実質、二度目のレティスの止まり木に来たわけだけど。
色がないだけでここも寸分違わず同じ場所に見える。
小高い丘の上からは色のない異世界の景色が一望できて……うん。
ここが光の世界なら風が吹き抜けて気持ちいいとか思うかもしれないけど、目に飛び込んでくる強烈に違和感のある景色を眺めていると、底知れない不安が込み上げてくる。
僕は、僕らはこの世界の異物であると突きつけてくるように、僕らの肌、僕らの髪、僕らの纏う装備と世界は目に見えてくっきりと色の境界線を作っている。
この黒くて白い地面に触れると確かに太陽の光で温められた生命の質感があるのに、どうしてもここが荒廃した大地……まるで闇の遺跡の周辺にいるかのような気持ちになってしまうんだ。
荒れてしまった生命の乏しい大地だって頭が勝手に思い込んでしまう。
闇のレティシアの人々を見るに、この世界にも当たり前の人の営みがあるんだし、まるで冒険の物語にでてくる「魔界」にでもいるかのような心地にならなくてもいいかもなのにね。
止まり木の真下辺りで僕らは止まった。
うん、近づくまでもなくレティスどころか何もいないのはわかっていたけれど、縄張りに立ち入ったらやってくるかな? と淡い期待をしていたんだけどな。
だってほら、レティスの影の方はすぐに来てくれたし。
「留守かしら」
「もしかしたら他にも止まり木があるのかも。レティシアの中にもあったし」
「ふむ、エイト殿下、ここはしばらく待ってみましょうぞ」
「はい、周囲の警戒はお任せ下さい」
きっと近づいてきたらすぐに分かるだろう。
レティスには色がついているみたいだから。
僕たちは馬車を囲むようにして立ち、周囲を見回した。
すると南国の熱い風がさざなみのように押し寄せてきて、身体の中を吹き抜けていく。
ドッと汗が額から噴き出す。
そういえば鱗が生えている首から下は汗をかくことができないみたいで、それってあるべき生理現象が起きないってことだから人間的にはまずいことなんじゃないかな?
汗って身体を冷やすためにあるんでしょう?
なんて考えていたその時。
「上よ! ずっと上!」
ゼシカが空を指さした。
見上げた空には確かに小さな小さな点が見え……それはみるみる大きくなっていく!
それは信じられない高さからものすごい勢いで降りてきて、僕らをぺちゃんこにしてしまうつもりかと思うほど!
迫ってくる点は猛禽のように翼を折りたたんで急降下してくる巨大な鳥だとすぐに分かった!
いや、彼? 彼女? は本当に「ぺちゃんこにしてしまうつもり」なのかもしれない!
殺意と言って差し支えない激しい感情が伝わってきて、足元から地面がビリビリ揺れているみたいだ!
問答無用と言わんばかりに、勢いを殺さず迫ってきた巨大な紫色の鳥……間違いなくレティスだろう…は武器を構えた僕らをついばもうと大きく口を開けて急降下してきて……。
突然ハッとしたように大きく目を見開くと、僕らをギリギリでかわし、地面を派手にえぐりながら無理やり上に飛び立った!
凄まじい巨体から繰り出された無茶苦茶な挙動のせいか、激しい上向きの風が発生し、僕らはまともに立ってすらいられない!
なんなら身体が浮き上がってしまっていて、あぁ、馬車さえ浮いているみたいだ!
とはいえ巻き起こった風はすぐに収まり、僕たちは何とか体勢を立て直した。
見上げると、レティスは何事もなかったかのように巨大な止まり木に止まっていて、こちらを順々に伺うようにじっと見つめていた。
レティスの視線は僕からすぐに外されると、ヤンガス、ゼシカ、ククールの方を……なんだか気遣わしげに見ている。
そして、すぐに不思議な声が頭の中に響いてきた。
優しそうだけど、有無を言わせないような力強さもある……女性の声。
『今はゆっくり説明している時間はありません。あなた方の「影」がひどく傷ついているのです。一刻を争います。今すぐ治療しましょう。そこを動かないで』
「影」が傷ついている?
それって、みんながあの魔物たちに「影」を攻撃されたから?
レティスがその大きな翼を広げると、温かな光が降り注ぎ……みんなを明るく照らしている。
すると、みんなの足元にある影が眩く輝き始め、目を開けていられないほどになる。
眩しくてつい目を閉じてしまい、次に目を開くと目の前にはさっきまでとは全く違う光景が広がっていた!
ここは……どこかの小屋の中、みたいだ。
山小屋かな、それとも馬屋?
