僕の育ったあっちの大陸は今頃秋、いやもうそろそろ冬と言っていい季節だけど、こっちの大陸は夏と言った方がいいかも。
少々汗ばむ陽気。
街の外は青々とした緑の景色。
風は涼しいというよりどこか生ぬるい。
そして石畳の見慣れない街並み。
活気ある人々の声はどこか知っているものと違う気がする……。
僕たちはヤンガスの使用した「キメラの翼」でトロデーン王国に最も近い町、トラペッタに来ていた。
外国も外国、初めての場所。
もちろんだからなんだって話ではあるんだけど、リーザス村を訪れた時と違って緊急事態ではないからか緊張の方が勝る。
「そういや、前も行き詰った時にヤンガスの知り合いの情報屋に船のことを聞いたんだっけか」
「そうだったわね。あー、パルミドでは酷い目に遭ったわよねえ。
で、今度は占い師。でも、その占い師はドルマゲスがリーザスとの関所を破る姿を見たんでしょう? ならチカラは本物じゃないかしら……」
「まあ、出会った時は飲んだくれのダメなおっさんだったんでがすが今は娘のために真面目にやっていると思うでげすよ」
結局、僕らはヤンガスが提案した「占い師」に情報を聞きに行くということになっていた。
今は情報がないので藁をも掴む気持ちだ。
とはいえ、ゼシカの言う通り実績がある人のようだし、占い師に会ったことのあるトロデ王も反対されることはなかったのでなにか収穫がある、はずだ。
ヤンガスの案内で街の二階……珍しい二層構造になっている……に向かい、路地裏に入る。
「ここでアッシはおっさんと出会ったんでがす。空きっ腹を抱えて歩いていたら、あの呪われた顔のせいで魔物だと街の人間に勘違いされたおっさんが、石を投げられて街から追い出されているのを目撃したんでがすよ。
アッシもこの顔でさぁ、誰も雇ってくれないせいで空きっ腹だったってわけでげす。同情して追いかけて、一言くらい慰めてやろうと思ったところで……」
街の人とすれ違うには狭い路地。
井戸で水汲みをしていた住人は、突然現れた旅人の集団を見ても動揺しなかったので「占い師」はなかなか繁盛しているらしかった。
そして、ヤンガスが入ろうとした民家の扉が先にパッと開いた。
「まぁ、ヤンガスさん! お久しぶりです! 私のことを覚えておいでですか?」
現れたのは明るい表情をした若い女性だった。
この人が占い師?
いや、さっきヤンガスは「飲んだくれのおっさん」と言っていたし、娘の方か。
「昨晩、夢を見たんです。前にヤンガスさんとトロデさんに出会った時と同じように。
『占いを求めて人でも魔物でもない者が恩人と共に訪れる』って……。私も占い師ルイネロの娘として占いのチカラが高まってきたのかもしれません。恩人ってヤンガスさんのことだったんですね。父も喜ぶと思います!」
「あー、それでユリマの嬢ちゃん。それでルイネロのおっさんはどこに?」
「あ! 今ちょっと出かけていて。昼の酒場で出張占い師をやっているんですよ。すぐに呼んできます!」
そのまま彼女は僕たちに会釈し、さりげなく僕たちを民家に押し込むとばたばたと出て行った。
沈黙。
人でも魔物でもない、かぁ。
僕の中の冷静な部分が、それは会ったこともない僕のことではなくて、きっとそのお立場を明かさずに接していたトロデ王の呪われた姿のことを勘違いして、恩人に再会したかったから夢に見た。
そう分析しているけれど。
なんとなく僕のことなんじゃないかって思う。
のは、ちょっとナイーブになりすぎか。
「たしか水晶玉を探したって話だったね。やっぱり物語に出てくるようなイメージ通り、占い師って水晶玉で占うんだね」
「そうでがすねえ。本当に水晶玉の前で手をこんなふうに動かして見てたでがすよ」
ヤンガスが両手を持ち上げて平泳ぎのようにくるくる回す。
なんとなく違う気がするけど、僕は曖昧に頷いた。
「あとはタロットで占うのがよく想像する占い師じゃないかしら」
「あぁ、それも本で見たことがあるよ……実際に見たことはないけれど」
「王城に入り込んで王族に占いを仕掛ける奴はそういないだろ」
「まぁ言えてる」
こじんまりとした部屋の中には占いのための道具らしきものがある。
机の台座は水晶玉を置くためのものだろうか。
それにしても、ここは四人もいると狭いくらいだ。
だから出張して外でやっているのかな?
