サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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結界の守護

ただ地面に座ったまま目を閉じて、ただ体力の回復に努めていた。

ゆっくりとした呼吸と護ってくれる聖なる結界のお陰か、普段よりも魔力が回復する速度は早かったように思う。

 

外は相変わらず騒がしく、凄惨としか言いようもない光景が続いていたけれど……人間とは慣れてしまう生き物で、もはやそれにいちいち反応を示す人間はいなかった。

 

時間はじりじりと過ぎていく。

オオカミどもは諦めないのか、それともレオパルドもといラプソーンの命令からは逃れられないのか、数匹がやってきては結界に体当たりし、ボロボロになっては引き返す。

中にはそのまま絶命する個体もいて、結界の向こう側には魔物の死体が青い光となって立ち昇っていてほのかに明るかった。

 

「さて……あちらがしびれを切らしたらどうしてくるのやら」

 

「どうもこうもあるまい。これまでの旅路でラプソーンの行動を考えてみれば、一時的に引くことはあっても賢者の継承者を諦めることはなかったのじゃ」

 

「この歳になると自分が死ぬのは怖くはなくとも、自分のせいで若い人たちの未来の足枷にはなりたくはないもの。さぁて……どうしたものだか」

 

「……キミたちはずっと、あの恐ろしい犬を追っていたのかい?」

 

「正確にはあの犬が咥えている杖ですね。僕は途中から旅に加わりましたが、あの杖を最初に持っていたのはドルマゲスという人間の男でした。彼もまた、暗黒の手先にされていたのです」

 

「時間もあることだし、これまでのことをお話しした方がいいのかしら」

 

「狭いところで考え込んでばかりでいれば気が滅入ってしまいますわ。皆さんが良ければ、私たちにあんたさんがたの旅の話を聞かせてくれるかい?」

 

「わしは構わんが……」

 

ちらりとトロデ王が僕の方を見た。

最早別に僕のことがこの親子に知られたところで、ではあるので頷き返しておく。

わざわざ偽名を使っているのは町で騒ぎを起こさないためだし、個人相手には普通に名乗ってもいいのかも。

 

「うむ、うむ、では語ってしんぜよう……」

 

トロデ王の語り口は、流石一国を束ねてきた王らしく聞いていて面白い話し方だった。

トロデーン王国で平穏に過ごしていた日常、そしてそれが一変してしまった運命の日。

呪いで白馬にされてしまったミーティアと共になんとか出立しようとしたとき、彼女が自ら馬屋に向かい、馬具の前で頑として動かなかったところとか……父親としては娘を家畜として扱うなんて絶対に許したくなくとも、背に腹は代えられず今の馬車のスタイルをとったところとか。

 

グラッド氏は聞き上手で、トロデ王が王様で、ミーティアが姫君だと知った時は本当に驚いたリアクションを見せてくれるものだから余計に話に熱が入る。

メディばあさんも聞き上手という点では同じで、穏やかに頷きながら先を促してくれた。

 

何とか旅立ったふたりはトロデーン最寄りの街、トラペッタに向かう。

トラペッタにはマスター・ライラスという知恵者がいて力を借りに行こうとしたのだけど……不幸にもライラスは賢者の継承者で。

トロデ王たちが辿りついたときには既に遅かったんだ。

 

「じゃあ次はアッシでがすね。アッシはトラペッタの街でおっさんたちと出会ったんでがす。長年やっていた山賊から足を洗ったはいいものの、この人相じゃ誰も雇ってくれねぇ。しぶしぶ、また山賊に戻ろうと街の外で旅人を待ち伏せしていたんでがすが……いやあ、お天道さまっていうのは本当に見ているんでがすよ。いったん山賊から足を洗ったアッシの前にはだーれも通りがかりやしやせんでした。

