ふんぞり返って座っているチャゴス王子は舐めるようにこちらを見て俺たちを睨みつけ、ゼシカの方を見てニヤニヤした。
まったく俺が言えたもんじゃないが、嫌な感じの女好きか。
ヤンガスが呆れたように肩を竦め、当然視線に気づいているゼシカは怒りで震えている。
男に向かって胸元の開いた服のナイスバディなレディをまったく見るなというのも酷な話だが、もう少しさり気なくは出来ないのかね、この王子サマは。
「エイト、何だこの下々の者たちは。いかにも身分が低そうな輩じゃないか。ふぅん? 分かったぞ。見ない服装だから大方バザーを見に来た旅人だろう。
わかったぞ、また外の話をせがんでいたのか? ぼくはそんなの聞きたくない。それより聞きたいのはアルゴリザードを簡単に倒す方法とか、絶対に見つからない方法とか、王者の試練をしないでいいように父上を説得するとか……こいつらが催眠術でも使えるなら父上にも効くかな?」
「チャゴス、いくら王子でもそんなことしたら国家転覆罪で牢屋に入れられるかもしれないよ、それ」
「……エイトは真面目すぎる。ただの冗談に決まってるだろ!」
慌てたチャゴス王子と、軽く笑って流すエイト殿下。
エイト殿下からは相変わらずうっすらと怪我人のような血の匂いがする。
見栄張って隠しているつもりなのか?
よくよく見れば服装も顔以外肌が出ないようになっている。
まてよ、それは初対面の時からか。
温厚そうな甘ちゃん殿下に見えて、やっぱり腹に一物あるのかもな。
ま、今回は単純に王家の試練での激戦の末に負傷したのを誤魔化しているだけかもしれないが。
「えっと、話が逸れちゃったから仕切り直すね。
この人たちをチャゴスの協力者にしたいと思っててさ。王者の試練の護衛ってわけ。でも城の人間をつけるのはまずいだろう? あれは本来ひとりで挑むものなんだから。その点彼らならこの辺の人間じゃないからさ」
「それで旅人か。ふぅん、真面目なエイトにしては悪知恵だな」
「悪知恵とは失礼な。兄弟同然の従兄弟がへっぴり腰のままアルゴリザードに頭からかじられるのは夢見が悪いってだけなのに。もっと僕に感謝してくれたっていいんだよ」
「ヒィイ! トカゲに、頭から、かじられるなんて、言うな!」
「あっはっは!
ジョークジョーク。僕はかじられなかったしチャゴスもかじられないさ。多分ね。あと、そうだな、アルゴリザードに絶対に見つからないっていうのはないけど、気づかれにくくなる道具なら見つけたよ。はい、『トカゲのエキス』。歴代の王位継承権持ちも使ってたみたい」
「トカゲのエキス!? そんな気持ち悪いもの渡すな、おい!」
「本物のトカゲじゃないからいいじゃないか。トカゲの臭いになれば後ろから近づく分にはバレないさ。実際、実験台に僕も使ってみたけど足音立てないようにしたら気づかれなかったし」
「ほう! それはなかなかいいものじゃないか」
「そういうわけで、チャゴスからもおじ上に王家の山の準備が出来たら試練を受けるから、代わりにこっそり護衛をつける許可を貰ってよ。本人がやる気を見せないとおじ上も良いなんて言えないと思うし」
「それもそうか。よし、よし、これでこのぼくがみすみす死んじゃうなんていう世界の損失は免れそうだ!」
「はいはい、そういうことで。
そうだ、僕も見に行こうっと。道案内できるし、試練に手出しはしないけどお目付け役としてさ。道案内兼、道中の露払い要員としてどう?」
「それを理由に城から出たいだけだろエイト! ま、まぁいいか……エイトが来るなら尚更ぼくの安全は保証されたもんだよな……」
「うん。
それでチャゴス、この前勉強してた呪文は覚えたの?」
