CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!!   作:グレイソン

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数年前にオチが思い付かなくて書くのやめてた奴

スランプで上手くまとめられてない

その内書き直すかも


頑張れローガン

 ある日の朝。住宅街の外れにある平屋の居間で、ローガンは出勤時間までを、葉巻を吹かして新聞を読みながら過ごしていた。

「ねぇ、ローガン」彼に少し遅れて起き抜けてきたX-23こと義理の娘ローラが、寝癖頭と寝間着姿のまま、無愛想な声色で投げ掛けた。

「ん? なんだ、ローラ?」

「昨日言うの忘れてたんだけど」寝惚けも入り混じって、より冷徹そうに見える眼差しを受けて、ローガンがやれやれと新聞を脇において返すと、ローラは彼を見下ろす形のままに続ける。「最近、ローガンのにおいがキツい、って事務所のみんなから言われたんだった」

「なッ!?」

 くわえていた葉巻が胡座をかく足に落っこちて、皮膚細胞を焼き焦がすが、ローガンは娘の衝撃的な発言に驚き、何も感じなかった。超回復能力が働く痛みも、彼の意識を引き戻すまでの効果は持たない。

 ローラはしばし、彼のその様を首を傾げて眺めていたが、ややあってから何かに気付いたように声を漏らして再び口を開いた。

「……あ、葉巻のにおいがね」

「え、あぁ、葉巻か……」その言葉にようやく我に帰り、ローガンは足の上で煙を上げていた葉巻を拾い上げる。血を吸って消え掛けているようだったので、もう一度火を着ける為に、赤い湿り気を帯びた部分をアダマンチウムの爪で切り落とそうとする。それと同じ頃合いに丁度ローラが続きを言う所だった。

「男臭いとか、体臭は、もうみんな半ば諦めてるから」

「ぅぐぁッ!」

 ショーック! 嘘で固めたナイフではないが、超金属で固めたクローが宙を斬り、そこそこ値の張る和風の食卓に突き刺さる。それだけでなく、易々と貫いて切り裂く。変えたばかりの畳も抉る。だが目の前の物的損失、経済的打撃なんかよりも、精神的ダメージのほうがローガンには辛かった。

「……なんだおめぇ、いつから言葉にも爪を仕込むようになりやがったんだ? 心を抉るどころか更に斬り着けてきやがるだなんて……」

「傷なんてすぐ治るでしょ?」

「体はな。心にまではヒーリングファクターは効かねぇんだよ、分かってるだろ」

「まぁそれは置いといて」ローラが冷めた調子で返し、問い掛ける。「どうにか出来ないの?」

「だから人前では吸わねぇし、社内じゃ完全分煙化に従って喫煙室に行ってんだろ。それでも駄目ってかよ」

「量が多いし、葉巻の臭いが染みついちゃってるんでしょ。吸う数減らせないの? ティーンどころかそれにも満たない幼い子もいるんだよ? その子達の嗅覚を殺したい程憎んでる訳じゃないんでしょ?」

「子供を引き合いに出すんじゃねぇよ、卑怯だぞ。俺がそう言うのに弱ぇの知ってんだろうが」

「知ってるから出したんでしょ」

 しれっと言ってのける娘に、さしものウルヴァリンも悔しげな唸り声を漏らす以外には何も出来なかった。

「あぁ、ったく……分ぁかったよ、少し減らしてやるさ。ガキどもが嫌がるってんなら、それぐらいは……」ややあって、ローガンは渋々と頷いた。

「ありがと、ローガン」薄らと微笑みを浮かべて、ローラが返した。

 

