CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!!   作:グレイソン

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 ディスクウォーズ・アベンジャーズは名作


レッド、ホワイト&ブルー×蒼(ブルー)

 渋谷凛はその容姿と立ち居振る舞いから、よく大人びて冷めているような印象を持たれる事が多い。クール――彼女を表すなら、多くの人間がその一言を選ぶだろう。

 だが当の本人は、まだ齢十五になったばかりの普通の少女である。迷える心を抱いた思春期の女の子でしかない。見る者に冷静さを感じさせるその眼差しの中には、悩み悶える感情の色が秘められているのだ。

 しかしそれを見抜ける者は、友人や教師はおろか家族の中にすらいなかった。

 

 友人達の思い浮かべる凛の姿には、どこか過剰な脚色が付けられる事が多い。例えば、朝は英国式ブレックファーストのような紅茶を片手に優雅に摂る物を想像されていたり、入学初日から今日に至るまで校内の花形と言えるような美形の男子の目を釘付けにしていたり、道を歩けばモデルやアイドルのスカウト、果ては体目当てのナンパにまで引っ切り無しに声を掛けられたり……などだ。早熟な気もしないでもないが、完璧なクールビューティと言うような理想像を抱かれ、何一つ欠けているものが無いようにすら思われていると言っても過言ではないだろう。

 確かに話の根幹に関わる事柄こそ真実ではある。時折贈られるラブレターとたまに送られる熱い視線、そして稀に出先で掛けられる勧誘の声、それらを一瞥もせずに躱す事もある。だが、決して頻繁にと言う訳ではない。多くの事柄は脚色の文字通り、話題の中で盛られた物ばかりだった。

 朝起きて身嗜みを整え、母親の作るシンプルながらにバランスの取れた朝食を摂り、新聞越しの父親と世間話をして、学校へ行く。友人達と他愛の無い雑談に興じ、そこそこ真面目に授業を受け、放課後になんの予定も無く必要があれば家業の花屋を手伝う。そんな毎日だ。それはいわゆる、普通の女子高生の毎日である。過度に裕福でも、貧困にあえぐ訳でもなく、強すぎる過干渉や孤独に苛まれるでもない。それが彼女を取り巻く環境の実態だった。

 凛自身は、冗談めかされながらも過剰に持ち上げられる事を、正直呆れつつも、決して嫌だとは思ってはいなかった。友人達の笑い話に花が咲くのなら、少しくらい阿呆なノリに付き合ってやろうとは思えるくらいに、彼女の心には余裕がある。けれど、決して嫌ではなくとも、矢張り少しばかりの不満も抱いてはいた。

 自分が何一つの不足も無い完全無欠のように思われている事が、少し寂しかった。何故ならそれは、真に自分を見ていてくれている訳では無いのだから。

 彼女には欠けているものがあった。それは、常識や良識と言ったものを抜きにすれば、人として決定的な何かであった。彼女自身にそれを喩えさせるのならば、それはさながら赤より熱い、青く燃える炎だった。それは今は小さな種火として胸の奥底に眠っていて、上手く燃え上がる事が出来ずに燻り続けている。巻き起こった煙が立ち込めて、息が詰まり、苦しみに悶えて悲鳴を上げそうになる事もしばしばだ。

 その炎の名は、情熱と言った。

 情熱を燃やし、焼き尽くさんばかりにぶつけられる事の出来る何か――凛にはそれが無かった。行き場も無く燃え上がる事すら出来ない種火の情熱が、彼女の身を焦がして痛め付けている。そんな気分にさせられていた。

 きっと、自らの意思次第で、得ようと思えば得られるのだろう。それは凛にも分かっていた。分かっているはずなのに、どうすればいいのか、それが何故だか分からないままで、ずっと未だに得る事が出来ていない。

 それを凛は理解してほしかった――友人に、教師に、家族に。だが、それを自分から打ち明けると言う事は、気恥ずかしさに苛まれて上手く出来なかった。とっくに周りが見出している中、遅れていると馬鹿にされて貶されるのが怖くて、踏み出せなかった。

 そう言った面を含めて、彼女自身に自分を評させるのなら、渋谷凛と言う女はちっともクールなどではなかった。ただ自分を表すのが下手くそなだけの、愚かで迷える小さな子供でしかなかった。

 

 青い空が夕暮れに移り変わりつつある、ある日の放課後。行き交う人の流れから少し外れた歩道の片隅に、凛は立っていた。罅割れたビルの壁に背を預け、街並みと人々とを無感情に眺めながら、彼女は佇む。彼女の心は、その身を預ける壁面の暗い灰色と同じように、曇っていた。行き場の無い想いが渦を巻き、漂い、濁っている。その心の内で、凛は呟いた。

――何も、する事が無い。

 いつもなら、放課後の時間は友人達との帰り道、どこかの服屋や雑貨店や化粧品店を見て回ったり、カフェに行って雑談に花を咲かせたり、カラオケやゲームセンターで遊んだりしているものだが、残念な事に今日は、誰の一人として捕まらなかった。友人達は皆、軒並み部活動に参加するか、恋人とのデートに向かっており、どこに所属するでも誰と付き合うでも無い彼女は、時間を持て余しながら一人帰路に就くしかなかったのだ。