なんてことを考えているうちに家主たちが帰ってきた。
いかにも怪しげな、いや、神秘的な格好をした中年の男。
頭に布を巻き、胸元には石の連なったネックレスをジャラジャラつけている。
服の色も変わっていて、街の人間たちとは似つかない。
「おぉ、ヤンガス殿、久しぶりじゃな」
そんなルイネロはヤンガスを見て表情を緩めたと思ったら、不意にこちらを向いた。
そしてほかのみんなには目もくれず、僕の顔を凝視する。
「おぬし……もしや……む、むむむむむっ」
もしや?
何が「もしや」?
僕の前で唸りながら固まってしまった父親を見て、困った様子のユリマ嬢は、とりあえず持ち帰ってきた水晶玉をセットするなど準備の方に取り掛かってしまった。
「あの?」
「……あぁ、すまない客人よ。これは占い師のサガでな、つい思わせぶりな態度を取ることで客にしようというのがはたらいてしまった」
「なんでぇ、もうおっさんの占いは当たるんじゃ?」
「はいっ! 父は百発百中の凄腕占い師ですよ!」
「なら兄貴にそんな小芝居しなくていいでがす」
「まぁ長年の癖はそうそう抜けないというわけじゃ。さて、わざわざわしを訪ねて来たということは占いをご所望なのだろう? ヤンガス殿には恩がある。おぬしらから金など取らん。早速占ってみよう……」
なにか誤魔化されたような気がしたけれど、まぁ、僕はこの人のことをよく知らないので口出しするほどでもないか。
ルイネロは椅子に座ると大きな水晶玉に両手をかざした。
「さて、おぬしたちが何を求めているのか……それも水晶玉に聞いてみよう」
大きな丸い水晶玉。
何の変哲もないただの綺麗な石は、ルイネロの声が聞こえているかのように輝き始める。
魔力が動いている風ではない。
だけど、確かに神秘のチカラがはたらいている。
薄暗い部屋の中で光を放つ水晶玉、風変わりな占い師……雰囲気に飲まれて、確かにこれで占って欲しいことが言い当てられでもしたらまた客になりたくなっちゃうのかも?
しばらく目をつぶっていたルイネロは、急にカッと目を見開いた。
「ううむ、なにやら洞窟が見える……そこは船でしか行けない場所のようだ……海か、川に面しているな……。む? 詳しい場所は分からないが、ここから随分近いようだな」
「水辺の洞窟……」
なんだろう、それってなんだか覚えがあるような、ないような。
「その洞窟の中におぬしらの探し物があるじゃろう」
「もしかして、例の海図のありかか?」
「かもしれないわ」
『正しき道の記されし海図』……ルイネロの言う通りに、船でしか行けない洞窟に海図があったなら。
レティスのいるという神鳥の島にいけるかもしれない!
「正直行き詰まっていたんです。お金を取らないとおっしゃいましたが本当に海図があったのならお礼をしなくてはなりませんね」
「不要だ。何せこの水晶玉を取りに行くためにヤンガス殿は随分骨を折ってくれたのう。ようやく役に立ててこっちはホッとしているくらいじゃ」
「……そうですか」
まぁ、無理にというわけにもいかないか。
「いやぁ、あの時は知らないオッサンの言うことを聞いて面白くない気持ちでがしたが、こうなってみれば兄貴の役に立てたってわけでがす。たしか、初めて会った時の嬢ちゃんの占いが当たったってわけでげすねぇ」
「私のですか?
