「ドルマゲス」を倒し、彼の遺体が崩れた灰のようになってしまったあと。
あれだけの存在感を放っていたドルマゲスが遺したものは、長身の彼からは想像もできないくらいわずかな塵と彼が盗み出したというトロデーンの国宝の杖だけだった。
そう、凶器として散々酷使されてしまったあの大杖。
サザンビークからの出発前に聞いたトロデ王のお話によると、大昔から王国に伝わる国宝らしい。
僕、思いっきり斬りつけちゃったんだけど、大丈夫かな。
見た目には傷ひとつないけれど。
さすがは古くからの国宝、一級品の魔道具らしい。
なんの保護呪文がかかっているんだろう?
明らかに普及してなさそうな古い呪文……難しそうだなぁ。
とはいえ、被害者の側面もあったドルマゲスの末路を思うとスッキリしないおわりだけど……せめて杖だけでも取り戻せてよかったのかな。
たくさんの人を刺し殺したといういわくがついてしまったけれど、国宝なんだものね。
もともと杖として使うことはないだろうし、元通り宝物庫にでも安置するんだろうか。
「……あたしたち、とうとう倒したのね。でも、仇討ちをしても兄さんは戻ってこないのよね」
「ドルマゲスを操っていた元凶はきっとどこかでのうのうとしているだろうな。第二のドルマゲスが出てこないように元凶こそ探すべきなんだろうが……情報がなさすぎるか」
「散々追いかけ回してきた憎い奴とはいえ、こんな末路だと胸糞悪ぃ。簡単にスッキリ、とはいかないでがすね兄貴」
「るるぅ」
そうだね、と返事したつもりだったけど喉から飛び出したのは言葉というより鳴き声。
そうだ、まだ竜の姿のままだった。
……ドルマゲスはもういないのに?
ということは「元凶」を見つけ出して倒さなきゃダメってことになるけど……参ったな、これじゃあおじ上に事の顛末を説明することもできないし、なんなら仲間たちに意思を伝えることだって一苦労じゃないか。
ドルマゲスを倒したら自然に戻るかと思っていたけれど、うんともすんとも。
むしろ竜の姿にも慣れてきたっていうか。
だんだん視線の高さに違和感がなくなってきたし、しっぽを手足のように認識できてきた。
慣れてる場合じゃないって。
「それで兄貴はいつも元のお姿に戻られるんでがすかね?」
「きゅう……」
「『僕が知りたい』とでも言いたげね」
「きゅい!」
「今度は『その通り』か? 声色のニュアンスでだいたいわかる……が、問題はそこじゃないか。この調子だとトロデ王たちも元に戻ってないかもな」
「おーい!」
気遣わしげにククールが腕を組んだ途端、タイミングよく入り口の扉付近からトロデ王の大きな声が聞こえた。
同時に、トロデ王の後ろから優しくやわらかな気配が近づいてくるのがわかって、僕は急いで扉の方へ歩き出した。
会えて嬉しい! 彼女を迎え入れないと!
