CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!! 作:グレイソン
「はぁ……やっぱ体力全然無いや……」北条加蓮はへたり込むように、公園の一角にある木陰のベンチに腰を下ろした。
連日晴れ晴れとした天気の続く、夏のある日。休日と言うのになんの偶然か、たまたま予定の一つも入っていない一日となってしまった為、彼女は持て余し気味の時間を有効活用すべく、散歩がてらに買い物へ繰り出そうと、流行りの服に身を包み、お気に入りのハンドバッグを手にして家を出た。
ところが、予想以上に強い真夏の日差しは、彼女の少ない体力を容赦なく削り取り、思ったように歩を進める事が出来ない。遂には行くも戻るも叶わぬくらいに疲弊してしまった彼女は、なんとか近くの公園に逃げこむようにして入り、今こうして木陰のベンチで休息をとろうとしているのであった。
幼い頃から長らく病弱であった彼女は、その影響か、今も同年代の少女が持つ平均的な体力からはいくらか劣っている上に、そう頻繁にではないが、どこかまだ病気に掛かりやすい体質を引き摺っている。それを自覚しているが故に、加蓮はいつも自分の限界を見極めて、体に無理をさせない程度の行動を心掛けているのだが、しかし今日のこの雲一つ無い青空は、彼女の調子を少々と狂わせてくれた。前日のようにいくらか遮る物が見当たる空模様ならばまだ良かったのだが、太陽の独壇場と化していては、こちらが如何に日差し対策と水分補給を徹底していようと、その熱から逃れようもない。
「はぁ……参ったな……」加蓮は恨めしそうに枝葉越しに空を見上げ、そこに在るであろう煌々と輝く炎の塊を睨んだ。そして次いで、自分の体の弱さにも目を向け、どうにもままならないものだと深く溜息を吐いた。「中々、キツいなぁ……」
疲れきった声で吐き出すと、温くなったスポーツ飲料を少量ずつ何度かに分けて口にする。あまり美味しいとは言えなくなってしまったそれも、今はあるだけで助かる、大げさに言えば生命線のようなものだ。だがその生命線も、ここに至るまでの道中に既に何度も口を付けていた為、気付けば随分と軽く、そして頼りない水音を響かせるだけになってしまっていた。
僅かな量の潤いが喉を過ぎた後、加蓮はまたも溜息を吐いて、空になったペットボトルをハンドバッグにしまい、辺りを見回した。流石にこの炎天下に飲み物を切らしたままでいるのは不味い。余りにも不味い。熱中症が声高に騒がれるようになった昨今では特にそうだ。
少しの間、人気の無い公園を見回し、やがて敷地の隅にある公衆トイレの脇に一台の自販機を見付けた時、加蓮は思わず僅かな安堵の吐息を漏らした。これで少なくとも脱水症状で倒れる事は無いだろう。そして、今自分のいる木陰のベンチとその自販機が、見事な対角線上にある事に気付いて、同じくらいに鬱陶し気な息を吐き出した。まだ汗も引かぬのに、また灼熱の陽の光の元に身を晒さなければならない。それも敷地の正反対の位置にまで歩かねばならないとは。
「……中々キッツいなぁ」加蓮はもう一度恨めしそうな目で頭上の太陽を見やり、呟いた。希望の象徴とも言われる太陽に、彼女は今若干の絶望を抱いていた。しかし、恨みを募らせた所で輝きが勢いを弱める訳でもなし、加蓮は渋々と華奢な体を立たせ、力無く陽光の下に踏み出した。
茹だるような暑さに彼女が乾いた笑みを浮かべた時、一台のクルーザー型バイクが公園の傍に停まった。
加蓮はエンジン音にふとその方向を見やり、ライダーの風貌にまた乾いた笑みを浮かべざるを得なかった。
――このクソ暑い中でレザーのジャケットって……どう言う神経してんだろ……?
