サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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第3部 足跡のない広い世界へ
なりたいものになれないまま


不思議な泉にて。

本日は一日、ここで過ごすことになって。

三日は安静にするように、とサザンビーク国王陛下に止められている怪我をしていたエイトも呪いから開放されたばかりのゼシカさんも、本当なら安心できる室内で休むべきなのに、わざわざ私のために不思議な泉にやって来て……そこで小さなお茶会を開いてくださることになった。

 

なんでも……「もし泉の水を沸かしてもその効力を失わないなら少しでも心地いい形で飲んで欲しいから」、と。

 

最初に元の姿に戻る時は今まで通りですが、効力を延長するために飲むなら、それは紅茶にしませんか? 

 

エイトはお父様にそんな提案をしてくれたらしい。

 

そんな細やかな気遣いが嬉しくて。

でも、私の心は……「暗黒神」に殺されてしまったチェルスさん……私が無力なあまりに何も出来ずに悲しい結末を聞くことになったやるせなさにすっかりと支配されていたのです。

 

エイトと私はある意味同じ立場です。

同年代の王族であり、呪われた身であり、それなら……それなら私も戦うべきなのに。

だって同じ女性のゼシカさんはお兄様を想ってあんなにも勇敢に戦っているのだから。

お馬さんになって、せめて馬車をひくことで皆様のお役に立っているなんて……あぁ、それこそ本物のお馬さんを用意できたら私なんて必要ないのだわ。

 

ゼシカさんのお話によって、かつて暗黒神を封印した七賢者の末裔が狙われていると分かった今、戦力が多い方がいいはずなのに。

 

私が戦えないのはこれまでの人生でその必要がなかったから、というのは。

これは、言い訳。

別に剣や槍を持って戦えなくても、魔法をたしなめばよかった。

これまで旅をしてきて女だてらに「旅の戦士」をやる方がいることを知ったし、世界は思っていたよりもたくさんの魔物が溢れていて……守られるばかりの無力さに打ちひしがれるくらいなら……。

 

「……私も、一緒に戦えたらよかったのに……」

 

思わず口から言葉が出てしまって、ハッと口を抑えたけれどもう遅く。

 

手桶に泉の水を汲んでいたエイト、火を起こしてくださっていたゼシカさん、薪を抱えて戻ってきたヤンガスさん、焚き火の周りに布を敷いたり石を払ったりと環境を整えてくださっていたククールさん……皆様の手が止まり、私の方を見ました。

 

「この姿では……どうしたってお役に立てないけれど。お馬さんの姿のミーティアは力持ちですし、ずっと頑丈です! そうだ、鎧を着たお馬さんもいますわよね? 私も鎧を着せてもらって、兜に尖った角をつけたらきっと戦えますわ。なんて……」

 

「ミーティア……ミーティアが望むなら、あつらえた鎧を用意してもらおう。身体を守ることができるのはいいことだし。でも、いくら馬の姿が強靭でもこれまで訓練をしたことがない君が戦いに出るのはオススメしないな……きっと悪い夢を見るだけじゃ済まされない」

 

「エイト殿下の言う通り。わしのかわいい姫が呪われただけではなく怪我する姿なんて見たくないわい! トロデーンの姫として守られる立場にあることも、王族として自身が生き残るように立ち回ることもまた役目じゃよ。後ろでドーンと構えて、勝利を労う。帰りを待つ者がいることが心の支えになるのじゃから」

 

「格言でございますね。ミーティア、早速明日にでも鎧を用意してもらうかい?」

 

「いいえ……いいえ、いいえ。そんなの、ただのワガママだったわ。皆様のお陰でこれまで危険な目に遭ったことなんてないのよ。だから、必要ないわ……」

 

そもそも。

仮にお馬さんの私が戦いに出て、奇跡的に怪我をしなかったとして……つまり皆様に心配をかけなかったとしても。

戦いに慣れ、連携がとれ、見事に戦い抜いている皆様にとっての足手まといになるのは想像にかたくないこと。

 

なんにも知らない人間がしゃしゃり出て邪魔をするなんて、それも皆様からの提案で参戦するわけでもなく、ただの私のエゴなのだから。

 

「……分かっています。お父様、ミーティアは……ちゃんと分かっています」

 

「おぉ、おぉ、そうして心を痛めるのは姫が心優しい証拠じゃ。これで一層わしの臣下たちは励めることじゃろうて」

 

「何度も言っているでげすが、アッシはトロデのおっさんの家来になった覚えはないでがす」

 

「そもそも、どっちかといえばヤンガスはサザンビークに行きたいだろ」

 

「分かってないでがすね。アッシはどっかの国とか王様とかじゃねぇ、ただエイトの兄貴について行きたいんでがすよ」

 

