「ドルマゲス」と戦った時はやけにお喋り……「遊び」が多く見られたような気がする。
というより、闇の遺跡で戦った時点で遺体が残らなかったくらい限界だったと今ならわかるから、なるべく戦いたくなかったんだと思う。
だけど、「操りたて」なゼシカの身体ではそんな時間稼ぎをする必要がないらしい。
「うふふ……
ドルマゲスとの戦いを思い出させる、攻撃呪文の連続詠唱。
あの時のゼシカは仇への憎悪を隠そうとせずに、だけど自分の限界をしっかり理解した上のペースで連続攻撃していた。
今はそうじゃない。
ただの「メラ」のようにぽんぽん繰り出される巨大な炎の球をめいめい散り散りになって避け、遊びのように放たれる広範囲の
これまでのゼシカだって若さからして信じられないほど優れた魔法使いだけど、最上位呪文を使っている姿は見たことがない。
なのに、ただの下位呪文を唱えるような気軽さで連発する?
例え元々使えた呪文だとしてもこんな後先考えない連打は無茶苦茶だ……。
無尽蔵に見える邪悪な魔力をゼシカの肉体を通して繰り出し、そのせいで彼女がどうなったって構わない。
「黒幕」の目的である「賢者の血筋の殺害」を行うためには何を犠牲にしてもいい。
そんな最悪の思考が透けて見える。
いや……確かゼシカの兄サーベルトが賢者の継承者だったはずだけど、ゼシカだって賢者の血を引いている。
だから、無茶苦茶して彼女が死んでしまったら「黒幕」にとってはむしろ好都合なのかもしれない。
……戦いが始まったのにまっすぐに向かっていかずにごちゃごちゃ考え込むのはやっぱり相手がゼシカだからだ。
なるべく傷つけたくない。
彼女の人となりを知っていて、家族に会って、先祖の魂と邂逅して……操られていることを知っていても敵と断じて攻撃したくなかった。
彼女の呪文を避けるのに徹しながら、どこから斬り込むかを考える。
それを見透かしたように、ゼシカはあの大杖を斜めに鋭く振った。
まるで虚空を切り裂くように。
文字通り杖によって
「魔物の召喚なんて街の中でやることかよ!」
「兄貴、ここはアッシたちにお任せくだせぇ!」
ヤンガスが躍り出て影たちに斧で殴り掛かり、引き付けてくれる。
ククールは僕に向かって
僕はふたりに背中を押されたような気持ちで彼らの隣をすり抜けてゼシカと対峙した。
「
「
光の壁が僕の雷を跳ね返す。
青い雷が僕の身体に向かって飛んできて……だけど、あの呪文はそもそも僕の魔力で形作られた僕のものだ。
ならこの呪文を解析すればいい!
呪文に宿った僕の魔力をそのまま操って、飲み下せ!
竜化していない左の手で跳ね返ってくる雷を受け止め、魔法を解いて魔力に還元する。
こんなの
だってそもそも僕の魔力で形作られた、僕の呪文なんだから!
狙い通り呪文はすべて僕の魔力に還元され、ダメージはなかった。
「器用な真似をするのね。戦いが長引けば苦しい思いをするだけなのに……」
返事はしない。
代わりに剣に炎を宿す。
呪文か効かないなら剣で斬るしかない。
ドルマゲスと同じ相手が操っているのなら、見かけ上ダメージが出ないように手を施して戦っているはず。
なら、杖を叩き落とした瞬間に
杖に向かって斬りあげ、阻まれてロクにダメージが入っていないのを承知の上でそのまま振り下ろす。
余裕の笑みを浮かべながら相殺してくるゼシカは、不意に杖を振り上げるとそのまま殴りつけてきて……なんとか盾で信じられないほど重い打撃を受け止めた途端、ふっと重みが消え、その次の瞬間!
