サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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前へ駆け出して

沈黙が支配する部屋の中。

ククールはさっきから椅子に座ったまま人形のように少しの身動ぎもしないし、ヤンガスも絵に描いたように落ち込みっぷりで頭を抱えて机に突っ伏したまま。

僕も僕で、本心ではもうベッドに入って眠ってしまいたいほどの疲労感を押しのけて、「どうすべきだったか」を考えていた。

 

気づくと握った手にチカラが入りすぎていて、呪われる前よりも硬質化した爪が手のひらの、蛇の腹のように生っ白い皮に跡がつくほど食い込んでいた。

僕は小さくため息をついて、無意識に力んでいたのをゆるめると……力んでいたのは手だけではなくて、全身ガチガチになるくらいチカラが入っていたことに気づいた。

 

旅立つ前日に詳しく聞き及んでいたドルマゲスの凶行、そのはじまり。

ドルマゲスはあの白塗りメイクの道化師の格好で、トロデーン城を訪れ旅の道化師と偽って芸を披露し、その褒美としてその晩城に泊まることを許された。

それによってまんまとトロデーンへの侵入に成功したドルマゲスは見張りの兵士たちに危害を加え、トロデーンの国宝であるあの大杖を狙って杖が安置されていた部屋に押し入った。

兵士への凶行を見咎めたトロデ王とミーティアは自らドルマゲスを止めようとして……国宝を盗む現場に居合わせ、ドルマゲスによって最初に呪われてしまった。

しかし、おふたりは幸か不幸か杖を封印していた結界の中にいたためトロデーン王国を呪ったイバラの呪いからは逃れることができた。

 

イバラの呪いは僕たちを蝕む姿を変える呪いと違って、人間自体が植物のようになってしまいその場から動けず、話すこともできない恐ろしい呪いだったという……そして、そのイバラの呪いに滅ぼされたトロデーン王国は()()()()()()()()()()()()、おふたりはおふたりだけで旅立つことを強いられた。

 

トロデーン王国の国宝の「杖」。

結界によってわざわざ封印されていた杖。

トロデーン王国を一夜にして滅ぼした恐るべき呪いさえ防いだ強力な結界に封印されていた杖……。

 

僕らは、僕は、ゼシカが操られてしまう前に気づくことができたはずだった。

いや、それは結果を知ってから「こう考えていれば」と後悔しただけの、遅すぎる気づきに過ぎないか。

 

ゼシカが呪われたドルマゲスのように人を殺める前に、止めないと。

それだけが分かっていて、だけど杖に操られたゼシカが使った「転移魔法」とでも称すべき謎の呪文は彼女の行き先のヒントさえくれなかった。

呪われたゼシカは空気に溶けるようにその場から消え、後には何も残さなかったのだから……。

 

重い沈黙が続く中、それを打ち破ったのはノックの音だった。

ゼシカの居場所が分かったとかの緊急なら返事を待たずに入ってくるはず。

そうじゃないなら、何の用だろう?

 

緩慢に顔をあげて、僕は許可を出した。

 

「入っていいよ」

 

「失礼いたします。エイト殿下と殿下のお仲間の方々」

 

しずしずと部屋に入ってきた侍女……アンは、僕が生まれる前から城に勤めているベテランだ。

小さい頃から特にお世話になってきたひとりで、赤ん坊のころに城に迷い込んでいたトーポを遊び相手として僕にあてがったのもアンだと知っているから、大恩人というか。

その手には大きなお盆があって、その上には皿からこぼれんばかりに山盛りのサンドイッチが、三皿分の山になっていて……。

 

なんで、サンドイッチ?

