CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!! 作:グレイソン
全く書けなくて投げやりになってた奴
「紅茶の淹れ方を教えてほしい、と?」アルフレッド・ペニーワースは、ゴッサム・シティはウェイン邸のキッチンにあるテーブル越しに、向かい立つ少女を見て言った。
「はい」彼女――橘ありすは真摯な眼差しで頷いて返す。アルフレッドはふむと唸った。自分で飲みたいのなら、この娘ならウェブで調べて済ますだろうが、それを敢えて尋ねてくるとは……。
「さしずめ、リチャード様への日頃の感謝、と言った所ですかな?」
「なッ……!? いえ、その……」ありすは慌てるように後退る。それこそが図星であると示している証拠だ。アルフレッドは微笑んだ。
「ありす様は本当にお優しい方ですな。労いの為に、自ら率先して行動し、学ぼうとするとは」
「も、もうそれ以上は言わないで下さい……!」頬を上気させる少女の姿に、アルフレッドは新鮮な気持ちになった。今まで世話をして来たバットファミリーの中にはいなかったタイプの反応だ。だが、根底は同じ、優しさに溢れている。
「分かりました、お手伝いしましょう。リチャード様が好んでいたブレンドをご用意致します」
「……お願いします、アルフレッドさん」ありすは口調こそ静かにながらも、張り切るように胸の前で両拳を握っていた。可愛らしいと笑えば、また照れるか怒り出すか。アルフレッドは何も言わずに、ただ笑みのまま、戸棚の扉を開けた。ティーポットとカップ、ソーサーを人数分手に取り、トレーに並べてテーブルに乗せる。
「まずはティーポットとカップの用意からです。ご存じかも知れませんが、これらを冷たいままで使うと風味が損なわれてしまいます。一度温めてからお使い下さい」アルフレッドはグースネックケトルに水を入れ、コンロに掛けた。ガス火が熱している間は、少しの暇が出来る。彼はありすへと向き直った。「ところで、お茶菓子は何にいたしましょうか、お嬢様? 今日はイチゴのジャムクッキーがございますよ」
「じゃあ、もちろんそれで……って、もしかして私が来るから用意してたんですか?」
「さて、どうでしょうねぇ。子供の頃からブルース様がお好きなのもありますよ。もちろん、リチャード様もです」
「なるほど……流石はアルフレッドさんですね」ありすの目が尊敬の色を浮かべる。
「大した事ではありませんよ」アルフレッドは微笑み返した。
クッキーの缶を開けて大皿に並べ終えた頃、ケトルが沸騰を知らせてきた。
「注いでみますか?」
「はい!」ありすが傍らまでやってくる。彼女の背丈ではこの国の設備は少しサイズが大きかったが、ありすは慎重にケトルを手に取っていたので火傷の心配は無かった。注意深い所は、ただ単にませているだけではないと示しているようだ。
「このタイプのケトルは注ぐ勢いが少々強いので、慣れるまでは少し難しいでしょうが……ご安心下さい、わたくしめが処理致しますので」
「いいんですか?」
「問題ありませんよ。その為の執事でございますから。それに何より、何事も経験されるのが一番ですからね」
「分かりました」それから、ありすは恐る恐ると言った感じで、カップとポットに注ぎ始めた。「あッ……! 本当に難しい……!」
「いえいえ、初めてにしては上出来でございますよ」いくらか周りを濡らしてしまっているが、そう酷い被害は出ていない。カップとポットが満たされると、アルフレッドは笑顔のままでテーブルを拭いて、ケトルを受け取った。
「すみません……」
「謝られるだなんてとんでもない。ありす様は充分に器用でございますよ」アルフレッドは再び水を入れて火にかけた。「ここだけの話でございますが……リチャード様はあまり得意ではないようですからね。それはもう、この比にはならないくらいで……そこを受け継いでいないようで何よりです」