マットブラックなハーレーとか言うらしい巨躯のマシンに跨るのは、それに負けぬ体格をした男だが、彼はその大柄な体躯を、使い古された、しかし頑丈そうな革の上着で覆っていた。その様は、見ているほうが暑苦しく感じる程だ。確かにお洒落は我慢とは言うが、流石に季節感は必要だろうに、と加蓮は笑う。ファッションセンスに自負のある彼女でも、この暑さの中では無理をせず、兼ね合いを考えた服装を選んでいる。
ツーリング経験の無い加蓮には知る由も無いのだが、実の所、夏季でも走行中のライダーは風を全身に浴びているので、意外と暑さを感じない事が多かったり、防護面から敢えて革製品を選択するライダーの為に夏季用レザー衣料も出回っていたりもするのだが、しかし風を切っていなければ、余り高くない通気性も相俟って、猛烈な熱の責め苦に遭ってしまうのも確かであり、現に加蓮の前に現れたライダーも、ヘルメットを取るより先にそのジャケットを脱いでいた。
――やっぱ暑いよね。そりゃあそうよね。
ブロンドを古臭い髪型に纏めた白人の男は、手で自らを扇ぎながら、足早に自販機に向かって進む。その様を眺め、加蓮は納得するように頷きながら苦笑せざるを得なかった。
歩幅も歩く速度も違ったので、その大柄な男のほうが早く自販機に辿り着いた。彼はポケットから直接小銭を出すと手早く自販機に投入したが、突然何かに気付いたのか一瞬ビクリと動きを止めて、それから少し経ってから、商品を選択した。
加蓮は歩きながら、彼のその奇妙な動作を背後から眺めていたが、全くもって理解する事が出来なかった。なので軽く思考の彼方に流して、彼の隣に並び立ち、財布を取り出しながら自販機の商品欄に目を向けた。
そしてその瞬間に、男の奇妙な行動の理由が把握出来た。
ボタンには、強烈な陽光に照らされて薄らとしか見えないが、しかし確りと、赤い光が灯っている。その光は文字を成して輝いていた。準備中、つまりは、売り切れと。それが全てに、余すところ無く全てに灯っている。
「あ……」加蓮は思わず呆けたような声を漏らしていた。
「ん? ……あ」
拾い上げるようにボトルを取り出していた男が、その声に気付いて加蓮を見やり、同じように呆けたような声を漏らした。
「あー……何これ、ギャグ漫画みたい……」冷めた笑いを浮かべながら、加蓮はもう一度商品とボタンの全てを確認してみたが、結果は同じだった。青地に白い文字で描かれた『つめた~い』の表記が、今は皮肉のように見える。
この暑さだ、通り掛かる人々が次々に買い漁っていったのであろう事は容易に想像がつく。見知らぬ彼氏彼女らも乾きに苦しんでいたのだろうから、そんな相手に文句を言う事は出来ない。やるせなく、加蓮は再び、胸の内に太陽の所為だと恨みの念を募らせながら、すごすごと元いたベンチへと戻った。
「はぁ……仕方ない。こうなったらちょっと頑張って……」徒労と化した時間に大きな溜息を吐き出すと、街へと続く道へと目を向ける。近場の商店街までならあと少しなので、どこか店にでも入って涼んだほうが、精神的にも肉体的にもマシかも知れないと思ったのだ。
しかし、照り付けられて陽炎すら生み出している光景が飛び込んで来ては、その無情さに心の力が減衰すると言うものだ。
「頑張って……帰るかな……」加蓮は生気の薄れたような表情を浮かべて、力無く項垂れた。意地と根性を発揮し、体を酷使してまで行かなければならない目的がある訳でもないのだ。健康の事を考慮すれば、ここで退くのが正解だろう。但しそうしてしまえば、これまでの時間が丸々、ただの無駄となってしまうのではあるが。得たものと言えば、疲れと乾きと自然の無情さか。
「あー、その……お嬢さん?」項垂れた加蓮が虚無感と疲労感にやるせなくなりながら、帰宅の途に就く事を九割程決め込みつつあった時、彼女に声を掛ける者がいた。
「……え?」ハッと視線を上げると、目の前に立っていたのはあのライダーの白人だった。
「これ、上げるよ」彼は見掛けにそぐわない流暢な日本語を口にしながら、つい先程買ったばかりのボトルを加蓮に差し出していた。
「いや、でも」
「あぁ、大丈夫。まだ開けてないから」
「いやそうじゃなくて……いやそれもあるけど」
「遠慮など必要ないよ。それに、女の子に無理させてまで飲みたい程、私は心も体も乾いちゃあいないんでね」そう言うと、男は加蓮の手にボトルを握らせた。冷えたボトルは確かに未開封で、その事が余計に加蓮の心を誘惑した。
「それじゃあ……ありがとう」少しの間思案した後、加蓮は男に礼を言い、そのボトルの封に手を掛けて小気味の良い音を響かせた。一口飲んで感じる冷たい喉越しは、実際は有り得ないと分かっていても、まるで体中の活力が蘇るかのような気分にさせられた。
「……あ、お金を」
「その程度、別にいいさ。それより代わりに、少し尋ねたい事があるんだが……」