 タイミングがいいのか悪いのか、実家の花屋に手伝いが必要と言う連絡も無い。この日は両親共に店に揃っている上に、出勤している従業員の数も十二分に事足りていた。

 真っ直ぐ帰って、愛犬のハナコを連れて散歩にでも行こうか。そうは思うものの、散歩を終えた後にする事が無くなる。ネットサーフィンや巷で流行りの動画に対して余り興味を持たず、テレビゲームの類も既に攻略済みの物ばかりしか無い現状の彼女には、ただただ家に居るだけと言うような時間は勿体無く思えた。

――素直に寂しいだとか、言えたならな……。

 凛にとってそれは、とても難しい事だった。きっとそう伝えれば、誰かしらが駆け付けて傍に居てくれるのだろうが、その為に相手の時間を犠牲にしてしまう訳だ。申し訳無さと恥じらいが、彼女の理性の防壁として欲望に前に立ち塞がり、食い止めていた。きっとそうやって黙して語らぬ痩せ我慢が、傍から見れば芯のある大人びた冷静さのように映って、完全無欠のように勘違いされるのだろう。そう自身に呆れるようにすら思いながら、凛は溜息を吐いた。

 一人でも構わないから、どこかに繰り出して遊びに行くか。そう考えても、思い付くのはつい最近友人達と巡った場所ばかりだった。お気に入りの洋服店には先日行ったばかりで、オマケに買ったばかりだ。歌う事は好きだが、一人でカラオケだなんて聞いてくれる人がいないので楽しさを感じられなくて気が乗らない。ゲームセンターのクレーンゲームには掴み取りたい程の物も無ければ、採算が取れるような夢も希望も無い。派手に音を鳴らし続ける喧しい筐体の前に居座って、世界的人気作であるMARVELvs.CAPCOM2に連コインする程、格ゲーもしない。そもそも過度に裕福ではないだけの凛の財布事情は、無駄遣いを許せる程の余地も無いのだ。彼女の一プレイで二ステージをクリア出来れば御の字程度の実力では、正に金をドブに捨てているに等しい結果になりかねない。手近な喫茶店に入ろうにも、バカ高いだけで薄っぺらい味の見掛け倒しなコーヒーも、友人と飲むからこそ美味しいのであって、一人の今では泥水以下の価値も見出だせはしない。そしてウィンドウショッピングに留めるにしても、それだけで上手く時間を潰せる程に、凛は散歩を極めちゃいなかった。

 凛はどこを見るでもなく、当て所もなく視線を彷徨わせる。無感情の生み出す空虚な表情は、彼女の見目麗しい容姿によって、知的で鋭い冷たさを思わせる気配へと変わる。幼少の頃から周りに言われ続け、凛にも少し自覚があった。容姿を褒められるのはやぶさかではないし、むしろ嬉しくはあったが、誤解の一因となるのは些か面倒だと、贅沢な感想を抱いていた。

 凛にとって、このふとした瞬間に訪れる、何もしていないし、しようともしない時間は、容姿からの誤解と同じように悩みの種だった。彼女自身、この問題を解決したいと考えていた。余りにも、人生の時間が勿体無い気がしているからだ。実際の所、解決策は既に周囲の人間が示してくれている事には、凛自身も気付いている。部活動や恋愛のような、打ち込める何かがあればいいのだ。だがそう考える度に、凛の胸の内に問い掛けてくる声が生まれる。

――私が打ち込めるもの? それって、何?

 スポーツに興味が無い訳ではない。誘われればやる。それに、人並み程度に出来ないわけでもない。いや、むしろ得意なほうではあるし、なんなら上手なほうでもある。だが、その運動神経と適応力のお陰で、本来は楽しさを抱くような場面すらも、何の感慨も無くこなして流してしまうのだ。

 文化部にしても同じだ。自国や他国の文化に興味が無い訳でもないし、知識が必要なら自ら率先して調べて学ぶ。そんな事など、まるで息をするように行える。そして求められる一定の結論を打ち出すと共に、自分の中での物語も完結し、締め括られてしまうのだ。

 恋愛も、凛の中では一つの勉強と見なされている感があった。愛すると言うよりも、相手の人間性を知る事で、その存在との共存の術を探る色合いが強い。だが、相手との距離感や関係を上手く保った所で、それを全て壊しかねない行いである踏み込むと言う事や、踏み込ませると言う事を、彼女はどうしても看過出来ないのだ。折角作り上げて安定したものを壊す位ならと、彼女はいつもそこで終わりにしていた。なので、その体は唇までも清い、正しく生娘のままだった。それが男達には気高く映り、ある種の魅力として、今も人気の絶えない理由ともなっている事に、凛は気付いていない。

 凛は当て所も無い視線を、街並みから携帯電話に落としたり、音楽プレーヤーの画面に移したりしたが、動画や音楽を見聞きする気にすらなれず、最後にはまだ青の残る空へと向けた。

