私に掛けられた呪いは解けきらずにすぐに戻ってしまい、エイト様に掛けられた呪いにいたっては解ける様子すらなく。
かなり落ち込んだ様子のエイト様に皆様もかける言葉が見つからないのか、しばらく物悲しい沈黙がそこにあって。
私はいえば、もう一度泉の水を飲めば少しの間だけでもまた元に戻れるかしら、ならエイト様に言いたいことがいくつもあるのだから言葉を選ばなければと一生懸命言葉を選んでいた。
だって。
呪いが解けないということは、もう変えられない事実だから。
嘆いたって何も変わらないのは嫌というほど理解しているの。
私はもう、落胆することも絶望することも慣れてしまった。
もちろん、ぬか喜びして悲しい気持ちにはなったけれど、俯きながら前に進むのはここ最近ずっとだから今更。
ぬか喜びなんてしている暇なんてないの。
悲しんでいる時間があったら一歩でも前に進まなくちゃいけないって嫌というほど学んだわ。
少しでも、なにか意味のあることをしましょう。
少しでも、心に従ったように行動しましょう。
後悔先に立たず、もしドルマゲスの気が変わってしまえば「呪い」では済まされずに今度は殺されてしまうかもしれないの。
「さて、……行きますかのぅ、エイト殿下」
「はい。行きましょう。今は前に進まなくてはなりませんね」
お父様に声をかけられてパッと振り返ったエイト殿下は手に乗せていた可愛らしいお友達を腰に着けたポーチに戻されると、すぐに防具をつけて両手を隠してしまわれた。
私たちと同じように「呪われている」エイト殿下の両手は艶やかな真っ黒な鱗でおおわれていて……初めて見るそれは自分のことを棚上げ気味に……きっとお城で隠し通すのは大変だったでしょうね、と思わせるもの。
サザンビークでは他に呪われた方も、ドルマゲスに狙われて命を落としてしまった方もいないと聞いていたから……ご自身に起きた変化はそれはそれは恐ろしく、理解不能で、そして孤独でいらっしゃったはず。
私の時は呪われたときお父様も一緒で、お城の人たちは茨の呪いをかけられてしまって、これが「呪い」だというのは一目瞭然だったのだし。
事実、お父様が目にした「告白劇」でエイト殿下はおじであるサザンビーク国王陛下に向かってそれはそれはすごい剣幕で、胸の内に秘めていた痛切な思いを話されていたと聞かせていただいたので。
それは「元に戻りたい」というお気持ちが強い証拠でしょう。
それにしても、呪われてしまってからうっかり鱗を見られないようお世話係を振り切り、食事の場でもどうにかして誤魔化し、きっと
どれほど心細かったのでしょう。
私には、私にはまだ同じ境遇のお父様がいるのに。
たったひとりで訳も分からず。
ああ、ドルマゲスは一体どうして私たちを呪ったのでしょう。
どうして、行く先々で殺しを犯していくのでしょう。
あの愉快犯は憎しみと呪いを振りまき、そこに規則性は見えなくて。
悲しい悲しいと口では言いながら、その悲しみを広げているのは自分だというのに。
私はそこで決心するとお父様が手綱をそっと引くのを抑えて、泉のそばにいるエイト様の方をじっと見ました。
「ん? ミーティア、どうしたのじゃ」
「姫、もしかしてもう一度呪いを解きたいのですか?」
「おお、ミーティア。もちろん気が済むまでここにいよう。言いたいことがたくさんあるじゃろう」
良かった、伝わった。
ホッとしながら泉の水を飲む。
頑張ってたくさん飲めば少しでも効果が長くなるかしら? と思ったのではしたないかもしれないけれどごくごくと。
いいの、どうせ泉に直接口をつけて飲むなんて「姫」がやることではないのだからこれくらい小さなこと。
お腹がいっぱいになるまで飲めば一日くらい呪いが解けたらいいのに。
泉の水の効果はてきめんで、すぐに先ほどと同じように身体が光り輝き、呪いが解けて私は人間の姿に戻った。
「エイト様」
「ミーティア姫。貴重な時間のお話相手に僕を選んでくださるのですか?」
「えぇ。私、言いたいことが山のようにあるもの。
この前は助けてくださって、ありがとうございました。先ほどはトヘロスの呪文もありがとうございました。お陰でお外にいても心から安心できました。
