サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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つららの薬草園

しばらく雪道を進むとそれらしき洞窟を発見したので、僕たちは乗り込むことにした。

例によってトロデ王とミーティアは機動力の問題で外で待っている……ととされたかったようだけど、さすがに人里から離れたここでは危険すぎる。

馬車を外して物陰に隠れ、おふたりは洞窟に入って入口付近で待機されるようだ。

本当は一緒に行きたいところだけど……洞窟の中には降りしきる雪はないけれど、代わりにガチガチに凍りついた自然の芸術がそこかしこに見られる。

ツルツルに滑る氷の床を歩かせる方が危険なのは誰の目にも明らかだった。

 

物陰に隠れ、聖水を撒き。

あたたかく僕らを送り出してくれる。

……高潔な彼らは、サザンビークの王城で保護しようという話を断られたそうだ。

ならせめて早く戻らないと。

グラッド氏、薬草園の奥まで行ってないといいのだけど。

 

それにしても洞窟の中は神秘的な自然の美術館のよう。

氷漬けの中に転々と見たこともない薬草が植えられている。

寒くて足場も悪い特殊な環境だけど、普通の農地に向かず、人が住めないような場所でも専門家の手にかかれば土地を有効活用できるっていうことはすごいことだ。

そんな中でも目を引くのは見るからに巨大なつららが何本も頭上に生えているってこと。

一本一本が大人の人間並み、いやそれ以上の大きさ。

 

あんなものがもし、下を歩いている時に勢いよく降ってきたら……。

想像するのはやめておこう。

こんなところに暗黒神がふらついているはずないけれど……もし遭遇したらあのつららの下におびき寄せ、魔法で大きな音を出せば串刺しにして倒せるに違いない。

それくらい見ていて怖い。

だって先が恐ろしくとんがっていて、その先端からぽたぽたと水滴が垂れていて……それって、つららが溶けかかっているってことかな?

勘弁してほしい。

 

しかも、こんな環境でも魔物は平然とそこらじゅうを歩き回っていて……外と同様、気づかれてしまえば戦闘は免れない。

参ったな、今「トヘロス」が必要なのは間違いないけれど、あの呪文で魔物たちを一斉に追い払った方が危険かも。

例えば、トヘロスに驚いた魔物が滑って転んで、一斉にそこらじゅうのつららが降り注ぎ……擬似的なマヒャドが発生したら?

接敵した瞬間にサクッと倒した方がまだ静かかも。

 

雷の呪文は音が鳴るので使わないとして、閃光呪文も熱で氷を溶かすので危険だろう。

それってある意味久しぶりの「攻撃呪文縛り」だ。

腕が鳴るね。

 

人の手が入っているとはいえ、元は天然の洞窟だったんだろう。

道は曲がりくねり、ところどころ通れなくて……うっかり近づいて不安定なつららを落としてしまい、肝が冷えたと思えば……そのお陰で「へし折れたつららの上を歩いて渡る」なんて無茶苦茶をしながら潜っていく。

 

当然、そんなことを薬草園を管理しているグラッド氏は想定していないはずだから……正攻法ではない方法で、正しくない道を進んでいる。

不意に薬草を植えているところに出食わして踏んじゃうことがないようにしないと……。

 

音をあまり立てないように気をつけつつ、やはり魔物は避けられない。

 

なにかの呪文をぶっ放そうとするゼシカを手で制し、僕は単身突っ込んでいく。

足音を消すように心がけ、迫り来る爪の鋭い魔物を真っ二つに斬り捨てる。

返す刃でイバラのドラゴンに斬り上げを食らわせ怯んだところを回し蹴りを叩き込んで倒した。

僕の意図を理解してくれたのか、ちらりと振り返ると後方でククールとゼシカが呪文ではなく武器を構えるのが見え、追いついてきたヤンガスが斧で魔物をまっぷたつにかち割った。

 

「音を出さないようにして、おっかねぇつららを刺激しないで進むってことでがすね、兄貴!」

 

「そのつもり。汲み取ってくれてありがとう」

 

「下手に喋っちまって魔物が寄ってきたら意味がないでさぁ。このまま行きやしょう!」

 

地の利はもちろん魔物側にある。

もしかすると、危険なつららが沢山生えている場所に誘導されることだって考えられる。

なんなら氷に対する()()だって向こうの方が詳しいはず。

それならこっちに出来るのはなにかされる前に、殺気を向けられた瞬間に倒す、これだけ。

 

そういう状況だったので、僕たちは半ば追い立てられるように洞窟の奥へ奥へと進んでいく。

 

そして……思っていたよりもずっとずっと深く潜っていくことになった。

 

