CINDERELLA GIRLS,ASSEMBLE!! 作:グレイソン
十月二十三日
二日前から降り続けている雨が、ずっと止まない。
昼夜を通して空は暗く曇り、時折雷鳴が隙間から響いてくる。
私の、嫌いな天気だ。
今日は挨拶回りが主な仕事だった。BRIGHT:LIGHTSと言うデュオを組んでいるありすちゃんと一緒に、プロデューサーさんの運転する車に乗って、放送局や企業を回って……
応援や期待を抱くような視線を浴びた。純粋な善意を送られて、胸が熱くなる。
下卑た欲望にまみれた嫌な視線も浴びた。舌舐めずりして手籠にしようと画策する汚れた瞳に、吐き気と恐怖を抱く。
ありすちゃんは憤っていた。その身を焦がす義憤に駆られて、今にも飛び掛からんとしまいかと、プロデューサーさんがなだめていた。
だからあの子は強くて、私は弱いのか。
だから彼女の相棒は私ではなくて、彼なのか。
夜の仕事は順調だった。私も慣れてきたみたいだ。
※
十月二十四日
今日も雨は止まない。雷も、忘れた頃に存在を主張してくる。
いつまで経っても悪天候。もうすぐ誕生日なのに。
今日はレッスンをした。半月後に迫る次のステージで歌う曲に合わせて、振り付けの練習だ。
私達のユニットはトップバッターでもトリでも無く、目立たないタイミングだが、故に流れを壊す訳には行かない。手を抜かずにやり遂げた。
でもありすちゃんは少し不満気だった。どうしたのと聞いても、大丈夫の一点張りだったが、何かが気に食わないらしい。
多分それは私にではなく、自分に対してなのだろうと思う。
プロデューサーさんがまたなだめて、少し落ち着いていたようだった。
私を姉と慕うあの子に、私は何をしてあげられているのだろう。
私が妹のように想うあの子に、何を示してあげられるのだろう。
夜の仕事は少し手間取ったが、無事に済んだ。
でも、奇跡か偶然かも知れない。そう何度も続くとは限らない。
※
十月二十五日
分厚い雲が少し切れ間を作り、薄れているように思える。久々に白んだ空を見た気がした。
でも、まだ雨はやまない。陰鬱とした気分が続き、嫌な予感までしてくる。
本当に何か不吉な事が起こる前触れなのでは。非科学的だと誰かに笑われそうだが、幸いにも私の周りにはそう言った人間はいなかった。
デュオで撮影の仕事に向かった。
ティーン向けファッション誌のグラビアで、少し古風な様式の服装が似合う人間として私達が選ばれたみたいだ。
プロデューサーさんが自信たっぷりに似合うと言ってくれて、嬉しかった。普段の私も好きだと言ってくれる人だからこそ、少し変わった私も好きだと言ってくれるのが、嬉しかった。
でもきっと、それは私だけではない。
素直になるのが弱さに思えて、弱さを見られるのが恥ずかしいと感じるあの子。
必死にひた隠しにして、なんでもないように、さも当然のように振る舞うあの子。
少し上気した頬を見れば分かる。きっと、嬉しかったんだ。好きだと言ってくれたのが。
だから私は謙遜しなければ。あの子がもっと素直になるためにも、邪魔にならないようにしなければ。
夜の仕事は少し失敗した。伝えるべき情報が遅れて、危うく大きな損失を生み出す所だった。
※
十月二十六日
雨は勢いを失くしつつある。もうすぐ収まるのだろうか。
けど、薄暗い空がまるで宵闇のようで。私達の感覚を狂わせ、気分を妙にさせるような、そんな空模様だ。
新曲のレッスンをこなし、ステージパフォーマンスのレッスンをこなし、本番に備える一日だった。
完成や完璧に向かって、着実に進んでいる。トレーナーさんやプロデューサーさんはそう言ってくれる。
私もそう思いたい。長い道のりであっても、一歩ずつが肝心だから。そして私達はまだまだ始まりのほうに近い。
目指す場所は果てしなく、遠く。でも進んでいるから、近付いてる。
そう思わなくては、やっていられないし、立っている事すらも叶わなくなる。
ありすちゃんはそうは思わないらしい。
すぐにでも、今この瞬間にでも、最高で完全を手に入れたいし、そう在りたいのだ。
それは、あの子が幼くて、焦っていて、何より恐れているからなのだろう。
どう伝えるべきか。私は迷ってしまった。そのどれもが、ありすちゃんの嫌うあの子自身の問題だから。きっと怒らせて、より盲目的にさせてしまうかも知れないのだ。