 夕焼けに侵されつつある青空は、熱さと冷たさの程よく入り混じった心のように見える。凛自身の中にある燻る煙が立ち込める曇天のような空模様とは異なり、それは混沌としていながらも酷く美しく思えて、彼女はとても羨ましく思った。清濁併せ持つようなその様は、さながら彼女が周りから言われるような、完璧のそれにも思えた。人間とはそう言うものだとは、彼女にも分かっている。正義と悪との青と赤、そのどちらか片方しか持たぬ者は、神か仏か、或いは壊れた機械だ、とも。

「私、何がしたいんだろうな……」凛は、雑踏の喧騒に掻き消えてしまうくらいに小さな声で呟いた。それは意識して口にした訳では無かった。彼女の心が思わず漏らさせていた言葉だった。誰に告げるともなく言ったそれは、誰に向ける訳でも無いが故に、正直で素直な声音だった。

 そして、無感情のまま見上げた空から視線を地上へ戻そうとした時、彼女に向けて投げ掛けられる声があった。

「何か、迷っているような顔だね」低く落ち着いた声色は男性のそれだった。果たして、紳士を気取る軽薄な軟派男か、それとも無条件に非行少女扱いしてくる警官か堅物教師か。声からする年の頃は父親と同じくらいに思えるので、後者が有力かとも思った。

 視線を下げると、ビルの屋上よりは低いが、それでも見上げる程の位置に、精悍な男の顔があった。古臭いティアドロップ型のサングラスを外しながら、男は凛の眼を確りと見据えた。その男の大柄な体躯にも驚いたが、何より目を引かれたのは、彼が日本人ではなかった事だった。白い肌と目鼻立ちの高さに、すぐアメリカ人のそれだと結びつけてしまうのは、日本人ならではの性なのだろうか。凛は自嘲気味に思った。

 だがしかし、その解釈は正解であった。殊、目の前の彼においては。とは言え、彼女にはまだそれを知る由も無い。

 使い古されて深みのある味わいを見せる茶革のジャケットにサングラスを仕舞って、男は懐かしむように言った。

「見覚えのある顔だ。何年か前まで組んでいた相棒が、よくそんな表情をしていたよ」

 実に流暢な日本語を話すものだ、と凛は思いながら、彼を見詰めた。その百九十cmはあろうかという屈強な体躯のアメリカ人男性は、自身の胸の位置までしか無い凛に合わせるように少し屈んで、視線を真っ直ぐに返すと、それから続けて言った。

「私で良ければ力を貸そう。何、丁度ここで待ち合わせをしていてね。その時間まで、まだ暫くあるんだ」

 凛は、この今しがた出会ったばかりの白人男性に警戒心を抱いていたが、それと同じくらいに、どこか安心感のようなものも感じていた。それは、彼の目が濁りもなく澄んだ蒼色で、どこでもなく真っ直ぐに彼女の目を見詰めてくるからか。声に、隠す事の無い強い誠意が込められていて、全くなんの迷いも無いような誠実さを感じ取れたからか。随分と年老いているように落ち着いた気配を醸しながらも、まるでまだ無垢な少年のように純粋な善意を感じさせる、そんな男だと思った。紳士を気取った軟派男では到底生み出す事の出来ない何かを、その大男は全身から発し、纏っている気がした。

 男は、肩に掛けた大きな鞄――中には湾曲した円盤のような物が入っているのだろう、その形の通りに変形している――を足元に下ろしながら、凛の隣に並び立って、壁へともたれ掛かる。その距離感は、不快感を与えぬように程良い間合いを開けていて、凛に配慮している事が分かった。

 短く纏められた、古臭い――前に父親の見ていた昔の戦争映画に出てくる軍人のような――ブロンドヘアーが夕日に照り返され、淡く輝いている。既に中年の域に入っているだろうに、その色は艶やかで若々しく、凛は思わず見惚れていた。

「無論、話したくなければそれでいいさ。見知らぬお節介焼きの老人だと流してくれ」

「老人って……まだそんな歳じゃないでしょ?」

 凛が苦笑するように言うと、男もまた微笑んだ。

「……冗談さ」

 だが、彼の笑みには、どこか少し真実味のあるような色が見えた気がした。

――この人は、一体なんなんだろう?

 不思議な気配を醸すその男に、凛は僅かに興味を抱いた。何故か、普通の人間のような気がしなくなってきていた。人を超越するような何かを、感覚が伝えてきているような気分だった。

 話せば、何か分かるのだろうか? そう思う気持ちが生まれてくる。気付けば彼女は口を開いていた。普段は感じる気恥ずかしさや恐れも、今は何故かどこかへと行ってしまっていた。

「ねぇ……やりたい事が見付からないって気持ち、アンタにも分かる?」

「分かるさ。悶えるような思いが体の底から湧き上がってきて、思い出すだけで辛くなる」

「そんな時ってさ、どうしてた?」

「ふむ……もしも早急に取り組むべき物事が目の前にあるのならば、それに集中するように努力していたな。だが、特に取り急ぎ済まさなければならないような物事が無い時は……そうだな、ずっと考えていたな」

