サザンビークの黒竜殿下【第3部進行中】   作:ryure

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異世界と“影”

翌朝。

村長に深々と感謝を伝えて出発した僕たちは、村人に教えてもらった、レティスの止まり木へ向かった。

 

村の中にある止まり木が巨大だったように、こっちもやっぱり外でも遠目からでもすぐに分かる大きさだ。

何もないところにぽつんと現れる大きな大きな止まり木だ、明らかに異質なのに不思議と周囲に馴染んでいるように感じる。

この、外にある方が昔、レティスによく使われていたのかな?

 

「あれがレティス専用の止まり木なら、そこに止まるレティスはどれだけ大きいのだろうね」

 

「もしかすると、アッシたちを全員背中に載せられそうなくらい巨大な鳥かもしれないでがす」

 

「それは実に夢があるね。そんなレティスの背中に乗って空飛ぶレオパルドを追いかけるわけか」

 

「村長さんの話を聞いた限り、前から暗黒神と戦っていたレティスはきっと協力してくれるでしょうけど……今でもレティスって異世界の破れ目を作れるんでしょう? なのに戻ってきていないってことは、何かあるのかもしれないわ」

 

「単に作れる破れ目が自分の身体より小さすぎるか、はたまた向こうの世界には別の脅威がいて戻っている場合じゃないとかか……まぁ、とにかく本人、いや本鳥に会ってみなきゃ話は進まない、か」

 

ククールの言う通りだ。

神鳥に乗って空を飛べたら一生の思い出になると思うけど、極論レオパルドを追跡できるなら別になんでもいいわけで。

空を飛べなくてもレオパルドの現在地を何とかして把握できれば「移動呪文(ルーラ)」で現場に急行したっていいし。

ようは次の犯行前に取り押さえてあの杖を奪取できたらいいんだ。

 

もしくは。

空の飛び方を上手く教えてくれたら僕は竜になって自分で空を飛び、追跡したっていい。

背中に人を乗せるのは……ちょっと無理そうだけど。

仲間の中で一番体重が軽そうな……なんて考えたら不敬かもしれないけど……トロデ王でやっとかもしれない。

そしてトロデ王を戦わせるわけにもいかないし、僕がひとりで暗黒神を相手にできると思えるほど高慢じゃないさ。

 

勝てなくてもいい勝負くらいはしたいけどね?

 

……噂には、トロデ王は若い頃、大変にお強かったらしいけど。

いつも街の外で平然と待っておられるのって、たとえ魔物に襲われても平気だからとか、ないかな?

あるいはそのお強さが魔物たちには分かるからまず襲われることはない、とか。

魔物が単に呪いによる容姿だけで敵味方を判別しているとは思わないし……いやいや、本当にお強いのだとしても今戦っておられないということは娘のミーティアを守られるためなんだと思う。

 

そういえば、闇の遺跡の最深部に哀れなドルマゲスを倒してすぐにいらっしゃったということは、僕らが戦っている最中にほとんど踏破されていたってことだ。

闇の遺跡の魔物たちの親玉? だったドルマゲスが倒れたあとならともかく、まだ生きている時に魔物たちが黙って見ていたとは考えにくいよね。

 

やっぱりトロデ王ってお強いんだろうか、気づいてしまったらものすごく気になる……。

 

なんて、考えが逸れに逸れている。

 

なだらかとは言い難い地形を乗り越えて、僕らは神鳥の止まり木の真下にやって来ていた。

 

「さて、レティスの影は見えるんだったっけ」

 

「鳥を探しに来たのに探すのは地面、まったく妙な話だ」

 

「あ、あれじゃない?」

 

ゼシカが指さした方向を注視する。

なにもない?

いや……何かが来る!

 

ぶわっと突如強風が吹き寄せる。

一瞬目をつぶってしまって、目を開くと目の前には巨大な鳥の影がくっきりと地面にある!

 

もちろん、空を見上げても何もないのに!

 

影は僕らを観察するように何度かくるくると止まり木の周囲を旋回すると、突然着いてこいと言わんばかりにその巨大さにしては緩やかな速度でどこかに向かって進み始めた。

 

「行こう!」

 

一斉に駆け出すも、手加減されているのか……あるいはからかわれているのか、ちょうど僕らの走る速度くらいで見失うことはなさそうだ。

懸念するとすれば魔物に襲われてしまうことだけど……。

 

「ここの魔物は強いから気休めだけど……『聖なる光よ、邪魔者を退けよ(トヘロス)』!」

 

周囲に「トヘロス」を展開、あんまり魔物の気配が消えた感じはないけど、ようは僕らの歩みの邪魔をさせなかったらいいわけで。

仮に即座に倒しきれなくても追跡する元気がなければいいってことでしょ?

 

僕は真正面から「トヘロス」をものともせずに迫ってくるワニバーンに剣を向けた。

 

鰐(ワニ)は竜の遠縁だろう?

まさか鼻が利かなくて実力の差も分からない訳じゃないでしょう?