※

「おはよーございまー!」龍崎薫が勢いよく扉を開け、事務室にやってくる。

「ん、おはよう」ウルヴァリンスーツの入ったバッグをロッカーにしまっていたローガンは、彼女を一瞥して答えた。

「あー! ローガンせんせぇ、飴ちゃん舐めてるー!」薫が驚きの声を上げる。確かにローガンの口には、普段の葉巻に変わって、ロリポップキャンディがくわえられている。

「ん? あぁ? まぁな」ローガンは素っ気なく頷いて返した。

「タバコじゃないんだー? もしかして、飴ちゃん好きなの?」薫が足早に近寄って、まじまじと顔を見上げた。

「いいや、ただの代用品さ」ゴリゴリと軽く噛みながら、ローガンは苦笑いする。

「だい、おう……? 王様の事?」

「代用、代わりのものって意味な」

「へー、そうなんだぁ」

「覚えときな。損はねぇぜ」

「はーい! それでそれで? 飴ちゃん、なんの代わりになるの?」

「まぁ、葉巻のな。口に物入れときゃ、吸わなくて済むしな」

「じゃあ今日は、葉巻吸ってないんだー?」

「まぁな。ちょっと色々あってな……我慢中」

 無邪気にまとわりつき、薫はニッコリと明るい笑顔を向ける。

「ローガンせんせぇ、えらーい! スティーヴせんせぇが言ってたもん。あれは体に悪い物だ、って」

「流石、良い子の味方キャプテン・アメリカ。正しい事を言いやがるぜ、全く」

 皮肉気ながらも感心するように頷きながらいると、薫は嬉しくなったようで、はしゃいで言葉を続ける。

「あとねぇ、ピーターさんはねぇ、あんな物吸う人は、マ……なんとかだって言ってたよ!」

「マ、なんとか?」

「えーっとねぇ? えーっとねぇ? マジ、じゃない。マズ、じゃない……そう、マゾ!」

「あ?」と絶句した拍子に、キャンディが口から落ちそうになり、慌てて掴む。それから尋ね返した。「薫、ピーターはなんだって?」

「たしかねぇ、マゾ、ヒスト……だっけ? って言ってた! 自分をいじめるのが好きな人なんだってー。自分をいじめるのなんて、変なのー」

「あのアホなんちゅうモン教えとんのじゃ」ローガンは呆れてかぶりを振った。それから薫を真っ直ぐに見やった。「薫、その知識は大事なものでないから忘れていいぞ。むしろ覚えてちゃあいけないものだから早く忘れなさい。あぁ、お友達にも自慢しちゃあいけないぞ、決して、絶対にだ。……あのガキ後で泣かす」

 果たしてどうなるかは定かではないが、願わくばこの純粋で天真爛漫な少女の頭の中から、いらない知識が失せてくれるよう思った。あと、我らが親愛なる隣人にも、軽く厄介事が起こらないかと強く祈った。

「うわッ! なんてこった、スーツに穴が!? もー、予備の数が無いんだから勘弁してくれよなぁ……僕もアベンジャーズみたいに仕立て屋に頼もうかな」

「……ザマァねぇぜ小僧」

 窓の外辺りから聞こえた声に、ローガンは薫には聞こえないほど小さく呟いた。

 

※

「あれ、ウルヴィ、なんか今日は違うね?」渋谷凛が首を傾げた。

 歌番組の撮影に備えて、トライアドプリムスは談話室に集まっている。ローガンは彼女らの送迎を担当する事になっているので、彼女らの座るソファとはほど近い席に腰を下ろしていた。ローガンと一番近い場所にいる凛には、彼の変化が分かったようだ。

「あ、そうか。葉巻の臭い、あんまりしないからだ」

「伊達に花屋はしてないってか」ローガンは納得するように頷く。「まぁちょっとな、抑えてみるかと思ってな」

「へぇ、珍しい事もあるんだ」北条加蓮が言った。彼女はローガンにちょいと近寄ると、納得したように笑う。「あー、ホントだ。タバコ臭さ、そんなに無いね」

「いや、お前らよくそんなデリケートな話にバンバン触れてくな……」眺めていた神谷奈緒が呆れた顔で言った。それから、ローガンを見やって軽く頭を下げる。「ごめんな、ローガンさん。うちの二人が不躾に」 

「まるでお母さんだな。『うちの子が』みたいな言い方」苦笑いをしつつ、ローガンは続ける。「まぁ、別に構わんさ。今朝の寝起きに一番キツいの貰ってるからな。今更その程度でどうこうなりゃせんよ」

「そ、そうか……まぁ、深くは聞かないでおくよ」

「助かるぜ、奈緒」ローガンはやるせない顔で小さく笑った。「取り敢えずは、吸う数を減らしてみるさ。いきなり完全に、ってのはどうせ無理だからよ」

「そうだね。まぁ、慌てずゆっくりやったほうがいいよ。ダイエットと同じで、ストレスが溜まったら逆効果かも知れないしね」

「へぇ、そうなのか?」

「そうだよ。好きな物我慢してたら、その所為でイライラして、ストレス解消の為にちょっとだけ、と思ってたら段々それが積み重なってって、気付いたら結局元の木阿弥、いやそれ以上に……なーんて、よくある話だし」

