CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!!   作:グレイソン

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 ブラックロビンのアクションが書きたくて作っただけの話。結構な勢いで作ったので中身は雑。
 取り敢えずテイクダウンの描写を描いてみたかったってだけでさぁ。


ブラックロビン ザ・ガールワンダー

 

「わたくし、本日のお茶会、とても楽しみでしたの」櫻井桃華が言った。「ありすさんとお話するの、とても好きで」

「いつも話してるじゃないですか」橘ありすは呆れるような口振りで答える。「あと『橘』ですよ、櫻井さん」

「わたくしの事を桃華と呼んで下されば、わたくしもありすさんを橘さんとお呼び致しますわよ?」

「全く……分かりましたよ、桃華さん」やれやれ、と首を振って、ありすは親友の笑顔に苦笑いを返した。

 夕暮れ間近の頃合い。歌番組の収録を終えた彼女達は、櫻井家の私設警護チームが運転する車で、事務所から櫻井家へと向かう所だった。翌日はオフ、つまり休日なので、ありすはこのまま桃華の家に泊まる流れとなる。これまでももう既に何度も行われている事なので、ありすも慣れた感で、前日にはバッグの中に必要な宿泊用の道具を揃えていた。

「そんなにはしゃいで、夜まで持ちませんよ?」ウキウキとした様子の桃華に、ありすは言う。

「だって、こうして親友とお泊まりするなんてのは、中々出来る事ではありませんから」桃華はニコリと笑うと、彼女に答えた。「わたくし達は二人でユニットを組ませて頂いてますけども、最近はお互いにお仕事を沢山頂いていて別々に動いていますし、お休みもあまり合いませんし」

 確かに、とありすは頷いた。

 二人はデュオユニット・ももべりーとして活動してきてはいるが、それと平行して、互いに他のユニット等にも参加している。なんならありすに関しては、メインにしているユニットはこちらではなく、また別にあるくらいだ。それは別段、自分達の力量を越えていたり、無理や無茶をせざるを得ない程忙しい訳では無いのだが、それでも充分な密度ではある。こうして休日が揃う事のほうが珍しかった。

 ただ、そんな中でも外泊に特別な感情を抱けないのは、ありすが普段、自らのプロデューサーらと共に行っている夜遊びが原因だろう。深夜の街を飛び回って巡る、狩りとも言うべき行いだ。それは時に日付を跨ぐ事があって、寮に戻らずにプロデューサーの屋敷に泊まっては、朝方に人知れず自室へ帰る事もあるくらいで、今ではすっかりと屋敷の中にありすの部屋まで用意されている始末だった。

「そうですね……」ありすは内心を悟られぬように笑顔を取り繕いながら、右隣に座る友人に向けて言った。「久しぶりに、ゆっくり話しましょうか。お薦めのゲームも小説もありますし、話題が尽きる心配はありませんよ」

「まぁ、それは楽しみですわ! わたくしも、とっておきの紅茶やお菓子がありますの。是非、堪能して下さいまし、ありすさん」

「えぇ」頷いてから、ありすははたと気付いて言った。「って、桃華さん、私の事は橘と呼ぶと……」

「ふふっ、なんの事でしょう?」桃華はいたずらっぽく笑う。「……なんて。わたくし、ありすさんのお名前が好きなものですから、つい」

「もう……」

 ありすが、溜息交じりに気恥ずかしさを隠すような呆れの声を漏らした、その時だった。甲高い音を立てて、突然車が急停止した。ありすは咄嗟に友人を庇ったが、それは桃華も同じで、結果として二人は抱き合うような形で互いを守り合う事となった。

 一瞬の間があって、前部座席から、警護員二人の声が響く。

「なんだコイツら?」

「分からんが……ヤバいぞ、見ろ、アイツらの持ってるモン……!」

「オイ、それ以上近寄るな!」

 クラクションが響き渡る中。助手席の警護員が無線に向けて叫ぶ。

「第二班、こちら第一班! 前方から武装した不審人物三名が接近中! 防御態勢に移行しろ! お嬢様達を逃がすんだ!」

――武装した不審者だって?

 ありすは怒号とクラクションの連続に驚きながら、シートベルトを外し、前部座席の間からフロントガラス越しに外を見た。

 ここは閑静な高級住宅街へと続く通りの半ばで、辺りには人気も車通りも疎らだ。そんな中で、不自然にサイズの大きなジャケットを着て、目と口部分の空いた覆面を被る、余りにも不釣り合いで異様な雰囲気の何者かが三人、車両の前方を塞ぐようにして立っている。その懐にはいくつもマグポーチを着けたベルトが巻かれ、手には黒光りするAR15が握られていた。

「なんですの!? 何がありましたの!?」

「心配ありません、お嬢様! すぐに……」

 桃華が険しい表情をして、前部座席の警護員に問い掛けると、警護員の一人が振り向いて答えた。

 その時、何度かバンバンと乾いた音がした。ありすにはすぐ分かった。弾けるようなその音は、まごうことなき銃声だ。それは映画の撮影で使われているような効果音よりも遥かに殺伐としていて鋭い、正しく命を奪う為の音だ。聞き慣れているはずのありすすらも戦慄させる冷酷さを持つ。

「伏せて、桃華さん!」

 ありすは、固まってしまっている桃華のシートベルトを外して、抱えるようにして伏せさせる。フロントの防弾ガラスに幾つもの皹が走り、車体に細かく衝撃が渡る。連射される弾丸によってその損傷は瞬く間に広がるのが見え、ありすは流れ弾を躱す為に、彼女と共に素早く座席の足元へと雪崩込むようにして逃れた。

 それとほぼ時を同じくして、防御は貫かれた。飛来した銃弾によって体を穿たれ、前部座席の警護員二人が苦悶の声を上げた。ありすの目に、シートの背に赤い水が染み渡るのが映った。弾丸の威力を削がれたお陰でか、警護員達はまだ死んではいなかったが、これではもう行動は不能だろう。それを理解してか、敵の発砲も止む。ありすは軽く身を起こし、窓の外を見やる。

 ありす達が乗る車に追従していた警護チームの第二班が、彼女らを救い出そうと素早く接近した。襲撃時は、警護対象を予備の車両に移して、その場から早急に離脱させるのが基本になる。第二班は実に素晴らしく、セオリー通りに動いた。

 第二班の車両は第一班の車両左後方から接近して停車、それから後部座席の扉を開いた。他の警護員が降りて、第一班の車両の後部座席ドアに近付く。そこを、更に後方から迫って来た大柄な不審車両が、激突を持って襲撃した。

 衝撃によって、第二班の動きに一瞬隙が出来る。そこを突くように、不審車両に乗り込んでいた新たな武装集団が降車、銃撃を加えて身動きを封じながら包囲する。

「これは待ち伏せだ……!」ありすは銃声に対して何度か反射的に顔を引っ込めながら、呟いた。「私達がここを通るのを狙っていた。と言う事は、つまり、狙いは……!」

 ありすは、車体や窓ガラスに出来上がった弾痕を見て、まるで探偵のように分析する。明確な殺意を持って撃ち放たれる弾丸は、前部座席や第二班にのみ向けられているように感じた。彼女らの乗る後部座席には、流れ弾の掠めたような痕ばかりが目立つ。

「私を狙うならもっといいタイミングがある。今じゃないはず。……狙いは桃華さんだ。それも目的は殺害ではなく……拉致」

 であるならば、警護員達に用は無いはずだ。ありすは助けに向かわなければと思い、窓から外を覗いた。

 第二班の警護員達は、車内で座席の影に隠れ、或いは車外で防弾扉の影に屈んで、鉛の猛攻を凌いでいた。警官や非合法の傭兵ではない私設警護班は、一切の銃器を持たない。つまり、銃武装の敵に対して戦う手段が無いのだ。精々で、文字通り肉の壁となるより他に道が無いのだが、包囲によって逃げ道を奪われている今では、壁として立ちはだかった所でなんら意味をなさない。

 堅牢に改造されたはずの車体を遂に貫通したのか、第二班の車内に血飛沫が上がった。同じ頃合いで、二つの警護車両の間でも赤い噴水が上がる。外に居た警護員が上げた悲鳴が聞こえた。被弾したのは明白だ。その勢いは、どちらも一目で致命傷と分かる程の量だった。

「なんて酷い……けだものどもめ……!」

 ありすは思わず顔をしかめ、込み上げる吐き気を堪えた。こうなっては、彼らの無事を祈る他無かった。絶望的なのは分かっていたが、そうせざるにはいられない。

「不味い……不味いよ、このままじゃ……」

「何がありましたの!? ありすさん、教えて下さいまし!」

「駄目です、桃華さん! じっとしてて!」

 ありすは桃華を押さえながら、バッグの中に仕舞ったタブレット端末を取り出して、Wの形をしたエンブレム部のボタンを押した。このウェインテック特性端末――通称バットタブレットには、救難信号を発信出来る機能が備わっているのだ。これで必ず助けは来る。間に合うかどうかは、別にしても。

 銃声が止んで、辺りに静けさが広がった。呻き声すらも聞こえてこない程に何も無い中、ありすは耳を澄ました。

「オイ、とっととお嬢さんを連れてこい」

「さっさとずらかるぞ。でねぇと、いい加減警察とドンパチおっ始める羽目になる」

 男達の低いそんな声がすると、足音が素早くこちらに迫ってくるのが分かった。

「あぁ……なんて事……!? 警護の方々が……!?」

「桃華さん、私を見て」

 ありすは、血を目の当たりにして狼狽える桃華の顔を自分に向けさせると、真っ直ぐに目を見詰めながら続けた。

「いいですか? 敵は私達を包囲しています。逃れる為には隙を作って突破するしかありません」

「ありすさん……? 一体何を……?」

「いいから、聞いて」

 ありすは長い後ろ髪を一つに纏めて結い上げると、バッグの中から耐刃性繊維で出来たガントレットグローブを取り出して装着しながら言った。

「これから私が奴らをちょっとおどかして、逃げる隙を作ってきますから、合図をしたら車から降りて来て下さい。すぐに私が合流して先導しますから、そうしたら後は全力で走って下さいね」

