サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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それは忠義のままに

意識が浮上する。

まず思ったのはひどく身体が重い、ということ。

だるく重いせいで指を動かすことさえ億劫だ。

こんなに目を開けようとするだけで辛いと思ったのはいつぶりだろう?

なんだかんだぐっすり眠れば大抵の不調は吹き飛んできたものだから……顔だけはよく知っている、父親に似たの頑丈な体質のお陰様で。

 

こんなになるなんて何があったんだっけ。

そうだ。

 

あの戦いから、どうなったの?

 

「あ、兄貴! いきなり起き上がっちゃ不味いでがすよ!」

 

「エイト殿下がお目覚めになられた! 伝令、急ぎ帰国せよ!」

 

「はっ」

 

耳に飛び込んできた情報で僕は色々と思い出した。

 

目を開く前にがばりと起き上がる。

途端にくらくらと激しいめまいが襲ってきて、頭がぐわんと揺れてチカラが抜ける。

そのままあらぬ方向に突っ伏しそうになったところをヤンガスが受け止めてくれたらしい。

近くでドタバタと音が聞こえて、リブルアーチに来ていた兵士の誰かが慌ただしく飛び出していったらしく……僕の醜態はすぐにおじ上も知るところになるのだろう、なんなら気絶していたことはとっくに知られているだろう……とわかった。

 

「……ありがとう。それで、ゼシカは?」

 

「ゼシカならそこのベッドでまだ目を覚まさないでがすが、顔色はもう普通でげす。アッシにはただ眠っているだけに見えるでがすね」

 

「そっか、よかった」

 

薄目を開けると、ブラックアウトしていたらしい彩度の低い視界がだんだんと色を取り戻しているところだった。

あれだけ出血したのだから当然のことだけど全く血が足りていないらしく、とても寒い。

そのまままた横になるように促されて、僕は素直に従った。

 

「それから、ほかに怪我人は?」

 

「兄貴がいちばん重傷でがした。ハワードの屋敷の人間が何人か火傷したっていうんでククールが駆り出されているでげす」

 

「……チェルスは無事なんだよね?」

 

「エイト殿下、傷は塞がったとはいえまだ無理は禁物。王族として御身を優先するのもまた務めですじゃ」

 

質問が止まらない様子の僕にトロデ王が優しく諭してくださり、僕は口を閉じた。

 

いくら重傷だったと言ってもククールがすっかり治してくれたらしく、失血のせいで体調は最悪だけど傷は何一つ残っていない。

命に別状ないのだから、安静にしていれば悪いニュースもきっと教えてくれるはず……。

 

その時、部屋に軽いノックの音がひびき……兵士のひとりが警戒しながら扉を開けると、そこにいたのはククールだった。

敬礼しかける兵士をめんどくさそうに止めながら、まっすぐククールはこっちにやって来ると僕の様子を見聞しているようだった。

 

「起きたか。俺の衣装並みに真っ赤になっている人間を治療したのは初めてだったが、まぁ頑丈で何よりだな。あとは多めに飯食ってよく寝て血を作って……って、話があるんだった」

 

「なにかな?」

 

「ハワードの飼い犬のレオパルドが行方不明らしい。チェルスが探しに行こうとソワソワしているんでな、兵士を何人か駆り出してくれると助かるんだが。『杖』の狙いをその辺ウロチョロさせるわけにはいかないだろ」

 

「そうだね。君たち、黒い大型犬を捜索してくれるかな」

 

「はっ!」

 

「……ランス、この部屋にはみんなもいるし、僕の護衛をしなくていいから君も行ってくれる?」

 

「はっ!」

 

きっとそういう約束になっていたんだろう、ひとり残って護衛を続行しようとしていた私服の新兵……ランスは慌てて敬礼すると彼も飛び出して行った。

 

「あの騒ぎじゃあ犬も落ち着かなくて脱走くらいするよね……」

 

とはいえ、ゼシカから「杖」を取り上げることはできたし。

とりあえずは一安心、かな?