僕は杖の切っ先が向けられているのを視認するや後ろに飛びのいた。
間一髪だった。
後ろに着地する前にドカンと大きな音とともに目の前の地面がえぐれ、僕がさっきいた場所に杖が突き立てられている!
「あら残念」
クイッとゼシカが指を動かすと地面に突き刺さった杖は抜け、またゼシカの手に戻る。
あの杖に刺された人間がどうなったかはもはや言うまでもない!
それにしても……あれくらいなら杖を手放しても問題ないんだ。
「黒幕」の支配はおそらく杖によるものだけど、少しくらいなら手放しても呪いは解けないってことか。
厄介な。
仮に杖を叩き落としても意味がない?
杖を手離した状態で
それこそ、遠く離れたトロデーン王国やリーザス村に連れていけば……呪いが解けるかも分からないのに出来ないか。
大陸の違う無人の洞窟に連れていければ、あるいは。
それとも呪いを解く不思議な泉に連れて行ってあの水を浴びせたら意味があるだろうか。
考え込んでいるのを見透かされていて、ゼシカは僕に向かってではなく、ヤンガスとククールに向かって呪文を次々に唱える。
呪文を妨害しようとすればまた杖による手痛い殴打で攻撃してきて、それにかかりきりになると片手間に唱えられる最上位呪文が味方を焼く。
少しでもこちらに余裕ができるとまた影どもを召喚してけしかける。
民間人に被害を出す訳には行かない僕たちが優先的に狙うのを分かっているんだろう。
「時間稼ぎがしたいのかしら? それともなぁに、あたしを止められると思っているのかしら?」
ゼシカの呪文が誰も狙わず、ハワード邸の外壁に派手にぶつかる。
屋敷の中から悲鳴が聞こえてきて……もしや、あのあたりの部屋にチェルスが避難していたのかもしれない!
それも一回、二回、三回……四度目で割り込んで巨大な火球を切り捨て、そのまま本体に斬りかかるもまた原理不明の瞬間移動で避けられてしまう。
そして同じ場所にまた巨大な火球がぶつけられる!
「ほら、そこでチェルスが蒸し焼きになるのを見たいの?」
「……ゼシカ、ごめん!」
僕らを煽りに煽った言葉だけど本気には違いない。
僕はやっと腹をくくることができた。
傷つけてでも止めるべきだと、頭で理解していた
むしろ
ゼシカもきっと望んじゃいない。
動きを止めるにはどうしたらいい?
呪文は届かず、剣は避けられ、「黒幕」の標的はすぐそばに。
一旦逃げて立て直しは許されず、ここでどうにかするか……ハワードが結界を完成させるのを待たないといけない。
「時間稼ぎ」はある意味正しくて、だけどハワードの結界が完成さえ過ぎれば解決するとも言い切れず、次の被害者を出すわけにもいかないのだから……。
どうやって?
ドルマゲスとの戦いは明快だった。
攻撃して、攻撃を防いで、追い詰める。
あの時……竜になった僕はどうやって戦っていただろうか?
人の姿の今の僕で切れる手札だけではどん詰まりに感じるから……。
真正面から斬りかかり、ヤンガスと共に挟み撃ちし、ククールから支援と回復を受け取る。
光の壁が消えた瞬間に雷を呼び、再び跳ね返されては魔力を還元して無力化する。
雷の光を目くらましに接近し、杖に阻まれて吹き飛ばされる。
まるで効いていない。
ハワードの結界が正しく作用するためにもダメージを与えて弱らせないといけないのに……!
ここは竜の姿に変身するべき?
鎧のように頑丈な鱗に覆われれば呪文の連打に対処する必要が減る。
避けもせずに真正面から受け止めて、呪文を無視して攻撃することもできるはず。
だけど同時に小回りが利かない。
最初に変身した時に理性が飛んだように……自我が幼く退行したものだから、自分を制御できないリスクがあるのも怖い。
でも最終的には自分の自我を取り戻して自分の意志で身体を動かせたのだから……。
……じゃあ逆もできるんじゃないか?