「なるほどな。しかし、説得力があるな。奈緒、お前さんの体験談か?」

「え? いやいやいや、失礼だな、違うよ。周りから聞いた話だよ、聞いた話」

 ローガンと奈緒が話す隣で、凛と加蓮が言葉を交わす。

「やっぱり喫煙はしないほうがいいよね。周りが嫌な気分になるし。副流煙なんて、臭いもあれば毒もある、迷惑撒き散らしてるだけの害悪行為だし」

「そうだね。それに、例え分煙で受動喫煙を減らせたとしても、臭いだけはどうしようもないしね。香水のつけ過ぎとかにも言えるけど、スメハラには気を付けなきゃね」

「自分は慣れちゃって気にならなくなるけど、周りの人はそうじゃない上に、避けようもないしね」

「ま、もしも鼻に蓋が出来るなら、話は別かもね。あぁ、ウルヴィのパートナーに必要な第一条件は、きっとこれだね」

「加蓮、それじゃあジュゴンとかになっちゃうよ?」

「まぁ、きっとクズリと相性がいいんじゃない? 獣同士だから」

「野獣同士よりも、せめて美女と絡ませて上げようよ」

 凛と加蓮の笑う声が、次々とローガンの胸に突き刺さる。ローガンの濃い顔立ちに深い皺が刻まれはじめ、より険しいものへと変わっていく。それを目の当たりにして、額に冷や汗が滲ませながら、奈緒が言った。

「な、なんかアイツら、やけに刺々しいな。よっぽど嫌だったのかな……」

「オイ、やっぱちょっと加減してくれや、心は超再生しねぇからよ」

 凛と加蓮は、いたずらっぽく笑いながら返事をした。 

「ごめんごめん、ウルヴィ」

「つい、調子に乗りすぎちゃった。ごめんね」

 一応の謝罪を受け取り、ローガンも溜め息混じりに頷いて返す。すると、非常に小さく、奈緒が呟きを漏らした。

「まぁ、アタシも嫌だったから、気持ちは分かるんだけどさ」

「グッ……すまんな、奈緒」止めと言わんばかりのその言葉に、ローガンはたまらず項垂れた。

 

※

「おや、ローガン。君、喫煙やめたのか?」

 地下駐車場に停めた黒塗りのSUVから降りてきた、キャプテン・アメリカことスティーヴ・ロジャース。同じタイミングで駐車場に降りてきたローガンと顔を会わせるなり、そう投げ掛ける。超人兵士は嗅覚も超人的に優れるのか。ローガンは思わず皮肉気な溜め息を吐いた。

「いつもよりにおいがキツくないな」

「正確にゃ、数を減らすつもり、って奴さ。散々批難されたモンでな。こらえにこらえて、起きてからの二時間弱で、数えてまだ三本しか吸ってねぇ。今までなら十本は軽く越えてた。大したもんだろ?」

「そうか、確かに普段に比べれば遥かに少ないな。とは言え、完全にやめたと言う訳では無いのが残念な所だが……」

「これでも頑張ってんだぜ? 朝にゃ娘に、さっきは三角娘どもにボロクソに言われて……無理すんなとも言われたが、あんだけ嫌がられてたってのが分かったんだ、必死にならざるを得んわ、こんなの」

「その言葉を聞いていると、君は矢張り父親なんだなと再認識するよ」スティーヴは感慨深げにそう言うと、穏やかに続けた。「まぁ、理由はどうあれ、ともかく安堵したと言うのが正直な気持ちだよ。自由を守る身としては、あまり個人の趣味嗜好にとやかく言いたくは無いが、矢張り私もいい習慣では無いと思っていたのでね」スティーヴは嫌味の無い笑顔を浮かべながら言った。「例え君の体が、喫煙の害を無害に変えられるとしてもね。果たしてそれが完全になのかは分からないのだから。不安要素をやわらげられるのならば、良かった」

「キャップ……」ヒーリングファクター持ちの相手の身すら案じるのか。馬鹿馬鹿しくも感じられたが、だが少し嬉しくもなった。そう、ローガンが口の端に笑みを浮かべて、喜びを微かに表していると、更にスティーヴが言葉を続けた。

「それに、社用車に染み付いたヤニ臭さを消したり、君が勝手に取り付けた灰皿を毎度掃除する手間が無くなるのは、正直助かるからね」

「うッ……!」

「いくらアイドルが乗っていない時に吸っているとは言え、残り香は完全に消えないんだぞ? この前なんか酷かった。視察に来たトニーが灰皿を見てブチ切れてた。アウトロー気取りでバイカー崩れのクズなドマゾの……いや、この先は酷くて言うのが憚られるよ」

