白と黒で構成された魔物は、僕たちの世界の魔物より強い気がする。
とはいえ苦戦するほどではないけれど、身体を真っ二つにするつもりで放った一撃でも倒れない頑丈な魔物には感嘆しちゃうな。
光のレティシアの村長が言っていた「邪悪な存在」が暗黒神のことなら、この世界こそラプソーンのお膝元なんだから当然かも?
暗黒神って、「邪神」って意味じゃなくて、単に白黒の世界の神って意味の可能性があるな……。
まぁ、今やっていることはどう考えても「邪神」なので考えても仕方ないか。
ほどなくして異世界のレティシアに到着した。
こっちは「闇のレティシア」とでも区別しようか、なんだか紛らわしいし。
きっと見慣れない姿に驚かせてしまうだろうな、と思いつつ村に入る。
当然、こちらを見て飛び上がってびっくりした色彩のない村人たちは慌ただしく僕たちをぐるりと取り囲んだ。
武器を向けてそのまま叩き出してこないだけかなり穏当なくらいだ。
あちらのレティシアも見ず知らずの旅人に宿を貸してくれたし、そもそも彼らは温厚なんだろう。
「こいつら、レティスの仲間か?!」
「人間に色がついているなんて初めて見ただぁ……目がチカチカするだよ」
敵対心半分、好奇心半分ってところかな?
さて、どうやって説明しよう?
取り囲まれて次々に何か言われると困ってしまう。
その時、助け舟が出された。
「皆の者、そう警戒しなくてもよい」
なんだか聞き覚えのある声だ。
小柄な老人が村人たちの後ろから現れる……きっと闇のレティシアの村長だ。
よくよく見れば、色彩はないけれどあちらのレティシアの村長と全く同じ格好をしている。
「おお、これは……おぬしたちはひょっとして、世界の破れ目を通って『光の世界』から迷い込んだ者なのではないか?」
「色鮮やかなあの世界のことを『光の世界』と呼ぶならば」
「うむ、うむ、やはりか。レティスの考えていることはわからんが……おぬしたちに敵意がないことは見ればわかる。このように澄んだ目をしている人々が悪さをするはずがない。皆の者、ほれ散った散った」
村人たちは村長の言葉に納得したように散らばっていく。
僕たちは別に何か危険じゃないことを証明したわけじゃないのに、そんなにあっさり警戒を解いていいのかな。
もちろん、彼らになにか危害を加えたりなにかを要求したりするつもりで来たわけじゃない……けど、僕らの立場で考えてみれば、いきなり異世界の存在が居住地にずかずか入り込んできたわけで。
心配になってしまう。
「ふむ。この後、わしの家に来てくれんか。村の一番奥の家におるでな。おぬしたちにはレティスの情報を交換する必要があるように思える。おぬしたちの知っていることとは違うだろうよ。
そして、『あちら』と違って荒れ果てているこの村の話も少しな……」
「あちら」?
「荒れ果てている」?
僕らの世界のレティシアと「闇のレティシア」は何が違うんだ?
村長がすぐに立ち去ったので、僕らは村人たちを刺激しないように気をつけつつも、ゆっくりと村の奥へ向かった。
村長の言っていたことの意味はすぐに分かった。
「闇のレティシア」はもともと、「光のレティシア」と寸分違わず同じだったんだろうということ。
そして、今は何者かの襲撃を受けたかのように荒れ果てているということも。
「魔物に襲われたのかしら……?」
「それにしては建物ばっかり狙われて、怪我人がいないように見えるが」
「回復呪文の使い手が村にいるのかも」
「それにしては魔物が村の外から来たって感じじゃないでがすねぇ。もっと地面がめちゃくちゃになってないとおかしいでがす。屋根に穴が開いてりゃ不便でがしょうが、今すぐ住めなくなるような壊れ方はしてねぇでがすよ」
たしかに。
ゴロゴロとそこらじゅうに岩が転がっていたり、怪我をした馬がいたり、大変だろうと思うけど。
ところどころ無事な家があるし、なんだろう?
ともあれ、僕たちは村長の家に向かった。
家に入らせてもらうと、村長は眩しそうに目を細めて僕たちを眺め……そういえば、白黒の世界でも必要ないから色が見えなくなるんじゃなくて見えるままなんだね。
暗いところにいる生き物はだんだん目が退化していくって本で読んだことがあるけれど、ということはこの人たちは色のあるものを日常的に見てるってことになる。
異世界から戻ってこれなくなったというレティスがいるから……かな?
「さて、村を見て不思議に思われたかもしれんな。
あの惨状はおぬしたちをこの世界に連れてきたレティスのやったこと。これまで村を見守ってきた存在だったレティスがある時から大岩を降らせて村を襲うようになった……」
「突然、ですか」
「突然じゃ。前触れもなく……言い伝えによるとレティスは世界を渡ることのできる存在。かつて神と戦うためにチカラを使い果たし、もともとは光の世界の存在だったが、この世界に取り残された……ふむ、この話は『光のわし』に聞いておるようじゃな。表裏一体の世界では、まぁ向こうのわしも同じことを言ったと考えるのが自然じゃが」
レティシアの人間はレティスの存在を知っているから、自然に「あっちの世界」と「闇の世界」には対応する人物がいるって受け入れていて、なんだか不思議な価値観だ。
つまり、「闇のサザンビーク」には闇のチャゴスと、闇の僕がいるんだろうか?
それともこっちの僕と同じく旅をしている?
