CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!!   作:グレイソン

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超音速ヒロイン ザ・リトルフラッシュ 第一話『PILOT』

 ここはライブ会場スターライトステージだと言うのに、その防音を突き抜ける程の雷鳴が遠くに聞こえる。まるで衝撃的な展開を演出しているかのようだ。段々とスローになっていく世界の中、南条光は死を覚悟した。

――あぁ、これでアタシは最後なんだ。アイドルとしてデビューも果たせないまま、夢だった特撮にも出られないまま……

 その視界の果て、ステージに繋がる階段の上で、散乱する荷物の中に転んで倒れるスタッフの女の子と、悲鳴を上げる何人かの同僚アイドル達、そして、手を伸ばして掴もうとするプロデューサー――スティーヴ・ロジャースとカメラマン――ピーター・パーカーの姿が見える。キャプテン・アメリカも間に合わない事はあるんだなぁ、とぼんやり思った。

 光はつい数瞬前、階段から転げ落ちそうになったスタッフを引き戻した勢いのままに、階下へと転落しているのだ。

――あの人は無事なんだ。……良かった。

 光は激しい痛みが背中や肩に走るのを感じる。あちこちをぶつけながら、彼女はゴロゴロと転がっているのだ。幸い顔は無事だが、腕はもう駄目かも知れない。

 だが、最後に誰かを助けられて良かった。ヒーローに、キャップに恥じない行いが出来て良かった。これでもう悔いはない。

 悔いはない?

 本当に?

――いいや後悔だらけだ! アタシはまだ死にたくない!

 光は藻掻いた。零れ落ちるその涙は、痛みだけで流している訳では無かった。

――アタシは……!

 手を伸ばして、みんなのほうに戻ろうとする。無駄だとしても、やらなくては。

 だが、その時、彼女の体は階段の麓に設置されていた配電盤を突き破って激しい火花を散らしていた。遠くで聞こえていた雷鳴が、間近に迫ってくる。灼熱の雷が全身に駆け巡り、一瞬にして光の意識を奪い去っていた。

 この日の事故を受けて、スターク・インダストリーズ日本支社の広報部アイドル事業課は、安全管理上の問題を修正する為、ライブの中止は元より、以後数週間の活動を停止する事となった。

 

 スターク社系列の病院の一角にある個室。全身を包帯に包まれて様々な機器に繋がれた南条光が、電子音の中、静かにベッドに横たわっている。

 彼女が昏睡状態になってから数ヶ月が経った。辛うじて一命は取り留めたものの、落雷の影響を受けた過剰な電流に全身を焼かれた彼女が回復するには、長い期間の治療が必要だと見られていたし、よしんば負傷が完治したとして、そこから意識を取り戻すかどうかは全く見当も付かなかった。

「まだ目覚めてはくれないか」とトニー・スタークが項垂れて言う。「この娘を見る度に思い返す。未来を守る為の企画だったのに、彼女の未来を潰してしまったなんて、と」

「企画の所為ではない、トニー。私だ、私の管理が届かなかった所為だ」スティーヴが首を振るが、トニーには受け入れられない様子だった。

「彼女の支援は目覚めるまで続けなくては……いや、目覚めてもだ。それが俺達の責任だ」

「分かっている。私が……いや、僕達が負うべきものだからな」

 彼らは頷き合い、そして病室を後にする。

 二人のアベンジャーが去っていった後、奇妙な出来事が起きた。光が突然目を見開いたかと思うと、その瞳に、黄金色の閃光が走ったのだ。それは稲妻にも似た輝きだった。途端に、身体状況をモニターしている機器が次々とショートし、アラームが鳴り響く。火花の中で、光の体は数度細かに振動していた。

 やがて、何事かと医師や看護師達が駆け込んできた。乱れた様子の光の姿を見ると、どんな異常が発生したのかと確認に回る。不思議な事に、彼女の体は綺麗さっぱりと傷一つ無い健康的な姿へと戻っていた。それだけでなく……

