激しい攻撃の末に膝をついたドルマゲスだったが、すぐに平然とした顔で立ち上がった。
俺たちの攻撃が効いていないわけでも、回復されてしまったわけでもない。
ただ、まだ奥の手があるらしい。
こちらの体力の消耗は前衛で押しとどめてくれたふたりのお陰で大したことはないが、魔力は四割ほど失っている。
本気を出したドルマゲスがどうなるのかなんて想像したくもない。
少なくとも奴は膝をついた一時以外は苦しむ様子すら見せていない。
つくづくドルマゲスは人智を超えた化け物らしいな。
ここまで善戦できただけ食らいついた方だったと思うが……俺たちに、勝てるか?
嫌な考えが過ぎるのを抑え込む。
正直、旅をしている最中はここまで追い込めるとさえ思っちゃいなかった。
なら、あとは勝てると信じなきゃどうする。
「くっくっく、やりますね。あなたがたがここまで戦えるなんてちょっと意外でしたよ……」
「まだ減らず口がなくならねぇみたいだな!」
「待てヤンガス。奴の様子がおかしい」
「いっつも心配性だな、ククール」
「ううん、ククールが心配性とかいう問題じゃないわ。なにか……大きな魔力がドルマゲスを中心に動いているのが分かるの」
口には出さないが、様子がおかしいのはこっちもだ。
その異名に相応しく暴れに暴れた「兵器殿下」だが、ここに来て気配が変わった。
さっきまで豪雨か嵐のように殺気立っていたのが、急にそこらに生えている樹木のようにだんまりで、静かな凪のようだ。
俺が後ろに立っている位置的に顔は見えないが……。
魔力切れ、ではなさそうだ。
ゼシカに見えている邪悪な魔力の動き、俺の感じている嫌な予感、そして硬直しているエイトは何が見えている?
あぁクソ、ヤンガスのように鈍感ゆえに分からなければむしろその方が良かったろうぜ。
単純明快、とっととトドメを刺す。
それが一番なのは間違いないんだ。
「ククッ……もし、私が身体を癒している途中でなければもう少し楽に殺して差し上げたのに……仕方ありませんね。さぁ茶番はもうおしまいにしましょう」
ドルマゲスがおもむろに杖を構える。
今度はなんだ。
瓦礫を飛ばした次は天井でも落としてくるのか?
それとも床に大穴でも開けて俺たちを落下死させるつもりか?
警戒を強める俺たちと正反対に、エイトは阻止する様子もなくドルマゲスを静かに見つめている。
何か、こいつによってどでかいことが起きるような気がする。
俺の勘は良く当たるんだ、特にそれがとんでもないことならなおさら。
ろくでもないやつととんでもないやつをぶつけて、それで何とかなってくれたらいいんだがな!
