水しぶきを派手に立てて襲いかかってきたのは一匹の海竜。
白銀に輝く身体をくねらせ、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを盛大に威嚇している。
「ジゴフラッシュ」を使ってくるまで倒さないようにしないと、でも元気なまま存分に暴れさせるわけにもいかない。
目の前の相手を素早く倒さず、訓練のために敢えて手加減する訳でもない。
そんなの初めてで、とりあえず剣を抜いたけど下手に切り込む訳にもいかずにただ迷う。
魔物の様子を伺うべく、少し下がり気味の位置から左手に
ゼシカが後ろに下がっていつでも鏡を構えられるようにしているのを確認したところで、真っ先に前に飛び出していったヤンガスの斧がわざとらしく海竜の顔を目掛けて空振りする。
なるほど、ああやって自分の方に引き付けてくれるのか。
同時にククールが唱えてくれた補助呪文は……
僕にも何か補助や妨害の呪文を唱えられたらいいのに、僕に使えるのは
今、もっとも使っちゃダメな呪文じゃないか。
まずったな、サザンビークでは人間相手に戦うばかりだったし、アルゴリザードを相手にするなら呪文よりも剣を鍛えた方がいいと思ってたし。
自分ひとりのためになにかするということばかりで、もちろん周囲の人間は味方なのだけどたとえ有事でも「エイト殿下」が兵士に混じって戦うわけじゃないから……単独行動を意識した呪文・特技の習得方法だったというか。
たくさんの魔物を蹴散らす想定はしていても、複数の味方がいるつもりじゃないかったというか。
せいぜい、自分の後ろに味方の部隊がいると意識するくらい。
複数対象の回復呪文とか、味方を強化する呪文だとか……そういうのは覚えてなかった。
とはいえ、性に合った使える呪文を極めていくような方式が性に合っていて今更系統を増やすのは難しいと感じる。
でも回復呪文なら覚えている呪文系統を変える訳じゃないし、いっそ味方全員に
これからは孤立気味の兵器殿下じゃなくて、チームプレイをする旅人リオなんだものね?
そんなことを頭の片隅に置きながら、剣より呪文の方がうっかり倒してしまうこともないかと思って、右手で威力を絞った
青い稲妻は真っ直ぐ飛び、無事命中。
したけれど。
「なるほど、まったく効いていない。雷の完全耐性なんて初めて見た。面白い!」
雷撃呪文が効かない相手だなんて!
海にいるから、もし雷が落ちたら一網打尽にされちゃうから耐性を持っているのかな?
それとも海竜の天敵たる存在がいて、そいつが雷撃系統の攻撃をしてくるとか?
なんだろなんだろ、手強そうな相手ってワクワクする!
手の内ぜーんぶ暴いてやりたい!
「よーし、これはどうだ! 『
「おいおいおいおい、もう目的忘れたのか? 『ジゴフラッシュ』が来るまでは手加減しておいてくれ!」
あ。
そうだった!
「……さないで、『
「呪文のキャンセルどころか詠唱途中から捻じ曲げて呪文を変えるのはすっごく器用ね……『ベギラゴン』に込めた魔力をどうやったのかしら?」
「ごめん! 雷の耐性を持ってる魔物なんて初めて見たから嬉しくなっちゃって、つい。気をつける!」
いけないいけない、テンション上がりすぎちゃった。
好奇心のあまり、つい。
つい、じゃいけないんだった。
海から飛び出してきたばかりでさぞかし冷たい身体に火炎は効くはず、と思っていたけれど。
それにしては閃光呪文の効きが弱い気がする。
海の生き物なのに火耐性持ちなのかな。
海「竜」と言うだけあって見るからにドラゴン系らしいし、それなら納得。
なら、倒す時は僕の十八番のドラゴン斬りを……って、この後「ジゴフラッシュ」で目潰しされちゃうのか。
頑張って目を閉じて避けるとかできないかな。
「呪文」だから単純に見なければ良いって訳でもないのかもしれないけどね。
「来るでがすよ!」
目の前で、さっきまで海竜と組み合っていたヤンガスが顔を守るよう甲板に伏せた。
その瞬間、口から光球を吐き出すような仕草と共に海竜がこちらに呪文を唱えてきた!
