亀更新という悪い癖が出てきた今日この頃。皆様クソ暑い夏をいかがお過ごしでしょうか。
ゼンゼロは三周年を迎え、初代虚狩りをプレイアブルに迎え、テンションは上がるばかり。
最近は擬人化Fairyに衝撃を受けました。天才だと思ましたね、えぇマジで。
自分はレミエールさんを1凸+餅武器にするために多少無茶をしたので(2すり抜け)、シグリットさんは引かない可能性があります。勘弁してくだせぇ(泣)。
【前回までのあらすじ】
ヴィクトリア家政のリナ、カリンと共に「パエトーン」の依頼を受けて六大原生ホロウの一つであるクリティホロウに向かうスウェイン。
同ホロウ内で観測実習を行っているクラスメイトの面々を心配しながら、初めての大型ホロウ内での任務を始めるのであった。
任務前にパエトーン兄妹に見せてもらった写真に写っていた大型車両のものと思われるタイヤ跡を追うと、辿り着いたのはTOPS企業の一つ、《スリーゲート》が廃棄した工場だった。
現地で出会ったホロウ調査員たちと共に中を調べていると、かつて同企業が開発した強力なエーテル爆弾を発見する。
何故か起爆起動中だったそれの爆発に巻き込まれないために「パエトーン」の導きで近辺の”歪み”に飛び込んだものの、直後の爆発の影響で家政メンバーと「パエトーン」が分断されてしまったのであった。
放り出された先では、クリティホロウ内で校外実習をしていたはずの学友たちが事故に巻き込まれてエーテリアスの襲撃を受けていた。
彼らを救うためにリナ、カリンと共に参戦したものの、高濃度エーテルによって誘引されたエーテリアスの物量に徐々に押され始めていた――。
「先生は、どうしてそんなに強くなれたんですか?」
それはスウェインがイヴリンから戦い方を教わりだして少しした時の事。
休憩中にスポーツドリンクを飲みながら、彼は気になっていたことを師であるイヴリンに隠すことなく訊いたのである。
答えてくれなくとも良かった。気になりはしたが、無理矢理他者の古傷を抉ってまで訊きたい事でもない。
だが、少し考えるそぶりをした後に、イヴリンはその問いに答えた。
「……それほど大した理由があったわけではない。ただ、
そう答えた声色は、過去を振り返って郷愁にふけるなどといった上品なものではなく、僅かな懐かしみと大半の無感動が入り混じった薄色のものだった。
――実際のところ、スウェインはアストラの紹介でイヴリンに出会った時から普通の人生を歩んできた人物でないことは見抜いていた。
様々な大人の悪意、虚飾に晒されていたスウェインは、好むと好まざるとにかかわらず、姉同様人を見る目を養っていた。それでも姉とは違い、基本的に猜疑から始める形ではあったが。
『ラッキーエリー』のプロデューサーを務めた後、『パルカファクトリー・フィルムズ』で三年間助監督を務め、その後『帝高エンターテインメント』に就職――聞いた限りでの彼女の経歴がそれであったが、それらの華々しい経歴と実際の彼女の姿を見比べた時に、その情報を鵜吞みにする人間がどれくらいいるのだろうかと彼は思っていた。
少なくとも、彼女からは鉄火場を潜り抜けてきた匂いがした。かつての旧都陥落の際、そうした雰囲気を漂わせた調査員や防衛軍の兵士を何人も見ていたスウェインにはそれが理解できた。
そんな人物が姉に危害を加えようとしてきたのであれば、たとえその姉に嫌われようとも阻止するつもりでいた。
しかしながらそこは流石のアストラ・ヤオといったところ。数ヶ月も経つ頃には、出会ったばかりの時に発していた刺々しく鋭い雰囲気が見て分かるほどに軟化していたのである。
それはつまるところ、アストラという人物の人格に惚れ込んだという事でもあり、同時にアストラのワガママに存分に振り回されたという事でもある。
同担感情、そして同情心を彼が抱くには、十分過ぎる経験を彼女は積んでいたのであった。
戦い方を教えてほしい、と乞われた時、イヴリンは流石に言葉に詰まった。
自分の戦闘スタイルがお世辞にも正道とは言い難い、という事もあったが、それ以前に自分のような人間が戦いを教えるなどという高尚な事に手を出すべきではないという自虐心が勝っていたからである。
それでも、アストラからの願いもあり不承不承ながら教え始めた。
その限定的な師弟関係が義務感からくる無機質なものではなくなるまでそれほど時間がかからなかったのは言うまでもない。
彼は素直だった。自分が気を許した相手に対してのみ、という条件は付くが。
一つの事柄を教えれば、少しの時間で自分なりに解釈を噛み砕き、理解し、自分の才覚に合わせた形でモノにしてくる。「一を聞いて十を知る」タイプの天才ではないが、少なくともイヴリンに「教える楽しみ」を芽生えさせたのは確かだろう。
――だからこそ、そんな教え子からの「強くなった理由」に対して言い淀んだのはある意味当然の事であった。
『組織』に属していた頃は外で言うのは憚られるような仕事を幾つもこなしてきた。イヴリン・シュヴァリエという”本名”で受けていた今回の任務など、その中ではまだ生易しいものだ。
生きてきた環境が根本的に違う。それが異なるのであれば、戦う理由も強くなった理由も必然的に異なるというものだ。
「君は、私のような強さは得なくてもいい」
何かを傷つけるため、壊すため。