「何について? やっぱり、やりたい事?」

「いや、やれる事についてをね」男は、凛へと向けていた視線を外すと、記憶を思い返すように空の遠くを見詰めながら続ける。「自分に出来る事を並べて、それを使ってやれる事を考えるんだ。単純な話、科学に秀でていれば科学者になれるし、写真が得意ならカメラマンになれるし、運動に長けていれば、後、本当の意味での愛国心があれば、兵士になれる。……まぁ、スーパーパワーは無くても人は助けられるがね」

「……それで?」

「少しでも可能性があるなら、それに挑戦してみようと思った。誰に何を言われようが、掛けてみようと思ったんだ。そうして沢山の物事を試していく内に、心からやりたいと感じられる何かも見えてくるんじゃあないかと思ったんだ」とは言え、と男は切なげな声色で呟く。「実際の所は……私一人の力で叶えられた挑戦なんて、何一つも無かったんだけどね。そう、あの時手を差し伸べて引っ張り上げてくれた人がいなかったら、今の私はここにはいない。……モヤシ野郎のまま、とっくの昔に『僕』は……」

 いや、と男はかぶりを振りながら苦笑して、仕切り直すように口を開いた。

「君はどうだい?」

「私?」

「何が出来る?」

「何が……出来る……か……」凛は項垂れるように男から視線を外して、ゆっくりと息を吐き出しながら考える。「……なんでも。大体の事は出来る、と思うよ。特別に技術が必要な事でも、それを身に着ければ出来るだろうし、知識だってそう。それに、特に体も弱くは無いし」

「そうか。なら、道は多いな」

「そう、だね……そうだよ。今までも一杯あったし、今も一杯ある。挑戦だってしたな……色々と」凛は、友人や教師に軽く誘われて、取り敢えずやった事を思い出していた。多くの事に挑戦してきたのだ。なんでもそつなくこなしてしまう自分の器用さに、傲慢な虚しさを抱く程には。そして今では、誰もが彼女の持つ力の高さに圧倒され、挑戦を勧める事もしなくなりつつあるようにも思える。凛はやるせなくなって、視線を落とす。「でもさ……結局の所、やっぱり駄目なんだ。私、何やっても……どれも打ち込めないんだ。全部それなりに上手くやっちゃうから……何しても、熱中出来ない」

「その器用さは、とても素晴らしい事ではあるが……今の君にとっては、それがとてももどかしく、苦しい事でもあるんだね」

 その言葉に、凛は頷いた。自分の抱く思いを正しく言い表されて、心が少し踊った。気恥ずかしさなどまるで無く、見抜いてくれた事が嬉しかったのだ。

「そう……そうだよ。なんか、もどかしいんだ。モヤモヤして、私の心を重くさせていくような……なんだか、嫌な気分になる。それで、もう何をしても手に付かないと言うか……」

 上手く表せられないが、凛は伝わるように祈りながら言葉を紡いだ。見知らぬ男だが、またたく間に自分の本心を見抜いたこの男なら、受け取ってくれると思いたかったし、分かってほしかった。真っ直ぐに目を向けると、真っ直ぐに返してくれるこの男に、彼女は期待を抱いていた。

 男は辛そうな表情をして、凛を見詰めていた。その顔は、まるで彼女の痛みを自分の事のように受け止めているようだった。

「どうすればいいのかすら、見えなくなっているんだろう? 道が分からないどころか、誰に打ち明ければいいのかすらも、どう打ち明ければいいのかすらも」

「うん……そうだよ」

 それを聞いて、男が悩むように小さく唸った。

「会って早々の人間がこう言っても、信じてもらえるかは分からないし、きっと怪しむだろうが……私は、君を助けたい。君の苦悩が浮かぶその顔を見た時から、ずっとそう思っていたが……今、その胸の内を聞いて、より一層その思いが強くなった。君の燻る心が晴れるように、解決に向けて尽力したい、とね」その声は、凛の想像以上に真摯なものだった。凛は内心思わず圧倒されて驚いた。胸の中の皮肉っぽい所が、彼に対して疑問を抱く。

――どうしてそこまで、見ず知らずの他人に入れ込む事が出来るのだろう?

 それはある意味では、羨望の念とも言えた。熱意の表れを目の当たりにしているのだから、当然の結果だった。彼女にはまだそれが無いのだから。凛は苦笑して言葉を返す。

「アンタって、なんか凄い人だね。見知らぬ他人の為にそこまでって……言っちゃ悪いけど、変って言うか、奇特って言うか……」

「よく言われるよ。それに『この時代には珍しい』とか『古臭い』とかね。その自覚はある。彼らの言い分は事実なんだ」

「それ、結構酷い事言われてるって分かってる? 時代遅れだなんて……」

「分かってるよ。確かに私は『古い』人間だからね」そう言った時の男の眼には、確かに、その見た目以上の年月を重ねてきた者のように、老いが見えた。まるで多くの時間を生き、戦ってきたような色だった。だがまだ衰えてはいなくて、くすむ事の無い輝きが宿っている。凛にはそう見えた。歴戦の老兵のような眼差しのまま、男は続けて言った。「今の君が、一人ではどう踏み出せばいいのか、どこに踏み出せばいいのか分からないと言うのなら……背中を押したり、誰かに手を引いてもらえれば、少しは状況が好転すると思うかい?」

