夕方なんてとうに超えて、すっかり漆黒の空になった時間になっていた。
空から降り立つと同時に揃って街に走って入ると、ひとりの兵士の格好をした男が近寄ってきて略式の敬礼した。
王族に向かってしない敬礼をわざわざしたということは……ギリギリ兵士仲間同士の会話だったと誤魔化せる範囲にしてくれている、のかな。
それとも、相当な緊急事態か……他にもサザンビークからは派遣された人間がいるはずだけど、彼らの姿は見えない。
「状況は?」
「はっ。状況に変化ありません。しかし、屋敷の警備に雇われるというていで潜入した元関所の兵は『ハワード氏はなにか不穏な気配を感じているようだ』と進言しております」
「分かった。リブルアーチにいるサザンビークの人間はハワード邸のそばで待機、様子を見て敷地内の人間を避難できるようにしておいて。ハワード氏自体は恐らく戦闘能力があるし、僕たちもいるから非戦闘要員の使用人たちを中心にね。もちろん自分の身を最優先で」
「了解しました。……リオ殿、ご武運を」
「君の上司に生きて帰るって約束したからね。約束は守るよ」
関所の兵士たちも無事だったのか。
良かった、ゼシカが罪を犯さないで。
今なら大丈夫、呪われて操られていたという名目で関所の破壊くらいならお咎めなしに出来るはず。
でも操られたまま人を殺してしまったら……。
『嫌だ……嫌ダ……』『ワたしが、やっテしまったように!』
もがき苦しみながら異形に変貌していくドルマゲスの姿が脳裏をよぎる。
不本意な殺人を四人も行った末路。
死体さえ残らない非業の死……。
大丈夫、まだ、引き返せるはずだから。
そして兵とともにハワード邸に急ぐと、門の近くにいた町人らしい服を着た男が……こちらを見て飛び上がって敬礼した。
見覚えがある人だ。
格好が違うから誰だかわからなかったけど、そうだ、今年の春頃に入隊した新兵だ。
すっかり夜になっているし、僕たちの後にサザンビークを出た人間ももう到着しているのも当然か。
それにしても、僕の部屋の警備もやっていたから顔を覚えていたはずなのに、服装というものは人の印象を大きく変えてしまうな。
「エ……ゴホン! リオさま、こちらにはもう少ししてから向かわれた方がよろしいかと……」
「それはどうして?」
騒ぎになっている様子はないので呪われたゼシカは来ていないようだけど、早くハワード氏に「クラン・スピネル」を渡さないと。
結界の完成は早い方がいいでしょう?
信じられないほど尊大な人間だけど魔術の腕前に嘘はなさそうだ。
「えっと……その……恐らく、お目汚しになってしまいます……ので……」
お目汚しって何のこと?
首をかしげた途端、犬の大きな吠え声が聞こえた。
同時にハワード氏の怒声が敷地の外まで響いてくる。
「おい、なにをやっているのだ! レオパルドちゃんがお腹を空かせているのに晩御飯を用意するのにいつまで時間をかけているのだこのたわけ!」
「……あの使用人の兄ちゃん、なんかやらかしたんでがすかね?」
「さてな。何もなくても難癖つけそうな
ヤンガスとククールがとても嫌そうな顔をしている。
確かにハワード氏は好人物とは言えなかったし……ゼシカの襲撃時も身を挺して守ろうとした青年を怒鳴りつけていたのを目撃しているし。
初対面の人間でもどうかと思う行動を恥ずかしげもなく他人に見せているのだから、普段の行動でもそりゃ「そう」だよね。
僕の中に湧きあがった感情はただの義憤かもしれなかった。
ただの偽善で、これからも続く彼らの日々にとっては何の意味もない行動かもしれない。
でも、僕は「ハワード氏の行動を少し邪魔してやろう」と思ったことは間違いない。
それで印象を悪くしても、こっちには「クラン・スピネル」があるという思惑と、単に僕「も」人間関係に茶々を入れてもいいと思っている傲慢なだけかもしれなかったけれど。
「見るからにお取り込み中だけど、別に僕らの要件を伝えても構わないね?」
「は、ハイッ! 構わないと思います!」
「リオさま、今すぐ門を開けます!」
「いいよ、今の僕はただの旅人なんだから。じゃ、解散して」
「はいっ」
サザンビークのふたりが散り散りになると、僕は門を開けてずんずんと庭に入った。
そこにはやはりハワード氏と大きな黒犬、そして犬の餌を持った使用人の青年がいた。
「おおよしよし、かわいそうなレオパルドちゃん。すっかりチェルスの愚鈍さのせいでお腹を空かせてしまって……早くご飯を出さんか!」
「申し訳ありません! ほらレオパルド、ごはんだよ」
「レオパルドちゃんを呼び捨てにするとはどれだけ偉くなったつもりなんじゃ! レオパルドちゃんも気を悪くしておるではないか! お前の立場はわしのかわいいレオパルドちゃんよりずっと下なのじゃぞ! まったく! わしの温情で屋敷に置いてやっているというのに!」
「は、はい! レオパルド……さまの望むようにお食事をお出しします……」
使用人の青年、もといチェルスはご飯を黒犬の前に置いた。
だけど犬はご飯を見るばかりですぐに食べようとしない。
「ん? レオパルドちゃんや、食べたくないのかい? こんな時間なのじゃ、お腹がすいておるだろうに……もしやお前、ご飯に毒を入れたんじゃないろうな!」
因縁をつけるにしては雑じゃない?