「う、うぁ……」呻き声が漏れ聞こえてくる。意識が回復したのだ。むせ込み藻掻く体を抑えられ、挿管が引き抜かれると、光は自力で呼吸して再び落ち着いていった。

 

「もう何ヶ月も寝てたなんて信じられないや」

 病室で私服に着替えた光は、見舞いに来た家族やプロデューサー陣を前にあっけらかんと言った。

 意識が回復した後、検査の結果、どこにも異常が見当たらない、至って健康体へと回復したと診断されたのだ。泣き崩れる家族達や安堵に溜息をついて項垂れるプロデューサー陣に対して不思議そうな顔をしながら、光は自分の体の調子を確かめるように軽く動かしてみていた。

「体が軽いし、全然今から踊れそうだよ。すぐにレッスンに復帰していい?」周囲が唖然とする中、光は明るく笑って言った。

 それから光が復帰するのは、僅かに二日足らずと、実に早かった。

 ……まさしく、人知を超えたと言えるまでに。

 

 光は時折、妙な感覚を覚えていた。前までは体力が追い付かなかった激しいレッスンでも、もっと動けるような気がしていたし、皆の踊るステップが妙に遅く感じる事があったのだ。それだけでない、自分の走る速度が異様に遅く感じられて、もっと速く足を動かせるような気もしていたし、反射神経が異様に優れているようにも感じた。

 走行中の車は勿論、電車の窓の一つ一つを、乗っている人の顔まで見分けられる事も出来たし、弾ける水飛沫や降り注ぐ雨の一粒一粒すら数えられる事もあった。

 誰もいない山奥に行って、山道を軽く走ってみると、数分と有り得ない早さで登頂すら出来た。自分がまるで稲妻にでもなったかのような感覚だった。

 自分がまるでおかしくなってしまつたように、光は感じていた。電流のせいで発達したとしたら、ミュータントかメタヒューマンになったと言う事だ。彼女はその二つに特段嫌悪感は抱いていなかったが、もし自分に過剰な力が備わったとするなら、それを暴走させて誰かを傷付けてしまわないかと言う点には恐怖を抱いていた。

 誰かに助けてもらいたかった。でも、そうしたら普通の人とは違った目を向けられ、扱いを受けるのかも知れない。世の中のミュータントやメタヒューマンのように。彼らが望むような普通の接し方を、彼女も欲していた。

 そんなある日の事だった。

 街を歩いていると、悲鳴が聞こえてきた。見上げれば、ビルの清掃員が乗るゴンドラが、片方のワイヤーだけ外れて傾いたまま宙吊りになっているではないか。そして間もなく、清掃員が落ちようとしている。

――助けないと!

 光はそう思ったが、自分に何が出来るだろう? 足が速くなった気がするだけのガキに、何が……。

 いや、今の一度も全力で走った事は無いのだ。だが、もしその全てを解放したら、どうなる? 山を軽く駆けただけで、ものの数分で登頂出来たのだぞ? 自分が思うよりも速く動けるだろう力を持っているのだ。もしかしたら垂直の壁さえも走れるかも知れない。

 清掃員はもう耐え切れない様子だ。手が片方滑った。掴みそこねている。

――迷っている暇は無い!

 光は人混みを避けて路地裏に駆け込む。それすら速く、一瞬だった。そして姿勢を低くして、見据える。目に稲妻が走っている事には、彼女は気付いていない。だが全身が今か今かと解き放たれる瞬間を待つ爆弾のように力に満ち満ちている。そして、全力で地面を蹴った。稲妻が全身の隅々にまで行き渡り、迸るように。

