サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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邂逅:旅の一行

やっぱり腕がヒリヒリする。

手袋して隠しても当たり前だけど傷自体がなくなるわけじゃないし。

そろそろ自然治癒も無駄だとわかったからさっさと回復呪文で治しちゃおうか。

それともおそらく無駄だと分かりながらもそのまま治るまで待っておく?

うーん。

 

おっと、今は話に集中しないと。

 

「ふんふん……それで、君たちはそれぞれの仇討ちのためにドルマゲスってやつを倒したいんだ。諸悪の根源が籠った闇の遺跡の結界を解くために我が国の国宝が必要……すごいね。まるで英雄の冒険譚のワンシーンって感じ!」

 

「まさか信じたのか? 殿下」

 

「そう、まさかさ! 信じた! これが全部作り話だとしてもこんなに面白かったから騙されててもいいや。どうしよ、是非ともその冒険を続けてもらうべく魔法の鏡を渡したいところだけどさすがに宝物庫を勝手に開けることはできないなぁ。これは気持ちの問題じゃなくて、権限の問題。これはチャゴスでも同じ。国王であるおじ上じゃないとね……どうにかならないかなぁ……。

あ、僕らに恩を売るっていうのはいいアプローチだと思うよ。おじ上は僕らにとっても甘いから」

 

「息子である王子に甘いのは分かるけど、甥にまで甘いの?」

 

「そうさ。チャゴスの母は早くに亡くなってしまった。だからひとり息子のチャゴスに甘い。そして僕の父、つまりおじ上の兄は僕が産まれる前に亡くなったらしい。母も……僕を産み落として亡くなったとか。その兄のことをおじ上はそれはそれは慕っていたみたい。僕はそんな会ったこともない父親にそっくりらしいよ。それで甘いんじゃないかな。

ふふ、僕には夢がある。この世界を自分の足で見て回りたいわけさ。おじ上は母の故郷、つまり僕の生まれた場所を探させたけど結局十八年かかってもわからなかった……僕は旅の果てにそこを見つけたいのさ。そういうわけで、旅人に甘いし、コロッと騙されたふりして隙あらば城から飛び出すエイト殿下の出来上がりってわけさ。

ま、現状自分の船がないからせいぜいベルガラックくらいしか行くところなんてないけどね。あとは砂漠に冒険しに行って大きなドラゴンの骨を見物したくらいかなあ。もちろん収穫はなかったし。あ。面白くない話でしょ。

もっと君たちの話を聞きたいな」

 

なんでも、僕の母はどこかの辺境の民族らしい。

僕をこの城に連れてきた、僕の祖父だと名乗ったご老人の格好は見たこともない服だったとおじ上は語ってくれた。

かつて父エルトリオと母ウィニアは駆け落ちした。

父はおじ上にさえ何も言わずに失踪し、母も故郷に反対されるのをわかって駆け落ちして、そして母は連れ戻された。

父はそれはそれは強かったらしいけど、母と再会する前に魔物に殺されたらしい。

 

……僕の生まれた場所はどんなところだったんだろう?

母はどんな人だったのかな?

僕の祖父はまだ生きているのかな。

周囲の目を盗んで僕を連れ出し、なんとか孫を逃がしたようだったとおじ上は言っていたから……無事だといいな。

 

あぁ、この広い広い世界をひとつずつ見て回って、最後には生まれ故郷にたどり着きたい。

おじ上に心配をかけたくないからこれまで勝手に抜け出してもなるべく外泊しないようにしてきたけど、そろそろ我慢も限界というか。

 

ほかの大陸から来たこの旅人たちなら僕の願いを叶えてくれるかも?

なら、先に誠意を見せないと。

丁度よく恩を売りつけられそうだし。

 

「仇討ちのために旅をしている人たちに言うような呑気なことじゃないけど、君たちのように世界を回ってみたいなってずっと思ってた。だから僕は外から来た人には甘いのかもね。たくさん話も聞きたいし、そのためには対価が必要でしょ。

どうにかして……うーん……魔法の鏡、別に宝物庫にあるだけで使っている訳じゃないんだよね。なにかの儀式で使ってる訳でもないんだから必要な人にあげちゃってもいいものだと思うんだ。

おじ上に恩を売る方法があればね。何かいい考えがあれば……」

 

「へぇ、それならなんちゃらの試練ってやつをアッシらが手伝うって言ったらどうですかい?」

 

「『王者の試練』を? 君たちが?