「君は誰かを守るため、救うために強くなるといい。聡い君ならば分かるだろうが、ただ身勝手に壊し続けるだけの強さは、いずれ己の身も灼く事になる」
彼が何の為に強くなりたいかは充分に理解しているつもりだった。
だからこそ、その渇望の方向性を誤らせない事。それが仮とはいえ師となった自分ができるせめてもの義務であろうとイヴリンは覚悟を決めていた。
「覚えておいてくれ。君の強さを私は知っているという事を。己の無力さに直面しても、それを乗り越える努力を積み重ねられる君を。危機に直面した時に、最後の一秒まで打開策を思考し続けられる君を」
「だからこそ、君はどんな時でも冷静でいるべきだ。感情的になっても良い。義憤に駆られるのも良い。だが戦う時は、君の強さを存分に振るえるように構えていろ」
「それさえ守れば、きっと君の強さは――唯一無二のものになれる」
―――*―――*―――
双眸を限界まで開くと、眼前には今までと全く変わらない戦況があった。
十秒か、一秒か、あるいはそれ以下か。それでも確かにスウェインは意識を飛ばしていた。
その僅かばかりの正気の喪失が、師の言葉を思い出す契機になるとは――何とも皮肉な事ではあったが。
本格的に戦闘を開始してからどれだけの時間が経ったのか。時間感覚にはそれなりに敏感であったはずなのに、三十分を超えた辺りからその時間管理に割くリソースを全て戦闘行為に回すようになった。
ご丁寧にも、エーテリアスたちは降り注ぐ雷雨のように絶え間なく押し寄せてきた。一体一体の戦闘力そのものは大したことはなくとも、それが終わりも見えずに続くとなれば次第に物量の差というものが露わになって来る。
先頭に立って鉄が軋む音と共にエーテリアスを切断し続けていたカリンも被弾が増えてきた。彼女が苦痛の声を挙げる度に、リナとスウェインの後衛組が彼女を連れて僅かに戦線を後退させる。
「ま、まだ、大丈夫です。カリン、やれます‼」
気丈にそう言い放つものの、流石に長時間の戦闘のせいで疲労とダメージの蓄積は無視できないレベルに至っている。
スウェインもある意味そうだった。リナに打ってもらった抗エーテル剤の効力も、激しく動き続けることで想像よりも早く切れかけている。一度は収まっていたはずの軽い意識の酩酊感も、再び表に出てこようとしていた。
「「ノクス」さん、限界のようでしたら車両の方へ。わたしとカリンちゃんで何とか前線を押し留めますわ」
「――いえ、問題ありません。まだ、いけます」
そう言うような人間は大抵大丈夫ではないというのが相場である。しかし、倒れかけの人間であったとしてもここで脱落すれば一気に押し潰されるであろうことはスウェインにも容易に想像できた。
鋼糸を操りながら思考を巡らせる。
救援が来るまでにどれだけ時間がかかるか分からない。ならば今最も重要なのは、戦闘要員が誰も欠けない事である。
それを為すのに必要な手段は――
机上の空論として考えた事はあった。自分の身で試し続けて、紛いなりにもライカンやエレンといった強者とそれなりの時間戦い続けるだけの練度は手に入れた。
しかしそれを、他人の体で試したことはない。どれほどの作用が生まれるか、どのような副作用がでるのかも。
本来であれば、このような土壇場で試す事ではない。十分な説明をした上で承諾を取り、最大限安全に配慮した上でようやくできる事である。
だが今は――そんな時間はない。
「リナさん‼ カリン先輩‼」
声帯を酷使し、限界以上の声を絞り出す。その声量に驚いて振り返った二人は、必然的に足も止めていた。
その隙にスウェインは、己を含めた三人を囲うように鋼糸で円を描く。技の効果範囲の可視化。冷静に、確実に、成功に至るまでのプロセスを描き、そしてなぞる。
直後、円の範囲内に青白い電気が走る。リナとカリンの二人は僅かな痺れを感じたが、不思議とそれに対して不快感は感じなかった。
例えるのであればそれは、整体などを行う際に一時的に体に電気を通された時の感覚だろうか。流石にそれよりも衝撃自体は強かったが、電撃がまるで意志を持っているかのように身体機能に働きかけ、長期戦で蓄積していた肉体の疲労も霞みのように消えていく。
一般的に、エージェントが持つ音動機というものは、高出力で運用することを前提に設計されている。ホロウ内でエーテリアスを相手に戦う者達であれば尚更、エーテル属性による突破力というものは大事になる。
だが、アストラが弟のために特注で贈った音動機『静嵐のライラック』は前提仕様そのものから異なっていた。
あえて最大出力の上限を低く設定し、その代わりに属性エーテルの操作力・干渉力に重きを置いた仕様。
元々エーテルエネルギーの出力適性が低いスウェインにとってその仕様は吉と出たが、更にその仕様の特異性に応用性を見出した。
『「ノクス」さんのエーテル属性は”雷”ですが……非常に器用な使い方をされますわね』
『ヴィクトリア家政』の中で同じエーテル属性を内包するリナとは、以前から戦闘スタイルについて度々相談に乗ってもらう事があった。
エージェントはその戦闘スタイルにより、大別して五つの特性に区分される。
「撃破」「強攻」「異常」「支援」「防護」。その中でリナとスウェインは「支援」の特性に該当する。
その特徴は、同行するエージェントへの
