サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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泉と落胆

魔物を退ける皆様と共に、森の奥へ奥へと進んでいく。

 

細い道をパカパカと歩き、馬車をごとごと揺らしながら進むと、やっぱり白い馬と馬車は目立ってしまってしょっちゅう魔物がこちらに突っ込んできて、その度に恐怖で身がすくみそうになるのをなんとかこらえているの。

だけど、本当は怯える必要はなくて。

ヤンガスさんの斧が、ゼシカさんの炎の呪文が、ククールさんの剣が、そしてエイト様の雷の呪文が魔物を倒してくださって、お父様が私の首元をぽんぽんと撫でて安心させてくれる。

 

だから、ミーティアは心細くないの。

お返しに皆様が疲れてしまったら、ひとりやふたりくらい馬車に乗せられるわ。

荷物も載っているからちょっと狭いかもしれないけど、たまにはお馬さんの私も頼ってくれてもいいの。

……そう、言葉にして伝えられたらどれだけ良かったのでしょう。

 

進んで、進んで、そして遠くに小屋が見えたところでエイト様は一言二言お父様に断ってから呪文を唱えました。

 

「『聖なる光よ、邪魔者を退けよ(トヘロス)』!」

 

白い光が彼の身体を中心に展開され、遠くの方に見えていた魔物たちが逃げていく。

トヘロス、というのは弱い魔物を寄せ付けない便利な呪文で、エイト様はお父様にずっと使うかどうかを打診されていたけれど断られていた。

 

なんでも、大変便利で移動にはもってこいの呪文ではあるけれど、多用するとドルマゲスと戦う際の経験が足りなくなってしまうから、と。

レベルが高い人間が使えば効果が続く限り魔物に襲われず、一見便利で正しく運用すれば良いけれど、それに甘えてずっと使っていてトヘロスが効かなくなってしまったら……「自分より強い」魔物だらけの場所にいきなり放り出されて、苦戦するに違いないし戦うことに慣れていなければ「苦戦」よりももっと酷い目に遭ってしまうから。

 

私が、ドルマゲスと直接会ったのはトロデーン城で呪いをかけられたときだけ。

だから、話にしか聞いていない恐ろしい相手でしかなくて、ドルマゲスがどれほどの強さを持っているのかなんて分からないけれど。

でも、トラペッタのマスター・ライラス……ドルマゲスの師だった人や、ゼシカさんのお兄様、マイエラ修道院のオディロ院長、ベルガラックのギャリングさん……分かっているだけでもこれだけの人を殺した恐ろしい殺人犯。

そんな相手を倒すためにはこちらが強い必要があるのは間違いなくて。

魔物が襲ってくる環境は恐ろしいけれど、それでもお父様の仰ることが正しいのは分かる。

 

頭では分かっていても、トヘロスによって「聖水」を使ったときのような清浄な空気が満ちて、魔物がこの辺りにいないことが分かるとホッとするのだけど。

 

「全員で小屋に入るのも何ですから、見てきましょうか。相手は元宮仕えです。僕の名前を出せば話もスムーズでしょう」

 

「有難い申し出じゃが、四人くらいなら問題ないかと思いますじゃ。わしとミーティアはここで待っておりますゆえ」

 

「それもそうですね。トヘロスの呪文もしばらくはもつでしょうし」

 

彼らが部屋の中に入って扉が閉まると、お父様は()()頭を抱えられました。

 

「クラビウス王も人が悪いお方じゃ。この期に及んでエイト殿下にわしらの正体を伝えてはいないとな。いつ明かしても問題はないとも仰っていたが、旅を共にする以上隠し立てし続けることなどできぬ。ミーティアの名前を知らせてしまった以上、正体に気づけば……エイト殿下を通じてチャゴス王子にこの状況を知られてしまう。もうすでにクラビウス王に知られている以上、婚約に差し障りはないかもしれないとはいえ……ううむ、ここは腹をくくって早々に正体を伝えるべきじゃ。早く申告することこそが信頼関係に繋がるというものじゃ。隠し立てをすればいらぬ疑いに繋がるじゃろうし……。

姫もそう思わんかのう?」

 

「……」

 

「あぁ、すまぬ姫よ。今後、家族になる人間に馬になっているなどと知られたくはないじゃろうに……」

 

堂々巡りで繰り返し。

お父様といえども、早々に結論を出せないご様子で。

 

私は……私は、どうなのでしょう。

自分がどう考えているのか、他人事のようによくわからない。

 

ただ、知られても「お馬さん」にさえ優しい彼なら問題のない、かもしれないし。

同時に、お父様の言うように知られたくないという気持ちももちろんあって。

 

