先に謝っておきます。
後篇って書いたけど終わらなかったんで次で終わらせます。
基本的に最低限のプロットしか用意してないんで稀によくこういうことが起きます。
英雄伝説の小説書いてた時も何回かやった。
昨日ロスカリファ行ったんですが、ビデオ屋→お菓子屋→コーヒー店の移動が爆速で終わるのメチャクチャ助かる。もうここ以外でデイリー回れねぇ。
レミエールプレイアブル化はほぼ決まっていると思うので、それに全力をぶち込むためにノルムーをスルーする人もいそう。虚狩りの前後はそう言う事が起きる。
私は引くけど(鉄の意志)
【前回までのあらすじ】
ヴィクトリア家政のリナ、カリンと共に「パエトーン」の依頼を受けて六大原生ホロウの一つであるクリティホロウに向かうスウェイン。
同ホロウ内で観測実習を行っているクラスメイトの面々を心配しながら、初めての大型ホロウ内での任務を始めるのであった。
任務前にパエトーン兄妹に見せてもらった写真に写っていた大型車両のものと思われるタイヤ跡を追うと、辿り着いたのはTOPS企業の一つ、《スリーゲート》が廃棄した工場だった。
現地で出会ったホロウ調査員たちと共に中を調べていると、かつて同企業が開発した強力なエーテル爆弾を発見する。
何故か起爆起動中だったそれの爆発に巻き込まれないために「パエトーン」の導きで近辺の”歪み”に飛び込んだものの、直後の爆発の影響で家政メンバーと「パエトーン」が分断されてしまったのであった。
肺の中の空気が押し出される感覚。人間である限り逆らえないその
何が起こったかを把握するまでにかかった時間は一秒以内。跳ね起きた後の形容し難い酩酊感も気合で吹き飛ばし、周囲を見渡した。
見たところ長らく放置された廃倉庫の一角。そこの片隅に寝かされていたようだった。身体の軋みを感じながら、起きているという事を再確認するように数度意図的に瞬きをする。
気を失うまでにあった事は夢などではない。服は依然として家政で拵えた執事服であり、やや暗くなったホロウ内の景色も変わらずである。
――否、変わらずではない。
気を失う前よりも、明らかに”濃く”なっている。クリティホロウ全域を覆う程ではないだろうが、少なくともこの場所からでも、あの時背中で食らったのと同じエーテルの余波が感じられた。
「あ、目が覚めたんですねっ」
状況を把握していると、廃倉庫の上階からカリンが降りて来た。彼女がその手に変わらず得物を持っていることを考えると、状況は未だに継続中であるらしい。
「……すみません、カリン先輩。僕は一体どれくらい気を失っていましたか?」
「えっと、二時間くらい、でしょうか。で、でもしょうがないです‼ 「ノクス」さん、
「『ヴィクトリア家政』の制服は高品質の抗エーテル繊維素材で仕立てられたものですが、それでも高濃縮エーテル爆風を浴びれば身体に負荷がかかりますわ。「ノクス」さんはホロウから出次第、我々が贔屓にさせていただいている病院で検査を受けていただいた方がよろしいですわね」
そう言いながらやってくるリナの顔にも、疲労感らしき色は浮かんでいない。二人のタフさを前に、改めて自分の場慣れの無さを再確認してしまう。
実のところ、背中の痛みというのはほぼ無い。リナの言う通り事が済んだら病院に行く必要はあるだろうが、今動くために支障が出るという程ではなかった。
それよりも頭の中をゆっくりと攪拌されているような感覚の方に危機感を覚える。恐らくは軽度のエーテル浸食の兆候。今すぐにどうこうなるというレベルではないだろうが、だからといって軽視してはならない状態だ。
それを隠すことなくリナに伝えると、一瞬だけ驚いたような表情を見せた後、どこからか一本の注射器を取り出し、それをスウェインの腕に打った。それはベテラン看護師もかくやと呼べるような手際であり、痛みなどはほぼ感じられなかった。
