この終末世界の異譚秘話   作:十三

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 GW真っ只中ですね。皆様は連休を謳歌されているのでしょうか、あるいはお仕事を頑張っていらっしゃるのでしょうか。
 ちなみに僕は連休を勝ち取りはしましたが、重めの風邪をひいて寝GWとなっております。今これを書いてる時点でも37.6℃ありました。寝ろって言われればその通りです。

 ゼンゼロはシーズン3に入るとの事で新キャラが続々発表されましたね。
 プレイアブルかどうかは分かりませんが、とりあえずはプロメイアちゃんとS級ビリーの獲得を目標にしていきます。
 個人的にクラレッタさんがビジュ的に好きですね。なんか関西弁キャラ以外のcv植田佳奈さんを久しぶりに見た気がするわ。




【前回のあらすじ】
 ヴィクトリア家政のリナ、カリンと共にパエトーンの依頼を受けて六大原生ホロウの一つであるクリティホロウに向かうスウェイン。
 同ホロウ内で観測実習を行っているクラスメイトの面々を心配しながら、初めての大型ホロウ内での任務を始めるのであった。




攘災招福是成るか 中篇

 

 

 

 

 曰く、人間は三歳より前の記憶は幼児期の健忘により大半を忘れるという。

 理由としては、幼児期の脳は発達の途中であり「記憶を整理して長期間保存する」という力が弱いという事が挙げられる。

 だが、言語化ができる細部の記憶の大半を忘れてしまう代わりに、感情に強烈に訴えて来る印象が強い出来事は覚えていることがある。

 

 スウェインもそうだった。人並みよりも少し上程度には記憶力がある彼ですら、幼児期の記憶などほぼ覚えていない。

 それでも、覚えていることがあった。強烈に、それこそ魂に刻み込まれたと言っても過言ではない記憶があった。

 

 

 

 『だいじょうぶだよ、スフィー。ぜったい、おねえちゃんがまもってあげるから』

 

 

 

 

 事の詳細は、何年も後に母親から聞いた。

 ホロウ災害というものはいつだって唐突にやってくる。それによって命を落とす事例も珍しくない。

 この姉弟が巻き込まれた事件もそうであった。前置きもなく、前触れもなく、エーテリアスが跋扈するホロウの中に取り残されてしまった無力な子供が二人。

 幸運だったのは、子供たちが深刻なエーテル浸食症状が出る前にホロウ調査員に発見された事である。『キャロット』を保持した正規の職員であればある程度であれば突発的なホロウ災害にも対応できるし、実質二人は生きてホロウ外に脱出することができた。

 

 二人を救ったのは、実に職務に忠実で、高潔な意思を持った職員であった。自分たちの脱出よりも一般市民の救出を最優先とした。

 ――そこに不幸があったとすれば、二人を見送った調査員が対応できないほどのエーテリアスの群れが扉のすぐ向こうにまで迫っていた事だろう。

 

 迫りくる死の恐怖。幼い子であれば精神に触れて大声で泣きじゃくったとしてもおかしくはない。

 だがそんな状況で、姉は気丈に振る舞った。何故なら自分の横には、自分の足で歩けるようになってまだそれほど歳を重ねていない弟がいたのだから。

 

 そしてその言葉は、スウェインの記憶に残った。十年以上経った今であっても、忘れた事は一度とてない。

 

 祝福となり――そして呪いともなったその言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 それを始めて見つけたのはカリンだった。

 

 クリティホロウの一角、ホロウに呑みこまれる前は建設現場が並んでいたであろうこの区域は、ところによって資材搬入用の広い道路が目立つ場所でもあった。

 鉄骨や足場の陰から奇襲するように現れるティルヴィングやアルペカ(汎用個体エーテリアス)を、リナ達が手を出す前に鋼糸で細切れにしていく。

 ホロウ調査協会が定めるエーテリアス階級の内、俗にSb(アンチモン)級やZn(亜鉛)級といった下っ端階級のエーテリアスは奇襲を受けたとしても難なく倒せる程度には戦場慣れしていた。