 風切り音がする。それもただの音ではない。駆け巡る轟音のような、嵐の暴風の中を突き進むような感じだ。

 景色が吹き飛ぶ。それでも、見えない訳ではない。ただ高速で流れている。

 壁が迫る。それに沿わずように、足を上げ、駆け登る。スピードを上げ、落ちるより先に前へ進む。

 視界の先に、落ち行く人影が見える。それに手を添わせ優しく抱きとめる。何かの力が働いたような気がして、高速で触れたのに、清掃員の体は傷一つ負っていない。全身から放たれる稲妻のような力が、二人の体を包んでいるようだ。そのまま曲がり、地上目掛けて駆け下りる。足がガラス窓から離れないように気を付けて、しかしスピードは落とさずに。

 アスファルトの大地に戻った瞬間に、光は清掃員の体をゆっくりと横たえた。そして、そのまま路地へと駆け込む。

 一瞬の出来事だった。誰もが理解出来ないでいた。落ちて死にかけていた清掃員が、もう地上にいて、それも無事なのだから。

 やや遅れて、歓声が上がった。奇跡とまで言う人もいた。そして、新たなスピードスターの誕生だと、民衆は歓喜した。

 光はそれを遠巻きに見つめて、ほっと胸を撫で下ろす。そして喜んだ。自らを称える声にではない。一人の生命を救えた事にだ。

 この力は人々の役に立てるかも知れない。

 ただ、それと同時に恐怖も覚えた。

 この力は人々を傷付けるかも知れない。

 光は自らの手を、そして体を見つめていた。震えている。力を手に入れた喜びと、力を手に入れてしまった恐れとで。

 そして、彼女は我武者羅に走った。誰もいない場所に行きたかった。それで、あの山に駆け込んだ。登山客の一人もいない山の頂上で、光はフェンスに手をついて項垂れた。

――どうしよう。どうすればいいんだろう。

 ただ景色を眺めた。頂上の展望台からは、街の夜景が見えるように作られている。日の高い今時分は、明るい輝きに照らされて光って見える。

 どこかで煙が上がっている。火事か、事故か。あるいは事件なのか。いずれにせよ、危険が潜んで、迫っている。

 その中で、人々は生きている。希望を抱きながら、それを奪われまいと戦いながら。

 そうだ、彼らを守れるなら、走らなければ。恐れていても、誰も救えない。

 光は走り出した。行くべき場所は一人になって逃げ込む所ではない。一人でも救えるように飛び込む所だ。

 彼女は閃光のように、街を駆けた。

 

 スピードスターが日本にいるかも知れないと聞いて、キャプテン・アメリカとアイアンマンは調査をすべきだと合意した。

 だが、超高速の存在を捕まえるのは至難の業だし、神出鬼没の存在を予想するのも難航していた。分かるのは精々、事件事故の現場に現れては、被害者を助けていると言った程度だ。

 つまり彼もしくは彼女は、悪党ではないかも知れない。だが確証はなかった。気まぐれな性格なのかも知れない。

 クイックシルバーが行方をくらませている今、頼れる相手は一人しかいなかった。

 アイアンマンがジャスティス・リーグに連絡して、キャップが交渉した。

 ジャスティス・リーグは快く人員を派遣してくれた。

 そうして、地上最速の男が日本にやって来たのだった。

 

 光は人を助ける為に走った。多くの事故に秘密裏に介入しては、姿を見せずに被害者を救い、去った。また事件に際しては、一瞬で犯人を無力化して捕らえ、警察に突き出した。

 成功の数々が彼女を満たしていった。上手くやれている。人を救えている。

――アタシは人の役に立てている! アタシは今、フラッシュの一人になっている!

「アタシは、フラッシュだ!」

 光はフラッシュの赤いジャンプスーツとマスクを手に入れると、それを着込んで走るようになった。スーパーヒロインとして世界に干渉し続けた。

 大勢を救った。アベンジャーズやジャスティス・リーグが駆け付けるよりも早く、被害者を助け出し、安全な所に運んだし、倒せるような相手なら全力で立ち向かい、これを打ち破った。