ドルマゲスとの戦いからずっと緊張しっぱなしだったし、ここいらで少し息をつきたいところだよね。

 

「う……、ううん……」

 

その時、ゼシカが目を覚ましたようだった。

 

「おぉ、おぉゼシカ。ようやく気づいたか。わしたちがわかるかのう?」

 

ゆっくりとベッドの上で起き上がったゼシカはぼんやりと順々にみんなの顔を見て……そして、弱々しかった眼差しにいつもの勝気な光が戻っていくのがわかった。

 

「あたしって……どうしていたの?」

 

「何があったか覚えておるかの?」

 

「……ずいぶん長い夢を見てるみたいだったわ」

 

「覚えておらんか。わしらがドルマゲスを倒した報告をクラビウス王にしていた時、お前さんはあの杖に操られたのじゃ」

 

「ううん、覚えてるわ。だけどひょっとしたら夢なんじゃないかって……そう思うくらい……なんだか実感がなかったの」

 

ゼシカはぽつりぽつりと語ってくれた。

かつてのドルマゲスと同じように禍々しい魔のチカラに操られていたこと。

身も心も支配されて、頭では兄を殺したことと同じことだと理解しているのに逆らえないような……思考の剥奪を受けていたこと。

そして、邪悪な魔力に突き動かされて、本来ありえないような行動を繰り返したこと。

 

「あたしを支配した強大な魔のチカラの持ち主は……暗黒神、ラプソーン」

 

「ラプソーン……?」

 

不思議な響きだ。

というかそもそも、「神」に名前なんてあるのだろうか。

いや、あるから名前を教えられたのだけど。

これまで、神も女神も概念的にかくあるものであって、名前のついた存在だとは考えもしなかった。

暗黒神、というからには魔物の神なんだろうか?

魔物だから暗黒だろうという考えは安直かな。

 

「操られていたけれど、そのお陰でわかったこともあるわ。聞いて、話したいことが沢山あるの」

 

「まぁ焦らんでも良い、ゼシカ。順を追ってゆっくり話すのじゃ」

 

「……そうね」

 

ゼシカの口ぶりは次第に安定してきて、思ったよりも元気そうだった。

良かった、酷使された挙句塵になって死んでいったドルマゲスと違ってゼシカはちゃんと間に合ったんだ。

 

「私の心にラプソーンは命令したの。世界に散った七賢者の末裔を殺し、我が封印を解けって」

 

リーザスがわざわざクランバートル家とアルバート家の関係や賢者の血について教えてくれたのはそういうわけだったんだ。

じゃあ、サーベルト以外の今までに殺された人たちも……。

 

「七賢者はかつて地上を荒らした暗黒神ラプソーンの魂を封印した存在らしいの。おかしいわよね、そんな話、聞いたこともないのに……ううん、きっと記録になんにも残らないくらい大昔の話なのよ。

賢者たちは暗黒神を滅ぼせなかったけれど代わりに封印したの。杖に魂を封印して、自分たちの血を……子孫が賢者を受け継ぐことを、鍵にして」

 

つまり、ラプソーンは最低でも七人は殺すつもりだった、と。

みんなの話によれば七賢者……殺されたのはライラス、サーベルト、オディロ、ギャリング。

そして、今狙われているチェルス。

分からないのはあと二人、生きているのはあと三人……。

ドルマゲスが最期塵になってしまったのも、人間の身で半分も暗黒神の封印を解いたせい、なのかな。

 

「今まで殺された人たちは七賢者の末裔だったの。あたしもそうだけど……あたしは……兄さんが、きっと代わりに引き受けて……。ううん、賢者の血筋を根絶やしにする必要はなかった。賢者の継承者を殺せば、良かったの」

 

「ふうむ、ややこしい話になってきたのう。

わしの国にあの杖があったから我が国は呪われたのじゃろうか? 暗黒神が滅んでいないからドルマゲスを倒しても呪いが解けなかったのじゃろうな」

 

「詳しいことはわからないけれど、賢者は残り三人よ。チェルスと、あとふたり。賢者の血筋が全て絶たれると封印が解けて暗黒神の魂があの杖から解き放たれる……」

 

その時、はたと思い当たったようにゼシカは周囲をきょろきょろと見回した。

 

「……杖? ねぇ、あの杖は?」

 

「そうじゃ、ドタバタと怪我人の相手をしておってそれどころではなかったが我が国に伝わる秘宝の杖はどこにあるのじゃ? 正直騒動のせいでどこにあるのかも分からんが」

 