ホロウという極限状況下においては、時に最前線で肉弾戦を繰り広げる者達よりも重宝される存在でもある。
故にその戦闘方法には何よりも器用さが求められる。戦闘盤面を俯瞰して見極め、為すべき局面にあるべき支援を投入する。特にリナは、家政の中でそれが一番秀でていた。
『確かに、その音動機の特性であれば「ノクス」さんが行おうとしている事も可能ではありますわ。しかしそれには、出力を常に一定にした状態で針の穴に糸を通し続けるような極度の集中力が必要になります』
『正直に申し上げますと、わたしでも実践段階に持っていくのは些か厳しいでしょう。――それでも努力されるというのであれば、このリナが幾らでもお付き合いさせていただきますわ』
『「何故付き合ってくれるのか」、ですか。メイド長の視点から見てその技術が家政の利に繋がると判断したのもありますが……ふふ。それよりも、困難な事に挑戦しようとしている若い方の力になるのが年長者の務めですもの』
そう言ってくれたリナの協力の下、スウェインはこの独自の特殊スキルの理論を編み上げた。その内容は――
「「ノクス」さん、凄いです‼ これならカリン、まだまだ行けます‼」
「カリン先輩には
「だ、大丈夫です‼ 行きます‼」
通常、強化・弱体を得手とする「支援」エージェントでも、その強化・弱体化内容はエージェント側があらかじめ指定したものを強制的に掛けることになる。
例えばアストラであれば自分の歌が届く範囲の味方の攻撃力の底上げ、リナであれば敵の防御力や装甲を貫ける貫通力の底上げといった風に。
だがスウェインは、
複数
スウェインはこの技を自分自身の体を実験体に繰り返し使用し、机上の空論から少しづつ実践レベルに落とし込んでいった。こうした土壇場で他者への強化が成功できる程度には。
「成し遂げられましたわね。このリナが保証いたしますわ。「ノクス」さん、あなたはこの瞬間を以て唯一無二になられました」
「……早計です、リナさん。僕はこの技を、百回やっても百回成功できるように精度を上げなければなりません。詰められる無駄な工程はまだまだありますので」
そう言葉を交わしている間にも、
動き回るエーテリアスのコアを的確に捉えて一撃で仕留める。小柄な体躯を利用して懐に潜り込み、死角から一気に複数体の胴体を薙ぎ払う。
力任せなように見えて、そこには確かな技量がある。それを底上げされたことで、今のカリンは地力以上の力を引き出せていた。
「(体が――軽いっ‼)」
周囲に充満するエーテルを振り払うようにカリン・ウィクスは駆ける。そんな彼女を援護するように降り注ぐ雷柱も、先程まで以上の威力があった。
リナに掛けられた
単純な火力は増大した。しかしそれにも時間制限はある。永遠に効力が続く
故に今のスウェインに求められるのは、高い集中力とエーテル操作が求められる技を倒れ伏すまで掛け続ける事。一度でも掛け損ねたら、その時点で前線は食い破られる。
唇の端を血が伝う。鼻から滴るそれを拭う暇すら無い。とうに限界ギリギリの意識を保つために鋼糸の一本を自分の足に突き刺して痛みを与え続けているが、それすらも効かなくなってきている。
特殊スキルを使えるのはあと一回か二回か、あるいはそれ以下なのか。その思考は早々に脳内の奥底に沈めた。そんな事を一人で論じている暇があるのなら、少しでも残っている集中力をかき集める方が有意義である。
「「ノクス」さん、無理はなさらず」
「申し訳ありません、メイド長。道理の方が引っ込まない限りは無理を通さねばなりませんので」
だが、まだいける。物量では未だ不利だが、討伐速度が飛躍的に上がったカリンと、攻撃範囲が広がって広域をカバーできるようになったリナがいてくれれば何とか前線を維持できる。
後は援軍が来るまでこの状況を保持できれば――。
「■■■■■■■■■―――――――――ッッ‼」
直後、大気が震える。
強大な雷鳴と共に現れたソレは、エーテルに飢えていた周囲のエーテリアスたちを瞬時に黒炭に変えた後、コンクリートの上に静かに降り立った。
「トラ、キアン?」
そのエーテリアスの姿はデータで見た事があった。エーテリアスにしては痩身な体躯と青白い雷光を纏った槍を持つその姿は、まさしくそれであったはずだった。
「……いえ、これは――」
しかしリナはその呟きに否と答える。外見は確かに高危険度エーテリアス”トラキアン”であったが、その矢理に纏う雷光の量は通常個体のそれとは比べ物にならない程強大であった。
また、その全身にも鎧のように同色のエーテルを纏っている。まるで重騎士のような見た目ながら、その機動性には些かの陰りもないように見える。
カリンもそれを瞬時に理解したのか、飛び退いて再びリナの隣に立った。
「トラキアンの要警戒種、といったところですわね。恐らくは雷をその身に受けて適応した種でしょうか」
「ほ、放出されているエネルギーが全然違います……‼」
高濃度エーテルをその身に纏っていれば、その分エーテルを纏わせない物理攻撃の威力は大幅に削られてしまう。
つまるところ、疲弊した状態で戦える相手ではない。普段であれば、たとえ『ヴィクトリア家政』と言えども即座に一時退却を選ぶ相手である。
だが、いまは退けない。退いてよい状況であれば、ここまで追い込まれてはいない。
