ゼシカの「リレミト」、そしてククールの「ルーラ」でサザンビークに戻った僕たちは、城門をくぐった途端に帰還したことに気づかれ、国民たちの大歓声に迎えられた。
そりゃあもう、ヤンガスが目を白黒させ、ゼシカが戸惑い、ククールが虚無の顔になるほどの大歓迎。
でもそれは僕らが成し遂げたことを分かって大騒ぎ、というよりはそれをダシにしてワイワイお祭り騒ぎをしたいからって感じだね?
とはいえ、騒ぎを聞きつけて城からすっ飛んできた近衛たちとカイ将軍、それから僕が幼い時から顔をよく知っている貴族たちからは本当の、心からの「安堵」を感じたけれど。
でもいいんだよ、それで。
僕たち王侯貴族は血税のお陰で食うに困らず育ったのだから、いざという時身体を張るのは当たり前だし、……まぁ今回はある意味、自分のことを何とかしようとしているだけだけどさ。
同時に王侯貴族は時として「個人」として見られず「貴族」、「王族」というレッテルを貼られてその行動が一括りにされるのも当然。
ひとりの軽率な行動で信頼を失うし、だけども僕らの為すことは行動する前から大いに期待されている。
だから……お祭りに利用されていいし、僕らのやることなすこと監視されているも同然でもそういうものだ。
みんなを巻き込んでしまったのは申し訳ないけれど、「エイト殿下の仲間」として周知されている以上はしょうがない。
だから、むしろ「今の状態」は健全と言うべきかも。
ずーっとひたすら城に閉じこもっていて何しているのか分からない殿下なんてさ、国民の血税で育てた甲斐がないじゃないか。
エイト殿下は一体何をしてくれるんだろう?
ここまで育てたお返しにどんなことをやってくれるんだろう?
って大きな疑問だったろうね。
王族としての仕事もほとんどしてなかったわけだし。
せいぜいが……慶事と弔事に数少ないお小遣いの使い道を察知して僕の名前で花を贈ってただけだし。
うん、今の方がいい。
こうして賑やかなざわめきを聞くとしみじみ思う。
ここに無事に戻れて、良かった。
とはいえ、僕の旅はまだ終わらない。
だって旅の目的の本質は「ドルマゲスを倒す」ことではなく、「かけられた呪いを解く」ことだった。
それは達成できていない。
ミーティアもトロデ王も元のお姿に戻れていないし、それはすなわち呪いに滅ぼされたというトロデーンの復活もいまだ叶っていない、という意味でもある。
幸いにもというか、不幸にもというか、ことの進展としてドルマゲスが黒幕でなかったことは分かっている。
なら、ここからはその正体不明の黒幕を追う旅になるのだろうと思う。
だからこれは単なる区切りの報告のための一時帰宅。
大勢の群衆に見送られて城に入ると、待ち構えていたらしい侍従たちが素早く近寄り、返り血でドロドロになっていた山吹色の外套を有無を言わせず、丁寧な手つきで脱がせるというか丁寧な手つきなのにものすごい速さで剥ぎ取るというか……な勢いで持っていってしまう。
同じく汚れていた兜もガントレットも手早くもぎ取られ、鎧は流石にすぐに外せないらしくそのままにされたものの、素早くピカピカに拭いてくれた。
代わりに緑と白のマント……マントだけど、形状はケープかポンチョのようで上半身がすっかり隠れるもの。つまり、僕の腕が全部隠れる衣装……を着せてくれた。
カラーリングはいつものサザンビーク王室の色で見慣れたものだけど、まったく見覚えがない衣装だ。
こんなの、父上持ってたの?