「ヒヒッ悲しいなあ、悲しいなあ……あなたがたともうお別れかと思うと……悲しくって仕方がありません」
杖が勢いよく頭上に振り上げられる。
口角の吊り上がった不気味な顔が、癇に障る高笑いをしようとしているのが手に取るように分かる。
こっちにとんでくるのは異形の呪いか、それともイバラの呪いか、それとも俺が想像したような無残な「死」をもたらす何かか……。
「これでも食らえ!」
「抜き放て!」
杖から飛び出した攻撃より先に激しい風が先に届いて、顔を思わず伏せる。
だが、ドルマゲスの放った「何か」がこちらに到達する寸前に、青い光が爆ぜて奴の攻撃を跳ね返した。
俺たちの前に立ちはだかっていたエイトが、「何か」したのは明白だった。
「
耳に飛び込んできたのは、耳慣れない高い鳴き声。
発生源に顔を向けるとそこにいたのは翼の生えた黒い竜……。
エイトだった黒い竜はドルマゲスに向かって口から青い光を放ち、浴びせたようだった。
黒竜エイトは如何にも殺気立っているが、こちらを振り返ることもなくドルマゲスの方を注視していてこっちを襲ってくることはなさそうだ。
あの姿でも理性があるのか、それとも今だけは目の前の敵に集中しているのかか。
一瞬、脳裏にあのサザンビークのチャゴス王子がよぎった。
即死の攻撃を受けた時、身代わりに砕け散るという「命の石」なんて貴重なアイテムを惜しげもなく渡したエイトの従兄弟王子。
小憎らしいことばかりしてきたが、あいつが今の黒竜を見たらなんて言うんだろうな、と。
俺にはもはや縁のない家族愛の体現者が、何を思うのかと。
自ら鱗を剥がし、差し向けられた将軍を倒し、涙ながらに心中を語り、王族自らこんな所まで来て呪いを解きたかったってのに間に合わなかったエイトの心中はどうなっているのか、とも。
「え、え、エイトの兄貴が……竜に……黒い竜になっちまわれ……」
「ヤンガス落ち着きなさい! そっちも大変だけど、ドルマゲスの様子もおかしいわ!」
「頭を抑えて苦しんでいる……?」
もしかして今がチャンスなんじゃないか。
そう思ったが、うかつに刺激するのもまた大技を誘発してしまうか。
が、竜になったエイトには関係ないらしく、大口を開けて連続してドルマゲスに青い光を浴びせ続けている。
その光を浴びるごとにドルマゲスの長髪は白から黒に染まっていく……。
一体、何が起きている?
もがき苦しむドルマゲスは、頭を抑えて何か言っているようだ。
そしてその声は、エイトの青い光……さしずめ、「凍てつく波動」を浴びるごとに大きくなっていく。
「私は私は私は師匠を殺すつもりなんてなかったあの青年を殺すつもりはなかったあの老人を殺すつもりはなかったあの男を殺すつもりなんてなかった私は止まらない私は止まれない私は私は私は私を動かしているのは誰なんだ私をあやつ……ぐうッ」
突然ごぼり、とドルマゲスの口から赤い血の塊が吐き出される。
同時にピシッピシッと石が割れるような音を立てて肌が裂け、奴の全身が見る間に傷まみれになって、……肉の焼ける不快な焦げ臭いにおいが漂う。
まるで今まで受けてきた攻撃が遅れてやってきたようだった。
見る間に全身ずたずたになっていくのに、傷の痛みに構うことなくドルマゲスは罪の意識に叫び、のたうち回っていた。
あれほど、一貫して慇懃無礼な姿勢だったくせに。
殺しを楽しんでいるような猟奇を隠そうともしなかったくせに。
突然の豹変に戸惑いが隠せない。
エイトの放った「凍てつく波動」が効いてこうなっているということは、……今の方が、ドルマゲスにとっての正気だということなのか?
まさか、ドルマゲス自体、何者かの呪文に操られていた存在……なのか?
まさかだろ。
そんなことあっていいはずがない、それじゃあ俺たちの旅は一体なんだったっていうんだ。
ドルマゲスも、たくさんの人を殺してもう取り返しがつかないことになっている。
果たして、凍てつく青い光はやつを正気に戻したのか、それとも余計狂気に突っ込んだのか。
本当のところは分からないが、少なくとも余裕たっぷりの道化師を相手にするよりは戦いやすい……のかもしれない。
ある意味、戦いにくいが。
罪の意識に狂い叫ぶ人間に武器を向けるなんて、俺の中のちっぽけな騎士道さえ許し難いことだと言っているからだ。
「師匠は私のために魔法を使えるようになる研究をしてくださっていたのに私が殺した私が殺し私が殺してしまった手が勝手に動いて師匠を刺し殺したのだどうしてどうして、どうしてぇッ!」
「ぎゃう……」
とうとう傷つくのも構わず、石の床に頭を激しく叩きつけ始めたドルマゲスを尻目に竜の顔がこちらを振り返る。
標的がこっちに向いたかと思いぎょっとしたが、竜になっていても明らかな困り顔なのに気づいて警戒を解いた。
「これ、どうしよう……」とでも言いたげな顔つきだ。
「お前がやったんだろ……」
よくよく見れば、竜の身体は全体的に人間のエイトよりはふた周りほど大きいが精々二メートルの背丈で、随分小柄に見える。
マイエラ地方に山ほどいたデンデン竜より小さい上につぶらな瞳をしている。
十八歳は人間としては大人だが、竜としてはまだまだ子どもの年齢だってか?