トラキアンの目が光る。それに合わせてスウェインが鋼糸の一部を飛ばしたが、それは容易く弾かれた。
分かっていた事である。自分よりも遥かに強い家政の先達達が攻めあぐねている敵に、自分の一撃が通るはずもない。
故にこれは――
「リナさん、―――はまだありますか?」
リナに近寄り要求した物。それを聞いてリナはメイド服の内ポケットを探った。
「……ありますわ。しかしこれは使用後の余りで適正量には――」
「問題ありません。僕自身に使うわけではありませんので」
そう言いながら”それ”を受け取り、眼前を見据える。
敵は単身。しかし強大。受け身の姿勢で隙を待つわけにはいかない。
であれば、こちらから仕掛ける他はない。その作戦を伝える前に、リナが一歩前へ出た。
「リナさん」
「承知しましたわ。このアレクサンドリナ・セバスチャンが必ずや隙を作り出しましょう」
両の五指を軽やかに動かす。それに伴いドリシラとアナステラが再び宙を舞う。
首筋を伝う冷や汗は誰にも悟られてはならない。手足にまで及ぼうとしている疲労感と筋肉の軋みもまた同じ。
リナは『ヴィクトリア家政』のメイド長である。常に優雅に、常に瀟洒に、常に余裕をもって在らねばならない。
たとえそれが痩せ我慢であったとしても、自分よりも若い者達が命を懸けて戦っている最中に弱気など見せられるはずもない。
それはある種の矜持であった。それを背負い、リナは電磁浮遊で浮いた体をトラキアンの前に滑り込ませる。
振るわれた鋭い槍の一閃を寸前で躱す。通常種のトラキアンのそれよりも速い攻撃をリナは動体視力と経験則だけで見切り――しかし放出された鋭い電気属性エーテルはリナの白磁のような
視界の端に映る鮮血には何も思わない。自分から距離を取ろうとするトラキアンにまるで追尾弾のように付き纏い、退路を徐々に限定させていく。
『チッ、硬ぇな‼』
『カテェな、カテェな‼』
密度の高い電気エーテルを纏ったドリシラとアナステラの体当たりは、並のエーテリアスが相手であれば接触部位に大穴を開けられる威力を持つ。
しかしながらこの亜種型のトラキアンはそんな攻撃すら容易く迎撃する。空中から降り注ぐエーテルの剣雨は二体のボンプを捕えるに至らなかったが、戦況は依然トラキオンが優勢な事に変わりはなかった。
しかし、それもリナの策の内。己を突破できる方法がこちらに無いと理解すれば、いずれ体表防御に回しているエーテルも攻撃に回すだろう。
エーテリアスであっても、環境に適応できる亜種となればそういった状況に即した行動を取る。リナは経験則からそう予想した。
それはあくまでも経験則でしかなかったが、トラキアンが持つ槍の電光が一層増したのを見て、その予想を確信へと変える。
「非礼をお詫びいたしますわ、お客様」
ドリシラとアナステラを手元に引き戻しつつ、蓄積させていた電気エーテルを音動機の力で最大限に励起させる。
狙うはトラキアンがこちらに技を放つその直前。薄くなった防御を一点で穿ち、貫く。
終結スキル『女王の侍従たち』
二体の戦闘用ボンプが螺旋状に回転しながら電気を纏って弾丸のような速度で発射される。
直撃したのはトラキアンの胴体。完全に虚を突かれた形になり、その巨躯はそのまま廃ビルの壁面に叩きつけられた。
「■■■■■、■■■■■‼」
しかし、それはトラキアンのコアを破壊するには至らなかった。確実にダメージは与えられはしたものの、未だ健在。
だがそれでも、隙を作る事には成功した。
「任せましたわ、「ノクス」さん」
そう呟くリナの横を、鋼糸が巻き付いた小さな物体が飛んでいく。
それは数ミリのズレも無く、トラキアン顔部にあるコアに突き刺さる。
直後、先程まで咆哮していたトラキアンが苦悶にも似た叫びを挙げた。
コアに突き刺さっていたのは、その巨躯に比べればあまりにも小さな注射器。その中身は、先程スウェインに打たれた抗エーテル剤の残り。
抗エーテル剤は文字通り、有機物・無機物問わず浸蝕する性質を持つエーテルを不活性化させる薬剤である。
それをエーテルの塊であるエーテリアスのコアに直接打ち込めば、理論上は確かにその動きを抑制できる。だが、人体に影響が出ない程に希釈された薬剤を高位エーテリアスに打ち込んだところでマトモな効果は期待できない。スウェインも、その程度の事は理解していた。
精々が一瞬、呻き声を挙げさせる程度。目くらまし程度の効果があれば上々。一秒にも満たない隙であったが、完全に無防備になったその瞬間に、スウェインの鋼糸がコアに巻き付いた。
「――お粗末様でした」
今の自分が出せる最高出力。低出力がデフォの『静嵐のライラック』を超過駆動させて熱暴走直前まで回転させる。
爆裂音のような鈍い音が響くと同時に局所的な破砕が起きる。その余波で背後のコンクリートが崩れ落ちたが、その電撃と衝撃が急所に直撃したはずのトラキアンは、未だに殺意を練り上げていた。
コアにも罅が入り、エーテル粒子がとめどなく溢れ落ちる。その影響で両脚も左腕も痙攣してマトモに動いていなかったが、唯一武器を握った右腕だけは震えていなかった。
――エーテリアスに矜持や意地があるかどうかは定かではない。そうなる前の元の人格など、もはや欠片も残っていないはずである。
それでもこちらへの攻撃をやめようとしないその姿は、スウェインには戦士のように見えた。敬意を払うかは別問題だが、少なくとも嗤って倒せるような存在ではない。