加蓮が財布を取り出そうと鞄に手を入れると、男はそれを手振りを加えて制止した。それから男は年代物の手帳から一枚の紙を取り出し、加蓮へと渡す。それは店舗情報の記された素朴な名刺だった。
「花屋を探しているんだが、どうにも迷ってしまったらしくてね。フラワーショップ・シブヤと言う店で、住所はここにある通りなんだが……」
名刺は素朴故に略地図のようなものは載っておらず、それが彼を彷徨わせる要因の一つとなっているようだった。
「あれ、これって……」ふと、加蓮は視線を上げる。そして、景色の揺らめく道路の果てに見える商店街へと目を向けた。「そこの商店街にある店じゃない? 私、よく前通るよここ」
「おや? なんだ、すぐそこだったのか。いや、まだ土地勘がないからか、迷ってしまってね……生憎と地図を持ち合わせてないものだから、確かめようが無かったんだ」
「それは……災難だったね。ホント、最悪って奴?」加蓮が同情を抱いて苦笑すると、男も苦笑しながら、しかし首を振ってそれを否定した。
「いや、偶然寄った場所で知恵を貸してくれる若者と出会えた。だからまだ最悪ではないよ。それに酷い時はもっと……こんな状況よりも酷いものだからね」
「へぇ……例えば?」
「そうだな……敵陣に少ない味方と放り込まれている中、味方の内に裏切り者がいると判明した時とか」
「フフッ……何それ、そんな例えって」
「後は、ズタボロの状態で最終決戦に望む味方を勇気付ける為に、威勢よく敵を挑発したら、まさかの敵がそれに乗ってきて惜しみなく隠し玉まで投入してきた時とか」
「アハハッ、追い詰められ過ぎだよ。……って、そんなのと今を比べられたら、最悪なんて言っちゃった私の立つ瀬がないじゃん、もう」
「おっと、すまないね」
加蓮は大げさな冗談として受け取り、笑い飛ばしていたが、彼女もよく見ていれば気付いていただろう。その男の微笑みの中には僅かながらに真実の色が隠されていた事に。
だがそれに気付く事無く一頻り笑い続けた加蓮は、やがて落ち着くと、商店街の方を指差しながら口を開いた。
「そこの道から商店街に入って、左に曲がれば見えてくるよ。多分迷わないと思う。でも駐輪場とか無いから、バイク、歩道の脇にでも停めておくしかないかも」
「ありがとう、助かるよ」
「お礼言うのは私の方だけどね。お水貰っちゃったし。ありがとう、ミスター」
「いや、別にいいと言ったろう? 子女を尻目に我が身ばかりを大事にする程、私は男を廃れさせちゃあいないだけさ」そう言って微笑みを返すと、男は踵を返しながら、「それじゃあお嬢さん、縁があったら、またどこかで会おう。体調に気を付けて外出を楽しんでくれ」と、別れを告げて歩き去っていった。
加蓮はその背中を眺めながら、どこか締まりきっていない感を抱いた。冷めた言動の多い現代っ子気質な彼女にも、恩を感じる他人を思いやる心はある。そこには、自分が弱い故に、他人にそれを重ねて優しくしようと思う部分もあるのかも知れない。しばし考え込むようにジッと見つめ続けていたが、やがて硬いベンチから立ち上がり、唸るように低いエンジン音とともに小さくなっていく後ろ姿を、ゆっくりと追いかけ始めた。
※
商店街のアーケードが作り出す影の下に入ると、加蓮は涼しさに心地よさを抱くよりも先に、疑問符を浮かべて辺りを見回した。彼の背中が見当たらないかと思ったのだ。少しの淡い期待をしていたのだが、当然ながら付近にあの男もあのバイクもなかった。その代わりに、何かイベントでもやっているのか、目指す方向とは正反対の場所で、小さな人の集まりが出来ているのが見えたが、加蓮は特に気にも止めず、件の花屋のほうへと足を進めた。彼が店を見落として通り過ぎたりせずに、無事に辿り着いていればいいのだが。
数分程後、加蓮はいつもの見慣れた花屋の店先に到着した。
「あれ……?」彼女はまたしても辺りを見回した。店の脇、歩道の隅には、確かにあのマットブラックの車体が、邪魔にならないようにひっそりと置かれていると言うのに、店先にも店内にも、肝心の乗り手の姿は見当たらない。「ホントにいないし……おかしいな」
目的地の正しく目前にまで迫りながら、彼は一体どこへと姿を消したのやら。加蓮は首を傾げた。それから店内に入って、花に水を上げている店員らしき少女に声を掛けてみる。
「すみません」
「はい? 何かお探しでしょうか?」
「あ、いえ、花を探してるんじゃなくて……実は、人を探してて」
「人を?」
「えぇ」艶やかな長い髪を揺らしながら尋ね返す、凛とした顔立ちの少女に、加蓮は若干見惚れて羨望の念を抱きながら、頷き返す。
「大柄で金髪の白人男性を。この暑い中で革のジャケットを着てて、黒いバイクに……」店内からは死角となって見えないが、バイクが停められている場所を示して続ける。「……そこに停めてある奴に乗ってるんですけど」