私も恐れてしまっていた。あの子を怒らせて、嫌われてしまう事を。
プロデューサーさんは恐れなかった。
彼が指摘して、また宥めて、ありすちゃんからキツい言葉をぶち撒けられて、それでも諦めないで言葉を投げ掛けて。
険悪な空気になったけれど、でも彼は恐れなかった。
ありすちゃんも、認めたくない気持ちで反発していただけで、表情は既に理解しているようだった。
私は怖くて何も出来なくて、ただ黙ってオドオドしていただけ。
自分に対して嫌な気持ちになってしまった。
だから、夜の仕事も失敗したのだろうか。
二人のミスを指摘出来なかったし、私の勘違いだと言い聞かせて誤魔化してしまった。
二人に嫌味な女だと思われたくなくて。でもそれで二人を危険に晒してしまって。
結局は彼が強くて優しかったから、自然とカバーしてくれて、何か重大な被害が出る前に片を付けてくれたお陰で、無事に終われたものの、私の保身の所為で酷い結果になるところだった。
※
十月二十七日
空が晴れ……
※
鷺沢文香は日記を書く手を止めて溜息を吐き、前を見た。大きなモニターが煌々と光り、ワイヤーフレームのような街の地図と建物の概略図が表示されている。隣の画面には縮小された手配写真や監視カメラ映像が並び、反対側の隣の画面にはビークルやスーツの状態を示すゲージやグラフが映っている。ここは彼女の自室ではない。小高い丘の上に佇むウェイン家の別荘、その地下にある洞窟を改造した秘密施設――通称・ケイヴに、彼女はいるのだ。
時刻は夕方、そろそろ夜の帳が下り始める頃合いを示していた。アイドルとしてのレッスンを終えた彼女は、この無機質な基地でバットコンピュータの前に並ぶオペレーター席に座り、犯罪狩りの訓練を終えて着替えをしている二人――ディック・グレイソンと橘ありすを待っている。今日は拡張現実によるステルスプレデターの訓練を行う日で、文香もオペレーターとして連携の練度を高める為に参加していたのだ。
クライムファイターであるナイトウィングとブラックロビンとしてスーツを着込んでいるディックやありすと違い、オペレーター・プロンプターである文香には身に着ける装備は特に無い。なのでこの少しの間一人になる時間に、彼女は今日の分の日記を少し進めようとしていたのだった。しかしふとこの数日の分を読み返すと、その内容はまるでこのところの空模様と同じくらいに暗く沈んだものばかりで、我が事ながら少し辟易してしまった。
どうしてこう滅入ってしまう事ばかり目につくのだろう。そんなものばかり見ている訳でもないはずなのに。きっと内向的で後ろ向きな性分だからなのだろう。
スーツルームにいるであろう二人を思い返す。文香から見たありすは、時に本心を隠しがちになってしまう迷い子のようだが、それでも上手く折り合いをつけようと藻掻く強さを持っている。そしてディックも、自らを表す事や、己の願う道へと進もうとする事に挑み続けている人間だ。折角傍にいるのだから、そう言った部分を学ぶべきなのだ、あの二人の姿から。そしてそれを、ありすが怒りや焦りを滲ませ、心を閉ざしてしまいそうな時に、支え導く為の力として発揮すればいいのだ。なのにまだ、何も上手く取り込めていない。ただ羨んでいたり、戸惑っているばかりで、何も進められていないし、戦う場所にすら立てていない。
そこまで思って、小さく首を振り、また溜息をついた。だからそう言う所だろうに、省みる必要がある所は。
「それ、日記かい?」と背後から声がして、文香は振り返った。
着替えを済ませたディックが立っていた。訓練を終えたばかりと言うのに、疲れた様子を見せずに微笑みを浮かべている。それもそうか、彼にとっては日課のようなものでもあるし、主だった目的は相棒たるありすの成長を促す事であるのだから。そのありすは、どうやらまだ少し掛かるようだ。
「気になるなぁ。読ませては……くれないよね?」いたずらっぽく笑い、彼は手を差し出す。
文香は日記に目を落とし、少し逡巡した。これを見せれば、もしかしたら何か助言がもらえるかも。でも、もしこれを見せて、ただ根暗で卑屈なだけの女だと思われたら……それは嫌だ。彼には、そしてあの子には、そう思われたくない。
「えぇと……」文香は迷って、日記を閉じて抱えた。
「いや、すまない。そこまで戸惑わせるつもりはなかったんだ」ディックは苦笑いして手をひらひらと振った。「ただ、なんだか思い詰めてるのかなって。そんな風に見えたからさ」