 それからふと思い立って、懐の鍵束から一つ、キーホルダーを千切って取り外す。苺の形をした可愛らしいアクセサリーだ。それを桃華に渡した。

「持ってて下さい」

「な、なんですの、これ?」

「可愛いでしょう? 実はこれ、安全祈願のお守りでもあるんですよ。私のお気に入りなんですけど、今日は特別に桃華さんに貸して上げます」

「そんな! そんな事をしてしまわれたら、ありすさんはどうなりますの!?」

「大丈夫です。自分の身は自分で守れますから。もし怖くなったら、それをギュッと握り締めて、待ってて下さい」

 ありすは焦りを押し隠した笑顔を浮かべてそう言うと、冷や汗を拭って身構えつつ、周囲の様子を窺った。いつもはたった一人で戦う事を望んでいるが、この時ばかりは不安が胸に渦巻いていた。負ければ、無二の親友を失いかねないのだから。

 やがて幾つかの人影が、車両右側面から接近してきた。ありすは桃華をドアから遠ざけるようにして位置を入れ替え、自らが盾となるようにしつつ、緊張した面持ちで時を待った。

 人影がドアノブに手を掛ける。ロックが掛かっている事に気付くと、特殊な金具を使い、外部から抉じ開けようとする。

――そうだ、開けてみろ。その時が勝負だ。

 そう言う思いと共に、諦めてくれないものか、と願う気持ちもあった。自分一人だけなら自由に戦えるが、背中に庇った親友を守りながらの戦いには、強い緊張を感じていた。絶対に負ける訳には行かないからだ。

「さぁーて、大人しくしろよぉ、金のなる木ちゃぁん!」

 扉が勢いよく開かれた。覆面の男が、それ越しにも分かる程の、余裕の笑みを浮かべながら言った。

――来たな!

 ありすは、上着の内ポケットからアイテムを一つ取り出して、男の顔目掛けてスイッチを押し込んだ。

「大人しくなるのはそっちですよ!」

 市販されてはいないウェインテック特製の超強力な催涙スプレーを目に食らい、男はぎゃあと悲鳴を上げて仰け反った。其処に、ありすの左拳が喉元に刺さり、咳き込んで踞る。その顔面にありすは蹴り上げを叩き込んで吹き飛ばした。

「なんだ!?」

「このクソガキ!」

 転がる男の後ろに、新たに二名の不審人物の姿が見えた。彼らは面食らってたじろいでいた。

 スプレーの射程ではない。ありすは缶を放り捨てると、上着のポケットから新たなアイテムを取り出し、転がる男を踏み台にして車外に飛び出す。低い姿勢で走ると、手近な一人の懐へと入り込んだ。

 驚きながら銃を構えようとした男の腕をいなし、右手に握った小型スタンガンを押し付ける。震える声を上げながら、男が膝を着いた。ありすは男の顎へと、茶革のブーツに包まれた足刀を叩き込み、意識を奪う。大股を開く形になったが、幸いな事にスカートの下は、透過性の全く無い黒いタイツを着用しているので、お気に入りの下着が敵の面前に露になる心配は無かった。

 ありすはその蹴りの反動を生かした勢いのまま振り向いて、もう一人のほうへと飛び込むように地を転がって迫った。

 起き上がると同時に、斜めにステップを踏むような移動で、男の狙いを定めさせないようにする。男がライフルのストック部分で殴り掛かるのを避けると、肋骨目掛けて全力で爪先を蹴り入れた。防護カップの仕込まれた硬い靴の先で強打され、男は悶絶する。しかしまだ動く様子がある。スタンガンを押し当てようとすると、ライフルを持った腕を振り抜かれ、ありすはそれを屈んでかわした。取り落としたスタンガンが、カツンと音を立てて地面に転がる。

 男が向き直って、殴り掛からんと構えた。拾う暇は無さそうなので、止むを得ず、ありすはスカート下に隠した太股のポーチから、煙幕弾スモークペレットを取り出して、男の足元へと叩き付けた。

 爆発と共に一瞬の内に巻き起こった、濃い煙の幕に、男が僅かにたじろぐ。その隙に、ありすは同じくスカート下のポーチからブラスナックルを取り出して装着した。姿勢を低くして素早く接近すると、その拳で、思い切り男の股間を強打する。

 甲高い悲鳴を上げて倒れ込んだ男を見やり、嫌な顔をしながらありすは男の顔を殴り飛ばすと、感触を振り払うように右手を振った。

「さぁ桃華さん、今です! 今の内に……」

「ありすさん、危ない!」

 桃華が叫び、振り返ろうとしている所のありすを抱えて転がった。

 次の瞬間、煙の帳を引き裂いて、ライフルのストックが飛び出してきた。それは、つい一瞬前まで立っていた場所の、丁度頭くらいの高さの所を、横凪ぎに通り過ぎる。

 見ると、最初に催涙スプレーを食らわせた男が、怒り心頭と言った様子でがむしゃらに暴れているようだった。

 ありすは冷や汗が流れるのを感じながら、覆い被さる桃華を退けて、戦いに戻ろうと思った。だがそれより早く桃華は起き上がると駆け出し、暴れる男に肉薄すると、その腕を引き、肘の関節を極めると共に軸足を払って倒すようにして投げ、硬いアスファルトの地面に顔面を叩き付けた。それは我武者羅なものではなく、敵の身動きを封じながら行われる、より実戦的な動きだった。

「わたくしにだって武芸の心得くらいありますのよ! 乙女の嗜みですわ!」

 怒りや緊張に塗れた叫びと共に、掌打で後頭部を打ち抜き、意識を刈り取った桃華に、ありすは唖然と呆れの入り混じったような声色で返す。

「随分と恐ろしい乙女もいたもんですね」

「あなたに言われたくなくてよ!?」

「確かにまぁ、その通りですかね。でも、お陰で助かりましたよ、桃華さん。さぁ、今の内に……」

 皮肉げに礼を言って桃華の元に寄ろうとした時、突然背後から腕が回されて、ありすは捕らえられた。

「中々派手にやってくれるじゃないの、お嬢ちゃん? でも、そろそろ大人しくしてもらうぜ?」

 新たな覆面男が言う。恐らくは、遠巻きに見張っていた連中の内の一人だろう。ありすは歯噛みした。彼らが増援として現れる前に片付けるつもりだったが、予想以上に手間取ってしまっていたようだ。悪態を吐きたくなるが、それよりも先にやるべき事がある。小柄な体を更に縮め込ませて拘束を脱出し、飛び退きながら正面から相対すると、ありすはフットワークを活かした動きで殴り掛かった。

 右のストレート、と見せかけての、沈み込んでからの左のアッパー。だが、この覆面の男は存外冷静なようで、撹乱を織り交ぜたありすの動きを正確に捉えて拳を防ぎ、反撃にと蹴り返す。ありすは躱しきれず、止むを得ずクロスガードで堪え切ろうとしたが、大の男の横薙ぎの蹴りには敵わず、地面に倒されてしまう。固く冷たいアスファルトの上で、腕の痛みに呻きながら立て直そうとしたが、それより早く覆面男がありすの体を蹴り飛ばそうと迫る。

 横に転がり回避して立ち上がると、ありすは掴み掛かる男の頭上を、傍の電信柱を駆け上がって身を捻りながら跳ぶ事で越えた。空中で回転してその勢いを乗せた蹴り上げる形の踵落としを繰り出し、相手の後頭部を狙う。師匠直伝のカウンター技だ。この攻撃で沈まなかった者はいない。しかし……。

「面白ぇな!」

 予想以上に素早く振り返った男は、スウェーで回避してから足首を掴むと、乱雑にありすの体を地面に叩き付けた。受け身をとったものの、ありすの小さな体ではその衝撃は大きなダメージとなった。痛みに呻き、身動き一つ出来なくなったありすは、気付けば肘を極められ、地面に押し付けられるようにしてその自由を奪われていた。

「おめぇさん何かしらの特殊な訓練を受けてるみてぇだな? 忠実、だが即興もいとわねぇ、ジャズのセッションみてぇな戦い方だ。ちょいと興味をそそられるが……」男は、覆面越しにも分かる程にニヤリと笑い、ありすの喉元にボウイナイフを突き付けた。「生憎用事があるのはあっちのお嬢様でな。だから邪魔しないで大人しくしててくれや、クソガキ。そうすりゃ殺す手間も掛けずに済む」

 煙草臭い腐ったような吐息を吹き掛けつつ、男は言う。臭いもさながら、癇に障る嫌な声だとありすは思った。ご丁寧にナイフまで首に突き付けて、実に見事に勝ち誇っている。だが残念な事に、それは事実となりそうだった。下手に動けば喉元をバッサリと裂かれかねない気迫がある。思わず悪態を吐きかけたが、敵の神経を刺激しない為にもと飲み込んだ。

「しかしマジで面白ぇガキだぜ。まるでゴッサムのコウモリが連れてるガキを思い出させるな。おめぇ妹かなんかか?」

 ありすは男の言葉を無視しつつ、その拘束に隙が出来ないか探し続ける。だが脱出と反撃のチャンスが訪れるよりも、覆面の不審者達が全員集結するほうが遥かに早かった。彼らの内の何人かは、動けない仲間達を車に移送していたが、残る他の人員は、桃華を取り囲むようにして立っていた。

