インファイターな隊士   作:りんご焼き

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第3話

 

蝶屋敷の縁側は、いつだって朝日にとって最高の特等席だった。薬草の匂いが混じる風、庭で舞う蝶、そして隣で交わされる姉妹の会話。それら全てが、かつてのがらんとした彼の家にはなかった温もりで満ちていた。

 

「もう、朝日ったらまた怪我してるじゃない! 少しは気をつけなさいよ!」

 

しのぶの尖った声が飛ぶ。彼女の指が示すのは、朝日の腕にできた新しい擦り傷だった。

 

「いやあ、ごめんごめん。昨日、仕事でちょっとね。足場から滑っちゃって」

 

へらりと笑う朝日に、しのぶは「どうせろくな仕事じゃないんでしょう」と口を尖らせる。大工の手伝いや荷物運び、彼が話す日雇いの仕事はどれも、これほどの傷がつくものだろうか。しのぶの胸に、小さな疑念の棘が刺さるが、朝日のはぐらかすような笑顔の前では、それ以上追及する言葉が見つからなかった。

 

「まあまあ、しのぶ。男の子はそれくらい元気な方がいいわ。はい、朝日くん。これ、新しい薬だから試してみてくれる?」

 

カナエが差し出した小さな軟膏の壺を、朝日は「わあ、ありがとうカナエちゃん」と嬉しそうに受け取る。カナエの優しい笑顔は、いつも場の空気を和ませる。だが、その瞳の奥に、何か全てを見透かすような静かな光があることに、この時の朝日は気づいていなかった。

 

その日の夜。

月明かりだけが路地を照らす時刻。朝日は、いつもの能天気な表情を消し、静かに元締めと呼ぶ男の前に座っていた。

 

「今回の仕事だ、朝日」

 

男が差し出したのは、粗末な紙切れと、ずしりと重い銭袋だった。

 

「町の外れにある廃寺だ。近頃、夜な夜な旅人が消えるらしい。ならず者の仕業だろうが…後始末は綺麗にやれ。朝日、お前の腕は信じている」

「……うん、わかった」

 

短い返事だけを残し、朝日は闇に溶けるようにその場を去った。

 

彼の「日雇いの仕事」には裏があった。ごく稀に、常軌を逸した元締めの依頼が舞い込むのだ。『化け物退治』。それが、朝日の誰にも言えないもう一つの仕事だった。

 

廃寺の境内は、不気味なほど静まり返っていた。しかし、朝日の生まれ持った気配察知能力が、本堂の奥に潜む異質な“何か”の存在を明確に捉えていた。それは、人間のそれとは明らかに違う、禍々しく、飢えた気配。

 

ゆっくりと、音を立てずに本堂へ入る。軋む床、漂う血の匂い。その中心に、それはいた。人の形をしながらも、鋭い爪と赤く濁った眼を持つ、異形の存在――鬼。

 

「ヒヒッ……今夜も来たか、餌が。上等な肉だ……」

 

鬼が涎を垂らしながら振り返った瞬間、朝日はすでにそこにはいなかった。気配を消し、死角へ回り込んでいる。彼の戦い方は、正規の鬼殺隊のそれとは全く違う。呼吸法も、太陽の光を浴びせた日輪刀もない。

 

彼の武器は、徹底的な状況把握と、天性の気配察知能力。そして、師もいない我流で編み出した、生き残るための泥臭い技術だけだった。

 

「どこだ! どこへ消えた!」

 

苛立つ鬼の背後、梁の上から朝日が音もなく飛び降りる。その手には、陽光の代わりに、藤の花から抽出した毒をたっぷりと塗ったクナイが握られていた。鬼の頸を狙うが、硬い皮膚に阻まれ、浅く突き刺さることしかできない。

 

「グガッ! テメェ!」

 

激昂した鬼が腕を振るう。朝日はそれを紙一重でかわし、距離を取る。彼の目的は、鬼を殺しきることではない。夜が明けるまで、この化け物の動きを封じ、太陽の光で焼き殺すこと。それが、体が出来上がっていない非力な彼ができる唯一の戦法だった。

 

鬼の猛攻を、まるで舞うようにかわし続ける。最小限の動きで、的確に急所を外す。それは、しのぶやカナエと庭でやるかくれんぼや鬼ごっことは、次元の違う死の舞踏だった。掠めた爪が頬を裂き、血が滲む。それでも、朝日の表情は変わらない。ただ静かに、東の空が白み始めるのを待つ。

 

そして、夜明け。

最初の光が差し込んだ瞬間、鬼は断末魔の叫びと共に塵へと還っていった。

 

朝日が蝶屋敷の門を叩いたのは、すっかり日が昇ってからだった。

 

「あなた、また遅刻! しかもその頬の傷はどうしたのよ!」

 

出迎えたしのぶが、案の定、眉を吊り上げる。

 

「あはは……ごめん、しのぶちゃん。また転んじゃってさ。派手にね」

 

いつものように屈託なく笑う朝日。その笑顔の裏に隠された夜の死闘を、しのぶは知る由もなかった。彼は、この温かな日常を守るためなら、どんな暗闇に身を置くことも厭わない。

 

その孤独な戦いの意味も、自分が対峙している存在の正体も、彼はまだ知らない。ただ、蝶屋敷の陽だまりが失われないことだけを、心のどこかで願いながら。

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