「それは……そう、ですね」文香は頷いた。それから、僅かな勇気を振り絞って、自分の内心を打ち明ける。「少し、悩んでしまっている……と、思います」
「そうか」ディックは頷き、笑みの中に真剣な眼差しを浮かべる。「どんな悩みか、聞いても?」
躊躇って、ややあってから、文香は静かに言葉を紡いだ。
「私は……あなた達二人に羨望の念を抱いているようです」
「え?」
「あなた達二人は、自分の望む在り方や向かう先を見定めていて、ありすちゃんはそれを時に押し隠す事はあれど、懸命に立ち向かって藻掻いていて……ディックさん、あなたは掲げる事を恐れない。そんな姿が……私は羨ましくてたまらない」言って、思った以上に言葉が出てきた事に内心驚いて、文香は少し言葉を詰まらせる。切っ掛けさえあれば、溜まっていたものは吐き出されてくるものなのだろう。文香は息を吐き、それから再びディックを見据えて言った。「それに、あなたとありすちゃんの関係性にも嫉妬しています。師と弟子であり、兄と妹であり、友人同士であり、そして相棒でもある。互いに支え合い、導き導かれるあなた達二人の間にある絆と、それが生み出す距離感に、私は……えぇ……素直に嫉妬、しています」
「そんな事を思っていたなんて」ディックは申し訳無さそうに眉をひそめ、かぶりを振っていた。「ちゃんと見ていたつもりだったのに、つもりでしかなかったとはな……プロデューサー失格だな」
「そんな事は……! ただ、私が伝えられなかっただけで……決してディックさんの所為では……」
「君のその性格を知っていながら対応出来ていなかったのは僕の所為さ。ありすだけでなく、文香さん、君も導いて上げるべきだったんだ。なのに、ついおろそかになってしまっていた。……すまなかった。今からでもちゃんと向き合うよ。ちゃんと話そう」ディックは隣の席を引いて腰掛け、真っ直ぐに文香の目を見つめ返した。「僕に教えてくれないか、君が何を抱いていたのかを」
文香はここに来てまた恐れや恥を感じ始めていた。伝えた事で、もし受け入れてもらえなかったらどうなる? でも、伝えなければ分からない。
文香は頷いて、それから日記を差し出した。
「私の……醜い部分ばかりですが……」
「それはどうかな」ディックは受け取って、それを静かに開いた。
「羨んで、妬んで、劣等感に苛まれてばかりなんです……ずっと」
「そうか……」ディックは目を通しながら、しかし決して聞き流してはいないと分かる声で答えた。そして少しの間黙ってから、ふと目を向けてくる。「オイオイ、こんなに卑下してばかりだけどさ……文香さん、僕だって君に嫉妬してるんだぞ?」
「え……?」
「そうだろう? 君達二人は同性で、まるで姉妹みたいに一緒にいるんだ。それも互いに大切に想い合って、ありすに至っては自分の理想像を文香さんに見出してる」
「ありすちゃんが、私に憧れている……?」
「そうさ、考えてもみてくれよ。姉と慕ってるって事は、向かう先の目標としてるって事じゃあないか。学び取ろうと一生懸命になってるって事じゃあないか」ディックは苦笑いしながら続ける。「ありすだって言ってたぞ? どうすれば文香さんみたいに知的でおしとやかで冷静な大人の女性になれるのか、って。僕には想像でアドバイスするか、見て学べとしか言えなかったけど、君は居るだけで示しているようなモンだ。羨んで当然だろう?」
「そんな、私……」
「いいんだ、責めてる訳じゃあないから。でも知っていてほしいんだ。自分では分からない内に、目標とされて追いかけられているんだって」ディックは勇気付けるように文香の肩に手を置く。「君は何も劣ってなどいない。むしろ魅力で満ち溢れている。そうだからこそ、ありすも、そして僕も、憧れて羨んでいるんだ」
文香は長い前髪越しにディックの目を見た。彼はどこでもなく真っ直ぐに見つめ返してくる。そして一息吐くと、笑顔のままに続ける。
「君の透き通るような声が好きだ」
「え……?」
「自分の魅力にまだ気付けないなら、明確に挙げてみようかなと思ってね」文香が戸惑っている中、ディックは再び口を開いた。「白く綺麗な肌も好きだ。艷やかな長い髪も好きだ。鮮やかに輝く瞳も好きだ」
「あ、あの……ディックさん……?」
