悲劇の日、夜も更けて。
本来なら共にオークニスに戻り、そこで別れをするべきだと思っていたけれど。
グラッド氏は墓守としてしばらく留まりたいだろうし、僕らはそれを尊重したかった。
そういう訳で、焼けてしまったメディばあさんの家で僕らは向かい合っていた。
「僕たちはこれからもレオパルド……もとい、暗黒神を追う旅を続けます」
「戦えない私からしたら、ここで祈ることくらいしかできないが……キミたちの旅の無事を祈っているよ。とはいえ、相手は空を飛ぶ。一筋縄ではいかないだろうね……待てよ?」
サザンビークに此度の事の顛末を書いた手紙を送り、特徴を伝えてレオパルドの捜索を頼んだものの結局足踏みしている訳にも行かないので僕らも旅を続けるわけで。
ほとんど情報がなく、その上これ以上捜索するとなるともはや海に出るくらいしかない。
みんなはよく、曖昧な情報だけで船を手に入れ、大陸を渡ってベルガラック、サザンビーク、闇の遺跡というドルマゲスの道筋を掴んだものだよね……。
今の僕たちには、せいせいレオパルドが飛び去ったのは東の方向ということくらいしか情報がない。
メディばあさんのお陰で目も鼻も効かない様子だったから、最後の賢者の子孫があっという間に見つけられてしまう、とは思えないのは救いだけど……逆に言えば、奴も闇雲に飛び回っているだけかもしれない。
今頃東ではなく南にいるのかもしれないし、また配下を生贄にして自己強化をはかっているかもしれない。
「さっきまで私たちがいた遺跡の中には大昔の伝説を書き記した石碑があってね。そこには神の鳥レティスについても記載があったはずだ。なにか手掛かりになるといいのだが」
「神の鳥……というからには、強力な存在なのかしら。あたしたちを乗せて飛べるくらい」
「さあ、そこまでは分からないが……かつて、七賢者は神鳥レティスと協力して暗黒神を封印したらしいんだ。神の鳥というからには伝説の時代から今まで存命かもしれないし、僕たちのように子孫がいるかもしれない」
「石碑の内容はサザンビークと共有しても?」
「もちろん。ああ……ええと、キミのことをこれまでただの旅人扱いしてきたわけだけど……」
「はは、グラッドさん。不思議なことをおっしゃいますね。僕は旅人のリオ、ただのリオです。そういうわけですから問題ない、ということになります。何もご存じなかったという訳ですよ。僕は外の世界に憧れを持ち、呪いを解くという大義名分を得て自由にやらせてもらっているだけですので」
「ははは、そうかい。なら良かったのだけど」
僕らは破壊された結界の部屋に入ると、あの時は外を気にしてばかりでまともにあらためていなかった石碑……おそらく、メディばあさんたちの一族が受け継いできたもの……を読んだ。
要約すると、
・七賢者たちは神鳥レティスの知恵によって暗黒神を封印する杖を作り、血の呪縛で暗黒神の魂を封印した
・レティスは世界を渡ることができる。暗黒神の脅威を伝えるために現れた
・レティスは断崖に囲まれた未開の島にいる
・正しき道の記されし海図を手に入れることで神鳥の島に行くことができる
血の呪縛……それによって暗黒神を封印し、暗黒神の脅威はほとんど残っていないほど長く抑え込むことに成功したのはいいけれど。
メディばあさんのようにかつての伝承を石碑という動かぬ形で残していない限り、とうの七賢者の子孫でさえ忘却しきってしまった遠い未来には連続殺人という形で悲劇を起こしてしまうなんて。
いや。
血の呪縛がなければ、もっと大勢が犠牲になるような状況だったのかもしれないし、神鳥なんていう大層な存在が教えたということは……封印がしっかりしていればそう悪い話ではなかったのかも……。
思うところはありつつも、神鳥に助力願えるならかなり心強い。
とはいえ、所在地は断崖に囲まれた……?
そりゃ鳥なら断崖とか関係ないだろうけど。
正しき道の記されし海図……?
