翌朝。
というより、昨晩にばたばたとしたから普段早起きなお父様でさえお目覚めになるのが遅くって、既にお日さまが高い時間だけれど。
ブランチの乾いたチモシーとお水を交互に口に入れつつ、ジリジリと暑くなってきたので建物の日陰に飼葉桶をくわえて引っ張っていると、不意に隣にあった重たい水の桶が持ち上げられた。
顔を上げると、そこにいたのは既に鎧姿のエイトだった。
昨日までとは違って、右手だけガントレットも手袋もつけていなくて呪われてしまった腕が剥き出しになっている。
日の光の下だと、鱗に覆われた右腕がまとっている青い光は控えめであまり目立たない。
きっと、呪いが進行して竜のようになった右腕だけ防具が付けられなくなったからそうしているのだろうけど……重装備に混じってピカピカの黒い鱗がずらりと並んだ腕が見えていてもそういうアシンメトリーなデザインの鎧みたいに見える。
そして今日も優しげな笑顔を浮かべているけれど、どことなく恥ずかしそうで気まずそうで……きっと昨晩のあの行動はドルマゲスの呪いのせい、なのにね。
そもそも意識もなかったご様子だし、昨日少し聞いただけでも砂漠を歩いていたのさえ無意識だったみたい。
決して本人の意思によるものではないのだから、堂々としていたらいいのにエイトは責任感が強いのね。
「おはようミーティア。昨晩は君にも迷惑をかけちゃって、ごめんなさい。あれからよく眠れた?」
「今日こそ『太陽の鏡』の魔力を取り戻しに行くみたいだね。僕、『ルーラ』の呪文も船に乗るのも初めてだから結構緊張してる。ミーティア、僕にとって君は旅の先輩だから頼りにしてるんだ。
……その、未知のものを体験して取り乱すかもしれなくて。格好悪いけど。だから目をつぶってほしいって意味なんだ」
首をかしげて聞いていると、微妙に目を逸らしたエイトは落ち着かないように肩に乗っていた可愛いネズミを手のひらに乗せて撫で始めた。
目を細めてされるがままになっているネズミも、言いにくそうに言葉を選びながらもわざわざ言いに来てくれたエイトもなんだか可愛い……。
「ほら、その、将来的にチャゴスと結婚して家族になる素敵な外国のお姫様に恰好悪いところをわざわざ見せたくないって言うか……あ! 先に言っちゃっている方がずっと格好悪い、かも。ごめん、忘れて!」
ぱたぱたと走って行かれてしまって、私はひとり置き去りにされてしまったけど。
ふふ。
可愛らしい人ね。
どこからどう見ても「お馬さん」の私に普通の人間として話しかけてくれて嬉しい。
先輩、か……。
私って、これまで馬車を曳きながらただ皆様のあとをついて行っていただけなのにそんな素敵な称号を貰ってもいいのかしら。
エイトって律義なのね。
うふふ、昨日のミーティアが言った通りに旅の仲間として扱ってくれて嬉しいな。
「……昨日の今日であざといな。俺はあれが素と見たぜ。
顔はまったく似てないが確かにあのチャゴス王子の従兄弟だな。切り替えの早さというか、それどころじゃねぇってのを理解してないような振る舞いがそっくりっていうか……おっと馬姫様、俺の軽口はエイトには内緒にしておいてくれよ?」
振り返ると、腕組みしたククールさんが。
あら、今のは聞かれていたみたい。
黙って席を外したっていいのにわざわざ聞いてしまったことを教えてくれるのも律義よね。
ミーティアはお馬さんにされてしまって、呪われてしまった祖国にも戻れないから不幸なようで、行く先々で出会う人には恵まれているのよね。
そうよね、希望がないわけじゃないんだから。
やっとドルマゲスに追いつける光が見えてきたんだもの。
今日もお馬さんの私にできることを頑張りましょう!
◇
「よーし、準備はいいか?」
「ねぇククール、良ければ手を握ってもらってもいい?」
「は? おいおい野郎と手を繋ぐ趣味なんてないぞ。怖いってんならヤンガスにでもしがみついておけよ。大喜びでお供してくれるだろ。いざとなれば着地の下敷きにしてだな」
「えっと、怖いわけじゃなくて。『ルーラ』の呪文を使ってくれるんでしょう? 僕も使えるようになりたいから呪文の解析がしたくってさ。理論は出発前に禁書
竜の呪いが進行した右手の力加減がおかしくなっていたら怖いから、左手を差し出した。
ククールは小さなため息をつくと、手を掴んでくれた。
「なるほどな。そういうことなら構わないが。麗しのレディならともかく、野郎と毎回仲良しこよしのおてて繋ぎをするつもりはない。次からは見て学んでくれ。
さて……二つの点は一つの点に。神よ、『
まさしく教科書通りの見事な詠唱を見せてくれたククール。
僕は掴んだ手から魔力の流れを読み取りながら、空に放り出されるという衝撃的な体験をさせてもらった。
移動は一瞬、頬に冷たい風を感じたらもう目の前の景色はすっかり変わっていた。
あ、着地は案外優しいね。
ふわっと持ち上がってから空にビューンと飛び上がって、降りてくるときは緩やかに減速して軟着陸。
ふむふむ、なるほど……。
こんな一行連れての大移動なのに全然魔力を消費した様子がない不思議な呪文だけど、もしかしてククールのアレンジかな?