「緊急的な措置でしかありませんが、抗エーテル剤を投与致しましたわ。半日以内にホロウから脱することが出来れば、後遺症も残らないかと」
「申し訳ありません、リナさん。ご迷惑を……」
ふいに口から出ようとした謝罪を、リナはスウェインの口に細指を触れさせて呑み込ませる。
「謝罪は無用ですわ。むしろ「ノクス」さんは良く動いてくださっています。ホロウ内での歩き方、エーテル浸食への慣らし方などはどうしても経験がものを言います。「ノクス」さんがこれからも我々と共にいてくださるのであれば、その点もいずれそつなくこなす事ができますわ」
「そ、そうです。カリンが初めてお仕事をもらった時なんか、その…………と、とにかく、「ノクス」さんは全然迷惑なんかかけてません」
スウェインは他者が思っている程器用な男ではない。
何でもそつなくこなすように見えるのは、それだけ失敗と対策を積み上げてきただけの事。初めてやる事は大抵良い結果にはならないし、その後に上手くできるようになるまでの試行錯誤の回数もまちまちである。一介の失敗でコツを掴めることもあれば、何度やってもモノにならない事もあった。
その努力を大前提とした素質とスウェインはしっかりと向き合っていたし、もどかしく思う事はあっても煩わしく思う事はなかった。だが、天才の弟に天才を求める声もまた然り。
”期待していたのと違う”という目線は腐るほど浴びた。そんな視線に腐るのも馬鹿らしいと思うようにもなった。
万人が認めるような成果は出す事が出来ない。だから、失望されたくない人に対しては凡才の全力を以て当たることにした。
スウェインにとってそれは最愛の姉であり、武の師匠であり、同世代の友人たちであり、そして――『ヴィクトリア家政』の面々であった。
「ありがとう、ございます」
絞り出すようにそう言ってから、腕を回す。
鋼糸を操るのに支障はない。先程まで感じていた頭の中の不快感も、抗エーテル剤のお陰で無くなっていた。
「ところで、ここは一体……いえ、それよりもプロキシさんと調査員さん方は――」
「順に、説明させていただきますわ」
曰く、「パエトーン」と調査員たちは、リナ達がここに飛ばされたときに隣にはいなかった。気絶していたスウェインの介護をカリンに任せて近隣を探してみたが、それらしき人影は確認できなかったとの事であった。
リナの結論としては、爆発の衝撃で歪みの出口がシャッフルさせてしまい、それぞれ別の場所に放り出されてしまった。そして自分たちが今いる場所も不明であるという事。
外部的要因でホロウ内の構造変化が起きたのであれば、念のため用意しておいた最新の『キャロット』も意味を為さなくなっているだろう。つまるところ今自分たちは、原生ホロウという大海の中で漂流状態になっているのだ。
入り口の方に視線を向けると、気絶する前には兆候すらなかった雨が降っていた。雨量もそれなりであり、それも考慮すればこの廃倉庫から動かないのが最適。――その考えは三人とも一致していた。
しかし、それはホロウ外で遭難している場合、もしくは平常時でのホロウ探索である場合である。とりわけ今は周囲のエーテル濃度も上昇しており、長く留まれば通常よりも早く浸食の影響を受けてしまう可能性も高い。
多少無理をしてでもホロウ内を探索して出口を目指す。それも間違いではなかった。単純な危険度で言えば留まる案より跳ね上がるが。
少なくともスウェインは後者を選べなかった。浸食の危険性はあるとはいえ、ここで動けば「パエトーン」がこちらを補足できる可能性すら潰してしまう。この三人の中で一番エーテル浸食耐性が低いのは自分であるのだから、救出の時まで自分が耐えきればいいだけの話なのである。
それは、リナも理屈では理解しているのだろう。彼女にしては珍しく少しの間考え込むような仕草を見せてからこれからの動き方を提案しようと口を開いた、その瞬間。
――割れた窓の隙間から、爆音が来訪した。
