◇
ふと気づくと、僕は丸まって眠っていたようだった。
あたたかい。
暗い。
ぼやけている。
僕の輪郭はすっかり溶けて、存在が曖昧になっている。
だけどここは安全だ。
理由も分からずにそう確信している。
『あの人が死んでしまったなんて、嘘よ!』
誰かの嘆きの声が聞こえる。
僕の目は見えなくて。
ただ、温かな何かに包まれたまま
『嘘、嘘よ。あの人が死んでしまったなんて嘘よ。
だってあの人は強いの、■になった私だって負けちゃうくらい強いんだから! また一緒に空を飛ぼうって約束したわ、また私の背に乗せてあげるの。空に魔物が出たらあの人が倒してくれるのよ。私たちが一緒にいればどこまでだって行けるのに、もう私たちの邪魔をしないでお父様……』
なぜか、悲痛な彼女の声を聞いていると僕まで悲しくなってくる。
泣かないで、どうしたの、どうか笑って。
僕は手を伸ばそうとしたけれどうまくいかなかった。
それどころか、だんだんと意識が弱まっていく。
ちっとも眠くなんてないのに、ただただ闇の中に引き込まれていくように意識が遠のいていく。
僕は焦って藻掻いた。
藻掻いて、藻掻いて、泣いている彼女にどうにかして僕の存在を伝えようとした。
僕はどうしてかそう思ったし、それが真実だと直感していた。
僕は、名前も知らないこのひとのことが大好きだった。
泣かないでほしかった、どうか悲しまないで、僕がいるって知って笑ってよ。
ねぇ、■■、僕に会えたら喜んでくれる?
どうして?
どうして、心底そんな風に思えるのだろう。
どうしてだろう。
でも、僕はこのひとに悲しんでほしくなかった。
だって、だって、このひとは僕の■■なんだから僕が彼女を大好きなのは当たり前だし、彼女が僕を大好きなのだって当然のことでしょう。
……■■って、なんだろう。
僕は■■を知らないはずなのに、今の僕は■■を当然のように知っているような不思議な感覚。
『……あ、』
藻掻いたお陰か、僕に気づいてくれたみたいだ!
あたたかで優しい手が、なにかを隔てた向こう側からそっと僕を撫でてくれるのが分かった。
嬉しい、嬉しい、嬉しい!
ねぇ、どうか、どうか笑って。
僕は深く深く落ちていく意識をなんとか搔き集めながら願った。
このひとが笑ってくれますようにって。
◇
『諦めるなんて絶対に嫌! 私はせめてこの子を産むの。この子はあの人が生きた証明なのよ! 嫌なことばっかり言うなら私はここを出ていくわ! リオのいたあっちの世界でこの子を産んであげた方がずっといいに違いないもの!』
『止めないでお父様! もう、私たちのことを止めないで……』
■■が怒っている。
■■が嫌がっている。
感情が一方的に流れ込んでくるような不思議な感覚。
僕のことを優しく撫でながら、何かに怒っている。
どうしたの、また何か嫌なことがあったの?
僕がやっつけてあげる。
■■のために、僕が戦うなんてわけないよ。
ねぇ言ってみて。
僕は強い子だから、きっと倒してみせるから。
『お父様や■■■様が何を言っても無駄なんだからね! 私はこの子が生まれたらこんなところ出ていってやる!』
■■がどんどんと歩いて、僕はそのずんずんと動くのを全身で感じながら、喋れもしないし触れることもできないのに、なんとか■■を慰められないかを考えていた。
■■が悲しいと僕も悲しい。
■■の悲しみが伝わってきて、胸がきゅうっと締め付けられているみたいだ。
『エイト。かわいい私のエイト……早く会いたい。あの人に似ているかしら。似てるといいな……』
泣かないで、■■。
『小さな服を用意してあげなくちゃ。おもちゃも何が好きだろう……人間の赤ちゃんと■■■の赤ちゃん、どっちに合わせてあげるべき? ふふ、エイトのことまだまだ考えることがあるんだもの。■■■■は頑張るからね。
そうだわ、エルトリオには仲のいい弟さんがいるって聞いたの。結婚したら紹介してくれるって話だったのよ。結婚して、私を連れてお城に戻るんだって。一緒にお城に行く日に私はここに連れて帰られちゃったけど……いつかおじさんに一緒に会いに行こうね、エイト』
震える声だけど、明るい話をしてくれている。
僕も応えないと。
笑ってあげて、大好きだって言いたいんだ。
不安がっている■■に、僕は笑いかけるよ。
『エイト。エイトは強い子になるのよ。七■
■■。
僕、戦うことしか得意じゃないけど、それで■■の願いを叶えられているなら嬉しいな。
だけど相変わらず前も見えないし、まともに手も伸ばせない。
一生懸命身体を動かせば■■が笑っているような、そんな気がした。