複雑なまま、でもどちらにしても今の私はいななくことしかできないし、せいぜい「嫌がっているような」あるいは「喜んでいるような」そぶりを見せることしかできないので。

すべては周囲にお任せするしかない。

 

しばらくの沈黙ののち、小屋から出てこられた皆様。

 

「あいにくの留守でした。ここから西にある泉にいると同居人のスライムが申しておりましたので、向かいましょう」

 

「なんだって老人がスライムやばくだんいわなんかと住んでいるものかね。相当な変わり者の爺さんが出てくるのを覚悟した方がいいかもな」

 

「ここは随分と人里離れているし、寂しいんじゃない?」

 

「それにしたってモンスターだぜ?」

 

「ここからだと一番近いのは砂漠にある教会が『人里』になるだろうね。北に行くと砂漠があるんだよ。まあ……そこそこ距離があるけどね。老人の足だと全然近くないし、途中から街道もなかった。かといってこんな辺境で人を雇うのも金がかかるし、魔物と仲良くなれるなら悪い選択じゃなかったのかも」

 

「にしてもあまのじゃくなスライムでがしたね、兄貴」

 

「ね。あんなヘンテコな相手は人生で初めて」

 

「確かにヘンテコでがしたねぇ」

 

「ヤンガスが言うか?」

 

「生臭坊主には言われたかねぇや」

 

「違いないわね」

 

西に向かって進みながら、トヘロスのおかげか皆様は談笑しながら進んでいく。

和やかな空気の中、澄み切った水の美しい泉にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

森の奥まった場所に、まるで隠されたように泉があった。

開けているから人の手が入っているらしい。

 

「綺麗な場所だけど、いないわね?」

 

「すれ違ったか?」

 

「森だったし、そうかもね。誰か残って引き返す?」

 

なんて、話し合いながらみんなで泉を覗き込む。

キラキラと輝く水の中をよく見ると、虹色にも見える。

この泉の話は聞いたことないし、隠れた名水ってやつかな?

 

「綺麗だし、そのまま飲めそうだけど……」

 

「兄貴! ここはアッシが毒見しやすよ!」

 

「仮に悪い水だとしても腹に来るまで数時間かかるぞ」

 

「ヤンガスならお腹強そうだし毒味役にはならないんじゃない?」

 

好き勝手な感想を述べていると、後ろから誰かの気配を感じてばっと振り返る。

そこにいたのは、探していたご隠居らしいご老人だった。

長いひげを蓄え目を閉じた小さな老人。

神秘的な雰囲気の人だ。

 

「おや? こんな辺境の地に客人とは珍しい」

 

彼は泉の入り口近くにいたトロチャン殿とミーティアの方を見上げた。

 

「おお、このような場所に高貴な姫君がいらっしゃるとは!」

 

「姫君? 姫だと分かるのか? ご隠居よ、もしやひ……ごほん、()()()()()()()()()彼女の姿が人間に見えているのかっ?」

 

「わしの心眼がうつす彼女の姿は高貴な姫君としか言えない姿に見えるというのに……失礼。本当に馬の毛並みをされておる……」

 

「ミーティアが、人間……? 姫君……?」

 

しんがん、真贋? ……いや、心眼。

心の目。

確かに、彼は(めし)いているのか目を閉じたままなのにまるで見えているかのような言動をしている。

彼の異能が本当なら、「白馬のミーティア」はドルマゲスに魔物にされてしまった人間で、そして高貴な姫君の容姿をしている……そしてトロチャン殿は北大陸なまりの言葉を話す、高い身分の人間で。

 

つまり、つまり、僕はすさまじく察しが悪い上に大きなやらかしをしたという訳だ。

チャゴスの婚約者に対してなんてことを。

 

僕は背中に装備していたおじ上が贈ってくださった剣と腰に差していた父上の剣を外して地面に放り投げるとばっと頭を下げた。

突然の動きにみんながびっくりしているのが伝わってくるけれど、許してほしい。

 

僕は市井の人間ではなく、サザンビーク王室の人間。

いついかなる時でも、たとえそれが旅人に扮している時だとしても無礼な行いなどしてはならない。

僕は必要以上に舐められてはいけないのと同じで、必要以上に偉ぶってなどいけないし、王家の人間として礼節を尽くすべき場面で間違えてもいけない。

人々の規範になるような行動をすべきで、他国の姫君に無礼など絶対にいけないわけだ。

 

……この理論だと、チャゴスのやらかしは自分の婚約者という「未婚の王族女性」に対して嫌がることをしたことになって大変罪深くなるけれど、とりあえずチャゴスを今この場に引きずり出してくることはできないし、僕がチャゴスの分も謝るしかない。

 