 

 だからだろうか。道中の戦闘のほとんどをスウェインが肩代わりしていたお陰で、リナとカリンは周囲の観察に集中する余裕ができた。

 そんな中、一団の前でキョロキョロと辺りを見回していたカリンは、自分が踏んでいた足元の地面に違和感を感じて視線を下ろした。

 

「り、リナさん、「ノクス」さん。これって……」

 

 そう言ってカリンが指さしたのは、コンクリートの地面に焼き付いたタイヤ跡だった。

 ホロウ内を根城にするホロウレイダーは少なくない。そういった連中が盗難車で移動する機会も多い。

 だが、その焼き付いた跡の幅はかなり広かった。一般車ではない。それこそ、防衛軍が使う装甲車のような――。

 

「当て逃げした車両、でしょうか」

 

 跡をそっと撫でるリナにそう問うスウェイン。イアスと接続しているアキラもそれを間近で見ると、その小さい手を側頭部に当てて思考に入った。

 

『どうだろうか。とはいえ、これだけクッキリと車輪の跡が残っているという事は、相当なスピードで走っていたんだろう。エーテリアスから逃げていたのか、それとも別の理由があったのか』

 

「ホロウの中とはいえ、時間経過で変化も風化も致します。熱こそ残っておりませんでしたが、通過してからそれほど時間が経っていないものと思われますわ」

 

 該当の車輛のものであるのかそうでないのか、そこの区別はつかなかったが、それでも唯一と言って良い手がかりであった。

 跡を見ればどちらからどちらへ移動したかどうかは分かるため、ひとまず向かってきた方角へと再び歩を進めた。

 

 移動していくうちに、工事現場区画も抜け、いつの間にやら周囲には覆い隠すような緑が茂るようになった。それとは反比例するように幾度か鉄製のフェンスを潜り抜ける機会もあり、スウェインはまるで「踏み込むべきではない場所」への移動をしているような気分になった。

 しかし、前を歩くリナもカリンも、アキラでさえも足を竦めるような雰囲気はない。それこそがホロウに対する経験値の差であると理解する。

 

 「何が起きるのかは分からない」「実際に起きた際に対処できれば良い」。事前の準備は確かに生死を分ける重要な要素ではあるが、ホロウ内での躊躇や過度の怯えは探索を妨げることになる。

 自分にはまだそこまでの「割り切り」がない。ホロウに対する根源的な恐怖が根付いてしまっている。それを愚かだとは思わないが、それをある程度は無視できる度胸はなければならない。その辺りを胸に刻みながら、スウェインも歩き続けた。

 

「こ、この辺りは昔はどんなところだったんでしょうか」

 

 恐れはしていなかったが気にはなっていたようで、発せられたカリンの問いにリナが反応する。

 

「そうですわね……「ノクス」さんはどう考えるかしら」

 

 そう問われ、スウェインは歩を進めながら数回鼻をひくつかせた。

 エーテル環境に適応した植物の緑の匂い。それに紛れるフェンスや鉄扉の鉄の匂い。外部からの視界を遮るような天然のトンネルのような舗装路は、おそらく意図して作られたものであろう。

 

「具体的な場所、もしくは存在そのものを秘匿しておきたい場所、でしょうか」

 

「悪くない答えですわ。具体的には、どのようなものを挙げられますか?」

 

「……隔離施設や実験施設、あるいは軍事施設か、軍需工場」

 

 口にしただけで、不穏な雰囲気が漂い始めて来る。

 本来、今回の依頼をこなすにあたっては必要のない情報だ。被害に遭った車を見つけ、紛失物を回収するだけ。ただそれだけのはずなのだ。

 だが、その唯一の手掛かりである大型車がそんな不穏な場所から出てきたとなれば、また別の問題を考えずにはいられない。

 

『『警告:一帯のエーテル濃度の上昇を確認。高位エーテリアスの出現に留意してください』』

 

「Fairy様、ご忠告感謝致しますわ。では「ノクス」さん、先程の問いの答え合わせはあちらの方に伺うと致しましょう」

 