なんのことやら。
さっぱりだ。
見当もつかない。
「とりあえず……城の学者ならわかることがあるかもしれないね。僕にはさっぱりわからないけど……」
また「ルーラ」の応用でしたためた石碑の写し、そしてレティスについて調べて欲しいことを書いて送り、みんなの方を伺うも、まあ僕と同じような心境らしい。
「すいやせん兄貴、アッシにはさっぱりでさあ。昔取った杵柄でお宝にはちぃーっとばかし詳しいつもりでがしたが、海図のお宝は聞いたことがないでがす」
「海図はもちろんだけど……レティスって……うぅん、アルバート家、もといクランバートル家には昔のことってなんにも伝わっていなかったのよね。あたしの方はなんにも心当たりがないの……そもそも七賢者の子孫ってこともよく分からないことだったし」
「俺もさっぱりだ。まあ難しいことは学者先生たちに任せるとして、俺たちはいつだって地道な実働部隊だろ? 次はどうする?」
「一応、レオパルド……は東の方に向かっていったね。ここから東というとサヴェッラ大聖堂かな。行くとしたらそこになる……かな?」
「ま、アテがないのはいつものことじゃ。明日には向かうことにしようぞ。……それにしても、エイト殿下。この手紙の返事はどうやって受け取るつもりなのですかな?」
「ええと。サヴェッラでしたら必ずどこかにうちの兵士がいますから。結果的に、ですが……」
「たしかに、クラビウス王は世界中に派遣できるだけ派遣して情報収集してくださっていたのう。姫の結婚式を行うサヴェッラなら確実に……それなら大丈夫ですじゃ、しかし上に立つ者として、付き従う人間たちに闇雲に探させる真似になることはきちんと考えなくてはなりませぬぞ」
「はい、肝に銘じます」
さすが一国の王はごもっともだ。
僕を探し待って兵士たちが無駄に疲弊することはない。
「つってもエイトは手紙だけ『ルーラ』できるくらい器用なんだから着いた場所でちゃっちゃと現在地を送ればいいだろ」
「サザンビークはルーラもキメラのつばさも長らく……十八年ほど禁止しておったじゃろ。場所がわかってもそこに行ったことがある人間がいるかはわからん」
「はぁ、そうかよ」
そんな話をしながら、次なる目的地は決まったわけだった。
とはいえ、もう日は落ちている。
僕たちはメディばあさんの薬草園の中に寝床を作り、その日を明かした。
雪国でも凍り付くことなく薬草が育つ洞窟の中は案外温かで毛布にくるまっているとそんなに寒いとも思わなかったけれど……朝起きるとミーティアが心配そうに僕らを順々に見て回っていた。
……そういえば、夢を見たような。
人間の姿に戻ったミーティアと話す夢だった。
夢の中でメディばあさんの死に涙し、決意を新たにした彼女は……夢が覚める前になにか、別のことを言っていた気がする……。
なんだったっけ。
◇
「うはははは! 想像以上に儲かったな! 王子であるぼくでもこんな大金を一度に手にしたことはない! うはは!」
「へ、へへっ……王子サマの手腕のお陰ですぜ。誰だって勇敢なエイト殿下の御守りは欲しいに決まっているんですから……。そ、それで分け前の方は……」
「あ? もちろん契約の通りに支払うんだから期日までちょっと待ってろ。あー、詳しい話は経理担当に聞くんだな。僕は惜しんだりしないが、曖昧なことは許さない。お前はぼくと現場の折衝役としてよくやっているからな。有能である限り他の奴より給料基準をあげてやる! だが他の奴らと給料日は一緒だ!」
「へへっまったく有難い限りで……」
「それにしてもエイトの鱗を使ったブローチは大流行。みんなこぞって身につけているし、そろそろぼくは父上に特別仕様のブローチを差し上げてこの事業を認知して貰わないとな! 商品名もいつまでも『竜になったエイト殿下の御守り』じゃ長ったらしくて締まらない……なにかいい案はないかぼくの優秀な頭を使う時が来たな!