「そこの? ……あぁ、あれ? いつの間に」凛とした少女は店先を覗き込むと、思い当たる節があるのか、どこか納得したような表情で苦笑する。もしかしたら、もうこの店での要件を済ませて立ち去ったのかも知れない。この商店街の別の店に立ち寄るか何かの理由で、バイクは一旦ここに置き去りにしているのだろう。加蓮はそう捉えて、彼女に続けて尋ねた。
「この店を探してるって言ってたから場所を教えたんですけど、ちゃんと来れてましたか?」
「え? いえ、来てませんけど」
「あれ?」加蓮は思わず間の抜けた声を漏らしていた。次いで、疑問の色を隠す事無く押し出した声と表情で、店員の少女に返す。「いや、でも、そんな……だって、バイクそこにあるし……」
「うん……なんかちょっと、おかしいね」一人ごちるように言った店員の少女は、少しの間顎に手をやって思考するように黙っていたが、ふと思い付いたようにポケットから携帯電話を取り出すと、手礼で詫た後に距離を取ってどこかへと電話をかけ始めた。「もしもしプロデューサー? ……ねぇ、キャップ? ちょっと……何、留守電? なんで出ないの?」
加蓮は一応は耳に入れないようにしていたが、自然と聞こえてくる言葉に興味を惹かれて、結局聞き耳を立ててしまっていた。プロデューサーは分かるが、キャップとは一体何を示すのか。帽子ではない事は確かだろうが……。
その時、商店街の喧騒が不穏な響きを帯び始めて、道行く人が足早に一方へと向かい始めた。加蓮も店員の少女もそれに気付いて、思わず店外に飛び出す。
「何かあったんですか?」
「ん? おぉ、渋谷さんとこの!」
店員の少女が通りがかった人に尋ねる。恐らくどこかの商店の関係者であろう初老の男性は、救急箱を片手に抱えて走りぬけようとする所だった。
「いや何、そこで事故があってな。それも轢き逃げだよ。外国人の兄ちゃんが……」
「え……?」
店員の少女が思わず声を漏らしたと同じタイミングで、加蓮は駆け出していた。嫌な汗が背筋を走るのを感じる。真夏だと言うのに寒気すら抱く程だ。まさか彼が轢かれたと言うのではないだろうな、と心の中で不吉な予感が生まれ出る。一旦は店に辿り着いた彼だが、なんらかの事情で徒歩でその場を離れざるを得なくなり、その時に車に……。
加蓮は首を振って恐ろしい想像を掻き消して、自分でもさっきまでへとへとだったとは思えないくらいに足を働かせ、人の波の中を走り抜けた。動きやすさよりも見栄えを重視した服装が邪魔するように纏わり付くが、今の彼女にはそれすら些細な問題にしかならない程、心が焦っていた。
花屋とは反対方向にある商店街の入り口付近に、人集りが出来ていた。いくばくか前に、加蓮がイベントか何かと見間違えたそれだった。流石に押し退けられないと悟った加蓮は、角度を変えて、人の隙間からその中を覗いた。
人垣の狭間から、向こう側に金髪の白人の姿を見付けて、加蓮は息を呑んだ。蹲るように背を丸めるその様は、まるで……。
しかし直ぐに、それらが事故の被害者ではない事にも気が付いた。彼は屈み込んで、何やら作業をしているようだ。彼は、むしろ全く違う関係者のようだった。
「ちょっとアンタ……足も速けりゃ気も早いんだね」後ろから掛けられた声に、加蓮はハッとして振り返る。店員の少女が、あの男性から受け取ったであろう救急箱を抱えて追い掛けて来ていた。「キャップ……じゃなくて、彼は被害者じゃないよ。そこの横断歩道で男の子が信号無視の車にぶつかったのを見て、真っ先に駆け付けて救助活動を始めたんだって」
彼女はそう言うと、人混みを掻き分けて中心へと向かった。その途中で加蓮に対し、手で着いて来るように示す。加蓮は彼女の後に従って人の壁を押し退けた。
「プロデューサー!」凛とした声で少女が男に声を掛ける。
「ん?」痛みに横たわって唸る小学生くらいの少年の傍らで、患部を観察していた男は、ハッとするように振り向いた。「おぉ、凛」
プロデューサーと呼ばれた彼は、真剣な眼差しで一瞥すると、少女の名前を呟いた。加蓮は思考のどこか冷静さの残った部分で、この少女の名は正しく体を表しているとぼんやり思った。
凛と言う名の少女は、抱えていた救急箱を彼の近くに下ろしながら口を開く。
「はいコレ、救急箱預かってきた。必要だったら使って」
「あぁ、ありがとう。助かる」
二人は信頼し合っている関係にあるのか、視線を交わして短い言葉を掛けると、後は互いに頷くだけだった。
「あ、あの……!」加蓮はややあってから、プロデューサーの男に声を掛ける。
「ん? 君は、公園の……」
「何か必要な事があったら、言って。私も手伝うから」
「おぉ、君もありがとう。本当に助かるよ。では……」男は頼もしげに頷き、加蓮と凛を見て、被害者の少年を示した。「この少年は車両に左足を接触させ、転倒時に右腕と肩を地面に打ち付けたらしい。幸い低速状態だったのか、見た所出血も酷くなく、骨折等にまでは至らなかったようだが、三箇所共に打撲が酷い。既に警察と救急には通報済みだが、到着までに応急処置として、患部の洗浄と止血、それから固定と冷却をしておこうと思う。手伝ってくれるか?」