『運命の出会いは二度。一度は既に、二度目は未来に。貴方の人生を変える出会いは海の向こうに』、ですね? ヤンガスさんは以前よりお元気そうですし、良い出会いをされたのですね」
「運命の出会い……いい響きでがすね。あの時のアッシには眉唾でがしたが、実際に兄貴と出会った今なら昔のアッシのケツでも蹴っ飛ばしてやりたい気持ちでがすよ。
さぁ、兄貴! 次は船に乗って洞窟探しの冒険でがすよ!」
勇んだヤンガスの勢いに飲まれるように、僕たちの次の行き先は決まった。
親子はわざわざ街の出口まで見送りに来てくれて、ふたりに見送られつつ別れて。
僕らはトラペッタの街近くの川から船に乗り込み、早速洞窟の捜索が始まった。
◇
「とはいえ、海や川から入れそうな洞窟なんて地図に載っているわけでもないし……」
「ルイネロさんは近いって言っていたし、この大陸をぐるっと回りながら探すしかないのかしらね」
「急がば回れじゃ。世界中をあてもなく探し回るよりは良かろうて」
たしかに。
ヤンガスの提案がなければ今頃途方にくれていた。
まずは、ということで川に沿って船を進めてもらい、僕たちは手分けして怪しい洞窟がないか岸辺に向かって目を凝らしていた。
もちろん、時々は魔物が襲いかかってくるけれどその程度、僕の敵ではない。
「おっと、そういえばサヴェッラで船乗りたちがなんか話してやしたね。海で洞窟を見つけたとか何とか大騒ぎで」
「……たしかに、大声だったから僕も聞こえていたよ。言われるまで忘れてた。よく覚えていたね」
「いやぁ。お宝探しは情報が大事でやす」
「そうなんだね」
「しっかし、詳しい場所の話は聞こえなかったでがす。どうしても見つからなかったら取って返してあの船乗りたちを探すのも手かもしれないでがすね……お?」
たしかに船乗りたちの話は今の僕たちが探している場所と一致しているかも。
関係ないと断じずに情報収集すべきだったか……反省。
なんて思っていたら、ヤンガスは何かを見つけたらしく船首に近づき、操舵をされているトロデ王に腕をブンブンと振って合図を送る。
「兄貴! 見てくだせえ、あの橋の下、妙な空間があると思いやせんか?」
「……本当だ。橋をかけるのに崖をあんなに深く掘りとる必要なんてない、よね?」
言われた橋の下に向かって目を凝らすと、確かに暗くてよく見えないけれど奥行きのある空間が広がっている。
すると周囲を見回していたゼシカがびっくりしたように言った。
「あら? ここってリーザス村の近くじゃない?」
「ならトラペッタからも近い。ルイネロの占いとも一致するな」
じゃあこの橋って、操られていたドルマゲスが吹っ飛ばしたとかいう関所か。
かつてトロデ王とミーティア、ヤンガスという最初のメンバーが通った場所が巡り巡って目的地になっているなんて。
巡り合わせというか、運命というか、気づけば世界を股にかける旅になっているのを目撃するとワクワクするね。
トロデ王の操舵のもと、僕たちは橋の下の洞窟にゆっくりと進んでいく。
急に暗くなったけれど大丈夫、見える。
ゆっくりゆっくりと洞窟の中の岸に近づいて……着岸。
いくつかの扉があるのが見える。
僕らは船を降りた。
さて、扉の向こうに家主はいるだろうか。
いないだろうな。
まるで手入れされていないんだものね。
魔物の巣窟になっているのが気配でわかる。
僕らは招かざる客だから、そりゃあもう盛大な歓迎を受けることになりそうだ。
「人工的な洞窟じゃなあ。自然に削られてできた洞窟なら到底船なんて近寄れんじゃろう。それがほれ、こんな大きな船が問題なく寄せられるんじゃから間違いなく船に詳しい人間が作ったものじゃ」
「こりゃ大掛かりだ。アッシ、聞いたことがあるでがす。大海賊キャプテン・クロウの財宝が隠された洞窟がどこかにあるっていう話でげす。もしかしてここがウワサに聞く……」
「待って、あれ見て!」
ゼシカが不意に海の方を指さす。
振り返ると、小さな船がこっちに近づいてくる!