もしそうなら細かい設定のある呪いだことで。
ドルマゲスから戦意を感じない今、少し心の余裕ができたせいで余計なことを考えちまった。
こっちはこっちで緊急事態だろうに。
これ、戻れるのか?
ドルマゲスを倒せば戻れる、か?
流血を厭わず、ゴンゴンと音を立てて頭を叩きつけている哀れな操り人形を倒せば、戻れるのか?
「これって絶好のチャンスだけど、なんだかこのまま倒してしまうよりもドルマゲスを問い詰めてそもそも何があってあんなに後悔するようなことをしてしまったのか聞かないといけないのかも……だって、アレ、……」
「きゅるるぅ」
「確かにあの状態の人間に攻撃するのは気が引けやすね、兄貴……」
「くるる」
その間にもドルマゲスは杖にすがりつきながら嗚咽していた。
「ああ゛あぁあアぁああああァアッッ! どうしてどうして私は私はワタシはッ! あの時師匠を……ぐッ? くるなッ! やめろッやめてくれ……ッ! わたしをこれ以上弄ぶな!! もう罪のない人達を殺してまわるなんてッ真っ平ごめんなんだ!! アァ!! 師匠ッ助け……」
突如、目の前で血まみれのドルマゲスの身体が両手両足を紐で吊られたマリオネットのような不自然な動きで立ち上がった。
ドルマゲスの内に潜んでいた「黒幕」のご登場か。
哀れなもんだが、この状態で助けることはできないだろう。
そもそも重傷すぎる。
全力の回復呪文をかけても助かるかどうか……むしろあれだけ頭を叩きつけたり喋ったりできていることが驚きだ。
俺たちはめいめい武器を構える。
黒竜エイトは大きく翼を広げると、雷を帯びて翼が青白く輝き始めた。
と、ドルマゲスの持つ杖の先端が怪しげに光る。
当のドルマゲスは驚愕の表情で杖に縋っていて、何が起きているのか分からないようだった。
びくびくと波打つようにその腕が震え、足の中に虫が這いずり回っているかのように身体が脈拍を打っている。
何人もの人を殺してきた不気味な道化師が、何者かも分からない存在に肉体をいじくられている……。
見る間に全身が大きく肥大化し、耐えきれずに服が裂けていく。
服の下の皮膚がめりめりと音を立ててちぎれていき、鮮血が吹き出したかと思えば紫色に変わっていき、ゴキゴキと骨が砕ける音とともに無理やりに身長が伸びていく……。
「あ、あ、あ、あァ……アアアアアッ!!」
奴の髪の毛がザァッと再び白に染まっていったかと思えばバラバラと抜け落ち。
黒い瞳が血のような真っ赤に光り、頭部からは二本の角が飛び出し……。
胸が悪くなるような生臭い臭いが漂う。
湯気のようなものを立ち登らせながらドルマゲスは苦悶の表情を浮かべていた。
「嫌だ……嫌ダ……もう嫌……だ……せめテ、あなたがたは、逃ゲ……」
「……兄さんの仇よ、あいつは。分かってる、でも……」
「あいつは院長の仇だ。ドルマゲス……を操っている何者かが、な。凶器を憎むものじゃない。振るった相手が憎いんだ」
「キュルル……」
「だがよ、俺たちに攻撃してくるなら倒すしかねぇよ。あのドルマゲスのおっさんも……こうなっちまえば早く倒してやるのが人情ってもんだ」
「きゅい!」
「でがすよね、兄貴!」
だが同情しても最早助けることはできない。
せめて、ヤンガスの言うように苦しまないようにトドメをさしてやるくらいしか。