 

魔物を倒すなら、スパッと斬って苦しませない方がいいと思っているけど今は邪魔されると困るんだよね。

どうしようか?

見せしめ、とか?

 

血が騒ぐような高揚感。

そして久しぶりに聞こえてきた、あの不安を煽る鱗が皮膚を突き破る音……。

 

首の辺りがなんだかむず痒い。

僕を侵食する鱗はとうとう、顎の手前まで迫ってきたらしい。

 

と。

ワニバーンは僕の剣が振り下ろされる前にピタッと止まった。

 

「遅れてトヘロスが効いたみたい? だね?」

 

ワニバーンは文字通りしっぽを巻いて逃げ出したようだった。

なんだ、思ったより聞き分けがいいじゃないか。

 

そんなこんなで以降は魔物が邪魔してくることもなく。

ただ、毒の沼地でも構わず突っ切って進んでいくレティスに困って、でも見失う訳にはいかないし。

とりあえずみんなには迂回してもらった。

みんなもだけど、ミーティアを毒の沼地に突っ込ませるわけにはいかない!

 

とはいえ僕も毒の沼地をたった一回のジャンプだけで飛び越える、のはちょっと無理だけど沼地にある僅かな足場で飛び石を渡るように超えるのはできるわけだし。

 

ぴょんぴょんと飛んでいると、今度は背中がむず痒くなってきた!

ちょっと、人間の姿のままで翼が生えるのは困るんだけどな!

 

幸い、この時は背中を突き破って翼が飛び出してくることはなかったけれど……この調子だとしっぽが生えるのが先か、翼が突き破ってくるのが先かわかったもんじゃないな。

 

成長期に骨が伸びて身体が痛んだ時のみたいに。

声変わりで喉がしゃがれて不便だった時みたいに。

 

「呪いじゃない」らしい僕の変化は今も止まることなく続いている。

奇妙なことに、竜化によって「成り果てたあと」の姿にも既になっている訳だけど。

僕の皮膚の下は蝶の蛹みたいにどろどろなのか、はたまた生えそろった鱗がぎっしりなのか……。

 

急いで合流した僕たちは、小高い丘の上でレティスの影を見失ってしまう。

遮蔽物もなく見晴らしがいいのに、全員が一斉に見失うなんてありえる?

不思議に思った瞬間、再び出現したレティスの影は奇妙な動きを見せて、僕らに襲いかかってくる……!

 

痛みはない、衝撃もない、ただ。

 

目を開いているのに何も見えていないような。

確かに歩いているのに何も踏んでいないような。

 

そんな不思議な感覚が襲い来る。

 

そして、僕らが我に返ったとき。

その場所はさっきとまったく同じ場所に見えた。

だけど、光景は一変していた。

 

「……ねぇ、みんなで知らない間に気絶したとかで夜って訳じゃないんだよね?」

 

「日差しを肌に感じるでがす……」

 

「その割には暗すぎる。いや、黒すぎる? 驚いたな、色が全くない」

 

「邪悪な存在がいた異世界って言うからには、魔物の巣窟みたいなものをイメージしてたわけだけど……ここは光がない世界なんだわ……」

 

空は墨を溶いたような灰色。

草木は黒く、無機質に見えるけれど踏みしめた感覚はさっきと変わらない。

 

ゼシカの言葉は正確には違う。

この世界にも光がある、だってここは暗くないし、さっきまでと同じように遠くまで見通せるんだもの。

だけど、光があるなら当然あるべき「色」がまったくない。

真っ暗闇では色が認識できないけれど、ここは暗闇じゃないのに認識できない。

 

これが異世界、か……。

 

僕らには当然「色」があるわけで、これじゃあ目立って目立って仕方ないね?

魔物にとっては格好の的かも。

 

なんて、考えた瞬間に悪い予感が当たってしまったようだ。

何かがこっちに向かってくる!

「何か」の殺意が肌に突き刺さり、僕は剣を抜いて警戒した!

 

「みんな、何かが来る!」

 

不思議なチカラを感知するのはゼシカやククールの方がずっと上手のはず。

単に気配察知ならヤンガスと僕ならむしろ僕が劣る場面だってあるだろう。

 

なのに、僕の声を聞いてやっとみんなは異変に気付いたみたいだった!

 

「敵」は音もなく迫りくる。

気配はなんとなくわかるのに、どうにも目で見えない……。

 

僕は馬車の前に陣取って、構えていた。

みんなも構えて、油断なく周囲を見回している……。

 

「ぐはァッ!」

 

「ヤンガスッ!」

 

その時!

目の前でヤンガスが倒れた。

虚(・)空(・)か(・)ら(・)斬(・)ら(・)れ(・)た(・)!

一撃で、この中で最も頑丈なはずのヤンガスが倒された……!

 

見えない、だけど気配は分かる!

 

僕の方に迫りくるなにか。

剣が効くかは分からない、だけど!

 

「随分な、歓迎だね!」

 

斜めに空間をズバッと斬り捨てると、虚(・)空(・)が裂けて黒い霧が出血するようにぶわっとあふれ出した!