それともまさか、僕が鱗まみれになったから腕を隠せるようにわざわざ新調したのかな……父上のお下がりを仕立て直したもの以外を着ることなんて滅多にないのに。
珍しいな……。
他にも侍従たちも僕らに武器を預かろうかと聞いてきたり、荷物を持とうとしてきたり、前衛をやっていたために僕と同じように返り血を浴びているヤンガスはサイズの合う替えの服がなかったらしく、代わりにごしごし拭かれていた。
みんなはそんな様子に慣れていないようでものすごく戸惑っていたので頃合いを見て全員下がらせる。
ともあれ、善意の揉みくちゃにされた僕らは少しスッキリした姿で玉座の間に向かった。
「ただいま帰還いたしました。おじ上、チャゴス……僕たちはこの通り、無事に帰ることができました。
この件について重要なご報告がありますので、よろしいでしょうか?」
僕はマントから竜化が進行し、相変わらず青い光を放っている右腕を出し、胸に手を当てて恭しく礼をした。
それがどういう意味か、すぐに分かったらしい。
チャゴスはそんな僕の腕を見てしかめっ面になったけど、すぐになにか思いついたようにポンと手を打つとそばの兵士に話しかけて何かを言いつけている。
そしてこちらに向き直った時にはしかめっ面ではなく、僕を見てなんだか「にんまり」していた。
その割には「嫌な予感」はしない。
そもそも、少なくともチャゴスは僕に迷惑をかけようとしてかけてくることはないのだけどね。
結果としてそうなることはあるけど、それはきっとお互い様。
ただ、目を三日月みたいにきゅっと細めて、こっちを見ながら微笑む……を通り越した「にんまりした笑顔」を向けられたらさ、なんだかいい気がしない人が多いと思うから、その表情は王族として公の場では辞めた方がいいと思うな。
一体、何を企んでいるんだろう……。
「うむ、何より。しかし、ならば休息を取る前にこの場で報告を聞かねばならないな。
して、人払いは必要か?」
「いいえ。必要ないよね、みんな?」
うん、みんなも異論がないみたいだ。
でも僕は竜になっていた時の記憶は途中まで曖昧だ。
補足説明をしてくれるとありがたいな。
「僕たちは当初の手筈通り元宮廷魔導師の元を訪れ、魔力が抜き取られた魔法の鏡のチカラを取り戻す方法を問いました。そして、彼の示す方法で鏡の魔力を取り戻したのち、翌朝には道化師ドルマゲスが潜伏しているという闇の遺跡に進みました。その日のうちに最深部に潜んでいたドルマゲスと戦い、これを討伐。そして今、最短で帰還したのですが……途中、判明した事実がございます」
「うむ」
僕は一旦言葉を切って深呼吸した。
「我が国の国宝から魔力を抜くという瑕疵を与えた連続殺人犯ドルマゲスもまた、邪悪なる何者かに操られ、不本意な行動をしていた被害者のひとりだったのです。彼はその手で師であるマスター・ライラスを手にかけ、師の住居を放火したとのことでしたが、それすら望んだことではなかった。
戦いのさなか、正気を取り戻した……正気を取り戻させてしまった彼は発狂したかのように自らの行動を悔いておりました……重ねてきた殺人を、彼は操られながら最も近い場所で見せられ続けていたのでしょう。それだけではなく、正気の彼は僕たちに逃げろと言い、自分の肉体が呪いによって異形に成り果てていく中、チカラを振り絞り大杖で自らの胸を刺し貫いて自殺を図りました。
しかし、彼の肉体はもはや止まらずおぞましい変化を遂げ、魔物のような異形に成り果て、襲いかかってきたのです。鳥のような巨大な翼を生やし、頭からは角が生え、体長が伸びて巨大化し……成り果てた彼は元の面影さえ、あまり。そして、僕たちが討伐した末に彼の肉体は限界を迎え、砂のように粉々になって、僅かな塵になってしまい、まともに残ったのはこちらの大杖だけでした」
おじ上の視線が一瞬ゼシカが手にしているトロデーンの大杖に向き、すぐに僕の方に戻ってきて、頷いて先を促す。
「彼にそんなことをさせた黒幕が誰なのかはまだ分かりません。どこからドルマゲスが操られていたのかも分かりません。しかしながら、我々が討伐した彼もまた被害者であり、真に解決しない場合第二第三の『ドルマゲス』が同じように被害者となってしまい、凶行は繰り返されることでしょう。
おじ上、当初の目的通りドルマゲスの討伐は成りましたが僕にかけられた呪いは解けておりません。もちろん、トロチャン殿を含むほかの被害者の呪いも。今はまともな手がかりはありませんが、引き続き邪悪なる意志を追う旅を続けたく思います。手掛かりがありませんので、おじ上の寛大なお心によってお力を借りられたら、と」