 ありすを捕らえている男が口を開き、桃華に向けて言う。

「さて、櫻井家の桃華お嬢様? 我々の車にお乗り頂けますかな?」

「もし……嫌だと言ったら?」大柄な男達に囲まれながらも、気丈に振る舞うよう努める桃華は、震える声で返した。

 男は鼻で軽く笑って、答える。

「その時は、このお友達の未来はここで潰えるだけでござい」

 ありすは、己の首筋にナイフが少しだけ強く当たるのを感じた。刃が肌に食らい付き、冷たく鋭い痛みに変わる。死の恐怖を間近に感じて、ありすは思わず怯んだ色を表情に出してしまった。

 しまった、と感じて慌てて取り繕うが、しかし既に遅かった。

「や、やめて下さいまし!」彼女の表情を目にした桃華が、焦りながら声を絞り出した。「分かりました、従います! わたくしを連れていって構いませんわ! ですから、ありすさんを離して下さいまし!」

「おぅおぅ、女の子の美しい友情だぁねぇ。おじさんそう言うの嫌いじゃねぇぜぇ」

 ゲラゲラと、男達が笑った。馬鹿にするその声に、ありすは胸の内に沸き上がる激情を感じた。だが、怒りの力を持ってしても、拘束は解けそうにないし、逆に返り討ちに遭いかねなかった。

「んじゃまぁ、先に車までエスコートさせてもらいましょうか」

 桃華を囲む男達が、彼女を押し流すかのように、自分達の乗ってきた巨大な車へと誘導した。完全に座席に着いた事が分かると、次にありすを拘束している男が動いた。

「友達想いのいい子だねぇ、お嬢様は。お陰でおめぇさんの首は無事繋がったままだ。感謝しろよ?」

 拘束を解いて立ち上がらせ、その背を突き飛ばすと、男はゲラゲラと笑いながら車へと向かう。

「待て……ッ!」

 ありすは立ち上がって飛び掛かろうとしたが、透かさずその身に前蹴りを浴びて、再び、今度は背中から大の字に地面に叩きつけられた。

「くッ……そ……がッ!」

 痛みに疼く身を起こした時には既に、車は猛然と走り出している所だった。ボムバーダランか電磁波投射装置で足止めするか、もしくはグラップリングガンで喰らい付ければと思ったが、生憎それは車に乗せた鞄の中で、バットタブレットやスーツと一緒に眠っている。取りに戻っても到底間に合うはずもない。

――だが、しかし……それでも!

 ありすは去り行く車の背を睨み付けて、復讐に燃える憤怒と、友の身を案じる不安の入り交じった表情を浮かべ、拳を握り締めた。それからハタと切り替えるように踵を返して車に戻り、自らの鞄の中から更に一回り小さなバッグを取り出すと、それを抱えて猛烈に駆け出して行った。

――追わなければならないんですよ、私は!

 

※

「なんて事だ……」リトルフラッシュと共に稲妻となって駆け付けたナイトウィングは、思わず声を漏らした。その光景はまるでゴッサムのようで、とても日本のものとは思えなかったのだ。彼はマスクに内蔵しているマイクへ向けて告げる。「プロンプター、博士! すぐに警察と救急をこちらに寄越してくれ! 現場は凄惨な事になっている……!」

「ナイトウィング! どこにもいないよ!?」稲妻となって周囲を捜索していたリトルフラッシュが告げる。「あの子はどこに行ったんだ!?」

「あの子達は、だな。クソッ、一体どうなっているんだ、これは……」

 ナイトウィングは困惑しながら、弾痕だらけの車に残されていたありすの荷物と、その中に埋もれるバットタブレットを見詰めた。救難信号を出しっ放しにし、当人は行方知れずだ。

「ありす、何があったんだ……」ナイトウィングは呟く。

 彼女への通信に対して、未だ応答は無い。居場所を示す発信機は反応が二箇所に点在してしまっている。通信回線を開く余裕がないのかと思い、メインの方であるであるバットタブレットの信号へと駆け付けたのだが、結果はこの惨状であり、ありすの姿は無い。

 二手に分かれて、リトルフラッシュに追跡を頼むべきだったか。ナイトウィングはマスクの下で悔やむが、直ぐに首を振って思考を切り替える。この様子では、救急の到着まで持たない者も出るだろう。

「今はまず、負傷者の救助が最優先だな」ナイトウィングは軽傷者へと応急キットを使いながら、リトルフラッシュに向けて言った。「重傷者を病院に運んでくれ。彼等は君にしか救えない」

 

※

「貴方達は一体何者なんですの? どうしてわたくしを狙ったのですか?」狭い車内で、武装した男達に囲まれ、桃華は正直怯えていたが、それを押し隠して平静を保っているように振る舞い、彼等へと問い掛けた。

「あん? んなもん金だよ金」

 どこからともなく誰かが答える。

「櫻井グループと言やぁ世界的な企業の五本指に入るくらいの名前だ。そこの一人娘とくりゃ、身代金だって一生遊んで暮らせるくらいの額は頂ける」

 そんなはずがあるか。桃華は反射的にそう返しそうになって、飲み込んだ。これまでも誘拐の標的にされた事は何度もあるが、国内でここまでの武装をした集団に狙われた事は初めてである。異常な程の武力を持ってしての行い。その目的にはどこか、単なる身代金目当てでは済まないような何か、気配のようなものが感じられていた。

「まぁ、要求を飲まねぇ場合は人身売買のオークションに掛けてもいいかも知れねぇけどな。額は落ちるかも知れねぇが、それでもいい値が付きそうだぜ」

 舐め回すような視線を感じ、桃華は嫌な汗と共に恐怖を抱いた。この男達の言動には迷いが無い。もしもその必要が出てきた時は、間違いなく行う事だろう。そう感じられたのだ。

――ありすさん……わたくしは一体どうすれば……。

 桃華は思わず、ポケットに忍ばせたありすのキーホルダーを握り締めた。無二の親友が渡してきたそれは、今となっては唯一の心の拠り所となりつつある。

――わたくしも貴女のように勇気を持って、打開せねばなりませんわよね……?

 冷たげなようで人一倍熱い彼女の姿を想い、桃華は小さく頷いた。

――機を図らねば。

 

※

――追い付けない……!

 ありすは泣きそうになりながら、ワイヤーを使って宙を舞った。ブラックロビンと化した彼女は、バットガジェットを駆使してビルの真上を、まるで鳥のように駆け抜けている。

 耳元で喧しく鳴り続ける通信回線の呼び出し音を、脳波の操作でシャットアウトすると、硬いコンクリートの屋上を全速力で走った。

――追い付けない!

 目指す目標は、ドミノマスクのレンズ内にホログラムで投影されたレーダースコープに表示されている光点。つまり、桃香をさらった車だ。だが、如何に直線距離を移動出来るとしても、ブラックロビンの人力と車両の力では大きな差がある。

「追い付けないッ!」

 ビルの上で息を切らして膝を突くと、マスクを外して、目を拭う。悔しくて仕方無かった。

 マスク単体での探知機能の範囲を超えたのか、光点の表示が消失する。やはりバットタブレットを持ってくるべきだったか。だが、あれを置いていかなければきっと負傷者ではなく死体が並ぶだけとなっていた事だろう。だから間違いではないはずだ。そう言い聞かせながらも、ありすは判断に悔み、地面を殴った。

「桃華さん!」ありすは唸るように声を漏らした。「必ず、必ず助けますから……絶対に……!」

 マスクを着け、ブラックロビンは歯を食い縛って立ち上がると、再びグラップネルガンを構えてビルの谷間へと身を投じた。

 

※

 数時間後、櫻井グループ代表の元に、犯人からの要求が送られてきた。

 身代金として三億ドルを指定した口座に振り込む事。また、南米、中東、アフリカの地域に進出している櫻井産業の工場の全てを即時閉鎖し、土地の所有権を売却、現地従業員を全員解雇する事。以上の内容が確認出来次第、子供の身柄は開放する。

 三億ドル、日本円にして約三百億円は、櫻井家の総力を持ってすれば賄える金額だった。三つの地域にある工場の閉鎖と売却、従業員の解雇も、連絡を入れればものの一、二時間程度で全てが完了するだろう。当然損失は大きく、経営は傾きかねないが、桃華の命と引き換えとあっては背に腹は抱えられない。

 問題は、それらを行っても桃華が無事に帰ってくる保証などどこにも無い事、そして一度でも相手に屈してしまえば、要求が更にエスカレートして行くかも知れない事だった。

「それでも、望みがあるのなら……」グループの代表である桃華の父は、焦りを押し隠すような表情に冷や汗を滲ませながら、PCの画面を睨み付けている。

 ここは屋敷にある書斎。彼の目の前に置かれたデスクトップは、自宅での業務に使っていると言う。今はメールのウィンドウの他に、銀行口座からの送金の為に必要な画面が表示されている。警察が相手の口座情報から犯人の身元を割り出そうとしたが、判明したのは存在しない人間と言う事だけだった。

「どうか落ち着いて下さい、櫻井さん。焦ってしまえば犯人の思う壺ですよ」事務所から駆け付けた千川ちひろは、苦しい表情をしながら彼に言った。

 総合プロデューサーのスティーヴ・ロジャースのアシスタント事務員であるちひろは、現在身動きの取れない状況下に居る彼の代理として、事態の確認の為にこの屋敷に赴いて来た。だが彼女は今、こんな言葉を掛ける以外に何も出来ない自分の無力さに嫌気が差していた。こう言う時にこそスティーヴ――キャプテン・アメリカや、彼を始めとするヒーロー職員の力が必要なのではないか。そう電話越しにでも吐き捨てたくもなったが、現在彼等アベンジャーズは、人間の自由と平和の為に、栄光の十一人ライダーやジャスティス・リーグと共同で、南米はバルベルデ共和国でヒドラ党の兄弟組織ショッカーとその同盟組織ゲルダム団の壊滅作戦を行っている最中である。責める訳にも行かなかった。