「覚えたわけないだろ! 閃光呪文なんて……間違えて手を火傷したらどうするんだ! 閃光呪文なのに燃える呪文なんて意味がわからない! 思い出させるなよ!」
「……あ、そういえば使ってみたけどあんまり効いてなかったや。やっぱり覚えなくていいよ。今はね」
「それを早く言え! あの王宮魔術師の話は長いんだぞ! 夢の中まで授業を受ける羽目になるんだぞ! エイトも一回半日拘束されてみろよ!」
「半日はちょっと辛いかもね。だんだん身体を動かしたくなってしまうよ」
「そうだろ! もう僕は嫌だからな!」
「でも僕はおじ上に頼まれただけだからさ。チャゴスが何でもかんでも逃げるのが悪い。
……とにかく、話の方は頼んだよ」
こっちに口を挟ませないくらいの会話の応酬を聞きながら、思ったより愉快な中身をしている殿下を見て肩をすくめる。
やれやれ、従兄弟王子はすっかり手玉に取れる存在ってわけか。
まぁこの調子ならすんなりと恩を売れそうだ。
あとは最初の印象よりチャゴス王子が戦えるなら楽なんだが、腹回り見てる限り……見たまんまだろうな。
などと考えているうちにチャゴス王子は席を立つ。
そしてようやくこちらを見た。
「エイトは下々の人間にも寛容だが、それに乗っかって調子に乗るなよ! ふんっ……ま、ぼくの役に立てるなら光栄に思え!」
「頑張ってくれると嬉しい、ぜひとも励んでね。だってさ」
「そんなことカケラも思っちゃいない!」
これはチャゴス王子の方が本当を言っていそうだが、どちらを立てるわけにもいかずに苦笑いするしかない。
大きな足音を立ててチャゴス王子が出ていくと、エイト殿下は声を潜めて話を続けた。
「その。思ってたよりもアルゴングレートが強くてさ、このままじゃ本気でチャゴスが殺されちゃうかもと思って……不正になるけど、おじ上も息子が殺されるよりは目をつぶる方を選ぶと思うんだ。それに試練まで護衛をするならもっと王家に恩を売れるし、口止め料込みで魔法の鏡を貰えるはずさ。どうかな?」
「従兄弟の言う通り『悪い考え』だな。いや、こっちとしては有難いもんだが」
「そうかな。そうかもね。でもね……家族が死ぬのは嫌じゃないか。
じゃあ、明後日の朝に城の……そうだな、入口あたりに来てくれる? 多分その日にチャゴスの試練だから」
ついでに怪我のことを指摘してやろうかと思ったが、呼び止める間もなくエイト殿下も部屋を出ていった。
この前のように胸のポケットからネズミを出して手のひらに乗せ、「美味しいチーズ貰いに行こう」と楽しげに話しかけているのが聞こえる。
ワガママに育てられた怠惰な王子に、変わり者の食えない殿下、ね……。
ま、お陰で本来なら見ることすら叶わない国宝の魔法の鏡を手に入れられそうなんだ。
せいぜい感謝でもしときますかね。
「はぁ、それにしてもふたりしてずいぶん騒がしかったわねぇ」
とはいえ、その通りだ。
げっそりしたようなゼシカの言葉に男ふたりして、黙って頷いた。
それにしても、ここのところサザンビーク滞在で決して安くない宿代をかさんでばかりだ。
魔法の鏡を貰えるって話なら文句をつけられないが、必要経費くらいは出してくれないものか。
呪いではないのに魚用の鱗取りまで持ち出した孫に寿命が縮む思いをしているグルーノじいちゃん(トーポの姿)は今日も孫に超VIP待遇を受け続けている
兄上のように出奔しないよう密かに監視していると代理人を通じて鱗取りを購入したことを知り困惑したクラビウスおじ上。少し考えて夕食を魚料理にしたが今日も甥は食事の席に来ない。チャゴスが文句を言うまで魚料理は続く……