「分かった。取り敢えずは包帯と氷か……」
凛の返答を待たずに、加蓮は再び駆け出していた。あのプロデューサーの男に対しての恩義を返す為か、それとも、痛みに呻く少年の姿が、病に伏した時の……誰かに助けてほしいと思っていた自分に重なって見えたからか。どうにもそれは分からないが、自分を急かす気持ちに体は突き動かされていた。
騒ぎを知った近くの商店の店主から、袋に入った氷を幾つか分けてもらうと、加蓮は直ぐ様、持ち場に就く兵士の如く彼らの元に戻った。
「はい、氷……!」
「おぉ、ありがとう。しかし、随分と素早いな」
「必要とする人がいるなら、それに答えなきゃね」
「いい心掛けだ。だが、だからと言って、無理はしてはいけないぞ? 助ける側が倒れてはどうしようも無くなるからね」
確かに、と思わず頷きながら、加蓮はこの男に、僅かだが只ならぬ何かを感じた。冷静に慣れた感で手早く傷口の洗浄と止血を済ます彼は、どこか普通の男には思えなかった。
包帯での固定処置が終わると、凛と加蓮が少年の足に、プロデューサーの男が腕と肩に氷をあてがって、腫れの目立つ患部を冷却した。そうしていると、遠くの方からサイレンが聞こえてきた。ようやく本職さんのお出ましか、と加蓮は待ち侘びるように辺りを見回したが、しばらくして視界に入り込んできたのは残念ながら救急ではなく、付近を警邏中だった所に通報を受けたのだろうパトカーだった。プロデューサーの男はそれを確認して、少年に励ましの言葉を掛けると、凛と加蓮に向けて口を開いた。
「二人とも、すまないがここを任せてもいいか?」
「えっ、いきなりどうして……?」加蓮が思わず問い返すと、男は彼女を見据えて答える。
「私は警察と協力して、轢き逃げ犯を追う」
「追うって、犯人の特徴は覚えてるの?」
「赤いスポーツカーで、ナンバーも確認している。初心者マークを貼っていて、乗っていたのは二人組の若い男どもだ。もしかすればまだ近くにいるかも知れない」
「でも何も別にあなたが追わなくても、それを警察に教えればいいだけじゃ……」加蓮がそこまで言うと、彼女の肩に手が置かれた。それは隣で静かにいた凛の手だった。凛は振り向いた加蓮の視線を真っ直ぐに見返して告げる。
「彼が行けば力になれるから。信じて」
「ありがとう、凛」プロデューサーの男が答える。
「荷物、店の中に置いといていいから。後で取りに来てね」
「分かった。助かる」彼は力のある笑みを浮かべて頷くと、警官の元へと駆け出していった。
加蓮は目でその姿を追っていた。
「SHIELDのキャプテンロジャースだ、捜索に協力させてくれ」彼が手帳を取り出して何らかのカードを見せた後、手早く情報を告げると、警官が無線を使って各ユニットに通達する。それを確認してから、プロデューサーは商店街の反対側へと走りだした。加蓮は彼が人混みの所為で見えなくなったので、視線を少年に落としかけたが、間も無くして再び響いたエンジン音にハタと顔を上げた。あの男のマシンが響かせていた音と同じ鼓動だ。戻ってくるのか、と思った彼女の視線の先を、赤と白と青で彩られた自由の象徴が走り抜けていった。
「あ、キャップって、そう言う……」星条旗色のコスチュームを纏う自由の守人を見て、加蓮は思わず声を漏らした。ただならぬ気配の理由は、その姿が明瞭に示してくれた。それから、隣に佇む少女に、囁くように小さな声で問い掛ける。「凛……さん? あなたと彼の関係って……?」
凛はフッと微笑んで、口に人差し指を当てた。
「後であなたにも説明してあげるから、あんまり大きな声で騒いだりはしないでね」
※
「凛、無事に終わったよ」
駆け付けた救急車に少年を任せた後、加蓮は花屋に併設された渋谷家で、凛からキャプテン・アメリカについての諸々を聞いていた。そのキャップが渋谷家を訪れたのは、それらが済んでしばらく経った、夕暮れ時だった。途中で事情を聞いたファルコンとウィンターソルジャーが集結(アッセンブル)し、飛行能力とアベンジェットを使って空中から捜索する彼らの協力もあって、犯人を無事確保して警察に引き渡したので、事情聴取を任せて帰ってきたのだと言う。
「後で、あの少年のお見舞いに行ってあげないとな。傍目には分からなかったが、骨に異常が出ていたりだとか、大事になっていなければいいのだが」
「それなら、私も行く。一応、あの子の搬送先予定の病院聞いておいたから」
「助かるよ。後で問い合わせてみる」
マスクを外しながら凛と会話するキャップの姿を、加蓮は呆然と眺めた。当然だが、公園であったあの大男が、よもやスーパーヒーローであったとは思いもしなかったのだから。現に当人がご丁寧に二つの顔を並べて目の前に立っている光景を見ても、正直な所、未だ受け止めきれないでいる部分が少し残っていた。
「加蓮、口開いてるよ」
「……うぇ!?」
自己紹介で年齢が近い事が分かり、すっかり打ち解けた凛が、苦笑しながら加蓮に指摘する。加蓮は慌てながら、思わず口元を覆い隠した。