そんなはやる気持ちと、どうしてこんな危ないところに来ちゃったんだ! という心配が同時に込み上げてくる。
とはいえ、
「おぬしら、ついにやったようじゃな!」
「おっさん、なんでこんなところに! ってやっぱりおっさんも人間に戻ってねぇか。何はともあれドルマゲスは倒せたんだけどよ……兄貴が……」
「きゅるるぅ」
よいしょっと。
ちょっと大きい音がするかもだけど、みんなごめんね。
あ。
「そうよね。ドルマゲスを倒して仇はとったけど……問題はむしろ増えたのよね。まずは見ての通り、エイトが竜になっちゃったの。それに、……ねぇ、なんの音かしら?」
「きゅーきゅる?」
「ヒヒン?」
僕はトロデーン国王陛下が開けられた扉をさらに大きく開いてミーティアを迎えようとして、勢い余ってうっかり扉に頭突きしてしまった。
蝶番が吹っ飛ぶかと思いきや、なんだか勢い余って扉ごと粉砕しちゃったけど、これで通りやすくなったよね。
そしたら、扉の向こうにいたミーティアはキョトンとしてこっちを見ていた。
すぐにミーティアはくすくす笑いながら入ってきてくれたけどね。
『ごめんね、荒っぽくて。まだ力加減ができてないんだ』
『いいえ、エイト。私を気遣ってくれてありがとう……あら、あなたの言葉が分かるわ。不思議ね。竜とお馬さんって実は同じ言葉を話すのかしら』
『不思議かな? それよりも、すぐにこの姿の僕を僕だって気づいてくれたじゃないか。それなら言葉もわかるさ。
『そうかしら。きっと貴方が言うならそうなのね。
エイト、それからみなさんもお疲れ様でした。お父様がこの場所の雰囲気が軽くなったと仰って、私を連れてきてくださったのよ。きっとみなさんが成し遂げたって』
気づくとこの姿でどうやって喋ったらいいのか、分かっていた。
竜の喉から出る鳴き声じゃなくて、人間の喉から出る言葉じゃなくて、心と心で通じ合う話し方。
そうすれば、ミーティアも僕も呪いによる変化に関係なく話せるって気づいた。
……ただ、それは「僕が」使える方法であって。
僕からみんなに話せても、僕とミーティアが話せても、「ミーティアからみんなに」は難しいかもしれない。
覚えてもらうにも、僕にはどうにも
常に、当然のようにしている呼吸の仕方や歩き方をうまく説明できないような、無意識の習得のせいだった。
僕がもっと言語化が得意ならよかったのにな。
困ったものだ。
しかもこれは「音」に頼る話し方じゃない。
はた目から見れば僕たちは黙って見つめ合っていただけ。
何をしているのかもわからず、この「話し方」は話したい相手以外にはなんにも聞こえないものだから。
「沈黙じゃない沈黙」はみんなにとって奇妙なものに映ったらしい。
「どうしたのじゃ姫や。殿下と見つめ合って……ははぁ、ふたりとも呪いが解けなかったことがショックだったのじゃな」
『失礼、今しがたミーティア姫と会話していたのです。この姿では人間の言葉が話せないので、このように』
「おわっ! 兄貴の声が頭の中に響いてきたでがす!」
『驚かせてごめんね。竜になって新しくできることもあるし、人の時にできたのに今はできないこともあるってことみたい。まるきり別の生き物なんだから当然かもしれないね。僕、この姿の話し方が急に分かったんだ。それで、嬉しくてみんなにも聞こえるようにするのを忘れていたんだ』
そして僕たちは、ミーティアとトロデ王にその場で手短にドルマゲスとの戦いのあらましを説明した。
道化師ドルマゲスとの激しい戦い、強力な攻撃を避けるために僕が竜になって阻止したこと、突然正気に戻ったドルマゲス、明らかに本人の意思の外でおぞましく肉体が変化していったドルマゲス、……そして、最期には自分の身体を止めるために自らを杖で刺し貫いたこと。
おそらくは哀れなドルマゲスは黒幕ではなく誰かの傀儡に過ぎなかったことも。
どこから彼の意志じゃなかったのかは最早わからない。