 唯一日本国内に残ったスパイダーマンに、この危機を知らせて助けを求めたが、彼は彼で仲間達の抜けた穴を補うかのように、街のみならず全国各地をクインジェットで飛び回って、犯罪や災害との戦いに明け暮れているので、全く手が回らないと言う状況だ。果たして、専属取材カメラマンと位置付けられているピーター・パーカーの存在は、一体どちらの取材に付きっきりになっているのか。手一杯な彼の頭の中で、そのカバーストーリーが完成しているのかどうか、その点についてもちひろは不安になった。

 こうなると日本国内に居る他のヒーロー達に助けを求めたくもなったが、生憎と彼等への連絡手段を、ちひろは持ってはいない。社長でありアイアンマンでもあるトニー・スタークが持っているとされる、ヒーロー同士の秘密の回線や連絡先リストの管理は、彼女には任せられてはいないのだ。打診すべきだった、と彼女は強く悔やんだ。

 桃華の父は、先程妻である桃華の母が心労から倒れてしまって以来、目に見えて憔悴していた。そこには、やり手のビジネスマンとしての面影はなく、ちひろの目には、早期解決を望むばかりに敵の術中に陥っているようにしか見えていなかった。若く精悍な顔付きの彼の瞳には、今にも血の涙を流して狂い叫びかねない危うさが滲み出ている。いたたまれなくなり、ちひろはもう一度言葉を投げ掛けた。

「櫻井さん……桃華ちゃんの無事を願うのなら、安易に屈しては駄目だと思います。それに犯人だって身代金目的なら、人質としての価値を下げるような真似はしないでしょうから……」

「えぇ、千川さんの言う通りです、代表。もう一度冷静にお考えを。現在我々警察が総力を上げて捜査しております。お嬢さんは必ず助け出すと約束しますから、今暫く、耐えていただきたい」

 白髪交じりの撫で付けた髪に豊かな髭が特徴的な老齢の紳士――警察本部長の権堂仁が、真摯な声で言った。眼鏡の奥に潜む眼差しは、労りや哀れみの色に混じって、悔しげな怒りを滲ませている。ゴッサム市警本部長ジム・ゴードンと並んで正義の人と名高い権堂本部長は、この武装集団によるテロ紛いの児童略取事件に、強い憤りを抱いているのだ。ちひろはこれまで何度も、一日署長企画等のの打ち合わせの際に彼と話した事があったが、その時に見せた正に紳士然とした穏やかな態度とはまるで違う、この激しい感情の色に、思わず圧倒された。だがその怒りと全く同じものが、自分の内にも秘められている事も、彼女は理解していた。

「すまない、千川くん、本部長……だが私にはもう……」

 桃華の父は、深い溜息を吐くと共に、キーボードを操作しようとした。彼の疲れ果てた心には間もなく限界が訪れようとしているのだ。ちひろは、そして権堂も、止めようと口を開きかけた。

 その時、突如、部屋の電気が全て消えた。そして、月明かりに照らされて、カーテンに何かのシルエットが浮かび上がる。

 一体なんだ、と全員がギョッとしてそちらを振り向く。何故ならここは屋敷の三階で、ベランダ部分はあれど、そこへ至るには垂直でなんの取っ掛かりも無い壁をよじ登り、屋根でも伝ってこない限りは不可能なのだ。だが、そこには紛れもなく誰かの気配がした。

――まさか、スパイダーマン? この窮地を察して助けに来てくれたの?

 ちひろはそう思ったが、頭の冷静な部分がそれを否定した。クインジェットの接近するような音は聞こえていなかったし、何より彼はこんなに小さくもなければ、そもそも電気を落とすよりも早く話しかけているだろうからだ。隣で権堂が反射的に素早く拳銃を抜き、いつでも発砲が可能なように身構えたのが分かった。

「誰だ?」

 権堂が止める間もなく、桃華の父は問い掛けながら、カーテンへと手を掛けた。危険な、とちひろは思った。

 刹那、妙な響きを持った声で返事があった。

「すみませんが、それは開けないで下さい」

「なんだと?」

「どうか、このままで聞いて下さい」

 どこか幼さを感じる声だ、とちひろは思った。女の子の声みたいだ、と言うよりは、そのものか。ボイスチェンジャーのような物の影響でか、少し不気味にも感じるが、そこに敵意があるようには感じない。

「この声は、まさか……」ちひろは、権堂本部長がボソリと呟いたのを耳にした。彼のほうを見やると、手に携えた拳銃が徐々に降りて行くのが見えた。何故だろう? ちひろが思い、問い掛けようとした矢先に、権堂が口を開く。

「代表、不用心過ぎます。お下がりを」

「そ、そうだな……」

 それから、桃華の父は席を立ってちひろや権堂の近くにまで来ると、警戒心を顕にした声で尋ねる。

「君は一体何者だね?」

「悪党の敵、そしてあなたがたの味方です。本当は接触するなと言われたのですが、どうしても伝えたくて」正体不明、謎の闖入者は、落ち着いた声色のままに続けた。「私達には、お嬢さんの居場所を掴めるだけの術があります。彼女は私と仲間達が、必ず無事に助け出します。ですから本部長の言う通り、もう少しだけ冷静に、待っていてくれませんか?」

 その言葉から察するに、会話を聞いていたのだろう。ちひろは、この謎の人物は、その能力を持つ存在なのだと理解した。或いはそう言うテクノロジーか。

「やはり……」

 隣に立つ権堂の呟きが聞こえる。そちらを見やると、暗闇の向こうで、彼も同じように推理の目を向けている事に気が付いた。だがその手には既に拳銃は無かった。どうして、とちひろは思ったが、それを問うべき状況では無いだろうと直ぐに思い直し、黙る。

 桃華の父には充分に思考を巡らせる余裕は無いのか、ただ目の前の存在との受け答えをこなしている。

「そんな事を言われても……顔も見えない相手を信用するのは難しいよ」

「……確かに、その通りですよね」

 謎の声の主がどこか寂しそうに息を吐いたのが分かった。少ししてから、彼女は続けて言った。

「……でも私も、友達とその家族を悲しませるような真似はしたくないんです。どうか、私達を信じて下さい。そして、ヤケだけは起こさないでいて下さい」

 友達? ちひろは思った。彼女が誰なのかを示すヒントになり得るだろう。もう少し会話の中から細かな事を引き出せれば……。

 そう思って口を開こうとした矢先、窓の外に新たな影が舞い降りた。それは背の高い男のような影だった。先に居た小さな影としばし見詰め合うように向き合うと、片腕で抱き抱えるようにしながら、もう片方の腕を上空に掲げる。その手には、何かの器具が握られているように見えた。ガスの噴出のような音がすると、一瞬の内に影は舞い上がり、途端に窓の外から人の気配が消えた。

 部屋に明かりが戻り、全員の目が眩む。

「お、オイ、君!?」桃華の父が慌ててカーテンを開け、ベランダを覗き込むが、まるで元からそうであったかのように誰の一人として姿は無い。「一体なんだったんだ、今のは……?」

 桃華の父がそう独りごちるように呟くと、権堂本部長が彼に向けて言った。

「代表、あの子達を信じましょう」

「どうした突然……? 何故そんな事を?」

 桃華の父が本部長を見やる。ちひろも同じように彼を見た。そしてふと気付いた。

「まさか本部長さん、彼女の……彼女達の事を知ってるんですか?」

「あぁ……」権堂本部長は頷いた。「直接姿を見た事は無い。だが時折、署の屋上で話す事があるんだ。彼らのもたらす情報のお陰で、これまで多くの悪党を逮捕してこれた。大半が既に捕縛されてはいたがね」

 それを聞き、桃華の父が悟ったように言う。

「するとじゃあ、彼女も……」

「えぇ……クライムファイターなんでしょう。まだ幼く若いが、いい師を持つ、ね」

 ちひろは、影の犯罪狩人とも呼ぶべき二人の影を思い出し、ふと呟いた。

「まるでダイナミックデュオみたい……」

 彼女の脳裏には、ゴッサムに居るという世界最高の探偵とその弟子の姿が浮かんで、先程の二つの人影と重なっていた。

 

※

 夜の街を行くマッスルカーがあった。ひと気の無い角を曲がると、その色は黒色から深い青色に、ナンバーも全く違う数字の羅列に変わる。それはナイトウィングの操縦する特殊車両ナイトバードⅡだった。とある白バイにも導入されているウェインテック最新技術マトリクス機能で、ボディカラーやナンバープレートに偽装を施し、各所の監視カメラや敵の追跡への対策としているのだ。

 運転席でナイトウィングがコンソールを弄り、ディスプレイに備えられたマイクへと向けて言葉を掛ける。

「ナイトウィングからファミリーへ。ブラックロビンを発見、合流した。リトルフラッシュは捜索を終了し、パトロールへ移行。プロンプターと博士は引き続き、もう一つの発信機の信号を追跡してくれ」

「……何も咎めないんですか?」ブラックロビンは助手席に深く腰掛けながら、彼に尋ねた。「勝手に一人で行動して、その上、桃華さんのお父さんと接触したんですよ? ちひろさんや権堂本部長も居ましたし……」

「確かに、黙って一人で動くのは良くはないな。彼等と勝手に会うのもね」ナイトウィングは苦笑を浮かべながら答えた。「でも、はやって一人で敵地に乗り込んだりしてないから、まぁ問題は無いと言っておくよ。咎めたりなんてしない」

「未遂だっただけですけどね」

 彼女は冷たい口調で返した。追い付けなかった悔しさと己の力不足に、思わず舌打ちをする。

「だったら、してないのと同じだろうよ」ナイトウィングは優しい顔のまま、彼女に向けて言った。

「それは、そうですけど」

「だから、いいんだよ」

 どこか釈然としない気持ちのままに、ブラックロビンはナイトウィングの横顔を見詰める。すると彼は、ドミノマスクのレンズ越しに視線をやってから、続けて言葉を紡いだ。

「大体、桃華ちゃんのお父さんに会いに行ったのだって理由があるのは分かってるさ」

「……まぁ」

「さしづめ、犯人からの連絡を逆探知して居場所や正体を突き止められないか試したんだろう? バットタブレットを置いていったからハッキング操作は簡易的なものしか出来ないし、接近する必要があるからね。まぁプロンプターに連絡して連携すればいいだけなんだけど……」