 リナが促す視線の先。緑のトンネルを抜けきった広場にいたのは、防護服を身に纏った調査員が数名。いずれもが機器を持ち、何かの検査をしていた。

 

 『ヴィクトリア家政』はホロウ内での活動任務も多いが、いずれもHIAからの許可を得た上で行っている、つまりは合法のホロウ探索者である。ホロウレイダーやプロキシといった、非合法の者達とは違う。

 故に、家政メンバーは調査員を警戒する必要はなく、逆にプロキシであるアキラはただのボンプを装う必要があった。

 

「あら、あなた達は……あっ、もしかして‼」

 

「ご無沙汰しておりますわ、エマ様。あの件以降、浸食症状は快復なされたのですね」

 

 調査員の一人がリナの姿を視界にとらえると、表情を緩和させて駆け寄ってくる。会話の内容からある程度は察することはできたが、人語を発することができないアキラに代わってスウェインが問いかける。

 

「リナさん、こちらの方々はお知り合いですか?」

 

「えぇ。以前ホロウ内でのお仕事させていただいた際に、高位エーテリアスに追われていらっしゃったので僭越ながらお手伝いをさせていただいたのです」

 

「お手伝いなんてそんな‼ 『ヴィクトリア家政』の皆さんがいなかったら私たち全員エーテリアスの餌でしたよー」

 

「エマ、簡易病室のベッドの上で「『ヴィクトリア家政』への依頼料なんて払えないよ~」って呻いてたもんな」

 

「いやでも分かるよ。アンタ達には悪いけど、僕も実際助けられるまでインターノット上の都市伝説か何かだと思ってたし」

 

 富豪や上位企業等からの依頼を中心に受けている都合上、『ヴィクトリア家政』が一般人の目に留まることはほとんどない。それはホロウ調査員であっても例外ではなかった。

 そのため、家政は存在自体がインターノット上の噂話が作り出した架空の組織であるとまことしやかに囁かれる事がある。

 

「ところで、皆様方はこのような奥地でどのような調査を行われていらっしゃったのでしょうか」

 

「えーっと……まぁ別に大丈夫か。極秘調査ってわけじゃないし。調査基地からここら一帯のエーテル濃度が上がって”(ひず)み”の発生率も上がってるから調査するように言われたんですよ」

 

「お前調査機密条項……はぁ、まぁいいか。家政サンなら悪用なんかしないでしょ」

 

「普段ここらは比較的大人しい場所なんすけどね――あんなモンがある割には」

 

 調査員の男が顎を向けて指し示す先には、企業ビルにしてはあまりにも無骨な外見をした巨大なコンクリートの塊のような建物がそびえていた。

 入り口には開け放たれてそれなりの時間が経っていそうな重厚な鉄門。付近の警備員室にはもちろん人影など無く、しかしそこから視線を少し横にずらしたところに建物の正体を現す文字があった。

 

 『スリーゲート軍工 第七開発研究所』――それがこの建物の名称であった。

 

 

「す、スリーゲートって、TOPS財政ユニオンの一つ、ですよね?」

 

「えぇ。カリンちゃんの言う通り、スリーゲート軍工を抱える『スリーゲートグループ』はTOPSの一角ですわ。軍工の開発研究所は新エリー都の各地に存在しておりますが、ホロウに呑まれて閉鎖された第七開発研究所――それがこの建物ですわね」

 

「……待ってください。では例の大型車はこの閉鎖された研究所から出てきたという事ですか?」

 

 道路に目を向ければ、先程から追っていたタイヤ跡が研究所の入り口付近から伸びていることに気が付いた。周囲に他の建物も無い以上、その考えは間違っていないだろう。

 

 今回「パエトーン」が受けた依頼について、要所事項は誤魔化しながら概要を調査員たちに伝えるリナを尻目に、スウェインは彼らに気付かれないようにアキラに声をかける。

 

「どうしますか? 依頼の完遂を第一に考えるのでしたら、今すぐに引き返して依頼人の車を探しに行った方が――」

 

