翌朝。
グラッド氏とバフと別れて。
「魔法の鏡」の魔力を取り戻した時と同じように、「ルーラ」で飛んだ海辺の教会から魔法船で海に繰り出し、迷うことなく東の島……サヴェッラ大聖堂を目指した。
上陸した島には巡礼者のためのものか、しっかりとした道があったのでこれまた迷うことなく。
海や島で多少の戦闘はあったものの、様子のおかしい魔物はいなかったし難なく倒して進むことができた。
そしてたどり着いた門の向こう、石造りの長い階段を登っていくと目に飛び込んでくるのは堅牢な建物。
そして、その背後から空へ伸びる奇妙な建造物……。
あれが噂に聞く断崖絶壁にある「館」と地上を繋ぐという不思議な昇降機か。
古い魔法かそれとも「奇蹟」か、奇妙な昇降機の長い道筋は堅牢に伸びている。
直感的には簡単に崩れ落ちてしまいそうなものだけど……。
鳥でもなければたどり着けない場所に人間の身で向かうための不思議な装置だという。
ある意味、人智を超えた神の行い……という名の古代技術だか秘伝の魔導具だかを全面に押し出し、どんな人間にも分かりやすく神の権威を伝えている場所なわけだ。
特別信仰深いわけじゃないけれど、不思議な光景のせいか何となく厳かな雰囲気なのは分かるし、そのせいか少しだけ緊張する。
「ここがサヴェッラ大聖堂……」
ともあれ圧巻、としか言いようがない。
ここの大聖堂の大きいことといったら!
もちろん、長い長い階段の上にあるという立地の問題でますます空に近いように見えるのだろうけど、それにしたって目を奪われる。
観光のためか巡礼のためか、船乗りの格好をした男たちも僕たちと同じように周囲を見回していた。
あとは出店があるくらいだろうか。
でも……。
「ここでなにか起きたって感じはないね」
「平和そのものだな」
「ここが目的地じゃなかったのかしら」
ヤンガスはというと、寒そうに? 腕をさすっている。
ここも風は吹き抜けているけれど、少し前までオークニスの雪の中にいたっていうのに……。
「あぁいや、本当に寒い訳じゃないんでがす。こういう教会の雰囲気はアッシには鳥肌モノってだけでがす」
「確かに空気が独特だよね」
こっちの会話が聞こえているのか聞こえていないのか、ククールたちは出店の方が気になるみたいだった。
「またここでも手分けして聞き込みするか?」
「結構広いし、みんなでまとまって話を聞いた方がいいんじゃないかしら」
「そんなに人もいないようだしそれもそうか」
あっちもあっちで話がまとまったみたいだった。
それにしても、近くにいる船乗りの男たちが仲間内で結構な大声で話しているのが気になる……。
聞き耳を立てずとも耳に入ってくる。
なんでも彼らはここに来る前に海で変な洞窟を見つけたらしい。
城にいた頃の僕ならワクワクして根掘り葉掘り聞いたような話だけど、さすがに海から入れる洞窟の話……に暗黒神は関係なさそうだ。
記録に残っていないだけで、昔の船乗りの休憩場所だったとか、たまたま何かで岩が崩れてちょうどいい穴が空いたとかそういうオチだと思う。
気を取り直して。
露店や宿屋で聞き込みをするも、有力な情報は得られなかった。
途中、大聖堂のすぐ側で観光客に扮したうちの近衛兵たちと出会い、なにか進展があったか尋ねるも……まぁ僕が石碑の写しを送ってから一日も経っていないので当然だけどまだ何も情報はなく。
仕方ないか。
あとは大聖堂にいる聖職者たちに話を聞くくらいだけど、外にいた露天商たちより情報があるものだろうか?