「うむ。もちろん、エイトが旅に出てからも各街に兵を派遣し情報収集をしていたがこれからは一層それを強化しよう。我が国領の外にも親書を送って協力を仰ごう。
ところで、その腕に支障などは?」
「腕? ……あぁ、この右腕は剣を握るに不便はありません。防具を身につけなくとも天然の鎧のようですし、もちろん痛みもなければ違和感もありません。ただ触覚や温感は覆われた分鈍いですし、試していませんが以前より器用さは劣るかもしれませんが。ペンを握るくらいは問題ありません。また、左腕に変化はありません。ご心配をお掛けしました」
「痛苦がないならば良い。夜にでも医者を向かわせるので、そちらに細かい変化を報告するように。
大臣、聞いていたな。ベルガラック、リブルアーチ、オークニスに出している使者に追加の人員を送り、トロデーン、トラペッタ、ポルトリンク、マイエラ修道院、アスカンタ王国、サヴェッラ大聖堂、聖地ゴルドに親書を持たせた新たな遣いを出す。ただちに人員を選定せよ」
「はっ」
大臣が恭しく頷いたその瞬間、突如として玉座の間の気温が急激に下がったような錯覚を覚えた。
爆発したかのように、邪悪な気配が現れる。
ありえない、絶対にありえないところから息が詰まるような気配がする。
「……うふふ、なんにも知らない割には動きが早いのね。人間も数だけはいるのだから、少しくらいは警戒しなくちゃダメかしら。そうよね、ダメよね。
悲しいけれど大国のひとつが動く前にトロデーンと同じように滅ぼしてあげるわ!」
なんで。
なにを言って。
僕の思考がちゃんと動く前に、身体が先に動いていた。
後ろからの
「悲しいわね、あなたたちがもっと愚鈍ならこの国からはこっそり出て行ってあげたのに……」
「ゼシカ、一体どうして……」
「ゼシカなわけがない! ……もしかして、この杖か? むしろそれしかないだろ!」
ククールが叫んだ途端、ゼシカの杖から詠唱もなく巨大な炎が現れ、真っ直ぐククールに向かって飛んでいく。
近距離ながらもククールはからくも
軌道を逸らす余裕もなく跳ね返った呪文はゼシカに当たる前に杖で空間を引き裂くようにして現れた黒い影のようなものに飲み込まれて掻き消える。
あんなこと、あんな恐ろしい影を操るなんてこと、正義感が強くて真っ直ぐなゼシカにできるはずがない!
躊躇なく自分の呪文を仲間に向け、憎んでいたドルマゲスと同じことをやろうとするなんてありえない……!
「ゼシカを返しやがれ!」
ヤンガスが操られたゼシカを取り抑えようと果敢に向かっていったけれど、なんらかの呪文で瞬間移動したらしく、空振ってしまう。
僕は油断なく剣を構えながら攻撃すべきか、捕縛すべきか、問い詰めるべきか……いや、そもそも彼女に勝てるのかを考えていた。
ゼシカを操る「黒幕」。
ドルマゲスを操っていた「黒幕」。
相手が同じなのは分かっていた。
というより、あんなのが何人もいるなんて考えたくもなかった。
そして、ドルマゲスと違ってゼシカは知っている相手だ。
彼女の人となりを知っている。
どんな思いで旅をしていたのか知っている。
……そして僕は、ドルマゲスの「末路」も知ってしまったんだ。
早く止めないととんでもないことになる気がする。
とはいえ、考える脳みそとは相反して身体は動く。
何をすべきか、最も正しい合理的な行動を選んでいる。
すなわち、ゼシカからあの大杖を取り上げる行動だ。
触れては僕も危険かもしれないから、触れずに叩き落とす。
負わせてしまうかもしれない少しの怪我は許容して、最優先はおじ上とチャゴスの命を守ること、その次に「呪い」を掛けさせないこと。
左手で投げつけた魔封じのルーンがやっぱり効かなかったので、雷光の槍を五つほど召喚するとゼシカの周囲をぐるりと囲んだ。
危機的状況のはずなのに、「呪われしゼシカ」は不気味に笑っている。
いつの間にか、彼女の顔は血の気のない真っ青な顔色に……そしてその瞳は真っ赤になっていて、まとう雰囲気もドルマゲスと同じく邪悪としか言いようがない気配に変わっていた。
「うふふ……一筋縄じゃいかない、か。呪いをかけてもいいけれど、そこの坊やが邪魔だもの。
それじゃあ幸運な皆さん、さようなら。何もしないであげるわ……」
雷光の槍を放つ前に、「呪われしゼシカ」の姿が虚空に掻き消える。
空を切った雷光の槍が、標的を失ってぶつかり合いバチバチと大きな音を立てる。