入れ替わりにあっちの世界に……は行ってないか、だってそれなら村長や村人たちは闇の世界の僕たちを見たはずだし。
それとも、それとも、暗黒神は光の世界にいるのだからそもそも「竜化の呪い」なんてなくて、トロデーン王国は呪われることなく、ゼシカの兄は健在で、マイエラ修道院の院長は殺されることなく……とか。
いけない、僕の悪い癖なんだけど思考がすぐにどこかに吹っ飛んでしまう。
「この世界に迷い込んでしまった、あるいは招かれたのならばレティスのチカラを借りるしか元の世界に戻る手立てはない。そこでじゃ、レティスに会いにいく必要があるおぬしたちに、レティスがどうして突然村を襲い始めたのか真意を聞いてもらいたい」
「えぇ、それはもちろん構いません」
「おお、先が見える暗闇に光明が見えたようじゃ。どれ、何か聞きたいことがあるなら答えるぞよ。それからおぬしたち、良ければこの家に泊まっていくといい。あちらもそうじゃったろうが、この村に宿はないのでな」
見るからに機嫌が良くなった村長。
相当困っていたんだろう……当然か。
レティシアとこの世界が鏡合わせのような世界なら、レティスを信仰していたんだろうし、あんな大きな影の本体なら相当な巨体。
追い払うのも無理、そんな相手と戦うのも無理……詰んでいる。
さて、聞きたいこと、か。
「そもそも僕たちはレティスに会いに来たのですが……それより気になることがあるんです。
僕たちはこの世界に迷い込んだ直後、変な魔物に襲われました。影のような見た目をしていて、最初は姿が見えなかった。奴らはそんなに強くはなかったのですが、おかしな攻撃をしてきました……僕たちの影を攻撃してきたんです。その一撃で仲間はみんな倒れてしまいました……何故か平気だった僕以外は。僕のことを奴らは『影なし』と呼んでいました。魔物を倒してしばらくするとみんなは回復しましたが、あの魔物はなんなのでしょう?」
「ふむ。その魔物については聞いたこともないが。
影なし、と言われたのじゃな。ならば、おぬしに対応する人物はこの世界にいないということなのじゃろう」
「……表裏一体の世界なのに、この世界の僕に当たる人物がいない? そんなことがありえるのですか?」
「レティスは異世界に渡ることができる存在。別に異世界というのは光の世界だけではなかろう。他にも無数の世界があるのじゃ。世界を渡ることができるレティス自体も、そもそも光の世界の住民なのかどうか……おぬしは光の世界で生まれ育ったようじゃが、もしかすると先祖にどこかの異世界出身がいるかもしれないの。ほほほ。謎の魔物への対抗策ができてよかったかもしれんの」
そんなことある?
聞いておいてなんだけど余計に意味がわからなくなってしまった。
先祖に異世界出身が……って言われても心当たりは無い、し……いや……。
僕は母のことは名前しか知らないんだから、そっち側の血筋の出自が分からない、けれど。
よく分からないままだけど、また影を狙う魔物に出会ったら僕が矢面に立てばみんなを守れるってことだよね。
だって「影」を攻撃しようにも僕には「影」がないんだものね?
これまでの人生、「影」がないことでなにか不都合を感じたことはないし、ここはラッキーと思っておこうかな。
……この世界のサザンビーク国王もおじ上で、父上は駆け落ちで国を出たんだろうか?
レティシアを見る限り、イレギュラーな存在が何かしない限り「同じ」になるみたいだし、普通に考えたら闇の僕がいるはずだけど、いないんだもんね?
どうなっているんだろう……なんて、考えても仕方ないか。
「さて、レティスの元に出発するなら明日にするのが良かろう。おぬしたち、ずいぶん疲れた顔をしておるよ。以前のレティスならば突然来訪しても穏やかに話くらいはしてくれたろうが、村を襲うようになったレティスが穏便な対応をするかはわからん。今は英気を養ってくだされ」
そういうわけで、僕たちは……トロデ王も含めて……夕食をご馳走になり、早々に床につくことになった。
呪われたトロデ王の姿を見ても村人たちの反応は僕らを見たのと変わらない。
そもそも色がないのだから肌の色がなんだろうとすべて同じような反応というか。
それだけはよかったのかも?
トロデ王が村に入れるということはミーティアも安心して村で休めるということだから。
異世界にいるけれど、昨日と全く同じ寝床を貸してもらい。
肌触りから匂いまで同じで、暗くなってしまえば周囲に色があるかどうかもあいまいになって。
そうなってくると単にレティシアで連泊してるだけの気分になって……。
最初は異世界にいるという不安でドキドキしていたけれど、気づくと僕らはすっかり眠ってしまっていた。
「良く寝れやしたが、空が薄暗いような薄黒いような感じで……今が夜なんだか朝なんだかさっぱりでがすね」
「あんまり長いことこの世界にいると時間間隔が狂っちまいそうだ」
確かに、だんだん日が昇ってきて空気が温まってくる感じはあるのに目に飛び込んでくるのは「薄黒い」んだもの、感覚がおかしくなりそうだ。
村人からすればこの二日くらいで一生分の極彩色というか、一生かかっても見るはずがない派手な色を見せられて不必要なほど目がしゃっきりしてしまったかもしれないけどね。
まあ、まだ見ぬレティスはもしかしたら僕ら以上に派手な色彩の鳥かもしれないし、そうでもないかも?
虹色の羽根の持ち主なら遠目からでもすぐに分かりそうである意味助かる……かもね?
そして、僕らは色はないけれど既視感満載というか、あっちの世界で予習したので迷うことなく「レティスの止まり木」へ向かうことができた。