船の上には二人の人間がいるのが見える。
片方は筋骨隆々な男性、もう片方は女性のようだ。
「ゲェ! あいつは……!」
「良かったじゃないかヤンガス、運命の人、そのいちだろ」
「うるせぇぞククール……」
ヤンガスの知り合いってこと?
男性が巧みに船を操り、見事な操縦で船は停められた。
男性の態度からすると、女性の方が偉いらしい。
すると女性の方が軽やかに降りてきてこっちを一瞥した。
「どこかで見たカオだと思ったらビーナスの涙をプレゼントしてくれた親切なご一行じゃないか。何か知らないカオが増えているけれど。それにしても随分珍しい場所で再会したもんだね?」
「てめぇ、ゲルダ! いったいどうしてここに!」
「何でもウワサによるとここにはあの大海賊キャプテン・クロウのお宝が眠っているらしいじゃないか。あたしはお宝って言葉に目がなくてね。こうしてわざわざ船を仕立ててやってきたってわけだが……」
こちらの人間を順々に眺めていたゲルダは最後にはヤンガスに視線を戻した。
「見たところあんたたちも目的は同じだね。なら海賊のお宝は早い者勝ちだ」
「お、おい、勝手なことばかり言いやがって。待てよ、ここには魔物の気配がする。お前ひとりでお宝の場所までたどり着けるものかよ!」
これもしかして痴話ゲンカ、あるいはその未遂みたいなもの見せられてる?
ヤンガスの昔馴染み、それも口ぶりからしてトレジャーハンター……あるいは、山賊にもっと近いもの。
そしてこの心配している口ぶり……。
ヤンガスにはこの旅が終わったら、もちろん本人が望めばだけどサザンビークで職を紹介しなくちゃいけないと思っていたけどその必要ってなさそうだ。
「見くびってくれるじゃない。あたしの忍び足の実力はあんた知ってるだろ? 魔物どもに見つかるなんてヘマはしないさ。動きの鈍いあんたと違ってね」
そう言い残してゲルダはさっさと洞窟入り口の扉を調べ始めた。
ヤンガスはゲルダが十分離れたことをよく確認し、ひそひそと話す。
「あいつは……ゲルダは……本人の言うとおり、魔物になんて見つかるような奴じゃないでがすが……はっきり言って弱いでがす。戦いは得意じゃないのにこんなところに乗り込んできて、どうするつもりなんでげす? 子分も船に置いておくつもりのようでがすし……」
それはヤンガスらしからぬ小さな声。
先を越されるわけにはいかないけど、それはそれとして気に掛けた方がいいかもしれないね。
僕たちは、ゲルダが向かっていった方ではない扉から調べてみることにした。
するとそこには鍵がかかっていて、しかも鉄格子でできているから蹴破るのは不可能とは言わないけど骨が折れそうだった……でも、鍵といえば。
メディばあさんが託してくれた魔法のかかった鍵がある。
僕がそっと鍵を差し込むと、扉は簡単に開いた。
「あいつが気づくのは時間の問題でがす。とっとと行きやしょう」
ヤンガスの言葉にうなずいて、僕らは洞窟の中に足を踏み入れた。
ゲーム脳側は財宝を守るボスがいないわけないだろ! と思いますがそれってメタ視点だから……