「ッ――‼」
数秒遅れて、廃倉庫の壁にも衝撃が到達する。トタン屋根の一部が剥がれ落ちたのを視認し、スウェインは鋼糸を天井に伸ばして自分の身を屋根の上に引っ張り上げた。
眼前に広がる景色は、雨のせいで見通しは悪かった。しかしながら、ライカンより支給された防衛軍でも正式採用されている軍用双眼鏡を使って音の発生源の方に目を凝らす。
スリーゲート重工の開発研究所の大爆発に呼応するように起きたエーテル爆発で無いことはすぐに分かった。頭上に広がる分厚い雲から奔った雷が落ちた音かとも思ったが廃ビル群の中で放置された避雷針に囲まれている状況からも分かるようにそれも違う。
「戦闘……音?」
視界に収まるギリギリの距離で、動くものを見る。雨の中でも蛍光色に妖しく光るそれは、間違いなくエーテリアスだった。
二体や三体ではない。大きさ的に大型種も含まれるであろうそれらが、何かと交戦している最中だった。それがエーテリアス同士でないのだとすれば、相対していて劣勢に立たされている存在は自ずと知れた。
「いかがでしたか? 「ノクス」さん」
気づけば、リナとカリンもすぐ後ろに控えていた。そんな彼女たちを相手に、スウェインは口を開く。
「正体不明の一団がエーテリアスと交戦中のようです。……いかがしましょうか」
エーテリアスと戦っているのが、ホロウをねぐらにしているホロウレイダーなどであれば助ける義理などない。しかしそれ以外であれば、見過ごすのは忍びない。
「参りましょう」
しかし、リナの判断は即決だった。その判断と共に前衛役を務めるカリンはいち早く駆け始め、それにスウェインとリナが追従する形となった。
「我々は『ヴィクトリア家政』です。その振る舞いには瑕疵があってはなりません」
ビル群の隙間を縫うように浮遊しながら、座学の講義をしている時の口調でリナが言う。
「確かに家政のご奉仕には金銭が対価として支払われますわ。ですが目の前のご奉仕のみに注力していれば良いというわけでもありません」
「ご用意いただいたお時間の中で最大限の結果を。今回のお仕事の”ご主人様”がプロキシ様でいらっしゃる以上、ホロウ内での人命の危機をきっとあの方は見過ごされないでしょう。――であれば、わたし共が今ここで為すべきことはただ一つですわ」
どれだけ走ったかも分からない。ただ、リナの言葉に無言で頷いたその直後に、カリンの《チェーンソー》がエーテリアスの集団を背後から切り裂いた。
一体目と二体目を回転音と共に横薙ぎで断裂。その隙間を縫うように飛んだスウェインの《天駆の糸・白夜》が複数の小型エーテリアスを絡め捕り、流し込んだエーテル電流が的確にコアを破壊する。
急襲に気付いて距離を取ろうとする輩は、総じて《ドリシラ》と《アナステラ》の射程範囲内であった。スウェインが放つより幾らも強力な電撃が一体も余さず灰燼にしていく。
「”ファールバウティ”、それに”デュラハン”っ……‼」
それらの小型エーテリアスを率いていたのは、
ぶら下げるように銃を持ち、腹部を深く貫かれて絶命していたその人間の防護服に刻まれていたのはHIAの紋章。それは、彼らが調査協会が抱える武装職員である事を示唆していた。
他にも、小型エーテリアスの物量に押し潰されたであろう職員が一名、そしてファールバウティの拳に潰され、下半身の原形を留めていない職員が一名。
思わず眉を顰めて悼む。ホロウ内でのエーテリアスとの戦闘は、
そんな凄惨な戦場を照らすかのように、再び雷が落ちる。
青白い閃光が染め上げる瓦礫の中で、スウェインは一人、武装職員が守っていたのであろう壊れた移送車の影を見る。
「――――――まさか」
瞬間、スウェインは駆けていた。家政の一員として為すべき業務すらも、その時は頭から完全に抜け落ちていた。
「カリンちゃん‼」
「はいっ‼」