「カリン先輩」
高い跳躍からの唐竹割りの一閃。物理属性エーテル特有の空間振動を纏ったそれは、耐久度がガタガタになったトラキアンのコアを縦一文字に斬り裂いた。
そこでようやく、握りしめていた槍も地面に落ちる。頭部から順繰りにエーテル粒子と還って行くトラキアンの様子を見ながら、スウェインは深く深く息を吐いた。
「お二人とも、ありがとう、ございました」
成功するかどうか確証が持てないある種の賭けに乗り、そして戦ってくれた。
そのお陰で親友と友人たちを守る事が出来たのだ。スウェインとしては、感謝してもしきれない出来事であり――しかしリナとカリンはその感謝に対して「どういたしまして」と言わんばかりの笑みを向ける。
振り向くと、クラスメイト達が乗っている車両は無事だった。戦闘の余波による破損は見当たらない。
すぐに駆け寄ろうとしたが、既に限界を超えていた体は戦闘後の安堵により本来の状態を取り戻しつつあった。平たく言えば、足は動かず、腕に力が入らず、視界は既に定まらない。まさに満身創痍といった有様であった。
「ッ――――‼ 「ノクス」さん‼」
リナの叫びに似た声に反応できたのは、今まで鍛えた条件反射によるものであっただろうか。
霞んだ視界でも理解できる。トラキアンとの戦闘中は身を潜めていたエーテリアスが、一番弱っていた自分を目掛けて飛びかかってきたのだと。
迎え撃とうと指に力を入れたが、酷使しすぎた両指は既に横薙ぎに振るうだけの力にすら耐えられなかった。
弛んだ鋼糸では何も防ぐことはできない。血相を変えたカリンと、限界以上に加速したドリシラとアナステラが駆けつけてはいたが、その助けが入るよりも先に眼前のエーテリアスの牙か爪がスウェインを引き裂くのが先だろう。
「(姉さん、ごめ――)」
走馬灯、などというものは見えなかった。不意に心中をよぎったのは、やはり姉に対する謝罪。
それでも諦めて目を伏せなかったのは、彼なりの意地であった。諦観から死を受け入れるというのは最も厭う行為。最後の最後まで抗って見せようと奮起を見せたその瞬間――。
「ギリ、間に合った」
飛びかかっていたエーテリアスの横っ腹を、鋏状の刃を持った長柄武器が貫いた。
一瞬のその光景に呆気に取られていると、バランスを崩して後ろに倒れようとしていたスウェインの体を大きな手が支えた。
「間一髪でした。エレン、周囲の警戒を」
「了解、ボス。―――めんど。まだ周りにちょいちょいいる」
「
「当然ですわ。お客様にはご満足してお帰りいただかなくてはなりませんもの」
「が、が、頑張りますっ」
空気が変わる。疑いようのない、勝ち戦の空気であった。
自然と笑みがこぼれる。ライカンが支えていた背は、彼らと共に駆けつけた調査員達に預けられ、スウェインはその光景を目に焼き付けることになる。
フォン・ライカン、アレクサンドリナ・セバスチャン、エレン・ジョー、カリン・ウィクス。
各々が武器を構えて並び立つ。その姿は何にも勝る安心感を体現していた。
氷の冷気が、雷の迸りが、物理の振動圧が。壁のように立ち塞がるそれらが雄弁に語る。これより先には決して進ませはしない、と。
『「ノクス」、大丈夫かい⁉』
アドレナリンが切れて脱力状態から戻れないスウェインの隣に、
視線を動かす事すら億劫ではあったが、それでもその声を聞き間違える事など無い。故に、スウェインが発する言葉も決まっていた。
「ありがとう、ございます。プロキシさん。約束を、守ってくれたんですね」
『……すまない。もう少し早く駆けつけられたら良かったんだけど』
「問題、ありません。僕はボロボロになってしまいましたが……まぁ、守りたいものは、守れたので」
視界に入る調査員たちは、先程まで同行していた三人であり、車両の方を見て焦った様子で無線機に何かをまくしたてている。
手遅れでなければ、友人たちも助かるだろう。であれば、懸念すべきことはもう何もない。
「プロキシ、さん」
『なんだい?』
「お互いに、面倒な事に巻き込まれた一日でしたね」
『……あぁ、まったくだ。でも君の、君たちのお陰で致命的にはならずに済んだ』
「――はは。そう言ってもらえるのは、ありがたいですね」
原生ホロウ、クリティホロウで突如発生した急激なエーテル活性現象。
ともすればゼンレス限界にも影響を与えかねないこの事件は、発生より数時間後に発生源と思われる旧工場地帯にHIAの精鋭調査部隊と対ホロウ公的機関『H.A.N.D』の下部組織である
その顛末をスウェインは、『ヴィクトリア家政』が手配した病院のベッドの上で聞くことになったのであった。
―――*―――*―――
「いや、マジで死ぬかと思ったよね。というか多分半分くらい死んでたよね俺ら」
「抗エーテル予防剤を打ってたとはいえ、高濃度エーテルエリアに気絶状態で数時間だもんなぁ。何で生きてんだろうな俺ら」
「俺この前見舞いに来た母ちゃんに泣かれたぜ。……しばらくはちゃんと親孝行しねぇとなぁ」
「ホロウ事故なんて新エリー都じゃ珍しくないけど、やっぱりこういう目に遭うと色々と考えちゃうよねぇ」
――クリティホロウでの事故より一週間。
あの時点で移送車両に乗っていたスウェインのクラスメイト十名はそのまま近隣の病院に緊急搬送され、外傷処置やエーテル除去処置等を施された後、数週間の入院となった。