気絶していた僕とゼシカ、ずっと僕たちに付き添っていたらしいトロデ王とヤンガスは外から戻ってきたククールの方を向いた。

一斉に見られたククールは両手を振って否定する。

 

「俺は知らねぇよ。

ゼシカたちの処置を終えて俺が外に出た時には行方不明だった。もちろん、街の連中には怪しい杖には触れるなと、あれが恐らくゼシカを暴走させた元凶だと伝えてある。あんなんだが実力はあるハワードが怪しい杖を拾うわけもないし、命を狙われたチェルスはもっと近づかないだろ。俺はさっきまでハワードの屋敷の庭にいたが、その辺りには見当たらなかった。おおかた吹っ飛んでどっかの溝にでもハマっているんだと思うが……」

 

「いけない! チェルスが危ないわ! 恐らく、じゃなくて本当にあの杖を持つと心が乗っ取られてしまうの!」

 

「……すぐに、捜索対象をあの杖に変えさせるよ」

 

「あ、兄貴! まだ起き上がっちゃあいけねぇでがす! 兄貴が倒れていたところは血の池みたいになってたんでげすよ!」

 

「じゃあ、肩を貸してくれる?」

 

その時、意識が戻ってはじめて自分の腕を見ると、両腕とも堅く大きな鱗が生え揃い、鋭い爪が長く伸びているのが見えた。

それに気づくと靴もずいぶん窮屈で、きっと足と同じ状況になっている。

よくはち切れていないものだと思う。

はっと気づいて頬に触れると、そこはただのやわらかい皮膚だったけれど、首から下はきっと……。

 

……もしかして、今までにないくらい半分竜の、中途半端な姿になってる?

そのまま人前に出たら別の騒動が起きかねないな。

 

ベッドに座った僕はひとつふたつと深呼吸して、元に……戻らなくてもせめて鱗が少ない少しでもマシな姿に戻ろうとしたけれど、どうにも上手くいかない。

竜のチカラを飲み下し、人の身体に不釣り合いなチカラを宿らせた罰が当たったのかもしれない。

でも、グズグズしてはいられないのでヤンガスに支えられながら僕は立ち上がった。

 

「みんなは、先に行っていて」

 

ククールがゼシカと共に外に駆け出していくのを見送り、僕はぐわんぐわんと激しい目眩をなるべく押さえ込みながらハワードの屋敷に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……間に合わなかった。

屋敷に到着するまでもなく、呪われたゼシカと戦った痕跡が色濃く残るあの庭で、事は既に起きていた。

 

あの「杖」を咥えた黒犬レオパルドに引き倒されたチェルス。

どかすこともできず苦しげな表情のまま地面に倒れている彼の背中からは、赤黒い水溜まりがどんどん広がっていく……。

 

致命傷を裏付けるようにチェルスが咳き込むとごぼりと信じられない量の血が吐き出される。

 

「レオパルド……いいえ、暗黒神ラプソーン!」

 

『これで五人……これ以上の邪魔はさせぬぞ』

 

先に到着していたゼシカが激昂し、レオパルドに向かって攻撃呪文を唱えようとするも……サザンビークの玉座の間でゼシカが敵意を向けてきたあの時と同じように呪文はただの魔力に還元され、霧散してしまう。

その間にレオパルドの身体には膨大な魔力が宿り、その姿が変貌していく!

 

あれが、ひとつ封印を解き放ったということなのかもしれない。

 

それは、ドルマゲスとの戦いで彼が異形になった時とひどく既視感がある。

不釣り合いな大きな翼が生え、体毛は変色し、骨格さえ歪められたように身体自体が巨大化していき……。

元の人格……犬の意識が残っているのか、それすらも分からないけれど、あんなに元の姿からかけ離れて……。

 

ああ、あれでは今すぐ「杖」を取り上げたってきっと助からない!

 

幸か不幸か僕の歩みが遅かったせいでこの位置からはラプソーンの視界には入っていなかったらしい。

こっちへの警戒がないうちに詠唱で気づかれないよう、無言のままに魔力を練り上げ落雷をお見舞いする!