それから。私はお馬さん扱いをされたこと、少しも怒っていないので気負わないで。だって私は本当に白いお馬さんだったもの! 呪いがかかっていると私は喋れないし戦えないけど、この旅の仲間なの。ただミーティアと呼んでくださる? 改まらないで、どうか皆様と同じようにひとりの仲間として接して」
エイト様はぱっと目を見開くとすぐに微笑んでくれた。
「分かったよ、ミーティア。キミも『様』なんてつけないで『エイト』と気安く呼んでくれる?」
「えぇ、もちろん……」
さっきはひとくちしか泉の水を飲まなかったせいかすぐに戻ってしまったけれど、今回はたくさん水を飲んだおかげかまだもう少しは大丈夫だとなんとなくわかる。
でも、急がないと。
きっとこの奇跡は長くは続かない。
私に許されたひと時の夢のような時間なのだから。
焦るとなかなか言葉が出てこなくて、私は思わずエイト様……エイトの手を取った。
防具越しとはいえ、いきなり手を握られたせいかエイトはびっくりしてしまって、ぴたっと固まってしまわれる。
そして、私の顔を見たまま、だんだん耳が真っ赤に染まっていって……。
「王者の試練」の護衛のために外に出られた時、あんなに清々しい笑顔を見せてくれたのだもの。
きっとお城の外にも慣れてないし、外国の知らない人間にも慣れていらっしゃらないのね。
少し、わかるわ。
トロデーンはサザンビークと違って城の中に「すべて」がある構造だから城にいながらにして「街の人間」にも会うのだけどエイト様はそうではなかったのよね。
小さい頃の私はこっそりと、よくお城の近くの森に行って遊んでは兵士の皆さんに見つけ出されて、お父様に怒られたことがあるけれど……エイトはそうじゃなかったのだと思うの。
少しだけ見たサザンビークの城壁はとても高くて、外とは隔たりがあって。
お母様を私よりもうんと早く亡くしたチャゴス王子と、ご両親共に赤ちゃんの時に失っているエイトは私のように「お転婆に森で遊ぶ」なんてできなかったはずだわ。
「皆様に伝えてくださる? ミーティアは戦えないし、喋ることもできないけれど馬車を曳くことはできるわ。疲れたら馬車に乗ってもいいのよ、少しでも楽に過ごしてほしいの。皆様の呪いを解くまでの間、私はお馬さんでいた方がいいって思ってるわ。人の姿だと皆様のように戦うことも出来ない、お父様のように適切なアドバイスだってできない。でもね、お馬さんの姿ならこんな私でもお役に立てるのよ。
だから、ミーティアは頑張ります。皆様と同じように、仲間なんですもの。
だけど、たまには……この泉に連れてきて……お話させてね、エイト」
私の身体から強い光が漏れる。
清浄な泉のチカラが尽きてしまって、私の身体を蝕む呪いの方が強くなって。
「エイト。嬉しかったの、私がお馬さんでも、ミーティア姫だと知らなくても、優しく尊重してくれたから……」
気づくと私の姿はいつものお馬さんになっていて。
なのに、普段陰鬱な気持ちでいっぱいな心はとっても穏やかだった。
私の前に立っているエイトは人の姿でもお馬さんの姿でも変わらないあたたかな眼差しで見てくれるから。
◇
泉を後にしてご隠居に家に引き返すべく、連れ立って少し歩きながら。
さっきまでなんという気もなしに「ミーティア」の横を歩いていたのに、今は同じ状況でも少しも落ち着かない。
思えば、散々おじ上が僕に「ヒント」を出してくれていたっていうのに気づかない自分の鈍さに腹が立つ。
チャゴスの試練中に気づかなかったのはまだしも、恐れ多くもトロデ王を城に呼びつけたあとはいつ気づいたって良かったじゃないか。
だって、トロデ王の言葉がトロデーンのある北大陸のものだって分かっていたんだし、元々は相当地位がある人なんだってことにも気づいていたんだし。
トロデ王がドルマゲスに呪われている人なんだって気づいたなら、そのそばにいる「ミーティア」の正体が人間だってなんで分からないんだ。
人を魔物のような容姿に変えられるなら、人に竜のような鱗を生やせるなら、人を馬にだって出来るって分かってたはずなのに。
あの時、真摯にも嘘をつかないで、姫の名前を明かしてくれたトロデ王はあの時どれだけ肝を冷やしていただろう。