「ぐふっ……」

 ほとんど言ってんじゃねーか。そう怒鳴り返したくなったが、やるせなさに力が沸き起こらなかった。

「どうした、ローガン? 具合が悪そうだが……だとすると、もしや、超再生能力に異常でも起きているのか!? いかん、すぐに検査を!」

「体に問題はねぇ、精神的なもんだ。……そんでそれはてめぇの所為だ、ロジャース」

「え?」

「いや、なんでもねぇ……下らねぇ話はこれくらいにして、さっさと仕事に戻ろうぜ……」とぼけた顔の大男を手で追い払い、ローガンは送迎の為にバンへと乗り込んだ。

 

※

「あ……ローガンさん、話に聞いた通り、本当にやめたんですね、喫煙」もう間もなく昼休みとなろうかと言った頃合いに、レコーディングを終えて事務所に帰ってきた橘ありすが言った。

 ローガンはまたも棒付きキャンディを軽く噛みながら、昼食前に午後からの予定を確認している。少し前に葉巻をくゆらせてから我慢している訳で、苛立ち始めているのが自分でも分かるが、なんとか耐えてみせよう。ありすを見やり、口を開く。

「お疲れさん、ありす。だがまず、ただいまを言おうな。ルールその一、挨拶は大事、だ」

「すみません、ただいま戻りました。あと、橘です」

「よろしい。お帰り、ありす」

「橘ですって。……それで、話戻しますけど」

「戻すのか」

 唖然とするローガンに対し、ありすは言葉を続ける。

「喫煙なんて、体にも心にも家計にも周囲の人間に対しても迷惑で無駄な行いなんですから、やめて当然、むしろやらなくて当然なんですけど……」

「今日これまで言われ続けてきた事を、全部一人でぶち込んで来やがったな」

「そうですか、それはどうも。それで……一度手を出してしまうと、中々抜けきらないとよく聞きます。ローガンさんは、ちゃんとやめられそうですか?」

「いや、数を減らすだけだ。いきなりやめはしねぇよ。ただ、お前さん達がくせぇって思わない程度に留めるつもりさね」

「それにしたってです。そう簡単に減らせますか?」どこからか取り出した大柄なタブレットPCを、慣れた手付きで素早く操作し、検索を行う。「中毒患者はその行いを止めると、地獄のような苦しみを味わうそうですから、それに耐えられずに再び手を出してしまう人が大半だとあります。如何にローガンさんが、その……自虐嗜好的な方とは言え、そんな自ら苦しみに」

「おい、ちょっと待て」

「はい? なんです?」

「またその手の話か。誰から聞いたんだ? 俺がその、自虐嗜好的だとか? ピーターの奴か?」

「いえ、サイクロプス……スコットさんが教えてくれました」

「今度はあの痩せっぽちかふざけやがって」先日、エグゼビア教授を伴って視察に来た際にでも吹き込んだのだろう。X-MENの偉大なリーダーであり、親友ながら恋敵の男を思い浮かべて顔をしかめた。「堅物の癖にガキに下らねぇ事教え込みやがって、クソが……いいか、ありす。そんな無駄な知識は削除しちまえ。検索履歴からも頭の中からもな」

「無駄な知識なんて言わないで下さいよ」

「一人前の大人になるのに必要じゃねぇ知識だろ?」

「まぁ、そうかも知れないですけど……」

「ならいらねぇ、無駄な知識だ」

「そう簡単に切り捨てられると、素直に受け入れたくなくなりますね」

「悪いが、斬り捨てるしか能がなくてね」廃棄する書類をアダマンチウムの爪で裂きながら、ローガンはふんと顔を背ける。

 それを見やって、ありすが怪訝そうな顔をして言った。

「上手い事言って格好付けてる所悪いんですけど」銀色に輝く三つの刃を指差して続ける。「爪出す時痛いって言ってた癖にこんな事で使うなんて、どう見てもマゾヒストじゃないですか」それから、ありすはハタと気付くように言った。「あ、そうか。そんな人だからこそ、禁煙して苦しみを味わうんですね……なるほど」

「いい加減そっから離れろよ、このガキ」ローガンは苦々しい顔で睨み付けた。

 

※

「あぁー、クソったれめぇ……」ローガンは事務机に足を乗せ、椅子の背もたれに深く沈む。最後に葉巻を吸ったのは、おおよそ一時間程前、昼食後くらいだろうか。重度のチェーンスモーカーのローガンにとっては十二分過ぎる我慢であった。いい加減に欲求が高まっている。戦場で敵に反撃してはダメと言われるよりも、この苦しみは辛いかも知れない。窓の外に高く浮かぶ陽の光が、まるで葉巻の先のようにすら見えてしまう。ローガンはローラに振り返って口を開いた。「あー、なぁいいだろ? 一本吸ってくらぁ」