だけど、断片的な発言からして彼が師匠であるマスター・ライラスに手をかけたのも不本意だったこと……そして、サーベルト、オディロ院長、ギャリングを襲ったことも、望んでいたことではなかったのかもしれない、と。
「つまり最初も最初から、でがす。アッシがおっさんたちと出会ったトラペッタはトロデーン城からいちばん近いでげすし、操られたまま真っすぐマスター・ライラスのもとに行って自分の手で師匠が死ぬのを見ていたって訳でがす……うぅ、ひでぇ話でがすね。血も涙もない本物の悪党が裏にいるのは間違いねぇ。これまでドルマゲスのことは話の通じそうにない輩だと思ってやしたが、一気に可哀そうな奴だと思えやした……」
「もしかすると、そもそもトロデーンに来た時点でおかしかったのかもしれんな。まぁよい。詳しい話は帰ってからでもよかろ。ここにこれ以上いても仕方ないのじゃから……」
「帰るたって。俺たちはサザンビークに戻ってクラビウス王になんて言えばいいんだ? ドルマゲスは倒せましたが、おたくの殿下は立派な竜になってしまいました……ってか? 最悪縛り首だろ。馬姫様だって元に戻れずによ」
「ええい、このネガティブ男が! ナヨナヨ言いおって! まず、そのようなことを思慮深いクラビウス王がなさるわけないじゃろうが! しかし悪いことは隠し立てした方があとあとよっぽど状況が悪くなるに違いない! ここはバシッと主君のわしが前にでて説明するから家来のおぬしたちは心配無用じゃ。いざという時責任をとることが上に立つ者の定めなのじゃからな!」
「いいこと言うわね。ただあたしたち、別にトロデ王の家来になったわけじゃないけどね」
そういえば、自分から人間の姿に戻れるかどうかってまだ試してなかった。
そもそも竜の姿になったのはドルマゲスに相対したせいで竜の呪いが進行したからじゃない。
自分の意志で「右腕のチカラを抜き放って」、気づいたら竜になっていた。
竜になろうと思って、そうするしかドルマゲスの攻撃を阻止する手段はないと思って、自分からやったんだ。
つまり逆をやれば戻れる、かも。
『ちょっと待って。自分で戻れないか試してみる!』
竜になった時は分かりやすく右腕が竜化していた。
そこを起点に全身に展開したような感じだったね。
自分に回復呪文をかけるときみたいに、魔力という「起点」を傷口という「作用点」に浸透させるのによく似ていた。
今の僕に人の要素は……この、僕の心に宿る自我くらいだけど。
きっと心の中までは変質してないさ、きっとね。
竜になってすぐの曖昧な自我の時は怪しかったけど。
もうすでに記憶が曖昧なのだけど、夢でも見ていたかのようにとにかく
でも、今なら大丈夫さ。
とにかく!
元に戻ることを意識して、
一瞬にして目の前が白に染まる。
光はすぐにおさまり、目を開くと僕の視線の高さはいつも通りに戻っていた。
成功したみたい。
強靭なしっぽと大きな牙がなくなって、代わりに腕が長くなって指の感覚が鋭くなって、なんか変な感じ。
おっかしいの、人間の姿が普通なのに。
でも式典用の正装から普段着、つまり父上のお古を直した服に着替えた時みたいに肩のチカラが抜けたというか、ホッとしたような感じというか。
「戻れちゃっ……戻れたね?」
「良かったじゃない。あ、でも右腕は……」
「右腕……本当だ。変わってないね、相変わらず鎧みたいに硬い鱗付きか。これも出し入れ出来たら普段着のまま鎧みたいな鱗を生やして即戦いにいけるのにな……うーん、うーん、うーん? ダメだ、腕の鱗は引っ込まない」
「まぁ、これなら縛り首は回避できるか。あとはせいぜい、説明頼んだぜ……」
「随分悲劇的な物言いだね。僕がさせないよ。なんでそう悲劇的なの?」
「それはでがすね兄貴、アッシたちがはるばるサザンビークに来るまでの間、回復呪文を使えるのがほとんどククールだけだったんでがすよ。アッシもホイミなら使えるんでげすが正直焼け石に水でさぁ。それで恥ずかしながらちょいちょいアッシたちは全滅寸前、いやトロデのおっさんに三人で教会に担ぎ込まれたこともあるんで全滅もしたことあるんでがすよ。で、すっかり神経すり減らしちまったってわけでがす。