腹が減りすぎて戦えなくなっちまって魔物にやられるのは勘弁だったアッシは諦めてトラペッタに向かい、空きっ腹を抱えてどうしたもんかと考えていやした。その時に、街の人間から石を投げられていたトロデのおっさんを見かけやしてね。

人相の悪さで苦労してきた身としてはえらく同情しやしてね……」

 

「ヤンガスは話が長いわい」

 

「ま、あの時に街に入れないおっさんの代わりに買い物を代わりにしてやって、その礼に一宿一飯おごってもらえてなきゃ本当に餓死してたかもしれねえ。その点は本当に感謝しているんでがす。ま、それを盾にあっちこっちで使い走りさせられたんでがすが……まあそのおかげでアッシは尊敬できる兄貴に出会えたからまぁ万事いいってことにしてやるでげす。いやぁ、さっさと見切りをつけなくてよかったでがすよ。おっさんの使い走りに嫌気がさしてりゃまた今頃またアッシは……」

 

「あ、話が脱線しちゃったけどそのトラペッタの方からリーザス村……を通り抜けて北の大陸の玄関口、ポルトリンクの方にやってきたトロデ王たちと出会ったのがあたしよ。トラペッタではマスター・ライラス、そしてリーザス村ではサーベルト兄さんがそれぞれ道化師ドルマゲスに殺されていたの。

あの時はドルマゲスも操られている、ある意味被害者だって思ってもみなかったわ。あたしはひたすら相手に復讐を誓って仇討ちの旅に出た。すぐに、ポルトリンクで魔物が暴れているから船を出せないって言われてしまって阻まれたのだけど……その時に同じくドルマゲスを追っているヤンガスたちと出会って、一緒に暴れていた魔物を倒して旅に加わったのよ」

 

「……よくこのメンツでゼシカは仲間になろうって思えたな」

 

「そりゃあ不安がなかったわけじゃないわ。でも、ヤンガスが必死になってオセアーノン……海で暴れていた魔物と戦っているのを見て、そしてあたしも一緒に戦って。サーベルト兄さんはあたしよりずっと強い人だった。だけど殺されてしまった。今、一人きりじゃない状態で戦っていても苦戦した。

……仇討ちがしたかったの、自分が死んでしまってもいいって思っていたわけじゃないわ。利害も一致したし、少しでも成功する可能性をあげたかったの」

 

もちろん、僕はこの話をもう聞いている。

だけど、改めて知らない旅路の話を聞くのはやっぱり感動があるというか。

僕はこのころ、城の外に出れない鬱憤をひたすら鍛錬に向けている日々だった。

近づいてくる王家の試練を理由にして。

とうに成人している年齢なのに試練を終わらせていない以上、サザンビーク王家としては一人前ではないという扱いだったものだからまともな公務もなくて暇だったし。

剣や呪文の鍛錬に様々な勉強、興味の赴くままに書庫を漁り、おじ上は教師をつけることには躊躇なかったからいろんなことを専門家から学んだ。

ただ、城の中で出来る以上の「実践」は無理だったけれど。

 

ああ、うん、必死に連続殺人鬼を追う旅をしていたみんなと比べて僕は暢気な日常を過ごしていた時期。

 

既に懐かしくも、……もうあんな起伏のない日々は過ごせないかも。

ま、戻ったら僕の気持ちに関係なくあの日々に近いものが帰ってくるんだろうけど……僕はそれを歓迎すべきなんだけどね。

 

「俺の番か。

南の大陸の玄関口、船着場よりほど近い三大聖地のひとつ、マイエラ修道院。俺はそこの聖堂騎士だった。ゼシカの兄の次に狙われたのはマイエラ修道院のオディロ院長……結局、呪われたドルマゲスのおじさんを聖堂騎士で囲んでも俺たちは簡単に蹴散らされただけだった。

俺は騎士団長直々にドルマゲスを追うようにと命令されてね。このおかしな一行に加わることになった訳だが……」

 