それともこれがスタンダードなんだろうか……とにかく、だいたいわかった。
見た目は風系統の呪文に見えるけどそうじゃない。
術者が行ったことがある場所じゃないけないのはもちろんだけどその場所に印象が強くなければならないだろうな。
僕なら行ける場所はサザンビーク城下町……かな? あんまり自信はないけど。
その辺の道の真ん中は無理だと思う。
呪文を知る前に行ったことがあるベルガラックも無理かな。
この場所をアンカーにする、という意識が必要なんだと思う。
流石に十八年過ごしてきたサザンビークはいけそうだけど、ここを
城門前を意識してたのに、城の上に着地するとかね。
でも!
着地失敗した時のための回復の用意だけしてあとで単身で試してみたいな。
新しい呪文を覚えるときっていつでもワクワクするね!
人目につかない地点を往復して練習したいな。
使いこなせたら便利だろうし、おじ上もチャゴスも安心できるはず。
わずかな魔力消費で空が見える所なら即時帰還できるってすごい呪文だ。
移動呪文であり、退避呪文でもあるっていうか。
「ありがとう。今のでだいたい分かったよ」
「そうか。使えるようになってもらえると俺の負担が分散して助かる」
「あ、じゃあ時間がある時にでもみんなで『ルーラ』の場所を登録してもらいましょ。キメラのつばさなら『ルーラ』が使えなくても同じ効果だし案内役くらいならできるはず……そうね、ヤンガスが一番旅が長いから適任じゃないかな?」
「もちろん兄貴の為ならひと肌でもふた肌でも脱ぐぜ俺は。思えばトラペッタからサザンビークまでずっとおっさんにこき使われてたんだからな。あーっと、アッシの昔馴染みの町は……兄貴を連れていくのはまずいでがすかねぇ」
「これヤンガス! あんなことがあったのじゃから少しは懲りんか!」
「そればっかりはおっさんの言う通りかもしれねぇな。兄貴まで誘拐されたらたまったもんじゃねぇ。行くにしても街には入らずに次の場所へ行けばいいか」
「……それって誘拐犯の命の心配って話かしら?」
「違いない。誰が重量級のヤンガスを片手で投げられる人間を誘拐できるんだよ」
「褒めてくれてありがとう?」
「しかもこの箱入りだぜ? 優男な見かけと物腰に油断したら伸されるって寸法か」
周りを見渡すと、海が目の前に広がっている。
ここは……ベルガラックの北にある海辺の教会かな?
関所は越えたことがないけど、この辺りなら砂漠の竜骨を訪れた時に一緒に来たことがある。
海には見たこともない様式の船が停泊していて、きっとこれが彼らの所有している船なんだと思う。
近づいてよく見てみると、ガレー船らしく外側にオールのような突起物がたくさん飛び出しているけれどひとつひとつがとても人が漕げそうな大きさじゃない。
建造様式も風変わりというか。
実に立派なものだけど、本で見たような船とは様式が違うような……オール式でも蒸気船でもなさそう。
マストには帆布ではなく木製の風車のようなものが取り付けてある。
……なんのために?
というか帆がないんだけど。
じゃあこれって魔力が動力……なのかな?
誰が動かすの?
ゼシカ? ククール?
それともトロデーン国王陛下直々に?
なんにせよ人ひとり燃料要員にしちゃって大丈夫?
あぁ、根掘り葉掘り聞きたいことが多すぎる!
もちろんそれどころじゃない状況でそんなことしないけどさ!