「つまり、あなたがたの正体はドルマゲスに呪われてしまったトロデーン国王陛下とミーティア姫、ですか。正体を知らなかったとはいえ、サザンビーク王室の人間のこれまでの非礼な行いを……このエイト、お詫び申し上げます」

 

「い、いやエイト殿下! そもそも正体を隠したのはこちらゆえ、そのように頭を下げてもらう必要はないのですじゃ」

 

「……そうはいいましても、年頃の女性、それも姫君に婚約者でもない僕が気安く頭を撫でるなどの馬扱い。王族の男児としてあってはならない無礼な行いをしてしまいました。チャゴスも馬だと誤認していたとはいえ、罪のない女性に対して鞭を振り上げるなど許していいはずもありません」

 

「馬のように扱われたのはそもそもこちらが正体を隠しておったからですじゃ、チャゴス王子の行いから助けていただいた上に、姫も許したこと! のう姫? チャゴス王子の行いについてはエイト殿下が謝ることではありますまい。それに謝罪はいただきましたとも」

 

ミーティア姫は大きくうなずいてくれたけれど、僕はちょっと気が収まらなかった。

あんなチャゴスの不貞腐れた謝罪で許されるものか。

とはいえ、これ以上押し問答をしても困らせてしまうだけ。

非礼には自分の行いで返していかなければ。

旅に同行させてもらっている立場として、戦闘においてしっかり役目を果たさないと。

気を引き締めつつ、僕はとりあえず頷いて投げ捨てた剣を拾おうとして、……ヤンガスがもう拾ってくれていた。

ありがとう。

 

「もしや、エイト殿下と仰られたかな? おお、ご立派になられて。挨拶が遅れて申し訳ありません。前に会った時はまだ物心もつかないほどのとても小さな坊やでしたな。殿下、この度はどのようなご用件でこちらに?」

 

「先に聞かせてもらいたいのだけど……僕の姿はその『心眼』とやらでどう見えているの?」

 

「はて。立派に身長が伸び、ますますエルトリオ様のようにたくましく、しかしエイト殿下らしく大きくなられたお姿でございますよ」

 

「僕は、前と変わらないように見えているってこと?」

 

「左様。二本の腕、二本の脚、聡明なお顔立ち。そうですとも。と、言うともしや殿下も?」

 

「僕の場合は服で隠しているけれど両腕両足に黒い鱗が生えている。そこにいらっしゃるトロデーン国王陛下は全身緑色の皮膚の姿になられてしまっている。でも、心眼の映す姿は人間なのか。本質までは呪いは変化されていない……?

あ、あぁ失礼。僕の要件はこれじゃないんだった。僕らを呪った『ドルマゲス』という魔術師がうちの国宝『魔法の鏡』の魔力を盗んだ。鏡の魔力を取り戻したくてね。ご隠居の弟子である城の学者が師匠ならわかるだろうと言っていたのだけど」

 

「……ふむ。専門的な話や詳しい事情はまたあとでお伺いするとして。実はそこにある不思議な泉は特別なチカラを持っていましてな。この水を飲めば呪いを解くことができる。先に試してみられてからでもよいのでは?」

 

なんだって。

こんな、サザンビークの国領内に「呪い」を解く鍵があるなんて。

この調子なら案外、僕の旅も早く終わってしまうのかもしれないな。

仇討ちをするふたりはまた話が別だろうけど、ドルマゲスの強力な呪いを解く方法が分かっているなら戦う際にもいきなり馬にされてしまう危険と戦う必要が減る。

 

「なんと! それではわしも姫も元の姿に戻れるのか!」

 

「そうですとも。ゆっくりとここで呪いを解いてから、小屋の方にいらしてくださればまた詳しい話をいたしましょう。では、エイト殿下。あとでお会いしましょう」

 

ご隠居が立ち去って、トロチャン殿……いや、トロデ王がミーティア姫を馬車から外して、泉の水を飲むように促した。

姫はなぜか逡巡したけれど、父君の期待に満ちた目に押されるようにして泉に口を付けた。

 

途端、姫の身体がまぶしく光り輝く。

白い光はどんどん増していき、目が開けないほどの強い光が満ちて……。

 

光が収まると現れたのは長く美しい黒髪を持つ、可憐な姫君だった。

ぱっちりとした緑の瞳は馬の姿と同じ。

白い肌、華奢な腕、ドレスを着た麗しの姫。

 

こんな美しい人が馬にされてしまい、本来しないでいい苦労をしていたのか。

姫君が両手両足を地につけて馬車を曳くなんて絶対にあってはならない苦労じゃないか。

魔物に怯え、動物扱いされ、言葉もきっと話せないでいて……そんな。

 

そんな苦労を。

なんてことだ。

許される行いではないぞ、ドルマゲス!