ご飯を出されても食べずに待っていたということは、普段からご飯を出しているチェルスを信用していて、ご飯を食べる許可を待っていただけじゃないのか?
犬のしつけってそういうものでしょう。
とはいえ、犬を飼ったことがないから本の知識だけど。
もう割って入るべきか悩んでいる間に、震えあがった可哀想なチェルスは必死に否定していた。
「そんなことをするはずありません!」
「ならば、レオパルドちゃんのご飯をわしの目の前で食べて毒が入っていないと証明して見せろ!」
「……ッ!」
「地面に手をついてその場で食べて見せろ。隠し立てなどできぬように!」
もしかして他人を人だと思っていないのかな?
僕は止めに入ろうと彼らに向かっていこうとしたけれどチェルスの行動の方が早かった。
ハワードに言われたように地面に膝と手をつき、犬のように四つん這いになって犬の餌を食べて見せた。
「……ふむ、毒は入っていなかったようじゃな。待たせてすまなかったねレオパルドちゃんや。安心おし*1、食べても大丈夫じゃぞ」
「ワンッ!」
チェルスには見向きもしないでハワードが黒犬に言うと、犬はチェルスに体当たりしてどかすと猛然とご飯を食べ始めた。
何のパフォーマンスを見せられているわけ?
犬も目の前で自分のご飯が減っていったから怒ってチェルスに体当たりしたじゃないか。
ああ、むかっ腹にきた。
でも、ここでの僕はサザンビークで
ところで、僕はこの歳まで盛大に甘やかされて育った自覚がある。
欲しいものをお願いして手に入らないことはなかったし……外に出る自由以外は。
おじ上は僕を実の子と同じように接し、とてもよくしてくれた。
「エイト殿下」はサザンビーク国王の庇護のもと、自由にならない物事なんてそう多くなかったわけだ。
沸点が低い自覚はあった。
それで。
自分の義憤を理解していても、僕がどうこうできることじゃないって分かっていても、とげとげしい声が出るのを止められなかった。
「……ハワード殿? これはなんの騒ぎなんですか?」
「おお、遅かったな。『クラン・スピネル』は無事手に入ったんじゃろうな?」
「僕の質問を無視するとはなかなか度胸がおありだ。別に
「わっはっは! ただの使用人のしつけじゃ。若者には刺激が強かったかもしれんがな」
「そうですか」
あとでチェルスにはサザンビークで仕事を紹介してもらえるように言伝を頼んでおこう。
もしかしたらこの「特殊なプレイ」が合意の上で手当てがついて案外高給なのかもしれなかったけれど、まぁそんなことはないでしょ。
中年男性によるサドの変態プレイに付き合っている暇はないんだった。
「ところで『クラン・スピネル』は手に入れましたが、そもそも聞いていた話が違いましたよ。クランバートル家にはとっくになく、何代も前に大陸さえ違う別の名家に移っていました。幸い、そこには僕の仲間の彼……ヤンガスが訪れたことがあったのでキメラの翼で行くことができましたし、交渉も出来ましたがたまたまです。船で向かっていたら間に合わなかったでしょうね」
「おお、それはすまんことをしたな。しかし手に入れられたのじゃからわしの見る目は間違っていなかったということじゃ。その詳しい話は屋敷の中でしよう」
一気に上機嫌になったハワードに連れられて彼の私室に入り、そこで件の「クラン・スピネル」を渡した。
「おお……これがわしの手に入る日が来るとは。それではこちらに来るのじゃ」
そのまま何故か部屋の奥に案内され、ハワードは壁に向かって呪文を唱えた。
すると壁に扉のような形をした穴が現れ、隠し扉が露わになった。
すごい仕掛けだ。
……嫌な人物であることがどんどん分かってきても、同時に彼の能力を疑うような場面がない。
「人柄」が良くとも必ずしも「能力」が伴うものではないとわかっているように、心のどこかで「能力があるものは同時に高潔であるべきだ」とでも思っているのか……なんとなく釈然としない。
心から尊敬させてほしい。
「この中に『世界結界全集』という本がある。わしは先に結界の習得にとりかかる準備をするので取ってきて欲しいのじゃ」
「へいへい、またおつかいの続きね。さ、とっとと行くぞリオ」
「あ、ちょっと!」
ククールがらしくもなくすぐに請け合い、それを見たヤンガスが僕を隠し部屋に押し込むように背中を軽く押した。