僕の疑問が顔に出ていたのか、ヤンガスの前のテーブルにお盆を置いてすぐに説明してくれた。

 

「恐れながら殿下、先ほどからお顔色が悪うございます。重大なお役目にお忙しくお昼を抜かれたのではありませんか。普段ならもう夕食の時間でございますのに。殿下は良く運動されますから健啖家でいらっしゃるチャゴス王子と同じくらい召し上がりませんとお身体がもたないでしょう。

本日の晩餐会は中止でございますから、殿下にご用意するのにふさわしくない簡素なもので申し訳ありませんが召し上がってくださいませ」

 

「言われてみれば、今日は朝食を取ったらすぐに闇の遺跡に行って、そのままずっと戦いっぱなしで、ドルマゲスを討伐してすぐ戻ってからこの有様だから……」

 

「左様でございますか。では、おかわりも持って来ますのでたくさん召し上がってくださいませ。すぐにトーポのチーズもお持ちします」

 

「ありがとう、アン」

 

思わず、小さい頃のように呼びかけるとぴしゃりと氷点下の声で突っ返された。

 

「アンナロッテにございます、エイト殿下。高貴なる殿下におかれましてはみだりに下々の人間に親しくなさらぬよう。特に気安く愛称など呼んではなりませんよ。それでは失礼いたします」

 

アンはにこりともせずにお辞儀をして部屋から出ていったけれど。

命じられてもいないのにわざわざ用意してくれた山盛りのサンドイッチが彼女の本心を物語っていて、冷たいように感じる話し方なんてなんてこともない。

 

大人になった僕にはもう分かっていた。

アンは……城のみんなは冷たいんじゃなくて、僕を想って教育しているんだと。

父上のように出て行って欲しくないと真綿に包んでいたようだったけれども、その根底にあるのは「エイト殿下」への思いやりなんだと。

 

「うん。そういうわけだから、食べよっか。腹が減っては戦はできぬってね。備えないと。ほら、お腹が空きすぎて僕ってばくらくらしてきたよ」

 

「そういえば空きっ腹でがした! ありがとうごぜえやす! いただきやす!」

 

いきなり両手にひとつずつサンドイッチを持ってがっついて美味しそうに食べるヤンガスと、困惑したようにサンドイッチと僕の顔を見比べているククール。

 

「どうしたの?」

 

「あぁいや……いや、お前たちが正しい。こういう時こそしっかり食べられなきゃならないってのは分かってるさ」

 

そう言って、ククールもサンドイッチに手を伸ばした。

 

そのあと、やっぱり僕らは無言だったけど次々と運ばれてくる山盛りのサンドイッチを競うようにどんどんと平らげた。

アンだけじゃなく、部屋にはおかわりのサンドイッチを持って代わる代わる他の侍従や兵士たちもやってきて僕らを心配している様子だったけれど。

 

無言でもりもり食べているのを見てみんな少し安心したみたいだった。

トーポまで神妙な顔をしていっぱい食べているんだものね。

 

……切り替えろ、エイト。

空腹すぎて震える手を押さえ込み、口にサンドイッチを押し込むのをやめないで僕は思う。

 

焦って闇雲に飛び出すな。

ゼシカのことはおじ上が命令してすぐにどこかの人里で目撃情報があがるはず。

そうしたらそこに急行したらいい。

使えるものは全部使えばいいんだ。

今は人の命がかかってる。

権力でも何でも使って、今度は間に合わせないと。

 

ゼシカがドルマゲスの末路のように塵になるなんて、絶対にあってはならない。

故郷の村に無事に帰すのが仲間のやるべきことなんだ。

復讐を終えて、まだ黒幕は見つからないけれど……あの杖を調べたらきっと何かわかるはず。

 

だから。

満腹になるまで詰め込んで。

それから僕はヤンガスとククールの休む部屋を用意するように命令してから自分の部屋に戻った。

 

そして、鎧を何とか外すと……そのまま倒れるようにして泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

控えめなノックの音が聞こえて、急激に意識が浮上した僕は慌てて起き上がる。

カーテンの隙間からは陽の光が強く差していて、普段起きる時刻をとっくに過ぎていることを示している。

やってしまった。

すっごく寝過ごした、寝すぎてしまった。

いくら疲れたからってあまりにも緊張感がなさすぎる!