「そう……だね。はっきりとは分からないけど、止まってる今よりは、進める分だけマシになる……と、思いたいな……」

「では……さっきも言ったように、私は君を助けたい。もしも君が、私の事を少しでも信じてみようと思っていてくれるのなら……」男は壁から背を離すと、凛の目の前に立った。そして、凛の向ける視線を、真正面からしっかりと見据えた。疲れた老人でも、爽やかな青年でもない、優しさと頼もしさの同居した力強い微笑みを浮かべながら、男は言葉を続けた。「探しに行こう」

「……え?」

「何をしたいのか? 何になりたいのか? ……今決める必要は無い。一緒に探そう」

 そう言って、男は腰のポーチから何かを取り出し、凛に差し出す。凛はそれを受け取り、そして見詰めた。

「名刺……?」受け取った小さな長方形の紙には、彼の所属と名前と役職が、丁寧に日米の二言語で記されている。凛は日本語で書かれたほうを読み上げた。「スティーヴン・グラント・ロジャース……スタークインダストリーズ日本支社広報部アイドル事業課総合プロデューサー……」

 スティーヴ・ロジャース。どこかで聞いた、或いは見た覚えのある名前だ。凛はそう思った。しかし、どこでだったろうか、思い出せない。記憶にも残らない程の、大した存在では無かったのだろうか。いや、そうではない、と、凛は自分の中の何かが言っているような気がした。だがそれで記憶が甦るはずも無い。その疑問は頭の片隅に追いやり、彼女の思考は別の疑念へと移って行った。

「スティーヴでもロジャースでも、呼びやすいように呼んでくれて構わない」

「じゃあ……Mr.ロジャース」凛は言ってから、思わず彼――大男スティーヴ・ロジャースを睨み付けた。「何? アンタ、アイドルのスカウトだったわけ? 相談に乗ったのは単なる口実で……私を勧誘したいだけだったの?」

「確かに当たっているが、全てが君の言った通りじゃあない。待ち合わせの件も、君の力になりたいと思ったのも、全て本当の事で、そして本心からだ」スティーヴは申し訳無さそうに眉をひそめながら、答えた。「君をスカウトしたい理由は、少しでも君の迷える表情を晴らせる手助けになるんじゃあないかと思ったからだ」

「アイドルになる事が? なんで?」凛は納得の行かない心を顔に表しながら、キツく視線を尖らせる。「ただ歌って踊るだけでしょ?」

「かつては私もそう思っていたが、アイドルと言うのは、そう単純なものではなかったのだよ。ただ歌って踊るだけが全てじゃあない。望むなら、色んな物事に触れられるんだ。軽い体験も出来るし、本格的な挑戦だって出来る。それは、君が一市民として生きて行く以上に、広くも、深くもあるんだ。それらを経験する中で、君が本当に熱中出来る何かに出会えるんじゃあないかと、私は信じている」スティーヴは再び力強く頼もしい笑みを浮かべて、凛へと言葉を投げ掛けた。「どうだろう? やってみないか?」

「……もし」凛は、その揺らがぬ強さを感じさせる瞳に向けて、斜に構えるような態度で問い掛けた。「もし、それで見付からなかったら……アンタ、どうするの? どうしてくれるの?」

「ふむ……前の相棒には『笑って誤魔化すさ』だなんて冗談めかして言ってみたが……そんな事はしない」一つ、苦笑いを浮かべて首を振った後、スティーヴは真っ直ぐな眼差しを凛に返して、答えた。「見付かるまで探すさ。そして必ず見付け出す。その時まで……私は最後まで付き合うぞ」

 その言葉にどうしても偽りを感じられない事に、凛は戸惑った。いつもの彼女なら、小奇麗な文句に隠された邪な心など、直ぐ様見抜いてしまうのに。それが出来ないのは何故か。その答えは、彼女自身も気付いていた。彼は、スティーヴは、嘘偽りを隠す為に言葉を紡いではいないのだ。その心が生み出し、言葉が真に打ち出しているのは、他者を助け、導き、救うと言う誠実な想いなのだ。彼の醸す気配、そして向けられる視線に、凛は惹き込まれるようになっていた。

 沈黙する凛に、スティーヴが再び言葉を投げ掛けた。

「勿論、この選択を今すぐ決断する必要も無いが……この場で断る道もある。それは君の自由だから、私は干渉しない。だが、もし、君が少しでも可能性を見出していたなら……」

 彼の表情には、どことなく願うような何かがあった。まるで、助けさせてほしいとでも言わんばかりのものに、凛は思えた。

「そして、僕を信じてくれるのなら……」彼は凛の掌に収まる小さな紙片を示した。「連絡してほしい。待っているよ」

 凛は名刺へと視線を落とした。隅の方で縦に並んだ二つの電話番号は、事務所の彼のデスクと、そして彼の携帯電話の物だと書かれていた。どちらでも、彼が暖かく応じてくれるのが容易に想像できた。