だから頑張って僕は動いて、僕がここにいるってことを伝えると■■の心が穏やかになっていくのを感じていた。
■■、僕のことを愛してくれているんだよね。
僕は■■のことが大好きだよ、おんなじ心だね。
心があたたかくなる。
そして、僕の意識はまた暗闇に吸い込まれていく。
◇
「エイト」
伸ばした手は弱々しく、だけど母の愛は、最後の矜持で確かに我が子を腕に抱いている。
悲しくて、悲しくて、■■はどんどん弱っていってしまっていた。
身体が弱っているのに、その心は強いまま。
「エイト……強い子になって。誰にも負けない、強い■に……」
弱まっていく息吹、愛の祈りはそこでとうとう尽きてしまって。
そうだ、僕はここで失ったのか。
生まれてすぐに僕は■■……母上を失い、そして祖父の愛は僕をおじ上の元へ届けた。
僕はこれまで母上の夢、産まれるまでの追体験を見ていたんだ。
母上が僕を愛してくれた少しの間……つまり、僕が生まれてすぐまでのほんの少しの時間。
わずかに重なっていた僕らの命の時間……。
母上は僕を愛していたし、父上のことも愛していた。
それを追体験している。
僕は火が付いたように泣いていた。
赤ん坊の僕が泣いていて、大人の僕の心も泣いていた。
いかないで。
一緒に行こうよ。
僕が人生で見てきたあらゆるものを母上と共有したかった。
今なら、生まれた今なら伸ばした手は届くはずなのに、そのむくろは冷たくなっていく。
誰かの手が伸びてきて僕を母上の胸から取り上げたのが分かった。
いやだ、いやだ、僕はここにいたいのに。
意識が急に遠のいてすべてが黒に塗りつぶされていく。
気づくと僕の身体は母上の前にはいなくて。
全く違う場所にいた。
視界はすっかりぼやけていたけれど、ここがどこかは分かった。
だって見慣れているもの。
サザンビークのお城の中だ。
「兄上……あぁ、リオ兄様……」
これはおじ上の声だ。
おじ上も、泣いている。
きっとこの場面は祖父に僕を託されてすぐのことなんだろう。
敬愛する兄を失って泣いている。
そんな時に僕に面影を見つけて、余計に泣いていらっしゃるんだ。
僕は母上に愛されていた。
そして僕は、記憶にない母上を愛していた……。
さぁ、目覚めないと。
過去の追体験はもう終わり。
起きよう。
母上……ウィニアの愛を胸にして。
この優しい夢を、誰が見せてくれたのだろう?
まさか胎児の記憶を大人の僕が鮮明に覚えているはずなんてないし、誰かが教えてくれたのだと思うのだけど。
小さな疑問の答えはどこにもなかった。
◇
一行がエイトを連れて立ち去ったあと。
砂漠にたたずむ竜の遺骨の目が赤く光った。
骸は当然生きていなかったが、その魂は健在だった。
ーーあんれまぁ、竜の気配がするものじゃから無理くり呼び寄せて記憶を掘り返してみれば、母を失った
ーーしかも人混じりの雛ではないか。ひとりで“羽化”もできない不完全な幼子よ。
ーー本当にあんな子どもを宿敵にけしかけるのか? 誇り高き我ら竜が、子どもをけしかけるのか?
ーーしかし亡者の嘆きよりは生きている幼子の泣き声の方がまだしも強いじゃろうて。もしかすると、異界に引き篭った同胞よりは役に立つやもしれんからのぅ。
ーー幼子ながら今の状態でも戦えることには違いない。雷には親しんでいるものの暗黒神を討つチカラがあるとは思えぬが、幼子というのは目を離した隙に大きく逞しくなるものよ。
ーーおや、もう情がうつってばばあ気取りか? そう言うのならば助言のひとつくらい授けてやれば良いものを。
ーーじじいよ、母の夢を見て泣く幼子に必要なものは睡眠と決まっておるじゃろう。あの子はまたここに来るよ、必ずな。あっという間に見違えてここに再訪するのよ。それを待ち遠しく思おうではないか、ええ?
砂漠に佇む竜の遺骨……その周囲を浮遊する古竜の魂……古代、この地で暗黒神に敗れ、無念のまま散っていった竜神族の魂たちは好き勝手に言い合っている。
彼らの子孫は仲間の仇を討つのではなく、生き延びることを選んだ。
暗黒神に敗北を認め、地上を捨て、人間を支配する覇者としての道よりも種族として生き残ることを選んだのだ。
果てなる異世界にて、同胞たちが細々と生き延びていることを彼らは知っていた。
亡者たちは異界に行ってまで責めはしない。
とはいえ、宿敵を討たんとする同胞がいるのならば歓迎し、見極めてやろうと思っていた。
ーー呼び寄せて来たのは年老いた竜にその血を引く子……さしずめ遅くに出来た大事な孫息子か。可愛くて仕方ないのじゃろうなぁ、あんな畜生に姿を変えてまで寄り添っておる。よくやるものよ。一体何年やっておるのだ?