幸いにも十名全員が後遺症もなく復帰できる見込みであり、一週間も経った頃には以前と同じように会話できる程度に回復していた。
「それにしても良かったです。皆が実習中の事故で緊急搬送されたと聞いた時は肝が冷えましたよ」
「ごめんなぁ、スウェイン。お前が復帰したら全員でメシ食いに行こうって約束したのに……てかお前何やってんの?」
「お見舞い用に買ってきた果物を切ってるだけですが?」
「男だけしかいない病室でわざわざリンゴをウサギさんカットしなくてもいいんじゃないかなぁ……?」
「さっき女子メンの病室行ったらカービングやってくれって言われましたよ。
「アイツ見舞いに来たダチに何要求してんだよ……」
「やりましたけど」
「お前そうやってワガママに全対応するスタイル見直した方が良いぞ。多分それ言い出した側も若干引いたと思うし」
「写真見ます? 我ながら中々いい出来だと思いまして」
「どれどれ……うわ、メロンの表面に花が咲いてる。というか隣のは何? カービングというより飾り切りになってんじゃんコレ」
「次回診に来た看護師さんがビビり散らすだろこんなん」
何の変哲もない、それこそ教室にいる時と同じような会話。
だが、そんなやり取りが再びできるようになったこと自体が奇跡のようなものだった。少なくとも、スウェインから見れば。
今回も件でクラスメイトの内十名が入院措置になってしまったためクラス閉鎖になり、数日後には学校に復帰するはずだったスウェインは再び数週間のリモート授業を余儀なくされるようになった。
とはいえ、その点に関してはスウェインは特に思うところもなかった。こうして元気になった友人たちの姿を見れただけでも僥倖であり、そこには勿論親友の姿もあった。
「ミナギも、無事で良かったです」
「……あぁ、そうだな。しっかし、一週間後のアストラ様のデビュー周年コンサートに行けなくなっちまったのは大不幸だぜ。運よくチケット取れたってのによ」
「幸運と不幸は等量って話は本当なのかもなぁ。お前その幸運で運を使い切ったんだよ」
「正確には今回助かったことで、だな。ミナギお前、退院しても交通事故とかに気を付けろよ?」
「不吉な事言うんじゃねぇよ⁉」
ふふ、と笑う。そうして人数分の果物を切った後、スウェインは静かに椅子から立ち上がった。
「では、あまり長居してもアレなので今日はこれで失礼します。週末にまた来ますが、何か欲しいものとかありますか?」
「肉が食いたい」
「アイスクリームをボックスで」
「週末にソシャゲの新ガチャが来るから課金カードが欲しいんだけど……」
「俺ん家に届いてるはずのさぁ、エロゲをこっそり回収してきてくれねぇ? 母ちゃんに見られるとヤベェんだけど」
「お前ら揃いも揃って欲望に忠実過ぎるだろ……」
期待しないで待っててくださいねー、と半ば投げやりに言いながら退室する。
ホロウの内部で死にかける。決して笑い事では済まされない経験であった。流石に気落ちの一つでもしているかと思っていたが、そうではないようで安堵する。
否、あるいは「落ち込むことをやめた」だけなのかもしれない。いずれにせよ、見習うべき精神力と言えた。
「スウェイン」
ふと振り向くと、松葉杖をつきながらもスウェインを追うように病室から出てきたミナギと目が合った。あまり病室から離れれば看護師に小言の一つも言われるだろうが、まぁナースステーション近くのベンチまでならいいかと思い、苦笑しながらその場所に誘導する。
最新のエーテル治療は、ホロウから発せられるエネルギーを活用する前までの治療技術を完全に過去のものにした。
旧時代であれば完治まで数ヶ月を有したであろう骨折などの症状も、数週間もあれば一応日常生活を送れるまでに回復できるようになった。
車両内であらぬ方向にひん曲がっていたミナギの右足も、手術が終わってあとは完治までの時間を待つのみとなっている。
ベンチの近くにあった自販機で、親友の好きな飲料を買ったスウェインは並んで座った。
ペットボトルのキャップをひねり、中身の三分の一程を一気に呷る。その数秒後、意を決したようにミナギは口を開いた。
「ありがとな、スウェイン」
「何を言っているんですか。見舞いに来た程度で――」
「お前が、俺たちを助けてくれたんだろ?」
ペットボトルを傾ける手が一瞬止まる。どう答えるべきかと逡巡した結果であったが、その行動こそが答えを雄弁に伝えていた。
「……何故分かったんですか? 姿は色々変えていたはずですが」
「バッカお前。俺が親友の声を聴き間違えるかよ。まさか執事服着てホロウの中にいるとは思わなかったけどな」
「…………」
「ま、別に深くは訊かねぇよ。ウチの学校は別にバイト禁止じゃねぇし、お前ならどこでバイトしてても驚かねぇし」
スウェインの器用さと適応力の高さはミナギも良く理解していた。とはいえ、常に姉に誇れるように生きようとする彼の事である。倫理に反するようなヤバいところで働くような愚を犯さない事もまた知っていたので、言葉通りそこを追求するつもりもなかった。
彼が訊きたかったのは、また別の事である。
「なぁ、俺たちと一緒に乗ってた武装職員の人たち。――亡くなってたんだろ?」
「……あの人たちは、君たちを守るために戦っていました」