冗談はよしなよ。父上のように僕はひとりで突破してみせる。ここまで育ててくださったおじ上に立派に育った僕を見せるいい機会なんだ。そのために鍛錬をしてきたしひとりでやり遂げる自信だってある」

 

「あんたは……いや、エイト殿下は随分自信があるみてぇでがすが、チャゴス王子の方はどうでがす? さっきの学者はトカゲ一匹に大騒ぎとか言ってたでがすよ」

 

「……ふふっ。あっはっは!」

 

「笑ってごまかすなよ、殿下? 従兄弟殿を信じてないのか? 実は仲悪かったりするのか?」

 

「まさか。チャゴスは僕の従兄弟であり、兄弟のような存在であり、僕の唯一の友達だよ。この国で僕と対等なのはチャゴスだけ……チャゴスにとっても軽口叩いても権力振りかざして怒れないのはおじ上と僕だけ。

あ、いや、あいつは国民に言われてるほど悪いやつじゃない、はずさ。僕が見ている世界が身内びいきで特殊なのはわかるからさ。ただ……その……甘やかされすぎちゃったかな、とは僕が言えたもんじゃないけど、思うかな。

実は『王者の試練』は王家の山にだけ生息するアルゴリザードというモンスターをひとりで倒して、そいつの持ってる宝石を持ち帰るというものなんだけどね。リザード。わかるよね、リザードだ。つまりでっかいトカゲのモンスター。見た目からしてドラゴンというよりはトカゲ。まー、挑む前から大騒ぎさ。行きたくない死にたくないって」

 

「……あらやだ、ヤンガスの言ってることって結構いい線いってたんじゃない」

 

「でもね、『王者の試練』はひとりで挑むものだ。不正なんて許されていいはずがない。そうだな、王家の山に向かうまでの露払いとしてならセーフかもね。もしおじ上が護衛を雇うなら君たちを推薦してあげるよ。

ちょうど三日後、僕の『試練』なんだ。暇なら無事でも祈っておいて」

 

なんだかまたこの人たちとは会う気がする。

そんな不思議な予感とともに席を立つ。

なら僕の方から縁を繋いでおけばいいじゃないか。

 

「そうだ、僕の『試練』が終わったらおじ上との謁見の機会を設けてあげるよ。もちろんいきなり行ってもらってもいいけど。声を掛けてくれたら嬉しい。じゃ」

 

さぁ、鍛錬に戻ろう。

怪我をしない程度に、戦いへ身体を慣らすように。

そして晩餐の席にうっかり呼ばれないよう熱中しないとね。

人前で手袋を外すわけにはいかない。

黒い鱗まみれの手を見せる訳にも、かさぶたになる前の血まみれの手を見せるわけにもいかないから。

……いつまでも誤魔化せるものでもないのだけど。

 

そうだ、僕の後に「王者の試練」を控えているチャゴスにも声をかけた方がいいかな?

まぁどうせ呼んでも来ないか。

そんな嫌な信頼がある。

チャゴスは一体、どうするつもりなんだろう。

僕と違って婚約者のいる身なのに、それも相手は大国トロデーン王国の姫君なのに。

今更「ぼくは我が国の王者の試練を乗り越えられなかった未熟者なので、婚約は解消させてもらってもいいですか」なんて言えるわけがないんだから、やるしかないのにね。

サザンビーク王家に生まれた時点で避けられない宿命だっていうのに……父の心は分からないけど、全てを捨てて出ていった無責任な父上でさえ「王者の試練」はすっぽかさなかったのに。

 

そんなチャゴスも困って気弱になって参っちゃった日には「エイトが王様になればいいだけだ」とか抜かしてたな。

僕にもチャゴスと同じだけの王位継承権があるかのようにおじ上は振る舞うけど、そういうわけにはいかないでしょう。

次の国王は、国王の息子であるチャゴスだけが相応しい。

 

それに僕はチャゴスの方こそ国王になって欲しい。

僕が国王になりたくない、というのもある。

でもさ、正統性を抜きにしてもチャゴスの方が「王様」に向いていると思うんだ。

僕のことを優しいとか、真面目だとか、色んな人が褒めてくれるほどそれは国王としての素質かな?

まぁ真面目なのはある程度必要だと、思うけど。

 

チャゴスは臆病者だ。

言ってみれば小心者で、ずる賢いし、努力して解決するより楽を選ぶ。

本当に命がかかっている場面でもなんでもなく、ただの模擬戦でも相手の兵士に向かって砂をかけて目潰ししたこともあるし、ギャンブルが好きでお城を抜け出してカジノに行ったり、勉強も鍛錬も嫌だったら逃げ回る。

うん、事実を並べてると良いヤツなわけはないんだけど。

 

でも、正しく臆病者だから。

僕だって簡単に死にたくはないけど、考えるより先に飛び出しちゃう性質だから。

「王様」なら生き残らなきゃいけないのに、目の前で死にそうな人がいたら多分、手を掴みたくなってしまう。

人を助けるのはいいことだとわかってる、でもサザンビーク国王が命を賭してひとりを救ってそのまま代わりに死ぬのは本当にいいこと?