それから、茶葉の缶を取り出す。
「ブルース様もリチャード様も、昔からわたくしめがブレンドしたアールグレイを好まれておりました」蓋を取ると、ありすにも分かるように差し出す。
「わ、すごい……いい香りですね」
「二種類の異なる茶葉に、ベルガモットオイルと乾燥させた龍眼の果肉を混ぜたものでございます。似たものは日本でも手に入ると思いますが、後でお包み致しましょう」
「ありがとうございます」ありすは実に嬉しそうな笑顔を返した。「これならディックさんももっと喜んでくれるはず……」それから、ハッとして真顔を取り繕う。「い、いえ、なんでもありません」
「大丈夫でございます、何も聞いておりませんよ」アルフレッドは一旦缶をテーブルに置きながら返す。
「もう、アルフレッドさん!」ありすが照れを隠しきれない顔色で言った。
ケトルの水が沸くまで、また少しの間時間が空くが、一度沸騰させたものに注ぎ足したので、そうは掛からないだろう。その通りに、すぐにまた沸騰した音が聞こえてきた。アルフレッドはティースプーンを棚から出して示した。
「ティーカップ1杯につき、ティースプーン1杯でございます。今回はありすお嬢様を含め五人分ではありますが、わたくしめも頂こうかと思いますので、六杯としましょう」
「分かりました……アルフレッドさんから合格点をもらえるかどうか、緊張しますね」
「そう気負わずに。では、ポットのお湯を一旦流して、茶葉を入れて頂けますか?」
「はい」ありすがポットを傾けて湯を捨てると、アルフレッドはティースプーンを差し出した。幼くも懸命な少女が指示通りに実行する姿を、彼は微笑みのままに見守る。
「出来ました」ありすが見やってきた。
「ありがとうございます、お嬢様」ティースプーンを受け取る。「では、いよいよ茶葉にお湯を注いで行きましょう」
アルフレッドがケトルを差し出すと、ありすは真剣な眼差しで頷いて受け取り、ポットへ向けてそれを傾けた。今度も少し散らした所はあったが、先ほどよりも被害を少なく出来ている。
「器用と申したのは決してお世辞ではありませんよ」アルフレッドは手早く後始末しながら言った。「もう上達なされているではありませんか」
「そ、そうですか?」ありすが照れ笑いを浮かべた。真面目であったり、一人前を目指して戦っている部分も素敵な姿をしているが、素直な部分も魅力的な子だ。そうディックが言っていたが、その通りだろう。この子の浮かべるそう言った笑みは、胸の中に温かなものを生み出す……まるでブルースやディックの幼い頃と同じようにだ。アルフレッドは少し懐かしくなった。
「では、蓋をして、三から六分ほど蒸らします」アルフレッドは懐中時計を取り出し、チラリと確認した。ふむと頷く。「時間はわたくしめが見ておりますので、ご心配なく」
「分かりました」
「この間に、ミルクとお砂糖の準備をしましょう」
「ミルクティーなんですね、意外です」
「おや、そうですか?」
「みなさんいつもストレートティーなのかなって、勝手に思ってました」
「そうですねぇ、その時々になりますが……ブルース様もリチャード様も、集中力を高める時にはストレートで、リラックスする時にはミルクで召し上がる事が多いです。なので今回はミルクも添えておく事にしましょう。文香お嬢様はもちろんの事、ブルース様もリチャード様もシッティングルームにいらっしゃるのですから、まさかクライムファイトの作戦を練ったりはしていないでしょう」
「そうだと思いたいですけどね」ありすが苦笑いした。「でもディックさんもブルースさんも任務が生き甲斐ですし、文香さんにはそれは止められないでしょうし」