竜の姿で人間の自我を引き出せるなら、人間の姿で竜の自我を……竜の能力を引き出すことだってできるんじゃない?
鱗がなくても、尻尾がなくても、中身は同じ「エイト」なんだから!
そしてそれなら……竜の身体に宿った技が使えるならあるいは糸口がつかめるはず。
右腕を覆っている鱗。
相変わらず青い光を放つ右腕。
これを
じゃあ、そのチカラを解放するのではなくて、逆に……チカラを飲み込んでしまえば?
人の身体に竜のチカラを宿せば?
僕の“カタチ”を維持したまま、呪いの竜のチカラを使役できたなら?
剣を握ったままの右手を左胸に当てる。
鎧越しに心臓の鼓動を感じながら、右手に巡る竜のチカラを集中させる。
チカラを解放するのではなくて。
「
チカラを支配するんだ!
逆流する魔力を飲み下した時のように、反発している大きなチカラを無理やり支配し、全身を巡らせる。
すると右腕を覆う鱗がざわめき、全身に鱗が伝播していくのが分かる。
もともと小さな鱗に覆われていた左腕や両足にも右腕のような……はっきりとした竜の特徴が表れていく。
同時に湧きあがる強大なチカラの使い方まで理解できて、僕はさっきまでと視界が異なっていることに気づいた。
今の僕にはゼシカの肉体を繋いでいる邪悪な鎖が見える。
両手両足、そして首にまでかけられた本来不可視の鎖。
そして本来のゼシカはそれに囚われて、目を開けてはいるものの生気もなくぼんやりと前を見ているだけ。
だけど、本来のゼシカはちゃんと存在している!
操られているけれどそこにいて、意志を外には出せないけれど……生きている!
さっきまで元凶だと分かっていてもただの杖に見えていたトロデーンの大杖は……おどろおどろしい魔力をまとった悍ましいものに見えている!
生き物のように拍動し、邪悪な魔力をゼシカに注ぎ、杖から繋いだ鎖を揺らして操っている!
どうすればいいのか分かっていた。
あの鎖を断ち切ればいいんだ。
だけどこれまでの戦いでただの剣にも呪文にもそれはできないということも分かっていた。
きっとそれには他の方法がいる。
だから……今の僕にできることは……拘束し、時間を稼ぐことなら出来るはず。
「
そんな気持ちを込めて目を見開き、睨みつけた。
途端、薄笑いを浮かべていたゼシカは無表情になり、両手がだらりと垂れてただ立ちすくんでいるだけの姿勢になった。
詠唱は霧散し、殺気が消え、同時に「黒幕」の怒りがこちらに向く。
成功だ。
確か前は……ドルマゲスと戦った時はそのチカラで眠らせようとしたんだったかな?
まともに効かなかったけれど。
だけど今回は違う。
眠らせる、となれば意識を遮断し無防備にする必要があって大きなチカラが必要だし当然向こうも抵抗する。
相当能力差がない限り成功率は低そうだ。
だけど今回は「拘束」だけだ。
ただ押さえつけて、その場に縫い留める。
それだけに一点集中してチカラを行使する。
もちろん僕もただでは済まなくて……ものすごい抵抗を感じていた。
眼が熱くなって、顔中を押し返されているような圧を感じて、鋭い
当然、杖に宿った邪悪は抗っているというわけだ。
挙句の果てにはゼシカを繋いでいる鎖と同じものをこちらにも向けて僕に向かって振りかぶる。
「……ッ!」
暗黒の鎖が顔に命中し、僕の頬が突然ぴしりと裂けた……ように見えたはず。
だけど僕は目を逸らさない。
こうしていると僕も動けないけれど、だけど、僕はひとりじゃないんだから!