「……え、もうなの? またなの?」ローラが冷たい声で返す。彼女は打ち合わせや休憩に使われるソファーセットに陣取って、佐城雪美の連れ歩いている黒猫と戯れていた所だった。だが今はその手を止めて呆れるように見やっていた。

 喫煙者にとっては長く苦しい一時間も、非喫煙者にとってはなんて事もない、あっと言う間に過ぎる僅かな時間でしかないのだ。感覚の違いで理解に苦しんで問い返すのも、致し方無しなのだろうか。ローガンはそう思いながらも言葉を返す。

「いつもよりはペース落としてんだ、充分本数も減ってんだろ」

「おんなじ理由でお昼ご飯の時も吸いに行ってたけどね。その内どんどん間隔が狭まってきそうだけど」彼女に抱えられた黒猫が同意するように、にゃーと鳴く。人懐っこい猫はローラには穏やかな表情を見せているが、ローガンに対してはいささかの警戒や敵意のような色を忍ばせた鋭い視線を向けている。さながら、文句でも言いたげな様子だ。存外匂いに敏感な動物であるが故なのか。

「雪美、どう思う? 葉巻のにおい、好き?」

「……あんまり……好きじゃない」

「だってさ。まぁ、確かに今日はいつもより少ないのは分かるけど、それでも他の人よりは多いよ」ローラは冷めた目で見やりながら言った。それから雪美に耳打ちする。「雪美、……って言ってやりな」

「何言わせるつもりだオメェ」怪訝な顔でローガンは問う。雪美が躊躇いがちに口を開いた。

「ローガン……くさい」

「うぐ……ッ!」ローガンは唸る。胸が痛む。

「……ってみんなから言われてもいいなら、どうぞ行ってらっしゃい」ローラがまたしても冷たく言った。

「ぐぬぅ……」ローガンは奥歯を噛んだ。年若い子女に臭いに関して言われるのは、男としては余りに悲しい事なのだ。殊、外見は父親程度に、年齢はそれ以上に離れているローガンにとっては、我が子か孫に言われているのと変わらない気分になるので、あまりに辛い。現に今、雪美やローラに言われる度に、胸が張り裂けて崩れ落ちそうなくらいに痛む。

 でも限界なのだ。吸いたいものは吸いたいのだ。あの甘く蕩けるような香りに浸りたいのだ。渋い男、ダンディズムやハードボイルドを分かる男にこそ許される、酔うような煙を燻らせたいのだ。

「あぁ……ったく、次は二、三時間くらい開けてやる。だから許せ」

「それで情けなくけなされる自分を許せるのなら、どうぞ」

「苦しみのたうち回ってまで耐えるくらいなら、言葉の銃弾を雨あられと浴びるほうがマシだぜ。行ってくらぁ」

「……やっぱり先行き不安かも。ね、雪美」

「うん……」ローラと雪美が小さく呟くのを耳にしながら、ローガンは部屋を出た。

 喫煙室を目指す道すがら、何人かのアイドル達とすれ違う。前川みくや新田美波、鷺沢文香と言った、その内の数人がこれまでと同じ問いかけをしては、同じく呆れつつも無理をしないように続けてくるのを聞いて、ローガンの足取りも重くなる。

「わたくしは止めはいたしませんわ、ローガンさん。止めはいたしませんが……」と、喫煙室間近で出会った櫻井桃華が苦笑するのを見て、ローガンは深い溜息をついた。ここで耐えなければコイツらに嫌われる一方だ。それでは護衛としてはよろしくないだろうし、何より気分が良くない。確かに嫌われ者でいるのには慣れているが、それは決して好きではないのだ。

 喫煙室のノブに手を掛けようとして、それを堪えた。

「俺は……俺は……」

「ローガンさん?」

「分ぁかったよ、ガキどもを守るのが俺の使命なんだろう? 耐えてやるよ!」爪を伸ばし、ノブを叩き斬り、ローガンは唸った。甲高い音を立ててノブが宙を舞い、そして落ちる。「俺ぁX−MENでアベンジャーだぞ! どんな敵にも打ち勝ってきたんだ! 誘惑くらいなんだ! 打ち破ってみせらぁ!」