「でしたら、このティータイムはありす様のみならず、皆様にとって重要な時間になるでしょうな」アルフレッドは手早くミルクジャグに、自身が選び抜いて注文している牛乳を用意し、それからシュガーポットに角砂糖を入れた。そしてそれらをトレイに乗せて、ティートロリーの上に置いた。懐から時計を取り出して確認すると、程よい頃合いだった。
「では、カップのお湯も流しまして、お茶を注いでいきましょう。お願い出来ますか、お嬢様?」
「はい」ありすはカップの湯を流すと、アルフレッドが差し出したティーストレーナーを手に取った。「これはどう使えば……?」
「受け皿と合わさっているものなので、持ち手部分を半回転させるようにして頂くと、網部分だけに出来ますよ。後はそこを通してカップへ」
「分かりました」ありすはケトルの時とは違い、危なげない手付きで、注いでいった。そして人数分それを済ますと、アルフレッドに向けて視線をやってきた。「出来ました」
「では一つ失礼して……」アルフレッドはカップを手にし、口を付ける。「ふむ……香りも味も、申し分ないですね」
「ほ、本当ですか!」
「えぇ、とても素晴らしいですよ、ありすお嬢様」
「やった……!」と、ありすが喜びを隠しきれない笑みを浮かべていたので、アルフレッドも胸が温かくなるような気持ちになった。ありすも自らの分に口を付け、そして胸の前で小さくガッツポーズをする。「これなら、みなさん喜んでくれるでしょうか?」
「大丈夫でございますよ、お嬢様。このお茶には最高のブレンドがされております」
「アルフレッドさんの腕なら間違いなしですもんね!」
「それだけではございませんよ」
「え?」
「最高のブレンドとは、労う相手を想う気持ちでございますから」
「想う、気持ち……ですか」ありすはハッとするように呟いた。
「さぁ、皆様の元へ参りましょうか」アルフレッドがティートロリーを押し、ありすが傍らを歩き、二人は居間を目指した。
「でも、流石はウェイン家本邸ですね。高そうな食器とかが色々出てくる……」
「おや、お嬢様達がお使いになられてらっしゃる日本の別荘にも、これらのティーウェアは備え付けてあるのですよ?」
「そうなんですか?」
「えぇ、ブルース様と日本に赴いた時の為に用意してあるのです」
「あまりキッチンを触った事がなくて、知りませんでした」
「お茶の淹れ方もお分かりになられた事ですし、どうぞご自由にお使い下さい。……但し、よく洗ってからで。日本を訪れる度にわたくしめが手入れをしておりますが、そう頻繁にではありませんからね。無論、リチャード様がそこまで手を入れてくださっていれば話は別ですが」
「……洗っておきます」
そうしていると、やがてシッティングルームの前に着いた。アルフレッドは軽くノックし、静かに扉を開く。
「失礼、お茶をお持ちしました」
「……だからさ、ブルース。そろそろアベンジャーズと合流すべきかと思ってるんだ。キャプテン・アメリカもアイアンマンも……スターク社のアイドル事業部を単なるプロパガンダなんて見ていない。彼らはヒーローらしく善意から動いてるんだ。信頼してもいいはずだって」リチャード――ディック・グレイソンがソファに腰をおろしながら、対面に座るブルース・ウェインにそう語っている。
「私も……そう思います。ナイトウィングファミリーとしてだけでなく……所属アイドルとして見ても、間違いはないかと」傍らには鷺沢文香が座り、バットタブレットの画面を覗きながら言っていた。
「いや、しかし彼らに合流した事で正体を知られれば、我々全員が危険に晒される。アベンジャーズはメンバー間のみならず、世間一般に正体を公表している面々も多い。そうなると、合流した事で芋づる式に情報が漏れる可能性もある。これまで通り、闇の中で活動するほうが安全だろう」ブルースは腕組して、いつものように険しい表情で二人を見据えている。