スウェインのその行動に対するリナの対応もまた迅速だった。カリンの得物は今まさに振り下ろされようとしていたファールバウティの太い腕を弾き飛ばし、串刺しにした職員を吹き飛ばしたデュラハンの鋭い一閃は電気エーテルを纏ったドリシラの体当たりにより妨害される。
助太刀をもらったスウェインは、しかし感謝の言葉を述べる余裕も無く鋼糸で潰れかけていた移送車の扉を切り裂いた。
自分自身の荒い呼吸も、早鐘を打つ心臓の鼓動も邪魔だった。なるべく平静を取り繕いながら、煙たくなっていた移送車の車内を覗き見る。執事服の内ポケットに収めていた小型ライトの電源を付けると、その車内は意外なほどに良く見渡せた。
「――――
頭から血を流して意識を失っていた親友と、その後ろに倒れ込む九名の学友たち。
良く見渡せてしまったその車内の様子は、スウェインから冷静さを奪うのに十分な情報だった。
―――*―――*―――
友人、という言葉はスウェインにとって普通以上の意味を持つものであった。
扱いや接し方に困って関わらないようにしている人間はまだ良かった。アストラ・ヤオの弟だと知って何の意味もない嫉妬の念をぶつけて来る者、少しでも歌姫とお近づきになろうという下心丸見えですり寄って来る者。中学校時代はそう言った連中を適当にあしらう事に専心していた。
疲弊していなかった、と言えば嘘になるだろう。そういった事を繰り返している内に処世術的なものを身に着けることはできたが、精神的な疲労は確実に蓄積していた。
それでもスウェインは、その疲労を姉の前で表に出す事はなかったし、悩みを吐露することも無かった。新エリー都に燦然と輝くスーパースターの煌めきを自分程度の悩みで濁したくなかったという彼なりの矜持の表れであったが、それを見抜けない程アストラの目は節穴ではなかった。
「最愛の弟」と常日頃から周囲にすら吹聴する想いそのものに欠片も嘘はない。スウェインもそれを理解している。この上なく愛されているという事を理解している。
そんな姉が”弟が傷つけられている”という事を知ってどういう行動に出るかなど分かったものでは無い。学校に直接乗り込むだけならまだしも、加害してきた生徒に対して報復行動などしようものなら最悪のシナリオになる。
新エリー都民に希望と幸福を届ける歌姫は
下らない下心を持ってすり寄って来る輩には、自分に媚びを打っても貴方たちの益になる事は何もないと正面から叩きつけた。
意味のない嫉妬心から直接加害してきた連中には、証拠を揃えた上で教師も巻き込んで然るべき処置を施した。
自分だけならまだしも、姉を渦中に飛び込ませかねないと危惧した彼の行動力は、周囲の人間が戦慄するレベルで迅速であったのである。
幸いにも煩雑した中学時代はそれから少しして終わりを迎えた。卒業する直前頃には学年どころか下級生にまで”キレた時のスウェイン・ヤオ”の恐ろしさが噂レベルで広まったほどであり、遂には親しい者など一人もいない状態で彼は中学を去ることになったのである。
それを悲しい事だとは思わなかった。人間関係構築の大事さは良く理解していたが、それは姉を悲しませてまで無理矢理築く事ではないとある意味で達観していた。
だから、高校生生活にもそれほど期待はしていなかった。結局のところ中学時代と同じになるのであろうと、そう考えていたのである。
『いやー、マジビビったわ。お前本当にアストラ様の弟なんだな。まぁいいや、これからよろしくな』
入学後、隣席になった男子学生はミナギと名乗った後にそう挨拶をしてきた。それに対して、当たり障りのない挨拶を返したのを覚えている。
どうせ何も変わらない。身に刻まれたその達観は人間不信に差し掛かっていたと言っても過言ではない。
スウェインをアストラの姉と理解していて、自信もまた熱狂的なアストラのファンであり、その上で好意的に近づいてくる。そのパターンも幾度かあった。