すかさずヤンガスさんが合いの手を入れていらっしゃるのは、「いつもの」空気を保ってくださっているんだわ。

エイトが反対するのも、戦ったこともない私のわがままをやんわりと抑えてくれているだけだし……わかっているの、わかっているわ。

 

あぁ、それでも。

なにかお役に立てたらいいのに。

古代船を荒野から海まで運ぶ時、私の歌が役に立った時は嬉しかったな……。

 

うつむいて、自分の手が目に入る。

お馬さんの姿でずっと外にいるからか、少し日に焼けた手。

だけど、ちっとも力強くなんてない手……。

 

そうだわ、私が戦うことは迷惑をかけてしまうかもしれないのなら。

私の背中に乗ってもらって、私は走り回ることに注力したらいいんじゃないかしら。

騎馬、というのよね。

 

エイトが私の背中に乗ってくれたら、文字通り「白馬の王子様」みたいね。

なんてね。

それも現実的じゃないことくらいわかっているの。

 

「さぁ、お茶が入ったよ。紅茶にしても不思議な泉の効力が残っていたらいいのだけど……」

 

「……サザンビークの王族に手ずからお茶を入れてもらう機会なんて,、人生そうそうなさそうだわ。というか、よくこんな、」

 

「夜な夜な厨房に忍び込んでバレないようにお茶やら軽食を……ってまぁ厨房のプロたちにはバレていたと思うけど、そういうわけさ」

 

「なるほどね? 確かにあたしも小さい頃はそういうことをしたことがあるもの」

 

「耳が痛い。小さい頃……どころじゃなかったね。この鱗が生えてからは手を晒せないから訓練に夢中になったフリして晩餐会をボイコットしては厨房に忍び込んでいたし」

 

「それって本当に『フリ』だったのか?」

 

「あはは。半分くらいはフリだったとも。剣を握ると気づけば半日経ってるけれど」

 

「そりゃ間違いなく『フリ』じゃねぇな」

 

「そうやって兄貴の強さは培われたんでがすねぇ……」

 

小さい頃、お母様が亡くなった時期……私が今よりもずっとずっとわがまま放題な困った子どもだった頃。

お友達もいないし、周りは大人ばっかりで。

みんなみんな優しいけれど、わがままなミーティアはおやつがもっと欲しくて厨房にこっそり入って、すぐにバレてしまって、でも優しいコックさんにおやつを作ってもらったわ。

 

幼い頃の思い出がエイトやゼシカさんと重なった気がして、くすりと笑う。

キョトンとしたエイトは笑った私を見て……微笑んだ。

 

「美味しいわ」

 

「それは良かった」

 

汲んだ水をあたたかい紅茶にしても不思議な泉は呪いを解くチカラを持ったままらしく、私はおしゃべりに夢中になってお馬さんに戻ってしまわないように気を付けながら皆様とのお茶会を楽しむことができた。

 

ささやかで、穏やかな。

気心が知れていて、時々笑いが起きて、近い距離に輪になって座って。

 

イバラになってしまっている国民の方々を思うと口に出してはならない願いだけれど。

 

この時間がずっとずっと続いたらって。

そう思ったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

リブルアーチでみんなの装備を整えたり、ゼシカがアローザ夫人に無事を報告しに行ったり(僕たちは家族のことには深入りせずに屋敷の外で待っていた)、「暗黒神」を追う旅としては足踏みしていたとはいえなかなか充実した日々を過ごした。

 

そして、悲劇の日から三日経った。

ゼシカも僕も体調は万全、先発でオークニス方面に乗り込んで行った兵士たちから有力な情報どころか黒犬の目撃情報すらないのは気掛かりだけど。

 

翼が生えたレオパルドが律儀にオークニス周辺に留まっている保証もない。

だけど、曲がりなりにも「神」が闇雲な動きをするとは思えない。

暗黒神が付け狙う賢者の子孫がいるのか、はたまた「太陽の鏡」のように奴にとって邪魔なものがあるのか……そう思って行動するしかない。

 

「本当に寒くない?」

 

ネル地の馬着を着たミーティアは優しい目をしてこっくりと頷いた。

彼女いわく、馬の姿になっている時はその身体能力も馬そのもので、服を着ていなくても寒くないらしい。

人間より大きい生き物だから、かもしれない。

だけど、トロデーン王国は比較的温暖だ。

 

オークニスのように白く厳しい雪に閉ざされた冬を知っている訳じゃないミーティアになんの対策もせずに飛び込んで欲しくなかった。

もちろん、トロデ王も用意した分厚い外套をお召しになっているし、普段薄着のヤンガスとゼシカもしっかり着込んでもらったし、厚着のククールもさらに上からコートを着てもらったし。

僕ももちろん兵士たちがサザンビークから運んできた「おじ上の心配」を着込んだ上に「兵士たちの忠誠」によるマフラーでぐるぐる巻かれている。

その上、どうやって手に入れたのかチャゴスが追加で「命の石」を送ってくれたものだから、僕は申し訳なくてリブルアーチで流通している銘菓やら冬国由来の特産品(つまり、もはやリブルアーチ名産でもなんでもない)で返礼することになった。