センスのいい名前をつけてエイトをサザンビークの守護竜として認めさせてやる。何がどうなってもいいようにな!」
サザンビーク城下町、片隅にある小さな
忙しく手を動かす人間たちを尻目に、ふかふかの椅子に腰かけたチャゴス王子は高笑いをしながらふんぞり返っていた。
目の前の机にはうず高くゴールドが積まれており、さながら裏取引の現場のようだが実際は綺麗なお金である。
ご機嫌な王子の相手をしている闇商人……今や闇ではないが……は、以前よりこぎれいな格好をしていた。
痩けていた頬は少しふっくらとし、胡散臭い商人から少しずつバザーで見るような真っ当な商人に近づいている。
そんな彼らの近くを片足を引きずった老人がゆっくりと掃除しながら進んでいく。
動きは遅いが、床に落ちている糸くずやら布の切れ端やらをちりとりで綺麗に回収していった。
老人が通り過ぎると、今度は筋肉質だが隻眼隻腕の男がなにか資材のようなものを肩に担いで入ってきてどさりと置く。
待ってましたと言わんばかりに届いたばかりの資材の袋に飛びついて、中身を工場に沢山並べられている机に配り始めたのは幼い子どもだった。
よく見ると、工場に並べられている机に向かっているのは大人だけではない。
母親らしき女性の隣で一生懸命に手を動かしている子どもも混ざっている。
が、子どもたちはしばらくすると外から迎えに来た神父に呼ばれると一斉に工場から出て行った。
もちろん、工場の入り口近くに座っている
「チャゴス王子様! 本日も『教室』に行って参ります!」
「ふん、早く読み書きを覚えるんだ。図面も読めなきゃ上手くなれないんだからな。上手くならないと給料を上げてやらないぞ!」
チャゴス王子は一斉に出ていく子どもたちをニンマリした顔で見送っていたが、不意に隣を通り抜けようとした小柄な少年の腕をグイッとつかんだ。
「おいお前、なんだこの手は」
「ひっ……すみませんすみません! ぼ、ボク、裁縫は……へ、ヘタクソで……」
「そんなもの見たらわかる! ヘタクソがようやっと一個完成させる間に上手い奴は何個も作るだろうな? お前とそいつは何倍も給料に差が出る! うちは出来高制だからな!
さて、お前は他に何ができる? 何ができそうだ? おい、そこのお前! この子どもと隣のお前だよお前!」
呼びつけられた老婆はあわてて道具を置くと立ち上がり、深々と礼をした。
「はい、いかがなさいましたか……」
「お前はこの子どもの祖母だろう? こいつは何が得意だ?」
「は、はい。この子は人より算盤が早いです……」
「何? いいじゃないか! 読み書きはできるんだろうな?」
「簡単なことなら……私が昔、教会で教わったことをこの子に教えたのです」
「ふん、お前は問題なく図面が読めるんだから上等じゃないか。じゃあ『教室』で神父にあてられたらこいつは聖書を読めるんだな?」
「引っ込み思案でどもってしまいますが、この子の頭の中ではしっかりと読めているのです」
「ならいい。おい、お前はうまくいけば明日から経理の補佐だ。明日、ぼくがテストしてやる。算盤用の問題を城から持ってくるから僕の目の前で解いて見せろ。確かぼくたちが算盤をやらされていた時のがあるはずだ。ちゃんとできたら今よりずっと給料はいいぞ。その代わり」
チャゴス王子の指が少年の額を弾いた。
「毎日頭が痛くなるくらい算盤をやらされるがな! まあ算盤なら指を針で刺すことはない! ぼくに感謝しろよ!」
「あ、ありがとう、ご、ございます、王子様!」
頬をピンクに染めた少年が仲間を追いかけて出て行ったとき、入れ替わりに工場という名の掘っ立て小屋に慌てた様子の王国兵が飛び込んできた。
「ここにおられましたかチャゴス王子! 陛下がお呼びでございます!」
「なんだ、騒々しい。父上はそんなに慌てているのか?」
「その、先程エイト殿下から手紙が届きまして……」
「それを早く言えよ!」
「そ、それも空から来たんです!」
「キメラの翼で手紙を受け取った兵士が届けたんじゃないのか?」
ぴょんと椅子から立ち上がったチャゴス王子は首を傾げた。
「いえ、手紙だけが空から届いたとか。なんでも
「……エイトがぼくの従兄弟で王族じゃなきゃ一番いい給料で雇ってやったのに。そんなの行商泣かせの特殊能力だろ。自分は行かずして荷物だけひとっ飛び! 飛んでる時間が無いんだから続けていっぱい送れるだろ? ふふ、帰ってきたらやり方を聞いてやろう! 呪文が得意な奴に教えてくれたらぼくの事業は世界一だ!