そういった人物が求めてくるのは、決まってライブの良席のチケットであったり、サンプルとして送られてくるレア度の高いグッズであったり、強引な人間だと自宅に遊びに行かせろなどと要求してくることすらあった。
どうせこの少年もそういう類の人間だろうと思いつつ過ごし――その先入観は良い意味で裏切られる事となる。
『うひょー‼ おい見ろよこのアストラ様のニューアルバムのジャケット‼ いやー、やっぱクールなアストラ様サイコーだよな‼ あ、でも俺としては少しキュート入ってるのも良いと思うんだけど、お前どう思う?』
『へ、へへ……見ろよスウェイン。アストラ様の新衣装版アクスタ。販売開始時間からインターノット販売サイトの購入ボタン連打しまくって買えた限定品だぜ……。腱鞘炎になったかと思ったわマジで』
『え? お前ってライブ見に行く時毎回自力でチケ取ってんの? 身内特権とか無しで? マジかよ……ファンの鑑だなお前』
『は? お前にグッズたからねぇのかって? バッカお前、希少なグッズは自分の運でゲットしてこそ価値があるんだろうがよ。そんなモンを弟のお前に要求したらアストラ様に顔向けできねーよ』
『親友、今日のライブも最高だったな‼ これからルミナスの滝湯谷でラーメン食いながら感想会しよーぜ。俺はチャーシュー追加するけどお前は?』
『アストラ様が素敵なのは言うまでもねーんだけどさ、護衛兼マネのイヴリンさんも綺麗だよな。あ、やっぱお前もそう思う? そうだよな‼』
気づけば、という表現が一番正しいだろうか。
ミナギはスウェインに対して何かをねだる事もなければ強要する事もなく、アストラの弟として特別視する事もなくただ一人の歌姫のファンとして接していた。
悪意もなく、邪気もなく。そんな態度に気を張る事すら馬鹿馬鹿しくなり、教室で互いにとんでもない倍率の抽選を潜り抜けて手に入れたグッズを見せ合ったり、ライブの感想を言い合ったりと、いつの間にか気兼ねなく接するただの”友人”同士になっていた。
『あ、おいスウェイン、その顔のケガどうしたんだよ。……いや、転んだ感じのやつじゃねぇだろそれは。――は? 三年の不良に絡まれて殴られた? ちょっと待ってろ、お礼参りして来る』
『……わーったよ。殴り込みには行かねぇ。でもダチがやられて黙ってるのも性に合わないからな。お前の事だ、証拠動画くらい撮ってあるんだろ? 学年主任に提出しに行くぞ』
高校生になったとしても、有名人の弟という肩書きが気に入らない連中はいた。そういった者達の相手は慣れていたが、中学時代と決定的に違ったのは、その理不尽に本気で怒ってくれる人物がいたかどうかである。
流石に大事にするとマスコミが騒ぎ出すのが目に見えていたので、最終的に二人であちらこちらに駆け回ったのも、実はまだ数ヶ月前の出来事である。
『へ? 学級委員長? あー、そういうのも決めなきゃいけねぇのか。メンドくさいからスウェインとアリッサの一騎打ちでいいんじゃね? 俺? 俺はもちろんダチを推しておくわ』
『だってお前、周りの事良く見てるし気遣いできるし、仲裁とかも得意じゃん。まとめ役とかマネージャーみたいな役、お前には向いてると思うんだよな』
そうしたやり取りを続けていると、その周囲にいたクラスメイト達の態度が緩和するのも時間の問題であった。一人、また一人と気兼ねなくスウェインと話すようになり、遂には彼の学級委員長就任は全員一致で可決されるまでになる。
面倒見の良さというものはそれまで自分の姉のみに発揮されるスキルだったが、ここに来てそれが友人たちの間柄まで延長するようになった。疑念と諦観のみで過ごしてきた学校生活は既に無く、姉との食事の場で楽し気に学校の話をする機会も多くなった。
それら全てのきっかけとなってくれたミナギという少年の事を、スウェインは”親友”と呼ぶ。
その親友が今――自分の目の前で深手を負っていた。
「―――、―――、―――」