グラッド氏らしき人間はまだ見当たらない。

総面積としては広いとはいえ、すれ違ったとは考えにくい。

あぁいや、相手が「リレミト」を使えないと仮定したら、の話だけど。

呪文としてそんなに難しくない以上、こんな魔物まみれの洞窟にひとりでやってくるような手練が使えないと考えるのは楽観的かも。

 

とはいえ、命の恩人たってのお願いなのだから叶えたいし……それに、もし行き倒れていたらと思うと引き返せない。

懸念としては、人の手が加わっているとはいえ元は自然にできた洞窟なのだろうから、洞窟の最奥というものをどう定義したらいいものか……ということ。

最終的には人が入り込めないくらい狭くなるのかもしれないし、一見そう見えても洞窟の主しか知らないような抜け道があるのかもしれない。

抜け道の奥で倒れているのかもしれないし、あるいはとっくにオークニスに戻っているのかもしれない。

 

そして、こんな人気のないところにレオパルド、もとい暗黒神が賢者の子孫を探しに来るわけがないのだから、今この瞬間にも誰かが殺されているのかもしれない。

そう考えるとだんだんと焦りが出てきて。

ちっとも寒くないはずなのに、気づくと剣を握る指先の感覚がなくなっていることに気づいた。

……強く握りすぎている。

全然冷静じゃないな、我ながらみっともない。

 

「思っていたよりずっと広いわね……案外オークニスに戻っていたりしないかしら」

 

「かもな。だが『まだ戻っていない』なんて言われた日にゃこの道のりをやり直しだ。ひどい後悔するのは間違いない」

 

「それもそうね」

 

考えることは皆一緒らしい。

戻ってみて確かめたいけれど……まぁ、まだ人が余裕で歩けるくらい洞窟は広い。

松明も置いてあって人の手も加えられている。

まだ引き返す時じゃない……んだろう。

 

そこからしばらく、時々魔物と静かにやり合いながらも黙って進んでいくと……。

 

「あれって……!」

 

うんざりするほど見慣れた、天井から折れて地面に突き刺さったつらら。

巨大なそれがいくつも並び、氷の壁となって道を塞いでいる。

とはいえつららというのは先が細くなっているもので、氷の壁には隙間がある。

そこから覗いて見えるのは、地面に倒れた人間の姿だ!

 

僕たちは急いで駆け寄った。

倒れているのはオークニスで見かけた分厚い服装に似ている格好をした男で、地元の人間に見える。

おそらく彼が薬師グラッド……だけど、近寄って話しかけてもまともな返事がない。

もしや……。

 

最悪の予想をしたその時、彼の手がピクリと動いたのが見えた。

僕らの声に反応して?

いや、まともに返事すらできそうにない。

だけど、まだ彼は生きている!

 

急いでこのつららを破壊して彼を助け出そう。

オークニスに戻れば凍えた人間の治療ができるはずだ。

 

だけど、どうやって?

彼はつららの壁の真横に倒れている。

恐らく、つららが落ちてきたことで壁になってしまい閉じ込められてしまったことに気づいた彼は、どうにかして通ろうと試行錯誤したけれど、その場で力尽きてしまったんだろう。

剣や斧でぶった斬る、炎や爆破の呪文、つらら自体をどうにかする方法はいくつか思いつくけれど、どれも近距離にいる男に……それもいかにも瀕死の男を無事なまま破壊できそうにない。

迂回して彼を助け出せないかな。

いや、迂回して出られるなら彼はひとりで脱出できたか。

ここの持ち主ならそれくらい分かっているはず。

なら、どうやって……。

 

他のみんなも黙りこくったままつららを見つめている。

同じ結論に達しているんだろう。

だけど、このまま彼が目の前で凍死してしまうのを黙って見ているわけにはいかない。

たとえ大怪我をさせてしまっても回復呪文ですかさず癒せばいいんじゃないか……耐えられる体力があるのかは疑問だけど。

確実に死んでしまうよりは一か八か助けられるほうに賭けた方がいい。

長く悩んでいる時間はない。

 

僕はおもむろに剣を抜き、刀身に大きな炎を宿した。

ありったけの魔力を込めた火炎斬りでつららを叩き斬って男を救出するんだ!

 

その時、僕の腰につけているポーチがもぞもぞと動いたかと思うと、トーポがいきなり飛び出してきた!

燃える剣を上手に避け、素早く人間が通れないつららの隙間に潜り込むと、走っていってあっという間に見えなくなってしまう。

 

「トーポ!」

 

トーポが逃げた?

