む俺たちに彼は優しげに笑いかける。
黒い目を子どものようにキラキラと輝かせ、俺たちの顔を順繰りに見て笑みを深める。
「旅の方々、ようこそ我らのサザンビークへ。
僕は噂のエイト。従兄弟のチャゴスより甘っちょろくてすぐに騙されちゃうらしいから、旅の面白い話なんて聞いたらイチコロだと思うよ。さ、面白い話をしてくれるかな? 魔法の鏡が欲しいんでしょ? 事情を聞いたら何とかしてあげたくなるかもね」
「……言われていた通りに甘っちょろくは見えないな。大方、あの学者どもにそう勘違いさせてるんだろ、殿下?」
「そうかな。僕は自分でも厳しい環境を知らない甘い人間だと思ってるよ。だからこそ外の人たちの話を聞くのが好きだし、だからこそ何とかしてあげたいなと思ってすすんで『騙される』。
さ、僕に詳しい話を聞かせてよ。そうだ、座ってゆっくり話せる場所を案内しよう。もちろんほかの耳がないように取り計らってる。信じるかどうかは君たち次第、だけどね?」
そう言ってエイト殿下は「ゆっくり話せる場所」とやらへ俺たちを案内した。
演技か素なのか、それとも王家の血筋の為せるカリスマ性なのか。
いかにもお人好しそうなその雰囲気になんとなく悪いようにはされない、そんな予感がした。
ただ、不穏なことにエイト殿下からはうっすらと血の匂いがする。
比喩ではなく本当に血の匂いだ。
振る舞いからは分からないが怪我でもしてるのかね、このお方は。
噂話や後継問題はあれどそこまで危険な国だとは思えないが。
エイト殿下は服装に注文をつけてこないのでおじ上がエルトリオの衣装を仕立て直して着せている
毎日兄上が帰ってきたようで嬉しいクラビウス王と
それって「お下がり」じゃないか? と気を利かせて羽飾りをくれたチャゴス
そして礼服含む全ての服にトーポ用のポケットを要求したエイト殿下
以下考察
・そもそも本人の根性が終わっている
・クラビウス王の育児が下手くそで甘やかしてばかり
・母親は早くに亡くなっており、関与できなかった
・周囲の進言がなかったor届かなかったor遅かった
・父親以外に身分が釣り合う相手がおらず、おそらくほぼ全てのわがままが通ってしまった
の複合要因かと思われるので、忖度してくれない同性の同世代がいれば多少改善するのではないか? と考えています。
クラビウス王は次々に身内を失っているわけですから(兄、妻、そして先代王夫妻ももういない)王様としては名君でも、家族に対しては臆病で、甘やかしてしまったんじゃないかと考察しています。
兄のように出ていかれたくないし(わがままを許す)、妻のように儚くなられないように扱い(わがままを許す)、また元々第2王子のため王様になる予定ではなかったので仕事に必死で育児まで手が回らず(わがままを許す)、のエンドレスが予想され、同じように妻を早く失っているトロデ王はおそらくそもそも王位継承権1位の王子だったでしょうから心の余裕の差があったのかなと。
原作時点でトロデ王は50歳、ミーティア姫は18歳、エルトリオは18年前? 19年前? でも主人公(18)くらいの容姿に見えるのでその弟はもっと年下。両国の王の年齢も大きい。
でもまさか仮定で当時兄より一つ年下で17歳+チャゴス多分18歳で35歳クラビウス王には見えないので、エルトリオの死→主人公誕生まではタイムラグがあったと見るべきかもしれない。竜神族なので人間より身篭っている期間が長かったのかもしれない。40そこそこ? それとも老け顔で30代後半であってる? どちらにせよトロデ王より一回りは年下と思われる。
トロデ王の年齢は戦いのきろくの「ヤンガスのアホめはわしのことをおっさんと呼ぶが、50歳はお兄さんじゃろう?」というセリフで分かります。