 軒並み全てが上手く行っていた。まるで完全無敵のヒロインのような気分だった。

 しかし、その成功体験が、彼女の慢心に繋がった。

 とある銀行強盗を捕らえようとした時だった。いつものように、敵の弾丸が人質に当たるよりも速く到達して、突き飛ばして無力化しようとした。

 だが、その力加減が問題だった。

 突き飛ばされた強盗は派手に飛び過ぎてガラス窓を破り、そして破片を浴びながら、大通りを走行中の車にはねられてしまった。

 光はそんなつもりなどなかった。だが、結果が全てを物語ってしまう。

 彼女は強盗を病院に連れて行って、彼が急患として運び込まれるのを、近くのビルの屋上から遠巻きに眺めるしかなかった。彼の容体を知る術はない。正体を明かす訳にも行かない。ただ、死んでいてほしくなかった。殺すつもりなどなかったのだから。

「アタシが未熟だから……なのに、図々しくフラッシュを名乗って、世界に干渉し続けたから……」マスクを脱いで、それを見詰める。このアイコンに相応しい戦いが出来ていなかった。どこがヒーローなのだろう、何がフラッシュなのだろう……。

 その時、突然凄まじい風が一瞬だけ吹いた。なんだったのだろう? ビル風にしては短いし強かった。

「未熟なら、成熟すればいい」その突風の後に、男の声が聞こえてきた。背後に気配を感じる。誰もいなかったはずなのに。

「見付けたぞ、この国のフラッシュ君」赤いスーツの男が立っていた。胸に輝く稲妻を抱えた男だった。彼こそはまさしく、深紅のスピードスター……。

「本物の……?」

「あぁ。僕は、フラッシュだ」彼は堂々とした立ち姿で言った。

 

「僕の名前はバリー・アレン、地上最速の男だ」と、マスクを脱いだフラッシュ――バリーは言った。どこからか持ってきた、ジッターズの紙カップに入った温かいコーヒーを手渡して、隣にやってくる。「この国に赤い閃光のスピードスターが現れたと聞いて、ジャスティス・リーグにアベンジャーズから協力要請が来たんだ。調査しに来てほしいってね」

 屋上から街を見下ろしたまま、二人は並んで座っていた。

「人を助けて回っていたから、悪い奴じゃないとは思っていた。今日、強盗をも助けようとしていた姿を見て、それを確信したよ。君は悪人じゃない、ってね」

「それは……どうも」光は歯切れ悪く答える。「でも、もしあの犯人を殺してしまっていたら……アタシは悪党になってしまう」

「そうなのかなぁ」バリーは笑って言った。「勿論、わざとそうしたならそうかも知れないけど、未熟だからそうなってしまったのなら、それは失敗であって、悪党の所業とは言えるのかなぁ」

 バリーは光に向き直る。

「君に必要なのは罰ではなく、学びだと思う」

「学び……」

「そうさ、より良い存在になれるように……名実ともにフラッシュになれるように」バリーがマスクを着けて、フラッシュとなりながら手を差し出した。「フラッシュファミリーに加わらないか、リトルフラッシュ?」

「……そこはフラッシュじゃないの? それかキッドか」少し笑いながら、光はその手を取った。立ち上がり、そして握手の形にする。

「どっちも、もういるからね。だから君だけの名前が必要だ」バリーも微笑み、そして優しく握り返した。「まだまだ伸び代のある可愛い君を表すには、リトルが最適だろう」

「分かったよ、フラッシュ」光は頷き返して、強く握り返した。「アタシは、リトルフラッシュだ」

 この日、この瞬間から、南条光はスピードスター・リトルフラッシュとなった。

 

 アタシの名前は南条光、多分地上最速の女だ。

 子供の頃夢見たスーパーヒーロー達と並び立てるように、日々努力している。

 あるライブの日、事故が起き、アタシはありえない存在に。

 普段はアイドルとして希望を与える為に活動し、密かに悪者を退治しながら、理想のスーパーヒロインを目指している。

 いつかアタシは最高のヒロインになって、希望の閃光になってみせる。

 アタシは、フラッシュだ!

 

 ……いや、まだリトルフラッシュだ。

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