「まぁ、ローガンさん……!」圧倒されるように桃華が声を漏らす。

「これでいいんだろう? やってやるぜ」ノブを拾い上げて握り締め、それから背を向けて歩き出す。これでもう使う事は物理的に出来ない。吸う為には階下に降りて外にでも出ない限りは不可能だし、毎度の手間を考えればそう頻繁にとは行かないだろう。つまり、俺は耐えるしかないのだ。負けんぞ。そう気合を入れて、前を見据えた。

「自らを律するのは立派ですけど、そう言う乱暴な行いは感心しませんわ」背後に桃華の声が掛かる。「それに……今そこにトニーさんがいらっしゃった所だったのですわよ?」

『あぁ、そうだ。ここにいるぞ。そして見たぞお前』機械越しの声も聞こえる。アイアンマンが怒り肩でやってきて、光る両眼でローガンを睨み付けていた。

「ごきげんよう、Mr.アイアンマン」

『やぁ、Ms.櫻井。ごきげんよう』桃華の気品のある一礼に、同じく礼を返すと、アイアンマンは再びローガンへ向き直る。『……そしてローガン』

「……んだよ」

『ローラとスティーヴから禁煙の話は聞いていたので感心していたんだがな、どうやら苛立って仕方ないようだな。挙句に物に当たりやがって。戦闘被害や任務上避けられなかった損害ならともかく、お前は今自ら俺の会社の設備をぶっ壊したんだぞ。どうしてくれる。他の社員が困るだろうが』

「うるせぇ、弁償ならしてやるよ。給料からさっ引け社長さんよぉ」

「悪びれもしないとは……この乱暴者め」マスクを開いたトニー・スタークが呆れと怒りを混じらせた顔を向けた。溜息一つついて、そして続ける。「そんなに我慢がしたいなら好きなだけさせてやろうか? 今この時からスターク・インダストリーズ日本支社は全面禁煙だ! ってして、喫煙室を全部撤去してやってもいいんだぞ?」

「ケッ、だったら外出て吸うだけさ。これまで通り、クインジェットの発着場にでも行ってやらぁ。タバコ休憩が長くなるが許せよ」

「何言ってる? 社屋だけな訳あるか、敷地内全域に決まってるだろうが」

「何ぃ!? ふざけんじゃねぇぞオイ!」

「俺の会社だ、俺に決める権利があるんだよ」トニーがやれやれと首を振り、そして続けた。「全く、折角喫煙室の換気システムと消臭剤の性能を見直してやろうと思っていたのに……」

「え、マジか。それを早く言えよ、頼むぜ」ローガンは一転して笑顔を浮かべた。「くさいとさえ言われなけりゃあコッチのもんだ。文句はねぇぜ」

「まぁ、ローガンさんたら……アレだけ啖呵を切っておきながら、もう堪えきれないのですわね」桃華が唖然と言う。

「コイツ、調子のいい奴だな……」トニーも溜息混じりに言った。「まぁ、いいさ。俺も結局酒をやめられてないもんでね、辛い気持ちは分かるんだよ。だから禁煙しろだなんて強くは言えない。ならせめて、影響を下げるほうで解決を図ればいいと思ったのさ」トニーはニヤリと笑い、ローガンの肩に手を置いた。「少し時間は掛かるが、なんとか出来ないかやってやろう。だからそれまで頑張れ」

「いいだろう、なる早で頼むぜ」ローガンも頷いた。

「と言う事は、結局禁煙は諦めるのですわね……」桃華がボソリと呟いた。「なんだったのかしら、ドアまで破壊して」

「それはそうだ。弁償はしてもらうぞ」

「忘れてなかったか」

 

※

 後日、社屋内全域の喫煙室に改良された換気システムと化学部門で試作された消臭剤が配備された。

「おぅ、ちょっと行ってくらぁ」軽やかな足取りでローガンが事務室の扉を開け、喫煙室に向かっていく。その背中を見送りながらローラは冷たく言った。

「まぁ、良かったんじゃない? 好きなものを楽しみつつ、周りへの迷惑も減らせるって形に収まった訳だし」

「あとは元からの体臭も消せればね」凛が呆れるように言った。消臭剤はヤニ臭さだけに特化していて、他には効かないでいた。

「それはもう許してあげてよ」ローラはやれやれと首を振った。「おじさんだからさ」

「結局香害扱いとは、ローガン」スティーヴがやるせなく呟いた。「同じ男としては、悲しくなるな」

 知らぬは幸せか、ローガンは上機嫌に喫煙室に消えて行った。

 

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