「ゼシカを返しやがれぇ!」
「杖を引き離すぞ!」
ヤンガスとククールが前に向かっていき、ようやくまともな攻撃が通った。
同時にどんどん抵抗が強まっていく。
こちらを攻撃してくる鎖は枝分かれし、より一層頑丈そうな大きさに変貌し、うねりをあげて襲い掛かってくる!
ぴしり、ぴしり、ぴしり……。
竜の眼でなければ見えなかった鎖が僕を打つ。
不思議なことに
ぴしり、ぴしり、ぴしり……。
硬い鱗をものともせずに突き破り腕に大きな亀裂が入る。
腹を打たれて喉奥からこみあげてきたものが口角から伝っていく……鉄の味がする。
最初に打たれた頬から流れる血が生ぬるく顎を伝い、首から鎧の内側に入り込んで全身を濡らし、身体が冷えたからか膝がカタカタと震えてくる……。
だけど目を逸らさない。
瞬きすら抑え込んで、その動きを封じ続ける。
それはきっとほんの少しの時間だったはず。
苦痛のあまり永遠とも思える長い時間、僕は耐えた、ただ耐えた。
そして……不意に僕は不可視の魔力の波に吹き飛ばされ、目を離してしまう。
地面に臥したまま顔をあげ、再び竜眼で拘束しようとしたけれど今度はやすやすと跳ね返されてしまった!
「もういいわ、この街ごと吹っ飛ばしてしまえばいいんだから!」
ゼシカはヤンガスとククールも同じように吹き飛ばしていたらしく、誰にも邪魔されずに身軽な身体で空中に浮かぶ。
杖を掲げて頭上に巨大な魔力球を作り出し笑っていた。
ここまで、遊んでいただけだったかのように……僕らの拘束も攻撃も、単に気が向いたから付き合っていただけのようだった!
「ええい、そこをどかんか!」
異変を察知して庭に出てきたサザンビーク兵たちを突き飛ばし、屋敷から出てきたハワードが僕らの前に立ちふさがる。
「杖使い女め、やけになりおって。わしの屋敷を何度も攻撃しおってけしからん! これでも食らうがいい!」
怒りの言葉と共に彼の足元に白い魔法陣が展開され、ドーム状の結界が広がっていく。
魔法陣はぐんぐん大きくなって僕を、ヤンガスを、ククールを……そして屋敷までもを飲み込み、最後には破滅の魔法を構えていたゼシカをも取り込む。
結界に入った途端、ゼシカが杖を取り落とし……地面に急激に落下した!
「危ない!」
起き上がって受け止めに走りたかったけれど僕の両足は既に鎖の反撃のせいで大きく裂け、立ち上がることすらできなかった。
だけどククールが間に合ったようで、ゼシカを両手に受け止めてそのまま一緒に地面に臥せた。
その様子を見ていたハワードは首をかしげて一番近くにいた僕を見た。
「む? そなたら、あの女を追っていたのではなかったのか?」
「もともと、ゼシカは僕らの仲間でした。……何者かに操られていた彼女を、取り戻すために追っていたんです……」
「そうか。まあなんでもよいわ。このハワードさまにかかればこの通り万事解決したじゃろう。これでこの前あの女を追い払ってくれた恩は返せたようじゃな。今は……宿でもとってゆっくり休めばよかろう。おおい、そこの傭兵よ。彼らを運んでやらんか」
真っ青な顔をした兵士が僕の方に駆け寄ってきて担ぎ上げる。
そんなに出血がひどいのだろうか、早く回復呪文を唱えないと……と思った瞬間。
僕の意識は黒に塗りつぶされ、ぷっつりと途絶えた。
竜神王の封印がない(呪い無効がない)代わりにエイト殿下は「マホカンタダメージ無効」を持っています ただし特性とかではなくて力技
エイトだけダメージを受けたのは見てはいけないもの(暗黒神)を無理やり見てしまったから 封印されてラプソーンが弱っているので祟り殺されはしなかった模様
肉体がある神なら人間が殴ってダメージ通せるくらいには同じ世界の理に存在するので見ても大丈夫