ーーあの幼子が人間の形で成人するまでよ。長らく地上は平和だった。人間の七賢者と神鳥が為した結果よ。その証拠と思えば悪くはないことかと思わんかね。
ーーあぁ、そうか。つい瞬きの間までにっくきラプソーンも眠りこけていたものな……。
ーーふふふ、死体のようにただ眠っていたのは我らもではないか。
ーーように、ではなく正真正銘、我らは死んでおるではないか。とっくにな。
ーーはは、冗談に決まっておるじゃろうが……。所詮は死者、我らに為せることなどありはしないさ。せいぜい、少し導くばかり。
竜たちは笑いながら、遠ざかっていく子孫を見送っていた。
はてさて、かつてなら有り得なかった竜神族と人間の混血の結果。
エイトは異種族の間に産まれたものの奇跡的に健全に育っていたし、ドルマゲス……つまり暗黒神ラプソーンという「血に刻まれた宿敵」が接近するまで竜の血は静かに眠りについていた。
もし、本能まで強力に記憶が封印されているならその血は彼の人間の寿命が尽きるまで眠りについていたはずだったが。
エイトの記憶は封じられておらず、つまるところ本人の意思と関係なく彼に流れる「特別な血」は無言のままに彼に使命を与えていた。
かつて我らを屠った、憎き宿敵たる暗黒神。
奴を滅ぼせ。
強き竜よ。
数奇なもので、半身に竜殺しの王族の血を引くエイトはいまや、もう半分の竜の血に突き動かされている。
◇
目を開けると、視界に飛び込んできたのは涙と鼻水でべちょべちょになったヤンガスの顔だった。
「あ、あ、兄貴ィ〜!! 兄貴が目を開けられたでげすよ!!」
「え、……な、泣いてる」
「起きたか。体調は?」
「ごめん、なにがなんだかわからないのだけどまた迷惑をかけたみたいだね。
えっと……問題な……いわけじゃないね。何、この手。見ての通りだけど右手の鱗が……青く光ってる? しかも鱗がごつくなってるし。動きは問題ないけど……こうなってくると手の甲の感覚がほとんどないな。手のひらは普通だけど、手の甲側の鱗が分厚すぎるのかな……」
自分の腕の変化も気になるけど、ヤンガスが目の前で膝をついて男泣きに泣いているのも気になるよ。
なにこれ。
一瞬びっくりしたけれどすぐに記憶がよみがえってきて情に厚いヤンガスなら泣きもするだろうと納得した。
深夜、誰かに操られたみたいに砂漠の竜の骨まで歩いて行って……そこで正気を取り戻したけれどまた意識を失ったのを覚えている。
それから見た、優しい夢も、覚えている。
隠者の夢は僕がここに来れば母上の夢を見れるってことを教えたかったのかな。
それとも。
この、「竜化」が進行した右腕を得るために行かせたの?
分からない、けれど。
分かっていることもある。
きっと今の僕なら、やろうと思えば「竜」そのものになってしまうこともできるのだろうって。
右腕のチカラを「抜き放てば」。
きっと。
僕はこの鱗を全身にまとった黒い竜に成り果てるに違いない。
そして「納めれば」元の人間に戻れるとも確信していた。
あの夢を見たから、かな。
僕の中の何かが成長したのか目覚めたのか。
原理は分からないけれどね。
とはいえ今すぐに試してみようなんて思わない。
もしかしたらもう戻れないかもしれないし。
でも、ドルマゲスと戦う時の切り札くらいにはなるよね、きっと。
「その、エイト。腕、光ってる……けど……」
「そうだね。参ったな、目立つのは嫌なんだよね。あ、でも服の下の腕が貫通して光っているわけではないね。防具や手袋を付けたら見えなくなるか。それなら今までと変わらないね」
「おいおい、それでいいのかよ……」
「ドルマゲスを倒すってことは変わりないし、また今日みたいにふらふらっとどこかに行くようなことがなければきっと大丈夫さ。
それに……不思議な泉の隠者が僕をここに導いてくれたこと、感謝してるんだ」
僕は両親を知らない。
だから、今後に待ち受けるものに立ち向かうためにも勇気を出すために見せてくれたのかなあ?