『あぁ、それはもっともなんだけど……』

 

『ちょーっと面倒な事になったんだよね。さっき時間ができたから依頼を再確認しようと思ってインターノットを開いたら――』

 

『『昨日18:42に受領しました本依頼の依頼者のアカウントは、1()5()()()()()()()()()()()()()()。インターノットの削除履歴からも消滅しており、文字通り()()()()()()()()()()()()』』

 

 そのFairyの報告にスウェインは眉を顰め、近くで聞いていたカリンも動揺していた。

 

「それは、つまり、()()()()()()()()()()()()という事ですか?」

 

『そういう、事になるね。依頼人が添付していた写真はH.D.Dの方に保存しておいたから無事だったんだけど……』

 

『依頼遂行中にドタキャンされて逃げられる事自体は今までにもあったんだけどね。ここまで痕跡を残さずに消えられちゃったのは初めてかなぁ。なにせFairyでも追えないくらいだもん』

 

『『否定。先程の助手2号の結論には異議を申し立てます。現在よりリソースの7割を使用してインターノットのクラッシュ履歴を――』』

 

『やめてくれFairy。仕事熱心なところは君の美徳だけれど、それをされると今月の電気代が青天井になってしまう』

 

 やいのやいのと通信の向こう側で騒がしくなるのを聞き流しながら、スウェインは考える。

 依頼そのものが消滅したのが15分前。それは一行がこの建物を見つけ、調査員に声をかけた時間帯と一致する。

 ただのドタキャンとするにはタイミングが良すぎる。よしんばただの偶然であったとしても、何らかの方法を使って痕跡まで消していくのはいくらなんでもやり過ぎであった。

 インターノット上でのプロキシへの依頼など、そもそもが胡乱である。一応のフォーマットは存在するが、依頼を完遂しても依頼人が報酬を払わないという事態もそれなりの頻度であるという。そんな曖昧が罷り通る中で存在そのものを消し去るというのは――他に何か理由があったと考えるのが妥当である。

 

「歴戦のプロキシとしては、ここで退いた方が良いと思いますか?」

 

『普通に考えればそうだろうね。僕たちは今のアカウントでもそれなりに依頼はこなしてきたし、その遂行率を鑑みての依頼だと思っていたんだけど……ひょっとすると今回の依頼人は僕たちが「パエトーン」である事を知っていたのかもしれない』

 

『気になるのは目的だよね。私たちをこの場所に誘い込むのが目的だとして、最終的にやりたいことは何かな。乱暴な物言いにはなるけど、ここで隠れ潜んでたホロウレイダーが私たちを急襲‼ なんて展開になった方がまだ分かりやすかったのに』

 

「で、でも、この辺りに私たちと調査員さんたち以外には人影も気配も見当たりませんし……」

 

「リナさんが覚えているという事は、あの調査員さんたちが身分を偽装している、という事ではなさそうですしね。であればやっぱり――」

 

 二人と一匹の視線が背後の建物に注がれる。既に人がいなくなって久しいはずだというのに、妙な気配だけは何故か感じられる。

 霊や怪奇といった胡乱なものの気配ではない。もっと現実的な、言うなれば踏み込んではならない場所といった感覚である。

 

『『警告:周囲のエーテル活性原因の再スキャンを実施。97.6%の確率で該当の開発研究所内部が原因と思われます。なお、現在進行形でエーテル濃度は上昇中です』』

 

「……その解析が真実なら、退くには目覚めの悪い事態にはなっていますね」

 

『ポジティブな言い方をするのであれば、一応今回の依頼では前金もそれなりに貰っているんだ。タダ働きにはならない』

 

『そこにいる調査員さんたちに事情を話せば、研究所に乗り込む面目は立つよね。これだけ濃いエーテル濃度だと中にエーテリアスもいるだろうし』

 

 チラリとリナの方を見ると、彼女も会話の一部始終は聞いていたらしい。元より調査員たちも周囲のエーテル濃度上昇の原因が研究所にあるとは睨んでいたらしく、その手伝いという名の護衛を行うという提案をする。