 

だけども、僕の雷は奴に届くことなく不可視の障壁に阻まれてしまった!

それどころかやすやすと反射されてしまい、邪悪な魔力に上書きされた黒い雷光がこちらに迫り……僕はそれを魔力に還元して取り込むのは危険だと判断し、刹那にできる限りの規模の雷を喚んで正面からぶつけてなんとか難を逃れた。

 

雷撃同士のぶつかり合い。

爆発音に似た大きな音と共に閃光によって視界が真っ白に染まる。

 

前は見えない、音で気配はさぐれない、そもそも僕はまともに動けやしない……。

でも身構えるだけはできる。

武器も持てない今の僕がどれだけ役に立てるのかは別にして。

 

だけども。

光が収まった時にはレオパルドの姿はもうなく。

奴をみすみすと逃がしてしまっていた。

 

後に残ったのは、瀕死のチェルスだけ。

倒れたチェルスにククールが駆け寄って回復呪文を詠唱しているけれど……あれはもう……。

 

足を引きずり、ヤンガスの手を借りながら僕もチェルスに近寄る。

すぐ隣に座った僕に無反応なほど集中したククールとは反対に、僕は冷静に傷を見聞していた。

 

今までの被害者と同じ。

聞き及んでいたように、あの杖で一突きされ、腹に大穴を開けられたらしい。

貫通した傷は内臓を傷つけ、太い血管を破り、命そのものがとめどなくこぼれ落ちていく……。

 

やっぱり助からない。

この傷では助からない。

呪われたゼシカとの戦いで負った僕の大怪我を完全にふさいだククールの力量はじゅうぶんなはずなのに、こめられた魔力がすべて零れ落ちて……割れたガラスの盃に水をいくら注いでも留めることはないように、チェルスの傷は少しも良くならない。

癒しの光はまぶしいくらいに照らされているのに……チェルスの真っ白な顔色に血の気が差すことなく、どんどんと危険な白さは増していくばかり。

 

だけど。

チェルスは虫の息だったけれど、生きていた。

彼は僕に気づいて手を伸ばす。

僕は反射的に彼の手を握って、最期の言葉を聞き届けた。

 

「お……お願い……します……レ、レオパルドさま……を、追い……かけて……ください……」

 

死に間際なのに、自分を傷つけたレオパルドを恨む素振りすら見せず。

チェルスは必死に懇願した。

訴えたのは死への恐怖ではなく、痛みは……もうわからないのかも、しれないけれど。

今から彼は死ぬのに。

これが最期の言葉になるのに。

 

少しの間しか彼とは関わらなかったけれども、気弱で優しいチェルスの生きざまは死の間際すら変わりはしない。

 

「レオパルド……さまは……ハワードさま……が……」

 

そして、死ぬ瞬間まで、彼は自分を虐げてきた主人を想いやる。

 

「ハワードさまが……唯一……心を、開ける、存在だから……」

 

ごぼりとまた、彼の口から血がこぼれる。

苦しいだろうに、自分が死ぬことが分からないではないだろうに。

それでも言葉を続ける。

なんという精神力だろう。

彼の手には弱々しくもチカラがこもったままだったし、それはそのままチェルスからハワードに向けた忠誠の印だった。

 

「レオパルド、さまが……いなく……なったら……ハワード……さまが……」

 

だけど、だけど、チェルスの命の灯は消えていく。

声はだんだんと小さく、くぐもっていく。

喉がすっかり血に溺れてごぼごぼと音を立てて、それでもチェルスは……。

 

「どんなに……悲しむ、か……」

 

チェルスは、一度も、自分の痛苦を訴えることなく。

 

「ハワード……さま……」

 

最期の最期まで、あの暴君そのものの男を思い遣って、死んでいった。

 

チカラが抜けていく手……その手をそっと胸の上に組ませる。

両のまぶたをそっと閉じさせて、僕はぎゅっと目を閉じた。

 

哀悼だった。

いいや、ただ泣くのをこらえていた。

人ひとりの死が、目の前で血にまみれて死んでいったひとりの男の死が、さっきまで僕の全身を抑え込んでいた倦怠感も寒さもなにもかもを吹き飛ばして、ただ……冷たい現実だけを突き付けていた。

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