「ブルース様、リチャード様も文香様も。少しお手を止めて休憩と致しませんか? 折角のお茶が冷めてしまいますよ」アルフレッドはやれやれと言った感じで首を振りながら、彼らに囲まれるローテーブルにティーセットを置いていった。「それとも、アイスティーのほうをご所望でしたでしょうか?」
「あぁ、すまないアルフレッド。そうだな、一息入れようか」ディックが笑みを向け、それからおやと口を開いた。「姿が見えないと思ったら、ありす、アルフレッドと一緒にいたのか」
「えぇ、まぁ」
「何か面白い事はあったか? ここにはもう何度か連れて来てるけど、流石に全部は周りきれてないだろう?」
「学びを面白いと言うのなら、そうですね」ありすが頷いた。「いい時間を過ごせました」
「さぁ、どうぞお召し上がり下さい」アルフレッドは全員に向けて促した。「ありす様も是非」
「頂こう」ブルースが低い声で返し、そしてミルクを注いだ茶に口を付ける。「ふむ……この味と香りは変わらないな。ありがとう、アルフレッド」
「あぁ、僕の好きなブレンドを淹れてくれたんだね。心が安らぐよ」ディックもまた口を付け、そして笑顔を返した。「本当に美味しいね、やっぱ好きだなぁこれ」
「この香り……読書の時に合いそうですね……素敵です」文香も頷き、口を付ける。「紅茶の知識は無いのですが……これは実に、好みの風味です」
「お褒め頂き光栄でございますが、このお茶はわたくしめが淹れたものではないのですよ」
「えっ、そうなのか?」とディックが声を漏らした。視線がアルフレッドからありすへと向かう。「すると……」
「えぇ」アルフレッドは頷いた。「ありす様でございます」
「本当かい? スゴいな、流石だよありす」
「ま、まぁ、そんな特別な事でもありませんよ」ありすの頬が僅かに赤くなるのが見える。「アルフレッドさんが丁寧に教えて下さいましたし、私一人でと言うわけでもありませんでしたから」
「それでも、スゴいよ。同じ年頃どころか今でも僕は苦手なのに」ディックが苦笑いした。「でも、どうして急に? ……って訳でもないか。桃華ちゃんといると影響も受けるよね」
「えっと……まぁ、そんな所です」ありすはモジモジとするように顔を伏せた。しかし視線はチラチラとディックに向いている。
「興味を持つと、それに向けて調べ、学び、実践していく……ありすちゃんの素敵な所が現れているようですね」文香が感心するように言った。
「私には、それだけではない気がするんだがな……」ブルースが呟く。そしてありすを見た。探り、推し量るような目、それはまるでバットマンのカウルの内側からを見せているもののようにも思えた。そしてすぐに、察したのが分かった。
「ブルース様」
「ブルースさん」
アルフレッドとありすは意図せず同時に言った。
「……そうだな」ブルースが巌のような口元に笑みを作って返した。「私から言うべきではないな」
「なんだよ、ブルース? アンタだけ訳知り顔して」
「無粋な真似をしたくないだけだ。気になるなら本人に聞いたらどうだ?」
「ありす、何かあるのか?」
「いえ、なんでも……」ありすがディックから目を逸らした。「ただ興味があっただけで、特に深い意味は……」
「……ありす様」アルフレッドはありすへ耳打ちした。「最高のブレンドの秘訣を教えて差し上げてもよいのではないでしょうか?」
「それは……」
「どうか、恥ずかしがらず」
ありすは少しの間黙っていたが、意を決するように顔を上げてディックを見た。
「日頃の、感謝です! いつも私を守ってくれているディックさんへの……!」
「あぁ……光栄だよ、ありす。本当に素敵な娘だな、君は」ディックの顔が喜びに満ちるのが分かった。優しい表情で、彼はありすの元へ寄った。「もったいなくて飲めないような、すぐにでもまた淹れて欲しいような、そんな嬉しさがあるよ。大切に味わうよ。ありがとう、ありす」
ありすの顔が真っ赤になると同時に、笑顔に満ちるのを見て、このブレンドは本当に上手くいったのだとアルフレッドは感じた。