ピカッと光球が弾けた途端に全身に焼けるような痛みが一瞬だけ襲ってくる。
それ自体は大したことがない痛みだ。
だけどそれをもたらした白い光が僕らの目を焼いて、いや。
そんなはずはない。
目を閉じるのはギリギリ間に合っていたはずだった。
僕の目と脳みその間のなにかが突然ぶった切られたように視界が白に染まって、目を開いているのか閉じているのかさえ分からなくなる。
ただの光って訳じゃないらしく、しっかり呪文に引っかかってしまったらしい。
でも狂ったのは視界だけで、耳や触覚は無事だ。
わぁわぁと賑やかなみんなの声がちゃんと飛び込んできて、自分を中心に誰がどこにいるのかおおよその位置が分かるような、分かったつもりになっているような……。
視界がなくなって他の感覚が鋭敏になったせいかな。
皮膚と鱗を隔てた身体の内側が、もぞもぞと落ち着かず何とも気持ち悪い。
呪いによって変化した肉体が僕に戦えと誘っているようだ。
僕に
そして竜に成り果て暴れろと、全身の骨と肉が僕を突き動かしているように。
きっと今ならなれる。
なれるんだ。
でもダメだよ。
帰れなくなってしまうよ。
僕は帰るって約束したんだ。
息を詰めて衝動を押し込める。
どうにかこうにかまだこらえていられる。
あぁ、海「竜」がいけない。
竜の系譜が目の前にいるのがいけないんだ。
あいつさえいなければ、いいのかな。
「鏡に魔力を込めるの、成功したみたい! みんなやっつけちゃいましょ!」
「了解。しっかし、相変わらず強烈すぎるな。自分がどこを向いているのかも分からないときた」
「ちくしょう! 伏せても無駄だったでがすよ! 太陽を直接見ちまったみたいに目が……ああもう、攻撃しても手ごたえがねぇ!」
「みんな無事でなにより。じゃあヤンガス、もう一回伏せててね!」
雷撃呪文は無効、閃光呪文はあからさまに軽減される。
じゃあ直接攻撃するのが手っ取り早いよね。
前が見えないし、ここは船の上。
海に落ちる危険はあるけれどそれがどうした?
僕はもう、倒したくて仕方がないんだ。
ううん、正確には。
身体を動かさなきゃ何をしでかすのか自分が分からなくて。
いつも通り剣を抜くように、自分を解き放つ気持ちになるだけで全身が黒い鱗に取って代わられるって分かってしまったし、右腕のようにゴツゴツとした「竜化」は全身に広がるんだ。
そして僕はきっと獣のように戦うだろう。
骨まで染み込んだはずの剣術を忘れるだろうし、勉強してきた呪文も覚えていられないと思う。
牙で噛みちぎり、爪で引き裂き、炎を吐き出し、吠える。
きっとそうなってしまうんだ。
すごく怖いよ、それって。
どうにかこの恐ろしい衝動から目を逸らしたい。
「ああ……見えないけど、
見えない目を凝らす。
確かに僕には見えていた。
その時船がぐわんと波に揺れて、僕はそれに反発するように強く跳んだ。
白に塗りつぶされた視界の中、ただ一点竜気が渦巻く場所がある。
僕はそれを目印に上から海竜を切り裂いた。
真っ二つにおろされろ!