「ハイ、この人がウチのプロデューサーの……キャプテン・アメリカ」
「本名は、スティーヴ・ロジャースだ。よろしく、お嬢さん」
加蓮はどう対応すべきか混乱しながら返答した。
「北条加蓮、です。……よろしく」
「カレンか。可憐な君にはぴったりな名前だ」
「あ、えっと……ありがとう、ございます」
握手を求めて差し出されるスティーヴの大きな手をそろそろと握り返し、加蓮は軽く礼をした。
「さっきは応急処置を手伝ってくれて、本当にありがとう。ああ言う場面では、誰もが傍観者効果で助けてくれないものだが、君は力を貸してくれた。その勇気に感謝する」
「え、いや、私……」加蓮は気恥ずかしさに少し俯いて、目を逸らす。握手を解いた手で、そのまま頬を掻く。「現場に駆け付けたの、あなたが事故に遭ったんじゃないかって勘違いしただけだし……そこから先も、ただ流れに任せて必要に思えた事をしただけで……」
「だとしても、君の行いが勇敢な事に代わりはないよ。素晴らしい事をしたと胸を張っていいんだ。敬意を表するに値する」
「そんな……そこまで……」
手を当てれば頬が熱くなっているのを感じながら、加蓮は褒められる喜びに口の端が持ち上がるのを止められなかった。こうして真っ直ぐに褒められる事はそうそうなかったものだから、気恥ずかしさも感じたが、それ以上に、処理しきれない嬉しさや喜びが胸の内に沸き起こって、彼女の表情から溢れ出ていた。人に助けてもらってばかりの自分だったが、誰かを助ける事が出来たなんて、ちょっと信じられない。
「キャップ。加蓮はね、見ず知らずのアンタが無事にお店に着けたか心配してくれてたんだよ」凛が傍らで、微笑ましく二人を眺めながら言った。
「え、そうなのかい?」スティーヴは一瞬凛に視線を向けると、目を丸くしながら加蓮を見詰めて声を掛けた。「すまない、心配をかけさせてしまって……」
「あ、いや、ただ私が勝手にしただけだからさ……」しどろもどろになりながら、控えめに否定する加蓮。その横から、穏やかに微笑む凛が声を掛ける。
「聞けば、暑さで参ってた所に水を上げたんだって? お代替わりに道を聞いて。加蓮は、それじゃなんか納得出来なかったんだってさ」
「そんな、気にしなくていいと言ったのに……」スティーヴは申し訳無さそうな、しかしどこか感心したような表情を浮かべて言った。加蓮はこそばゆい気持ちになりながら、それを黙ってそれを受け入れた。彼は彼女を見て少しの間黙っていたが、やがて一つ決心したのか、眼差しに真剣な色を浮かべて口を開いた。「加蓮……君は可愛らしいだけではなく、強さと優しさを兼ね備えているね。どこか懐かしく思えるような気概も感じる。実に魅力に満ち溢れているよ。その秘められた君の力を、是非とも私達に貸してもらえないだろうか?」
「え……?」
「加蓮、シンデレラガールズに入ってくれないか?」
シンデレラガールズについて、加蓮は凛から話を聞いていた。アイドル活動を通してスターク社の製品を宣伝する事が主たるように思えるが、しかしその真の目的は、市民に根付いてしまったスーパーヒーローへのマイナスイメージを払拭する為だと言う。そんな責任重大な広報部隊とも言える企画に、自分が誘われている。加蓮は圧倒されて言葉が出なかった。確かにアイドルと言うものには、女の子共通の夢として惹かれるものがあるし、それ以上にも……。
「君の内にある真摯な精神は、人々に物事を伝えるのに最適だと思うんだ。どうだろう?」
「いや、私そんなに真面目な人間じゃ……」
「え、そうかい?」
「そうだよ。だって……」本心なのか照れ隠しなのか、自分でも分からなくなりながら、加蓮は皮肉げな笑みを浮かべて答える。「そんな、見ず知らずの誰かの為にとか立派な事考えてもないし、自分の興味のほうが優先しちゃうし……それに、アイドルになるならトレーニングとか必要でしょ? 私そう言うのも好きじゃないし、そもそも体だって人に比べて弱いし……」
我が事ながらどこか言い訳がましく感じる。そう思いながら、加蓮は言葉尻にかけて小さく消えていく説明を述べていく。
「ふむ……そう言う一面があるのも当然だろう。まだ知り合って間もないのだから、まだまだ私の知らない一面を秘めているのだろうし、自分でも気付いていない何かだってあるのだろうね」スティーヴはそれに対して全く動じず、むしろ寛容に受け止めるように返した。
加蓮は更に否定するような言葉を並べ立てた。
「それに、上下関係とかも守ったりしないし。間違ってる事を上が言えば、ただハイって頷くだけなんて、私には理解出来ないしさ……組織の中に身を置くなら、そう言うのが出来ないと駄目なんでしょ? だから……」
だがそれに対しての答えは、彼女の予想していたものとは全くの正反対であった。
「奇遇だな。それは私も同じだ」
「え?」