「あの、リオさま」
「差し出がましいのですが……」
僕が大聖堂の扉の方をチラリと見た時、兵士たちはものすごく不安そうな顔をした。
「既にあちらでの聞き込みは数時間前にしたばかりなのです。彼らは特に情報を持っておらず……その……貴重なお時間を無駄にしてしまうかと」
「なんだい、奥歯に物が挟まったみたいな言い方をして」
「ええと、こいつの言うこともそうなのですが。その……サヴェッラの人間はとても態度が悪いのです」
「……態度が悪い? 露天商たちも宿屋も旅人をそれなりに歓迎している様子だったけど」
その時、ククールがいきなり舌打ちをした。
ヤンガスとゼシカはなんだか、僕と違って戸惑っている様子はない。
ちょっと嫌そうに「あぁ」とすぐに納得したような感じだ。
「えぇと、商売っ気のある人間の態度は特段、ほかの町と変わりないです。態度が悪いのは聖職者、といいますか」
「さっき、あの昇降機に近づいただけで警備の聖堂騎士に犬のように追い払われたので……」
「あっ……ええと、リオさまのお仲間のククールさんを悪く言うつもりはないんですが!」
「気を遣わなくていいぜ。まぁどういうことかは大体……」
不意にククールが押し黙る。
ヤンガスが滅茶苦茶に嫌そうな顔で首を振ったのを見て、僕も恐る恐るそっちの方を見た。
「みんなどうしたの……?」
視線の方を見ると、こちらに歩いてくる背の高い男がいた。
青い服の聖堂騎士。
他の街じゃなかなか見かけない格好だけど、この場所なら何か変だろうか。
彼と知り合い? と尋ねようと思っていたけれど、それより先に男はつかつかとこちらに歩いてきた。
◇
「これはこれは。どこでお会いしたことがありましたかな?」
丁寧な口調、無遠慮に見下ろす目。
これが慇懃無礼って奴か。
チャゴスはこういうのに敏感なんだけど、僕はあんまり……まぁ表面上は丁寧ならとりあえずどうでもいいかな……って。
どうでもいいから、どうでもいいなりの扱いをする。
それだけ。
「僕は初めましてだけど、みんな、知り合い?」
「……ええと……知り合いかと言われたら……知っているんでげすが……」
「ヤンガス、向こうは忘れているみたいよ。なら折角だしあたしも忘れたことにするわ」
「ゼシカは言うでがすねぇ」
ふむ。
まぁ、順当に考えたら、服装からしてマイエラ修道院でククールが仲間になった時に何か一悶着あった人物なんだろう。
中年と表現するには断然若く、かと言って若者と言い切るほどは青くないように見える、のは僕がまだ十代だからか。
僕から見たらまぁまぁ年上だろうけど、ヤンガスから見たらどうなのか……。
などと、僕は関係ない方向に思考が吹っ飛んでいった。
オールバックの制服姿という清潔感ある格好をしているのに、その慇懃無礼な態度のせいで何となく「じっとり」としているように見える。
「……はぁ、そんな歳でもうすっかり記憶力が衰えちまって、俺は悲しいよ、兄貴」
え、兄だって?
耳を疑って思わず僕は二人の顔を見比べた。
ちっとも似ていない。
目の色も髪の色も違う。
まだ僕とチャゴスの方が似て……いや僕たちも、従兄弟ということを加味しても顔は似てないけど。
うん、同じレベルの似てなさだ。
ククールはやや強ばった顔をしていたけれど、向こうは薄笑いを浮かべている。
僕が、彼らが兄弟ということに驚いたのは……顔が似ていないだけじゃなくて纏う雰囲気が全然違うから、かもしれなかった。
「ああそうだった、規律違反の多さのあまりマイエラ修道院を追い出されたククール。たしか……そういう名前だったかな?
おやおや、みなさん怖い顔をされて。ほんの冗談ですよ。こんな奴の顔も名前も忘れられるものですか。気分を害したのなら失敬」
言葉の意味はわかるはずなのに、言われた言葉がイマイチ飲み込めなくて僕は首を傾げていた。
なんの意味……メリットがあってこんな無礼極まりないことを言っているんだ?
ククールはもちろん、「気分を害したのなら失敬」と言っているからには仲間の僕たちの心象が最悪になるのは分かってわざと言っているんだろう?
こんな嫌味を?
ククールが嫌いなのだとしても、この場には初対面で得体の知れない相手が三人いる。
サザンビークの近衛兵たちも一般的な旅人のような格好をしているから分かりにくいだろうけど、このふたりは貴族出身だったはずだ。
そうそうこんな態度を取られない彼らにとっても心象は最悪のはず。
わざわざどういう意図があって敵を作るんだろう?
僕の後ろでいきり立った兵士たちが剣を構えようとした気配を感じたのでさり気なく腕を後ろに回して合図し、辞めさせた。
無用な騒ぎは起こさなくていい。
さて、僕は口を出すべきか。
初対面の相手に因縁もない僕が口を出したら火に油を注ぐだけかもしれないな。
「さてと、私はこれより法皇様の警護の兵を選ぶという仕事がある。気楽な旅人と違って忙しいのでね。このあたりで失礼しよう。そこでは、神のご加護があらんことを」
逡巡の暇もなく、彼はそのまま立ち去って行った。
なんだって言うんだ。
しばらくの沈黙。
僕はそのまま首を傾げて考えていた。
でも、分からなかった。
まぁよく分からない思考回路の人間はいるものだ。
他人の心を理解できるなんて、思い上がりにも程があるよね。
分からないのが普通なんだろう。
さて。