ククールの肝がゼシカくらい太けりゃここまでネガティブ野郎じゃなかったでげすな!」
「どういう意味よ」
「なるほど……? まぁ安心してよ。権力を振りかざすのは好きではないけれど、いざとなったら駄々こねてる時のチャゴスの真似でもするし、暴力で解決すべきではないと分かっているけれど死ぬくらいなら殴ってでもなんとかするからさ。というか、最悪別の大陸に逃げたらいいんじゃないの? 君にはルーラがあるんだから。わざわざ追わせないようにするくらいならもっと簡単さ」
「……へいへい、悪かったな心配性で」
不貞腐れたみたいな返事だけど、目に見えてククールは安心したみたいだった。
闇の遺跡に突撃する前もかなり慎重に進むべきと発言していたし、魔力の節約もパーティいちばんだ。
ここまでの旅路の苦労のせいなのかな、それとも本人の気質なのかな。
まぁ、今はおいておくか。
とりあえず僕はこの通り元気だし、竜になったのは少なくとも仲間たちのせいなわけないんだから罰せられるなんてありえないし。
というかそもそも、物語に出てくるような治安維持に厳しい国じゃないんだから大丈夫なのにね。
そうじゃなきゃ、チャゴスも僕も裏でどっちが王様になった方が「マシ」か? なんて城の人間に値踏みされていないわけで。
さて。
帰るんだよね。
「おお、そういえば杖はどこに行ったのじゃ。ドルマゲスが盗んだ我が国宝じゃ」
「これのこと?」
「それじゃ! ゼシカ、すまんが持って帰ってくれんか。わしだと引きずってしまってな」
「それくらいいいわよ」
ドルマゲスの灰の中から国宝の杖が拾い出された。
……この、ドルマゲスの遺灰とでも言うべき塵。
こんなところに放置していたら当然、誰も墓参りに来ないし、そもそも誰も葬っちゃくれない、よね。
「トロデーン国王陛下、少しだけお時間を。ドルマゲスの墓標を簡易的にですが、立てたいのです」
「む……もちろん構いませぬぞ。そのような場所に訪れる人間がいるとは思わぬが、墓標を用意することくらいはすべての人間に叶うべき最期の尊厳ですじゃ」
「ご理解、感謝いたします。しかしここには墓標の代わりになりそうなものはありませんので……」
竜の姿で壁に突撃したら墓石の代わりになりそうな瓦礫を作れたかもしれないけれど、地下でそんなことしたら僕たちが危険だし。
僕は遺灰に右手をかざし、詠唱しながら強くイメージした。
「
指先からほとばしる青い雷撃が、遺灰を囲むように地面に落雷痕を刻み込む。
そのまま集中して、僕は闇の遺跡の床に墓標の模様と、文字を刻んだ。
僕らは少しだけ目を閉じて祈ってから墓標に背を向けた。
「じゃあ、『リレミト』を唱えてもいいかしら」
「……うん。みんなありがとう。サザンビークに戻ってゆっくり休もう。心よりのもてなしをさせてもらうから」
「
ゼシカの呪文にいざなわれて、僕らはそこを後にする。
墓標代わりの刻印には『最期に抗った彼の勇気を称える』とだけ刻んだ。
彼の行いが彼自身の意志によるものではないとしても、何人もの人が死んだ。
たくさんの人が呪われた。
その魂が死後安らかであるかは分からない。
あまりに業の深い行いをしすぎている、と思う。
だけど、戦いのさなかに自分が自分でなくなっていく恐怖を感じながらも、自分で自分の始末をつけようとしたあの行いは……間違いなくドルマゲス本人の意思によるものだって思いたかった。
悲劇の中にも、狂気に堕ちても。
本物の、一片の勇気があったのだ、と。
エイト殿下は魔力の精密操作で雷操って空中に自国の紋章とか出せるし、触れたところや指さした場所に精巧な焼印とか入れられる 暇すぎてできるようになったけれど本人は一発芸に近いと思っている
そのおかげで呪い無効の代わりに何かが無効になっている(後述)
自分の始末をつけようと頑張ったドルマゲスおじさんには、報い/報われのお叱りとお迎えがありました
今度は本心を言えるといいね