「うっ」と言葉に詰まる。

「そこは置いといてあげるよ。あとは身代金を振り込んだりしないように諭したり、と言った所か」

「御見通し、ですか」

「まぁね。それに何より、勇気付けたかったからだろう? それは君の優しさの表れだから、それを無下にするほうが咎められるよ」

「そう、ですか……」

 ブラックロビンは、ナイトウィングのその笑みに少し嬉しくなった。彼は――ディック・グレイソンは、プロデューサーとして、師として、何より兄貴分として、彼女を尊重し、導こうとしてくれる。我の強い自分に呆れ、憤る事もあろうだろうに、それでも見捨てず見放さずに、傍に居てくれる。そして諭す事はあれど、考えや意思と言うものを嘲ったり、頭ごなしに否定したりはしないでいてくれる。その慈悲深い想いに、ブラックロビンは強い敬意と、憧れと、そして好意を抱いていた。

 だがそれを素直に表すにはまだ、弱みを見せたくないと思う恥じらいがあった。そして何より、彼への信頼よりも、もしも軽んじられたらと言う想像上の恐怖が勝ってしまう。故に、ブラックロビンは仮面の内に素顔を隠すように、努めて冷たい声を出し、敬愛する兄であるナイトウィングに向けて答えた。

「まぁ……感謝します」

「別にいいさねな、ありす。それに君だって、そうしていなければ落ち着かなかったんだろう?」

 うっ、とブラックロビンは言葉に詰まる。図星だった。攫われた桃華の事を考えると、気が逸り、いても立ってもいられない思いになる。それは正に桃華の父母と同じ気持ちだったのだ。

「桃華ちゃんのご両親の姿が自分と重なって、黙っていられなくなったんだよな」

 ナイトウィングは、まるで自分の事であるかのようにブラックロビン――ありすの事を語る時がある。それは彼もまた、ブラックロビンの姿に己を重ねているからだと、彼女は知っていた。以前に、彼自身から聞いていたからだ。

「気持ちは分かるよ。同じ立場なら、僕だって同じ事をしてしまうかも知れないし。だから、もしも僕が否定や批判をしたいと思っていたとしても、それは出来ないんだよね」

 マスク越しにも分かる優しい眼差しに、ブラックロビンは頬が熱くなり、緩みそうになる。彼に理解され、尊重されていると分かる度に、胸の内に熱い何かが込み上げてくる。面倒な子だと突き放された時に感じるような、冷たく冷めきった何かとは真逆の、感情の波が。それが滲み出そうになる表情を殺して、彼女はそっぽを向いた。

「べ、別に私は、そんな……ッ!」

「いいんだよ、ありす」

「あ、後! さっきから名前で呼んでますけど……今はブラックロビンですから! 切り替えはしっかりして下さい!」

「そうだな、ブラックロビン」それから思い出したように、ナイトウィングはブラックロビンへとバットタブレットを渡した。「ところで、この緊急時における君の賢明な判断についてだが」

「……なんです?」

「救難信号を出しっ放しにしたタブレットを置いていってくれたお陰で、警護班の何人かの命は救えたよ。アレがなかったら駆け付けるのが遅れて、リトルフラッシュの搬送も、救急への連絡も間に合わなかった……みんな死んでいただろうからね」

「そうですか」受け取ったタブレットを抱え、ブラックロビンは答える。「それなら、良かったです……。決して完璧ではありませんが」

「この仕事では、必ずしも皆を救える訳ではないと、前に学んだろう? 悔しいだろうが、仕方がなかったんだよ」それと、とナイトウィングは切り替えるように続ける。「自分も襲撃されていながら、しっかり桃華ちゃんへ発信機を持たせた事も素晴らしいよ。咄嗟の判断としては最高だ。お陰でプロンプターと博士の仕事が捗ってるよ。もう間もなく桃華ちゃんの居場所も掴めるはずさ」

 ブラックロビンは、頬に熱を感じながら返す。

「私だって、もしもの可能性ぐらい考えて行動してますから。だって桃華さんは……私の大事な親友なんです。掛け替えの無い……」

「じゃあそれを彼女に直接伝えられるようにしようか。きっと……いや、絶対に喜ぶさ」

 その場面を想像し、ブラックロビンは気恥ずかしさに、視線を再び窓の外へとやる。そして、その日を迎える為にも、今この時に全てを捧げねばと思った。

「必ず助け出す……絶対に……無事に……」

 それから暫くの沈黙の後、ナイトバードⅡが五十二番通りに差し掛かった時、ディスプレイに内蔵されたスピーカーから呼び出し音が響き、ページの捲れ上がった本のようなマークが映し出された。続いて、美しい響きを持つ落ち着いた女性の声が流れ始める。

『プロンプターよりナイトバードⅡへ……』

「こちらナイトバードⅡ」ナイトウィングより早く、ブラックロビンは応答した。「どうしました、プロンプター?」

『桃華さんの居場所を特定しました』

「本当ですか、文香さん!?」思わずプロンプターの本当の名前――鷺沢文香の名を呼び、ブラックロビンはハッとして言い直す。「じゃなくて、プロンプター」

『えぇ……あなたの発信機のお陰ですよ、ブラックロビン』プロンプターは穏やかな声色のままに続けた。『今、そちらに座標を送信します……』

 ディスプレイにデータ受信の表示がされると共に、ブラックロビンのマスクとバットタブレットにも同じく受信のサインが表れる。ナイトウィングがコンソールを弄ってマスクの簡易ホログラムモニターと同期したのと同じ頃合いに、ブラックロビンはタブレットでそのマップデータを開いた。

 ディスプレイのマークがロボットの顔のようなマークに切り替わると、スピーカーから、プロンプターとは違う、幼いがどこか老成しているような少女の声が響いてくる。

『あー、私だ。博士だ。ウォッチタワーの監視システムを利用し、隣県を含む広域のスキャンで観測していた所、断続的に移動していた信号がここで停止した。かつての商業区域にある古いビルの中だ』博士――池袋晶葉が冷静な声色で続けた。『恐らく敵はセオリー的に見て、追跡を撒く為のルートを通っていたのだろう。そして追手の気配が無いと分かり、アジトに帰還した。つまり、ブラックロビンの仕掛けた発信機の存在には気付いていないと言う訳だな』

「ふむ……よくやってくれた、プロンプター、博士」ナイトウィングが微笑みながら言った。「それにブラックロビンも」

 ブラックロビンが再び頬に熱を感じる中、彼は一人納得するように頷き、そして口を開いた。

「よし、では次のステップに移行しよう」

 

※

 ナイトバードⅡは薄暗い路地に入って停車した。ナイトウィングとブラックロビンは降車し、通りの向こうにある建物を見やる。

「……あぁ。僕らはこれからこっちに集中する事になる。君一人に他を任せることになるが、頼んだぞ、リトルフラッシュ」

『任せてくれ。その代わり、二人とも必ず桃華ちゃんを無事に連れて帰ってきてくれよ! 絶対だぞ!』

「あぁ、約束するよ、光」

 リトルフラッシュ――南条光へとそう告げると、ナイトウィングは通信を切る。

 ブラックロビンはナイトバードⅡのトランクを開き、ガジェットボックスを起動すると、無線に向けて言った。

「プロンプター、こちらブラックロビン。現在位置は、目標地点の二ブロック南の路地。接近に向けて待機中。バットドローンの展開準備をお願いします」

 バットタブレットにプロンプターのマークが映る。

『ブラックロビン、こちらプロンプター……了解しました。先行して現地を偵察します』

 ナイトバードⅡのハッチが開き、黒色の小型ドローンが宙へと躍り出ていった。蝙蝠か鳥のようなそれは、音も無く空を駆け、目標の廃ビルへと近付いて行く。

 しばらくして、プロンプターが落ち着いた声で言葉を発した。

『スキャン、完了しました……。読み取れた内部構造と生体反応を送信します……』

 ややあって、二人の視野の左下に、半透明の立体モデルが現れた。ドミノマスクのレンズに投影されたホログラフィーだ。マスクのシステムが脳波を受け取り、モデルを拡大する。

 七階建ての小さなビル。都市化の進み始めた頃に建てられたそれは元は商業ビルだったようで、各フロア毎に四つの店舗スペースが設けられるように、予め柱と壁で区切られている。二階と三階に人型の熱源反応が幾つも見え、その内の小柄な一つがある位置から、救難信号を示す光が発せられていた。

 より多面的に分析する為、ブラックロビンはデータをバットタブレットに移送して操作しながら、ナイトウィングと共にマップを眺めた。

『建設から多くの時間が経っていますから……現行の耐久基準を満たせていない上に、各部の老朽化が著しいですね……。現在建物内に居るのは、武装した誘拐犯の一味と……そして桃華さんだけ……。この辺りの住人は、建物の封鎖にしっかりと従っているようです……』

「あるいは乱暴者に追い払われたか。いずれにせよ、無関係の人間を巻き込まずには済みそうだな」

 そう答えるナイトウィングに向けて、ブラックロビンはタブレットの画面を指差して問い掛けた。

「劣化した材質の耐久力を考えると、私達のガジェットでも簡単に壊れてしまいそうですね。建物自体の倒壊の危険性もありますから、威力を調整する必要がありますね」ブラックロビンの中には、桃華を瓦礫に巻き込み、犠牲にしかねないかと言う懸念があった。犯罪者の連中が死ぬ事も嫌な気分になるが、もしも親友がと思うと怖くなる。「でも、加減さえしてしまえば……」