 

強い怒りを感じたけれど、僕は感情をぐっと押し込んで微笑みを浮かべた。

今は、怒りの似合わない和やかな空気が満ちているのだから。

 

「お、お父様! ミーティアは、ミーティアは、元の姿に戻りましたのよ!」

 

「……!」

 

「お父様? あぁ、実は私は元に戻っていないの?」

 

「戻っておる! 感動のあまり、つい言葉が詰まってしまったのじゃ。おお、姫!」

 

トロデ王は感極まったご様子で娘と抱き合っていて……これまでの旅を見ていた三人の仲間たちは少しもらい泣きをしそうな雰囲気だ。

 

水を差すのもなんだから、僕はそろそろと下がり少し離れて、彼らを見守ることにした。

ここは清浄で不思議な空気が満ちていて魔物の気配はないからきっと安全だろうけど、警戒するに越したことはないという言い訳を持って。

僕も泉の水を飲ませてもらおうかなと思うけど、後ででも全然いいし。

 

いやぁ、思いがけない収穫だったな。

この件はおじ上に報告するとして、それはそれとしてこの閑静な泉に沢山の人が押し寄せるようなことがないようにしないと。

 

ひとしきり感動を分かち合った後、どうやらトロデ王も水を飲もうとされている様子。

僕も飲ませてもらおうかな?

「鱗」がなくなったら旅をする理由がなくなってしまうけれど、ドルマゲスがうちの国宝に手を出したことにはかわりないからドルマゲスを倒すまで同行するつもりだし。

 

僕が泉に向かって歩き出した時のことだった。

 

「あら……きゃあ!」

 

呪いが解ける時と同じ、眩しい光がミーティア姫の身体から発せられる。

光がおさまって、顔を向けるとそこには白馬の姿でうつむく彼女の姿が……。

 

「元に戻ってしまった……?」

 

「そんな……」

 

ドルマゲスの呪いはそれほどまでに強力ということ?

あぁ、そんな。

悲しむ彼女を必死で慰めるトロデ王の姿が痛ましい。

 

しかし、そこは一国の王。

すぐにこちらに気づかれた。

 

「結局、わしらはドルマゲスと戦うことはどうあっても避けられないというわけじゃな……」

 

「トロデーン国王陛下。泉の水は飲まれないのですか?」

 

「わしは良いのですじゃ。結局戻ってしまうだけならば、打倒ドルマゲスの覚悟として飲まないでいようと思いますじゃ。しかし、確かエイト殿下が呪われた経緯はわしらと状況が違っておりましたな? 直接ドルマゲスと対峙したことはないとか」

 

「眠っている間に起きたことならばわかりませんが、ええ。僕が知らない気配に起きなかったとは考えにくいので」

 

「であれば、わしらより呪いが軽度で解けるかもしれませんな。ささ、わしは良いので」

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

みんなに見守られながら、僕は泉の水を手のひらですくって飲んだ。

ガントレットを外し、黒い鱗に覆われてしまった手で。

 

飲み込んだ水は澄みきった美味しい水で……呪いを解く以外にも効能があるのか身体がふっと楽になり、魔力がすっかり満たされたのを感じる。

だけど、僕の身体はミーティア姫のように輝くことはなかった。

 

鱗が消えることもない。

だからといって気持ち悪いとかではないのだけど……。

 

「なにか、変わった? もしかして、()()()()()()()()()

 

鱗で覆われた手を見つめながら、冗談めかして呟いたけれど。

むなしい。

 

もちろん、この気持ちは馬に戻されてしまったミーティア姫ほどではないだろうけど。

 

「あ、トーポ……」

 

いつの間にか肩まで登ってきていたトーポがぴょんと僕の手に飛び乗ってきたので、僕はやるせなく小さな家族に……小さな子どもの時のように頬ずりした。

 

「僕、元の姿に戻れないみたいだね、トーポ」

 

思いのほかショックだったらしく、そんな僕の声は震えていた。




エイト殿下はこれまで誰からも呪われたことがない
近衛兵エイトは竜神王から記憶封印の呪いを受けていて(だからほかの呪いが上書きできずに呪い無効になっている)、今作のエイト殿下はそもそも記憶の封印から逃れている
もっと言うなら、八歳まで竜神族の里で育ったと思われる近衛兵エイトと、0歳で人間の世界に連れ出されたエイト殿下という違い
原作より八年分の記憶が多いが、原作からして特別幼い印象はないので精神年齢は変わらない 八歳以前がふんわりなのは誰でもそう。もちろん普通の人間にはふんわりとはいえ記憶があるけれども、その差が精神年齢の差を産むことはなかったということに 
多分竜神王の記憶封印は意味記憶の封印であって歩いたり呼吸したりは封印していないし、それまでの記憶に基づく性格をリセットした訳でもなさそう
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