声が出ない。喉の奥から風切り音のような空気だけが漏れていく。
それでも、状況を全て把握するよりも前に体が動いたのは家政での教えのお陰だろう。
「ぅ……」
幸いにも、微かに意識はあった。頭部の出血は危険ではあるが致命傷ではない。脱色した髪をかき分けると、それほど深くはない擦傷が見て取れた。
それよりも深刻だったのは、破損した座席に挟まれてあらぬ方向に曲がってしまっている足の方だろう。一目見ただけでも、自力で動くのは困難な様相だった。
他の九名も手早く状況を確認する。奇跡的に今すぐ命の危機に直結するような致命傷を負っている者はいなかったが、それでもミナギ同様、身体のどこかに重軽傷を負っていた。
肉体的に負荷をかけられた状態だと、エーテル浸食による症状も早く出やすくなる。そうでなくとも早々に病院に搬送しなければ、どんな後遺症が出るか分かったものではなかった。
「(時間が、無い)」
眉間の皴が、これ以上ないほどに深くなる。車の扉を切り開いた鋼糸が、その感情に呼応するかのようにキリキリと鳴き始める。
視野が狭まり、呼吸の感覚も狭くなる。それらの異常は、車両から出てきたスウェインを見据えたリナも分かっていただろう。
前衛戦闘要員であるライカンとエレンがいなくとも、彼女らは長く『ヴィクトリア家政』で勤めてきた精鋭たち。既にファールバウティとデュラハンはコアを破壊され、エーテルの塵に帰りかけていた。
しかし、戦闘音は思いのほか広範囲に響いていたらしく、高まったエーテル濃度で本能が励起したエーテリアスたちが一体、また一体と押し寄せて来る。
その隙を見計らって、リナはカリンに目配せをした後にスウェインに駆け寄った。
「「ノクス」さん、中の方々は……」
「……先ほどお話ししました、自分のクラスメイト――友人たちでした。すぐに命に関わるような傷は見受けられませんでしたが、一刻も早くホロウから連れ出さなくてはなりません」
なので、と続けながら死角から這い上がってきていた小型エーテリアスの一体を鋼糸で八つ裂きにする。
「申し訳ありません、リナさん、カリン先輩。プロキシさんがここを見つけてくださるまで、退けなくなりました」
もし車両の中に誰もいなければ、もしくは乗っていた人間が既に死亡していれば撤退することもできただろう。
だが生きているのであれば、助かる見込みがあるのなら、ましてや彼らがかけがえのない友人たちであるのなら――ここでそれらを抑え込んででも冷徹に撤退を進言できるほど、スウェインは冷血ではなかった。
知られれば、
だがここで友人たちを見捨てて逃げるとなったら、スウェインは残りの人生を後悔と慚愧に塗りつぶしながら生きることになる。
そうなれば、彼はもう二度とアストラ・ヤオの弟として立って歩けない。誰に責められるとも関係なく、彼自身の意思がそれを許さないだろう。
才が無くとも、輝けるものが無くとも。
大切な友人たちを命懸けで救いたいという覚悟だけは、誰にも否定されるわけにはいかなかった。
「その点に関しましては心配無用ですわ」
『カッコつけんじゃねーぞ‼』
『ネーゾ‼ ネーゾ‼』
雷雨の中でも、彼女は優雅だった。やんちゃなボンプたちに軽く頭は小突かれたが、それが逆にスウェインの頭に上った血を冷ます。
「我々は『ヴィクトリア家政』です。その振る舞いには瑕疵があってはなりません」
それは、先程聞いた言葉と全く同じ言葉。
「
しかし、その声には先程よりも熱があった。赤橙の双眸に、スウェインにも劣らない覚悟の色が滲み出す。
それに呼応するように、カリンの《チェーンソー》が再び駆動音を上げる。正面、左右からエーテリアスの集団が顔を出した。
「お客様方、大変申し訳ございません。これより先は貸し切りの一画でございます。――お引き取りを願いますわ」
無論、エーテリアスに人間の言葉など通じはしない。