「そう、その通りだ」ナイトウィングは、ユーティリティベルトから幾つかの爆破用ガジェットを取り出して言った。爆破ジェルやボムバーダランと並んで手に取られたそれは、爆発の威力に指向性を持たせた、衝撃集中爆弾だった。密閉された室内でも、正しく爆破面を吸着させて使用すれば、人員の負傷を最低限にして壁だけを破壊する事が可能な代物だと言うのを、以前に開発者のルシアス・フォックスから聞かされていた。その爆発力は、事前のスキャンさえあれば壁を崩しつつも建物自体の倒壊にまでは至らないように調整する事が可能である。

 ナイトウィングは爆弾に取り付けられた調節用画面を操作しながら言った。

「奇襲が可能だ。敵を欺き、威圧し、恐怖に陥れる事が出来る。後はその混乱に乗じて行動すればいい」

「武器は道具だけではなく、恐怖そのものである、ですね」

「そうだ」ナイトウィングは頷き、ブラックロビンに向けて続けた。「恐怖を与えられれば隙が出来る。隙を突く事が出来れば動きを封じられる。動きを封じられれば……」

「私達の自由が増える。後はそこにいかに自分の強みを持ってくるか、ですね」

「その通りだ。見ろ、ここの廊下。柱はまだ丈夫だが、壁材が腐っている。それに天井の照明も千切れかかっている。この二人の見張りはそれを知らない。衝撃集中爆弾か爆破ジェルで壁ごと衝撃を与えれば、混乱を起こさせ怯えさせられる。バーダランで照明を落とせば、意識を逸らして注意を引ける。その後は……恐怖を用いての鎮圧(フィアーテイクダウン)が可能だ」

「では……ここの床も罅割れてますよね? これも爆破で足元を掬えるのでは?」

「流石だ、いい目をしている。そうだな、これも後は同じだ」

「よし……」ブラックロビンは急いでトランクからボム系ガジェットを取り出し、ポーチの中へ追加する。だが、敵の脅威を思い出すと、手持ち分ではまるで足りないような気がしてきて、満杯になってもまだ詰め込もうとした。その手をナイトウィングが止める。

「待て、それくらいでいい。陽動は僕がやるからさ、君には別の役目を任せたい」

「え、でもナイトウィング、それだと……!?」

「君にはヒーロー役として、囚われの姫君を救い出して来てほしい」戸惑うブラックロビンを尻目に、彼は続けた。「いいかい? 敵の数は多い。二手に分かれなければ、囲まれて叩かれるか、最悪の場合は桃華ちゃんを盾に取られて殺されるだろう。だから僕が注意を反らしている間に、君が勝負を決する。そう言う事だ」

 確かに、その通りだ、とブラックロビンはスキャン画像を見て思った。必ずしもダイナミックデュオをデュオのままで運用する必要は無い。折角二人いるのだから、時には二手に分かれるべきなのだ。

「言う通りですね……。分かりました、私が救います」

「よし」ナイトウィングは満足そうな笑顔で頷くと、タブレットを示す。「僕は下の階から仕掛ける。君は上から侵入してくれ。移動にはダクトだけじゃあなく、天井裏や壁の裏も利用しろ。君の体格なら、そう言った隙間を有効活用出来る筈だ」

 スキャン図を示しながら告げると、ナイトウィングはマスク越しに彼女の目を真っ直ぐ見詰め、そして案じるように言った。

「そして最後に……いいかい? 最優先事項は桃華ちゃんを確保して君達二人で無事に脱出、家に帰る事だ。それ以外の事は後回しでいい。たとえ僕が危機に陥ろうとも、だ。分かったな?」

「……はい」

 ブラックロビンは、ナイトウィングの自己犠牲的な性格に、言い様のない思いを抱いた。弱い人々のみならず、サイドキックである自分を守る為なら、彼は己の身がどんなに傷付こうが危険に晒されようが構いはしないのだ。その点に憧れ、感謝し、敬愛を抱く事もあるが、負担を抱え込むようにして苦しむ姿には、心苦しさも感じていた。それはまるで、実の両親に抱いている感覚と良く似ているような気がした。ブラックロビンは、自らの兄貴分の目をジッと見据え、真摯な声で言った。

「だったらあなたも、絶対に無事で帰って来てくださいね……ディックさん」

「僕が心配だったら、手早く片付けてくれると助かるよ」ナイトウィングは皮肉っぽく言ってから、ブラックロビンと目線を合わせるように屈んで、微笑み掛けながら続けた。「大丈夫さ。大事な妹分が立派に成長して素敵なレディになった姿を見るまでは、決して死にはしないよ。約束するよ、ありす」

 頼もしさと優しさの同居した眼差しを受けて、ブラックロビンはマスクを着けていて良かったと思った。頬に熱が集まるのを感じたからだ。仮面が表情を隠してくれているお陰で、平静を装っていられる。

「約束、しましたからね」

 彼女が頷き掛けると、彼も頷いて返した。

「よし、では……始めるぞ!」

「はい!」

 それを合図とするように、二人は行動を開始した。

 ブラックロビンは傍のビルへと、グラップネルガンで駆け上がる。視界の端でナイトウィングが目標地点へと移動を開始するのが見えたが、直ぐに影と同化して見えなくなった。バットマン仕込みであり、彼が独自に進化させた潜入術が、今発揮されつつあるのだ。

 それを受け継いだブラックロビンは、ビルの上を跳ね跳びながら、目標地点へと近付いて行く。その姿は、翻るケープも相まって、さながら小鳥ではなく、闇に舞う蝙蝠のようである。

 ブラックロビンは目的地ビルに隣接する、同じ高さのビルの頂上に辿り着くと、マスクのナイトビジョンを起動する。

 三階の非常口に繋がる外階段には、事前のスキャン通り、扉の周りで紫煙を燻らす見張りの姿が二人程見えた。直接乗り込めば乱闘騒ぎになるのは間違いないし、死人が出るだろう。それは勿論、相手に、である。

 ブラックロビンは二点間を繋いで直線移動できるガジェット・ラインランチャーを取り出し、それを使って二つ上の五階外階段へと着地、ワイヤーを回収すると、手摺りを乗り越えて四階部分へと素早く移動した。

 足音は、自らの脚の柔軟性とタクティカルブーツのソールで最小限に抑えたが、しかし完全に消え去るものでもない。彼女は耳を澄ませて、少し様子を窺った。幸いにも、階下の連中に気付かれた気配はない。ブラックロビンは身を低くして音を殺しながら歩き、室内へと侵入した。

 非常口は廊下に繋がっており、この階には敵性反応が無いのは把握済みなので、彼女は駆け出し、階段の踊り場まで進んだ。息を殺して階下の様子を窺う。途端に、ツンと鼻を突く煙草と酒の臭いがして、次いでうろうろと歩き回る影が四つ程見えた。手持ち無沙汰になった連中が、歩哨と称して暇を潰しているのだろう。戦いの動きこそ訓練されてはいたが、彼らの持つその意識は、まるで野盗のそれに近いと思えた。

 しかし、野盗崩れとは言え脅威には変わらない。ここを素直に進めば、間違いなく大立ち回りを演じる羽目になって、侵入が気付かれてしまう。

 ブラックロビンは四階に戻り、天井板が抜けて空いていた穴を利用して、闇の巣食う裏の空間へと駆け上がると、ダクトを探してそれに入り込み、階下へと降りた。

 ダクト内で停止しているファンをくぐり抜けながら分岐に従って、三階天井裏に侵入。レンズのモニターに示される救難信号の反応を追って進みながら、所々に設置されている吸排気高や口を開けている亀裂を見つけると、バットタブレットに搭載されているスネークカメラを覗かせて通路の様子を窺う。

 中央の、各部屋の前を通る通路に、二人の警備が互いをカバーするように歩いている。しかも、彼らに少しでも騒がれようものなら、階段付近に集まっている輩がすぐ様駆け付けて来る距離にある。これを退けるには一度に全員を相手しなければならないだろうが、そうすれば潜入に気付かれて桃華の命に危険が迫るだろう。かと言って無視して救出に向かえば、この連中が増援として雪崩れ込むのも明らかだった。

 ナイトウィングが囮を買って出てくれた事に感謝を抱きながら、ブラックロビンは信号の出ている部屋の上へと移動した。

 覗き込んでまで様子を伺える程の場所が見当たらなかったので、ブラックロビンはスネークカメラを伸ばし、天井板の亀裂から覗かせた。

 暗く埃っぽい部屋が映った。スキャン機能で映像を鮮明にすると、誘拐犯の何人かがうろついているのが見える。ピリピリと空気が張り詰めるかのようなその動き方は、他の連中とは違い、実によく訓練されて統制の取れている傭兵集団のように思えた。ドアや窓からの侵入には即座に反撃しつつ、撤退が可能なように、死角を互いにカバーしている。その練度の高さと緊張感の強さは、人質の監視を担っているからなのだろう。

 彼らのいる部屋の隅に、壊れかけたソファーがあり、その上に、手足を縛られた状態で縮こまるようにして座っている桃華が居た。

 彼女の手の内に、自らが渡したアクセサリーがあるのが確認出来た。あの苺のアクセサリーこそが発信器なのだ。何らかの要因でバットタブレットの救難信号や通信、携帯電話等が使えなくなった緊急時に備え、日常的に身に付けていられるようにと、彼女自身がナイトウィングや博士とで作った自慢の逸品だ。強く握り締める事でスイッチが入る。不安の中にいるであろう少女、そして何より親友にお守りとして渡したのだから、起動しない訳がなかった。

 だが、その桃華の姿を見詰めている内に、そうした冷静な思考は消え去りそうになった。

 普段はあんなに強く気高く優しい桃華が、今は年相応に怯える子供になっている。今まで全く目にした事の無い、想像すらした事の無いその姿は、まるで正しく哀れなヒロインのように映り、ブラックロビンは酷く後悔の念を抱いた。自分がもっとちゃんとしていれば、こんな目に遭わさずに済んだのに。