いや、人間の居住地か。
壁は板が打ちっぱなし、床は地面そのままの素朴なつくりだ。
ここが闇の世界であることには変わりないらしく、ランプがあるのに部屋の中は薄暗い、いや薄黒い。
一体どこなんだろう?
そう思って周りを見回そうとするも身体が動かない。
視界が固定され、ただここで見ていることしか出来ないみたいだ。
異様な状況なのに妙に心が落ち着いていて、違和感や不快感はなかった。
仕方なく、見えている範囲で状況を把握しようと思う。
目の前には粗末な敷布団の上でうなされている、やつれた男がひとり。
横になっていても分かるほど筋肉質で決して痩せこけている訳じゃないけれど、なぜ頬がこけているわけでもないのにやつれていると思ったんだろう……いや……この男、見覚えがあるな?
頬の傷跡、服装、そして人相……知っているより随分痩せているけど、この男はヤンガスだ。
つまり、闇の世界のヤンガスということ?
魔物にヤンガスの影を攻撃され、影の人物である彼が代わりに負傷していたってことなのかな?
よく見ると彼の身体には乱雑に包帯が巻かれている。
包帯からはみ出している傷もあって、血が滲んでいてなんとも痛々しい。
レティスは「傷ついた影を治療する」ために何かをした。
僕はヤンガスたちの影の光に取り込まれて、影の張本人の姿が見えるようになっている……のかな……。
異世界にやってきて、色のない人々と交流し、今度は影を通して異世界版の仲間を拝んでいる。
もうなんだか、凄まじい経験を続けて体験していると逆に驚きがなくなってくるなぁ。
なんて、現実逃避をしていると。
闇のヤンガスの身体からレティスが浴びせた光とそっくりな光が漏れ出してくる……すると、みるみるうちに彼の傷が癒えていった。
よかった。
そう思った瞬間、闇のヤンガスははっと目を開き、起き上がった。
身体の傷が癒えていることに気づくと不審そうな顔をしたものの、立ち上がると小屋から出ていく。
そのまま闇のヤンガスを追うように僕の視界も動いていく……。
小屋の外はどこかの鬱蒼とした森の中。
そこでは人相の悪い男たちが焚き火をしていて、闇のヤンガスが無事なのを見ると口々に喜んでいる。
だけど、なんだかそれは心の底から喜んでいるふうには見えない……怖がっているような、嫌なことがあったような、そんな雰囲気がある。
ヤンガスは義理堅いし、仲間に対して思い入れがあってなんだかんだとトロデ王たちの旅に同行していた人物だけど、こっちの世界ではそうではないのかな?
この男たちは闇のヤンガスの仲間みたいだけど……。
何かイライラしたような様子で仲間たち? を怒鳴りつける闇のヤンガス。
怯えながら大声で返事をする男たち。
もしかして、こっちのヤンガスって山賊のままなのかな?
なんて考えていると、森の方から誰かが走って現れる。
見覚えがある……そうだ、海賊の洞窟でゲルダが連れていた男だ。
その背後からぬっと現れたのはやっぱりゲルダで、さっきの闇のヤンガスと負けず劣らず傷まみれ。
顔を合わせたふたりはなにやら言い争い始め……。
突然、視界が暗転した。
瞬きのような一瞬で明るくなり……目の前は全く別の場所に変わっている。
今度は……部屋の中のようだった。
さっきとはうって変わって部屋の中は丁寧なつくりだ。
サザンビークとは様式が違うけれど、どこかの屋敷だろうか。
目の前のベッドにはやっぱり誰かが寝かされている。
掛け布団でこちらからは顔が見えない。
ベッドの横には貴族階級のような服装の女性がひとり座っていて……見覚えがある……この人は闇の世界のアローザ夫人のようだ。
なら、寝ているのは闇のゼシカ?
闇のヤンガスが怪我をしていたように、闇のゼシカも僕たちの仲間のゼシカが影を攻撃された時に負傷したってことなのかな。
闇のアローザ夫人の目の前でレティスの光が闇のゼシカから溢れる。
驚いたように布団を剥いだ夫人は、娘の傷がみるみる癒えていくのを目撃する。
ほどなくして闇のゼシカは目を覚まし、夫人は喜びのあまり泣き崩れたようだった……今も、僕らの世界のアローザ夫人はお屋敷の中で命懸けの旅に出たゼシカのことを心配しているんだろうな……。
闇のゼシカはキョトンとしていたけれど、なにかに気づいたように笑顔になった。
部屋に誰か入ってきたようだ。
ただ歩くだけの身のこなしを見ただけでわかる随分な手練。
剣を携えた青年。
鎧兜の出で立ち。
そうか、暗黒神はこの世界から僕らの世界にやってきた。
だから、この闇の世界ではそもそも「悲劇が起きていない」。
今まで殺されてしまった人たちはこっちの世界ではきっと今も生きている……。
恐らく、ゼシカの兄サーベルトの闇の存在が健在なように。
闇のゼシカは元気よく起き上がると、兄を見上げて何か言っている。
その姿は僕らが知っているゼシカよりも少し幼くて、無邪気に見える。
この世界のゼシカは兄の死を知らないから……。
……再び、暗転。
順番的にはククールだろうか。
明るくなった視界には想像通り、質素なベッドに寝かされている闇のククールと付き添う老人の姿が現れる。
驚くべきことに、老人の背後に立っているのはあのマルチェロだ。
兄弟とはいえあれだけ険悪な関係なのに、こっちの世界じゃそうじゃない?