知った事かと言わんばかりに襲い掛かって来るそれらを、カリンが根こそぎ斬り倒す。僅かに武器の重さに振り回されるところはあれど、彼女も立派な家政の一員。この程度は朝飯前であった。
それでも飛びかかって来るエーテリアスたちを《ドリシラ》と《アナステラ》を介した電撃が焼き、その軌道の隙をスウェインが埋める。
一見隙が無いように見えるが、それでも人数差だけは埋められない。音は音を呼び、エーテルの網は繋がっていく。そうして際限なくエーテリアスは湧き出てくるのだ。
防衛戦という点で見れば圧倒的に不利である。
だが、「不利である」という事実は、戦いをやめる理由には成り得ない。
スウェインの願いに付き合ったというだけではない。彼らは『ヴィクトリア家政』である。最高以上の完璧を謳う組織である。
その矜持は、脚を踏みとどまらせる理由には充分であった。
―――*―――*―――
頭の中で早鐘を打つような痛み。幸か不幸か、その痛みで彼の意識は再び浮上した。
視界は靄がかかったようにはっきりしない。震える手で額を触ると、ねっとりとした感触を持った液体に触れた。
紅いそれが何であるのか、朧げな思考の中でも理解できる。何とか動いた両手で席から這い上がり、周囲を見渡した。
自分の他に、同じ車に乗っていた九名のクラスメイト。全員が小さくうめき声を出したり、身体を小さく動かしていた。
安全息のホロウ内でピクニック感覚だったのがいけなかったのかと今更ながらに後悔する。小さい頃に味わった旧都陥落の際の混乱の恐怖を忘れたわけでもあるまいに。
ふと気づく。車の外で大きな音が鳴り響いている。
雨音と雷の音だけではない。地面を踏み鳴らす音、コンクリートを破砕する音、鉄がひしゃげる音。―――それらの合間に、洗練された鋭い音が差し込んでくる。
割れた窓から外の様子を窺う。身体を動かすのも意識を無理矢理保たせるのも限界が来ていたが、何故か無性にそれが気になって仕方がなかった。
そこでは戦っている人間たちがいた。
どういうわけかメイド服や執事服のようなものを着ていたが、眼前に広がるエーテリアスの大群たちを前に一歩も引かない戦いをしていた。
自分たちをここまで護衛してくれていた戦闘員達とは比べるまでもない軽装であったが、戦闘の素人である彼から見ても、その戦いは一流がするそれであると理解できる。
何より驚いたのは、彼らが戦う場所より後ろにエーテリアスが一歩も進めていないという事。彼らはもしかして自分たちを守ってくれているのかと思い至るのも普通の事だろう。
『リナさん‼ カリン先輩‼』
お世辞にも音が通りやすいとは言えない環境下で、そんな声が彼の耳に入り込んできた。
執事服を着て戦っている黒髪の少年が大口を開けて叫んでいる。その声に、彼は目を見開いた。
容姿は違う。髪色も違う。外見だけで言えば背丈くらいしか似たところはない。
だが、その声を聞き違う事はない。出会ってまだ数か月程度でしかないが、ほぼ毎日顔を合わせ、会話をしていた親友の声を、どうして聞き違えることができるだろうか。
何故、という感想がまず思考をよぎったが、あの執事服の少年が親友であるのならば、自分たちを守ってくれるのも納得が行く。
口惜しいのは、それに対して自分たちが何もできないという事。唯一辛うじて意識が回復した自分ですらこの様である。何をしても、足手纏いになるだろう。
「(すまねぇ……スウェイン)」
命懸けで守るための戦いに挑む親友に対して、彼は心の中でそう謝罪する事しかできなかった。
窓の淵にかけた手の力が、徐々に弱まっていく。
次に稲光が光った時、彼は再び車両の汚れた座席の上に沈んでいた。
「知り合い」状態までなら誰でもなれるけど、「友人」までのハードルが高いスウェイン君。
他人に対して基本的にあまり期待はしないけど、いざ一度入れ込んだら相手に対する感情は重くなる。
似てないように見えて、執着心という点ではちゃんと似ている姉弟なのである。