インファイターな隊士 作:りんご焼き
柔らかな日差しが縁側を温める、穏やかな昼下がり。蝶の舞う庭を眺めるのが好きだった胡蝶家の日常に、少し変わった少年が入り込んだのは、ほんの数年前のことだった。
少年の名は蒼天朝日(あおぞら あさひ)。町で評判の薬学者の家に生まれ、何不自由なく育った胡蝶カナエとしのぶの姉妹とは違い、彼は孤児だった。しかし、朝日はそのことを全く意に介していない。当の本人は自分が孤児であることすら知らず、知ろうとも思わない。ただ、その日の空腹が満たされ、心地よい寝床があればそれで満足という、底抜けに能天気でマイペースな少年だった。
二人の出会いは偶然だった。町へお使いに出たしのぶとカナエが、道端で腹の虫を鳴らしながら日向ぼっこをしている朝日を見つけたのだ。
「あなた、そんなところで寝ていたら邪魔よ」
当時から勝ち気で、はっきりとした物言いをするしのぶが声をかける。 朝日は大きなあくびを一つして、ゆっくりと目を開けた。
「んー……? ああ、ごめんごめん。なんだか、お日様が気持ちよくて」
へらり、と効果音がつきそうなほど屈託なく笑う朝日に、しのぶは少し拍子抜けする。その隣で、姉のカナエはふわりと微笑んだ。
「あらあら、お腹が空いているの? だったらいらっしゃいな。お菓子を分けてあげるわ」
「姉さん! 見ず知らずの人を気軽に誘っちゃだめよ」
「いいじゃない、しのぶ。困っている時はお互い様でしょう?」
カナエの心優しい誘いに、朝日の腹がぐぅ、と情けない音を立てる。それが返事代わりだった。
それがきっかけで、朝日は頻繁に蝶屋敷に遊びに来るようになった。薬の匂いが満ちるその家は、朝日が今まで知らなかった温かさに満ちていた。美味しい食事、優しいカナエ、そして口では厳しく言いながらも何かと世話を焼いてくれるしのぶ。
「朝日! あなたまた遅刻! 今日は一緒に勉強する約束でしょう!」
「ごめんごめん、しのぶちゃん。道端で猫がお昼寝してるのを見たら、僕もなんだか眠くなっちゃって」
「猫と一緒にしないで!」
ぷりぷりと怒るしのぶに、カナエが「まあまあ」と間に入るのがいつもの光景だった。カナエは、この能天気な少年をまるで弟のように可愛がり、しのぶもまた、朝日の掴みどころのない性格に振り回されながらも、その存在が日常にあることを当たり前のように受け入れていた。
朝日には生まれつき、不思議な能力があった。一定の範囲内にいる人間の気配を、まるで肌で感じるかのように察知できるのだ。
「あ、しのぶちゃん、そっちの茂みに隠れてるでしょ」
「なっ…! なんでわかったのよ!?」
かくれんぼをすれば、朝日はいつもすぐに見つけてしまう。本人は「なんとなく、そっちにいる気がするから」と首を傾げるばかりで、その能力の特別さには無自覚だった。
両親に愛され、心優しい姉と共に幸せな日々を送るしのぶ。 彼女にとって、この穏やかな日常は永遠に続くものだと信じて疑わなかった。能天気で、少し変わっているけれど、隣で笑う朝日の存在も、その日常を彩る大切な一片となっていた。
この時はまだ、誰も知らなかった。
その幸せな器が、ある夜、鬼という存在によっていとも容易く、そして無慈悲に壊されてしまうことを。
そして、その悲劇が、少年少女たちの運命を大きく狂わせていくことになるのを。