 

僕は慌てて跳ねた髪を撫でつけながらベッドから出た。

 

慌ただしく扉を開けるとティーセットを持ったアンとその後ろにいる彼女の後輩である新米侍女、そして僕の部屋の警護をしていたらしいいつかの新兵が少し心配そうな顔をしてそこにいた。

 

「ごめん、今起きたところなんだ」

 

「そうでしたか。よくお休みでございましたね、エイト殿下。お茶と朝食をお持ちしましたので、支度をなさったら玉座の間にお越しくださいませ」

 

「うん。おじ上はもう待っていらっしゃるの?」

 

「陛下はゆっくり準備するよう仰せですので。ことの進展は今のところないようですから。他の方々も今お声がけしているところです。そうご心配なさらずに」

 

「分かったよ。……僕はここのところ寝過ごしてばっかりだね」

 

「殿下に朝のお声がけするのが私たちの仕事でございますよ。それでは失礼いたします」

 

テーブルの上にお茶と軽食とトーポのチーズが並べられ、身支度を手伝われたくない僕の意向に従って侍女たちは部屋から退散していった。

僕は昨日外して散らばっていた鎧を拾い集め、ベッドの上に集めておくと……昨日に引き続き、戦うためにも朝食をしっかり食べることにした。

 

食堂での食事と違ってトーポをテーブルに堂々と出せるから、自分の部屋で摂る食事が好きなのをアンはきっと覚えていたんだと思う。

 

食後には手早く身支度を済ませ、部屋を出ると丁度ヤンガスとククールがアンに案内されてこっちにやってくるところだったらしい。

 

ヤンガスは僕を見るやすぐに笑顔になってこっちに走ってきた。

 

「おはようでげす兄貴! サザンビークはいいところでがすねぇ、今日も朝からご馳走してもらったでがす! 満腹のアッシは今ならもう一回、昨日の戦いをやれるぐらい元気でがすよ! あーっと、ゼシカ相手に殴るわけにはいかねぇや。とっととあの杖をへし折って美味い飯でも行きやしょう!」

 

「昨日の再現は勘弁してくれ。で、もう大丈夫か?」

 

ククールはヤンガスの言葉には呆れたように肩をすくめていたけれど、すぐに僕に向きなおった。

 

「うん、もう大丈夫。全然気づかなかったけど、昨日の僕は大暴れしすぎてすっかりへろへろになっていたみたいで……でも、今は平気さ。それこそもう一回、竜に変身して暴れられるくらいね」

 

「そうか。多分、その変身のせいでへろへろになっていたんだろうが……」

 

「あはは。そうかも、身体が大きくなれば燃費も悪いよね。だからあんなにふらふらしたのかな」

 

「大きなお世話かもしれないが、人間のまま戦った方が強いように見えるぞ、兵器殿下。ま、あんまり周りを心配させてやるなよ」

 

正直言って、ヤンガスと対照的にククールはあんまり大丈夫そうじゃなかったけれど、それについて本人が何も言わないのなら……彼の意志を尊重すべきだと思う。

でも、昨日の、重苦しいだんまりの空間にいた時よりは随分回復したようには見えた。

 

「じゃ、あんまり王様たちを待たせちゃいけないな。とっとと行くか」

 

連れ立って玉座の間に入ると、すでに人払いがされていて、そこにいたのはトロデ王とミーティア、それから大臣とカイ将軍とその直属の部下の兵士たち……一部の、「事情を知る人間」だけが入ることを許されている様子だった。

一緒に来たアンと僕の部屋の護衛の新兵もその範疇らしいけど、昨日の騒動は結構見られていたからこの人払いってそもそも建前だろうしね。

 

なんなら宮廷画家がいて、玉座の間の情景を一生懸命描いている。

これを使って国民への説明の説得力を高めるのかな?

僕が入ってきたのに気づくと待っていましたと言わんばかりに筆を早める。

そりゃあ、僕はとてもわかりやすい登場人物か。

竜になった腕を描くだけで言わんとすることがわかるもの……。

 

話がまとまれば、すぐに情報を整理し、絵を添えて「物語」にしたら、広めていい範囲の話に変えられて広げられるはずだ。

 

そして、それは建前だとみんなが知っている。

真実は、知る人はちゃんと知っている。

そういうことになるのさ。

 

……そういえばチャゴス、いないね?