確かな手ごたえ、そして、目の前の虚(・)空(・)は無力化されたみたいだった。

 

強くないな、むしろ、弱い。

奇襲に特化した魔物ってことなんだろうか。

 

僕に斬り捨てられたのを見たのか、魔物たちは次々と姿を現した!

 

向こうが透けて見える姿は、幽霊のよう。

変身したドルマゲスやレオパルドに雰囲気が似ている、エレメント系の魔物のようだった。

なら、暗黒神の手の物だろう。

 

見えるなら、斬れるなら、倒せる!

 

近づいてきた影を縦に真っ二つに。

馬車に手を伸ばした腕をスッパリ切り落として。

霧散する黒い霧に紛れて、どんどん倒していく。

一撃で仕留めては飛びかかり、その勢いのまま魔物を引き倒しては首を断つ……。

 

ゼシカに向かっていく魔物をバッサリ斬り捨てると、そいつは霧に成り果てる瞬間にゼシカに向かって攻撃した!

 

だけど大丈夫、ちっとも届いちゃいない……せいぜい、ゼシカの影(・)に届いたくらいだ。

 

「きゃっ……」

 

だから、目の前でゼシカが倒れたのが信じられなかった。

とっさに回復呪文をかけたのに、ゼシカが回復するそぶりはない。

そもそも傷を負っていない……?

 

駆け寄ろうとしたククールも、攻撃をちゃんと避けたのに、同じように倒れた。

重傷を負ったように、地面にぐったり臥せながら絞り出すように僕に言う。

 

「エイト、影(・)だ……」

 

影?

どういう意味だろう?

 

だけど深く考えている暇はなかった。

目の前でミーティアとトロデ王が魔物に攻撃されようとしているのを見て、僕はとっさに割り込んだ。

 

魔物の手にした、影(・)の剣が僕をばっさりと斬り捨て……ようとして。

剣は岩にでも打ち付けたかのように、剣は止まって僕を斬ることはできなかった。

 

魔物の動揺が伝わってくる。

僕はその隙を逃さず、反対に胴を真っ二つにしてやった!

 

『くそったれ、コイツ、「影なし」だ……』

 

魔物は、それだけ言い残して霧散する。

 

気づくと、虚空から現れた魔物はそれが最後のようだった。

危機は去った。

 

なにがなんだかわからない……胸が嫌な感じにドキドキして、怪我をしていないのにすごく嫌な気分だった。

あんまりないけど、苦手な物を前にしたような気持ち。

だけどこうしちゃいられない。

 

「『癒しの光よ、照らせ(ベホマズン)』!」

 

ここは異世界、またあの魔物たちが襲来するかもしれない。

誰を優先して治すような状況じゃなかったので、全員に均等に「ベホマ」をかける。

誰一人怪我をしているような感じはしないけれど……実際、それでよくなってくれた感じはない。

 

重ねて回復呪文をかけるか?

それとも……それとも?

他に方法なんてないのに?

 

僕の焦りを見通して、トロデ王の静かな声が僕を冷静に引き上げる。

 

「殿下、ここは皆の者を寝かせてやり、回復を待ちましょうや。案外時間が解決するかもしれませんぞ……」

 

「……はい。では、僕は周囲の警戒にあたりましょう」

 

結局、馬車の周りにみんなを連れてきて布を敷き、その上で楽な姿勢で休んでもらうことしか、できなかった。

 

……このまま回復しなかったら?

レティスに会うどころか、元の世界に戻る方法だって分からないのに?

 

不安が募ってくるけれど、それから少しして。

 

みんなは嘘みたいに回復して起き上がった。

特に一番最初に倒れたヤンガスなんてその後どうなったかを知らないものだから、むしろ倒れる前より元気に見えた。

 

「兄貴があの魔物どもをギッタンギッタンにしたんでがすね! さすがは兄貴!」

 

「……僕が倒したのは、そうなんだけど……」

 

結局、なんだったんだ?

「影なし」って?

 

疑問が残ったままだったけれど、ここにいつまでもいられない。

 

「色がないとはいえ、この世界はわしらの世界とそっくりじゃ。ならばレティシアも同じように存在するじゃろう。まずはそこを目指そうぞ」

 

「色のない世界の住民が僕たちを見て、警戒しないでしょうか?」

 

「大いにするはずですぞ。しかし、世界は違えど同じ人間であり、レティスを探す者だと名乗ればレティスを信仰する村ならば迎え入れてくれる可能性があるはず」

 

なるほど。

異世界に安全な拠点がない方が危険だろうし、賭けてみる価値はあるってことか。

 

とりあえず僕らは、次にまたあの魔物たちが襲ってきたら一目散に逃げるということにして、来た道……今度は色がないけれど……を引き返すことになった。




殿下の竜化進捗
顔(あごのライン)より下はもう全部鱗、人型は維持
足の裏、手のひら、腕や足の内側など「蛇のお腹」にあたる部分はごつごつしてない(なめらかだけど変化した皮膚)感じ

プロットを逸脱しなければあと四話で第三部は終了です
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