「大人しくもあるけど、その分落ち着いていて、触れ合う人々の事を考え、よく見ている、そんな性格が好きだ。読書家で、だから知的で、聡明さのある話し方が好きだ。歌を歌う時、誰かに声を掛ける時、まるで読み聞かせるように言葉を紡ぐ所が好きだ」彼は日記を示す。「……思い悩んでしまって、それを上手く伝えられなくて、でもどうにかしたくて、抱え込んだまま藻掻いている、そんな諦めない所が好きだ」
「そんなに言われたら……その……恥ずかしい、です」
「他にも沢山ある。数えたらキリがない。僕がこう思うのだから、きっとありすだって思っているはずさ。それだけじゃあない。君を知る全ての人がそう言うはずさ。」
「あ……そう言う好き、でしたか……」文香は赤面しながらも、舞い上がっていたような気分が急に落ち着いていくのを感じた。それはそうか、彼はそう言う目では見ていないだろう。かつて恋仲だったバーバラ・ゴードンにすら女好きと称される彼だが、自分達の事は、共に歩き、時には導き、守る対象としてしか見ていない。……いや、あるいは単にそれを秘めているだけなのかも知れないが。
「君は君だけの魅力があって、君だけが伝えられる力を持ってる。君にしか立てない立場に居て、他の誰にも出来ない支え方をしてくれている」ディックはそう言って日記を返すと、スーツルームのほうを見やった。「ありすだってそう分かっているからこそ、文香さんに憧れて、そして懐いているんだよ」
「じゃあ、私はどうすればいいのでしょう……? このままで居ていいのでしょうか……」文香はおずおずと尋ねた。このまま悶々としたままで過ごすのが正しいのだろうか。「私には……そうは思えなくて……」
「そうだな。君は自分を変えたくてアイドルになった所もある。だから今こそそれに挑戦する時なんだろう」ディックは頷いた。「まずは自分の内に秘めていた想いをもっと伝えるようにしてみようか」
「自分の内に秘めていた想いを……」
「勿論、単にぶつけるだけじゃあ駄目だ。伝え方は考えていかないと行けない。でもそうしていく内に、今以上にもっと自分の魅力を伝えられるようになっていくんだろうと、僕は思うんだ」
その時、文香は物語の中に出てくる主人公達の事を思い返していた。彼氏彼女らが想いを伝えなければ、物語は進まない。今、自分の物語は止まったままだが、ここで伝える力を手に入れれば、きっと動き出すはずだ。そしてそうすれば、胸を張ってありすと向き合える気がするし、あの子の姉と言う目標として在れる気もする。
「まだ、上手くやれるか分かりません……」
「すぐに出来るようになれ、なんて言わないさ。でも……」
「えぇ……」文香は遮るように頷いて言った「でも、やってみます」
「……その意気だ」ディックも頷き返した。
「何口説いてたんですか」声がして、文香もディックも視線をそちらに向けた。ありすが腕組みして、眉をひそめながら、二人の傍らに立っていた。彼女の目はディックに向けられている。少し苛立つようにありすは言った。「いい年の男女だとしても、あなたはプロデューサーなんですよ。アイドル相手に……未来を潰す気ですか?」
「いや、望んでクライムファイトなんてしてる子に言われたくはないな」ディックは苦笑いしながら答える。
文香はありすの表情に嫉妬のような色を見た。それはまるで自分の鏡のように感じられた。
「私、嫌ですからね。折角チームになれたのに、離ればなれになんかなるのは」ありすはそう言い、ムスッとした表情を浮かべた。それから小声で何か呟く。「……私の事を見ててくれる人がいなくなるのは」
「心配無いって、そんな事にはならないから」ディックがやれやれとかぶりを振って返す。「安心しろ」
文香もありすに伝える為に勇気を出して口を開いた。
「えぇ、いなくなんてなりませんよ……。一人前になるまで……いえ、なったとしても、一緒ですから」それから、小声で伝えた。「ずっと見てますから……私の大切な友としても、妹分としても……」
「……! 文香さん……!」
ありすが笑顔を浮かべてすり寄ってきたので、文香は上手く言えたなと微笑んで返した。
※
十月二十七日
空が晴れた。
雨上がりの空、輝かんばかりの青。
ブライトブルー。
希望の色。
私の好きな色。
私の胸の内も、少しは近付けた気がする。
誕生日には、そして新たな挑戦の門出には、相応しい日だろう。