 調査員たちにとっては名のある『ヴィクトリア家政』に護衛任務をしてもらうのであれば願ったりかなったりではあったが、報酬が支払えないという理由で一度は渋い顔をした。しかしながら流石にそこは手練手管に長けたメイド長、「この行為は自分たちの受けた依頼にも利がある」と言いくるめて同行の許可を得た。

 

 研究所内部への侵入は簡単だった。

 セキュリティシステムなど今やほとんど機能しておらず、老朽化した扉やシャッターなどはカリンの電動鋸(チェーンソー)で楽々と切断できる程度のものでしかなかった。僅かに残った電子系のセキュリティはスウェインがその手先の器用さを駆使して解除し、たまに出現するエーテリアスはリナが労もなく蹴散らしていく。

 普段、エーテリアスとの接触にも神経を張りつめている調査員にとってその様子は非常に新鮮であったらしく、アキラがボンプの仕草のまま”原因”へのルートを構築している最中、男性調査員の内の一人がスウェインに話しかけてきた。

 

「しかしあのお嬢ちゃんもそうだけど、兄ちゃんみたいな若い子でも『ヴィクトリア家政』に入れるんだな。いや、誤解しないでくれ、実力を疑うつもりじゃあないんだ」

 

「まぁ自分はただのバイトですので。あちらにいるメイド長と先輩に比べればまだまだ未熟者です」

 

「若ぇのに謙虚だねぇ。今日ウチの基地に研修で高校生が来てるけど、兄ちゃん同い年くらいじゃねぇか?」

 

 調査員からのその言葉にピクリと反応する。

 

「そちらの方々は入り口近くの観測基地に?」

 

「ん? あぁ、最初はそこで観測実習をしてたみたいだけど、エーテル濃度が低水準で安定してるから、ちょっと奥の第二観測所まで足を伸ばすって言ってたな。あっちじゃねぇと広域測定装置が使えないし、せっかく来てもらった学生さんにはできるだけ色んなことを体験してもらいたいって研究室長の提案でな」

 

 それは完全に善意からの提案であった。

 原生ホロウとは言え、クリティホロウは比較的”真っ当な”性質を持っている。それは決して安全という言葉と同義語ではないが、少なくとも安定している状態であれば滅多な事は起きないという事でもある。

 

「大盤振る舞いの実習になりそうですね。我々とは大違いです」

 

「違いない。仕事だから仕方ないが、こんな不気味な仕事はとっとと終わらせてホロウの外で一杯ひっかけたいモンだ」

 

 そう、何も心配することはない。

 手早く仕事を終わらせて、帰り際にクラスメイトの様子を確認して帰ればいいだけの事。スウェインはそれだけを考えるようにした。

 

 先程の休憩の時に、その懸念は杞憂として排除したはずだった。

 だが、当初の依頼が不自然に消滅し、宛がわれたかのように目の前に問題が発生し、それがホロウ内の安全性に関わる可能性があると提示された時点で、杞憂と信じていた不安が焦燥感を駆り立てて来た。

 

 その焦燥感を何とか抑え込もうと踏み出す一歩。その一歩が増えていくたびに、エマと呼ばれた女性調査員が持っていた計測器が強い反応を示していく。

 その変動はスウェインにも理解できた。ピリピリと肌がヒリつくような感覚が強くなっていき、やがて大きく破損したシャッターの奥に”それ”を発見する。

 

 

 一見するとそれは、長い試験官が六本縦に連なった装置に見えた。

 一本の試験官内はそれぞれ二つのスペースに区切られており、それぞれのスペースが澄んだ青と緑の液体で満たされている。そんな試験管から伸びる幾本ものコードは、その全てが下部にある重厚な装置に繋がっている。

 

 その装置の周囲には、汚れた靴底の跡がいくつも残されていた。比較的新しいと見られるその跡は、ここから出ていった写真の大型車に乗っていた人間の目当てがこの装置であるという事を暗に示していた。