自分の鈍さに後悔の気持ちが止まらないけれど、優しいおふたりは僕のはたらいた失礼をまるで気にしている様子はない。
こっちがいつまでも引きずっている様子だとそれはそれで気を遣わせてしまう、と思う。
それこそ失礼を重ねる行為だし、それで要らない気苦労を掛けるのも申し訳ない。
だから、だからウジウジ考え込んでいないで行動で反省の気持ちを伝えるべき。
分かってるさ。
分かってるけど。
自分の考え込みがちな性分を変えるのは難しい。
難しい、なんてただの言い訳だけどさ。
……あの美しい姫君がよりにもよって馬にされているなんて。
将来チャゴスと結婚して家族の一員になるミーティア姫。
呪いが解けた束の間、僕は率直に人生で出会った中でいちばん綺麗な人だって思ったけれど、それ以上に彼女は高潔だった。
ドルマゲスの呪いで馬に変えられてしまい、本物の馬として過ごし馬車を曳くなんていう「本来しなくていい苦労」をしている、美しいだけではない姫君。
なのに口から出てくるのは恨み言でも嘆きでもなく、「お馬さんの姿ならこんな私でもお役に立てるのよ」という冷静な言葉だった。
そして微笑みまで浮かべて、僕の手を取った呪われし姫君は感謝と激励を伝えてくれた。
客観視して自分が置かれた状況を全部分かっていて……一人娘で大切にされてきた姫君が戦える方が稀だと思うし、長年穏やかに国を治めてきた名君より知識がないのは当たり前のことだし、旅慣れた様子の三人が人間の中で上澄みの体力を持っているだけで比較して恥じることなんてないのだけど。
ミーティアは、心を押し隠し割り切って「お馬さんでいた方がいい」なんて言って、今の自分にできる精一杯を実行している。
これを高潔と言わなくてなんて言うんだ。
正直、これまで「ミーティア姫」は海の向こうの遠い人物だったし、もちろん会ったこともないし、名前と肩書だけ知っている……言うならば「将来の登場人物」だった。
チャゴスの婚約者、美しい姫だと讃えられている、同い年、……そんな「情報」だけが顔も知らない「ミーティア姫」を構成している血の通わない要素であって。
血の通うミーティアと話して、その心に触れて。
僕の中で「登場人物」から「ひとりの人物」になった彼女にどうしても惹かれてしまう、どう考えてもダメだけど。
だってそもそも人の婚約者だし。
……もう着いちゃった。
こんなに頭の中が無茶苦茶になってしまっているのに。
僕は息を大きく吸い込むと、気持ちを切り替えた。
正確には切り替えるよう努めながら、ただ平静を装っただけだけど。
「
おふたりの安全を確保し、さあ、ここからが本題だ。
ご隠居に「魔法の鏡」のチカラを取り戻す方法を教授してもらい、ドルマゲスが潜伏している闇の遺跡の結界を鏡の魔力で破る。
そしてドルマゲスを追い詰め、倒す。
そうすればお二人の呪いも、ゼシカとククールの仇討ちも終わって、きっと僕の呪いも解けるだろう。
おふたりをトロデーンまで無事送り届けて僕の冒険は終わる。
再会はチャゴスの結婚式になるはずで。
僕らはきっと空々しくも初対面のふりをして挨拶し、何事もなかったかのように若いふたりの門出を祝う。
きっとおじ上とトロデ王が描いた正しいストーリーの通りに。
公表する前に「なかったことにする」。
それを成功させなくちゃいけない。
そして、そして、おのおのが穏やかな日常に戻っていく。
少し成長した僕たちは「正しい」将来に向かう。
それがみんなの望みで、それが最も叶うべき穏やかな未来。
……だから、ミーティア姫にすっかり見惚れてしまったなんてことはなかったし、彼女の微笑みが頭から離れないのもただの気の迷い。
あーあ、チャゴスが羨ましいな。
先代王の約束は、当然王子であるチャゴスが叶える。
そこに不満はない、当たり前のことだもの。
だけどさ、それぐらいは思ったっていいでしょう?
だってこんなに一生懸命で、素敵な人なんだから。
真っ当な倫理観を持ち父親の駆け落ちの結果残された家族がどうなったかを見ているので絶対に父の二の舞はやらないが、それはそれとしてミーティア姫は運命の人でもあるやつ