「ナイトウィング、こちらブラックロビン。信号の位置に到着。桃華さんを確認しました。敵の数が多いです。そろそろお願い出来ますか?」

『了解。それじゃあ、開演の合図と行くかね』

 

※

――壁裏、仕掛けた。天井板、仕掛けた。歩哨の背中にも仕掛けた。さぁて、派手に行こう。

 ナイトウィングは、ブラックロビンと同じく天井裏に潜んでいた。そこは歩哨の休憩所のようになっている部屋の真上だ。十人以上の男達が酒や煙草で盛り上がっている。彼はニヤリと笑いながら機を窺う。

 一人、新たに入ってきた。そこが狙いだった。ナイトウィングは手に握ったスイッチをカチリと押し込んだ。

 途端、仕掛けられたガジェット達が一斉に起動し、壁が弾け、天井や照明が落ち、入ってきたばかりの男が即時硬化性拘束ムースで首から下を覆われた。

 ナイトウィングは、混乱の中に陥る敵歩兵達の内の一人を踏み付けるようにして、その徒党のど真ん中へと突入した。衝撃に慄いた男に急接近して喉元を掴み、床に倒す。次いで、低い姿勢の後ろ回し蹴りで、その隣の男にいる男の膝関節を砕き、それから正面に見えた男の顎を殴って意識を飛ばした。

「敵襲だ!?」

 声が響き、すぐさま銃器を構える気配がした。ナイトウィングはバーダラン・ウィングディングスを二つ投擲して腕と銃口に突き刺し、無力化する。続けてエスクリマスティックを両手に抜き放ち、ナイフを持って迫ってきた男達を二人、殴り倒した。

「ナイトウィングだ! 奴が来……」

 ゴッサムで仕事をした経験があるのだろう男を、顔面にスティックを投げ付ける事で無理矢理黙らせ、跳ね返ってきたそれを掴んで構えながら、ナイトウィングは笑う。

「どうも、敵襲だよ。ほら掛かって来な」

「五人以上やられてる! 応援を寄越せ!」

 誰かが無線で連絡をしている。あえてそいつは倒さない。掴み掛かってきた男の腕を躱して脇に入り込み、ボディアーマーの上からスティックで殴って怯ませる。

――そうだ、それでいい、早く呼べ。さぁ、どんどん来い。

 無線を聞き付けてか、階上から慌ただしく走り来る足音を感じ、ナイトウィングは言った。

「楽しくなるぞ」

 

※

 遥かな下で何かが炸裂する音が聞こえた。悲鳴も微かに響いている。ナイトウィングの陽動作戦が見事に敵を翻弄しているようだ。

 その余りの衝撃に、ブラックロビンの足下にも動揺が走る。カメラの映像には、ボスと思われる男――その身のこなしから、彼女がありすだった時に、ナイフを首に突き付けてきた男と同一人物に思える――を一人残して、味方の救援に向かうのであろう連中が、大慌てで走り行く姿が映っていた。後を追うようにして観察すると、通路の人員も引き連れて、階段付近に展開しているようだった。

『どうだ!? 行けそうか!?』

「えぇ! 充分にッ!」

 遥か下から渡る銃声と悲鳴、爆発音、そして微かな衝撃を感じながら、ブラックロビンは前転するようにして勢いを付けた両足で板材を突き破り、部屋の中へ突入した。

「な、何だ!?」

 無線で状況を確認しようとしていた誘拐犯のボスに、ブラックロビンはグラップネルガンによる飛び蹴り――ジップキックで仕掛ける。桃華の事を考えて、敢えてスモークもフラッシュも使わなかった。真正面からの勝負、だが以前とは違う点が一つある。今の彼女は橘ありすではない。クライムファイター・ブラックロビンなのだ。マスクを着けて強くなった彼女は、その力をフルに活用できる。

 ブラックロビンは怯んだ男の胸板を蹴って宙返りし、着地と同時に得物であるロッドを伸ばすと、敵の両手に握られている銃と無線を叩き落とし、素早く鳩尾を狙い、突く。

「て、てめぇ、いってぇ何モンなんだ……!?」

 呻き、舌打ちしながら後退る男に対して、ブラックロビンはボイスチェンジャー越しの声で答えた。

「貴方のような悪党をぶちのめすのが役目の者ですよ」

「ふ、ふざけんなクソガキがぁッ!」

 誘拐犯のボスがナイフを抜く。構えは、まるで正規軍の訓練でも受けたかのように隙がなく、密林のハンターのように熟練している事が伺える。しかし、この場においての狩人は彼ではない。彼女だ。ブラックロビンは犯罪狩人として、目の前の獲物を狩りに向かった。

 正面切っての戦闘には分が悪いと思われがちだが、ブラックロビンの棒術、杖術は大の男を殺せるだけの力を持っている。素早い叩きと突きでナイフの間合い外からその刃を砕くと、身を回した遠心力を活かした打撃を肩口にぶち込んだ。

 男が呻き、後退り、砕けたナイフを取り落とす。

「てめぇ、その戦い方ぁ……まさかロビンか!」

「今更気付いても遅いですよ」ブラックロビンはそう言うと、背後に居る桃華へと瞬時に振り返って手を伸ばし、タイラップによる拘束をバーダランで素早く切った。

 男が舌打ちし、吐き捨てる。

「しまった……それが狙いか」

「それも今更です」

 ブラックロビンは桃香を庇うようにして構え直した。

「貴女……」桃華が問い掛けてくる。「一体……?」

「ブラックロビンとでも呼んで下さい。それより今は……桃華さん、合図をしたら逃げますよ。いつでも準備しといて下さいね」

「その言い方……」

 桃華が何かを悟ったように呟くが、続きは聞けなかった。男が攻撃を仕掛けてきたからだ。当然ながら逃がすつもりなど無いのだろう。組技で制するつもりか、掴み掛かるようにして男は迫る。

 ブラックロビンは再び鳩尾を狙って突くが、矢張りそのダメージは想定を下回っていて、軽く怯む程度だった。感触からするに、服の下のボディアーマーによって胴への打撃が軽減されてしまっているのだ。

 腕関節を打ちに狙うが、それは既に警戒されていた。ブラックロビンの攻撃を巧みに躱し、男は肉薄する。

 体格的に下段気味となるフックが迫る。ダッキングで躱し、ブラックロビンは脇に回る。肘打ちが来るが、床に突き立てたロッドでカウンターのようにブロック。怯んだ瞬間に中段回し蹴りで膝裏を狙って反撃するが、それより速く足を引き上げられて半歩下がられ、構え直される事で、僅かに掠める程度だった。

 このままでは長期戦となりそうだ。そうなれば、スタミナの問題で敗北しかねない。

 仕方無い、とブラックロビンは、掴み掛かってくる動きをロッドで捌き、屈み込んでいなしながら思った。使うしか無い。

「桃華さん、息止めて下がって!」

「えっ!?」

 言うが早いか、ブラックロビンはスモークペレットと共に、衝撃集中爆弾を男の足元に投じた。スキャン時にバットタブレットで設定しておいた威力が発揮される時が来たのだ。

 炸裂音の後、辺りに濃い煙が充満する。同時に、男の足元の床が一段沈み込む。階下にまでは落ちないとは言え、その落下は姿勢を崩させるには充分だった。

 呻き、噎せ込む声が響く中、ケープで口元を覆ったブラックロビンはサーモレンズで男を見付け出すと、床に突き立てたロッドの勢いで飛び掛り、横っ面を蹴った。着地すると、短く持ったロッドで喉を突く。苦しみ喘いで暴れる腕を潜って躱しつつ、アーマーを貫くように胴へとワンインチパンチを入れ込む。俯いた男の鼻っ面に縦拳叩き込んで後退らせてからの、仰け反った体の真正面から、止めと言わんばかりに、振りかぶったロッドを袈裟懸けに叩き込んだ。これがブラックロビン流、フィアーテイクダウンだ。

 煙が薄くなり、やがて室内の全景が見渡せるようになると、そこには崩れた城のように倒れ、痙攣を繰り返す男と、それを見下ろすブラックロビン、驚きながら辺りを視線を巡らす桃華の姿があった。

「さぁ、脱出です。ご両親が心配してますよ」ほぼ無呼吸状態で戦っていたブラックロビンは、激しく息を切らしていたが、努めて笑顔を作って桃華に向かうと、へたり込む彼女に手を差し伸べた。「家に帰りましょう」

 桃華は素直にその手を取ろうとしていた。しかし、刹那の瞬間に血相を変えて声を上げ、ブラックロビンの事を抱えて転がった。

「危ないッ!」

 ブラックロビンは一瞬何が起きたのか分からなかったが、直ぐに理解する事が出来た。あの時と同じ状況なのだ。倒したと思った相手が未だ意識を保っていた。そして……

「次はわたくしの番ですわよね、ありすさん!」

 桃華は彼女が起き上がるよりも早く動いて、そしてまるで地獄から再び舞い戻ったかのような状態の男へと接近すると、あの時と同じように関節を極めて顔面を床へと叩きつけた。最後に、汚れた赤いヒールブーツでの踵落としを食らわすと、男は完全に意識を失ったようで、血の泡を吹いて伸び切ってしまった。

「大丈夫。わたくしだって死なせない加減くらい出来ますわ!」不安になったブラックロビンが脈拍を測る中、桃香が自慢気に言った。そしてその通り、男にはまだ息があった。

「良かった……貴女の手を汚さずに済んで」

「まぁ、足なら汚れてますけれど」

「そんな軽口が叩けるなら充分ですね、桃華さん」安堵の溜息を吐いた後、ブラックロビンは続けて言った。「さぁ今度こそ……家に帰りましょう」

 

※

 桃華が謎の集団に拉致され、これまた謎の集団によって救出されてから、二日が経った。心身に異常も無く、健康であるとの医師の判断と、本人の強い希望で、彼女は仕事へと復帰していた。