新入りの僕はとにかく黙って従う、必要そうなら手を出すけど口は出さない。
で、いいはず。
「こちらがトロデーン国王陛下の船ですか?」
「トロデ王の物……か? あー、一応あそこはトロデーン国領だったか?」
「あの時山脈越えたから違うんじゃねぇか? 俺たちたしか山をぶち抜くトンネル越えたよな」
「ええと……あの荒野はトロデーン国領だったと思うのよね」
「ゼシカの言う通りじゃ! ええい、南大陸出身の連中はもっと地理を勉強せんか! この船はトロデーン国領に眠っていたのじゃから実質わしの国のものじゃろう! とはいえ、旅が終わったらイシュマウリに返すかもしれないのじゃが……まぁわしらが元の姿に戻るまでは待ってくれよう。とにかくこの船には込み入った事情があるのですじゃ、エイト殿下。今は自由に使えるゆえ心配には及びますまい」
「なるほど? 機会があればその込み入った事情についても是非聞きたいですが……それはおいおい。早速この船で『海竜』のもとに向かうのですね?」
「エイト殿下は話がお早い。どうして三人ともいちいち油を売るのが好きなんじゃ……まったく……」
船の大きな渡り板は楽々と馬車も乗り込める。
乗り込むとすぐにミーティアから馬車を外し、トロデ王は操舵輪の方に行かれた。
ええと、他のみんなは甲板の上に待機しているのかな。
程なくしてイカリを上げ、すぐに船は海の上を滑るように進み始めた。
帆がないからガレー船のはずなんだ、でも全員甲板の上にいるし他の乗組員がいる感じもない。
どういうことなの。
気になりすぎて僕はとうとう口を開いた。
「ねぇ、ヤンガス。この船はどうやって動いているのかな?」
「いやぁ……アッシに難しいことは分からないでがすよ。この船が古いってことは知っているんでがすが」
「この船の入手経緯を説明したら『信じられない・意味不明・頭沸いているのか』しか感想が出てこないから好奇心もほどほどにしておかないか」
「えっ余計気になる……とにかくこれはなにで動いているの?」
「さてな。知っている奴はこの船に乗っていない。建造した存在もとっくに墓の下だろうぜ」
「……そんなこと言われたの人生で初めてだよ。これが冒険の旅ってやつなんだね」
「全部なんとなくで北大陸からこっちの大陸まで航海してきた。いちいち笑えるだろ」
「ものすごい誤解を生んでいるかもしれないわ。そうとしか言えないのだけど」
すごい。
何も、何も解決しない!
ククールの言うとおり、ちょっと変な笑いが込み上げてきた……。
分からないことを周囲に質問してちゃんとした答えが返ってこないことも、あとから調べて解説されることもなさそうなことも人生で初めて。
謎が謎のままであることってこんなに気になるけど、未知なる冒険をしている証明でもある。
これが旅なんだ。
全部を理解できるなんてそりゃあそんなわけないものね、世界は広いんだし。
「そうそう、目指す先は橋の下、だっけ。それってどのあたり?」
「地図だと……ああ、ここだ」
「リブルアーチだね。サザンビークの隣町。大きな橋の上が全部街になっているんだよ」
「へぇ。変わってるわねえ」
魔物への警戒をしつつ、ミーティアを交えながら輪になっていろいろ話していると海から大きな運河へ、そして運河では話題のリブルアーチが近づいてくる。
その辺りでミーティアは船内に避難してもらった。
「前に通った時には橋の下についた瞬間いきなり二匹の海竜が襲ってきたもんだ。奴らの使う『ジゴフラッシュ』はおまけばかりのダメージがあって、強烈な光で目つぶしをしてくる」
「なるほど。鏡は誰がもつ?」
「あたし。鏡を構えているわね」
「じゃ、二匹出てきた場合は片方を倒して倒さない程度に攻撃、『ジゴフラッシュ』が来るまで適当に相手をして鏡の魔力が戻ったら倒す。前が見えないだろうからトドメはできれば呪文が良いな。目が眩んでいる時に回復が必要なら大声出してくれ。声の方向に回復呪文を飛ばす」
「それなら俺が鏡を持った方がいいんじゃねぇか? 攻撃呪文なんて使えねぇぜ」
「前に遭遇した海竜は見た目より素早い動きをしていたから、ヤンガスの動きだと構える前に呪文が飛んできかねないだろ。ゼシカの方が身軽だろ」
「それもそうか。兄貴、頑張りやしょうね!」
「うん。早速、僕の本領発揮といこうじゃないか。攻撃呪文は
あ、噂をすれば……おでましだ」
橋の下に差し掛かって船に影がかかった途端、海から飛び出してきた一匹の白銀の細長い魔物がこちらめがけて突っ込んできた。
魔法船の動力はマジカル隕石(空神石)による引力によるもの※公式設定
エイト→バッチリがんばれ(剣)
ヤンガス→ガンガンいこうぜ(斧)
ゼシカ→バッチリがんばれ(ムチは添えるだけ)
ククール→いのちだいじに(剣)
で動いています ゼシカは現メンバーなら杖の方が良く、旧メンバー(3人)だとムチの方が良い 倒し切るまでに後衛にまで接近を許してしまう状況下では寄ってきた魔物を直接叩けた方が良いため
公式イラストを遵守装備