 計測器の反応を見るに、ここら一帯のエーテル濃度上昇の元凶でもある。三名の調査員はそれを理解すると即座に調査にかかったが、彼らが結論を導き出すよりも先に、『Random play』に鎮座する安楽椅子探偵がその正体を言い当てた。

 

『『検索終了:皆様の眼前にあるそちらの装置は、かつてスリーゲート軍工が開発していたホロウ内土木工事用時限式爆破装置です』』

 

「ば、爆破装置、ですか⁉」

 

 カリンの言葉に呼応するように、スウェインの呼吸も荒くなる。

 ただの爆破装置ではないだろう。そうであるのなら、エーテル濃度上昇の原因には成り得ない。

 

「Fairyさん、こちらの爆破装置のスペックは如何程(いかほど)ですか?」

 

『『前提として、こちらのホロウ内土木工事用時限式爆破装置《デルベアンテⅡ》は正式採用には至っておりません。旧都時代、ラマニアンホロウ内の輝磁採掘場にて稼働実権を行ったところ、カタログスペックを遥かに超えた爆発を起こして多数の死者と重傷者、行方不明者を出す事故に発展しました。それに伴う保険適用や賠償金の支払い等は既に終えておりますが、結果として該当の輝磁採掘場を起点にしてラマニアンホロウ全体のゼンレス値を2%引き上げる事となりました』』

 

「……今自分たちの目の前にあるコレも、同スペックを持っていると?」

 

『『マスターによる簡易スキャンを実行したところ、型番そのものは同型です。しかしながら当時の設計図を参照したところ、()()()時限装置と呼称されておりました。現在そちらの装置に繋がれている対浸食補強が施されたガラス容器内部に収納されているのは、混合させることで非常に強力な爆破性エーテル反応を引き起こす液体となります。そのガラス容器を十本繋げることで前述した通りの被害を齎す爆破性能を発揮すると推測されますが、現在は四本が紛失して六連式となっております。それに伴い、爆破性能自体は単純に五分の三程度にまで低下していると推測されます』』

 

『『起動条件は二つ。起爆装置と連結させて時間経過と共にガラス容器の中の仕切りを解除する方法と、装置周辺のエーテル濃度を規定値以上まで高めることで爆液を直接起爆させる方法です。――今回の場合、後者が該当します』』

 

 全身の血の気が引いていくのを感じる。

 最高スペックであるのなら、六大原生ホロウの広域ゼンレス値すら押し上げてしまうような代物だ。爆源が減り、経年劣化を考慮したとしても、これが爆破した際の被害を推し量ることができない。

 調査員たちも同じ結論に至ったのか、おおよそ高揚とは呼べないざわめきが立った。

 

「おい、おいおいおい、待てよ。爆源のエーテル容器を強引に引きちぎったクソ馬鹿野郎は一体どこのどいつだ‼ このままじゃ切断面から直接エーテル粒子が流れ込んで起爆するぞ‼」

 

「ッ‼ 爆破までの猶予時間は⁉」

 

「よ、爆液の外部エーテル耐性がどれくらいか分からないけど……一般的なエーテル爆弾の誘爆限界濃度にはもう少しで達するよ‼」

 

 直後、いち早く反応したのはリナであった。

 普段の瀟洒な彼女からは考えられないほど強引に前に割り込むと、起動中の《デルベアンテⅡ》を素早く一瞥する。

 

 『ヴィクトリア家政』はあらゆる状況に対応することを求められるプロフェッショナル集団である。

 特にライカンとリナ、家政の執行責任者とメイド長である二人は様々な技能に精通する。爆発物の解体作業にも心得があったが、十数秒ほど構造を確認する時間を取った後、力無く首を横に振った。

 

「残念ですが、今の備えでは解除はできませんわ。防衛軍の特殊処理部隊、もしくは治安局の爆発物処理班でもなければ難しいですわね」

 

「では――」

 

「すぐにこの場から退避いたしましょう。カリンちゃん、「ノクス」さん、少しでも爆発の威力を抑えるために、可能な限り建物を壊しながら進みますわ。調査員様方は先に外にお逃げください」

 