怪我の心配をするくらいの仲ってこと?
いや……賢者の末裔だったマイエラ修道院のオディロ院長の人格あってのことなのかも。
きっと、この老人が闇の世界のオディロ院長なんだろう。
あの衝撃的で僅かな邂逅でしかマルチェロのことは知らないけれど、険しい顔をして眠る弟を見ているのに、サヴェッラで出会った時ほど嫌な雰囲気を感じない。
大切な人の死で変わってしまったのはゼシカもマルチェロも同じなのかもしれない……。
レティスの光が溢れ出して、闇のククールが目を覚ます。
老人が闇のククールの手を握り、喜んでいるけれど闇のマルチェロはそのまま踵を返して部屋を出ていこうとする。
老人に呼び止められて一言二言話したあと、今度こそ立ち去った。
闇のククールは後ろ姿が見えなくなっても何時までも扉の方を見つめている……。
暗転。
僕は気づくと、ひとりで立っていた。
ここは……闇の世界のサザンビーク?
見慣れた玉座の間だ。
相変わらず色はないけれど。
奇妙なことに突然現れたはずの僕を見て騒ぎになる様子がない。
兵士たちの視線は僕の身体を素通りしているみたい。
さっきまでと同じで今の僕は実際にその場にいるわけじゃなさそうだ。
玉座に座っている人物の方を見ると……国王はおじ上じゃない。
体格が違いすぎる。
まさか……。
その時、僕の身体をすり抜けるようにして誰かが玉座に向かって真っすぐ歩いていく。
この人……見慣れない格好をしているけれど、おじ上だ。
十年くらい前の姿と言われて納得するくらい若々しい。
服装は少しだけ豪華さが少ない。
なら、それなら……。
玉座に座っている男の顔は、きっと知っているはずだ。
僕は……父上に鏡のようにそっくりらしいから。
僕は誰にも見えていないことをいい事に「父上」に近づいた。
歩いて、気づくと駆け出して、彼の目の前に立つ。
ああ、やっぱり、知っている顔だ。
途端、視界がぐにゃりと歪み、僕は背中からどこかへ吸い込まれそうになっていく。
きっと元の場所に戻ろうとしているんだろう。
でも、もう少し、もう少しだけ許しておくれよ……。
すると、不意に「父上」は立ち上がった。
合わないはずの視線が交差する。
この人の方が少し背が高く、当然の事ながら僕よりずっと歳を重ねていて未来の自分を見ているかのよう。
……本当の父上は、もっと若いままだけど。
「リオ兄様、いかがされましたか?」
「……いや、気のせいだった。なんでもないさ」
遠く、声が聞こえて。
それが最後で。
僕は急に地面がなくなったように落ちていく、どこかへ引っ張られていく……。
そして、瞬きをするとそこはレティスの止まり木の下で。
ヤンガスもゼシカもククールも、今の光景を見たのかも。
ものすごく動揺した顔をしている。
きっと僕もだ。
レティスから降り注いでいた光が止まると、三人の「影」が光るのも止まった。
僕たちは、レティスが次は一体何を言い出すんだろうと思って……口を噤んだまま、ただ上を見上げるだけだった。
闇の世界のことが大好きなのでなんとか掘り下げたくてたまらない
成人まで王位継承の予定はなかったのにいきなり兄が蒸発して国王になったクラビウスの苦労は如何に……(しかも妻も早くに亡くなる)
闇のヤンガス→足を洗えずに山賊に戻って山賊団を作った。闇のゲルダは海賊の洞窟から撤退してきたところ。トキントキンに尖っている。
闇のゼシカ→家族で幸せに暮らしている。軟弱な婚約者の国に行きたくないのでこのあと一悶着起こす。
闇のククール→定期的にドニに飛び出す問題児をやりながら平穏に暮らしている。闇のマルチェロはオディロ院長という良心のブレーキを失っていない。