「あぁ。目ぇ覚めた時にあの人たちは復帰して別の場所に向かってもらっているなんて言われたけどよ。分かるさ、あんな状態じゃあ生き残る事も難しいって」
他のクラスメイト達はその言葉を信じた。同行した武装職員たちが自分たちを守り通してくれている間に捜索隊が到着し、一人も欠けることなく帰ってくることができたのだと。
そう伝えておかないと、若い学生たちに罪悪感を植え付けてしまう。彼らは君たちを守るために最期まで戦い抜き、最終的に肉体の一部とネームプレートしか持って帰れなかったなどという真実をどうして伝えられようか。
「確か君のお父さんは――」
「あぁ、元ホロウ調査員だった。……旧都陥落のゴタゴタの時に、防衛軍の人たちと一緒に零号ホロウに入って行って、帰ってこなかった」
十一年前の旧都陥落。あの大災厄の際に親を亡くした子供は多かった。
ミナギもその一人。幸いにも遺族金や、元から母親も働いていたこともあって今まで不自由を感じることはなく生きてこられたが、ホロウの中で戦うというのがどういうことなのかくらいは身に染みて理解できていた。
「俺たちみてぇなガキに負担を掛けないように嘘をついてくれたんだ。感謝しなくちゃならねぇ。まったく、無力さってのはいつまで経っても消えねぇな」
「ミナギは、強いですね。弱さを正面から受け止められる」
「お前だってそうだろ。……ま、俺がこうやって痩せ我慢でも前を向けるようになったのは、アストラ様のお陰なんだけどな」
「それは、初耳ですね」
「そういや、お前には言ってなかったか」
空になったペットボトルを指先でつまんでユラユラと揺らしながら、ミナギは薄く笑った。
「こう見えて、親父の事は割と引きずってたんだ。お袋は俺に心配かけないように気丈に振る舞ってたけどよ、それでもたまに親父の遺影を見て泣いてた。優しくてカッコいい親父だったからな」
こうした悲しみは、新エリー都でも珍しくはなかった。旧エリー都時代からホロウでの事故は少なくなかったとはいえ、人類の存続すら危ぶまれた危機に際しては、その命を以て未来を繋いだ人たちも多かった。
であれば勿論、悲しみに暮れる人たちも多くなる。それが長引くことも珍しくはない。
「そんな時、招待されたホロウ災害チャリティコンサートで――あの人の歌に出会った」
いつもの明るい色ではなく、弔問のような色合いの服を纏って紡がれた歌。
歌が希望を与える――言葉ではよく聞く表現ではあったが、ミナギはそれを実感した。
揺れる蠟燭の火に呼応するように、そこに集まった遺族の心もまた揺さぶられた。その歌声に派手さは一切なかったが、自分たちの隣に死んだはずの父親がいて見守ってくれているような、そんな幻想を確かに感じさせてくれる声。気づけば隣の母親も遺影を抱えながら涙を流していた。
有名な歌手が売名のために紡いだものではない。それは心の底から死者を悼む者にしか響かせられない声だった。
「ミーハーって言われるのは別に気にならねぇ。とにかく俺はあの人から勇気をもらった。どんなに悲しくても、前を向いて歩いて行かなきゃいけない勇気をな」
「勇気、ですか」
「だから最初にお前に声をかけたのは恩返しのつもりだった」
新エリー都内でも上から数えた方が早いほどの有名人の弟。本人が望むと望むまいと悪目立ちするのは目に見えていた。
憐憫の感情があったのは否定できない。それでも最初は言葉通り、自分に勇気を与えてくれた人物に対する恩返しのつもりであったのだ。
「でもなぁ、話してるうちにそんなんどうでもよくなってきてなぁ」
「はぁ?」
「お前、表情筋あんま動かないくせに意外と感情表現豊かだし、アストラ様の話する時早口になって面白れーし、面倒見良いし。義務感でダチやるのは勿体ねーなって」
コン、と。空のペットボトルをスウェインの頭に軽く当てる。先程の自虐じみた笑みとは違い、今浮かべていたそれは年相応の悪戯っぽい笑みであった。
「そんで今回、俺はお前に希望を与えてもらった。お前は事あるごとに「姉さんと比べて僕はー」って言うけどよ。今回で分かった。――方向性は違うかもしれないけどやっぱ似てるよ。アストラ様とお前は」
「僕と姉さんが? そんなわけ――」
「俺がそう思っただけさ。それとも、親友の目利きは信用ならねぇか?」
スウェインの目が僅かに見開かれ、次いで誘発されたかのように失笑した。
成程、そう言われてしまっては強くは否定できない。全く以て効果的な説得である。
「あら、507号室の学生さんですね? ダメですよ、あんまり無許可で病室の外に出ては」
「あ、すんません。すぐ戻りまーす」
通りがかりの看護師にそう釘を刺され、ミナギはペットボトルをゴミ箱へと投げ捨てる。病室まで同行しようかと提案するが、それはやんわりと断られた。
結局上手く言いくるめられたような気がしてならなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
姉と似ている――その言葉はスウェインにとっては正面から受け止められる最高の賛美とは成り得ない。客観的に見ても姉とはだいぶ正反対な人間であると思っていたし、自分が姉のように誰かに希望やら勇気やらを与えられる人間であるとも思っていなかった。