完全に生まれる前に死んでしまった父上の夢は見せられないけれど、母上の夢ならなんとかなった、とか……。
「さっき。竜の骨に触れてから僕は産まれるまでの夢……母上の夢を見ていたんだ。なんで砂漠の真ん中で竜の骨に触れたら赤ん坊の時にしか会ったことがないはずの母上の夢を見るんだって、どう考えても意味不明だけどさ。母上の愛に触れてなんとなく勇気を貰えた。うんと頑張ろうと思えたよ。
隠者が言っていた愛した者の記憶を見る、ってこのことだったんだって。砂漠の竜骨と関係なんてないだろうに……どうしてだろうね? 僕が受けた呪いが竜になってしまうものだから、その影響なんだと思うけど」
「確かに原理はなんだかわからないけれど、……その、お母さんのことを知れたのは良かったわね。あたしたちが初めて会った時にも言ってたじゃない、夢があるって。旅をして、お母さんの故郷へ行ってみたいって。少しでも手がかりになることを思い出せてよかったんじゃない?」
「うん、そうだね。意図せずに僕の願いの一端を叶えるような夢を見たのは……もしかしたら隠者は心眼で僕の夢を知っていたのかな。なんだか忖度されちゃった気もするけれど」
説明しずらいけれど、意識がない間に僕にかかっている呪いが進行して、母上の夢を見た……。
それによってドルマゲスへの切り札になるかもしれない能力を手に入れ、精神的に家族の愛を夢とはいえ見れたことで実感して、やる気が出たというか。
うーん。
ここに来るのって太陽の鏡のチカラを取り戻すのと同列にするほど「必要性」があったんだろうか。
僕にとっては、母上の夢が見れたのはいいことだけど。
でも、それならいつだってよかったと思うし。
この旅に必要なこと、かなぁ……。
やっぱり、元宮仕えからの忖度?
それとも本命は母上の夢ではなくて竜化の進行ってことなのかな?
僕は元の姿に戻るために旅に出たのに?
意味不明だ。
「この腕、なんだか
右手を開いたり閉じたりしながら思ったことを言うと、途端に三人は、ううんトロデ王もミーティア姫もぴたりと固まって僕の方を微妙な顔で見てくる。
「な、なにかな。意識がない間に僕、なにかやっちゃったの?」
「俺は素足を踏み鳴らすだけで
「ジゴ、スパーク……?
「つまり、意識がなくともそれはそれで兄貴は強いってことなんでげすなぁ……流石でがすね」
ヤンガスはしみじみ言ってくれたけど、僕は不安になったんだけど!
だって、呪いに侵食された僕が「普段の僕」ができないことができるって……自分で自分の制御もできない、眠っている間に味方を闇討ちするかもしれない、しかも自分で自分の攻略法を伝えるのさえどれだけ意味があるのかもわからない。
知らない特技を使いこなせる僕じゃない僕なんだもの。
ええ……怖すぎる。
自由な旅は長くしていたかったけれど、そもそもそんなこと言っている場合じゃないし。
ドルマゲスを倒してもしばらくサザンビークの地下牢にでも入って眠っている間の僕の安全性を確認してからじゃないと危険かもしれないね。
僕は少し、不安になった。
その間も右腕は静かに青い光を放っていて。
気づくとトーポがそんな鱗でゴツゴツした右腕に乗っかって、僕の方をじっと見上げていた。
竜神王と逆の手が竜神王(人)と戦う時のように光っているエイト殿下 色違い
あの剣を抜くようなモーションで竜になれそう…… と直感的に思っている
別にこの状態でも特殊能力はなく、ドラゴン斬りされても普通のダメージ(人形態でドラゴン斬り特攻なしは竜神王もそう) 鱗の分ちょっと硬いだけの「人間」
竜神の封印は素で9割当たる(原作通り)
<トリビア>ぼうぎょ、大ぼうぎょで竜神の封印の命中率を下げられる。実用性はチーム呼びの方が……
ウィニアは反対を押し切って主人公を産み落として亡くなるのでわりと子への愛情を感じるけれども、エルトリオはそもそもあの段階で子どもができていたのか知っているのかも怪しいのでエイトへの感情が不明すぎる
竜神族の里にたどり着いてウィニアに再会できたら何するつもりだったんだろうか 改めましてお義父さん、娘さんをください! だろうか 懐妊済みですけど……人間の父親でもショットガン持ち出すと思われるが
連れ戻すとなると裏ダン踏破後に連戦で元気な竜神族のみなさんを破る必要が出てくるし最悪竜神王が出張ってきそう 恐らく相性有利だけども有利だからって単騎で勝てるかというと……
とはいえ目の前で愛する人を殺されでもしたらウィニアが怒れる暴走竜になるのは間違いなく、悲恋の結末が死別だったのは悲しいけれど被害少なめだったかもしれなかった