「マイエラ修道院から先はドルマゲスの情報が極端に減ったんだったんね。とにかく、来た道を戻るのではなく街道沿いにアスカンタ王国方面に進んで行ったわ。あの時、ククールがいなかったらあたしたちどうなっていたかしら」

 

「それを言うなら、兄貴がいなかったらどうなっていたんでがすかね」

 

「ドルマゲスのおじさんが戦っている最中に正気を取り戻したとしても俺たちが負けて終わりだろ。

ま、色々あって南の大陸で自分たちの船を手に入れ、西の大陸まで俺たちはドルマゲスを追った。南と北の間には定期船があったが、西に行くには船を手に入れるしかなかった。その方法も自分が体験してなきゃ信じられないような話だが……トロデーン王国のそばにある荒野に眠っていた古代の船を……アスカンタ地方に伝わるおとぎ話の『願いの丘』、月の精霊のような存在に頼って復活させたのさ。

なんでも、ドルマゲスのおじさんは海を歩いて渡っているらしいと噂を聞いていたんでな」

 

ここの下りももちろん前に聞いたわけだけど、実際に見ていないので本当だったのか想像もできない。

上質の岩塩が採れるという一面の荒野にそびえる古代の船。

満月の夜にしか開かないという月影の扉。

扉の向こうの不可思議な異世界。

美しくも全てを見透かしたような月の精霊。

古代のハープの音色と呪われし姫君の歌声で蘇る古代の海……。

 

本当に、本の中の冒険譚のような旅。

 

「西の大陸を横断する川を通り抜け、海辺の教会の近くにたどり着いた俺たちはベルガラックでカジノオーナーギャリングが殺害されたという話を聞いた。まだこの事件は正式に公表されていないようだが……それで、恐らくそれもドルマゲスによる仕業だろうと見当をつけた。当然ギャリングの部下たちも復讐のために色々嗅ぎ回る。

ベルガラックの近くの島に邪教の古代遺跡があってね。俺たちはなんとかドルマゲスがそこに立てこもっていることを突き止めたが、怪しい魔術の結界のせいで中に突入できなかった。

闇の結界を払うために必要だとされたのが……」

 

「我がサザンビーク王国に伝わる国宝、『魔法の鏡』……だったってわけだね」

 

我が、という言葉にグラッド氏がぴくりと反応するも、メディばあさんはにこやかなまま。

メディばあさんにはなんだかもう全部バレているんだろうなぁって……気づかれていてもびっくりしないよ。

 

それにしても妙だな、さっきから襲撃してくるオオカミたちが少ないような。

全くいない訳じゃないけれど、全ての個体が決死の体当たりをして絶命している。

減ってきたのは……とうとう操れる魔物が底をついたのかな……。

 

「恐らくトロデーン国王陛下のご一行がこちらの大陸に渡ってこられる前のことですが、ドルマゲスはサザンビーク王国にもやってきました。賢者の子孫がいなかったためか、これまでのように凶行に走ることはありませんでしたが『魔法の鏡』から魔力を抜き取って立ち去っていたのです。

ちょうどその頃、僕の身体に異変が起きました。手足から黒々とした鱗が生えてきたのです。それをドルマゲスの呪いだと考えた僕は元の姿に戻るために旅の仲間入りをしたというわけですね。……リブルアーチの呪術師ハワードはこれは呪いではないと言っていましたが……定かなことは分かりません。現にドルマゲスが操られていた頃は人を人ならざる姿に変身させる呪いをかけましたし、今の操り人形は元々ただの大きな犬でしたが、今や異形の化け物だ」

 

洞窟の入口の方をじっと見つめる。

赤く光る目が幾つも揺れていて、そのうちの数匹かまたこっちに向かって迫ってくる。

全速力の勢いで走ってきた哀れなオオカミは、やはり結界を破ることはできずに消滅する。

 