 彼女が黙したままそれを見つめていると、通りが少しばかり騒がしくなったのに気が付いた。凛はふと顔を上げる。その騒々しさは、いつもの日常的な喧騒が単に大きくなったと言う訳ではなく、どこか非日常的な声や音が混じったものに移り変わりつつあるように思えた。

「ふむ……そろそろだな」腕時計を確認したスティーヴが、辺りを見回して呟いた。凛は思わず彼のほうを見やる。先程までの声とは全く違った意味で、頼もしい逞しさと言うものを孕んでいたからだ。

 スティーヴが足元にあった己のバッグを握り締めるように片手に携えて、空を仰ぎ見た時、凛には彼が、全く別の誰か、違う何かに変わったように思えた。姿形にはなんら一切の変化は無いと言うのに、眼前の男が本当に人を超えた何者かに変身したように見えたのだ。

 通りのざわめきがいよいよ大きくなってこちらに近付いて来た時、凛と、そしてスティーヴの頭上に一つ、大きな影が姿を現した。それは、ビルの織り成す狭い谷間を器用に飛ぶ、小型の航空機だった。

「戦闘機……!?」

「クインジェットだよ。迎えが来たみたいだ」スティーヴは静かに返すと、続けて凛に向けて告げた。「もしかすると、今日はこれから街が騒がしくなるかも知れない。だから、もう家に帰りなさい。少し……危ないかも知れないから」

「何? どう言う事?」

「そして必要があれば親御さんの言う事を聞いて、素早く最寄りの避難所へと向かうんだ。起こって欲しくはないが、湾岸部からこの一帯に掛けて、緊急避難警報を発令する事になるかも知れない。例えスカウトの件を信じていなくとも、この事だけは信じてほしい」

 凛が更に問い詰めようとした矢先に、どこからともなく投げ掛けられた別の声が響いてきた。

『スーツは着てるか、スティーヴ?』それは、スティーヴのジャケットの下、ベルトに取り付けられた腰のポーチから響いているようだった。

 スティーヴはそれを聞きながらもジャケットを脱ぎ捨て、赤白青の特殊スーツを纏った姿を晒すと、次いでバッグの中身を瞬く間に身に纏った。赤いガントレットを両手に着け、羽を広げたマスクを被り、巨大なラウンドシールドを背負う。その姿は、正しく全身を自由の国旗で包んでいると言える風貌だと、凛は思った。

「あぁ、サム。準備は……」ポーチから無線機を取り出して、スティーヴだった彼は答えた。「……もう出来てる」

『OK、じゃあ引き上げに行くぜ。ランディングしてる時間も惜しいからな』

「だが、少しだけ待ってくれないか?」

 自由の翼を掲げた星条旗の男(STAR SPANGLED MAN)は、ふと振り返り、凛を見やると、彼女へ向けて口を開いた。

「最後に、お嬢さん……君の名前は?」

「……凛。渋谷、凛」

「凛……ふむ、君に似合う、いい名前だね。では、気を付けて家に帰るんだよ。そして君さえ良ければ……また会おう」装いはガラリと変わったが、口元に先程までと変わらぬ優しい笑みを浮かべて言った彼は、次の瞬間にはその面影を消して、無線機に向けて告げた。「ファルコン、運んでくれ」

『了解だ、キャップ』赤く透き通る光の翼を広げた逞しい黒人の男が、戦闘機の後部ハッチから飛び出し、瞬く間に迫る。「掴まれ、相棒!」

 ファルコンと呼ばれた名の通り、自在に空を翔けた彼は、獲物を捉えるが如く、差し出された自由の守人(SENTINEL OF LIBERTY)の逞しい右腕を鷲掴むと、再び頭上の戦闘機へと舞い戻って行く。

 彼らを収容して数秒の滞空の後に、無骨な機影は悠然と空の果てへと消えていった。

 凛は、機体の過ぎ去った彼方を呆然と眺めてから、再び、手に握り締めた名刺を見やった。

「あの人……キャプテン・アメリカ……最初のアベンジャー(THE FIRST AVENGER)」

 生ける伝説(LIVING LEGEND)たるキャプテン・アメリカからの誘いに、少し現実味の無いような気分になりながらも、凛はしかしそれ以上に、どこかワクワクする気持ちが胸の内に渦巻くのも感じた。彼の言う通り、普段関わる事の出来ないような世界とも関われるようなこの機会を逃すのは、実に惜しいだろう。勿論、未知の世界への恐怖も感じられるが、彼女の胸にはそれ以上の期待があった。

 探しに行きたい。私が何をしたいのか、何になりたいのか。ただ惰性で毎日を生きて、心を曇らせるよりも、彼の元で、彼と共に探してみたい。

 いつの間にか、彼女の心の空模様は、曇天の重苦しさを吹き払って、明るい日差しの気配を見せ始めていた。辺りは夜の闇に暗く沈み始めているが、そこに輝く星々のように、彼女は何かの光明を感じていた。

 そして、路上に脱ぎ捨てられたレザーのジャケットと、置き去られた空の鞄を拾い上げ、凛は一つ呟いた。

「まぁ、落し物も届けなくちゃいけないし……ね」

 少し晴れたような表情で、彼女は家路へと就いた。

 