 拉致の件はゴシップ誌への流出こそ防げなかったものの、公にはならずに済んでいた。これも桃華本人の希望であった。もしもこの問題が大きく社会で取り上げられていたら、スターク社や櫻井グループ、そしてそれに関わるヒーロー達へのバッシングの良い火種となってしまう。故に、彼女の遭ったこの事件に関しては、所属アイドルですら知らされていない者も居るくらいだった。

 

※

「それじゃあ行くけど……この前は本当にゴメンよ。僕が手一杯になってた所為で……」

 宵闇に包まれた櫻井家の屋敷。

 桃華の自室、そのベランダで、スパイダーマンが彼女へと言う。彼の声は疲れ切ったもので、負い目もあってか、まるで元気が無い。彼はここ最近、帰国したキャップらからの頼みで、念の為の見回りとして桃華の様子を見に来るようになっていたのだ。他にも彼は、同様に財政界に影響を及ぼしそうなアイドルや人員の見回りを行っている。

「本当なら僕が行かなくちゃあいけなかったのに」

「もう! 何度も言いますけれど、スパイディの所為じゃありませんわ! あんまり自分を追い詰めないで下さいまし」

「……努力するよ。それじゃあ、おやすみ!」

 スイングして夜の闇に消えていく、赤と青の後ろ姿を見やり、それからしばらくして、桃華は暗がりへ向けて屋根の上の暗がりに向けて言った。

「もうよろしいのではなくて?」

 音も無く、一つの影が舞い降りる。黒い衣服に束ねた髪をした、ケープとマスクのクルセイダー。それは桃華の記憶に色濃く鮮明に刻まれている。

「今晩は、桃華さん」ボイスチェンジャーの響きが声に掛かっている。「よく黙っていてくれましたね」

「正体を明かしたくないからそんな格好をしているのでしょう?」

 桃華は微笑みかけながら答えた。彼女にはある予感がしていた。それは仮面の内の正体だった。

「ブラックロビン……でしたわね、その姿」

「えぇ」

「でも本当の姿は……ありすさん、貴女ですわね」

「……流石は桃華さんですね。伊達にユニット組んでない……」マスクを外すと共にボイスチェンジャーが消え、彼女――橘ありすそのものの声となる。「ナイトウィングの言う通りですね……姿を晒すべきじゃ無いって言うのは」

「何故ですの? わたくし、口は堅いほうですわよ?」

「秘密を守り通せる人間はいません。口を堅く閉じても……と、フロイトも言っていましたから」

「だとしても、わたくしの全身からは絶対に裏切りを滲ませはしませんわ。何故なら、一片たりともわたくしの親友を裏切るつもりは有りませんもの」

 笑いかけると、ありすもまた微笑みを返した。

「知っていますよ、それくらい」

 それから二人は、まるで普段のように笑い合った。

「そのスーツも、似合いますわね」

「サブミッション、上手ですよね」

 そして、互いに抱き締めあった。

「守りきれなくて、すみませんでした……桃華さん」

「いいのです、ありすさん。助け出してくれたのですから」

「必ず助けますよ、私の掛け替えの無い……親友なんですから」

 その言葉を聞いて、桃華は今、ようやく心の底から彼女と親友になれたような気がした。秘密を黙っていた事を怒るような気持ちも無くはないが、それ以上の感情が彼女の胸を満たしていたのだ。

「感動の場面だが、お邪魔するよ」

 突然掛けられた声に、桃華はビクリと身を竦ませる。これまたボイスチェンジャー越しの、男の声だ。

「誰ですの!?」

「僕さ」

 屋根の上から、背の高い、青い鳥のエンブレムの男が現れた。

 ナイトウィングだ、と桃華は思った。ゴッサムはバットマンの一番弟子で、かつてはタイタンズを率いて戦っていた、あの男だ。その活躍は、両親と共に渡米する度に、アーカイブやコミックとして見聞きしていたので、良く知っている。サイドキックの集団だったタイタンズは、子供の自分にとっての憧れの一つでもあったのだ。

 その顔に着けたドミノマスク越しに、優しい眼差しが見える。そして何かを言う前に、それは当人の手によって外されていた。

 ナイトウィングだった男が髪型を変え、真正面から見詰めてくると、桃華は仰天して声を上げた。

「Pちゃま!?」

「やぁ。今晩は、桃華ちゃん」ディックは何時もと変わらない穏やかさのままに言う。「君には正体を明かしたほうが早い。ありすに気付いたのなら、僕にもいずれ気付くだろうからね」

「いえ、全く見当もついておりませんでしたわ……」

「いずれの話さ、いずれの」

 ディックの言葉に、確かにそうなのかも知れないと桃華は思い、苦笑した。あの事務所の事だ、アイドルの中にヒーローが隠れていたって違和感は無い。何時かその事に気付く日が来ても可笑しくはないだろう。

「近い内に僕らのケイヴに招待するよ。そして全てを説明する。それまでは、ここだけの秘密で、ね?」

 ディックは自分を含めた三人を示して苦笑すると、口の前に人差し指を置いた。

「わ、分かりましたわ」

 戸惑いは拭えないながらも、桃香も頷き答える。その秘密が彼等を守る力となるのだ。

 ディックは満足げにサムズアップをすると、マスクを着けてナイトウィングに戻り、銃型の器具を取り出してありすへと言った。

「さぁ、ブラックロビン、事件発生だ。五十二番街の銀行に強盗が入った。だがアベンジャーズもスパイダーマンもリトルフラッシュも手一杯らしい」

「行きましょう、ナイトウィング」ありすもブラックロビンに戻り、同じ器具を取り出して構える。「言いたい事は言えました」

「言いたい事って?」

 桃華は悪戯っぽく尋ねた。だが答えにはもう気が付いている。

「言わなくても分かるでしょ?」ブラックロビンも悪戯っぽく答えた。「私達なら」

 そして二人のクライムファイター、ダイナミックデュオは夜の闇へと躍り出ていった。

 桃華は、親友の無事を祈りながらも、その勇姿が見えなくなる迄空を見詰め続けた。

 

※

「言えて良かったな」

「えぇ……そうですね」ナイトバードⅡの助手席で、ブラックロビンは心底思いながら言う。「時には、素直に気持ちを伝える事も大事なのかも知れません」

 今まではこらえる事ばかりに固執しすぎていたのかも知れない。耐える事が一人前の条件だから、と。しかし、それでは辛くなるばかりだった。己を痛めつける者を一人前と呼びはしないはずだ。それに、想いを伝える事が出来なければ、何がアイドルなのだろうか、何が歌なのだろうか。自分の夢や未来にとって、利になる経験を積むべきだ。ブラックロビンのマスクの中でありすはそう思った。

「私、この気持ちを活かせそうです」

「それは今からかい?」

 ナイトウィングが嬉しそうに言う。ブラックロビンはハッとして、それから顔を背けて答えた。

「仕事において、です! 今すぐは……まだ少し我慢します」

 

※

 米国のとあるビル。巨大なLの文字が掲げられたそこは、レックスコープと名付けられている。

 最上階、Lの頂点にある展望フロアには社長室が在り、そこに大抵の時間、社長であるレックス・ルーサーはいた。

 陽の光で禿頭を照らしながら、彼はPCのオンライン通話を行っている。

「そうか……奴らは捕まったか。アナトーリ・クナイゼフの愛弟子達となれば惜しいものだが……まぁ良い、代わりはいる。次の手段に出るだけだ。……全く櫻井の奴め、発展途上国の労働者を独占するような真似をしおって……何が人道的な雇用だ、馬鹿らしい。オイ、我が社の兵器開発工場はどうなっている? ……何? 連中は使い潰しの利く安い労働力どもだろう? 言う事を聞かせれば……」

 その時、突然、展望フロアにガラスの砕け散る音が鳴り響いた。何者かの侵入があったのだ。

 レックスは溜息を吐いてPCの電源を切ると、社内通話を使って連絡を取る。

「私だ。警備員は全て社員の避難誘導に当たらせて、下がらせろ。……いや、邪魔なだけだ。私自身が相手をした方が手っ取り早い」

「そうだろうな、ルーサー!」扉が粉微塵に弾け飛び、野太い男の声が響いた。「だが私達には決して勝てんぞ!」

 胸に希望の光を抱く、朝日の男。そして、胸に恐怖の証を抱く、宵闇の男。世界最強(ワールズファイネスト)。スーパーマンとバットマンがそこに居た。

 バットマンが静かなる激怒を醸しながら、身構えて言った。

「傭兵を使い櫻井グループ令嬢櫻井桃華を拉致し、代表を脅す事で各国の工場を撤退させ、そうして発生した多数の失業者や貧困層を低賃金で雇用して兵器産業に利用する……。まどろっこしい貴様のやり口もここまでだ……ッ!」

 スーパーマンもまた、哀れみを含みながらも、怒りの感情を向ける。

「自らのアーマーや武装の為に子供や弱い人々を利用しようとするなど……地に落ちたな、ルーサー!」

 レックスは椅子に座ったままに笑い声を上げると、肘掛けに隠して設置してあるコンソールを弄くり、緑色の光を放つ強化外骨格に身を包んだ。クリプトナイト駆動のアーマースーツだ。

 ワールズファイネストが各々の構えをとる。

「昔のように、刑務所に叩き込んでやるぞ!」

「いや、アーカムにブチ込んでやる……ッ!」

 二人の最強を前に、ルーサーはデスクを跳ね飛ばして、肩部のキャノンからビームを放ちながら突撃した。

「やれるものならやってみろ、ヒーローッ!」

 

 数分後、半壊したレックスコープに多数の警察車両が殺到し、翌日のデイリー・プラネット誌にはこう記された。

『世界最高のお手柄! レックス・ルーサーまたもや逮捕!』

 

 

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