「元サザンビーク宮廷魔術師のチカラを借りつつ魔法の鏡の魔力を取り戻し、僕たちは闇の遺跡でドルマゲスを追い詰めましたが、戦っている途中で彼は正気を取り戻してしまい、彼は発狂するほどに行いを悔い、可哀想なことになってしまいました……」

 

「……話の途中だけど、おでましね」

 

「まぁ、ここからはあんまり面白い話でもないし、丁度いいか」

 

「兄貴の活躍ならちゃんとこの目で見た方がいいでげすね」

 

洞窟の入口から邪悪な気配が強く感じられる。

一際輝く赤い目がこちらを睨みつけているのが見える。

レオパルドだ。

僕は話を切り上げ、立ち上がった。

 

魔力も結構回復してきたし、今なら戦える。

向こうもこれまで何をしていたのか分からないけれどやる気満々のようだし?

結界が無事なうちに戦えば、後ろを庇う必要もないし、なんなら回復のために退く時にいいかもしれない。

わざわざどうしようもなくなるまで待ってやることはないよね。

 

「キミたち、もしかしてあいつを迎え撃つつもりなのかい?!」

 

「この結界は大丈夫ですじゃ。それにまだこれでもこの結界の本気ではありませんからな。ほれ、ちょっと試しにこの鍵を持ってみなされ」

 

だけど僕らはメディばあさんにやんわりと下がらされた。

そのまま流れるように手渡された……目まぐるしくぐにゃぐにゃと鍵先の形が変わる不定形の鍵。

メディばあさんは喉の奥で呟くように何かを唱えると呼応するように結界も輝き、相変わらずやってきていたオオカミたちは触れた瞬間に蒸発するように消滅した。

 

確かに鍵からは不思議なチカラを感じる……ような気がする。

残念ながら、僕は自分の呪文を操るのは上手くても初見のものを目で解析なんてできないので。

 

「これで大丈夫。その鍵が触媒ですからな、ちょっと持っといてくだされ。なぁに、あんたさんがたの体力がすっかり回復するくらいの時間はありますじゃ。床は固いけれども、ひと眠りしたって大丈夫じゃ」

 

「……それは、素晴らしいことですが」

 

「それでは解決にはならない、そう言いたい様子。しかし、まだ疲れた顔をした若者に危険なところに行かせて後ろの安全圏で年寄りがぬくぬくとしているのは夢見が悪いことですじゃ。なぁに、まだ状況は動きませんよ」

 

レオパルドが痺れを切らしたように駆け込んでくるも、強まった結界を見てあからさまに表情を歪めた。

そして杖から何やら邪悪な魔力を放ってきたものの、問題なく弾き返された。

僕は少しだけ興味が湧いて、少しだけ目にチカラを込めてみた。

 

また、あの鎖で攻撃されるのか。

はたまた、結界が防いでくれるのか。

 

竜の目で見たレオパルドは……驚いたことに、杖で腹部を深々と刺し貫かれていた。

もう死んでいたのか……だから、ドルマゲスよりもずっと早くに異形に変身したのかも。

もう死んでいるから、「もたせる」必要はないわけで。

 

杖から伸びた鎖は「見たな!」と言わんばかりに襲いかかってきたものの、結界に阻まれて僕には届かなかった。

 

「ちゅう……」

 

その時、僕はいつの間にかトーポが肩に乗っていることに気づいた。

僕は慌てて小さな身体をすくい上げるように持つと、集中力が途切れたのか視界は元に戻っていた。

 

結界を破れないと悟ったレオパルドは黒い霧のようになってその場から消えたけれど、相変わらずオオカミが……もはや一匹ずつだけどやって来ては死んでいく。

しつこくも、まだ包囲を続けるようだった。




祝50話!
思ったより話が長引いてメディばあさんの大立ち回りまでいかなかったです

あと最後の鍵に特殊能力なんてないです(鍵としてはなんでも開けられるけれども) なので
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