『ギャアアアッ!』
皮膚をビリビリと揺らす大きな悲鳴、傷口から噴き出す体液、弱まっていく気配。
ビタンビタンともがく動きは見る間に弱まっていく。
手ごたえあり。
良かった、長引く戦いにならなくて。
だけど着地した場所がぶった切った魔物の上のようだったから……魔物の肉体の消滅に巻き込まれて海に落ちるのはごめんだった。
反射的に後ろに大きく飛び退き、視界を失った感覚のままではちゃんと着地できずにその場でどたっと転んだ。
その衝撃でずっと左手に構えていた
……なんだか、転んだ衝撃で変な衝動も落ち着いてきた。
今すぐ竜になってしまいそうという恐怖の衝動が凪いでいく。
海竜が完全に消滅したのか、鎧の隙間から沁み込んだ血やらなんやらが一斉に空気に溶けていって、やっと僕は大きく息を吐き出した。
視界も光に塗りつぶされた真っ白なばかりではなく、だんだん鮮やかな色が戻ってくる。
「だんだん前が見えてきた……」
「さすがは兄貴、一撃で倒すなんて痺れるでがすね!」
「うまく目潰しを避けられたから大立ち回りしているんだと思っていたんだが見えてなかったのかよ。
ま、いい。ゼシカ、鏡はどうだ?」
「バッチリ。これが『太陽の鏡』の本来の姿なのね……まだ見えないけど。名前の通り太陽みたいなあたたかい魔力を感じるわ」
すぐに武器を納めたみんなに倣って剣を納め、僕もゼシカの方へ向かった。
おお、こうして見ると綺麗なだけじゃなくて、魔導具なんだって分かるほど強いチカラを感じるね。
これが魔法の鏡の本来の姿なんだ。
「これで……やっとドルマゲスに挑める。兄さんの仇を討つんだから」
「ドルマゲスが立て籠もっているのは丁度ここから北西の島の遺跡って話だったね。このまま船で向かうの?」
「いや。一度行ったから俺のルーラで行けるから船じゃなくていい。だが結界を破ったからってその目の前にドルマゲスがいるとは思えないな。遺跡の中がどうなっているのか分からない以上、最初は偵察の気持ちで行った方がいいかもしれない。
……俺はもう剣士像の洞窟の時みたいに、唯一『リレミト』を使えるゼシカの棺桶を引きずりながら這う這うの体で逃げ帰るのはごめんだ。魔力も薬草も尽きて瀕死のヤンガスとギリギリで太陽の光の下に戻ってくるのもな。
明日の朝イチに闇の遺跡の結界を解いて行けそうなところまでマッピングして行く、絶対に無理はしない、魔力に余剰があるうちに戻って次に突入する時が本命というのがいいんだが」
「すごく実感のこもった感じ。ここまで苦労しているね? 『リレミト』なら僕も使えるから参考にして欲しい。ともあれ、もちろん先達の意見に従うけれどふたりは?」
「アッシは……そうでがすね。確かにこれまでの戦いはギリギリでやしたからククールの言うことが正しいことくらいは分かっているでがすよ。だけど今は兄貴がいる。攻撃も回復もできる強い兄貴がいるならそこまで臆病にならなくてもいいんじゃないかと思うでげす。
ドルマゲスは行く先々で人殺しをしてきたとんでもない悪党でやすから、いつ闇の遺跡から飛び出してまた動き始めるかなんて分かったもんじゃないでがすからね。できるなら薬草でもアモールの水でも買い込んで、魔力を節約して進んで、あとはどーんと一発でドルマゲスをとっちめた方が良いと考えているでがす!」
「なるほど……確かに、規則性を感じられない相手を行く先々で亡き者にしてきたって話だったね。かと思えばサザンビークでは人殺しではなく盗みと呪いだし、思考回路が理解不能な相手だ」
「あたしは、気持ちとしては今すぐ行きたいわ。でもここはトロデ王にも話を聞いてみましょ。いちばん俯瞰して見ている人に聞いた方がいいのかも。だって、マイエラ修道院で遭ったドルマゲスにあたしたちは手も足も出なかったもの。あの時は他にも聖堂騎士の人たちがいたけれどみんな簡単に吹き飛ばされてしまった。あの時より今のあたしたちはずっと強くなったけれど、やられてしまったらおしまいなのは分かってるもの。あたしたち、何度も危険な戦いで旅の終わりを覚悟してきたから……」
ここは慎重に、という意見が多いね。
でもトロデ王は操舵をなさっているし、とりあえず船を陸につけないといけないんじゃ?
と思っていたら、ククールがいきなり
海上に置き去り?
まさか。
止める間もなく強い風に巻き込まれ、つい目を閉じてしまって……目を開けるとそこはベルガラックの町の前だった。
「ま、とにかくどうするか。思ったよりストレートに話が進んじまったし、海上だといつ魔物に襲われるかもわからない。視界の開けた陸上の方がいいに決まってる、だろ?」
「ふ、船は……」
「『ルーラ』は船も連れてくるから平気だ。さっきも馬車を置き去りにしてなかっただろ?」
「そうなんだ……」
そういうものなら、いいんだけどつくづく便利な呪文だね?