ドルマゲスに巣食う呪いにこっちまで火の粉が掛からないように気をつける必要があるが。
「そウだ……」
エイトは帯電して光る翼を広げ、俺たちを背に庇うように立ちはだかっている。
そんな中、ドルマゲスは狂気に支配されたおかしな声色で声をあげた。
笑みを浮かべ、ウキウキと、誕生日パーティーを開こうとしているかのような声だった。
「ワたしが、やっテしまったように! アナタがタの大切な人たちを殺シテしまったように! わたしヲ! こノようにすればァアッ!」
大杖がドルマゲスの手によって振りあげられ、長い杖の鋭い先端が……ドルマゲスの腹をぶっすりと貫いていた。
それはオディロ院長の死に様と同じだった。
串刺し、だ。
急にあの光景が思い出されて、喉の奥に酸っぱいものが込み上げてくるのを飲み下す。
塩辛い唾液があとからあとから舌の裏から沸き出して喉をゴクリと鳴らした。
「コレデ……ッ! 止マれ……ル?!」
どす黒い血がドルマゲスの口からごぼりと大量に吐き出され、どうと異形の長身が倒れる。
杖が突き刺さったままの遺体はもうピクリとも……いや。
ドルマゲスの身体は、それでも不気味に脈動していた。
どくり、どくりと腕が、背中が、足先までもが大きく拍動している。
むくむくとさらに背中が膨れ上がり、バシュウと音を立てて肉が弾ける。
そこから鳥のような大きな翼が蠢きながら生えてきて、意識のない串刺しのドルマゲスを羽ばたかせて無理やり立たせている……。
危険を感じたのか、エイトが遺体目掛けて激しい雷撃を降らせるも奴の変化は止まらない。
「ギャルルッ!」
「兄貴といえどもアレに近寄るのは流石にやばいでがすよ!」
ならばと突進しようとするエイト、竜の足に縋り付いてそれを止めるヤンガス。
ようやく吐き気を押さえ込んだ俺はゼシカに「リレミト」を唱えるように頼もうとして……!
その時耳に飛び込んできたのは、地響きと轟音。
それは大きな水音だった。
ザバァと頭から叩きつけられる大きな圧力に何とか耐えようとしたものの、ゼシカとヤンガスが押し流されてきて俺まで巻き込まれる。
「きゃあっ」
「ウギャアアッ」
「キュルル?!」
俺たちは、最初にドルマゲスが入っていた謎の球体が天井から落下してくるのに巻き込まれてしまったようだった。
粘着質な水のような液体に取り込まれたせいなのか、三人まとめて押し流されて床に叩きつけられたからなのか、一瞬意識が刈り取られて……。
無理やり目を開けると、エイトが俺たちの上で翼を広げて傘になってくれたようだった。
礼を言おうと顔を見ると、金色に輝く竜の目が向いている方に自然と視線が誘導される。
そこには杖を肉体に取り込み、目の前には変わり果てた姿の「ドルマゲスだった何か」がいて……獰猛な笑みを浮かべて襲いかかってきた!
連戦かよ、つくづくついてないな!
凍てつく波動というか青の衝撃というかとにかく一時的に暗黒神の支配さえひっぺがす程度の衝撃波、とはいえ相手が悪く根本的な呪いは解けない
完全竜化→HP&守備力&属性耐性&状態異常耐性がめちゃくちゃに上がった代わりに攻撃性能が下がっている。様々な大技を使えるが、人間の姿で高速剣技しながら攻撃呪文をぶっぱなしている方が火力が出るため。一般竜神族は竜変化した方が全体的に強いと想定しています
なんの竜でもない。暴走竜神王と同じような感じ。未分化。