 

誰かに守られるだけなんて耐えられない。

矢面に立っている人が傷つくなら、僕を守るせいで倒れるくらいなら自分で前へ出る。

でもチャゴスなら良心の呵責なく守られていると思う。

そっちの方が、「王様」として正しい。

 

良いヤツな訳はないんだけど、最悪なヤツじゃない。

父であるおじ上や従兄弟の僕以外には傍若無人のようでいて、まぁおおむね合ってはいるんだけど完全にはそうじゃない。

実は臣下を心配している。

王者の権威のためだとか言ってふんぞり返っているけれど、実は結構居心地を気にしている。

適性が合わなそうだなとか、この仕事が向いてなさそうだなと思ったら強引に配置転換する。

それで自分が悪者に思われても気にしない。

で、大抵は異動先では上手くやってくれる。

強引だけど、そういうのも王様には必要なんじゃないかって。

まぁ、そもそも「横暴なチャゴス王子が嫌だった」人相手なら自分から離せばそりゃ解決するよね、って話にはなっちゃうんだけど……。

僕も、もしかしてなにか感じたらそういうことした方がいいのかも?

僕は本当になんにも分からないけどね。

面と向かって言われるか、相当嫌な表情されないと。

 

なんだろうな、チャゴスも僕もまだまだ未熟だから。

どっちの方が完璧に王様に向いているとかはない。

僕に悪いところがあるように、チャゴスに悪いところもある。

少なくとも僕はそもそも王族に向いていなくて、チャゴスは向いている、と思っている。

普通の家の子として生まれていたら……なんて、民の税で育っておいて酷い考えか。

 

是非ともチャゴスには立派に成長してもらって国王を免れた僕は自由にさせてもらいたいところではあるけれど。

うん、王命で探しても見つからなかった僕の故郷を自分で探すために。

 

王宮に閉じこもるより、護衛を連れて歩くより、ひとりで外を歩き回る方が好きだ。

バルコニーに出て秋の風を感じながら、大好きな眩しく爽やかな夏を想う。

夏のように鮮やかな世界に、僕は飛び出していきたい。

おじ上には言わないけど、全てを捨てた父の気持ちが少し分かるんだ。

大切なものが沢山あるから何もかも捨てたいわけじゃないけれど、自由になって、その先で「運命」と思える相手に出逢えたなら。

きっとそれは何事にも代えがたい幸福なんだもの。

その時既に家族も地位も放り投げた後だったら、もう命なんて顧みずに「運命」……自分だけの大切なものに向かっていくなんて当たり前のこと。

父が飛び出していくのを止められなかった時点でおじ上の知らないところでの父の死は決まっていたんじゃないか。

 

なにはともあれ、チャゴスには僕と違って許嫁がいるんだからしっかりしてもらわないと相手にも悪いし、早いところ自覚を持ってもらって僕は表舞台から去りたいところ。

 

あーあ……僕にも、何か、あるいは誰か。

この命を賭しても構わないって思えるような何か、生き甲斐のようなものを見つけられたらなぁ。

その点、父は見つけたんだものね。

実に羨ましいよ。

「運命」を想ったまま死ねたんだ。

不幸だったろうか、幸福だったろうか。

最期は不幸だったと思うよ。

さぞかし無念だったろうさ。

だって両親の愛の結果である僕は「エルトリオの死」をきっかけにして赤ん坊のころからひとりぼっちだったんだから。

でもね、振り返らずに前に進み続けられる人生って、すごく贅沢で、得難いものだ。

羨ましい。

 

ポケットの中にいるあたたかくてふわふわの塊をそっと取り出して手のひらに乗せる。

くしゃっと寝癖みたいになっているたてがみを整えてあげると、ほら、かっこよくなった。

 

ねぇトーポ。

僕の小さな家族。

僕にも父上みたいに、あるいは同じく駆け落ちを決行した母上のように、全てを捨ててもいいくらいな存在を見つけられるかな?

 

なんて、君に聞いても困らせちゃうだけだよね。

 

トーポのつぶらな瞳は僕をじっと見上げていて、僕もじいっと見返すのさ。

ネズミのトーポは「うんうん全部分かってるよ」とでも言いたげな顔(だと僕は勝手に思い込んでいるだけだけどね)をして、僕の指に頬を当ててすりすりとしていた。

 

すりすり、すりすりと指にまとわりつく小さなふわふわ。

手袋の下に生えた()によるデコボコが、トーポには面白いらしかった。




チャゴス王子・エイトの祖父は漫遊の旅に出てミーティア姫の祖母と出会い、恋をしたものの当時国同士の仲が悪く結婚できなかった
そのため自分たちの子ども世代に結婚をスライドする約束をしたが、その世代は全員男だったため孫の世代まで流れた
というのが二国間の婚約事情ですが
エルトリオが駆け落ちしたのも父親の叶わぬ恋を見て「じゃあ駆け落ちするしかないか」になったのかもしれない
そしてその子も花嫁を結婚式から強奪する

サザンビーク先代王も草葉の陰で大爆笑かもしれない
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