「で、相棒? あの子は一体なんだったんだ?」

「あの子?」クインジェットのカーゴルーム。待機用の座席に並んで腰掛けるファルコンことサム・ウィルソンに尋ねられ、スティーヴ――キャップは首を傾げた。「凛の事か?」

「隣りにいた女の子がそう言う名前なら、そうさ。どう言う関係だ? 浮気するにしちゃあ、アンタと年の差あり過ぎんぜ、オイ?」ファルコンは冗談めかして言う。「隠し子か?」

「オイオイ、君は私を何だと思ってるんだ?」

「百万回ならぬ、百年生きた猫……じゃなくて老兵。だから大概の女を相手にするとロリコン扱いになる人」

「確かに正解だけど、僕にはもう……」キャップは首を振りながら、苦笑した。「いや、そんな事はどうでもいい。何、ただ彼女が困ってるようだったからね。少しでも助けになればと思ってね」

「まぁ、そんなこったろうと思ったよ。流石はよい子の味方キャプテン・アメリカ。で、何がそんなにアンタの気を引いたんだ?」

「彼女の浮かべる表情が、なんだか懐かしい感じがしてね」キャップは、目の前に広げたホログラムモニターを越えて遠くを見るように目を細めた。「あの子に……クリスに似ていたんだ。迷っている所がね」

「俺やバッキーの代わりにアンタの相棒を務めてくれていた、あの少年か」ファルコンは赤いレンズ越しにその両目を細め、懐かしむように言った。

 もう何年も前、多くのスーパーヒーローとスーパーヴィランがディスクと言う機械に閉じ込められる事件があった。その時、ディスクに封印されたキャップを含むアベンジャーズと共に、悪党入りのディスクの回収任務を果たしてくれた少年少女がいた。その内の一人であるクリス・テイラーは、キャップの封印されたディスクの属性・ファイトを一時的に開放する力を持っていたが故に、彼の新たな相棒・サイドキックとして行動を共にしていたのだ。

 キャップは、彼と共に戦い、過ごす中で、その身の内に抱える不安や苦悩を知り、他人事として見捨てておけず、解決へと導く答えを探す旅路を、一緒に最後まで歩むと決めたのだった。

「今はロースクールで頑張ってるんだっけ?」ファルコンが尋ね、キャップは頷いて肯定した。

「自分が何をしたいのか、何になりたいのか、それを見付けられずに居た彼は、アベンジャーズと過ごす内に、我々ヒーローやマスクドヴィジランテを助ける弁護士を目指す事にしたんだ」

「無事に見付けられた訳だな。アンタの言う所の、何をしたいのか、何になりたいのか、を」

「あぁ」キャップはそう言い、それから思い返すように続けた。「そして彼と同じように、彼女も目標を見付けられずに苦しんでいた」

 その脳裏には、凛の表情が浮かび上がっていた。悶え苦しむような表情は、思春期の少女と言われればそれまでだろうが、キャップにとっては見過ごしてはおけないものを感じさせた。

「あの顔を見た時、どうしても放っておけなかったんだ。クリスのようにも思えたし、私自身も同じように苦しんだ事はある訳だからね」

「アンタの少年期は遠い昔だろう? もうとっくに悟りを開いてるかと思ったがね」

「言うようになったじゃあないか、君も」キャップは笑みで返し、続けた。「幼く若い日もそうだが……SHIELDの一兵士として戦っていた時もそうだったろう?」

「俺と初めて会った頃の話か? そう言やぁそうだったっけなぁ」とぼけるように言いつつも、ファルコンの紅白のゴーグルマスクの下の表情は、懐かしむような色を浮かべている。あれからどれだけの時が経ったか分からないくらいだが、彼もしっかりと覚えていてくれた事に、キャップは少し心が嬉しくなった。

「苦しみが分かる気がしたんだ。……僕なら、何か力になってあげられるんじゃあないか、って。だから、支えて導いて上げたくて……」キャップはベルトのポーチから名刺を取り出し、示した。「スカウトしてみたよ。いつものキャプテン・アメリカとしての任務と違って、中々に緊張したがね」

「マジかよ。まぁ、ナンパじゃなくてホッとしたぜ。シャロンにどう浮気を伝えようかってさ」

「オイ」

 ファルコンは冗談だと言わんばかりに笑い、そして言葉を返した。

「この国に来て、あの企画に参加して、初めてのアンタのアイドルになるかも知れねぇんだな。やったじゃねぇか。……で、結果は?」

「そんなすぐには出ないよ。返答は後日、さ。けれど、彼女がもし、私を信じてくれるのなら……僕は最後までとことん付き合うよ」

「アンタにそう言われるんだ、幸せ者だな、彼女は」ファルコンはそう言って視線を操縦席に移し、それから小さな声で言葉を漏らした。「まぁ、俺達も……だったがな」

 操縦席がスライドした後回転し、機体を自動操縦とステルスモードに切り替えたのだろうパイロットがこちらを振り向く形になった。長い茶色の髪に弾倉を装着した黒いベスト、そして機械仕掛けの左腕が特徴的なドミノマスクの男が、彼ら二人に向けて口を開いた。