「兵学校で学び、陸軍兵として従軍し、その後も自由の守人として様々な機関に籍を置いたが……いつも馴染めずに煙たがられたよ。今もまた組織の中で、それも初めての会社勤めを求められているが、黒を白と言えないのは相変わらずでね。社長であるトニーを始めとして、多くの人との衝突や言い合いは絶えない」
思い当たる節があるのか、凛が苦笑して横から小さく告げる。
「言うほど派手にやらかしたりしてないと思うけど? でも、皆とよく議論は交わしてるよね、キャップ? 一日一回は必ずやってんじゃないかってくらい」
「あぁ。だが決して喧嘩にはならない程度に、しかし自分の持つ意見を伝え合っている。お互いの、年齢だとか地位だとかの立場に関係なく、ね。皆が正しいと信じられる事をより明確にする為には、それが必要なんだ」スティーヴは頼もしい笑みと共にそう返すと、加蓮にもその表情を向けて言葉を投げ掛けた。「こんな私が総括役を担っているからこそ、君の気持ちを汲めるだろうし、君もやりやすくあれるんじゃないかと、そうも思えるんだ。……少々、傲慢かも知れないがね」
それから、スティーヴは言葉を返せなくなっている加蓮を見やって、考えるように唸ると、ふと新たに言葉を紡いだ。
「もしかすると、大仰な言葉で圧倒してしまったかも知れないな。……単純に聞くとしよう。君は、アイドルと言うもの自体に、興味は無いのかな?」
「いや……無くは、無いけど」と言うよりは、憧れに近いものすらある、と加蓮は心の中で呟く。入院続きだった幼い頃、暇を持て余した彼女の楽しみの一つは、流行りの歌番組を眺める事だった。そこに出演するアイドルを眺める内に生まれた憧れは、今もまだ胸の内に生きている。少しばかり経った年月の内に、奥底に埋もれて、燻っていると言うべきかも知れないが。
「なら、その興味を活かしてみないか?」スティーヴは微笑みながら加蓮の目線に合わせ、屈み込んで言う。「企画の主目的がどうであれ、我々も世間に広まるようなアイドルを育てて、その魅力を発信する事には変わらない。君の抱く興味のままに、それに向かってみないか?」
加蓮は迷いのままに再び押し黙った。この場で結論を出せる程、彼女は自分の人生の決定権を握れている立場ではいない。幼少の頃の病弱さが、両親の恐怖心を煽り、過保護さを産んだ。今ではたった少しの未知への挑戦にも、不安を露わにし、無茶をさせない為にもと事細かに口出しをするようになっている。きっと相談すれば、表向きは少なからず応援してくれるだろうが、隠しきれない不安感から否定的な色を浮かべるに違いない。二人の心は、加蓮にも痛い程分かっている。だが、眼前に示された選択肢は、またとない機会であるのだ。自分の憧れを活かせる場へ、導いてくれる者が目の前で手を差し伸べている。これを今、取るべきかどうか……。
返答すべき内容を思考する彼女に対して、スティーヴは優しい声色で続けた。
「私達は全力で守り、支え、君を導こう。途中で見放したりはしない。最後までとことん付き合うよ、君に合わせた歩幅でね」
その真摯な眼差しが強すぎて、加蓮は目を逸らして考え込んだ。彼の言葉に偽りは無いだろう。信じさせる何かが、それも邪なものを一切感じさせない何かが、スティーヴの声と瞳の奥に宿っているのが受け取れたからだ。加蓮はキャプテン・アメリカの胸に輝くスターマークを見詰め、彼が何故人々の希望を担う星のように讃えられるのかを実感した。それから、その彼と共に働けるのは、実に光栄な事なのだとも。そして同時に、彼と共にあると言う事に興味も抱いた。だがその興味が、より一層彼女の思考を苦しめた。
「ねぇ、キャップ。あんまり並べ立てすぎると、判断の自由を奪ってるのと同じになるんじゃない?」両者の傍らに立っていた凛が、黙りこくった加蓮を一瞥してから、スティーヴの肩を叩いて小さく告げる。
「え? ……あぁ、すまない。言った傍から、急かしてしまったか。そんなつもりはなかったんだが、つい熱が入り過ぎてしまったようだ」スティーヴはハッとして、申し訳なさそうに表情を変えながら加蓮に詫て、それから再び続けた。「加蓮、もちろん今すぐ心を決めてくれと言う訳ではないんだ。自分だけでなく、家族とも十二分に話して、考え抜いてから決めて欲しい」
それは加蓮にとっての助け舟になった。時間的な余裕が出来た事は、心と頭にも余裕を生み出してくれたからだ。少し気が楽になった後、加蓮は怖ず怖ずと返答した。
「それじゃあ……少し、考えてみてもいい?」
「あぁ、勿論だとも。君の決断を、私はいつまでも待っているよ」
言いながら、腰のポーチからアイドル事業部用の名刺を取り出し、加蓮へと差し出す。迷いの混じった笑みでそれを受け取った後、加蓮はアイドル事業部の文字を見詰め、再び考え込むように口を閉ざした。帰ったら、両親に言ってみよう。挑戦してみたい事があるって。過保護な二人が全面的に許してくれるかどうか、それで全てを決めよう。
本当にそれだけでいいのだろうか。そうどこかから聞こえる声を耳にしながら、加蓮は名刺をそっと握り締めた。