おい、ぼくが城にいる間のことは頼んだぞ!」
想像するだけでにやけが止まらない、と言わんばかりの顔でチャゴス王子は兵士を撒くほどの勢いで城に戻っていったのだった。
◇
玉座の間にチャゴス王子が飛び込むと、ちょうどぞろぞろと城の学者たちが別室に移動していったところだった。
「チャゴスよ。早かったな」
「父上! エイトの手紙というのは……」
「ふむ、ここに」
お付きの者が手にした盆の上に並べられた手紙を見て、チャゴス王子は首をかしげた。
「あれっ……てっきり一通かと思っていたんですが」
「今日立て続けに届いてな。あちらも状況が大きく動いたようだ」
「それじゃあ……エイトはもうすぐ帰ってくるんですか?」
「いや。悪い方向に動いたのだ」
重々しい父親の声に震え上がったチャゴスは恐る恐る手紙を開き……内側に包まれていた血まみれの鱗がバラバラと飛び出して足元に散らばり、……凄まじい悲鳴をあげた。
「ギャアアアァ! え、え、エイト! 自分の鱗はむしるな、わざわざ自傷なんてするなってもっとよく言っとくんだった!」
「それは本人確認のつもりで同封したらしい……」
「そんな! ぼくたちなら筆跡でわかると思います! 内容もどうせちっとも普通じゃないんでしょう、ならエイトを騙っているわけがないと分かるはずですが!」
「うむ、そうなのだが……」
クラビウス王は冷静にツッコミながら怒り狂う息子を見て、気圧されるように頷いた。
「ゴ、ゴホン。それじゃあ読ませて貰います。なになに……。……。…………」
黙ってしまった息子が次々に手紙を読んでいく様子を、クラビウス王もまた黙って見ていた。
「この、最初の手紙については……」
「既にオークニスには医者を派遣した。この手紙が届いて、半日ほどで二通目が届いている。三通目はその数分後にな」
「な、なるほど。学者たちがすっかり出ていったわけですね」
「うむ。しかし、リブルアーチに派遣した兵士の報告と合わせると既に二名の犠牲者が出ていることになる。ふたりともドルマゲス……を操っていた存在が狙っていた。残る賢者はあとひとり、そしてそれが誰かはわからない……」
「あ、暗黒神とやらが復活したらどうなってしまうって言うんです! ぼ、ぼくはまだ死にたくない! エイトが賢者を突き止めて、万が一目の前で最後の賢者が殺されたら……暗黒神とやらが復活していちばん最初に狙われたらどうするんだ! エイトはもう帰ってくるべきです!」
「……ふむ。エイトは案外、暗黒神を倒してしまうかもしれんが」
「父上! 何を楽観的なことを仰るのです! いくらエイトが強いといってもリブルアーチで重傷を負ったと聞いたばかりじゃないですか!」
「チャゴスよ、エイトが素直に戻ってくると思うか。戻ってきたとてこの国にいることが安全であると言えるだろうか。相手は不遜にも神を名乗る存在なのだぞ」
「それは……そう、らしいですけど……」
急激に語気が弱まったチャゴス王子を前にして、クラビウス王は隣に控えている大臣に何かを言った。
「かしこまりましてございます、陛下」
「早急に取り計らうように」
そして、項垂れているチャゴスに先程とはうって変わって明るい口調で問うた。
「ところでチャゴスよ、何やら愉快な商売を始めたようではないか。まずは国王の許しを得るのが先だろう。私にもとびきりのをひとつくれないのかね?」
「じ、実は……父上の分は……エイトに許可を取ってから渡そうかと……思ってまして……」
動揺のあまりチャゴス王子が漏らしたのを、クラビウス王は……いや、息子と甥の保護者は聞き逃しはしなかった。
「何。無許可だと?」
その日、サザンビーク城に大きな雷が落ちたという。
チャゴス王子は下々の人間を一律で見下しているので相手の属性が何であろうと態度は一律です
「教室」に行っている間は当たり前に給料が出ないのでいいことしているつもりはない(王族からの直接依頼なので教会側は金を取っていない)
そのうち社宅を建てます