インファイターな隊士   作:りんご焼き

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友達との一日

蒼天朝日には家があった。鬼に殺されたと彼自身は知らない両親が遺した、歳の割には少し立派すぎる家。そして、わずかばかりの蓄え。朝日はそれを切り崩し、時折日雇いの仕事で日銭を稼いでは、その日暮らしを続けていた。

 

胡蝶家の美しい姉妹と出会うまで、その広い家には朝日ただ一人が住んでいた。がらんとした部屋、一人分の食器、誰とも交わらない会話。しかし、朝日はそれを孤独だとか、寂しいだとか感じたことはなかった。ただ「そういうもの」として受け入れていた。空を見て、雲の流れを追い、腹が減れば何かを食べ、眠くなれば眠る。彼の世界は、それで完結していた。

 

その完結した世界に、蝶屋敷の温かな光が差し込んでからは、彼の日常に「寄り道」という楽しみが加わった。

 

「こんにちはー」

 

いつものように気の抜けた声で蝶屋敷の門をくぐると、庭先で薬草を干していたしのぶが、ぱっと顔を上げた。

 

「朝日! あなた、また来たのね。少しは自分の家のことをしたらどう?」

「うん、してきたよ。洗濯物を干してきた」

「当たり前のことよ、そんなの!」

 

ぷん、と頬を膨らませるしのぶ。そのやり取りも、今ではすっかりお馴染みの光景だった。朝日がしのぶと出会うまで知らなかった、誰かと交わす言葉の温かさだった。

 

「あら、朝日くん、いらっしゃい」

 

母屋から顔を出したカナエが、ふわりと微笑む。その笑顔は、まるで陽だまりそのもののようだった。

 

「今日はね、町でみたらし団子が安かったんだ。だから持ってきたよ」

 

朝日は懐から、日雇いの仕事で得た銭で買った団子の包みを差し出した。彼にとって、誰かのためにお金を使うという経験は、これが初めてだった。

 

「まあ、嬉しいわ。ありがとう。しのぶ、お茶の用意をお願いできる?」

「……しょうがないわね」

 

しのぶは、ぶっきらぼうに言いながらも、その口元が少しだけ緩んでいるのを朝日は見逃さなかった。縁側に三人で腰を下ろし、他愛もない話をする。薬学の難しい話をするカナエと、それに真剣に耳を傾けるしのぶ。その横で、朝日は団子を頬張りながら、二人の気配が日差しに溶けていくのを心地よく感じていた。

 

「ねえ、あなた」

 

ふと、しのぶが朝日の方を向いた。

 

「あなたはいつも、私たちがここにいなかったら何をしているの? あなたの家のこと、何も知らないわ」

 

しのぶの真っ直ぐな瞳に、朝日はきょとんとする。

 

「僕の家? 別に何もないよ。寝て、起きて、仕事に行くくらいで」

「だから、その家がどんなところか聞いているのよ!」

 

あまりに自分のことに無頓着な朝日に、しのぶは少し苛立ちを覚える。隣でカナエがくすくすと笑った。

 

「じゃあ、今度お邪魔してもいいかしら? 朝日くんのお家を見てみたいわ」

「え、姉さん!?」

「うん、いいよ。何もないけど」

 

あっさりと了承する朝日に、しのぶは呆れながらも、彼のことをもっと知りたいという好奇心には抗えなかった。

 

後日、姉妹が訪れた朝日の家は、想像通り、広く、そしてがらんとしていた。掃除はされているものの、生活の匂いが希薄だった。まるで、人が住んでいるというよりは、人が「置かれている」だけのような。

 

「……本当に、一人で住んでいるのね」

 

台所に並ぶ一つだけの湯呑みを見て、しのぶがぽつりと呟いた。いつもは勝ち気な彼女の声が、少しだけ沈んでいる。朝日はそんなしのぶの心の揺らぎを、持ち前の気配察知能力でなんとなく感じ取ったが、どう言葉をかけていいのかわからなかった。

 

「あ、そうだ。この間、屋根裏で面白いものを見つけたんだ」

 

空気を変えるように、朝日が明るい声を出す。彼が持ってきたのは、古びた一枚の写真だった。そこには、幼い朝日と、優しそうな彼の両親が写っていた。

 

「……あなたのお父さんとお母さん?」

 

カナエが優しく尋ねる。

 

「うん、多分。あんまり覚えてないけど」

 

へらり、と笑う朝日に、しのぶは何も言えなかった。彼がこれまで、どれほどの時間を一人で過ごしてきたのか。その孤独を、この能天気な少年は、本当に何も感じていなかったのだろうか。

 

帰り道、カナエがしのぶに言った。

 

「あの子、私たちがいるから、もう一人じゃないわ」

「……ええ」

 

しのぶは小さく頷いた。放っておけない。世話が焼ける。だけど、あの屈託のない笑顔を守ってあげたい。しのぶの心に、姉を思う気持ちとはまた違う、温かくて少しむず痒い感情が芽生え始めていた。

 

朝日自身はまだ気づいていない。蝶屋敷という陽だまりが、彼の空っぽだった世界を、少しずつ、しかし確実に彩り始めているということを。そして、その温かな日常が、やがて来る過酷な運命の前触れに過ぎないということも。

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