王国間の輸送問題とか全部解決するじゃないか。
そんな呪文を禁止指定していたおじ上はなんなのさ。
まぁそんな話は今は良くて。
いきなり操舵席から放り出されたのに落ち着き払ったご様子のトロデ王はこういうことには慣れているらしい。
「わしは十分に時間をかけてドルマゲス対策の準備をしてからにすべきだと思うが、結局決めるのは戦闘するお主らじゃ。わしらが戦うわけじゃないからの。ま、ここに来て調子よく物事が進み始めたのはいいことじゃな」
「じゃ、エイトはどう思ってる? 『意見に従う』じゃなくて腹の中を言ってみろよ」
「そうだね……ククールの言うとおり、まずは明日の朝からいつでも戻れる気持ちで行ってみたいかな。でも、ドルマゲスの居場所を突き止められたならもう戻る選択肢はない。そうなったら、前に進むだけ。……どうかな?」
「いいんじゃない? あたしだってドルマゲスを見て冷静に引き返すなんて無理だし、でも今日は引き返してもいいって考えて進むのは心の余裕がありそうだし」
「アッシは兄貴の仰ることが一番だと思っているでがすよ。いいとこどりの良い意見でがす」
「言えるじゃないか。尊重して引いてくれるのは結構だが、今後はもしかすると、さっきも少し言ったようなギリギリの戦いに参加することになるんだ。言いたいことも言えずにおっ死んでしまえばあの世で後悔したって仕方ないだろ。神は人の話なんて聞いてないからな。特に救いを求める声と後悔は」
なるほど?
腹の中を見せた方がいいんだね。
ククール、ヤンガス、ゼシカはきっと出身もバラバラの共通点のない人間だけどそこには絆がある。
それは過ごしてきた時間と、戦友としての意識がなせるものなんだと思う。
「エイト殿下」としてサザンビークの城で聞き出した楽しい冒険は、三人にとって致命的な戦いだったし、それをくぐり抜けてきたわけだからそれはもう必死だったろうし。
僕は強い。
戦うことだけは得意だからね。
でも、心の中にある驕りをきちんと制御しなきゃ、いの一番に物言わぬ死体になるんだろうな。
生きて帰るべき僕にそんなことは許されない。
なにか危険なことがあれば……いざとなれば不意打ちに
「じゃ、今日のところはすぐに休んで英気を養おうよ。ただ何日も準備はしていられないから、出発は明日、すぐに。あんまりおちおちしてたら僕が人間じゃなくなるリミットが先にくる。魔物使いはパーティにいないみたいだし、早いところどうにかしたいんだ」
そういえば鎧の下はどこまで鱗が増えただろう?
とにかくペースが上がっているのは確かだからね。
「決まりだな。じゃあ、行くか」
そういうわけで僕らは一旦ベルガラックに泊まり、翌朝そのまま闇の遺跡に突撃することになった。
連続して外泊が続いていてお城の外をほぼ知らない僕にとってとてもワクワクするはずの展開だけど、今回はワクワクを感じている暇はない。
ただ僕たちにできるのはよく食べて、よく眠ることだけ。
気力体力、そして魔力を満たして明日に備えることだけだ。
幸い、おじ上が沢山の道具を持たせてくださったから袋の中に薬草やらなんやら沢山あるし、特別な準備をしなくてもヤンガスの言ったような魔力節約の案で進めそう。
翌朝、ククールの
黒い雲が立ち込めた、不吉な大地を。
七竜変化はおそらく特殊技能なので、一般竜神族は一種類の竜にしかなれないと思うし、竜神王に「巨竜」と付いているからには普通の竜神族は巨竜ではないんだろうと推察できる
そもそも、竜神王含めて人っぽい形の方を普段の姿にしている時点で竜化はコスパが悪すぎるのは自明
人の姿でドラゴン威力を連発できた方が的も小さくて目立たず体力消耗せず良さそう、とはいえあらゆる耐性は竜の方が上そう
竜神族でさえ人の形ではドラゴン系ではないのに、ドラゴンソウルってなんなのか
竜神王もなにそれ知らん……怖……の可能性もある