 

「おはようございます、おじ上」

 

一礼すると、次々と運ばれてくる書類に目を通しながら、どんどんやってくる報告を聞いていたいかにも忙しそうなおじ上は書類の束を隣にいた大臣に渡して顔を上げた。

 

「うむ、おはよう。未明から選抜した人員を各国、各街に三人組で派遣し、情報があればキメラのつばさで帰還させるよう指示してある。我が国のあるこの大陸内においては行きもキメラのつばさで行かせたのでとうに到着していることだろう。仮に海を越えているならば情報は遅くなってしまうが……仕方あるまい。魔物の凶暴化によって定期船がない昨今ではほかの大陸へ行ったことのある経歴のある家臣は少ない。今のところ新たな情報はない。

エイトよ、目撃情報が上がり次第、兵士を派遣する。別行動で向かうか?」

 

「そうさせていただきます。現地で必要とあれば共に行動を。しかしながら、ただの旅人として身軽に動くのもまた必要に感じますので」

 

「そうか。エイトに各地の派遣部隊の現場指揮を許す。必要とあれば人員を上手く使いなさい」

 

会話の途中で報告を持ってきたらしい兵士たちがバタバタと駆け込んできた。

さっと僕らに緊張が走る。

玉座の間に礼儀をかなぐり捨てて駆け込んでくるなんて、絶対に何かあったのだから。

 

「報告いたします! 北の関所が杖を持った女によって破られた模様! 関所の門が破壊されています!」

 

「見張り兵二名は帰還せず! 定時の交代人員の到着により事態が判明しました! 応戦、負傷の有無は不明です! しかし血痕がなかったためリブルアーチ側に逃亡したものと思われます!」

 

「関所が……あ! たしか、トラペッタとリーザス村を結ぶ関所もドルマゲスによって破られていたんでがすよ、兄貴。そりゃもう、鉄の門がひしゃげてどデカい穴が開けられて無理やり突破したような大惨事でがした。あんなもん人間がやれることじゃねぇでげす。ゼシカも同じことをやらされたんでがすね……」

 

「鉄の門が? その話は初耳だがとんでもないな」

 

そうか、ククールが旅の一行に入る前の話なんだ。

 

報告を聞いてわなわなと震えているトロデ王と、父君を気遣うような表情で顔を向けているミーティア。

彼女たちもその光景を見ているから、どんな惨状なのか想像がつくんだろう。

 

「そんな無茶、ゼシカの身体の負担になっていなければいいんだけど……」

 

脳裏に、翼を生やした異形の男の姿がよぎる。

大丈夫、まだ大丈夫のはず。

ドルマゲスは僕らに追い詰めるまであの姿に変身させられなかったじゃないか。

きっと、黒幕にとっても操っている人物を変身させるのは難しいか、大変なんだろう。

兵士と応戦する間もなく関所を破ったゼシカにわざわざ重い消耗をさせる理由がない。

 

「向かうは、リブルアーチですね」

 

「少し時間を空けてから兵士を五名送る。関所配属の兵士たちの安否確認の名目でな。下手に近衛も将軍も出せないが……一般兵士以上を送ればサザンビークからの侵略行為と見なされかねない。被害が大きくなってからなら別だが……仕方あるまい。なによりエイトがいるのだから問題なかろう」

 

「はい、必ずや成果を得て戻ります。大臣、あなたの未来の娘を無事に取り戻しますから」

 

「エイト殿下、痛み入ります。あぁ、あの放蕩バカ息子に殿下の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいで……」

 

アンが僕の緑と白のマントを脱がせると、代わりに綺麗に洗濯された山吹色の外套を着せてくれた。

鎧の上から着ている上着が変わっただけで、「エイト殿下」から「旅人リオ」に変身したような気持ちだ。

 

着替え終わると同時に、玉座の間にいる兵士たちが一斉に敬礼する。

 

「ご武運を、エイト殿下!」

 

そうして、僕たちは北の関所に向かって出立した。




カイ将軍→「氷の告白」でエイトにワンパンされ、「祈りと旅立ち」で恥にまみれようが無事に帰ってきてと懇願してた人
アンナロッテ→番外編前半の侍女ちゃん18年後の姿。殿下(たち)の胃袋を無限だと思っている
エイトの部屋の護衛→番外編後半の新兵くん(エイトの護衛が強い必要がないので新人が担当しがち。配属に重視されるのは出身地と忠誠心)
カイ将軍の部下→番外編後半の先輩兵士が混ざっている
彼らには再度の出番があります
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