「キャップ、サム、そろそろ作戦区域に入るぞ。アイアンマンとスパイダーマンは南東の方角から、ローガンとローラは西の大通りから接近して待機中だ。俺達も突入の準備をしよう」

「了解だ、バッキー」キャップは頷いて、ラウンドシールドを手に立ち上がった。既にその顔は、憂いを帯びる指導者や保護者のものから、恐れず進む戦士のそれとなっている。「装備のチェックは怠るなよ」

「分かってる」ウィンター・ソルジャーことバッキー・バーンズが、カーゴルームのガンラックからAR15アサルトライフルとVz61サブマシンガンを取り出すと、ワカンダ製の高性能非致死性ゴムスタン弾が詰まった弾倉を装着し、薬室に装填。安全装置を掛けてから、それぞれをハーネス背部のホルスターとスリングを使って身に着けた。「準備完了」

「こっちも完了だ」ファルコンも立ち上がって、飛行ユニットのレーザーウィングや、それに搭載されている小型ドローンの機能を再確認すると、二人に向かって声を掛けた。「作戦の最終確認をしなくて平気か、二人とも?」

「幾ら古い人間だからって、俺達の頭はボケちゃいないよ。お前は?」

「名前がこうだからって流石に鳥頭じゃねぇよ。大丈夫さ」

 彼らは気心の知れた古い戦友として、軽口を叩き合う。キャップは、かつてと今のサイドキック達の様を見やりながら、ふと呟いた。

「……僕も、君達がとことん付き合ってくれて、幸せ者だよ」

「聞こえてたのかよ」

 ファルコンのボヤキに、ウィンター・ソルジャーがマスクの下で苦笑した。

「コイツ、超人兵士だからな」

「将来のボケ防止に俺も貰おうかな、血清」

「因みに言うけど俺にも聞こえてたからな」

「ロシアンスパイの技術も取り入れるか」

「鳥と話せる奴が羨ましがるなよ」

 全員がカーゴハッチの前に並び立つ。大の男三人が肩を並べても尚余りある程の大きな口が、ゆっくりと開いていく。眼下に広がるのは、タンカーの並ぶ港湾部の倉庫街。AIMの科学兵器取引と、それを使った無差別テロの情報を入手し、彼らはここに集ったのだ。暗闇の中に目を凝らすと、既に蛍光色の戦闘服を着た徒党の姿があちらこちらに見える。取引が始まろうとしているのだ。

「あのクズどもを引っ捕らえるのも、いい加減飽きてきたな……俺も早くアイドルの護衛役に回りたいよ」

「そう言うなバッキー。今はまだヒーローの君が必要なんだ。分かったら、さぁ、行くとしようか」キャップが二人に呼びかけると、彼らもまた頷き返して応答した。キャップはハッチの向こうに向かって駆け出し、中空に躍り出ると、ラウンドシールドを構えて声高に叫んだ。「アベンジャーズ、アッセンブルッ!」

 

 港湾部で武装した集団と多脚型戦闘車両が暴れ、アベンジャーズに鎮圧された事件から二日後。凛はスタークインダストリーズの日本支社へと訪れていた。彼女の目的は、単にジャケットと鞄の忘れ物を届けるだけではなかった。

 少し怪我の痕の目立つ大柄な黒人と白人の男性、そして明るい緑の服を着た若く綺麗な女性の三人組に、優しい笑みで広報部のあるフロアへと案内され、その中にあるアイドル事業課の事務室を訪れた凛は、再びキャプテン・アメリカ――スティーヴと相見える事となった。

「久しぶりだね、凛。連絡をくれてありがとう。律儀に服まで……」

「いや、落とし物届けるくらいは普通でしょ。ってか、ヒーローが物を雑に扱っちゃ駄目じゃない?」

「すまない。つい、緊急出動の癖でね」

「悪い癖だね……直したほうがいいんじゃないの?」凛は冷めたような物言いをしてから、思わず目を逸らすが、すぐにまた彼の瞳へと視線を向けた。「ねぇ……アンタが前に言った事……覚えてる?」

「忘れるはずが無いさ」

「あれ……本心、なんだよね?」

「一語一句、違わずに」

 無言の間の中、青い瞳と青い瞳が向かい合い、視線が交わる。凛もスティーヴも静かに互いに歩み寄り、向かい合って立った。凛は荷物を手渡し、スティーヴもそれを受け取りながら、じっと相手を見やった。そしてしばしの間の後、彼女は頷くと、彼に向けて言った。

「じゃあ、私はアンタを信じるよ。最後まで、とことん、ね」

「その思いを裏切らないように、私は力を尽くすよ。最後までね」

 その答えに、凛は満足するように口元に微笑みを浮かべると、自らの鞄から記入しておいたエントリーシートを取り出し、スティーヴに渡した。受け取るスティーヴもまた、喜びに優しい微笑みをたたえていた。

「で? アンタが私のプロデューサー?」

 凛の言葉に、スティーヴは頷く事で答える。

「ふーん」凛は冷めた口調と表情の中に、どこか喜色を忍ばせて続けた。「まぁ、悪くないかな……いい顔してるね」

 

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