僕はぐっと左手を握り込むと、呪文を強制的に終わらせて行き場のない雷を霧散させた。
青い稲妻が玉座の間を明るく照らし、それが収まると灯りを減らした訳でもないのに随分暗く見える。
それは僕らの心が沈んでいる、から……。
「……不甲斐なくも取り逃して、しまいました。どうか、どうか操られてしまったゼシカ自身には罪を問わないでください」
僕はすぐさま懇願したが、おじ上は首を振った。
「もちろん、『ドルマゲス』に兄を殺されたというアルバート嬢が本心からやったことではないと人情ではわかっていることだ。しかし、ゼシカ・アルバートの名前で指名手配をするのが最も手っ取り早いこと」
「あいや待たれよ、クラビウス王よ」
気づけば、真隣にトロデ王がいらっしゃった。
もちろん、呪われているトロデ王はサザンビークでは魔物と勘違いされて騒ぎが起こらないように取り計らわれているのは知っている、けれど。
気配がなかった。
ヤンガスがびっくりして飛び上がり、「おっさんいつの間に!」と叫んだ。
正直、僕もひっくり返るほどびっくりしたけれどびっくりしすぎて、逆に無反応でぼうっと国王同士の会話を眺めていた。
「元を辿ればあの杖が持ち去られたことが原因なのじゃろう。であれば、ゼシカが悪いわけではなく、その罪を背負うべき存在が他にいるではありませんか、クラビウス王よ」
「……これから『ドルマゲス』が起こしたような被害が出るやもしれないのに、それらをすべて被られると?」
「彼女とはここまで共に旅をしてきたのじゃ。であれば彼女はわしの家臣……のようなもの。そして責任を取るべきは上の人間じゃ。彼女は自分の復讐のため、そしてわしらのためにこれまで命を賭して尽力してくれた人間。報いる時に報いずにどうして上に立って偉ぶることが許されようか」
「……大臣よ、部屋を用意しろ。しばらくこの御仁と話すべきことがあるのだ」
「かしこまりました」
連れ立ってふたりが部屋を出ていくのを見送って、僕はやっと剣を握ったままなことに気づいた。
剣を収めると、同時にヤンガスとククールも我に返ったようで大きく息をつき、全身に入っていたチカラを抜いた。
「今度はゼシカか。こりゃ間違いなくドルマゲスのおじさんも元々はあそこまでイカレた人間じゃなかったな。ゼシカがこんなことするはずがない」
「違いねぇ。これまで耳からタコができるほどドルマゲスのおっさんへの恨みつらみとゼシカの兄貴の思い出を聞かされたってもんだ……そうだ兄貴、ゼシカのこと、ありがとうごぜぇやす」
「……なんでお礼を?」
「すぐさまかばってくださったからでがす。クラビウス王の言う通り、指名手配した方が手っ取り早いってのは裏社会に生きていた人間にはよーく分かっている事でげすよ。でも、兄貴が止めてくださったお陰でトロ……チャンのおっさんが間に合ったんでがすよ」
「だって、僕たちもう仲間でしょ。仲間を信じて、仲間を助けるのは当たり前だよ」
僕は小さな声で言った。
力なく、元気なく……気力もない。
全身のチカラが抜けて、ベッドにダイブしたいくらい疲れていた。
膝が笑い、指先が震え、体温まで下がっているようだ。
ドルマゲスとの戦いのせいじゃない。
これから続くであろう旅の指針が示されたようなものなのにそのキッカケが最悪だったことに脳みそが拒否を起こしているようだった。
誰よりもドルマゲスを憎んでいたゼシカ。
家族を殺されてしまったゼシカ。
ドルマゲスに殺気立って呪文を連発していた彼女が、ドルマゲスの言っていたことが本当なら意識があるままに身体を乗っ取られて凶行に走ろうとしている。
止めなくちゃ、追いつかなきゃ、分かってる。
でも、国王同士の「結論」が出るまで飛び出す訳には行かなかったし、瞬間移動で消えたゼシカがどこに向かったかも分かりやしなかった。
全くバラバラの相手を殺していた「ドルマゲス」を思うと、次の標的を絞れそうにもない。
僕は、なんとか気力を振り絞って、ひとりの侍従を呼び止めて休めそうな部屋を用意させ、仲間三人でめいめい椅子に腰掛け項垂れるしかなかった。
これからどうしたらいいのか。
さっきはどうすべきだったのか。
結論の出ないぐるぐるした推論未満の考えがうずまき続けて、頭がいっぱいで脳みそが爆発しそうな心地だった。
ハードスケジュールすぎる殿下一行と従兄弟に用があるのにそれどころではなくなってしまって会話もできずに地団駄踏んでるチャゴス王子
王子は暗躍中
エイトは低血糖に両足突っ込んでいる ここまで暴れすぎである