されるがままに押し込まれ、階段を降りるとそこは本棚がいくつもある小さな部屋だった。
そこでハワードの気配が部屋の前からなくなったのを確認するとククールは真剣な顔で向き直った。
「正直、その気持ちはわかる。まったくもって何か言いたい気持ちはわかるんだが、ここで話がややこしくなったら呪われたゼシカが先に襲撃してくるかもしれない。分かるな?」
「分かってるさ」
「ならいい」
「兄貴が言ってくだすってアッシはスッキリしやしたよ!」
「うん……」
「ま、あとから兵士どもでも呼んでビビらせてやったらいいんじゃないか? 隣国の『兵器殿下』と知らず顎で使った不敬
「はは、僕がそんな事しないの分かってるでしょ」
そこは肩竦めてないで返事してよ。
しないよ。
それから僕らは手分けして本を探し出すと……途中、ハワードの一族の由来についての本が見つかったり、そもそも本が多すぎて時間がかかったりと大変だったけどほとんどの本をさらいにさらってなんとか見つけた……僕らはまたもやヘトヘトの感覚を味わいながら隠し部屋から出た。
すると、ハワードが慌てたように駆け寄ってきてやっと見つけた本をもぎ取っていく。
「遅いぞ! どうやらあの杖使い女がまた来たようじゃ! わしはこれから結界習得の大詰めに入るのでそれまであの女を足止めしてくれ!」
「そのゼシカはどこ?」
「外だな。庭の方から邪悪な気配がする」
「行こう!」
冷静なククールの言葉を聞くやいなや部屋から飛び出そうとするとハワードに引き止められた。
「少し待たんか! ……ほれ、これで全力で戦えるじゃろ。では頼んだぞ!」
彼がなにやら呟いてかけてくれた呪文は高度な回復呪文らしく、傷だけではなく魔力まですっかり満たされた。
重だるかった身体までなんだか軽くなったみたいだ。
……本当、その実力は確からしい。
呪われたゼシカを食い止めている間に結界が完成さえすればきっと「支配」を解除できる大結界を作り上げてくれるだろう、という信頼ができる。
仕切り直して屋敷から飛び出すと、既にゼシカはそこにいた。
庭の噴水の中央にあるハワード像の上に立ち、あの真っ青な顔色のまま不敵な笑みを浮かべたゼシカは……ひとりの人物に狙いを定めているようだった。
僕らは、ゼシカの視線の先にいたチェルスの間に割り込んで彼を背に庇った。
まだ大丈夫。
まだ被害者はいない。
「くすくす……くすくす……」
また呪われたゼシカは笑っている。
余裕ぶってこちらを煽る姿勢はドルマゲスと同じ。
話し方が全然違うから使っている人間の人格に影響を受けるようだけど……それでも、完全に元の人格を塗りつぶしてしまう厄介さには変わりない。
「あぁ悲しいわ。あぁ滑稽ね。あなたを守るはずだった人間は年月に流されすっかり使命を忘れて傲慢な態度。あなたも自分に流れる血の宿命を知らずにただ無防備なだけ……無知は罪なのにね」
「何がおかしい! ハワードさまには手を出させないぞ!」
あんな扱いを受けたのに忠誠心を失わないチェルスの勇ましい言葉に、呪われたゼシカはますます笑いが止まらないようだった。
「悲しいわ。悲しいわね。本当に何も知らないの? そもそもあたしの狙いはあなた。ハワードなんて男じゃないわ。賢者の血を引いているのはハワードじゃなくて、チェルスなんだもの」
……賢者の血?
リーザスの言葉を思い出す。
クランバートル家からリーザスが嫁いだことでアルバート家に賢者の血がうつったこと、「継承者」だったサーベルト、そして操られていたドルマゲスに殺害されたサーベルト……。
ゼシカは、いや、「黒幕」は賢者の血を引く者を狙っている?
「そうだ、あなたたちもここで始末しておくわ。どうせどこまでも追いかけてくるんでしょう?」
「いいからゼシカを返せ! これ以上好き勝手させない!」
「うふふ……あたし、とても調子がいいの。あんな魔法の才能がカケラもない男を使っていたよりもずっとね。だから悲しいけれど、さっさと倒してあげる!」
チェルスをサザンビークの兵たちが保護し、比較的安全そうな屋敷の中に連れられていく。
幸いにも矛先をこちらに向けた「呪われしゼシカ」はこちらに降りてきて大杖を構えた!
このシーンはPS2版でお送りしております
胸糞とはいえ印象に残るシーン
そして3DSリメイクであえなくナーフされたシーン
今回で20万字突破です!
ここまでの読了ありがとうございます!