※
「……キャップ、いつまでもって……いつまで?」
「否か応か、彼女の心が定まるまでさ」
凛が思わず小声で問い掛けると、スティーヴも小さく返す。それを聞きながら、凛は加蓮の表情を見やった。
「……ふぅん」
「なんだい、凛?」スティーヴは首を傾げて凛に問い返した
「案外早く定まるかもね」敏いようで何故か意外と鈍い部分のあるこの男に対し、凛は苦笑交じりに耳打ちした。
「それも……まぁ、悪くない結果かも」
※おまけ 見舞いへ
「じゃあ、キャップ。お見舞いついでに加蓮を送っていこうか」帰宅した両親から店番はもういいと聞かされると、凛はエプロンを畳み身支度をして、スティーヴに声を掛ける。
「あー……っと」スティーヴは若干言い淀んでから、彼女に返した。「悪いが、今日は車で来てないしサイドカーも付けてないから、二人も乗せられないんだ」
「バッキーかサムに車持ってきてもらおう」
「彼らはタクシーか何かか? いや、まぁ業務的には最近は専ら運転手が主になってしまってるけどさ」彼らの本来の任務はアイドルの身辺警護なんだけどなぁ。遣る瀬無くそう思いながら、スティーブは二人のサイドキックに連絡を取った。
※理由
「それにしても……突然どうしてウチに?」
凛が尋ねると、未だ首から下がキャプテン・アメリカ姿のスティーヴは訝しげに首を傾げて返す。
「花屋に客が来るのは不思議な事ではないと思うけど」
「そうだけど、花屋だったら他にもあるしさ。事務所の近くにだって」
何故わざわざウチなのか。凛の疑問に答える明確な理由は、一応スティーヴも持っている。
「いやぁ、ちひろ君に、事務室に飾り気がないから花でも飾ろうと言われてね。ついでに、家庭訪問ではないが、君の家の場所も確認しておけばいいとも言われて」
「場所の確認? なんでわざわざ?」
「何か、緊急事態があった時の為に、と」
「緊急事態?」若干の呆れを混じらせた疑問を浮かべ、凛が呟く。
「そう」スティーヴは自信に満ち溢れた様子で彼女に答えた。「例えば……スーパーヴィランに襲撃されたら、場所が分からないとすぐに駆け付けられないだろう?」
「スーパーであろうと無かろうと、ヴィランに襲撃される事なんて、そう滅多に無いよ。それもただの花屋なんて特にさ」
「そうか?」
「そうだよ」
「ファストフード店に連中が強盗に入る事だってあるのだが、私の地元がおかしいだけなのか?」
「うん、多分」
「あ、ヴィランがファンになって殺到するかも知れない」
「嬉しいようで悲しいようで、複雑だね、それ」戸惑うように笑うと、凛は続けて口を開いた。「って言うか、襲撃される前に逮捕してよ」
「それはもちろん頑張るが、備えあればと言う奴だよ」
「いや、分かるけどさ」
その時、スティーヴは何かに気付いたようにハッとして、凛に返した。
「もしかして、嫌だったのか?」
「嫌じゃないけど……何かちょっと気恥ずかしいって言うか……うん」
「そうか……すまない、あまりそう言う事は考えていなかった」
「別に、いいけどさ……」
敏いようで鈍いようで……と凛は遣る瀬無い表情で、申し訳なさそうに笑うスティーヴを見やった。
※病院で
「さっきはありがとう、おじさん」
少年がそう言うと、スティーヴは優しく微笑んで返す。
「いや、いいんだ。大事にならなくて本当に良かった」
病院のロビーで、処置の終わった少年と出くわした一行は、そこで彼の身に重大な異常もなく、すぐに完治するであろう事を知らされた。包帯こそ巻いているが元気そうな表情を浮かべている少年を見て、凛と加蓮が安堵の笑みを交わしていると、少年は二人に向けて疑問を投げ掛けた。
「ねぇ、そっちの蒼い服のお姉ちゃんはアイドルなんだよね? テレビで見た事あるよ。もう一人のお姉ちゃんも……おんなじアイドルなの?」
「え、いや、私は……」
「違うの? 可愛いからてっきりそうかと思ってた」
「えっと……ありがとう」
苦笑いで返す加蓮に、凛がそっと耳打ちする。
「加蓮、ハイって言っといてもいいよ? どうせ本当になるんだから」
「えッ? いや、駄目でしょ。まだ所属してないのに……」
「まだって事は、やっぱり乗り気なんだね。歓迎するよ」
「ぐッ……」
言葉に詰まって、加蓮は恨めしそうに凛を睨む。
「もしなれたら……凛のファン奪ってやるから」
「じゃあそうなれるように、私も協力するから。迷う事があったら相談して」
「……ありがとう」
冗談交じりの声で言葉を交わす二人を見て、少年は明るく笑いながら言う。
「お姉ちゃん達仲良いんだね。チーム組んだら最強だね」
「そうか、チームアップか。いい案だ」
スティーヴはサムズアップして、少年に感謝の意を表した。
数日後、シンデレラガールズのメンバー入りとなった加蓮は、早速凛とのコンビでユニット用レッスンを受ける事となる。その更に数日後に、三人目のメンバーが加わるのだが、それはまた別の話である。