まさか。

トーポは信じられないほど賢くて、ずっと僕のそばにいてくれる家族なんだもの。

なにか気になることがあってそこに向かいたかったんだろう。

あんなに小さな身体で、こんなに寒い場所で……大丈夫なのか不安だけど。

 

頭の中はそれなりに理屈をこねられるくらい冷静だけど、実際の僕はちっとも冷静ではなく気づくと剣を取り落としていて、つららとつららの隙間に無理やり腕を突っ込んでいた。

竜の鱗が生えていなかったら腕に氷の破片が刺さってざくざくに擦り剥けていたかもしれない。

硬い鱗は細かな氷の刃をものともせず、ただ当たり前に氷の冷たさだけを伝えてきた。

 

氷の隙間は片腕を通すので精一杯。

必死にこじ開けようとしたけれど、飲み物に入れられている噛み砕けるただの氷ではなく……きっとこの洞窟の中でじっくり時間をかけて出来上がったつららなんだろう。

信じられないほどの密度と強度を思い知らされた。

 

「トーポは賢いから、きっとなにか考えがあるんだと思う……」

 

「兄貴……」

 

ヤンガスが剣を拾ってくれていた。

僕は受け取って、つららの隙間から目を凝らす。

トーポは見当たらない。

 

不安が募る。

だけどこの瞬間にもグラッド氏は弱っていくんだ。

トーポを探しに行くという名目でもある。

やっぱり無理やりにでも破壊するしか……触った感じだと最初に試そうとした普通の火炎斬りではチカラ不足かも。

先にギラを叩き込んで溶かして、トドメに火炎斬り?

グラッド氏が無事なように横から回復呪文を掛けてもらいながらやれば、多少炙ってしまっても大丈夫……だよね?

それとも、竜に変身して思いっきり叩きつければ壊せるかな。

 

目の前のつららを睨みつけていると、少し離れたところのつららが不意に落ちた。

 

ひとつ、ふたつと連続してつららが落ちて……おかしいな、この辺りに魔物の気配はないのに。

風もなく、氷が溶けるほど気温も高くない。

じゃあ何が?

 

心当たりなんて……トーポがどこかに行っちゃったくらいで……だけど仮に軽いトーポぐらいの小さな足音でつららが落ちるなら、僕らがそこらを普通に歩いているだけで洞窟のつららが全部落下するはずだけど。

 

あれだけ小さくても、実はすごく重いとかなら有り得るかもだけど……常にポーチやポケットに入れててそんなこと思ったことないし。

 

あの辺り、実は暖かかったんだろうか……。

 

なんて考えているといつの間にかトーポが戻ってきていた。

 

「おかえり。寒かったでしょ」

 

お願い、逃げないで。

努めて普通に話しかけ、祈りながら手を伸ばすといつも通り手のひらの上に乗っかってくれた。

なんだか……やり遂げたような、満足そうに見える。

目を細めて身体を丸め、大人しくなったのでポーチに戻ってもらった。

 

やっとまともに息ができるような心地だ。

 

「こっちは一件落着として……結局、この人を助けるにはつららを壊すしかないのかしら」

 

「どうしたって位置的に巻き込んじまうのがな……ん? あっちのつららが落ちたおかげで上を通れるようになってないか?」

 

それを聞いたヤンガスがすぐに走って行って確認するとこっちに手を振った。

 

「これなら通れやすね。兄貴のトーポが道を作ってくだすったんでげすよ」

 

「そうかも。……急ごう」

 

つららを渡り、男の元に到着する。

幸い、倒れた男にはまだ息があり、肩を揺するとうっすらと目を開けた。

だけど今にも目を閉じて眠ってしまいそうだ。

そうなったらあっという間に死んでしまうだろう。

ここはオークニスに着くまで話しかけて無理やりにでも起こしておくしかない。

 

彼を助け起こして肩を担ぐ。

 

「あなたが薬師のグラッドさんですよね? 今暖かい場所に、オークニスのご自宅まで運びます。僕らが分かりますか? そうだ、この袋に見覚えはないですか?」

 

何とかもう少し起きていてくれ。

そんな気持ちでメディばあさんから預かった袋を見せると、グラッド氏は目を見開いて、ガチガチに凍りついた口を何とか動かしてくれた。

 

「それ……を……開けて、くれ……」

 

袋を開き、伸ばされた手のひらに中身をあける。

グラッド氏は震える手でそれを口元に持っていく。

赤いハーブだ。

きつけ草とも違う、知らない薬草。

 

「生で……食べるような、ものじゃ……ないが……」

 

覚悟を決めたように、赤い葉っぱを口に含む。

と。

 

グラッド氏は文字通り火を吹いた。




邪悪な考察
メディばあさんが老衰など自然死した場合はグラッドが賢者の継承者になるのだろう
それならサーベルトは殺害される時に動けていたら自害することでゼシカに継承権を移してほんの少しの時間稼ぎとかできたんじゃないだろうか
この方法は放っておいても絶えるライラス、オディロ、ギャリング、法皇、若くても子供のいないチェルスには使えないけれども
ボスを倒さないと次へ進めない、なんてモンスター側がよくすることを七賢者たちはやっている
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