「法皇様付きの警護兵を選べる立場なんて、年齢の割に偉い人だね。大方、ここの騎士団長ってところかな。まぁでもあんな嫌味な人にチャゴスとミーティアの結婚式の警備の総指揮は任せたくないかな。警備はうちの兵だけで回すべきだっておじ上に伝えておいてくれる? この場の出来事、そのまま伝えてくれていいから」
「も、もちろんです……」
「いいんですか、リオさま。あんな無礼者を放っておいて」
「そうとも、僕は旅人の『リオ』。だからこの場は問題ないし、ただちょーっとこの会話を小耳に挟んだエイトは気になったことを報告するよう命令した。そういうことで」
「……かしこまりました!」
これじゃあサヴェッラでは情報はまるで得られなかった上に、
「えっと? こういう込み入った話は聞かない方がいいよね」
「別に。向こうは蛇蝎のごとく嫌ってくるが、俺はアイツのことをなんとも思っちゃいないんでね。アイツは……マルチェロは腹違いの兄なんだ、これまで色々あったのさ。で、これからどうするんだ?」
「どうもこうも。レオパルドはここに来ていなさそうだし、ここにこれ以上いても仕方がない。トロデ王のところに戻って……そうだな、不思議な泉にでも行こうか。みんな、ちょっと小休止を入れるべきなんじゃない?」
「賛成。少しお茶でも飲んで、また行き先を決めましょ」
「こうも情報がないといっそ占いにでも頼りたくなってくるでげすねぇ」
「占いだって? ガサツなヤンガスの口からそんな言葉が出てくる日が来るとは思っていなかったな。明日は槍でも降るか?」
「まったく失礼な奴でげす」
兵士たちを解散させ、お二人のところに戻った僕たちは早速不思議な泉に「ルーラ」した。
◇
小さなお茶会。
心身共に疲労している皆さまが、それでも私のことを気遣ってわざわざ不思議な泉に来てくれて。
なのに、私の口は重かった。
沈黙の中、エイトは気づかわしげに私の目を覗き込んでくれたから観念して胸の内を話してしまうことにした。
「……あ、ごめんなさい。メディおばあさんのことを、考えていたの」
でも口に出して後悔した。
優しかったメディおばあさんの死を悼んでいない人なんていないのに。
慌てて、話を変えることにしたけれど。
思わず口をついて出たのもまた、「困らせてしまう」話だったかもしれない。
「……私が小さい時に亡くなってしまったけれど、私にもおばあさまがいたのよエイト。
ご存じですわよね、サザンビークの王子様と恋をした、トロデーンの姫のことです」
「相手は僕たちのおじいさまだね」
「えぇ……」
そう、……エイト「たち」のおじいさま。
悲恋の末、国同士の仲が悪かったせいで結ばれなかったふたり。
自分の子どもたちを代わりに結婚させる約束をしたものの……生まれた次代、つまりお父様と亡きエイトのお父様とクラビウス国王陛下が男性ばかりだったので、約束は孫の代に流れ……。
チャゴス王子と、私は婚約することになった。
「悲恋のふたり」の孫という意味ならエイトだってそうなのに……と考えてしまうのは。
従兄弟と仲がいいエイトに言ってはならないことだわ。
ただただ困らせてしまう。
「……人の運命って不思議よね。今日、結婚式を挙げるはずのサヴェッラの地を踏みました。結婚式のその日まで、行かないはずの場所にお馬さんの姿で……現実なのに夢みたいな気持ちだった」
ああ、何を言っても返事に困ってしまうに違いない。
なのに、なのに、私の口は止まらなかった。
「私は、本当に結婚できるのかしら」
言ってしまった。
そう思った瞬間に眩い光が私の身体を覆い隠す。
呪いが私をお馬さんの姿に変えてしまう。
嫌なことのはずなのに「言い逃げ」できてしまって正直なところホッとしている自分もいる。
「結婚できるのかしら」なんて白々しい。
「元の姿に戻れるのかしら」というのが本音でしょう、ミーティア。
……いいえ、それですら本音ではなくて。
婚約者がいる身で、別の人間を好きになって、エイトの優しさに甘えている。
お馬さんの姿は都合がいい。
動物の姿なら、本当なら殿方と寄り添って座るなんて許されないのに……「普通」に見える。
そうして私は許されざる感情に言い訳しているんだわ。
「大聖堂、綺麗だったよ。門の外では良く見えなかったでしょう」
エイトは優しく、お馬さんの姿なのに少しも変わらない眼差しを向けてくれた。
「あの神聖な場所に、晴れやかな気持ちで立てるように。暗い森の中ではなくて安全な城の中で。ミーティアが心の底から安心できるように……」
まるで誓いのような言葉だった。
そう思ったのは、「結婚式」の話をしていたからに違いない。
エイトはそんなつもりじゃないのにね。
「君を元の姿に戻すと誓うよ」
……誓わせてしまったのは私の罪なんだわ。
なのに嬉しい、と思ってしまう心に嘘はつけないの。
かっこよくて強くてベホイミ、そしてかっこよくて最悪なのが兄貴ではないか
最低でも嫌味でも奴はかっこいいのです
とはいえエイト(とチャゴス)はこれまでは城に軟禁状態だった上、最近サヴェッラに出てきたマルチェロが顔を知るはずがないという痛恨
脇は甘いと思います(モブに嫌われまくっているところとか。穏当に立ち回る能力もあるはずなのに見下している相手に取り繕わない)
明日で連載一周年! 長い間お付き合いありがとうございます!
まだまだ続きます