「で、でもどこに逃げれば……」

 

「ここら一帯を丸ごと吹き飛ばせそうなレベルのエーテル爆弾ですよ⁉ 足で逃げるのにも限界が――」

 

『その辺は大丈夫だ。僕たちに任せてほしい』

 

 調査員たちの足元から届く声。一体のボンプから発せられた人語に驚きを隠せなかった面々だったが、リナは内心の焦燥感を隠しながら伝える。

 

「プロキシ様、どうぞよろしくお願いいたしますわ。今回もどうか、(わたくし)共をお導きくださいまし」

 

『……あぁ、勿論だとも。必ず全員、この場から逃がしてみせるとも』

 

 ”プロキシ”。その言葉に、調査員たちが反応する。

 HIA――ホロウ調査協会の調査員たちは、高難度の入隊試験や厳しい実地訓練などを経てホロウ内での活動を許される、いわば正規のエリートたちである。

 対してプロキシやホロウレイダーなどは非正規の存在だ。ホロウ内で彼らの活動がぶつかり合う事もあり、目の上のたん瘤のように感じている者も少なくない。ホロウ内でプロキシの身柄を差し出せば減刑されるなどという話がまことしやかに語られるくらいには。

 

 だが、プロキシの全てが悪というわけではない。確かに悪質なホロウレイダーと結託して犯罪に手を染めるプロキシも存在するが、正規の職員たちではどうしても対応しきれない民間の依頼などを捌くプロキシも多い。

 故に、調査員からのプロキシへの心証は複雑なものである。正規と非正規、その線引きをしながらも上手く棲み分けをするべきだと思う者もおり、今ここにいる三人もそんな答えが出ない問いに迷う者たちでもあった。

 

 しかし、”『ヴィクトリア家政』のエージェントが全幅の信頼を寄せるプロキシ”という事実が、彼らの疑念を氷解させた。少なくとも、このボンプを介してここにいるプロキシは信じても良いのだろうと。

 その考えに至ってからのプロである彼らの行動は早かった。先導するイアスの後を追うように走り出す。

 

「皆さんも、早く‼」

 

 叫びにも似たエマの声と同時に、家政の三人も走り出す。三人ともがそれぞれ武器を構え、目につく扉や柱を手当たり次第に壊していく。

 やがて《デルベアンテⅡ》が保管されていた部屋に通じている通路が倒壊を始めた。焼け石に水の行動である事は三人ともが百も承知だったが、逃走猶予時間を削ってでも爆発威力を少しでも抑え込めるのであればやる意味はある。

 

 それだけの威力の爆弾がもう少しで爆発するかもしれない。あるいは爆発しないかもしれないし、想像しているよりも猶予があるかもしれない。そんな不確定な状況の中、命の危機を身近に感じながらスウェインはただ走った。

 ()()()()()()、という考えを否定はしない。今まで何度も家政の任務でホロウには潜ってきたが、これ程までに近く死の気配は感じていなかった。いつも傍らには先達の内の誰かがいて、下手を打った場合には加勢に入れるように控えてくれていたのだから。

 

 思い出す。幼い頃に閉じ込められたホロウの中での恐怖を。調査員の怒号と悲鳴、迫りくるエーテリアスの足音と咆哮。何もできずに死にゆく可能性を排除できない、無力感を孕んだ戦慄。

 

 

『だいじょうぶだよ、スフィー。ぜったい、おねえちゃんがまもってあげるから』

 

 

「(違う‼)」

 

 その言葉を呪いだと思いたくなかったから、必死に努力を重ねてきたのだ。

 本格的に強さも必要だと感じたから、『ヴィクトリア家政』の中で技を磨いたのだ。なのに――。

 

「(こんなところで、死んでたまるか‼)」

 

 その思いが、脚力を生んでいた。

 建物から出た時、その明るさに視界を奪われながら、離れた場所で大きく手を振るボンプの姿を視認する。

 

『三人とも、こっちだ‼ こっちに(ひず)みがある‼』

 