だが、しかし。自分で思っている事と他者に思われる事には乖離が生まれるものだ。自惚れでもなんでもなく、自分が我武者羅にやった結果誰かに希望を与えられたのなら――それはきっと素晴らしい事なのだから。
「君のそんな上機嫌な様子を見るのは久しぶりだな」
病院から出ると、すぐ近くに送迎用の車を停めたイヴリンが待機していた。
そんなあからさまに表情に出ていただろうかと思い両頬を触りながら、浮かんだ疑問を投げかけていく。
「どうしたんですか、イヴリンさん。姉さんの方は?」
「お嬢様は本日分の仕事は終えて既にご帰宅済みだ。……そのお嬢様から言いつけられてな。君を迎えに行くようにと」
「姉さんも心配性ですね。帰路で別に何かがあるというわけでもないのに」
「まぁ、そう言ってやるな。それに君も、まだ本調子ではないのだろう?」
その言葉に、スウェインは是とも否とも答えなかった。
実を言えば、今この瞬間歩いているだけでも体の細かな部分が違和感を訴えてきている。ただ日常生活を送る程度であれば無視できる状態ではあるが、それでも両手両足の微痛や僅かな倦怠感は未だに残っていた。
とはいえ、それは致命的なものには成り得ない。限界を超えた状態での戦闘行為とホロウ内の長時間の滞在が重なって残ってしまったものであり、長くても二週間あれば完全に抜け切る程度の違和感だろうと医者からは通達されている。
それでも、体の不調には変わりない。
アストラは弟の無茶を窘めこそしたが、無茶な外出禁止などを言ってきたりはしなかった。だからといってこれ以上の無茶を押し通してまで働くことを良しとせず、ライカンとの話し合いの末、体調が全快するまでは家政でのバイトそのものが禁止されてしまった。
それを理不尽だとは思わなかったし、むしろ妥当な提案であると頷くしかなかった。スウェイン自身、ライカンから「快復するまで療養に務めるように」と言い含められたため、今のスウェインはオンライン授業と家事をこなすだけの日々を過ごしていた。
それを「退屈」と称するほど刹那的な生き方をしているわけではない。むしろ色々と考えるには良い時間であった。
「本当は、お嬢様も君を迎えに行くと言っていたのだがな」
「新エリー都の歌姫が大病院に。ゴシップのネタとしては中々ですね」
何せサングラスをかけた程度で「変装した」と言い張る人物である。今更ゴシップ程度で精神が揺らぐとは微塵も思わないが、不調を疑われる程度ならまだしも、懐妊を疑われでもしたら面倒な事は目に見えている。
その辺りを考慮してアストラを自宅に留め置いたイヴリンの心労は察して余りあるものであった。また何かお礼を考えなければならないと思っていると、車が動き出す。
「そういえば、リナさんから聞いたよ。君の力のお陰で事なきを得たそうじゃないか」
「過分な評価ですよ。むしろぶっつけ本番の案に乗っていただいたお二人に感謝している程です」
「そうか。まぁ、基礎だけとはいえ君に戦い方を教えた身としては誇らしいよ。ようやく開花の時を迎えた気高い花を見るような気分だ。……いや、私の教えも最早必要ないかもしれないが」
車のハンドルを握る手に力がこもる。
結局のところ、彼はイヴリンが思っているよりもずっと強い存在だったのだ。あの時ライカンが言ったように、守られるだけの存在では無くなったのだ。
その在り様に、言葉通りの誇らしさと――寂寥感も感じていた。彼に師と呼ばれていたからだろうか、「自分の下から離れてしまう」などといった身勝手極まりない感情が心の内に燻っていた。
「何を言っているんですか」
しかし教え子は、師の言葉を咎めるように口を挟んだ。
「僕が結果を出せたのは、イヴリンさんのお陰です。あの時、どうしようもならなくなりかけた時に思い出したのは貴女の言葉でした。「誰かを救うために」、「頭の中だけは冷静に」。――さて、唯一無二の強さを見つけられたかはともかく、僕があの賭けに踏み切れたのは間違いなくイヴリンさんが勇気をくれたからです」
「それともイヴリンさんには、僕が師匠の言葉を忘れるような薄情者に見えましたか?」
感情の奥からこみ上げようとするもの。イヴリンはその感情を知らないわけではない。
ただ、今までアストラと積み上げてきた関係の中で、その感情を感じたことが無いというだけの事だった。
「まったく……やはり君はお嬢様の弟だな。似ているよ」
特に考えた末に出た言葉ではなかった。ただ本能的にそう思っただけなのだが、姉の才能を間近で見続けて己を凡人と定義づけた少年に対しては失言であったかもしれないと思い返し、バックミラーでその表情を窺う。
しかし、イヴリンの心配とは裏腹に彼は機嫌良さそうに笑っていた。その表情はどこか妖しくもあり、彼女の心臓の鼓動が僅かに跳ねる。
「親友の目利きと、師匠のお墨付きですか。あぁ、それは――思いのほか嬉しいものですね」
尻すぼみになる言葉と反比例するように、スウェインはただ上機嫌のまま短いドライブを楽しんでいた。
■《強奏調律》
スウェイン・ヤオの特殊スキル。PTメンバーに合わせて内容を指定した複数強化を施す技。汎用性という意味では全エージェントの中でも随一だが、強化力は他の高ランク支援エージェントに比べると一歩劣る。
その性質上、強化を施す味方の戦法・ステータスを理解していなければならないため、事前の情報収集と交友が重要になる。