 

向こうはこんなに僕のことを心配してくれているのに、僕は自分に降りかかることに必死で家族にお土産を用意、とか考えもしなかったので本当に申し訳ないっていうか……。

真っ当に食べられて腹が膨れるならわりと味は気にしないと自覚している僕よりも、グルメなチャゴスの舌に合うだろうか。

というか、当然チャゴスなら外国のものでも欲しければ取り寄せるなんて……大陸内なら特に容易なのでお礼になっているだろうか。

 

サザンビークからの出発前、僕の部屋で発見した剥いだ鱗を見て絶叫したチャゴスはあれだけ怖がったくせに欲しがったから全部あげたけど、欲しいならまたあげたらいいのかな。

あれだけあったらもう要らないだろうか、それとも……というかなんであんなもの欲しかったんだろうか。

結局これは呪いじゃないとか言われていても……縁起が悪いのに。

いや……蛇の抜け殻を財布に入れると金運が上がる、なんていう民間伝承については本を読んだことがある。

あの鱗を財布に縫い付けて金運をあげようと思った、とか?

僕、蛇じゃないけど……。

 

兄弟同然に育ったくせに互いの思考はよく分かってない。

趣味嗜好はまだしも分かっているくせに、チャゴスは僕が戦闘訓練に明け暮れるのを理解しなかった。

僕も同じようにチャゴスを理解していない。

 

でも、そう、チャゴスは僕に死んで欲しくないと思っていることは分かっているし、僕はチャゴスの心配に「ありがとう」を伝えたい。

口で直接言えたらいいんだけど、その、ルーラで飛んで帰ってくるだけにしても「急ぐ旅だから」なんて言い訳して照れ臭さを誤魔化している。

 

懐にふたつ、青い石。

幸い、大怪我を負っても本当の致命傷ではなかったらしく無事な命の石。

これからも「御守り」としてそこにいてくれると……うん、無事に帰る気概になるってものさ。

 

秋の気配が深まる街道を越え、トンネルへ。

ここを抜ければすっかりと別世界だと本で知っている。

実際、凍てつく寒さがトンネルの向こうから漏れ出していて……信じられないほど寒い。

 

とても寒い、と認識した瞬間に奇妙な眠気が襲ってきて一瞬意識が遠のきそうになるも、……それこそ鱗のある蛇かトカゲみたいに冬眠しかかっているんじゃないかと思って「僕は人間だ」と胸の中で何度も呟いているとそれは緩やかに収まった。

危ない。

ハワード氏に竜のチカラを使うなと忠告されたばかりなのに……体質まで変わっているの?

 

竜がそうかは知らないけれど、周囲の気温と自分の体温が同調している生き物……魚やら虫やらを知っている。

会ったこともない両親はどうして、僕を竜にしようと望んだんだろう?

これが本当に祝福なら……。

 

ダメだ、強烈な眠気は去ったけど思考が纏まらない。

寒さをどうにかしないと足手まといになってしまうかも。

 

「さ、寒……!」

 

「ええい、寒さが持病の腰痛に堪えるわい! なんでわしらはこんな目に遭わねばならん……ブツブツ……」

 

コートをお召しになっても寒いものは寒い。

不機嫌な様子のトロデ王や、僕含め寒さに慣れていないみんなは縮こまりながら進んでいく。

中でもトロデ王は早く暖かいところに行かれたいらしく、ミーティアを急かされた。

 

寒さと慣れない雪道で進みの遅い僕たちと、ミーティアたちとの距離が少し開く。

 

追いつこうとするも、深い雪に足を取られてなかなか前には進めない。

大声をあげて距離があいたことをお伝えするほどではなく、また特に魔物の気配もないのに大国の国王を呼び止める判断はできなかった。

ただでさえ、不機嫌であらせられるのだし。

 

トロデ王と気安く接している他のみんなは凍てつく寒さでそれどころではなかった。

 

「ん?」

 

その時、ククールが顔をあげた。

 

「なにか音がしないか?」

 

「……揺れてるね」

 

耳を澄ますまでもなく、振動がどこからともなく伝わってくる。

珍しい。

地震かな?

だんだん大きくなっていく揺れだけど、ここには崩れて僕たちを()()()()()()()()()()()建物なんてないのだし、ただ揺れに耐えれば……。

 

「み、見てあれ!」

 

ゼシカが指さす方向を見た途端、雪崩てきた真っ白な雪の塊が僕たちに襲いかかってくるまで時間はなく。

 

自然の脅威にはなすすべもなく、意識は一瞬にして刈り取られた。




エイト殿下に2個目の命の石を送り付けたということはチャゴス王子はちゃんと自分の分を確保したということ

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