 ホロウ内であらゆる場所に通じる空間の捻じれ。

 ”キャロット”を持つ調査員やプロキシの同行無しで飛び込めば、最悪永久にホロウ内を彷徨う事にもなるが、眼前にいるのは新エリー都最高峰のプロキシである。飛び込むことに躊躇いはなかった。

 

「(間に合っ――)」

 

 

 

 ――瞬間、背後から轟音と衝撃が飛んだ。

 

 爆風とコンクリートの雪崩、そして高濃度エーテルの奔流。それらに背を押し出されるようにして、三人とボンプは歪みの中に飛び込んだ。

 背中に感じる熱と激痛。意識が飛びそうになるそれらに耐えながら、幾何学模様が広がるトンネルをひたすらに落ち続ける。普段は紳士的な少年が一つ繰り出した大きな舌打ちは、幸運な事に誰にも聞かれずに歪みの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

「お兄ちゃん‼」

 

 『Random play』の工房でリンが叫ぶ。

 ホロウ内での強力なエーテル爆発。間一髪のところで”歪み”の中に飛び込むことには成功したが、食らった影響はゼロではない。

 

 歪み内のトンネルを抜け、別の場所に放り出された直後、イアスとアキラの接続が切れた。

 ガクンと、まるで糸が切れた操り人形のように頭の高さが落ちる。両目を抑えながら、アキラは小さく唸った。

 

「大丈夫⁉」

 

「あ、あぁ。大丈夫だ、僕は問題ないよリン。それよりも、少しマズい事になった」

 

 脂汗をかきながら、アキラは自身の体調よりもプロキシとしての使命を優先した。

 H.D.Dと接続した両目の眼部知能インプラントが熱を帯び、一時的に発熱しているような感覚に襲われながら、現状を妹と共有する。

 

「”歪み”が閉じる直前にエーテル爆発の余波を受けたせいで、僕とリナさん、カリン、「ノクス」君が分断されてしまった。幸い、調査員さんたちは僕と一緒の場所に出たようだけどね」

 

「それは……あんまり良くないね。どうする? 三人もどうにか見つけて合流する?」

 

 リンのその言葉は、あるいは答えが決まっている二択を迫っているように見受けられた。アキラもそれが分かっていたからこそ、それほど時間をかけることなく答えを出した。

 

「いや、今は調査員さんたちを安全地帯まで誘導するのが最優先だろう。あの三人は――三人とも同じ場所に飛んでいてくれている事を祈るしかないけれど、それでもホロウ内で生き残れるだけの力はあるだろうからね」

 

「「ノクス」君も大丈夫かな? リナさんやカリンほどホロウには慣れていない感じだったけど」

 

「なに、大丈夫さ」

 

 額に浮いた汗を拭い、アキラは再びH.D.Dと接続する準備をしながら確信めいた口調で言い放った。

 

「なにせあのライカンさんのお墨付きだ。彼は自己肯定感こそ低いようだけど、ライカンさんはホロウ内業務に出せるだけの仕上がりにはなっていると自信満々に言っていたからね。――とはいえ」

 

 アキラは机の上に放り出したままだったリンのスマートフォンを指さす。

 

 

「”全員を無事に連れ出す”と約束したからね。打てる手はできるだけ打っておくべきだ。そうだろう? リン」

 

 

 

 

 

 

 

 






■《デルベアンテⅡ》
 旧都時代、ラマニアンホロウの輝磁の採掘効率を上げるために当時のポーセルメックスの依頼を受けて共同開発したホロウ内土木工事用時限式爆破装置。
 しかしカタログスペックを大きく超える爆発力を披露してしまい、ラマニアンホロウ内のゼンレス値を一時的に2%も引き上げた一種の広域兵器。
 その後、同スペックで開発中だった《デルベアンテⅡ》は勿論開発凍結され、研究所の放棄と共に最奥に放置された状態であった。
 
 基本的な使い方としては、設定した時間で起動させ、時間がくると繋がった容器内の仕切りが外れ、容器内で二種の爆液が混合することで広範囲のエーテル爆発が起きる。
 
 
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